太陽の光が届かない海底一万メートル。巨大なシャボンに包まれた深海の楽園、魚人島。
その外れにある薄暗く湿った下町の路地裏で、怒号と鈍い打撃音が響き渡っていた。
「ふざけんじゃねェ!! 誰のせいでこんなことになってると思ってんだ!!」
「んだとコラァ!! てめェがもっと安い食材でメシ作れねェからだろ!!」
「ああ!? 食材ケチって戦える体力が維持できるか!! そもそもお前が、手当たり次第に店のもん食い漁って暴れるから、賠償金でコーティング代が消し飛んだんだろうが!!」
狭い路地裏の地面に転がり、血みどろになって殴り合っているのは、麦わらの一味の船長ルフィと、コックのサンジだった。
かつて、クロコダイルやエネルといった規格外の強敵を打ち倒し、世界政府にまで喧嘩を売った無敵の海賊たち。その彼らが今、泥と自分たちの血にまみれ、ただの「その日の食費と生活費」を巡って、醜い言い争いを繰り広げていた。
「もうやめろよ二人とも!! こんなとこで俺たちが潰し合ってどうすんだよ!」
ウソップが涙目で二人の間に割って入ろうとするが、ルフィの無造作な裏拳が顔面に入り、鼻血を噴き出して壁まで吹っ飛んだ。
「いっテーーッ!! ……お前ら、いい加減にしろよ……っ! 毎日毎日、金がねェ、メシがねェってギスギスしてよォ……! お前の底なしの食費のせいで、いつまで経っても船のコーティング代が貯まらねェじゃねェか!!」
壁際で蹲りながら、ウソップが堪えきれずに泣き叫ぶ。
「ナミがいねェから金の管理も誰もできねェ! ロビンがいねェから海軍や世界の動きも分からねェ! その上、フランキーもチョッパーも、日雇いの力仕事でボロボロになってんだぞ……! お前、船長なら少しは先の生活のこと考えろよ!!」
「うるせェ!! 俺は海賊王になる男だぞ!! こんなとこで、チマチマ金なんて数えてられるか!!」
ルフィはサンジの胸ぐらを掴んだまま、腹立たしげに叫び返した。
彼の目には、自分たちが置かれている絶望的な現実が全く見えていない。あるいは、見たくないのかもしれない。
新世界の入り口は、白ひげ海賊団によって完全に塞がれている。海軍はマヤの庇護下にあるこの魚人島近海を厳重に警戒し、彼らが少しでも暴れれば即座に大将クラスが飛んでくる。そして何より、彼らには次の島を指し示す航海士がおらず、船を浮上させるためのコーティング費用すらない。
敵がいない。戦う理由がない。ただ、物理的な『生活の苦しさ』だけが彼らを真綿で首を絞めるようにじわじわと追い詰めていた。
かつての輝かしい冒険の熱は完全に冷え切り、そこにあるのは、生活能力のない社会不適合者たちが路地裏で飢えに苦しむ、残酷で泥臭い現実だけだった。
「……これが、ルフィさん……達……?」
路地裏の少し離れた物陰から、その惨状を静かに見下ろす瞳があった。
アラバスタ王国王女、ネフェルタリ・ビビ。
彼女は、美しい紫色のイブニングドレスの胸元を強く握りしめ、信じられないものを見るように震えていた。
ビビの中にあるルフィの記憶は、どんな困難にも笑って立ち向かい、最後には必ず奇跡を起こしてくれる絶対的な『ヒーロー』の姿だった。アラバスタを救ってくれたあの時、ルフィは確かに太陽のように眩しかった。
だが、今の彼らはどうだ。
食費のことで仲間同士で血を流すまで殴り合い、自分たちの無計画さを棚に上げて責任を押し付け合っている。ただの、惨めで余裕のない不良の集まりだ。
(ルフィさん……どうして……。なんで、こんなことに……)
