王都政庁の会議室。
会談を前に、研究局と外交局の顧問が集まっていた。私とエルドは探索者として招かれ、主に理素結晶に関しての現場からの見解を述べる役目を担っている。
(…思えばヴァルクがいない。一応の名付け親なのに来ないとは? いやまあエルドに呼ばれなかったんだろうけども。名付けだけして後は放置は許すまじ。今度酒場でばったり会ったら一杯奢らせよう)
そんなことを考えている間に研究局長が資料を閉じ、場を整えるように発言する。
「理素結晶の観測値は今も安定を維持しています。その結果を持って、本会談では共同研究の提案を正式に提出します。」
「共同研究ということですが、具体的なテーマはお決まりに? 案として、特異な循環構造を応用した結界術への転用については提言されておりましたが…その辺り含めて両国で固めていくということでしょうか?」
文官から飛んできた質問に、研究局長は一拍置いて答えた。
「はい。もっとも、理素結晶は単なるダンジョン産の資源とは性質が異なります。扱い方を誤れば…国家の秩序そのものに影響を及ぼしかねない。ゆえに今回の提携は、研究というよりも管理の共有に近いものです。国際的な枠組みを設け、監視と調整を両立させることが目的となります。」
外交局の顧問が静かに補足する。
「隣国の月影国にも観測権を一部委ねる形となります。独占よりも相互監視のほうが安全ですから。……これは安全保障上の合意でもあります。」
そこまでを聞いて、私は言葉を選びながらも確認する。各部門がどういう腹積もりでことを進めようとしてるかなんて、この場に来て初めて聞けることだからね。懇切丁寧な事前資料が、毎度毎度しっかり準備されるという訳でもないのだ。理素結晶関連の話自体が突然降って湧いたような話だから…その辺りは若干仕方がない。
「つまり、結晶の潜在的な力を制御する仕組みを、両国で協調して整備するという理解でよろしいのですね?」
私の確認の言葉に、研究局長は頷く。
「その通りです。仮に何らかの異常が起きた場合、影響は周辺国にも及びかねません。国内での封鎖だけでは立ち行かない。ゆえに、共に責任を負う体制が必要だと判断しました。」
「理の循環は一国の力で制御できるものではありません。複数の視点と立場で監視を行うことが、結果として均衡を保つ最良の手段となるでしょう。」
「……つまり単なる技術開発ではなく、秩序維持のための政治的合意でもあるわけですね?」
エルドの補足と文官のやり取りの後、またも発言のバトンを受け取った研究局長は、否定も肯定もせずに答えていく。
「解釈は各国に委ねられます。重要なのは、結晶を眠らせ続けるのではなく、正しく理解し、無用な目覚めを防ぐことです。」
私はその言葉を受けて静かに口を開いた。
「理喰らい…失礼。件の理素結晶の大本となった存在の話となりますが…その力は国家ですら御しきれるとも思えない程に強大なものでした。しかしその力ですらも、私たちに向けられていたものは怒りや敵対心ではなく、ただの防衛反応から来たものに過ぎません。
我々はただ彼に『還れる場所を用意する』とそう宣言し、彼の一部を委ねられたからこそ生き残っただけの…そんなちっぽけな存在なんです。だからこそ、こちらから何かを強制することなく…ただ寄り添う。そしていずれは、彼が円満にこの世界に還る環境を整えようとする姿勢こそが、最も望ましい筈だと…そう考えております。共同研究という形であっても、その理念が保たれることを前提として頂きたいです。」
どうにも気を抜くと物のように扱ってしまいそうになるが…その心を改めて戒める。
忘れるな。私は一方的に約束をしたのだ。
……ぶっちゃけあの時は
▽ ▽ ▽
「現場を経験されたお二人から見て、共同研究に支障となる要素はありますか?」
研究局長からの改めての問いに、今度はエルドが答える。
「理素結晶を扱う際の、双方の意識の在り方ですね。目的が理解であるなら問題は無い筈ですが…それでも解析を急ぎすぎれば、手痛い反発が起こる恐れがあります。」
「反発、ですか。それは具体的にどのような形で現れるのでしょう?」
