第一幕 モガの村・ギルド窓口の受話機
湿った海風が吹き抜けるモガの村。ギルド窓口の木製カウンターには、淡々と書類を整理する受付嬢と、報告に訪れた熟練ハンターの姿があった。
「——で、捜索隊の結論は?」
「結論もクソもないさ。『回収不能』の一言でお終いだ」
ハンターは煙草を吐き出し、眉間を寄せる。
「巣の周りに散らばってたのは、へし折れたアイアンソードの柄と、ズタズタに引きちぎられたレザーボロの切れ端だけだ。骨の一片すらレイアが胃袋の中に収めちまった後だったよ。45万ゼニーの賠償金も、奴の命と一緒に綺麗に消えてなくなった」
受付嬢は溜息ひとつ漏らさず、冷静に羊皮紙へ「死亡確認・補填不能」の割印を捺した。
「ギルド本部へは『知識欠如および無許可狩猟による生態系被食事案』として処理しておきます。損害金の45万ゼニーについては、本人の失踪および死亡が確定したため、実家のオクレマセ村へ全額の差し押さえ要請を出しました」
「実家? あいつに親がいたのか」
「ええ。ロビンとユリアンという夫婦です。ですが、オクレマセ村の村長から即座に返送が来ましたよ。『当該住民は村八分のうえ追放処分とした。家屋と土地はギルドへ差し押さえとして引き渡す』とね」
受付嬢は事務的に書類をファイルへと挟み込み、固い音を立てて棚へと収めた。
「知識を軽視し、警告を無視し、他人にツケを回して死んだ愚か者。ギルドの記録に残るのは、英雄譚ではなく『反面教師としての事故統計データ』の数字一つだけです」
モガの村において、レッドという存在は悲劇としてすら語られず、ただの失笑と反面教師の事例として処理された。
第二幕 夜鷹村への漂流
オクレマセ村を追い出されたロビンとユリアンは、着の身着のままで雨の街道を這うように歩いていた。
「クソが……! 村長も、加工屋も、雑貨屋も全員ギルドとグルだ! 俺たちのレッドが凄腕ハンターになって大金を稼ぎ出すのが羨ましくて、ハメたんだ!!」
ぬかるみに足を取られながら、ロビンは丸太のような腕を振り回して怒鳴り散らす。その筋肉は長旅の飢えで急速に削ぎ落とされ、いまや見る影もなく皮膚がたるんでいた。
「そうだわよ! あの生意気な村人ども、全員死ねばいいのよ! レッドちゃんが帰ってきたら、あんな村なんか一揉みにして燃やし尽くしてくれるわ!」
ユリアンも下品なダミ声で同調するが、その足取りは重い。二人の頭の中では、今なお「自分たちは被害者であり、息子はどこかで大活躍している英雄」という妄想が強固に渦巻いていた。
二人が辿り着いたのは、かつてユリアンが追放された廃れかけた宿場町——夜鷹村であった。
立ち込める腐臭と湿気。路地裏には荒んだ目をした客引きや、泥に塗れたストリート街娼たちが座り込んでいる。かつてこの街を追い出された女が、いまや痩せこけた粗暴な男を連れて戻ってきた噂は、瞬く間に悪徳商人やごろつきたちの耳に届いた。
第三幕 筋肉と妄想の惨めなデッドエンド
「おい、新顔。ここはタダで住める場所じゃねえんだよ」
夜鷹村を取り仕切る粗暴なごろつきどもが、二人を囲んだ。
「ハッ! 俺を誰だと思ってやがる! 英雄レッドの父親、ロビン様だぞ!! 腕力なら誰にも負けねぇ!」
ロビンは威嚇しようと拳を振り上げたが、まともな食事を取っていない身体は力が入らない。あっけなく木切れで膝を叩き割られ、泥の中に突っ伏した。
「アホかお前。筋肉自慢なら鉱山で死ぬまで石でも運んでろ」
ロビンに言い渡されたのは、夜鷹村の地下にある違法鉱山での強制労働だった。
「知識は不要、力こそ全て」と豪語していた男は、まともな道具も与えられず、ただ泥と岩を掘り続ける「動く肉体労働機」として繋がれた。頭蓋骨を叩き割られるまでもなく、彼の自慢だった筋肉は日々の過酷な労働と飢えで衰弱し、文字通り骨と皮だけの削りカスとなっていった。
一方、ユリアンはというと——。
「アタシは英雄の母親よ! こんな汚い街で働くわけないでしょ!!」
金切り声を上げて暴れる彼女を、街の悪徳商人は冷酷な目で見下ろした。
「客のつく若い夜鷹ならともかく、気品も知性もない老いぼれに仕事なんかねえよ。せいぜい裏道のドブさらいと、泥酔した客のゲロ掃除でもしてな」
かつて街を追われた元・夜鷹は、夜鷹にすらなれず、夜の街の最底辺で汚物を片付ける雑用係へと叩き落とされた。客から投げつけられる小銭と腐った飯の残りを拾い集めながら、彼女は濡れたドブの中で呟き続けた。
「レッドちゃん……早く助けに来て……あの威張った奴らをみんな殺して……」
終幕 誰も救わない結末
数年後。
夜鷹村の片隅、冷たい雨が降る路地裏で、老いさらばえた女が泥の中に倒れていた。
誰に看取られることもなく、冷たくなっていく肉体。その少し離れた地下鉱山では、動かなくなった男の骸が、荷車に積み込まれて廃棄場へと運ばれていくところだった。
二人が最後まで縋り続けた「英雄の息子」は、とうの昔にリオレイアの胃袋の中で消化され、モガの森の土へと還っている。
親が子供に教え込んだ「他責」と「無知の肯定」。
その毒は、息子を竜の餌へと変え、親自身を泥沼の 底へと引きずりろした。
誰一人として反省せず、誰一人として己の愚かさを認めぬまま、道化の一族は歴史の闇へと静かに消えていった