ビビの瞳から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。それは再会の喜びの涙ではなく、自分の中で大切に守り続けてきた『輝かしい思い出(幻想)』が、泥水の中に落ちて無惨に崩れ去っていくことへの絶望の涙だった。
「ひでェ有様だな。……底辺のチンピラと変わらねェ」
ビビの後ろに立つマヤが、一切の感情を交えない平熱の声で呟いた。
彼は白のスーツを完璧に着こなし、その背後には、同じく最高級のドレスに身を包んだナミとロビン、そして黒服のエースが静かに控えている。彼らの洗練された佇まいは、路地裏で這いつくばるルフィ達の泥臭さと、残酷なほど鮮明な対比を描き出していた。
「おい、いつまで下らねェ喧嘩してんだ」
マヤが静かに路地裏へと足を踏み入れた。
革靴が濡れた石畳を叩く音に、ルフィとサンジが動きを止め、振り返る。
「……お前……!!」
ルフィの目が、怒りに燃え上がった。自分たちをこんな海底のどん底に叩き落とした元凶。全ての原因である、憎き天竜人。
だが、次の瞬間、ルフィの視線はマヤの後ろにいる三人の女性に釘付けになった。
宝石のようなドレスを纏い、まるでどこかの大国の王妃のように堂々と立つナミとロビン。そして、その横で涙をこらえている、アラバスタの王女、ビビ。
「ビビ……!? なんでビビがこんな所に……!! っていうか、お前、またナミ達を……!!」
ルフィはサンジを放り出し、殺気をむき出しにしてマヤを睨みつけた。
「またナミたちを返しに来たのか!? 今度こそ絶対に渡さねェぞ!!」
その言葉に、マヤは心底不思議そうに首を傾げた。
「何を言うかと思えば……。お前達の今のこの状況で、返す? 自分たちのその日のメシすらままならないのに、何故だ? そんなに航海士と考古学者が欲しいのか?」
「ナミとロビンは俺の仲間だ!! 航海士に戻るのも当たり前だろ!!」
ルフィの叫びに、ゾロが舌打ちをした。
「おい、ルフィ。お前、そりゃねェだろがよ……!」
ゾロには分かっていた。今の自分たちの船(状況)に、彼女たちを呼び戻すことなど、ただ一緒に飢え死にしてくれと言っているようなものだ。
しかし、ルフィは仲間たちの制止など全く耳に入っていないようだった。
「うるせェ!! 俺はナミとロビンが抜けたのを認めてねェ!! ずっと、ずっとお前たちが戻ってくるのを待ってたんだ! 仲間だろうが!!」
その自己中心的すぎる叫びに、路地裏にいた全員が唖然とした。
マヤ陣営だけでなく、サンジやウソップすらも、「こいつ、本気で言っているのか?」という目で自らの船長を見た。
沈黙を破ったのは、冷ややかなナミの声だった。
「……ただ、航海士が欲しいだけでしょ?」
「な……」
「今のあなた達には、海図を読める人間も、金銭管理をする人間もいない。だから、自分が困ってるから、航海士の『私』が欲しいだけでしょ?」
「ちげェよ!! 俺は……!」
「私はそもそも、今のあなた達の船にいる意味が、もう見出せないのよ」
ロビンが、ナミの言葉を引き継ぐように静かに告げた。
「歴史を紐解くこともできず、ただ底辺で泥水をすすって共倒れするだけの船。……ごめんなさいね。私は、そんな無意味な死に方をするために今まで生きてきたわけじゃないわ」
「なんでそんなことになるんだよ!! 仲間じゃないか!!」
ルフィは理解できないというように、子供のように喚き散らした。
「仲間なら、一緒にいればいいじゃねェか!!」
「……仲間なら、その仲間の『意志』や『意見』も聞いて欲しいってだけじゃないの?」
ナミの悲痛な声が、薄暗い路地に響いた。
「私たちは、自分の意志でマヤ聖を選んだの。……でも、あなたはいつだって自分の意見が絶対で、私たちの気持ちなんかちっとも聞いてくれなかったじゃない」
