Re.紫華の付与師は今日もお留守番   作:さくさくの森

26 / 26
第三章 翼の止まり木
第21話 連環の匣


 祝杯をあげた日から、更に数日が過ぎた。

 

 エルドたちは、前回と同じ四名で《墨濛の塔》の再探索に出ている。瘴気の流れを抑えていた《白礫の洞》は完全に閉鎖され、その周辺は封鎖区域として結界が張られた。

 

 私は留守番組として、ギルドの解析班から送られた報告書と向き合っていた。あの廃区画の地下で発見された聖遺物の一つが、正式に返却されたのだ。箱の表面には今の付与体系にも通じる、古代期の束ね文字。複数の術式を一つの流れに統合するための、失われた記号である。

 

【連環の匣】

 

 解析班からはそう名付けられていた。

 

 匣の中には魔法に使える多属性触媒が収められており、触媒を消費することで複数属性を同時に扱える。本来なら一瞬で衝突して消えるはずの流れを、整えて繋げてしまうという話だ。ただし、意志ある魔力には相変わらず無力。そこだけはどうやっても干渉できないと、解析班の報告書にもそうあった。

 

 それでも、これは大きな一歩だ。

 もし魔法発動時に使えば、単なる威力強化だけでなく、

 異なる属性を混ぜ合わせることすら可能になる。

 

 革命、と呼んでもいいかもしれない。

 

 ……リディアが居ないのは少し残念だ。彼女なら、どんな反応を見せただろうか?

 「どうじゃ明るくなったろう」とでも言いながら迷いなく触媒に火を点け…いや流石にそれはないか。

 

 

 中身は時間経過でゆっくり補充される仕組みらしい。けれど本当にゆっくりで、解析班もある程度損耗させてしまっている。残量は…6割と言ったところか、こういった消費型にしては返却時点での損耗が多いあたり、解析班も補充型と知って調子に乗ったな? と舞台裏を邪推しつつも今後の運用を真剣に考える。

 

 

 気軽には切れない札ではある。しかしだからといって出し惜しみをすべきものでも無い。最悪時間さえあれば補充されるのだから、必要でさえあればガンガン使ってこそだろう。

 

 

 

 一旦、私の相棒で試してみようか。

 

 机の上に【供応の背嚢】を置き、そっと匣を持ち上げる。

 背嚢の口を開くと、中の空気が小さく震えた。

 

「ねえ、これ、入る?」

 

 試しに匣を入れてみる。

 

 ――次の瞬間、匣はまるで弾かれたように飛び出した。

 中身が嫌がるように、背嚢の表面でぴょんと跳ね返る。

 

「……そこまで拒まなくてもいいでしょうに」

 

 私は小さくため息をつく。

 どうやら、背嚢側も自分に合わない魔力を本能で弾いたらしい。

 

 完璧な組み合わせを夢見たが、現実はどうにもままならない。

 

 けれど、こういう失敗は嫌いじゃない。

 理屈の外で起きる反応こそ、付与師にとって一番の刺激だ。

 

「ま、いいわ。試すことも減ったし」

 

 理想は『背嚢の中にありながらも匣の中身だけが的確に飛び出す』というものだが、そもそも背嚢に入らないのでは線無き事だ。私は机上に匣を戻し、中身の触媒を検める。

 

 

*

 

 

 匣の中の触媒は、取り出してからも一日程度なら効力が持つとのことだ。小瓶を手に取り、貴重な触媒をそっと掬う。ただの粒のように見えるが、実際は凝縮された魔力の粒。一粒だけ――慎重に封じた。

 

 その後は自室の修練場に足を向ける。自宅の地下一階を丸ごと使った、個人用の訓練空間。壁面には測定陣と防炎結界が二重三重に組まれ、床の中央には術式刻印済みの試験台が据えられている。紫位の給金と報奨を正しく運用した結果がこれだと、自嘲気味に思う。もっとも、日頃の修練や研究に使う以上、贅沢というよりは必要経費だ。

 

 試験台の上に、何の変哲もない鉄片を置く。

 小瓶の栓を外し、匣の触媒を粒から更に削って針先ほど落とす。

 すぐに薄い燐光が立ちのぼり、鉄片の周囲で空気が揺れる。

 ――行くわよ。

 

 最初に流すのは『斬』。刃の概念を付与し、輪郭に鋭さを与える。次に、干渉を乱さないよう強度を落とした『雷』を重ねる。電を刃の縁へ誘導し、流路の衝突を触媒側の束ねで受け止める。息を止め、指先だけで魔力の位相を微調整する。

 

 ――噛み合った。

 

 鉄片の縁が微かに震え、紫電の細い毛糸が輪郭に沿って走る。試験用の機材をそっと押し当てると、刃が滑り込み、同時に極小の放電が切断面を焼き締めた。断面は紙のように薄く、しかも熱による歪みがほとんどない。斬の貫通と雷の焼結が、触媒の統合で綺麗に同居した証だ。

