脱走決行予定日の朝。
壊されていた気球のもとに牢屋敷の少女達が集まる。
「……どういうことだ佐伯?お前しか気球の隠し場所は知らねえはずだろ?」
「……ごめん、皆」
「ごめんって……なんで?ミリアちゃんが謝る必要なんて……」
「……ミリアちゃん自身の意志でやった……ということかしら?」
「マーゴちゃん?でも、気球を破壊する理由なんてミリアちゃんには……あ……」
「……ごめん。」
集まった皆の雰囲気は最悪だった。佐伯さんを訝しみながらも強くは聞けず、佐伯さんも誤魔化すことなく謝り続ける。今黒部さんからの報告を明かしたところで、佐伯さんが気球を壊した理由はわからない。
これ以上雰囲気が悪くなればストレスで誰か魔女化するかもしれない。
(……佐伯さんの追及は後でもできる。今は皆のストレスを抑えるのが最優先……)
スマホの通知音が一斉に響く。
『佐伯ミリアさんが昨日の夜の収監時間に外にいたのを確認しましたので、懲罰対象となります。看守が迎えに行きますので、抵抗とかしないでくださいね……はあ、紫藤さん、黒部さんに続いて3人目。これ以上可愛いフクロウの残業時間を増やさないよう規則を守ってくださるとありがたいんですが……』
ゴクチョーから届いたメッセージを確認し、佐伯さんを見る。
「どういうこと……?夜間に外にいたって……なんで?」
「……壊したのは今も隠れている黒部か、佐伯。……どっちかしかいねえ……」
「……皆、ごめん。」
「なんで謝んのか理由を言えっての!あてぃしらが帰るための気球、なんで壊したんだって!」
「……沢渡さん、後ろ。」
「あ?ひぅ……」
「ひっ……」
現れた看守によって連れて行かれる佐伯さん。
悲鳴をあげる彼女を気遣う声は……無かった。
「……なんでだよ……くそっ……」
「……そう、もしかしたら、とは思っていたけれど。ミリアちゃんがそうだったなんて……」
「?どういうこと、マーゴちゃん。何か分かったの?」
「いえ。これは……もしかしたらそうかも……ってだけよ。もしかしたら、ミリアちゃんは……帰りたくないのかも……しれないわ。」
「……ミリアちゃんは、帰りたくなくて……で、でも、ミリアちゃんが気球を壊すのはおかしいと思うんだ!皆頑張ってて……ミリアちゃんも応援してくれてて……」
「……でも結局、昨日の夜気球を壊したのはあいつだったんじゃん。黒幕とか関係なく裏切り者じゃん。」
「……そんな言い方……ミリアちゃんにも、何か考えが……」
疑心暗鬼が広がっている。
「……とにかく、今連れて行かれた佐伯さんの事、壊された気球の事。整理する時間を取った方が良い。」
「……おめえはいつも冷静だな。こんなこと予想がついてたってのか?」
「……ああ。」
「……!?じゃあこの前言った佐伯が黒幕じゃないってのは何だったんだよ……!」
紫藤さんがヒートアップしている。協力してくれるよう桜羽さんが説得していたのにこんな事になってしまった以上仕方のないことだが……勘違いは正しておく。
「……いや、気球を破壊されることは黒幕が見つかっていない以上予想していた。これは宝生さんにも共有していた。」
「……本当に?マーゴちゃん。」
「……ええ。でも……」
「……やるのは、黒幕に指示された看守がやると思っていた。当日まで隠していても、決行の時間は皆に共有されていたからな。」
「やっぱり、黒幕がボク達の中にいるって思ってるんだ。」
桜羽さんからの悲しみの籠った視線を直視できず、顔を背ける。
「……ああ。だが、佐伯さんが壊すとは……思っていなかった。」
「本当に……ミリアちゃんが……?」
「……桜羽さん、こんなことになって残念だが……まず、皆のストレスがマズい。一旦牢屋敷に戻ろう。」
「……ちょっと待って。」
「?桜羽さん……?」
「皆、もう一度……ううん、ここを脱出できるまで何度でも、挑戦しよう!皆で力を合わせればできるって、信じてる!」
桜羽さんの眩しい言葉を聞いてやる気を取り戻している皆を見て、黒幕についての情報を得られなかったことを残念がる俺が酷く場違いな気がした。
◆
「……」
懲罰房前の廊下を歩く。
他の少女達は皆桜羽さんの言葉を聞いた上でもショックが大きかったようで、監房に戻って行ってしまった。
覗き窓を一つ一つ確認していく。
「……いた。」
並ぶ重い扉のうち一つ。その中で佐伯さんは磔にされていた。
「佐伯さん、大丈夫か?」
声を掛ける。佐伯さんがこちらを見て顔を伏せる。
「……ごめん。」
