第二試合の衝撃が冷めやらぬ特設闘技場は、異様な興奮と不気味な静寂に包まれていました。八歳の見習い少年が更木剣八を退けたという、尸魂界の歴史を根底から覆す大波乱。
医療班によって担架で運ばれていく一勇の、白砂の上に残されたわずかな霊圧の残滓を見つめながら、男が一人、不敵に笑って舞台へと歩み出ました。
「おいおい……ガキが命削ってあんな化け物とやり合ってのによ。ここで大人が温い試合(しあい)してらんねえだろ」
赤い髪を激しく揺らし、蛇尾丸(ざびまる)の柄を強く握りしめるのは阿散井恋次。その対面に立つのは、九番隊隊長・六車拳西。腕の死覇装を捲り上げ、すでに全身から爆発的な霊圧を放っています。
「フン、よく言った。だが阿散井、お前が一護の相棒だろうが何だろうが、この俺が戦場で手加減すると思うなよ。死ぬ気で来い」
審判の春水が掲げた右手が、勢いよく振り下ろされました。
「第三試合、始めなさい!」
その瞬間、大気が爆ぜました。二人は最初の一歩から互いの実力を認め合い、一切の様子見を排して、自らの最高峰の力を一気に解放したのです。
「――『卍解(ばんかい)』!!」
ドォォォォォン!!!
闘技場が、二つの巨大な霊圧の衝突によって激しく鳴動しました。
恋次の周囲には、巨大な大蛇の骨と強固な鎧を纏った『双王蛇尾丸(そうおうざびまる)』が顕現し、拳西の全身には、両手の武器が白銀の装甲へと変わり、強烈な爆風の風圧を纏う『鐵拳断風(てっけんたちかぜ)』が吹き荒れます。
「いくぞォォォ、六車隊長!!」
恋次が右手の『蛇王』の顎(あぎ)を突き出すと、巨大な骨の蛇が空間を噛み破るような速度で拳西へと襲いかかりました。しかし、拳西は正面から避けることもせず、その白銀の拳を真っ直ぐに突き出しました。
「――ぬるいッ!」
ドガァァァァァン!!!
鐵拳断風の放つ圧倒的な炸裂の風圧が、大蛇王の巨大な頭部を真っ正面から殴り飛ばしました。闘技場の岩盤が衝撃波だけで粉々に砕け散り、凄まじい暴風が客席まで吹き抜けます。モブの死神たちが「ひ、一撃で卍解の突撃を押し返した……っ!?」と冷や汗を流して驚愕します。
しかし、恋次はすでにその先を読んでいました。左手の『狒狒王』の刃を地へと突き立て、一気に拳西の懐へと肉薄します。
「これならどうだッ!!」
超至近距離からの、蛇尾丸の鋭い連撃。
ガガガガガガガッ!!! と激しい金属音と火花が弾け飛び、二人の影が激しく交錯します。拳西は白銀の装甲で恋次の刃を完璧に受け流しながら、その拳を恋次の腹部へと叩き込みました。
「がはっ……っ!」
内臓を揺るがすような爆音の拳撃。恋次の口から鮮血が飛び散ります。普通の死神ならその一撃で戦闘不能になるほどの鉄拳ですが、恋次の瞳から闘志の光が消えることはありませんでした。観客席で見守る一護が「恋次……!」と拳を握りしめる前で、恋次は血を吐きながらも、不敵に笑って拳西の腕をガシッと掴み返したのです。
「へっ……流石は隊長の鉄拳だ、重えなぁ……! だけどよ、一勇のあんな泥臭い試合を見せられて、ここで倒れたら男が廃るんだよ!!」
恋次の全身から、さらに一段階上の、限界を突破した赤黒い霊圧が噴き上がりました。掴まれた腕を引き剥がそうとする拳西ですが、恋次の執念の力はそれを許しません。
「喰らいやがれ! 『大蛇王!!」
「舐めるなよ、阿散井ィ!!」
拳西の鋭い眼光が光り、両拳の装甲から、空間そのものを切り刻むような無限の爆風の刃が逆流するように溢れ出しました。鐵拳断風の真の恐怖。触れているものすべてに、絶え間なく炸裂の衝撃を叩き込み続ける、文字通りの『断風』の鉄槌。
「――断風ッ!!!」
ズゴォォォォォン!!!
