気球の作成と並行して、魔女化についても調べておく。
図書室で宝生さんが気球の設計に加えて魔法について描かれている本の解読もしていたため話しかける。
「宝生さん、大丈夫か?」
「……あら、布はハンナちゃんの所に持って行ってあげてって言ったのに……」
「いや、これは後で持って行くが……宝生さん、どちらかを手伝わせてくれ。」
「……そうね、一人でどっちもは欲張りだったかしら。」
「これは皆に言っているんだが……一人で抱え込まないでくれ。蓮見さんのように、一人で全部解決しようとはしないでくれ。」
「……なら、頼らせてもらおうかしら。」
「ああ。」
「でも、その前に一つだけ確認させてもらえる?」
宝生さんは蓮見さんの事件前、俺を信じてくれてなかったはずだ。
今は時間が経っているとはいえ、宝生さんの信用を稼ぐことは何もしていない……
今協力しているのも、桜羽さんを中心としたグループだから。
なら確認したいこととは……
「あなたは、ここを脱出することが正しいと思っているの?」
黒幕を探している事を表明して、なのに脱出に協力する。その真意を尋ねるのは、考え深い宝生さんなら当然のことだった。
「正直言って、分からない。皆の中に黒幕が潜んでいる以上、黒幕がどう動くのかも未知数すぎる。」
「泳がされているかも……ってことね。」
「だが、一つ確かなことは、俺は脱出する気はない。」
宝生さんがこちらを訝しむ。
「……正直な所、魔女化について、俺たちは何も知らない。魔女化を抑えるのは、社会に戻れば簡単なのか。牢屋敷にいるよりも良い環境なのか。国によって誘拐された俺たちはどういう扱いになっているのか。」
「……」
「だから、ここにいたくない皆の気持ちは尊重したい。だけど、魔女化を抑える方法が見つかるまでは、国によってまた連れ戻される可能性を考慮しないといけない。」
「そうね、確かに脱出についてのあなたの考えは理解できる。でもその場合、あなたは脱出に成功しそうになったら、邪魔をする……ということかしら。」
やはり警戒されていた。
「いや、俺は皆の脱走については協力したい。だが、魔女化を抑える方法を探すのも手伝って欲しい。」
「それを皆に伝えない理由は何かしら?」
「……皆の希望に水を差したくないからだ。」
「それは……ストレスを溜めさせない為?」
「そうだ。皆の魔女化を抑える方法は、現時点ではストレスを溜めないこと。それしか分からない。」
「……」
宝生さんが考えている。
「分かったわ。でも、気球の設計には関わらせれない。この本についての方が、あなたの求める方なんでしょう?」
「ありがとう、宝生さん。」
宝生さんから本を受け取る。
少し悩んだ後、魔法を使う。
「……今、魔法を使った……のかしら?」
「ああ。宝生さんにはもう俺の魔法についてバレてるから。」
「……止まった時の中で、本を読んだ……そういうことにも使えるのね。」
「……実のところ、結構頻繫に使ってる。」
「?」
「皆の意識が向いてない間に、思考を整理したりするのに使ってたんだ。」
「……私はあなたの頭の回転がすごく速いのかと思っていたのだけど……」
「買い被りだ。俺は元々頭はそんなに良くない。時間を他の人より使ってようやく追いつけるんだ。」
「……それで、内容について、分かったことはある?」
「……サバトに関係する挿絵を他のページで探したが無かった。」
「……つまり?」
「このページを解読しないと、サバトの内容は分からない。」
「……」
宝生さんがこちらを見る目が変わった気が……
「……解読は、皆の魔法の挿絵から本の単語を推測しながらやってみる。」
「……そう。」
「布を、遠野さんと氷上さんに渡して来る。」
「ええ。いってらっしゃい。」
図書室を出る。
(警戒を解いてもらえた……でいいのか?あれは……)
何かを失ったような気がする。
◆
地下の監房に向かう道中佐伯さんに話しかけられる。