(……佐伯さんを立ち直らせないと。あと二日ここに居ることになる……紫藤さんも参っていたんだ。佐伯さんが衰弱してしまうかもしれない。)
「……佐伯さんは、牢屋敷を出たくなかったのか?」
「……ごめん。」
「責めているんじゃない。佐伯さんは……ここを出たくないのか、それとも……
「それは……」
「正直に言って……帰りたくないなら、俺はそれを尊重したい。だが……皆の希望を壊す形でそれを伝えて欲しくはなかった。」
「……ごめん、おじさんのせいで……皆を、傷つけちゃった……」
(だめだ、やったことへの罪悪感を増幅させてしまった……)
気球の件を責めに来たわけではないことを理解してもらえる話を探す。
「……佐伯さん」
「……?」
「俺もここを出るつもりはない。黒部さんのように、牢屋敷の黒幕を暴くまで、ここに居続けるつもりだ。」
(既に宝生さんには知られている……今回の件を解明するためには必要なら言った方が良い。)
「……え?それは……」
「ここに居続けるのが悪いわけじゃない。魔女化によって殺人衝動に悩まされること、ここに居ることがストレスになる少女達もいる。相容れないわけではなく、一人一人の行動には目的がある。全員が一つの方向を向かないのも当然だ。」
「……ごめん。おじさん、ここに居たくて……皆に迷惑かけちゃったよね。」
「……結局、魔女化をどうにかするには、ストレスが無い環境の方がいい。牢屋敷の方がストレスを感じないのならそれも選択肢の一つだろう。俺はそう考えている。」
「……でも、皆の頑張りをおじさんの我儘で壊しちゃった。」
「……そこだ。なんで佐伯さんは……気球を破壊する方法をとってしまったのか。それを唆した人はいなかったのか。そこが聞きたいんだ。」
「!……」
「俺は……佐伯さんが、人の作った物を壊すような人には思えなかった。だから……皆の魔女化を進めるために、誰かが気球を破壊するよう佐伯さんを誘導した……そう思ったんだ。」
「……黒幕なんて、いないよ。おじさんが一人で暴走しちゃっただけ。」
「……だが……」
「ハヤトくんも、皆を励ましてあげて。おじさんのせいで……皆を苦しめちゃった。ごめん。」
その言葉を最後に佐伯さんは口を噤んだ。
懲罰房を離れる。
ストレスを増幅させただけ。それが俺の会話で得られた結果だった。
……こんなことをしでかしたのは佐伯さんの意志ではない、黒幕によって唆されたのなら。
そう思って会話をしに来たのに……佐伯さんを苦しめただけだった。
佐伯さんの心の内を理解してあげることは、俺にはできなかった。
◆
一日が終わる。
結局この日は桜羽さんを含めほぼ全員が部屋から出てこなかった為脱出については何も進展しなかった。
俺個人で黒部さんに渡せる物を探す事も牢屋敷全体に広がる重い空気の中ではあまり進まなかった。
(……佐伯さんと、桜羽さん。二人がいないと、この牢屋敷はかなり暗くなってしまうな……)
(こんな時、蓮見さんがいてくれれば。)
牢屋敷の明るさは、殆ど少女達によってもたらされたもの。
それが無くなった今、牢屋敷は黒幕の思惑通りストレスを感じさせるための環境であることを思い知る。
(……早く、魔女化をどうにかする方法、もしくは黒幕を見つけないと……)
監房のベッドで横になる。
(……ああ、くそ。今日は失敗しかしていない。佐伯さんを困らせただけ。皆のストレスを和らげることもできていない。このままじゃダメだ。)
(明日桜羽さんと次について話して……皆の牢屋敷脱出へ向けてもっと手を貸す……いや、佐伯さんについてを共有するべきか……駄目だ、勝手に佐伯さんのいない場で佐伯さんの立場を悪くするようなことを言うなんて……)
思考が巡る。
(……くそ、皆を助けないと……皆の助けにならないと……)
(……魔女化が進んでいる感覚がある。一人で全部解決しなきゃならない、誰かを助けないと自分に価値は無い。そういった考えがずっと浮かんでる……)
(やっぱり魔女化を抑える方法を……宝生さんとあの本の解読を進めるのを第一に……)
◆
翌朝。
(結局、考えは纏まらなかった……)
一先ず食事を取りに向かう。
食堂には朝食を食べに来るだけで、そのまま自分の監房に戻る少女達が殆どだった。
そんな中でも一人変わらず元気な少女が向かいに座ってくる。
「おはようございます!ここ、座りますね!」
「……ああ。」
(数日前はテンションに引いたが、やっぱり橘さんが近くにいるとエネルギーを貰えるな……)
変わらないテンションに少し救われる。
「皆さん、元気ないですね~。」
「……そうだな。昨日の件がそれだけショックだったんだろう。」
