the underworld 二人の王   作:イルハン

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更木剣八

 あれから、半年の月日が流れました。

 瀞霊廷の中心にそびえ立つ、天空を衝くほどに巨大な特設闘技場。100年に一度しかその姿を現さない白亜の舞台の周囲には、地平線を埋め尽くすほどの死神、魂魄、そして名だたる強者たちがひしめき合っていました。

 『百載全霊武闘祭(ひゃくさいぜんれいぶとうさい)』。

 尸魂界に存在するすべての刃が、ただ一つの最強の「名誉」を求めて交錯する狂宴の日が、ついに訪れたのです。

 その熱気に包まれた客席の特等席には、現世の黒崎夫妻や、観戦に回った死神たちが顔を揃えていました。

「一勇くん、毎日たくさんご飯を食べて修行頑張ってたけど、流石にこんなに大きな大会に出るなんて、お母さんハラハラしちゃうな……」

 織姫は胸の前で手をぎゅっと握り締めながら、心配そうに舞台を見つめています。その隣で、今回は出場せず観戦役に回った一護が、腕を組んで闘技場を睨み据えていました。

「まぁ、あいつが自分で出たいって決めたんだ。一勇がこの半年でどれだけ強くなったか、親として見届けてやるしかねえだろ。なぁ、京楽さん」

「やれやれ、一護クンは相変わらず良い父親だねぇ。僕も彼がこの大舞台でどんな戦いを見せてくれるか、楽しみで仕方が(しかたが)ないのさ」

 総隊長席に座る春水は、いつものように飄々とお茶をすすりながら、笠の奥の目を妖しく光らせています。

 その近くでは、技術開発局の特製ベンチに腰掛けた浦原喜助が、緑白の帽子を目深にかぶり直し、扇子で口元を隠しながら不敵に笑っていました。

「いやはや、100年に一度の大祭ですか。これほどの霊圧が密集すると、観測データが壊れてしまいそうで困りますねぇ」

「ふん、相変わらずお前はそんなことばかり気にしておるな、喜助」

 その背後の手すりに腰掛けた夜一が、ニヤリと不敵な笑みを浮かべます。

「大半の隊長格は興味がないと突っぱねて出んようだが……、あの黒崎のガキが半年でどれだけ化けたか、妾はそっちの方がよっぽど興味深いぞ」

 そう、この名誉のためだけに戦う過酷な大祭において、護廷十三隊の隊長格の多くは不参加を決め込んでいました。しかし、その中でも、自らの信念や闘争本能に従って参戦を表明した隊長は4名。

「おいおいおい! 前回はじいさんがいなくて退屈だったが、今回は面白そうな新顔が交ざってるって聞いたからなぁ! どいつからブッ潰してやるか、今から待ち遠しくて仕方がねえよ!」

 十一番隊隊長の更木剣八は、すでに戦いたくて体が震えている様子で、牙を剥き出しにして笑っていました。

「更木隊長、あまり最初から飛ばしすぎないでくださいよ。……だが、俺も七番隊の意地がある。全力で泥にまみれて勝ちを掴みにいくまでだ」

 男気溢れる佇まいで拳を握り締めるのは、七番隊隊長の射場鉄左衛門。

「フン、見習いのガキがどこまでやれるか知らねえが、戦場に出る以上は容赦しねえぞ」

 九番隊隊長の六車拳西も、自らの拳を鳴らしながら冷徹に闘志を燃やしています。

 そして、十番隊席に座る日番谷冬獅郎は、隣で「一勇ちゃん、怪我しないといいんだけど……」と心配する乱菊を横目に、腕を組んで黙然と入場口を睨み据えていました。あの日大練兵場で、一勇の漆黒の刃から感じたあの底知れない渇望。それが半年を経てどこまで膨れ上がっているのか、胸騒ぎが止まらないのです。

天空を衝くほどに巨大な白亜の特設闘技場。その中央に、ピンク色の派手な羽織を揺らしながら総隊長・京楽春水がゆっくりと歩み出ました。彼の姿が拡声の鬼道によって大画面に映し出されると、地平線を埋め尽くす観客たちの地鳴りのような大歓声が、ピタリと静まり返ります。

