EXではないですが少々加筆してます。
王都ソルディアの大地に、四年に一度の熱が満ちていた。
《剣神祭》――王国最大の剣技を競う興行にして、国宝【神剣ラグナ】の選定儀を兼ねる祭典。栄誉と誇りを求め、八名の精鋭が集う。
その中に、ラナ・シエルの名があった。
『光焼く翼』の剣士として既に知られ、若くして金位目前と噂される実力者。
けれど彼女の心にあったのは、栄光でも地位でもなく――
たった一人のライバルの姿だった。
カイル・アークレイン。
同じ訓練場で育ち、互いに剣を磨き合った男。
穏やかで真面目、けれど戦闘となれば誰よりも強く、誰よりも真っ直ぐな剣士。
ラナが本気で追いかけてきた相手。
そのカイルと、準決勝で相まみえる。
試合の始まりを告げる鐘の音が鳴る。
二人の間に、風一つ吹かない沈黙が生まれた。
観客の喧騒が遠のき、ただ剣の気配だけが残る。
一閃、二閃。
ラナの剣は風のように舞い、カイルの剣は岩のように揺るがない。
互いに攻めては退き、間合いを探る。その応酬は息を呑むほど緻密だった。
「遅いぞラナ!」
「はんっ、そんな筈はないね! カイルに迅さで負けたことはない!」
刃と刃が交錯し、火花が散る。
その攻防の刹那…ラナの目にはカイルの瞳が映る。
ただ、前を見据えている。情も怯えも、そこにはない。
互いに死力を尽くした上での最後の一合。
カイルの剣がラナの防御を抜き、肩口を裂いた。
金属の響きとともに、審判の声が上がる。
「――勝者、カイル・アークレイン!」
歓声が沸き、観客が立ち上がる。
ラナは息を吐き、剣を納めた。
「…やっぱりカイルは強いね! 流石は私のライバル!
こりゃあこのまま優勝しないと許されないね!」
そう言うラナの声はいつも通りの快活な声であったが、一緒に浮かべた笑みはどこかぎこちない。対するカイルは一度頷いただけで、続く言葉を飲み込んだ。
▽ ▽ ▽
翌日の三位決定戦での対戦相手は、王国北辺を主な活動拠点とする重剣士ヴェイル。分厚い剣を振るうたび、砂塵が巻き上がるパワータイプの剣士だ。昨日の疲労が残る体を押して、ラナは構えを取った。ヴェイルの剣が迫るが、ラナがそれを馬鹿正直に受けることはない。滑るように横を抜けての反撃の一撃。ほんの数秒にも満たない攻防であったが…ラナの剣は確かに相手の胴体に届き、そのまま薙いだ。
一瞬の静寂の後、審判の声が響く。
「勝者――ラナ・シエル!」
歓声と拍手が鳴り響き、それを聞いたラナは肩で息をしながらも笑みを浮かべた。それは喜びよりも、漸く一区切りを迎えたという安堵の笑みだった。
――その日の夕刻、決勝戦。
カイルの相手は前回大会の優勝者でもある、壮年の金位剣士ガルド。
十年を超える経験の差が勝敗を分けたのか、決勝の舞台でカイルは惜敗したが…それでも観客は彼の名を大いに讃えた。既に金位目前まで来ている年若き剣士。それも前年の優勝者をあと一歩まで肉薄したというのは、ただそれだけでも十分な実績になり得る。
下手をするとその注目の大きさは優勝者のガルドよりも大きい程…そんな敗れた者を称える空気は、どこか清らかに感じられた。
――そして、選定の儀。
聖堂には八人の本戦出場者が並ぶ。
【神剣ラグナ】が祭壇の上で静かに光を放っていた。
神官が言葉を発する。
「剣神の御前に立つ者よ。順に、その手を伸ばせ」
本戦出場を果たした時点で一定の実力は既に担保されているため、ここに集った八名全員に選定の儀への参加資格が認められている。成績上位者から順に選定を受けるという決まりこそあるが…
心の何処かで「俺が」「私が」という切なる思いが、強弱あれど渦巻いているであろうことは、想像に難くない。
一番手は当然、優勝者のガルドであるが…
その手が柄に触れても、神剣は何の反応も示さなかった。
彼は穏やかに微笑み、深く一礼して下がる。
残酷なようだが、これは既に四年前にも見た光景である。それ故に、観客の多くは特に彼には期待しておらず…その熱視線は次の人間に向けられていた。
そんな熱視線を受け、次に進み出たのは準優勝者のカイルである。
彼は祭壇へ進み、柄に手を伸ばす。
すると
神官が静かに首を振る。
カイルは一つ息を吐き、無言で一歩退いた。
そして、次に進み出たのは三位のラナ。
彼女が神剣の柄に触れたその瞬間――
風が渦を巻き、聖堂全体が光に包まれる。
天井が鳴り、光が柱のように伸びる。
【神剣ラグナ】が応えるように、ラナの背に
そんな神話の始まりの如き光景を目にした人々の歓声が、会場中に響く。
▽ ▽ ▽
――カイルは、ただ立ち尽くしていた。
(俺の方が、強いのに)
(俺の方が、勝ったのに)
(何故ラナなんだ)
(何故、俺じゃないんだ)
なんで
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで
な ん で ?
