どぶさらいと天竜人と海賊   作:マイナーチョコ

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【第30話】『真の権力と、革命軍の屈服』

 

 

 

 

ドレスローザの港に停泊する、天竜人の巨大な白亜の専用船。

その最奥に位置する豪奢な特別室は、分厚い絨毯と静寂に包まれていた。

 

部屋の中央には、海楼石の手錠を嵌められた三人の革命軍――参謀総長のサボ、魚人空手師範代のコアラ、そしてハックが、床に正座させられていた。

彼らを見下ろすように、漆黒の特製手袋を嵌めたCP10(エース)が立ち、壁際では海軍大将・黄猿(ボルサリーノ)が腕を組んで静かに状況を見守っている。

すでに、狂気の王ドンキホーテ・ドフラミンゴと、おもちゃの能力者であるシュガーは、黄猿の手によって船の最下層にある海楼石の牢獄へと厳重に放り込まれた後だった。

 

ふかふかのソファに深く腰を沈めた神鬼マヤは、冷たい目で革命軍の三人を見据えた後、傍らのローテーブルに置かれた特製の電伝虫を引き寄せた。

「ボルサリーノ。ドフラミンゴとあの能力者は、しっかり牢に入れたな?」

「ええ、もちろん。海楼石でグルグル巻きにして、海軍の護送船よりも厳重にぶち込んでありやすよォ。……で、今後の事とは?」

黄猿がサングラスの奥の目を細める。

 

「ああ。各所に話を通す」

マヤは迷うことなく、世界の均衡を司る『頂点』へのダイヤルを回した。

プルルルル、ガチャ。

 

『……おお、マヤ聖か!』

電伝虫の顔が、白い三日月髭を蓄えた豪快な老人の顔へと変わった。

四皇、「白ひげ」エドワード・ニューゲート。

その声が特別室に響いた瞬間、縛られていた革命軍の三人は息を呑んで硬直した。世界最高権力者である天竜人と、海を支配する四皇。絶対に交わるはずのない二つの頂点が、まるで古い友人のようなトーンで言葉を交わし始めたのだ。

 

「ああ、俺だ。エドワード。少し頼みがあってな」

マヤは淡々と語り始めた。

「ドフラミンゴの部下に、人を『おもちゃ(忘却)』に変える厄介極まりない能力者がいてな。殺して能力が他に移っても厄介だから、生かしたまま封印する。……魚人島の海底に特製の『海楼石の牢屋』を作って、そこで飼い殺しにしたい」

 

『グララララ!! おもしれェじゃねェか!』

白ひげの笑い声が、電伝虫から腹の底に響くように轟いた。

『魚人島は実質お前の領土みてェなモンだ、好きにしな! それにお前には、ウチのバカ息子を救ってもらったデケェ恩がある。新世界で、こっちは色々と面白い話ができそうだなァ!』

 

「俺の事をおだてるのはいいが、この前、ビッグ・マムから娘との縁談を押し付けられそうになったぞ」

『グララララ!! そりゃ傑作だ! あのババァ、お前の器のデカさに目をつけやがったか! そのうち別の奴からも縁談が来るかもしれねェなぁ!』

 

四皇のトップが、天竜人の恋愛事情で大笑いしている。

サボは、海楼石の鎖を握りしめながら戦慄した。(四皇と天竜人が、あんな風に……。俺たちは、一体どれだけ巨大なネットワークを持つ男に喧嘩を売ったんだ……?)

 

『……あァ、そうだ』

白ひげの声が、ふと父親のような温かいものに変わった。

『マヤ聖。CP10の兄ちゃんは……元気にしてるか?』

 

その言葉に、マヤの背後に立っていたエースの肩が、微かに跳ねた。

「……ああ。少し話すか?」

マヤが電伝虫を向けると、エースは一歩前に出た。サングラスの奥の瞳が、溢れそうになる感情を必死に堪えている。

 

「……CP10です。マヤ聖には、大変お世話になっております」

『そうかい』

白ひげの低く優しい声が、エースの鼓膜を震わせた。

『おめェさんも元気そうで何よりだ。マヤ聖の背中を……しっかり守ってやれよ』

「……ハッ」

 

エースにとって、生きて『オヤジ』の声を聞けたことは、何よりも代えがたい喜びだった。そして白ひげにとっても、死んだはずの最愛の息子が、恩人の元で立派に生きていることを実感できたこの瞬間は、マヤに対する絶対的な忠誠と恩義をさらに深く刻み込むものとなった。