「でも!! お前達は天竜人に、無理やり……!! あの魚人の姫(しらほし)だってそうじゃないか!! 奴隷にされてるんだろうが!!」
ルフィのその言葉に、ナミとロビンは完全に絶句した。
もう、何を言っても無駄なのだ。彼は「自分にとって都合の悪い現実」は全て『天竜人が無理やり洗脳したからだ』と自動的に変換してしまう。他者の複雑な事情も、相手の選択も、何一つ理解しようとしない。
ビビは、そのやり取りを聞きながら、胸の奥が冷たく凍りついていくのを感じた。
(あれが、今のルフィさんの考えなの……? そうか、海賊だもんね。結局、自分の考えが一番なんだ。……上手くいっている時はそれが『奇跡』になるけれど、一度つまづいてしまえば、あんなに周りを見れなくなるんだ……)
「もういいか? 海賊」
マヤが、底なしの虚無を湛えた声で会話を打ち切った。
「お前たちの言葉遊びに付き合ってる暇はねェ。今日は、お前たちの最後の手切れ金を渡しに来た。アラバスタからのな」
「アラバスタ……だと?」
麦わらの一味の顔色が変わる。ウソップがハッとしてビビを見た。
「なんだと!? まさか、ビビまで何かしたのか!?」
ルフィが怒鳴る。
「何かしたと言えば、したな」
マヤがポケットから手を出し、路地裏の地面に分厚い札束と金貨の入った袋を無造作に放り投げた。
チャリン、と鈍い音が響く。
「アラバスタは、誰も管理していない危険な王国になっていた。不正な七武海がいた。それを救った者(お前たち)がいた。……そこまでは、よしとしよう。だが、その後どうだ? 不正を正した者たちは、ただ国を救った満足感だけを得て、勝手に去っていっただけだ」
マヤの静かな声が、冷たい刃のようにルフィたちの心に突き刺さる。
「そうなるとな、あそこの国は世界政府から『海賊と繋がっている危険な国』とみなされるんだよ。クロコダイルの不正を見抜けなかった海軍も悪いだろう。だが、その後は違う。ただの海賊が国を救ってほっぽり投げた結果、また別の海賊や略奪者が来たらどうする?……だから、俺が保護した。アラバスタを、俺の直轄保護下に入れたんだよ」
ゾロとサンジは、ハッとして息を呑み、そして深く納得してしまった。
(そうだ……俺たちは、ただ救って、カッコつけてサヨナラしただけだ。その後、あの国が世界政府からどう見られるか、別の海賊が攻めてきたらどうなるかなんて、ちっとも考えてなかった……)
だが、ルフィだけは違った。
「また別の海賊が来たら、またぶっ飛ばせばいいだけだろうが!!」
「またその『ぶっ飛ばす』で解決か。お前、本当に好きだなその言葉」
マヤは心底呆れたようにため息をついた。
「……それで? 今、アラバスタで何か起きてたら、お前ら、この海底のどん底からどうやって助けに行くんだ? その日のメシも食えねェお前らが、どうやって国を救う?」
「っ……!!」
ルフィは言葉に詰まり、ギリッと歯を食いしばった。
「まーよ、とりあえず、数ヶ月はもつ資金だ。ばかみたいに食い漁ったらすぐ無くなるだろうがな。上手く使えよ。……それが、アラバスタからの手切れ金(航海資金)だ」
地面に転がる金貨。それは、彼らの思い出を金で買い叩き、完全に縁を切るという残酷な宣告だった。
「ふざけるなよ……!!」
ルフィの全身から、凄まじい怒りと覇気が立ち上った。
「お前はいつもいつも……俺の大事なものを奪っていく!!」
ドンッ!!
ルフィが地面を蹴り、弾丸のような速度でマヤに飛びかかった。
「ルフィ!! やめろォ!!」
ゾロの静止も間に合わない。怒りに任せたルフィの拳が、マヤの顔面を捉え――。
バキィッ!!