「……あ、あの、さ。ありがとね。おじさんのこと、信じてくれて。」
「……いや、信じるとかじゃなく、黒部さんの見たものについて、矛盾を感じただけだ。」
「……ナノカちゃんの……」
言うべきか、悩む。だが、ストレスや不安は、ここでは致命的な事に繋がる。
少し考えた後、口を開く。
「佐伯さん。」
「……あっ。な、何かな?」
こちらを見ながら手の震えを隠す佐伯さんに気を遣いながら話す。
「黒部さんから聞いた話は、もう蒸し返さないようにする。」
「えっ?」
「ここの皆は、魔女因子の強い子……つまり、今までにストレスを多く感じた子が集まっている。」
「……うん。」
「人に過去を詮索されるのは、いい気分じゃないと思うんだ。過去にストレスを感じている人は特に。」
「……」
「だから、過去は気にしないで、今の事に目を向けて欲しい。」
「今……」
「皆のリーダーは桜羽さんだ。希望を皆に分けている。でも、それを上手く受け入れられない子達を支えているのは佐伯さんだ。」
ここ数日、佐伯さんが沢渡さんや夏目さんの世話を焼いてくれているのを皆が見ている。
皆が頼りにしている人間が、二人に分かれている。それも、蓮見さんとそれに反発する桜羽さんのような対立ではなく共存の形で。
「佐伯さんの今の行動を、否定している人なんていない。」
「……」
「皆佐伯さんの人柄を、良いものとして考えている。だから、佐伯さんも皆に嫌なことがあったら共有して欲しい。佐伯さんのことなら、皆協力してくれるはずだ。」
「……でも」
「……過去がなんであれ、今は外とは違う。皆優しい子たちだ。」
黙り込む佐伯さんにこれ以上話しても圧をかけてしまうと思い離れる。
俺が去る間も、佐伯さんは考え込んでいるようだった。
◇
「外に戻るより、皆とここにいたいなんて、言えないよ……」
◇
牢屋敷地下の薄暗いジメジメした廊下に布をつけないよう注意を払いながら進み、遠野さんの監房につく。
「これ、黒部さんから。倉庫にあった厚めの布だ。」
「あ、ありがとうございます……!」
「追加の素材がきましたわー!終わりの見えない作業ですわー!」
「遠野さんは結構きつそうだけど、氷上さんの方は大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……!皆さんが脱出に使えるよう、丈夫な物を作り上げます……!」
「そうか。何か手伝えることがあったら言ってくれ。」
その言葉を聞き、少し考えた様子を見せながら遠野さんが口を開く。
「なら、一つ頼みたいことがあるんですの。」
「遠野さんから俺に?珍しい……」
「あなたが何かないか言ったんでしょう!?」
「……話の腰を折ってしまってすまない。どんな頼み事だ?」
「……シェリーさんのことですの。」
「橘さん?」
予想外な名前に驚く。
「少し前にシェリーさんが来たんですわ。その時、シェリーさんがこの布を少し破ってしまったんですの。」
「それは……お気の毒に?」
「でも、シェリーさんが突然そんな行動をした理由を考えたんですの。」
「……まさか」
他の人よりストレスが無いように見えた橘さんの様子が演技だった可能性を考慮する。
「?……!ま、魔女化ではないと思いますの!ですが……少し、寂しいのかもしれなくて……」
「……」
「エマさんもアリサさんの説得や、皆さんの様子を見に行ったり……少し、シェリーさんが一人の時間が多い気がしますの。なので、わたくしの代わりにシェリーさんの様子を見てきて欲しいのですわ。」
考え、答える。
「すまない、遠野さん。その場合俺が橘さんにできることは無い。」
「……っ。いえ、こちらこそ急でしたわね。忘れてくださいませ?」
「……だが、その件を解決できる人は知ってる。」
「?それは……」
「それは……遠野さん自身だ。橘さんと、少し休憩の時間をとってきてくれ。」