 

「エドワード、ありがとうな」

『グララララ! 俺をそんな気安い名前で呼べるのは、世界広しといえどおめェくらいだぞ、マヤ聖!』

 

ガチャリと通信が切れる。

壁際で聞いていた黄猿は、「おっかないねェ〜、本当に……」と内心で冷や汗を流していた。

 

「さて、次は……海軍だ」

マヤは間髪入れず、別のダイヤルを回した。

プルルルル、ガチャ。

『……マヤ聖。お電話、感謝いたします』

今度は、海軍本部元帥、仏のセンゴクの声だった。

 

「魚人島に、能力者を幽閉する海底牢を作る。白ひげの許可も得た」

『マヤ聖……。我々へのご配慮、痛み入ります。その能力者の危険性は聞き及んでおります。そのような厳重な処置をしていただけるなら、こちらもすぐに許可を出せます。費用も少なからず出しましょう。マヤ聖の暗躍のおかげで、海はかつてないほど安定しておりますのでな。ハッハッハ!』

「麦わらの一味の追跡は追っているな?」

『ええ。位置はだいたい掴んでおります。なにせボロボロの航海をしているようですからな』

「温情はかけるなよ。……では」

 

ガチャ。

海軍のトップとの対話も、わずか数分で終わった。

 

「……信じられない」

コアラが、震える声で呟いた。

「天竜人が……海軍元帥と四皇に、自分の都合のいいように指示を出している……。しかも、相手はそれを感謝して受け入れている……」

 

「これが……真の権力か」

ハックも、絶望的な面持ちで天を仰いだ。

自分たちが「暴力(革命)」で世界をひっくり返そうとしていた裏で、この天竜人は「対話と実務と信頼」によって、世界の頂点たちを完璧にコントロールしていたのだ。

 

「最後だ」

マヤが電伝虫を回す。今度は、リュウグウ王国のネプチューン王だった。

『おお! マヤ聖! 久しいですじゃ!』

「久しいな、ネプチューン。……どうした、慌てて」

『どうなされたのですか!? 何かありましたか? しらほしが、またマヤ聖にお会いしたいと申しておりまして……』

 

「その件は後だ。今はお前に頼みというか……決定事項だ」

マヤは、シュガーの能力の危険性と、魚人島の海底への幽閉計画を淡々と語った。

「お前たちの恐れはあるだろうが、住む場所から数キロ離れた場所でもいい。そこに特別な海楼石の牢を作る。白ひげとセンゴクの許可は取った。囚人管理の者も数名出すか、そちらで管理してくれるならその資金は払う。……何かあれば、海を割れば能力者は確実に死ぬシステムだ。すまないが、引き受けてくれるか?」

 

『マヤ聖……』

ネプチューンの声が、深く、厳かなものに変わった。

『マヤ聖には、魚人島は多大な恩があります。……我々の恐怖を理解し、ここまで配慮してくださるなら、喜んでお受けいたしますぞ。タイガー殿もこれで、何か浮かばれると良いのですがね……。マヤ聖が魚人と結んでくれた恩、本当にありがたいですじゃ』

 

「…………」

マヤは、小さく目を伏せ、唇を噛んだ。

「……そうだな。俺もそう願ってるよ。しらほしには、そのうち会いに行くと伝えてくれ。今は家(シャボンディ)に行っても、誰もいないからな」

『……わかりました。その際は、少し娘と話をしてやってくだされ』

「ああ。……こちらこそ、大事な娘を預けてくれてありがたいよ」

ガチャ。

 

通信が終わった瞬間。

「……うぅっ……! あぁっ……!」

コアラとハックの口から、耐えきれないような激しい嗚咽が漏れ出した。

自分たちを助けてくれた恩人・フィッシャー・タイガーの名前。そして、そのタイガーの思いを継ぐように魚人島を保護している天竜人。

自分たちが「正義の革命」だと信じてルフィに加担し、奪い去った『ナミとロビン』が、この天竜人にとってどれほど大切に保護されていた娘たちだったのか。恩人の大恩人を、自分たちは裏切り、傷つけてしまったのだ。

 

「……おい」

マヤが、冷徹な目で泣き崩れるハックとコアラを見下ろした。

「何を泣いている? 正しい行いをしたんだろ?」

 