「はいはい、皆さん、100年に一度の『百載全霊武闘祭』へようこそ。……それじゃあ、試合を始める前に、このお祭りの簡単なルールと、今回命を賭けて名誉を奪い合う『十人の猛者たち』の組み合わせを発表しちゃおうかねぇ」

 春水が懐から一枚の古びた巻物を取り出し、それを広げると、闘技場の上空に巨大な霊圧のトーナメント表が浮かび上がりました。

「ルールはいたってシンプル。武器の使用は斬魄刀のみ。鬼道の使用も制限なし。勝敗が決するのは『どちらかが参ったと口にするか』、あるいは『戦闘不能』になった時だけ。……ただし、これはあくまで『名誉を競うお祭り』だからね。相手の命まで奪っちゃうのはナシだよ。まぁ、お互いに全霊を賭けるわけだから、少々の怪我は技術開発局がなんとかしてくれるさ」

 春水はそう言って飄々と笑うと、上空のトーナメント表を指し示しました。そこに刻まれた十人の名、そして第一回戦の全五試合の組み合わせが、全死神の目に焼き付けられます。

【第一試合】四楓院夕四郎 vs 志波岩鷲

【第二試合】黒崎一勇 vs 更木剣八

【第三試合】阿散井恋次 vs 六車拳西

【第四試合】斑目一角 vs 日番谷冬獅郎

【第五試合】射場鉄左衛門 vs 桧佐木修兵

 その凶悪すぎる組み合わせが発表された瞬間、静まり返っていた会場が、今日一番の驚愕と怒号のような大歓声でひっくり返りました。

「おいおいおい! 正気かよ総隊長! 第二試合を見ろ!」

「まだ八歳だっていう、あの黒崎のガキが……いきなり、あの前回覇者の更木剣八と一対一だと!?」

 観客席のモブ死神たちが冷や汗を流して騒然とする中、特等席の黒崎夫妻のエリアでも、強烈な衝撃が走っていました。

「おい京楽……ッ! てめぇ、いくら何でも一勇に更木はねえだろ!」

 一護はすっくと立ち上がり、青筋を立てて闘技場の中央を睨みつけました。いくら一勇が規格外の力を持っているとはいえ、あの更木剣八は「斬り合いそのものを愉しむ」本物の化け物です。親として流石に黙っていられませんでした。

「一護くん、落ち着いて……。でも、あの更木隊長って、昔一護くんが命懸けで戦った、すっごく強くておっかない人だよね……? 一勇くん、本当に大丈夫かな……」

 織姫は顔を真っ青にしながら、隣の一護の死覇装の袖をぎゅっと握りしめて震えています。

 その斜め後ろでは、浦原喜助が扇子で口元を隠しながら、帽子の奥の目を妖しく細めていました。

「いやはや、総隊長も相変わらず悪趣味なクジを引かせますねぇ。……ですが一護クン、心配はいりませんよ。あの更木隊長が『本気で愉しめそうだ』と判断するほどに、今の一勇クンは……私たちの知らない深い闇を、その身に宿しているということですからねぇ」

「喜助の言う通りじゃ。あのガキ、半年の間にどこをどうほっつき歩いておったかは知らんが、放っている気配が半年前とはまるで違う。あの更木が、ただの子供相手に大人しく刀を引くわけがなかろう」

 夜一は不敵にニヤリと笑い、むしろこの大波乱の展開を心底面白がっている様子でした。

 一方、出番を待つ待機席でも、それぞれのキャラクターたちが異様な熱気に包まれていました。

「……フン、面白いじゃねえか。まさかいきなり更木隊長の首を狙える位置にあのガキが来るとはな」

 十一番隊席の斑目一角は、自分の第四試合(冬獅郎戦)を前にして、隣の第二試合のカードを見つめながらニカッと凶悪に笑っていました。弓親が「一角、君の相手は日番谷隊長だよ。他人の試合を気にしてる余裕があるのかい?」と呆れたように髪を弄ります。