頭に血が昇り、心臓が煩い。
理性が何度も止めようとするが、胸の奥で暴れる。
掌が汗で濡れ、剣の感触が離れない。
歓声が遠い。この空間のどこにも自分はいない。
――分かっている。知っている。
選定は技量じゃない。剣が選ぶのは“在り方”だ。
そんな理屈、
けれど、それでも。
(何故だ……なんでだ……なんで……)
飲み込んだ息が血の味に変わる。
頭が熱い。
それでも顔は動かさない。笑みも作らない。作ったら崩れる。
観客の視線が痛いほど突き刺さる。
そのすべてが、彼女へ向かっている。
光が収束し、ラナが膝を折りかける。
覚醒させた【神剣ラグナ】の反動だろう。
それでも倒れず、名を名乗る。
声が震えながらも、まっすぐ届く。
――その姿が、あまりに綺麗で。
胸 の 奥 が ぐしゃり と 潰 れ た 。
▽ ▽ ▽
side ラナ
目の前が、白く滲んでいた。
何が見えているのか、もうわからない。
歓声の熱だけが遠くで響き、世界がゆっくりと揺れていた。
(……立たなきゃ)
脚が震える。
意識がどこかへ引きずられそうになる。
体の奥で、剣の鼓動が響いていた。
まるで自分の心臓が二つあるみたいに。
(ここで倒れたら、終わりだ)
(選ばれた女が、その場で崩れるなんて――)
唇を噛んで、膝に力を込める。
血の味が広がった。
痛みが、意識を現実に繋ぎ止めてくれる。
喉が焼けるほど乾いて、息が重い。
それでも、視線を逸らさなかった。
壇下にいる人の顔が見える。
彼が、見ている。
――カイル。
その目に、何が映っているのかは分からない。
悔しさか、怒りか、あるいは何か別の感情か。
けれど、確かに見えた。
私を見上げるその視線が、燃えている。
(ごめん)
(私も、まだ受け止められない)
剣が、まだ熱い。
選ばれたという実感よりも、
ただ――「彼に申し訳ない」という痛みがあった。
(でも、倒れない! 剣に選ばれた私を、選ばれなかった剣士達を、嘲りの目には晒させない!)
胸の奥で何かが燃える。
それが誇りか、恐れかも分からない。
けれど、確かに。私は、剣士として立っていた。
声が掠れるが…それでも、私は言葉を紡ぐ。
「……光焼く翼所属、ラナ・シエル。
神剣ラグナ、確かに拝領いたしました!」
周囲の拍手が爆ぜる。
光が収まり、人々がこちらへ視線を向ける。
その瞬間、ようやく現実が戻ってきた。
足はまだ震えているのに、胸の奥だけが静かだった。
(もう戻れない。選ばれたのなら、背負うしかない。)
息を吐いた。
それだけで体が軋むほど疲れていた。
けれど、立っている――それが、今の私の全てだ。
▽ ▽ ▽
式が終わり、人々が去った後。
夜風の吹く聖堂の前で、二人は再び向き合う。
ラナは神剣を抱え、疲れた笑みを浮かべた。
「……おめでとう」
先に声を出したのはカイルだった。
「ありがとう」
『悔しいけど、納得もしてる』――そんな言葉は嘘だ。
カイルは言わない、言えない。
だからこう言ってくれると、ラナは知っている。
「直ぐに追いつく」
「うん。待ってる!」
カイルの言葉に、ラナはただ真っすぐに返した。
神剣に選ばれた者としての報奨――その場で、王国より金位昇格が正式に告げられた。王都中の喧騒が遠くで響いている。だが二人の間には、何も要らなかった。
風が吹き抜け、聖堂の灯が二人の影を揺らした。
胸の奥では、まだ『なんで』が燻っている。
消えないままでいい。
次の戦いまで、燃やしておけばいい。
剣士の誇りは、敗北の痛みと共に研ぎ澄まされていく。
夜空の下で、カイルは静かに拳を握った。
ラナは神剣を見下ろし、微かに笑った。
――黎明の翼は、その夜、確かに生まれた。
ぶっちゃけ金位昇格はその場のノリ。もし仮にラナがこの時点で金位だったら紫位昇格すらあり得ました。
ただ【神剣ラグナ】ありなら『光焼く翼』内の総当たり戦で優勝可能なので…別にそれでも問題はないのですけどね。不壊の特性を持つトゥリオの【重盾イージス】すら余裕で斬り裂けるため、一切の受けが通用しません。
遮蔽物なしの闘技場ルールで順位を決めると多分こんな感じ。
『ラナ(神剣あり)>トゥリオ、ヴァルク>エルド、ラナ(神剣なし)、リディア>氷雨、クー子>オーリス』
とはいえ環境や戦闘開始時点の間合い次第なとこも大きいので、特にこれが実力順という話でもないです。
それこそ何でもありルールならエルド・ヴァルク・クー子・氷雨あたりが優勝候補になります。