闘技場の中央で、今日一番の巨大な爆発が巻き起こりました。
あまりの衝撃に、春水が展開した防御結界がメリメリとひび割れ、白砂の戦場が完全に煙の中に隠れてしまいます。
観客席の乱菊や、出番を待つ一角たちが息を呑んでその煙を見つめる中、ゆっくりと風が吹き抜け、二人の男の姿が露わになりました。
「……はぁ、はぁ……、クソ、強いな……本当に……」
恋次は卍解を維持しきれず、浅打の姿に戻った刀を地面に突き立て、辛うじてその場に立っていました。全身の死覇装はボロボロに引き裂かれ、無数の切り傷から血が流れています。しかし、その顔は、己の全力を出し切った男の、最高に晴れやかな笑顔でした。
対する拳西もまた、激しく肩で息をしていました。その白銀の装甲には、恋次が最後の瞬間に放った蛇王の牙の、深い傷跡が刻まれていました。
「……フン。危ねえところだったぜ。あと一瞬、お前の執念が勝ってりゃあ、俺の腕が消し飛んでた」
拳西は卍解を解くと、不敵に笑い、恋次の胸を軽く拳で小突きました。
その瞬間、限界を迎えていた恋次の意識が途切れ、バタリと白砂の上に倒れ込みました。
「そこまで! 勝者、六車拳西!」
春水の高らかな声が響き渡り、会場は割れんばかりの拍手と、男たちの意地を讃える大歓声に包まれました。
「恋次のヤツ、良い試合しやがって……」と、客席の一護もどこか誇らしげに笑っています。すぐに救護班が恋次を運び出していく中、拳西は自らの傷跡を見つめながら、次代の死神たちの恐るべき成長を、確かな手応えと共に噛み締めていました。
100年に一度の『百載全霊武闘祭』は、一戦ごとにその熱量を増し、いよいよ第四試合――斑目一角と日番谷冬獅郎という、十一番隊の特攻隊長と、十番隊の若き若き天才による、もう一つの大一番へと物語を繋げていくのでした。
男たちの血が沸き立つような第三試合が終わり、大歓声の中で特設闘技場の舞台へと上がったのは、十一番隊の特攻隊長・斑目一角でした。その対面に立つのは、十番隊隊長・日番谷冬獅郎。
一角はトレードマークの木刀型の鞘を肩に担ぎ、冬獅郎を見つめながらニカッと凶悪に笑いました。
「おい、日番谷隊長よ。更木隊長や阿散井の熱え試合を見せられて、十一番隊の男がこれ以上『本気』を隠したまま戦えるわけねえだろ! ――『卍解』……ッ!!」
ドゴォォォォォン!!!
一角の咆哮と共に、巨大な三振りの刃を太い鉄鎖で繋いだ『龍紋鬼灯丸(りゅうもんほおずきまる)』が顕現しました。観客席のモブ死神たちが「斑目三席が卍解だと!?」と腰を抜かして驚愕する中、一角は巨大な刃を大きく振りかぶります。
「オラァァァァァッ、いくぞ日番谷ァ!!」
一角が地を蹴り、一気にその超重量の一撃を叩きつけようとした――まさに、その刹那でした。
冬獅郎の目が冷徹に光り、その気高き唇から一瞬の迷いもなく解号が紡がれました。
「――霜天(そうてん)に坐せ、『氷輪丸(ひょうりんまる)』」
――バキィィィィィンッッッ!!!