「お前こそ分かってねえな、弓親。あのガキが更木隊長を相手にどこまで戦えるか……十一番隊の特攻隊長として、見届けねえわけにはいかねえだろ」

 そして、十番隊席に座る日番谷冬獅郎は、隣の乱菊が「一勇ちゃん、よりによって更木隊長なんて……!」と頭を抱えるのを横目に、腕を組んだまま、じっと闘技場の入場口を見つめていました。

(あの半年前の大練兵場。俺の卍解におじけづきながらも、すべてを盗み尽くそうとしていたあの不気味な瞳。……更木、お前はあいつの『本当の姿』を見たとき、一体どんな顔をするだろうな)

 冬獅郎の胸騒ぎは、確信へと変わっていました。この『百載全霊武闘祭』は、ただの名誉を競うお祭りなどではない。一勇という怪物の雛が、瀞霊廷の「最強」を喰らい尽くすための、最高の舞台として春水に用意されたものなのだと。

「それじゃあ皆さん! 100年の沈黙を破る最初の戦いだ! ――第一試合、始めなさい!」

 春水の高らかな声が響き渡り、上空のトーナメント表が激しく明滅します。

 こうして、すべてのキャラクターたちの思惑と警戒、そして観客たちの熱狂が渦巻く中で、まずは四楓院夕四郎と志波岩鷲による、ド派手な第一試合の幕が切って落とされるのでした。

特設闘技場の巨大な天蓋を揺らす大歓声の中、いよいよ『百載全霊武闘祭』の第一試合が始まりました。

 中央の舞台に上がったのは、四楓院家の若き当主・四楓院夕四郎と、流魂街のならず者を束ねる志波岩鷲。どちらも護廷十三隊に属さない、最高峰のフリー同士の対決です。

「お姉様に良いところを見せるのです……! 覚悟してください、猪の人!」

「誰が猪だコラァ! 志波家の名誉と男の意地、ここで見せてやるぜぇ!」

 審判を務める春水の右手が下がると同時に、夕四郎の姿が掻き消えました。夜一直系の、あまりにも目にも留まらぬ高速の瞬歩。

 一瞬で背後を取られた岩鷲は、大慌てで懐から独自の霊術弾をバラ撒きました。

「志波流奥義・石波(せっぱ)! からの、煙幕大作戦だぁ!」

 ドガァァァン! と舞台が激しい煙と砂変化の泥に包まれます。夕四郎は「うわちゃっ!? 目が、目が痛いです!」と、せっかくの隠密歩法を完全に台無しにされ、泥に足を取られて派手に転びました。名門の当主らしからぬその不格好な姿に、客席の夜一が思わず額を押さえます。

「あやつ、喜助の悪い影響を喰らいすぎじゃ……」

 しかし、転びながらも夕四郎の体から溢れ出す霊圧は本物でした。岩鷲が「もらったぁ!」と大きな猪の骨を象った武器を振り下ろした瞬間、夕四郎は床を転がりながら、夜一譲りの強烈な爆炎の裏技を叩き込みます。

「これでもくらえです! 反転爆炎波!」

 ズドォォォォン!!

 大爆発が巻き起こり、岩鷲はアフロヘアになりながらも「まだまだぁ!」と、さらにハチャメチャな手製の爆弾を投げ返します。二人の繰り出す技は、どこかコミカルで笑いを誘うものの、放たれる霊圧の衝突は凄まじく、闘技場の岩盤が次々と粉砕されていく様子にモブの死神たちは口をあんぐりと開けていました。

 コメディの皮を被った、泥仕合の熱戦。

 お互いにボロボロになりながらも、最後は四楓院家が誇る圧倒的な素質の差が勝負を分けました。

「お姉様ーーーっ! ボク、勝ちますっ!!」

 夕四郎が叫びながら放った、超至近距離からの目眩むような瞬破爆炎が一閃。岩鷲の煙幕ごと舞台を丸ごと焼き尽くし、ついに岩鷲が「ぐわあああ!」と白目を剥いて舞台の外へと吹き飛んでいきました。

