数日が経ち、潮底遺跡にはサンライズ王国の調査隊が派遣された。
遺跡の外周は依然として潮の流れが強いが、鐘の音も瘴気の流入も完全に収まり、海は安定している。調査隊が出入りしている間、私たちはリューグー宿舎で待機を命じられた。
(……まあ、しばらくは私たちの出番じゃないよね)
けれど、午後。
調査から戻って来た彼らの一言が、私たちを再び呼び戻すことになる。
「遺跡内部ですが……
報告を聞き、私たちは顔を見合わせた。
あれだけ複雑に組まれていたはずの呪具網、瘴気と潮の境界を作り、鐘の音を生んでいた柱、レイグレンが仕掛けた観測装置の一切が――残骸すら形を保っていないという。
(……全部、遠隔で処分したってことかな?)
あの男なら、その程度はやれそうだ。
「必要が無くなったんだろうな。あの遺跡で試したかったことは、全部終わったといことだろう。俺たちがあの場まで来たのは、あいつにとって誤算だろうが……同時に、
ヴァルクが呟きに、リディアが眉をひそめる。
「儂らは……最初から想定外の来訪者に過ぎんというわけかえ」
「そうだろうな」エルドが頷いた。
「入り口に罠こそあったようだが、一度も攻撃を仕掛けてこなかったのは、本気で排除したい相手ではなかった証拠だ。ただ観測する価値はあると判断した……その程度だろう」
胸の奥が、酷く静かに冷えた。
(本命は…鐘の音による魔物の誘導? いやそもそも、意図的に瘴気を流出させるなんて技術は聞いたこともない。…恐らく総合的な実証試験の段階で、それをリューグーで試したということなのだろうか?)
私たちはただ、レイグレンの計画動線の途中で目に留まっただけ。
遺跡の破壊も、観測も――すべては彼自身の段取りの一部でしかない。
「で、要らなくなったら痕跡は消すと」
ラナが呆れたように息をつく。
「うむ。ついでの観測はしても、後片付けは忘れんというあたり厄介よの」
「ただの整理整頓だ。あの男にとってあの遺跡は、既に役目を終えた道具ということだろう」
リディアとヴァルクの言葉が途切れたあたりで、調査隊の報告も続きへと進む。
「詳細な分析には時間が要りますが……この遺跡、手掛かりを得るには遅すぎた場所だったのかもしれません」
なんの
▽ ▽ ▽
調査結果を聞いた私たちは、宿舎の食堂へ戻る。
海風が窓の隙間を抜け、薄い潮の匂いを運んでいた。
全員揃って座るのは久しぶりだ。
「ここまでするなら、私達って
私が呟くと、ヴァルクが腕を組んだまま答える。
「……遺跡が即座に爆散しなかったのが不思議なくらいだ。
こんな遠隔制御より、物理的に壊した方が明らかに早い。俺が奴ならそうする」
「うむ。それは同感じゃが…高々実験台にそこまでする気は無いということかの?
……いや『実は不具合で爆発しませんでした』なんて線も捨てきれんぞ?」
「う~ん…そんな間抜けなことってあるのかなあ?」
――なお実際は、拠点を物理的に廃棄するための機構が分身の維持線を切断する際の
(何にせよ…再戦の可能性は考慮しておいた方が良いかもね)
戦った時の、あの不快な透明感。
声は届くのに、存在の輪郭が掴めなかった。
(まるで……そこにいて、いないみたいだった)
ヴァルクも同じ感覚だったのだろう。静かに杯を置く。
「……生きている。まず間違いなく、レイグレンはまだ動いている」
ヴァルクの確信を持った言葉に、氷雨が小さく息を呑んだ。
「そんな相手が……また動き出す可能性があるってこと……?」
「間違いなく、あるだろうな。この件は、王都へ報告しなければならない。
ただ……サンライズだけで扱える問題でもない」
視線が、発言の主であるエルドに集まる。
「レイグレンは追放された国の出身だ。あの国がどう扱ったか。どこまで情報を持っているか。こちらとしても確認する必要がある」
「
私がそう言うと、エルドは静かに頷いた。
「そうだ。王都に戻ったら、外交局と連携して月影国へ正式照会を入れる。
向こうの反応次第では……我々が直接向かうことになるだろう。」
ラナが目を丸くする。
「直接……行くんですか?」
「状況次第だ。ただ――」
エルドは私たちを順番に見渡した。
夕暮れの光が差し込み、みんなの影が長く伸びている。
「レイグレンは、放置すれば必ず誰かを巻き込む。
危険度から見ても、王命級任務になるだろう。
『光焼く翼』として……次に備える必要がある」
私は深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
(…月影国は一度、レイグレンを仕留め損なっている。国外追放という扱いの裏で…実際には刺客を出されて殺されかけて…その中で死を偽装して逃げ果せたと、そう
戦いは終わっても、残された問題は山ほどある。
レイグレンが何を望んでいるのか。
何を成そうとしているのか。
まだ、何一つ分かっていない。
けれど――
「……まずは王都に戻ろうか。
リューグーの問題は、これで解決出来たからね。」
私がそう言うと、リディアがふっと微笑んだ。
「ふむ……帰る場所があるというのは、良いものじゃな」
ラナも笑って頷く。
「うん。帰ったら、あっちでも美味しいものいっぱい食べたいなぁ」
氷雨も静かに続けた。
「僕も……ちょっと落ち着きたい、かな」
夕暮れの窓の外で、波が静かに寄せては返す。
潮底遺跡の拠点は、放棄された。
しかし影はまだ、どこかで揺れている。
(……必要なら、行こう。月影国へ。
あの男の本当の目的を、確かめるために)
私は皆と視線を合わせ、小さく頷いた。
――旅路の幕が、ゆっくりと上がろうとしていた。
レイグレンは「都市一つ滅ぼしかけた特級のテロリスト」という扱いになるので、それの討伐は間違いなく王命級の任務です。他国も関わる問題なので妥当ですね。犯罪者の討伐は本来軍の管轄ですが、手掛かりがダンジョンにある場合に限り、探索者の領分となります。