 

「やった!!」

 

 声が思ったより高く跳ねて、我ながら少し照れる。

 でも、嬉しいものは嬉しい。手のひらの上で鉄片を傾け、切り離した薄片がぺらりと落ちる様を眺める。落ちた瞬間、縁の火花がふっと消え、焼け跡すら残らない。

 

「これは…凄いわ。魔法の二重発動ともまた違う」

 

 誰もいないのに、つい独り言がこぼれる。

 指先で小さくガッツポーズを作ってしまい、慌てて咳払いで誤魔化した。

 

《記録石(きろくせき)》を起動し、結果を口述で残す。

「試験一。対象、鉄片。触媒、連環の匣由来微量。付与一段《斬》。付与二段《雷》。束ね安定。切断面、熱歪み極小。触媒消費、針先以下」

 言いながら鉄片をもう一度見て、口元が緩む。

 うん、これは実用できる。

 

 既に解析で割れていたことではあれど、実際に運用してみせるのは話が別だ。

 二属性の同居は理屈の上では可能でも、現場で綺麗に重ねるのは難しい。

 今の私は、たぶん少しだけ上手にできた。

 

「ふふ」

 

 頬が勝手に緩む。嬉しい時は、嬉しい顔をしてもいい。

 紫位だって、人間なのだから。

 

 触媒の瓶を布で包み、丁寧に箱へ戻す。

 修練場の結界を順番に落とし、最後に灯りを消す。

 闇がすうっと降りて、胸の中には小さな灯りが残ったままだった。

 

「これはもう祭りね。探索から帰ってきたら、リディアを誘って飲み明かそう!」

 

 そう呟いて階段を上がる。

 足取りは、少しだけ弾んでいた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

とある付与師の帰還録(作者:さくさくの森)(原作:HUNTER×HUNTER)

剣と魔法のファンタジー世界の住人(超上澄み)がハンター世界でなんやかんや頑張りながら、元の世界への帰還を目指す話。▼※67話で本編完結済み


総合評価:6900/評価:8.31/完結:72話/更新日時:2026年10月14日(水) 20:23 小説情報

TS転生した元おじさん一般村娘。将来結婚相手になるだろうからと優しく接していた幼馴染が村を出た。そして十年後、立派になりすぎて帰ってきた。(作者:パンデュ郞)(オリジナル:ファンタジー/ノンジャンル)

やあ、おじさんは村娘に転生したよ。▼どうやら村長の一人娘みたいだから、将来子供を産んで村を存続させるのが役割なんだ。▼最初は受け入れがたかったけれど、まあ人生って諦めと妥協の産物だよねってことで受け入れたよ。▼せめて結婚相手は仲良い相手がいいなぁ、と思って幼馴染と親しくしようとしたけれど、あんまりうまくいかなくって。▼その子は村を出ちゃったんだ。▼しょうがな…


総合評価:12610/評価:7.97/連載:38話/更新日時:2026年06月25日(木) 06:03 小説情報

主人公じゃない私のポケモンワールド異聞録(作者:時緒)(原作:ポケットモンスター)

死んだら異世界転生した。転生先はカントー地方マサラタウン。性別は女で続投。▼世間のトレンドに乗った形とはいえスーパーマサラ人ほどの身体能力は無いし、ポケモンの言葉が分かるわけでもないし、超能力者でも高貴な一族の末裔でも勇者の生まれ変わりでもない。何より肝心のポケモン知識がお粗末すぎて、転生ものでお約束の俺TUEEE展開なんてものは夢のまた夢。▼せめて主人公達…


総合評価:2197/評価:8.51/連載:33話/更新日時:2026年10月05日(月) 07:00 小説情報

かめはめ×ハンター(作者:波動待ち)(原作:HUNTER×HUNTER)

子供の頃、俺には夢があった。▼ かめはめ波を撃つことだ。▼ 当然、出なかった。▼ 何度構えても、何度叫んでも、掌から出るのは気合だけ。やがて俺は大人になり、かめはめ波なんて撃てないという、つまらない現実を受け入れた。▼ そして二十七歳で死んだ。▼ 気がつけば、俺は見知らぬ世界の赤ん坊に転生していた。▼ 巨大な獣、見たことのない国、妙に身体能力の高い人間たち。…


総合評価:7136/評価:7.53/連載:14話/更新日時:2026年09月25日(金) 17:32 小説情報

なんか転生者掲示板あるけどこれって誰かの念だよな?(作者:家葉 テイク)(原作:HUNTER×HUNTER)

 ハンターハンターの世界に転生した転生者達が集う掲示板――通称「転生者掲示板(リンカー×リンカー)」でのお話。▼ …………ではなく、「転生者掲示板(リンカー×リンカー)」を見てそ(・)の(・)作(・)成(・)者(・)が気になりだした変わり者どものお話。


総合評価:4021/評価:8.3/連載:19話/更新日時:2026年09月11日(金) 19:15 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>