「ふーむ、この状況を解決する、何か大きな事件とか起きないですかね~。」
「その場合、誰か死ぬかもしれないから起きない方がいいだろうな。」
「……ふーむ。なら……私達で、起こしませんか?」
突拍子もない発言に一瞬考えるも、却下する。
「やめておこう。現状が良くないとは思うが、事件を起こしたとて皆を疲れさせるだけだ。」
「うーん、なら皆さんの元気が回復するまで待つのがベスト、ってことです?」
「……ああ。佐伯さんが明日懲罰房から出された後、皆で今後についてを話す……それまではできるだけ今まで通りに振る舞うのが一番だと……思う。」
「ふーむ、分かりました。でも、ハンナさん達が部屋に籠ってしまってるのは何とかしたいです。」
「それは……橘さんが誘ってあげれば出てくると思うが……。」
「そうですかね?」
「ああ……夕方くらいになれば、気分もそろそろ落ち着いてる……と良いんだが……」
「希望的観測ってやつですね。」
その後も皆を思い奇抜な方法を取ろうとする橘さんを説得することに時間を使う。
◆
昼は図書室で黒部さんの単語表を使い本の解読を進める。
結局魔女についてを調べ、なれはてにならない方法は後から考えるしかない、という結論に至った。
そも大昔の魔女達はなれはてにならなかったのか。
禁忌として隠されているのではないか。
様々な可能性を考慮して本を解読する。
(そうしてないと、前に進めている感覚が無い……)
黒幕についても、少女達の内誰かが佐伯さんを唆したわけでもないのなら、本当にこちらから起こせるアクションが何もない。
魔女になってしまった蓮見さんが送られた地下についても調べたかったが、裁判の無い時は施錠されていたため裁判所にすら入れなかった。
(……牢屋敷の中はもう諦めて、牢屋敷の周りを全部探索した方がいいか……?)
(……最悪、厨房や裁判所の鍵を無理矢理破壊して中を探索する……というのも一つの手か……)
少し考えた後、かぶりを振る。
(……さっき橘さんと話したからか、思考が物理に偏ってるな……)
暫く解読作業を続け、結局分かったのはサバトには魔女が必要ということだけだった。
(……サバトで大魔女を……どうするのか。魔女を強化する方法なのか、宝生さんの言っていたように大魔女という凄い魔女を呼び出すのか。遠野さんの魔法を強化できるのならともかく、大魔女を呼び出してなんになるのか……)
(それに……魔女が必要。だが……魔女化すると殺人衝動に侵される。そんな危険な橋を渡ってまでサバトを行うなんて……できない。)
(制御できなければなれはてになってしまった俺が残る。皆を害することになるかもしれない。)
結局何の進展もないまま監房に戻るのだった。
◆
夕方になり、シャワーを浴びた後シャワールームから出たタイミングで氷上さんが医務室に入っていく後ろ姿を確認する。
(……今日の夜、抜け出して探索するか?その時間氷上さんに偽装を……いや、あまりに長時間だと魔法があっても見つかる可能性が高い……)
結局医務室には行かず、食堂で食事をすませ、図書室に再度向かう。
図書室につくと、そこにはスマホを大事そうに抱えた沢渡さんがいた。
「……?げっ。」
こちらを見てすぐの反応に少し苦笑する。
「……なんかあてぃしに用?」
「いや、本の解読に来たんだが……沢渡さんはここで何を?」
「……もう済んだし。」
そう言って去っていく沢渡さん。
「……やっぱり佐伯さんが居ないと会話すら回せないな……」
ここにいない皆の心の支えを想いだす。
「……今度、久しぶりに沢渡さんの配信を見てみるか。」
皆との潤滑油になってくれていた蓮見さんと佐伯さん。
二人のお陰で軋轢を減らせていたことに頼り切っていた自分に反省する。
「……一人で全てをやろうとしない。」
(一人では、何もできないから。)
そうして本の解読にもう一度取り組む。
宝生さんのお陰で見つかった重要な手掛かりを、黒部さんの魔法のお陰で作られた単語帳片手に解読する。
そうしているとスマホにメッセージが届く。
黒部さんからであることを確認し期待する。
(俺が全部やらなくても、こうして他の人も頑張ってくれている。なら、桜羽さんの言うようになせるかもしれない。)
そうして開いたメッセージには。
『佐伯ミリアが殺されていた。』
「……は?」
昨日のように。簡潔に。
一人の命が失われていた事が記されていた。
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