the underworld 二人の王   作:イルハン

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隊長との差

氷雪系最強の威風を前に、八歳の少年が震えていたあの日から、一ヶ月。

 二人の天才が激突する場所として選ばれたのは、遮るもののない広大な大練兵場でした。

 白砂が敷き詰められた円形の果し合いの場の周囲には、十番隊の精鋭たちを筆頭に、腕を組んで戦況を見つめる乱菊、そして名もなき多くの死神たちが何層にも人だかりを作っていました。

 その中央に、陣羽織を揺らしながら物静かに佇むのは、総隊長・京楽春水。彼はこの常識外れの戦いを見届ける唯一の番人として、静かに右手を掲げました。

「始めなさい」

 その合図と同時に、一勇と冬獅郎の姿が、完全に世界の表面から消失しました。

 ドォォォン!! と一瞬遅れて大気が爆ぜる音が響き渡りますが、周囲で見守る多くの死神たちの目には、すでに二人の実体が捉えられなくなっていました。ただ、空間の至る所で、白銀の火花と火線だけが激しく明滅しています。

「速すぎる……! 残像すら追えんぞ!」

「一体、何次元の速度で動き回っているんだ……!」

 観客たちが冷や汗を流す中、一勇は瞬歩の慣性を完全に殺すことなく、冬獅郎の死角へと滑り込みました。それと同時に、藍染との会話で培った精密な霊力操作を用いて、喉の奥から美しい詠唱を響かせます。

「『雷電の馬車、紡ぎ車の隙間、光を以てこれを分かつ』……破道の四、白雷!」

 至近距離から解き放たれたのは、まるで極太の槍のような閃光。凝縮された青白い雷撃が冬獅郎の視界を真っ白に染め上げます。しかし、冬獅郎は動じることなく刃の腹でその衝撃を受け流し、すぐさま一勇の懐へ踏み込みました。

 一勇はすかさず地を蹴り、後退しながら次なる網を張ります。

「『六界の法、光明の網、逃るる隙なく縛せよ』……縛道の四、這縄!」

 空間から這い出た光の縄が冬獅郎の四肢を捕らえにかかります。この一ヶ月、無間の底で藍染から『戦いの呼吸』を盗めと言われ続けた一勇は、高度な上級術だけでなく、こうした初歩の鬼道を戦闘の合間に完璧に織り交ぜる技術を、すでに自らのものにしていたのです。

 しかし、対峙しているのは幾多の死線を潜り抜けてきた十番隊の頭目。

 冬獅郎は力任せに光の縛鎖を霧散させると、一切の無駄を削ぎ落とした鋭利な剣筋で、一勇を圧倒し始めました。実戦経験の絶対的な差が、じわじわと一勇の防御を破り、少年の小さな体を背後の壁際へと追い詰めていきます。

 呼吸を乱し、剣風の重圧に気圧されながらも、一勇の赤黒い瞳にはゾクリとするような不気味な悦びが宿っていました。

(……やっぱり、ただ刀を振るだけじゃ、この人には触れないや)

 二人の霊圧が、限界を突破して周囲の白砂を激しく巻き上げます。

 そして、それぞれが自らの内なる半身の名を、同時に世界へと解き放ちました。

「天を穿て――『無月』!!」

「霜天に坐せ――『氷輪丸』!!」

 空間が、漆黒の闇と、絶対零度の白銀の世界へと真っ二つに両断されます。

大練兵場の中央で、空間が真っ二つに引き裂かれました。

 一勇から放たれるすべてを拒絶するような漆黒の闇と、冬獅郎が放つ天相を支配する絶対零度の白銀。二つの始解の霊圧が激しくせめぎ合い、白砂の地面が爆音と共に巻き上がります。

「いくぞ、一勇!」

 冬獅郎が氷輪丸を一振りすると、大気中の水分が一瞬で凍りつき、巨大な氷の鋭刃となって一勇の全方位から襲いかかりました。大人の、そして隊長としての容赦のない猛攻が少年の小さな体を包み込みます。