「そこまで! 勝者、四楓院夕四郎!」

 春水の声が響き渡り、満身創痍の夕四郎は客席の夜一に向かって嬉しそうに何度も手を振りました。

 笑いと興奮が入り混じった最高のオープニングが終わり、会場の熱気が一段と跳ね上がります。しかし、次の瞬間、闘技場を包んでいた空気が、信じられないほどの絶対的な恐怖によって一瞬で凍りつきました。

 第二試合。

 ついに、あの八歳の怪物と、十一番隊の「最強」が、大観衆の前にその姿を現すのです。

 特設闘技場の中央で、すべての観客が見守る中、運命の第二試合が幕を開けました。

 白亜の舞台へと上がったのは、まだ八歳の少年の姿をした黒崎一勇。そして、十一番隊を統べる圧倒的な絶対強者――更木剣八。

「おい、一護のガキだからって手加減はしねえぞ。お前も相当の化け物だって聞いてるからなぁ!」

 剣八は自らの身の丈ほどもあるボロボロの斬魄刀を肩に担ぎ、凶悪な牙を剥き出しにして笑いました。対する一勇は、その常識外れの金色の霊圧にさらされながらも、木漏れ日のような無垢な笑顔を浮かべたまま応えます。

「うん、ボクも全力で遊ぶね、剣八のおじさん」

「おじさんじゃねえ、剣八だ! ――いくぞォ!!」

 短い言葉のやり取りの直後、大気が爆ぜました。

 剣八が容赦のない一歩を踏み出し、獰猛な笑みと共に刀を振り下ろします。一勇は驚異的な瞬歩でそれを紙一重でかわし、流れるような身のこなしで浅打を繰り出しました。

 キィィィン!!

 白砂が四方に弾け飛び、凄まじい金属音が闘技場に鳴り響きます。

 二人の体躯の差を無視するかのように、大人の死神ですら一撃で粉砕しかねない剣八の剛剣を、一勇は完璧な霊圧の収束によって正面から受け流し、鋭い火花を散らしながら激しく切り結びました。

(チッ、ちょこまかと……!)

 間合いを外そうとする剣八の死角へ、一勇はすっと左手を突き出します。無間の底で叩き込まれた、一切の隙のない戦いの呼吸。

「破道之七十四――『漆夜黎明(しつやれいめい)』!」

 一勇の手のひらから放たれたのは、光すら吸い込む漆黒の闇の球体。着弾と同時に空間そのものを削り取るような悍ましい波動が剣八を襲います。しかし、剣八はその圧倒的な野生の勘で即座に身を翻し、術の直撃をひらりと回避しました。

 だが、一勇の猛攻はそこで終わりません。かわされることすら織り込み済みだったかのように、一勇は間髪入れずに地面を両手で叩きました。

「縛道之七十七――『無間檻(むけんかん)』!」

 パチンと空間が弾ける音と共に、剣八の足元から漆黒の影の鎖が何十本も這い出ました。それは五感と霊圧の感覚を一時的に遮断する、藍染直伝の凶悪な縛道。

 全身をがんじがらめに縛られ、一瞬だけ完全な『無』の世界に閉じ込められた剣八の動きが、完全にピタリと止まります。

「今だ!」

 一勇はその一瞬の隙を逃さず、無防備になった剣八の胸元へと鋭く斬りかかりました。完璧なタイミングの一閃。

 ――しかし。

 ガキィィィンッ!!!