「明確な暴走ではなく、理の流れが歪みとして応答する形になります。小さな歪みでも放置すれば周囲の環境に多大な影響が出る……戦闘の際、私たちはその兆候を確認いたしました。理は壊されて暴れるのではなく、戻るために反応するのです。刺激を抑え、あるがままの循環を尊重することが最も重要です。」
文官が眉を寄せる。
「それでは研究自体が難しくなりませんか? 理に触れずして解析は成り立たないのでは? その割には、既に解析はある程度進んでいるようですが……」
「国内ではその原則を守ったうえで、流れを乱さない範囲での解析はすでに進んでいると聞いています。過干渉により在り方を変える――それが最も危うい行為だと進言致します。」
研究局長が少し考え込む。
「なるほど。干渉範囲を最小化し、段階的に拡張する形が望ましいということですね。」
「はい。まずは流れを視る段階で留めることが大切です。理喰らいの件で私たちは学びました。今回の結晶も、パーティの隊員による安定化の手助けこそ入りましたが、理が自らを再構築した結果にございます。」
「つまり、適切に扱えば危険ではないと?」
「完全な安全とは申せませんが、敵意を持つものではございません。観測の目的を誤らなければ、拒絶は起こらないでしょう。必要なのは慎重さと、対象への敬意です。」
若い研究員がエルドに問う。
「もしも再び活性化…それこそ理喰らいのような存在に変質する兆候が見られた場合、我々はどう対処すべきでしょうか?」
「即座に干渉を止め、封鎖結界を展開してください。観測を継続したまま安定を失えば、結晶の循環は自己修復を始めます。止めることが最も安全です。」
(いや本当凄いな…事前にエルドとヴァルクと私とで意見交換会をして知識を補強したとはいえ、ここまで自信満々に言い切れるのは尊敬できる。不安な人にはこうして、キッパリ断定して具体策を講じて挙げると助かるからね…不用意な断定は駄目だけど、リーダーはその辺の使いどころが上手い! いやぁ一隊員としても助かりますわ。)
研究局長が頷く。
「分かりました。ではそのように進める前提で共同研究を提案致します。観測制限を明確に設け、段階的に解析を行う。結晶への負荷は最小限とし、均衡の維持を最優先と致しましょう。」
私は軽く会釈して礼を添える。
「ありがとうございます。その形であれば異論はございません。理喰らいの残した結晶は慎重に扱う必要があります。再三申しましたが…相手方に敬意を払うことが最良の安全策です!」
(まあこんだけ言い含めれば流石に大丈夫でしょ…多分。理素結晶側はあれからうんともすんとも言ってくれないから…正しい取扱いについては本当の意味ではよく分からないんだよね。そもそも世界に還すって言ってもなあ。
忘れられて失われるのを怖がってるみたいだったし、こうして国の重鎮たちに恐る恐る敬われるくらいで丁度良いとは思うのだけど……?)
研究局長が満足げに頷いた。
「助言、感謝いたします。ではこの方針をもって会談へ向かいます。」
会議は締めくくられ、私とエルドは席を立った。扉の外は静まり返り、控室の灯が遠くに見える。私は歩きながら体をほぐし、隣の彼へ言葉を向けた。
「少し肩の荷が下りましたね。
こちらの言いたいことは伝わったみたいですし」
「ああ。藪を突いて蛇を出さないのならば、それで十分だ。」
深く理解し、正しい手順で向き合えたなら、あの結晶はもっと踏み込んだ応答を返してくれるのかもしれない。確証はない。ただ、扱いようによっては、願望器にすらなり得る力を秘めている……そんな感覚がある。
新たな時代の火種となるか、祝福を照らす光となるか、それが分かるのはもう少し先だろうなと、全身で伸びをしながら思考の隅に片付けた。
(これで一先ず、約束は守った判定にして欲しい…かな?)
理素結晶ほんとお前…某喋る白鼠みたいなキャラにすれば楽なんだけど、それこそ微修正じゃない再構成になってしまう!! というジレンマ。
最終決戦の流れは多分かなりガッツリ変わると思うので、実は割と(作者の負担的な意味で)手遅れだったりします。