「……わたくしはここでメルルさんと気球の球皮を縫わないと……」
「氷上さん、俺でもできそうな箇所はないか?遠野さんと橘さんの休憩の間だけでいいから。」
「は、はい!こことここの布を繋げるだけでしたら、簡単なはずです!」
氷上さんの指示を受けて縫い始める。
「な、何をしていますの……」
「ハンナさん……シェリーさんに、会ってきてください……。お二人が寂しそうなの、見ていたくないです……!」
「後で、元気な橘さんの様子を見せてくれ。そうすれば、皆も元気を貰えるはずだ。」
「……か、感謝しておきますわ。」
そう言って去る遠野さん。
「……また今度、氷上さんも桜羽さん達と遊ぶ時間を取ることをオススメしとくよ。」
「……そうですね。皆さんとの思い出、大事にしたいですから。」
それ以降は氷上さんによる指示以外、無言の時間が流れるのだった。
◆
戻ってきた遠野さんが連れてきた橘さんのテンションに少し引きながら遠野さんに作業を引き継ぎ、外へ向かう。
「……黒部さん、俺だ。」
森に向かって声を掛ける。
少ししてから黒部さんが姿を見せる。
「……持ってこれたの?」
訝しむ黒部さんに本を渡す。
「……気球の設計で集中したいだろうから邪魔しないよう図書室の外で解読する……そう伝えた。」
「そう……」
少し無言の時間が流れる。
「……返すわ。」
「……黒幕について分かったことはあるか?」
期待を込める。この牢屋敷にある本の中で一番重要そうな本だ。
だからこそ。
「いいえ。
期待が少し外れる。
だがそれでも、少しでも情報を得る為に魔法で見たものについて尋ねる。
「この島には、大昔にたくさんの魔女がいた。その魔女の一人が、書き記したもの。」
「……」
「その魔女たちがどこに行ったのか、この牢屋敷で私達を魔女化させるのにどのような関係があるのかは分からなかった。」
「……そうか。」
手に入った情報は……あまり意味が無いものだった。
昔の魔女が記したもの。その情報だけでは、牢屋敷の現状には何も繋がらなかった。
「もう牢屋敷の中には情報はないかもしれない。」
「……サバトについては、何か映っていたか?」
「……少し待って。」
その後、黒部さんは意味の分かる単語をいくつか書き記してくれた。
「ありがとう。」
「いえ。……黒幕について……やっぱり、なんでもないわ。」
黒部さんはそう濁し、去っていった。
(やっぱり、黒部さんは黒幕を殺す気だ。……家族を奪われたんだ、仕方ない。)
(だが、黒幕の目的が分からない以上、黒幕を殺しても意味が無い……それを、家族を奪われた黒部さん相手に言ってどうなる?家族は、そんな軽いものじゃない。)
思案の途中、スマホからフクロウの鳴き声が響く。
一先ず監房に戻るのだった。
◆
幾日か過ぎた夕食後、決行の日を宣言する桜羽さん。
「明日の17時!決行だよ!」
桜羽さんの説明を聞きながら思案する。
(結局魔女化について分かったことは殆ど無い……だが結局、皆をここに閉じ込めるのが黒幕の目的なのだから、本当に脱出できるのならした方が良いはず。ここにいても魔女化の進行は進む……なら、帰りを待つ家族の元にいた方が良い。)
「逃げねえよ。全員ここから出してやる。それでいいんだな?」
(すまない、紫藤さん。俺はここから出ない方がいい……それよりも。)
コッソリ皆を見渡す。
(本当に黒幕が皆を魔女化させるつもりなら。明日の決行を邪魔する者こそ黒幕なはず)
ラウンジから離れ、監房に戻る。
黒幕が尻尾を出すのを祈ると同時に、ここの皆が魔女化せず脱出できることも祈る。
(矛盾してるな……)
二つを祈りながら眠りにつくのだった。
◆
翌日。
「気球が……壊されてる……」
集まった皆の様子を見ながら黒部さんからのメッセージを思い出す。
黒部さんからの報告は、簡潔だった。
『佐伯ミリアが気球を破壊していた。』
感想、評価をしていただけると嬉しいです。