Re.紫華の付与師は今日もお留守番   作:さくさくの森

9 / 9
第8話 ダンジョンの終着

 薄暗い通路を進みながら、私は肩の力を抜いた。

 第八層――恐らく。このダンジョンの最下層。

 通路の先には、もう階段も、下へ続く魔力の流れも存在しない。

 

「……確認が取れた。これ以上の下層は存在しない」

 エルドのその言葉に、場の空気がほっと緩む。

 

「つまり、制覇ってことか」

 トゥリオが背中の盾を戻しながら笑った。

「ようやく地上の飯に戻れるな。干し肉じゃなくて、焼いたやつを頼む」

「あなた、探索中でも食べてたじゃない」

 思わず返すと、リディアが小さく吹き出した。

 

 既に探索時間は半日といったところ。道中細かい休憩こそ挟んだが、第八層では休憩なしのノンストップだ。食事も腰を据えたものではなく、干し肉等の軽食を齧る程度で済ませることが多い。

 

 広間に戻ると、空気がやけに澄んでいる。階層主を倒した後は、通常なら瘴気濃度が半分ほどまで下がる……だが今回は、一割程度と言ったところか。

 

「濃度、異常に低いですね」

 オーリスの報告に、氷雨が頷く。

「魔物の反応もほぼ消失。……掃除が楽で助かります」

「今回の階層主の性質を考えると妥当だろう」

 エルドの回答に、氷雨は納得という顔で肩をすくめた。

 

 壁際には、結界の名残すら残っていなかった。

 かつてこの層を包んでいたのは、薄い袋のような結界――

 まるで網目上の果実の入れ袋を、さらに薄い袋で包んだような多層構造だった。 その『外側の袋』が今は完全に消え、内側の網だけが露出している。

 

「これなら、もう脅威はないな」

 エルドが壁に手を当てた瞬間、魔力探知の水晶が微かに反応する。

「……空洞がある。中に何か埋まってるな」

「まさか、またトゥリオの拳で開けるつもり?」

「いや、今回は慎重に行く」

 

 言うが早いかエルドは矢を番え、壁に向けて引き絞る。

「《剛弾(バレットショット)》」

 鈍い破裂音のあと、壁の一部が崩れ、銀色の輝きが覗いた。慎重の定義に議論が必要な気もしたが、人命第一であれば間違ってはいないのだろう。きっと。

 

「聖遺物か?」

 トゥリオが拾い上げると、その動作に反応して脈動していた。

「……まさか、こんな場所に」

「深層とはいえ、ずいぶん丁寧な隠し方ね」

 オーリスの驚きに私が同調する。

 稀にあるが、こういう隠し宝箱めいた構造は勘弁してほしい

 

 さらに広間の中央――

 かつて魔方陣が刻まれていた箇所でも、オーリスが声を上げた。

 

「こちらにも反応があります。ただこれは…深いですね」

 

 下層から、かすかに魔力の反応が漏れていた。

 私はすぐに近づき、膝をついて探査水晶を翳す。

 確かにある。しかも、かなり下だ。

 

「掘るしかないわね」

「任せろ」

 トゥリオが短く答え、手甲を鳴らした。土を砕く鈍い音が響く。だが岩盤が固く、思ったよりも進まない。

 

 私は腰の小瓶を取り出し、地面にふりかける。

「地面に『土』を付与」

 地面がふっと柔土のようになり、トゥリオの拳が深く沈む。

 エルドが掘り出された異物を片手で払い、氷雨とリディアが照明を強めた。

 

 腰の小瓶の中身は、ただの酸性水だ。

 気休め程度であるが地層の結合鉱物を緩める効果がある。

 付与効率を高めるための「おまじない」の域を出ないが

 よく効いてくれて何よりである。

 

「おや、楽になって良かったのう。

 若いの、こういうときだけは本当に頼りになるぞい」

「こういうときだけは余計だ」

 

 自然と笑いがこぼれる。

 私は付与を継続しながら、削れた断面の強度を観察した。

 

 ――この層を構成していた雷鱗竜の鱗。

 それが壁や床そのものに混ざっている。

 

「……あの竜にとっては、ここ全部が自分の体みたいなものだったのかもね」

「そうかもな」

 トゥリオが短く答え、また黙々と掘り進める。

 その音が、まるで心臓の鼓動みたいに規則正しく響いていた。

 

 やがて岩層の奥で小さな光が瞬く。トゥリオが手を止め、指先でその輝きを払いのけると…掘り出されたのは、小さな箱――金属と水晶を組み合わせたような造形。

 古いが、明らかに特別なものだった。

 

「これは…聖遺物だな」

 エルドが断定し、私は無意識に喉を鳴らした。

 

 箱の表面には、見覚えのある文様が刻まれていた。

 今の付与体系にも通じる、古代期の束ね文字――

 複数の術式を一つの流れに統合するための、失われた記号だ。

 

 魔力を流してみると、内部で無数の術式がゆっくりと目を覚ます気配がした。

 

「……付与術用の、触媒?」

「ふむ、儂の魔法にも転用出来そうじゃが…どちらと言えばそなた向きじゃの」

 リディアが嬉しそうな声で笑う。

 

 私は微かに息を吐いた。

 最下層の報酬が、よりによって付与師向けとは。

 まるで、このダンジョンが最後に残した冗談のようだった。

 

「二つか。帰りの報告書が分厚くなるな」

 エルドが記録を取りながら言うと、リディアが苦笑する。

「この鱗も遺物として回収が必要よのう。

 大きいのと小さいの、何個かは持ち帰るとええ」

「大丈夫だ。トゥリオが全部持つ」

「おい、それは違うだろう」

 

 笑いが広がり、空気がようやく柔らかくなった。

 

 全員で転移陣の座標を合わせる。

 淡い光が広間を満たし、魔法陣の紋がゆっくりと輝きを増していく。

 

 私は最後に一度だけ、

 消えかけた瘴気の匂いを確かめた。

 

「……これで、本当に終わりね」

「次に潜るまで、束の間の休暇だ」

 エルドが顎を上げ、光が一気に広がる。

 

 視界が白に染まり、風が止む。

 探索部隊『光焼く翼』

 ―廃区画地下ダンジョン―全八層制覇。

 

任務、完了。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。