鈍い音が響き、マヤの顔が横に弾かれた。
マヤは避けることも、覇気で防御することもできたはずだ。しかし、彼はあえてその拳を無防備に受け、口の端から一筋の血を流して立ち尽くしていた。
「これで俺の勝ちだろ!! ナミもロビンもビビも、全部返せ!!」
ルフィが息を荒らげ、勝ち誇ったように叫ぶ。
「なんで……なんでマヤ聖を殴ったのよ!! ルフィ!! いい加減にしてよ!! 三回目よこれで!!」
ナミが悲鳴のような声を上げ、マヤに駆け寄ってその頬を庇うように撫でた。
「マヤ聖……! 血が……!」
「気にするな。ハエが止まったようなもんだ」
マヤは懐からハンカチを出し、無造作に血を拭った。
「……少しおかしいわよ? 海賊」
ロビンが、氷のように冷たい目でルフィを睨みつけた。
「彼は、私の愛する人よ? なぜ、その感情がある相手をわざわざ殴り飛ばして、貴方のあの惨めな場所に私が戻ると思っているの? 理解に苦しむわ」
「愛する……人……?」
ルフィの動きが、ピタリと止まった。
「何言ってんの!? ロビン、それなら私もよ!! 抜け駆けはずるいわ!!」
ナミが涙目でロビンに抗議し、マヤの腕にギュッと抱きついた。
「嘘、だろ……? 愛してる……? 天竜人だぞ!?」
ルフィは、世界がひっくり返ったような顔で三人を見た。
「はぁ〜……。また殴られたか」
マヤは心底面倒くさそうに首を鳴らし、ナミとロビンの頭を軽くポンポンと撫でた。
「ナミ、ロビン、ありがとうよ。……俺もだよ」
そして、冷めた目でルフィを見下ろす。
「天竜人だって、人を愛する気持ちはあるさ。お前がそれを否定するのは違うだろ? 俺はこれでも、お前にはかなり温情をかけてるつもりだがな」
路地裏の奥、ガープが胃を限界まで押さえて蹲っていた。
(ルフィのバカ野郎……! また殴りおった……! これで三度目じゃぞ……マヤ聖が温情をかけてくださらんかったら、お前はとっくに一族もろとも消滅しとるんじゃ……!!)
「そんなの……わからないけど……でも、お前らは俺の仲間だ!」
ルフィは、まだ現実を受け入れようとせず、すがるように言葉を紡ぐ。
「もういいか。……出てこい、ビビ」
マヤが静かに促すと、マヤの背後に隠れるようにしていたビビが、ゆっくりと前に進み出た。
その顔は、ルフィとの再会を喜ぶものではない。深い絶望と、何かを完全に諦めたような、痛々しい涙に濡れていた。
「なんで……なんで、そんな風になってるんですか! ルフィさん……!」
ビビの声は、怒りよりも悲しみに震えていた。
「ビビ……これは、あのだな……!」
ルフィが言い訳をするように言葉を濁す。
「私に見られて、なぜ戸惑うのですか? 見られてはまずい光景だったのですか!?」
ビビの鋭い追及に、麦わらの一味全員が絶句し、恥ずかしさに俯いた。自分たちも、ルフィとサンジの醜い喧嘩をビビに見られたことが、たまらなく情けなかったのだ。
「さて、ビビ。……命ずる。背中をあいつらに見せろ」
マヤが、わざと冷酷な、典型的な「天竜人」としての口調で言い放った。
その瞬間、ナミ、ロビン、エース、そして物陰のガープすらも、ギリッと歯を食いしばり、悔しさを滲ませた。
マヤが、ルフィに現実を教え、ビビに完全に引導を渡させるためだけに、あえて一番嫌っている「権力を振りかざす冷酷な暴君」の役回りを演じて、泥を被ってくれているのが分かっていたからだ。
「……わかりました。マヤ聖」
ビビは涙を拭い、クルリと背を向けて、イブニングドレスから覗く白い背中を見せた。
そこにある、赤々と刻まれた『S(龍)』の特注の刻印。
ルフィの目が、信じられないものを見るように限界まで見開かれた。
そして、爆発した。