「……っ!」

コアラがビクッと肩を震わせる。

「泣く事はない。お前たちは『良い革命』をしたんだ。憎き天竜人の愛するものを攫ったというな。さぞ愉快だろ? 笑えよ」

 

「……うぅ……! 違います……私は……!」

コアラが、涙で顔をグシャグシャにしながら首を振る。

「笑えよ? 滑稽な天竜人だってな。逃がして貰った恩人の思いも知らずに、その大事な人を奪う。……さぞ楽しかったろ? え? ……それが、お前らの革命だ」

 

「あぁ……あああっ……!!」

コアラの嗚咽が、狂おしいまでの絶叫に変わった。

マヤの言葉は鋭い刃となってコアラの魂を完膚なきまでに切り刻み、彼女の中の『革命軍としての正義』を完全にへし折った。

 

「おいおい、泣くなって言ってるだろ? お前たちのやった結果だ」

マヤは深く息を吐き、黄猿に向き直った。

「はぁ〜……。ボルサリーノ。サボだけ、インペルダウン送りだ。こいつは能力者ではないからな。ハックとコアラは、俺が魚人島へ連れて行く」

 

「待ってくれ……!! なんで俺だけ……!!」

サボが、血走った目で叫んだ。

「なんで? 革命したんだろ? それを失敗したら監獄に入る。ただそれだけだ。ハックとコアラにはまだ用がある。お前にはない。それだけのことだ」

 

「ボルサリーノ。おもちゃの能力者は、一度レベル6に入れて、海底牢ができ次第移送だ。サボは革命軍の中枢にいた男だ。そっちで処理しろ。交渉にも使えるだろうが、その辺は任せる」

「……わかりやした」

 

「……テロリストだろ?」

サボがギリッと歯を食いしばる。

「今回の件で、俺に色々と話す意味がないとわかったはずだ……! なのに、どうして……!」

「二人が戻ったら、検討だ」

 

とつぜん、マヤの懐の電伝虫がけたたましく鳴った。

「……またあのジジイか」

マヤが受話器を取る。

『マヤ聖!!! すまなんだ!! 本当にすまない! こんなことになるなんて……!!』

ガープの、本気の悲痛な叫び声だった。

 

「もう済んだことだ、ジジイ。お前は、ルフィたちの居場所を特定できたのか?」

『はい、できております。センゴクからも話は伺いましたゆえ……特殊監獄の件も聞いております』

「……お前、大将でも聞きたくないようなことを、本当に聞かされてるのか。まーいい。今回は厳しくいくぞ」

 

『現在、海にいるので……その、一般市民に被害が出ないように対策を練っておりますので……!』

「それでいい。しばらく泳がせろ。ナミとロビンも、どうせ俺のために自分から誘拐されにいったようなもんだ」

『本当に……本当にありがとうございます……マヤ聖……!』

「ではな。忙しいんでな」

ガチャ。

 

サボは、床に座らされたまま、呆然としていた。

(海軍の英雄が……あそこまで頭を下げて……。俺たちが助けたルフィの仲間は、元々この天竜人のために動いていたのか……!? 俺は、なんて愚かなことを……!!)

己の正義が、ただの無知による破壊行為だったと悟り、サボは初めて絶望に顔を歪めた。

 

「CP10。そういうわけで、忙しくなるぞ」

マヤが立ち上がり、海風に白のスーツを靡かせる。

「上は、この件に関して『治安維持』って名目で納得するだろうさ。……ただ一人な、面倒な男がいるけどな」

 

エースが、サングラスの奥でスッと目を細め、小声で呟いた。

「……シャンクスですね」

「そうだ。嗅ぎつけられて介入されそうだ。新世界で、白ひげが上手くやってくれるだろうがな」

 

マヤは黄猿を一瞥した。

「ボルサリーノ。スモーカーなども今回出ているのか?」

「ええ。ほとんどの大将クラスと、下の者たちも包囲網に参加しておりやす」

「たしぎとかいうのもいたな? あと、コビーだったか? 麦わらの一味と縁があるとジジイから聞かされたが……温情を与えないようにしておけよ?」

「……わかっておりやす。手抜かりはありやせん」

 

「おい、サボ」

マヤが、インペルダウン行きが確定した青年を見下ろした。

「お前たちに、わざわざ関係各所との機密通信を聞かせた理由、わかるか? 本来、こんなことをテロリストに聞かせることはない」

 