「甘えぞ、ガキがァ!」

 五感を奪われていたはずの剣八が、ただ純粋な闘争本能だけで刀を動かし、一勇の渾身の刃を力任せに叩き落としたのです。縛道の鎖を霊圧だけで強引に引きちぎり、逆に一勇の体を豪快に弾き返します。

(……やっぱり、このままじゃ届かないや)

 大人の、そして最強の壁の厚さを痛感した一勇は、着地すると同時にふっと息を吸い、自らの真の名前を世界へと解き放ちました。

「天を穿て――『無月(むげつ)』」

 一勇がその真名を口にした瞬間、闘技場の空が一瞬で夜のように暗転し、光を吸い込むような漆黒の刃が顕現しました。それを見た観客席の死神たちが息を呑む中、一勇は首をかしげて尋ねました。

「ねえ、剣八。どうして刀の本当の名前を呼ばないの?」

「あぁ? テメェみたいなガキ相手に、最初から始解なんてするわけねえだろ」

 剣八はそう言うと、自らの右目に嵌められていた黒い眼帯へと手をかけました。

「いいかガキ、俺は始解なんざしねえ。このままテメェを力任せにブッ潰して勝つ。……その代わり、これなら文句はねえだろ?」

 ブチィィィン!! と引き剥がされた眼帯。

 その瞬間、技術開発局特製の眼帯によって抑え込まれていた剣八の本来の霊圧が、巨大な金色の髑髏となって天空へと噴き上がりました。

「一勇くん……っ!!」

 織姫が悲鳴のような声を上げる中、一護は冷や汗を流しながらも、一勇の瞳から消えない不気味な闘志の火を見つめていました。

 眼帯を外した剣八の踏み込みは、先ほどとは次元が違っていました。

 空気がねじ切れるような超音速の斬撃が容赦なく一勇を襲います。激しい切り合いの中、一勇は『無月』の漆黒の刃でなんとかそれを受け流しますが、完全に威力を殺しきれず、白砂の上を何度も吹き飛ばされました。

 しかし、何度目かの交差の瞬間――一勇の放った細い一閃が、剣八の脇腹をわずかに掠めました。

「チッ、浅いか……ん?」

 剣八はその小さな傷を負った瞬間、自身の体に起きた奇妙な異変に気づき、動きを止めました。脇腹の傷口から、死神の命である霊圧が、まるで煙のようにサラサラと完全に消滅(無化)していたのです。

「気づいた?」

 一勇は刀を構えたまま、いたずらが成功したかのように無垢に微笑みました。

「ボクの『無月』はね、肉体を斬るんじゃなくて、魂(魂魄)そのものを捕まえて、そこにある霊圧を消しちゃうんだよ。大きい怪我をしたら、全部なくなっちゃうんだ」

「……はは、なるほどねえ! そいつはゾクゾクするじゃねえか!!」

 能力の本質を知った剣八は、怯むどころか、さらに狂気的な笑みを浮かべて突進してきました。

 ここからは、まさに神域の死闘でした。一勇は無間の修行で習得したオリジナル鬼道を惜しみなく駆使します。完全詠唱の『冥獄黒炎陣(めいごくこくえんじん)』で闘技場を赤黒い業火で包み込み、剣八の突撃を『断絶ノ鏡(だんぜつのきょう)』で受け止めてその威力を完全に無化する。

 戦うごとに、一勇の霊圧はみるみるうちに膨れ上がり、その進化の速度は観戦席の浦原や夜一すらも絶句させるほどでした。

 そして、激しい攻防の末、一勇は一瞬の隙を突いて全霊の力を引き出しました。

「――『冥牙天衝(めいがてんしょう)』!!」

 ドゴォォォォォン!!!

 放たれた超巨大な漆黒の斬撃が、剣八の金色の霊圧を正面から圧殺し、その巨体を真っ正面から捉えました。

 爆煙が晴れたとき、そこには大練兵場の時とは比較にならないほどの深い傷を負った剣八が立っていました。斬られた箇所の霊圧が強制的に消失していく恐怖の刃。流石の剣八も、最後は少し押し込まれ、ジリジリと追いつめられていく形となったのです。

「……クソが。まさか、この俺がここまで追い詰められるとはなぁ」

 剣八は滴る血を押さえながら、しぶしぶと、けれど底知れない笑みを浮かべて刀を両手で構え直しました。これ以上始解なしでは、自らの霊力をすべて消し飛ばされかねないと判断したのです。

「呑め――『野晒(のざらし)』」

 ドガァァァァァン!!!