「お前ェェェェ!!!!! ビビにまでやったのか!!!!」
ルフィが再びマヤに飛びかかろうとする。
「やめろルフィ!!」
「これ以上手ェ出したら、本当に俺たち終わりだぞ!!」
ゾロとサンジが血相を変えてルフィを羽交い締めにし、地面に押さえつけた。
「離せェ!! またぶっ飛ばす!! 殺してやる!!」
「いい加減にしてください!!!!」
ビビの一喝が、狭い路地裏にビリビリと響き渡った。
それは、海賊の仲間としての声ではない。国を背負い、民を守る『王女』としての絶対的な威厳に満ちた声だった。
「私はもう、あなた達の船には戻らない。……そして、そのお金、受け取ってください」
ビビは、冷たい石畳に転がる金貨の袋を指差した。
「今後、海賊(あなたたち)との関わりや、私との関わりを、一切もう誰にも話さないでください!!」
「なんでだ……なんでなんだよ、ビビ……!!」
ルフィが、押さえつけられたまま涙声で叫ぶ。
「……わかった……」
ゾロとサンジが、ルフィの代わりに低く、苦しげに答えた。彼らには、王女としてのビビの覚悟と、自分たちの情けなさが痛いほど理解できていた。
「お前達まで!! なんでだよ!!」
「お前は、本当にそればかりだな」
マヤが、心底哀れむような目でルフィを見下ろした。
「自分の見たいものしか見えない、自分の都合でしか動けない……。心底呆れるよ」
マヤはビビのそばへ歩み寄り、彼女の腰にそっと手を回してエスコートするように引き寄せた。
ビビが戸惑い、マヤを見上げる。
その瞬間、マヤの口が微かに動き、ビビの耳元にだけ届く、ひどく優しい声が囁かれた。
「……(嫌な役回りをさせて)すまんな」
ビビの瞳が、驚愕に見開かれた。
権力をひけらかす残酷な天竜人の言葉と、全く正反対の、不器用な謝罪。
(ナミさんとロビンが言っていたのは、こういうことなのね……。この人は、なんでここまで自分を犠牲にして、泥を被ってまで……)
ビビの目から、今度こそ未練のない、マヤに対する深い敬意と感謝の涙が溢れ出した。
「さて。海賊、それ持ってコーティングして、出発できるだろ。よかったな」
マヤは再び冷徹な為政者の顔に戻り、ルフィたちに告げた。
「一つ忠告だ。ナミ、ロビン、ビビ、そしてしらほし。……今後一切、あいつらに関わるな。いいな?」
「……本当にもう、あなたたちとは関係ないわ。ベルメールさんにもこれで胸を張れる。……でも、マヤ聖を三回も殴ったことだけは、絶対に許さないからね!!」
ナミが、完全に決別する氷のような視線をルフィに叩きつけた。
「私はもとから、あなたたちの『同行者』ってだけだったでしょ? それをいつまでも仲間の代表みたいに持ち出されると、本当に困るのよ」
ロビンも冷ややかに肩をすくめた。
ルフィは、完全に沈黙した。
暴力も、情熱も、彼が信じていた「仲間」という言葉も、ここでは何一つ通用しない。絶対的な現実の前に、彼はただ押し潰されていた。
「さて、行こうか。ビビ、ナミ、ロビン」
「ええ。……マヤ聖、ありがとう。本当に、ありがとう」
ナミがマヤの腕にすり寄るように微笑む。
「さすがよ、マヤ。……愛しい人」
ロビンも艶然と微笑み、マヤの隣に並んだ。
「……わかりました」
ビビは、地面に這いつくばるルフィたちを一瞥し、そして完全に背を向けた。
(私の知っているルフィさんは、もういないのね……。これが海賊。バロックワークスでも見てきたじゃない……『力と暴力でしか解決できない者たち』。本質は、全く同じだったのね)
静かな路地裏に、チャリン、と金貨の鳴る音が虚しく響く。
それは、英雄と呼ばれた者たちの落日と、完全に断ち切られた過去の証だった。
マヤの一行は一度も振り返ることなく、光の射す深海の表通りへと消えていった。