 しかし、一勇はその圧倒的な質量を前にしても、不気味なほどに澄んだ瞳を輝かせたままでした。

 漆黒に染まった『無月』の柄を両手でしっかりと握り締め、お父さんから受け継いだ死神の闘争本能のままに、自らの膨大な闇の霊圧を一気に解き放ったのです。

「――『冥牙天衝(めいがてんしょう)』」

 一勇が刀を振り下ろした瞬間、お父さんの月牙天衝とは似て非なる、光すらも届かない赤黒い闇を孕んだ漆黒の斬撃が放たれました。それは特殊な細工のない、純粋な霊圧の奔流。しかし、その圧倒的な破壊力は大練兵場の地面を深く抉りながら、冬獅郎の放った氷の刃を正面から豪快に粉砕していったのです。

「くっ……! なんて真っ直ぐで、重い霊圧だ……!」

 その想定外の威力に冬獅郎の目が驚愕に見開かれました。冬獅郎は瞬歩で辛うじてその直撃を回避したものの、完全に剣風を避けることはできず、漆黒の残光が冬獅郎の左腕の死覇装を鋭く切り裂きました。

 ほんの少しの、浅いかすり傷。普通の战斗であれば、何の影響もないはずの小さな傷口です。

 しかし、冬獅郎は即座に、その傷に触れた瞬間の奇妙な「喪失感」に気づき、背筋に冷たいものを感じました。

(……腕の霊圧が、一瞬だけ消えた……?)

 一勇の『無月』に秘められた能力。

 それは、刃が直接触れ、斬り裂いたその瞬間に、その局所の霊圧だけを強制的に消滅(無化)させるというものでした。

 幸い、今回はかすり傷だったため、消えた霊圧もごくわずかであり、冬獅郎全体の戦闘能力にはそれほど大きな支障はありません。しかし、冬獅郎の脳裏には、ある冷徹な計算が弾き出されていました。

(今回はかすり傷だから大丈夫だ。だが……もしもこいつの刃で、胴体や首に、取り返しのつかないほどの大きな傷(大怪我)を負わされたら……その瞬間に、俺の死神としての霊力そのものが根こそぎ消し飛ばされるってことか……!)

 ただ強いだけじゃない。一撃でも決定打を許せば、死神としての生命線を断たれかねない不気味な刃。

しかし、冬獅郎の瞳に宿る闘志の火が消えることはありませんでした。

(一度でも深く喰らえば終わりか。……上等だ、掠らせもしなけりゃあ意味はねえ!)

 流石は幾多の修羅場を潜り抜けてきた護廷十三隊の隊長。冬獅郎は恐怖をねじ伏せ、ここからさらに圧倒的な手数と速度で一勇を押し込んでいきます。絶対零度の冷気が白砂を凍らせ、鋭い氷刃の乱舞が一勇の全方位から容赦なく襲いかかりました。一勇は瞬歩で必死に防戦に回るものの、隊長としての本気の猛攻に、ジリジリと防衛線を削られていきます。

 壁際まで追い詰められ、完全に間合いを潰されかけたその刹那、一勇の瞳が不気味にギラリと輝きました。

 少年は刀を構えたまま、あの「無間」の底で最凶の師から叩き込まれた、本物の戦いの呼吸を爆発させたのです。その小さな唇から、凍りつくような冷徹な詠唱の文句が吐き出されました。

「『天頂の光、地の底の闇、交わりて理を紡ぐ。万物の重なりを以て、天の傲慢を叩き落とせ』……破道の六十八、『天墜(あまおとし)』!!」

 ――ズガァァァァァン!!!

 大練兵場の上空の空間が激しく歪み、冬獅郎の頭上から目に見えない超重力の塊が容赦なく叩きつけられました。

 あまりにも想定外の上級術、それも完全詠唱による凄まじい質量。冬獅郎は即座に上空の異変を察知して回避を試みましたが、超重力の網を完全に引き剥がすことはできず、押し潰されるような重圧の衝撃をまともに喰らい、地面へと叩きつけられて傷を負ってしまいます。

「くっ……あがっ……!? ガキが、こんな高位の鬼道を……っ!」

 冬獅郎が白砂に膝をつき、肩から血を流したその瞬間でした。

 初めて経験するこの命懸けの大きな戦いの中で、一勇の魂の底に眠る怪物の本質が、さらに爆発的なスピードで成長を始めました。

 ドォォォォォン!!!

