【後日談】道化の種子、腐土に還る
モガの村のギルド窓口に、一枚の「回収不能」の報告書が静かにファイルされた頃。
そこから遥か離れた場所にあるオクレマセ村の空気は、不穏な静けさと呆れに満ちていた。
この村は一見するとどこにでもある長閑な集落であり、村長は実直で理性的、加工屋の親方は腕が立ち、雑貨店の店主も几帳面で公正な商売をする優秀な人物たちであった。
彼らの唯一の不運は、たった一世帯の「異常な家族」を抱え込んでしまったことだった。
◇
「おいロビン! お前のバカ息子、モガの森で死んだらしいぞ! ギルドから通知が届いてる!」
畑の泥を跳ね上げながら、村長が吐き捨てるように告げた。
返ってきたのは、悲鳴でも涙でもなく、筋肉の塊のような巨体から発せられた咆哮だった。
「ハァ!? 死んだぁ!? 嘘つけバカ野郎が!! 俺の血を引くレッドが蜥蜴ごときに負けるわけねぇだろ! 知識だの作法だの言ってる貧弱なギルドのハゲ共が、俺の息子の手柄を横取りするために嘘ついてんだよ!!」
レッドの父親、ロビン。
頭の先から足の爪先まで粗雑な筋肉だけで構成された、根っからの「知性への反逆者」。考えること、学ぶことを「弱者の逃げ」と断じ、何か気に入らないことがあれば腕力で押し通そうとする男である。村人たちからの日頃の挨拶が「おいアホ」「早く死ね」で固定化しているのも当然の日常であった。かつて巡回で訪れた占星術師に「あの男の愚行癖は、一度頭蓋骨を叩き割って脳髄を直接捏ね直さなければ治りません」と言わしめた逸話は伊達ではない。
「そうだそうだ! レッドは英雄になる男だぞ! 45万ゼニーの損害? ギルドが勝手に捏造した数字に決まってるだろ!!」
横から下品なダミ声で追従したのは、母親のユリアンだった。
気品も知性もなく、肥えた体躯を揺らして唾を撒き散らす姿は、まさに「阿呆が阿呆を産み落とした」という言葉を体現していた。なぜこのような女がまともに作物が育たない酷い方法で農業を騙っているのか、村人たちの長年の謎であったが、情報通の行商人によってその素性はとうに割れていた。
彼女の出身は、近隣の商人が「金を集られる」という理由で意図的に交易ルートから外す廃れた宿場町——通称「夜鷹村」。
綺麗な色街など存在せず、街角には下品な声を張り上げるストリート街娼(夜鷹)が点在し、安宿からは昼夜を問わず卑俗な喧騒が漏れ出るような落ちぶれた街で、客がつかなくなって追放された元・夜鷹こそがユリアンであった。
「あの二人が夜な夜な『お前は選ばれた英雄だ、知識なんざいらん、力で叩き潰せば世界はお前のものだ』なんてお伽噺を吹き込むからだ……」
加工屋の親方は、苦々しい顔でハンマーを地面に叩きつけた。
そう、レッドというモンスターを作り上げた元凶は、この両親の狂った「英雄幻想談」だったのだ。
まともな教育も与えず、知識を蔑むことだけを教え込み、自分たちの浅はかな全能感を息子に投影した結末が、あの防御力5での出撃であり、リオレイアの巣での惨死であった。
「で、損害金の45万ゼニーだが……親であるお前たちが払うんだな?」
村長が冷徹な目で請求書を突きつける。
「はぁ!? 払うわけねぇだろ!! 息子が死んだ(認めていないが)のに、なんで俺たちが金払わなきゃいけねぇんだ! ギルドが俺たちに賠償金を払うのが筋だろ!!」
ロビンが拳を振り上げ、ユリアンが金切り声を上げる。
「……もう限界だな」
村長は溜息をつき、控えていた村の若い衆に合図を送った。
「おい、ロビン、ユリアン。お前たちのせいで、このオクレマセ村がどれだけ他の地域から『バカの集まり』と誤解されてきたか分かっているか? 優秀な雑貨屋も、腕のいい加工屋も、お前たちの悪目立ちのせいで商売あがったりだ」
「ああ!? 文句があるなら力で来いよ力で!!」
「力で解決しようとするな、アホ。死ね」
村長は淡々と定例の挨拶を口にすると、書類に印を捺した。
「本日をもって、ロビン家をオクレマセ村から追放(村八分)とする。家財道具は45万ゼニーの補填としてギルドへ接収。お前たちは着の身着のままで出て行け」
「な、なんだと!?」
「嫌ならギルドの討伐隊と争うんだな。……あ、そういえばユリアン、お前の実家のある夜鷹村なら、まだ宿場の雑用くらいはあるんじゃないか? 誰も買わないだろうがな」
数日後、着の身着のままで村を追い出されたバカ夫婦の姿が、ぬかるんだ街道にあった。
相変わらず「ギルドの陰謀だ」「レッドは生きていて今に英雄として帰ってくる」と支離滅裂な他責思考を喚き散らしながら、泥を跳ね上げて歩いていく。
息子はリオレイアの腹の中で消化されて跡形もなく消え、親は世間から完全に隔離されて廃れゆく夜鷹村の泥沼へと沈んでいく。
愚者の種子は、どこまでも無価値で不快なまま、腐った土へと還っていくだけであった。