解号が響き渡ると同時に、闘技場全体に爆発的な絶対零度の冷気が吹き荒れました。
一角が巨大な刃を振り下ろすより早く、彼の足元から全身、そして背後の巨大な龍紋鬼灯丸に至るまでが、文字通り一瞬にして完全な氷の檻の中に閉じ込められました。技を交わすどころか、最初の一歩を踏み出した瞬間に、勝負は完全に決していたのです。
……え?」
一角が巨大な刃を振り下ろすより早く、彼の足元から全身、そして背後の巨大な龍紋鬼灯丸に至るまでが、文字通り一瞬にして完全な氷の檻の中に閉じ込められました。技を交わすどころか、最初の一歩を踏み出した瞬間に、勝負は完全に決していました。
静まり返る戦場。あまりにも圧倒的で容赦のない幕引きに、観客たちは声も出せずに絶句しています。
「そこまで! 勝者、日番谷冬獅郎!」
春水の声が響き渡り、冬獅郎は静かに刀を収めました。驚愕に包まれる客席では、重鎮たちが冬獅郎の背中を見つめて言葉を漏らしていました。
「いやはや、驚きましたねぇ。卍解もなしに、あの一角クンの霊圧ごと一瞬で凍結させるとは。半年前よりもさらに、練度が桁違いに上がっていますよ」
浦原喜助が帽子を目深にかぶり直しながら感心したように呟くと、夜一もニヤリと笑います。
「ふん、ただの天才児だと思っておったが、とんでもないな。あの十番隊の小僧、完全に一皮剥けおったわ」
冬獅郎は、四番隊の医療班によって氷を溶かされ、ガタガタと震えながら「う、嘘だろ……一撃かよ……」と呆然とする一角を見つめ、静かに告げました。
「悪いな、斑目一角。手抜きをしたわけじゃない。……ただ、俺にはどうしても、最後の戦い(一勇との決戦)まで力を温存しておかなきゃならない理由があるんでね。ここでは一瞬でケリをつけさせてもらった」
あの日、大練兵場で自分の卍解におじけづきながらも、すべてを盗み尽くそうとしていた一勇の不気味な瞳。あいつが勝ち上がってくる確信があるからこそ、こんなところで全力を出すわけにはいかなかったのです。
*
その後、十一番隊の待機所に戻った一角を待っていたのは、身の毛もよだつような地獄の光景でした。
「一角ぅ……テメェ、何一瞬でカチコチに凍らされてやがんだ、あァ?」
更木剣八が般若のような顔で一角を睨みつけ、凄まじい威圧感を放っています。
「た、隊長……! すみません、まさかあそこまで速いとは……っ!」
冷や汗を流して平謝りする一角の横から、通りかかった六車拳西がフッと鼻で笑いました。
「おいおい更木、十一番隊の特攻隊長様も、日番谷のガキにとっては前座(ぜんざ)にもならなかったみたいだな」
「んだとコラ拳西!! テメェ、恋次相手に手こずってたクセに偉そうなこと言ってんじゃねえぞ!!」
一角が顔を真っ赤にして怒鳴り返し、十一番隊の部屋はいつも通りの大騒ぎになります。
しかし、その喧騒を横目に、観戦席の弓親や、出番を待つ射場鉄左衛門たちは、静かに闘技場の入場口を見つめていました。
「……フン、ライバルがいて強くなったのは、あの黒崎のガキ(一勇)だけじゃないようだな。日番谷隊長も、あのガキの底知れなさに火をつけられたってわけだ」
冬獅郎の一瞬の勝利によって、大会の緊迫感は最高潮へと達しました。一勇という怪物の存在が、瀞霊廷の強者たちをさらに上の領域へと押し上げている
『百載全霊武闘祭』は、冬獅郎の圧倒的な強さを残響させながら、いよいよ第一回戦の最後を飾る第五試合――射場鉄左衛門と桧佐木修兵という、意地と覚悟のぶつかり合いへと向かっていくのでした。
第一回戦の最後を飾る第五試合。白亜の舞台に上がったのは、七番隊隊長・射場鉄左衛門と、九番隊副隊長・桧佐木修兵でした。
射場はトレードマークのサングラスを押し上げ、独特な形状をした斬魄刀を前に構えます。対する修兵は、どこか迷いを孕んだ瞳で浅打を握りしめていました。
「桧佐木、お前が自分の刃の形を嫌っとるのは知っとる。命を刈り取る形をしとるからな。だがな、隊長たるもの、その嫌った刃すら使いこなして勝たにゃあならん時があるんじゃ!」
射場の剛烈な大喝と共に、重厚な斬撃が修兵を襲います。その言葉に目を覚ました修兵は、自らの恐れる刃を引き抜きました。
「――刈り取れ、『風死(かぜし)』」
鎖で繋がれた二挺の歪な大鎌が顕現し、闘技場を不気味に切り裂きます。
そこからは、互いの意地と隊の誇りを賭けた、泥臭くも激しい実力者同士の真っ向勝負が展開されました。射場は見た目の豪快さとは裏腹に、一切の隙がない洗練された剣筋で修兵を追い詰めていきます。修兵もまた、風死の鎖を複雑に操り、死角から鎌を投げ飛ばして射場の死覇装を切り裂きました。
キィィィン!! ガガガガッ!!
