夕暮れの光が、酒場の窓から斜めに差し込む。
木の床を踏む足音が響き、壁に掛けられた灯が淡く揺れた。
ここはダンジョン攻略によって栄えた「探索都市」。
宿屋も鍛冶屋も、治療院もギルドも、この街の全てが探索者のために動いている。小さな子どもが木剣を振るう横で、中堅パーティが戦術を練り、熟練パーティの踏破報告が掲示板に貼られる。この街にいるだけで、探索者という職業の序列や誇り、日常に流れる緊張感が肌で分かる。
――だが、誰もが最前線に立てるわけではない。
ダンジョンの喧噪が遠ざかる……私は、今日もお留守番である。
……代わりに、酒場のグラスが相棒だ。
国家公認の最高位探索者、《
つまり私――クーデリア・リーフィス。
クー子と愛称で呼んでくれても一向に構わない。
私は寛容な女なのだ。
街の片隅の小さな酒場。紫のブローチが目立つ青白色の髪を揺らしながら酒瓶を片手にグラスを煽る。滞在時間は優に二時間を超え、空の酒瓶が転がっている。
……この時点で察してほしい。
つまりそういうことである。
*
そう! この私!!
クーデリアことクー子様こそが!!
周辺国家でも指折りの付与師様なのである!!
なのである! な・の・で・あ・る!!
大事なことなので二回でも三回でも言う。
なにせ、あらゆる属性を扱えるのだ。物理属性、魔法属性、本当に何でも。装備やアイテムに魔力を付与し、戦闘を補助するだけでなく、旅先での生活支援までこなす万能職。
少人数パーティでは一人は必須、誰が何と言おうと神ジョブである。
「おうおう、なんだその目は……」
心の中で悪態をつきつつ、私はグラスを握りしめた。
「こんな超絶有能美少女を前にして、冷めた目をしやがって……
最上級付与師様のお酌だぞ? 光栄に思うのが筋ってもんでしょ!」
テーブルを軽く叩き、私は酔いの混じった視線で、
目の前の男――呪具師のヴァルクを見上げた。
最上位パーティの一員でありながら、
ここ最近の私の出番は、殆どなかった。
*
「だ〜か〜ら〜! ヴァルクは出番あるじゃんかー!」
酒の匂いを孕んだ吐息で、愚痴をぶつける。
「呪い外しでも罠解除でもさあ! 二回前も五回前も行ってたじゃん!
私なんて八回連続お休みなんですけどぉ?! ねぇー!」
酔っ払いのクダを真正面から浴びても、ヴァルクはただ一言。
「……落ち着け」
その低い声に、私は思わず目を上げた。
低い眉、鋭く澄んだ瞳、肩で揺れる黒髪。
鍛え上げられた体は細身ながら、確かな重みを持つ。
熟練の呪具師――彼は常に冷静で、眉ひとつ動かさない。
その静けさが逆に腹立たしくて、私は声を張り上げた。
「いい加減、私も出たいのよ! 戦いたいのに!」
酒の熱で頬が赤くなり、理屈よりも感情が先に立つ。
「……落ち着け」
もう一度、低く、同じ声で。
「落ち着けたって……」
悔しさを押し殺しきれず、テーブルに顔を寄せてむにゃむにゃと唸る。
「お前の出番はなくなったわけじゃない。
それにお前ほどの付与師なら――」
「いやー無いわー、ヴァル君、それは無いわー!」
私はグラスを握り直し、顔を真っ赤にして身をよじった。
「だってさ、付与師って本来武具や防具に属性を込めて戦闘を助ける職でしょ?
でも熟練パーティだと、魔道具とか補助アイテムで代用できちゃうんだもん!
そりゃ出番減るわ!」
(私はここで戦いたいの!)
という本来の叫びをぐっと押し込め、先に何故自分が呼ばれないかの言い訳を始めるあたり、実は相当弱っているのかもしれない……それを自覚してしまう。
愚痴を吐きながら、私は再びヴァルクに目を向ける。
酒場のほの暗い光、木の香り、ざわめく声――
その全てが苛立ちを包み、少しだけ和らげてくれる。
「でもね、分かってほしいの。
付与って、本当は
私はグラスを軽く回しながら、言葉を選ぶ。
「炎を出すのではなく炎が出せるようにする。
雷を流すのではなく雷が通れるように整える。」
「つまり、力を押し付けるんじゃなくて、力が通る状態を作る。
この世界の理を少しだけ滑らかにして、魔力が自然に流れるように整えるの。
それが付与の本質――理屈の上では、ね」
私は苦笑して、グラスの縁を指でなぞった。
「……まあ、戦場じゃまともに整える暇もない。
だから私たちがやってる即席の付与ってのは、
本当は間に合わせの調整にすぎないのよ」
ヴァルクは少し口元を歪めつつも、実直に答える。
「……付与は専門外でな。まあ、覚えておこう」
「ふふ、そんなもんよ」
言いながら、私はとっくに空になったグラスをゆっくり傾ける。
「便利ではあるけど、どこか替えが利く気がしてね。いなくても回る。
けれど、居た方が確かに楽――そんな立ち位置」
軽く息を吐き、笑おうとしたけれど、口元がうまく動かなかった。
一拍置いて、少しだけ目を細める。
「私はこのパーティを離れたくない。
ここで一緒に戦った人たちと、同じ空気を吸って、
同じ危険に立ち向かって――その場に居続けたい!」
手元のグラスを揺らし、微かに震える手をテーブルに押さえつける。
ヴァルクは静かにグラスを置き、ほんの僅かに眉を動かした。
「……そうか」
「私は、ここに居続けたいの!」
声が少し上ずる。
「だから……どうか、私をこの場所に置いて。」
ヴァルクはしばし沈黙し、やがて短く答えた。
「……分かった。お前の気持ちは伝わった」
そして、少しだけ――目元が緩んだ気がした。
焦燥も苛立ちも、少しだけ安らぎに変わる。
言いたいことを言えて、聞きたい言葉も聞けた。
それだけで、酔いが眠気へと変わっていく。
「……俺に決定権は無いんだが、それ分かってるか?」
なんか言ってた気がするけど、多分寝てたから覚えてない。
眠いし、ふわふわするし、酔ってるし……
まあいいや……明日の私に任せよう。
――私の意識は微睡の中に落ちていった。