 大練兵場の全域が激しく地鳴りを始めます。一勇の小さな体から溢れ出す霊圧が、みるみるうちに膨れ上がり、その密度と質量を異常なほどに増していくのです。

「あはは! 隊長、おもしろいね! もっとやろう!」

 そこからは、さらに激しい切り合いが展開されました。

 霊圧を増大させ、戦いの中でリアルタイムに進化していく一勇の漆黒の刃が、冬獅郎の白銀の剣筋と真っ正面から火花を散らします。キィン、キィンと空間を切り裂くような金属音が響き渡り、互いの意地と闘志が白砂の戦場を破壊していきました。

 しかし、一勇の刃がかすめるたび、その局所の霊圧が僅かずつ削られていく恐怖。そして、戦うごとに強くなっていく少年の異常性。

 始解のままではこの怪物を抑え込みきれないと確信した冬獅郎は、激しいぶつかり合いの合間を縫って、一気に関合いを大きく引き離しました。

 冬獅郎の周囲の空気が、一瞬で完全な絶対零度へと凍りつきます。

「……認めざるを得ねえな。お前は、ただの『一護の息子』じゃねえ。……本物の化け物だ、一勇」

 冬獅郎は全身の霊圧を爆発させ、天相を支配するその大いなる力を解き放ちました。

「――『卍解(ばんかい)』!!」

 ――ドゴォォォォォン!!!

 大練兵場の全域が、あの日一勇がおじけづいた、あの圧倒的な白銀の絶望の世界へと再び変貌を遂げます。背後に巨大な氷の龍を背負った冬獅郎が、今度は手加減の一切を排した鋭い眼光で、一勇を真っ直ぐに見据えるのでした。

大練兵場を覆い尽くす、大紅蓮氷輪丸の圧倒的な白銀の絶望。

 あの日、初めてその圧倒的な質量を前にした一勇は、恐怖におじけづき、ただ立ち尽くすことしかできませんでした。

 ――しかし、今は違いました。

(あぁ……いまなら、ちゃんと戦える)

 一勇は震える代わりに、漆黒の『無月』の柄を強く握り締めました。

 凍てつく冷気が肌を刺す中で、一勇の胸の奥から、今まで味わったことのない熱い感情がせり上がってきます。それは恐怖を通り抜けた先にある、己のすべてをぶつけ合う戦いの喜び。一勇は生まれて初めて、命を懸けて戦うことへの純粋な「楽しさ」と、ゾクゾクするような「快感」をその身に覚えていたのです。

「あはは……っ、あはははは!」

 無垢で、けれど圧倒的におっかない笑い声を響かせながら、一勇の体から膨れ上がった霊圧が、さらにその密度を増して真っ黒な炎のように狂い咲きます。

「いくよ、隊長――!!」

 一勇は刀を上段へと構え、この一ヶ月で盗み、今この瞬間に覚醒させたすべての霊力を、漆黒の刃へと一気に収束させました。大練兵場の半分を完全に黒夜の闇で塗りつぶすような、最大火力の『冥牙天衝(めいがてんしょう)』を繰り出そうとした、まさにその刹那でした。

 ――ふわり。

 光を吸い込む黒い霊圧と、天相を支配する氷の龍の、そのちょうど真ん中の空間に、桜色の羽織がひらりと舞い降りました。

「はいはい、そこまで。二人とも、刀を収めなさい」

 総隊長・京楽春水が、二人の限界を超えた激突の寸前で、完璧なタイミングで割って入ったのです。

 春水は圧倒的な総隊長としての霊圧で、一勇の最大火力の奔流と冬獅郎の氷の龍を、まるで呼吸をするかのように優しく、しかし絶対的な力で押し静めました。

「えー? おじさん、邪魔しないでよ。今すっごく楽しいのに!」

 一勇が不満そうに頬を膨らませると、春水は笠の奥の目を細め、いつもの飄々とした調子で笑いました。

「いやいや、こんなに凄くて楽しそうな戦いさ。もっとたくさんのギャラリー(観客)がいるところでやった方が、盛り上がっていいと思わないかい?」

「たくさんの前……?」

「そうさ。だからね、一勇くん。あと半年くらい待ってくれないかい」

 春水はそう言って一勇の頭をポンポンと叩きました。

 しかし、その横で卍解を解いた冬獅郎は、春水のその言葉の裏にある「何か」に気づき、ハッと目を見開いていました。

(……半年後だと? 総隊長、まさかあんた……あの『祭典』に、この八歳のガキを出すつもりなのか……!?)