金属音が途切れなく響き渡り、白砂が幾度も激しく舞い上がります。修兵はヒット・アンド・アウェイで射場の体力を削ろうとしますが、流石は七番隊を率いる隊長。射場は地を這うような重い足捌きで間合いを詰め、風死の放つ不規則な軌道を完全に読み切ってみせました。
「甘いんじゃ、桧佐木ぃ!!」
射場の強烈な一撃が風死の鎌を力任せに弾き飛ばし、そのまま修兵の胸元へと決定的な刃を突き出します。
絶体絶命の窮地。このままでは確実に敗北する――その極限の状況において、修兵は無理やり卍解を使わざるを得ない状況へと追い込まれました。覚悟を決めた修兵の喉から、真の深淵の名が紡がれます。
「――『風死絞縄(ふしのこうじょう)』」
――ズワァァァァァッ!!!
闘技場全体が、言葉を失うほどの異様な霊圧に包まれました。
修兵の頭上に巨大な『黒い太陽』のような鎖の球体が浮かび上がり、そこから伸びた無数の太い鎖が、修兵と射場の二人の肉体をがんじがらめに縛り上げ、完全に連結させたのです。
「な、なんじゃこの鎖は……っ! 霊圧が……吸い取られていく……!?」
この能力は、お互いの霊圧を強制的に等しく共有し、どれだけ相手を傷つけても鎖が二人を無限に修復し続け、最終的には両者の霊圧が完全に底をつくまで戦いを終わらせないという、究極の相互依存と強制引き分けの檻でした。
「射場隊長……これが、俺の卍解です。……ここからは、泥仕合ですよ」
鎖に縛られたまま、二人は残されたすべての気力と体力を振り絞り、気の遠くなるような長い時間をかけて、泥をすするように毆り合い、斬り合いました。
射場の刃が修兵の肩を深く切り裂いても、次の瞬間には鎖が肉体を強引に繋ぎ合わせます。逆に修兵の鎌が射場の脇腹を抉っても、すぐに傷口が塞がっていきます。
斬っては癒え、殴っては戻る。
痛みと疲労だけが確実に二人の精神を蝕んでいく過酷な消耗戦。観客席の死神たちがそのおぞましくも崇高な光景に息を呑んで見守る中、試合は10分、20分と泥沼のまま続いていきました。二人の息は完全に上がり、刃を振るう速度も目に見えて落ちていきます。
それでも、射場は隊長としてのプライドで拳を突き出し、修兵は副隊長としての覚悟で頭突きを食らわせる。
そうして肉体と魂の限界を削り合った果てに、ついに二人の霊圧が、同時に完全なゼロを迎えました。
「……見事じゃ、桧佐木……」
「……ありがとうございました、射場隊長……」
二人は互いに満足げな笑みを浮かべたまま、完全に霊圧が枯渇し、同時にバタリと白砂の上に倒れ込みました。
「……両者戦闘不能! よって、この試合は共倒れ(引き分け)とする!」
春水の審判の声が響き渡り、会場は全霊を出し切った二人への惜しみない拍手と大歓声に包まれました。救護班が急いで二人を運び出していきます。
こうして、大波乱だらけの第一回戦・全五試合のすべてが終了しました。
勝ち残ったのは、四楓院夕四郎、黒崎一勇、六車拳西、日番谷冬獅郎。そして、一勇は四番隊の医療施設ベッドの上で、ゆっくりと目を覚まそうとしていました。