「……どういう意図がある。内部情報ですよ……?」

「そうだな。でも、これは俺が『天竜人だから』できたことじゃない。まずそれを頭に入れろ。天竜人が誰でも、ここまで迅速にできるか?」

「…………っ!!」

サボは言葉を失った。

 

(そうか……。この人は、血の滲むような実務と『信頼』があるんだ。だから、全員管轄が違う方々が、文句一つ言わずに動いた……。なのに私は……一体何を壊そうとして……)

コアラは、自分の底知れぬ愚かさに、ただただ涙を流し続けることしかできなかった。

 

マヤは小さく溜息をつくと、しゃがみ込み、コアラの頭にポンと手を乗せた。

「……」

コアラがビクッと肩を震わせる。

 

「なぁ、コアラよ。もう泣くな。俺はもう責めてない。……明日のやり方が見えたからな」

マヤの声は、不思議なほど穏やかだった。

「革命なんて、たいそうなことじゃない。こうやって、一歩一歩目の前の問題に対処していくのが大事なんだよ」

 

マヤはコアラから手を離し、再びサボに向き合った。

「それにな。なんで聞かせたか。それはな……革命軍に『秘密』を共有させることで、もし今後、幽閉されてる者が脱獄するような事態が起きれば、それは『お前たちのせい』にもなるからだよ」

「!!」

「知ってるのはお前たちと、今話をした者だけだ。つまり、ここでの事を外に話せば……そいつらがどう動くか、わかるな?」

 

情報を与えることで、革命軍を政治的に拘束する。

サボは、マヤの底知れぬ恐ろしさに震え上がった。

「……あんた……本当に天竜人なのか!? なんだよそれ……」

 

ドガッ!!

サボの頭部を、エースの容赦のない蹴りが襲った。

「口の利き方に気をつけろよ、サボ。……『あんた』じゃない、マヤ聖だ」

 

革命軍にとって、天竜人の名前を呼ぶことは何よりの屈辱だ。だが、エースはそれを冷酷に強要した。

「いいさ、CP10」

マヤが軽く手を振る。

「こいつらは、それを苦痛だと思ってるんだろ? 無理に呼ばせるのは好みじゃない。……CP10、いつもありがとうな」

 

「マヤ聖……!」

コアラが、涙で顔をグシャグシャにしながら床に額を擦り付けた。

「本当に、ごめんなさい……!! 私に、お手伝いさせてください……!!」

 

「手伝いね」

マヤは少し考える素振りを見せ、クスッと笑った。

「では、お茶でも淹れてくれるかい?」

 

「……え?」

コアラがポカンと口を開ける。

あまりにも緊迫感のない、マヤらしい言葉に、エースの口元が微かに緩んで笑った。(この人らしい……)

「さすがだねェ〜。民にも人気があるわけだよ……マヤ聖は」

黄猿も、呆れ半分、感心半分の声で呟く。

 

マヤは懐から鍵を取り出し、コアラの手錠をカチャリと外した。続いて、ハックの手錠も外す。

「お前たちは、同じものを共有した。なぜ外されたか分かるな? 革命軍のことは、今は忘れろ。いいな?」

「……わかりました。タイガーの兄貴に誓って」

ハックが、深く頭を下げる。

 

自由になった手を震わせながら、コアラは呟いた。

「私は……もうなんだか、自分の信じてきた『革命』が……怖くなってきました……」

 

「……騙されるなよ、コアラ! 相手は天竜人……!!」

インペルダウン送りが確定しているサボが、必死に叫ぶ。

 

――ドゴォッ!!

エースが、サボの鳩尾に強烈な蹴り上げを叩き込んだ。

「お前、いい加減にしろ。……ルフィとそっくりすぎだろ……はぁ〜」

(俺も昔は、こんなだったってことかね……)

エースは内心で酷く恥じ入りながら、額を押さえた。

 

「CP10。お前の考えはわかるぞ」

マヤが、エースの顔を見てニヤリと笑う。

「鏡だろ?」

 

「……敵いませんねェ」

エースは苦笑し、サングラスの奥で優しく目を細めた。

 

神の怒りと、恩讐の記憶。

ドレスローザでの一件は、革命軍の中枢に「真の権力と信頼」を見せつけ、彼らの独善的な正義を完全に粉砕するという、マヤにとって最大の政治的勝利として幕を閉じた。

だが、その裏で。

全ての海軍の包囲網を敷かれた、麦わらの一味の絶望的な逃避行が始まろうとしていた。

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