「貝木泥舟だ」
喪服を着た男はそう言った。
「美樹さやかとやらは何処にいる」
「……えっと、案内します」
「早くしろ」
不吉をまとった、鴉のような男。詐欺師の専門家。貝木泥舟。今回、美樹さやかの魔女化阻止に抜擢された。偽物のゴーストハンター。
「さすがに、今は駄目だと思うんだけど……」
「恋心がわかってきたようだな、ただ、今だからこそだ」
今日、美樹さんは志筑仁美さんに、宣戦布告をされた。あの、何がいいのかわからない天才バイオリニストと呼ばれる上条恭介が好きだけど、美樹さんのほうが好きだからという理由で、今日の告白は見送る。明日自分が告白するから今日中に答えを出せ。
要約するとこんな感じだけど……あの人、商家の子供なんだよね。武士の子孫じゃないんだよね。正々堂々としすぎているよね。
「俺の仕事は聞いているな」
「基本的には、怪異の恐怖を伝えることと。臥煙さんからの直接的な依頼は、基本的に後輩育成。そして、現人神を騙す詐欺師」
「間違ってはいないな、安心しろ、臥煙先輩から金はたんまりともらっている。俺はお前をだまさない」
「誠心誠意頭を下げて止めるんですか?」
「いや、誠心誠意騙して止める。俺は良いやつではないからな。もらった金の分だけ仕事をするだけだ」
「そうですか、あそこです」
指差した先に、ソウルジェムを見つめてベンチに座る美樹さんがいた。
「おい、」
堂々と、声をかけに行く貝木泥舟に、美樹さやかは驚いて顔を上げる。
「あんたは……」
「貝木泥舟、まぁ専門家だ。何を悩んでいるんだ?」
「専門家……アンタに何がわかるっていうのさ!」
「わからんな、たた。お前が上条恭介に恋をしていることは知っている」
できる限りの説明はされている。もちろん臥煙伊豆湖のなんでも知っているということによる能力で、美樹さやかがどんな状態かも知っているし。その情報が貝木泥舟に届いているはずだ。
「だった口を挟まないでよ!好きでこんな身体になっわけじゃないのに!」
「ソウルジェムが魔法少女の魂だということは知っているわけだ。して、好きで魔法少女になっていないといったな。美樹さやかよ、所詮お前の恋とはその程度のものだ」
「何が!」
「何が?好きな人の為に、たった一度の願いを使ったくせして、なりたくなかったとは随分と嘘をつくものだな。
いや、嘘はついていないか。
願い事っていうのは、しかし人に言ってしまった瞬間叶わなくなってしまったりするよな?
だから、口に出して叶えた願いはお前の本心じゃなかったということだ」
「そんなことは……」
「言葉なんて信用ならないからだろう。
口に出して誰かに言ってしまった瞬間にそれは気持ちとはすれ違う。言葉なんてのは全部嘘で全部ペテンだ。
どんな真実だろうと語った瞬間に脚色が入る。
あるように、ただあるように願いたければ、ただ願いたいのならその願いを決して口に出しちゃあいけないのさ
だから、誰にも言わずに、察してもらえたお前は、まだその願が叶う可能性もある」
「それでも、魔法少女は…」
「魔法少女だから、なんだと言うんだ。辞めればいいだろう、そんな事は。魔法少女だから諦めると言うには馬鹿馬鹿しすぎる」
「そんなことでやめられるわけ無いでしょ!」
「そうだな、辞められない。お前は魂を売ったんだ。好きな人の腕を治したいという、嘘の願いの為だけに、自分の魂を売ったのだ」
その言葉には、厚さもなければ薄さもない。何もないから、これだけべらべらと言葉が続く。詐欺師として、相手をだますだけなのだ。上条恭介という、魔法少女を知らない、魔法少女を背負えない人間に恋をした美樹さやかを騙すためだけに、言葉を並べている。
「美樹さやかよ、俺は金が好きだ。なぜかといえば金は全ての代わりになるからだ。物も買える。命も買える。人も買える。心も買える。幸せも買える。夢も買える。
とても大切なもので、そしてその上で、かけがえの無いものではないから好きだ。
逆に言うと俺はな、かけがえの無いものが嫌いだ。
『これ』が無きゃ生きていけないとか、『あれ』だけが生きる理由だとか、『それ』こそは自分の生まれてきた目的だとか、そういう希少価値に腹が立って仕方がない」
「上条恭介に振られたら、お前に価値はなくなるのか? お前のやりたいことはそれだけだったのか? お前の人生はそれだけだったのか?」
押し黙る、美樹さやかに、貝木泥舟はさらに言葉を並べる。
「あのな、美樹さやか。
上条恭介と付き合うなんてかったるいことは、代わりにどっかの馬鹿がやってくれるってよ。
だからお前は、そんなかったるいことは終わりにして、他のかったるいことをやればいい。やりたいこともしたいことも、他にいくらでもあるだろ。あっただろ。違うか?」
「したいこと――やりたいこと」
「随分とソウルジェムに穢れが溜まっているが、全て投げ出したい程に辛かったのか?本当にそうか?制服を着たい高校は無かったのか?お前にとって、上条恭介だけが特別なのか?両親は?好きなドラマは?」
「アンタに、何がわかるの?」
「いくばか調べたが重要なことは、何も知らない。お前のことはお前しか知らないんだから、だからお前のことはお前しか、大切にできないんだぜ」
「だからって、そんな、とっかえひっかえみたいな――あれが駄目ならこれで行こうなんてことしていいわけが」
「いいんだよ、人間なんだから。かけがえのない、かわりのないものなんかないーー俺の知っている女はな、俺のよく知っている女はな、今している恋が常に初恋だって感じだぜ。本当に人を好きになったのは今が初めてって感じだぜ。そしてそれで正しい。そうでなくっちゃ駄目だーー唯一の人間なんて、かけがえのない事柄なんて、ない。人間は、人間だから、いくらでもやり直せる、いくらでも買い直せる」
「……」
「憑き物が遠ざかったな」
「?」
「穢れが溜まりすぎれば魔女になる」
「え?」
「まぁ、今のお前なら大丈夫だろう。それよりも、」
貝木泥舟の後ろで、火柱が上がった。
「何が起きて」
「この街に来た専門家は俺一人じゃないだろう。このまちにいる専門家は三人、影縫は既に別のところだから、残りは忍野と余正木だろう。炎を使うのはどっちだったか……」
「?!なんで言わなかったの?!」
「言ったとてだ。まぁ、今のお前なら止められるかもな。だまされたと思ってチャレンジしてみな、初心者」
「……わかった」
火柱が上がった方へ走り出す美樹さやか。それを見ながら貝木泥舟は。
「騙されてやるとか言えんのか、アイツは。バカだな」
そんなことを言っていたらしい。
らしいというのがここまでの物語が、全て美樹さんから聞いた、後語りだからだ。
今僕は、美国さんを守りながら、暁美さんを止めていた。