夜鷹村の湿った夜は、いつも下品な喧騒と腐った酒の匂いに満ちていた。
路地裏のドブの泥をすくい上げ、客のゲロを拭き取っていたユリアンの手が、ぴたりと止まる。
地下鉱山の泥水の中で、擦り切れた皮と骨ばかりの腕でツルハシを振るっていたロビンの背筋に、冷や水どころか氷の刃を突き立てられたような悪寒が走った。
村の入口から、しんと静まり返っていく。
夜鷹村のごろつきも、悪徳商人どもも、誰一人として声を上げない。いや、喉が引きつって声が出ないのだ。
黒い外套を纏い、足音もなく街道を歩いてくる二つの影。その胸元で鈍く光るのは、ギルドの法を執行する極限の処刑人——ギルドナイトの紋章だった。
彼らが動くのは、単なる未払いやコソ泥の捜索ではない。
ギルドの秩序を乱し、踏みにじり、死んでなお支払いを踏み倒そうとした「過重な罪」を刈り取る時だけだ。
「……ひっ……! な、なんだあいつら……!」
ロビンはツルハシを放り出し、地下から這い出て泥の中に蹲った。腕力こそ全てと豪語していた男の膝が、生まれたての小鹿のようにガクガクと震えている。威嚇する声すら出ない。眼前に立つギルドナイトから漂うのは、リオレイアのそれとは比べものにならない、「人間を処理するために洗練された殺意」だった。
「ロビン。ユリアン」
ギルドナイトの1人が、静かに羊皮紙を開く。その声には感情の一片すらなかった。
「モガの村における器物破損および無許可狩猟誘発損害、45万ゼニー。ならびにオクレマセ村の信用失墜に伴う損害賠償。支払期限はとうに過ぎている」
「し、知らねぇよ! 俺たちは村を追い出されたんだ! 息子が勝手にやったことだろ! 払えるわけねぇだろ!!」
ユリアンは金切り声を上げようとしたが、ギルドナイトが視線すら向けずに腰の細身の剣(レイピア)の柄に指をかけた瞬間、その喉はヒッと引きつって乾いた音を鳴らした。
「支払能力の欠如は事前の調査で確認済みだ。……ゆえに、本件は金銭ではなく『労働および身柄の完全接収』によって補填する」
「な……接収って……何を……!?」
「命の分割払いだ」
もう1人のギルドナイトが、冷酷な宣告を口にした。
「これより貴様らを、ギルド管轄の最深部危険危険鉱山および毒沼浄化層の終身労働体として収容する。逃亡を試みた場合、あるいは作業効率が規定を下回った場合——その場で即時処理(処刑)とする」
「いやだぁぁぁッ!! 助けて! 誰か助けてぇッ!!」
ユリアンが狂ったように周囲のごろつきや悪徳商人に視線を投げかける
。だが、いつもは威張っていた夜鷹村の連中は、ギルドナイトと目が合わないよう一斉に視線を逸らし、脱兎のごとく暗闇へ逃げ去っていった。誰も、ギルドナイトの前に立ち塞がるバカはいない。
「立て。歩けないなら、引きずっていくまでだ」
ギルドナイトが静かに一歩を踏み出す。
その瞬間、ロビンとユリアンは理解した。
息子レッドがリオレイアの巣で味わった「死よりも恐ろしい現実」が、いま自分たちの首元にも完全に届いたのだと。
他責も、現実逃避も、愚かな過信も、すべてを等しく擦り潰すギルドの絶対的な「法」と「恐怖」の前で、二人は泥に顔を擦り付けながら、ただただ失禁し、声にならない悲鳴を上げ続けることしかできなかった。