 

 大練兵場の白砂の上で、一勇は春水から、その半年後に開催されるという祭典の、あまりにも重い歴史を聞かされていました。

「『百載全霊武闘祭(ひゃくさいぜんれいぶとうさい)』。それはね、100年にたった一度だけ、この尸魂界にいるすべての死神が一堂に会する特別な場所なんだよ。どこの隊にも入っていない野良の死神から、席官、そして僕たち隊長までね。何か特別な特権がもらえるわけじゃない。ただ純粋に、自分が一番強いという『死神の絶対的な名誉』のためだけに、全員が牙を剥き合う狂宴さ」

 春水はそう言って、少しだけ遠い目をしながら言葉を続けます。

「過去の歴史じゃあ、ほとんどの大会の優勝者はあの山老(山本元柳斎重國)だった。誰もあの人の炎には届かなかったのさ。……ただね、あの山老が不参加だった一回前の前回大会じゃあ、あの十一番隊の更木隊長(更木剣八)が並み居る猛者を全員力任せにブッ潰して、その王座をかっさらっていったよ」

 山本元柳斎重國、そして更木剣八。

 死神の歴史の天辺に君臨する、本物の「最強の怪物」たちの名前。

 その話を聞いた瞬間、一勇の胸の奥で、冬獅郎の卍解を見た時以上の、ゾクゾクするような歓喜の快感がドロドロと鎌首をもたげました。そんな凄まじい怪物たちが命を懸けて殺し合う大舞台がある。

(あのお祭りに出れば……ボク、もっとすごい戦いができるんだ)

 一勇の瞳の奥に、言葉にできないほど純粋で、圧倒的におっかない光が灯ります。少年は不気味なほどにしなやかな動作で、冬獅郎の方を振り返りました。手にした『無月』の柄をそっと愛おしげに撫でながら、物静かに告げます。

「隊長。ボク、明日からもう十番隊には来ないや。ここで覚えることは、もう全部盗んじゃったから。……半年後、あのお祭りで待っててね」

「……あ?」

 冬獅郎がその常識外れの宣言に呆気にとられる間も与えず、一勇は「じゃあね!」と無邪気に手を振ると、驚異的な瞬歩で大練兵場から一瞬にして姿を消しました。十番隊の見習いという檻を自らの意志で飛び越え、向かった先は、現世の家ではありませんでした。

パチン、と人目のない場所で空間を叩き、黒い「門」を開ける。

 一勇がたどり着いたのは、光の届かない世界の最深部――最凶の師が待つ「無間」の暗闇でした。

 ――パキッ、パキッ。

「おじさん、ただいま! ボクね、明日からずーっとここにいて、おじさんと修行するね!」

 ランドセル代わりのカバンを床に放り出し、一勇は嬉しそうに藍染の足元へと駆け寄りました。

 すべてを縛られた反逆者は、一勇の小さな体から、先ほどの大練兵場でさらに膨れ上がった悍ましい霊圧の密度、そして「闘争の快感」の気配を敏感に察知していました。

「ふふ……。十番隊の檻を抜け、100年に一度の『百載全霊武闘祭』に向けて私の元へ戻ってきたか。いいだろう、黒崎一勇。やはり君の牙は、瀞霊廷の温い風の中ではなく、この奈落の底でこそ最も鋭く研ぎ澄まされる」

 藍染の口元に、深い闇のような笑みが浮かびます。一勇から地上の大人たちの会話を聞いた藍染の瞳の奥に、妖しい光が灯りました。

「山本元柳斎が消え、更木剣八が王座に就いたか。面白い。ならば君が次に目指すべき高みは、その更木の首ということになるね。これからの半年間、人の世の常識をすべて忘れてもらうよ」

「うん! おじさん、ボクをもっともっと強くして!」

 こうして一勇は十番隊を完全に抜け、半年後の大舞台に向けて修行していくのであった。

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