 世界が震え、剣八の手元に巨大な、大斧のような形状をした斬魄刀が顕現しました。前回覇者の、本気の始解。

 剣八はその巨刃を無造作に振り下ろしました。ただの一振りが、空間そのものを叩き割るような本気の一撃。

「がはっ……!?」

 一勇は『断絶ノ鏡』を展開して受け止めようとしましたが、始解した剣八の圧倒的な破壊力はその理すらも力任せに叩き潰し、一勇の小さな体は闘技場の壁まで派手に吹き飛ばされました。一勇の小さな体に、決定的な深い傷が刻まれます。

「はぁ、はぁ……っ」

 それでも、一勇はボロボロになりながらも、再び立ち上がり、刀を構えました。しかし、出力の差は歴然。始解した剣八の圧倒的な猛攻の前に、一勇は完全に押されていきます。防戦一方になり、体力が削られていく絶望的な状況。

 弱り果て、満身創痍となった一勇は、壁に背を預けながら、静かに、けれど誰もが背筋を凍らせるようなおっかない声を絞り出しました。

「……これ、おじさん(藍染)にまだ使っちゃダメって言われてたけど。……お兄さんたちにも、使いたくなかったけど……」

 一勇の周りの空間が、現世とも尸魂界とも違う、完全な『虚無の闇』へと融解し始めます。

「――『卍解(ばんか)』……」

 八歳の少年が、死神の最終奥義へと手を伸ばそうとした、まさにその瞬間でした。

 ――ザッ。

 剣八は突然、刀を肩に担ぎ直し、一勇に背を向けてそのまま闘技場の外へと歩き出しました。

「……あれ? 剣八、どこに行くの?」

 一勇が不思議そうに声をかけると、剣八は振り返ることもなく、不敵に笑って言い捨てました。

「俺は最初に、テメェみたいなガキ相手に『始解はしねえ』と言った。……だが、結局テメェの刃が怖くて刀を出しちまった。約束を破ったんだ、俺の負けだ。これ以上は興が削削(そが)れる」

 それは、十一番隊隊長としての、そして更木剣八という男の、あまりにも不器用で絶対的なプライドでした。

「そ、そこまで! 勝者、黒崎一勇!!」

 審判の春水の声が闘技場に響き渡った瞬間、緊張の糸が切れた一勇は、そのままバタリと白砂の上に倒れ込みました。

「一勇ーーーっ!!」

 織姫と一護が客席から飛び出してくる中、駆けつけた医療班(四番隊)によって、一勇は急いで担架で連れて行かれました。

     *

 通路の奥。眼帯を付け直した剣八が壁にもたれかかっていると、第四試合を控えた斑目一角が、複雑な表情で歩み寄ってきました。

「隊長……本当に、あのガキに負けを認めるんですか」

「一角。お前、あのガキの最後の気配に気づかなかったのか?」

 剣八は小さく笑い、自らの手のひらを見つめました。一勇の『無月』によって消し飛ばされた霊圧の残滓が、まだかすかに痺れています。

「あのまま続けりゃあ、俺は間違いなくあいつをブッ殺してた。だがよぉ、あのガキが最後にやろうとしたアレは……、もし出させてたら、俺の霊圧ごと、この瀞霊廷の半分が完全に『消滅』してたぞ」

 一角はその言葉に息を呑みました。

「……そこまでの化け物ですか、あいつは」

「ああ、最高だ。黒崎一護の息子が、あんな極上の怪物の雛だなんてなぁ。……おい一角、お前の相手は日番谷だろ。負けんじゃねえぞ」

「応よ、隊長!!」

 最強の男に「負け」を認めさせた、八歳の見習い少年。一勇の遺した圧倒的な爪痕と、最後に放とうとした不気味な影の余韻に、100年に一度の『百載全霊武闘祭』は、誰もが予想し得なかった混沌の渦へと巻き込まれていくのでした。

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