シャボンディ諸島の雑踏の中を、一人の男が亡霊のようにふらふらと歩いていた。
黄色と黒のパーカーを着込み、斑模様の毛皮の帽子を目深に被った男――『死の外科医』トラファルガー・ローである。
彼の肩には、身の丈ほどもある大太刀、妖刀『鬼哭』が担がれていたが、その足取りにはかつての鋭さがなかった。
それもそのはずだった。彼が13年間、命を削るような思いで追い続け、全てを懸けて討ち果たすはずだった宿敵ドンキホーテ・ドフラミンゴは、彼が手出しするよりも前に、天竜人と海軍の手によってあっさりと捕縛され、海底監獄インペルダウンの奥底へと送られてしまったのだ。
生きる目的そのものだった復讐の対象を突然失い、ローの胸の中には、行き場のない焦燥と空虚な苛立ちだけが黒く渦巻いていた。
一方、そこから数区画離れたシャボンディ諸島の下町では、いつも通りの穏やかな日常が流れていた。
路地裏を流れる水路の底に、泥だらけの作業着を着たマヤが入り、スコップで黙々とヘドロやゴミをバケツへと掬い上げていた。文字通りの『どぶさらい』である。
水路の縁には黒服のCP10(エース)が護衛として静かに立ち、すぐ近くの木陰に置かれたテーブルでは、ナミが新しい海図を広げて風向きを計算し、ロビンが古いポーネグリフの写しを穏やかな目つきで何度も読み返していた。
その隣ではビビが優雅に紅茶のカップを傾けており、エプロン姿のコアラだけが「あ、あの、本当に私が代わらなくていいんでしょうか……!?」と、水路の泥をすくう最高権力者の姿におろおろと目を回していた。
だが、下町の住人たちにとっては、それもすっかり見慣れたありふれた風景だった。
そして、ナミとロビンの護衛として傍らに立つ海軍本部少将・たしぎは、マヤの泥臭い一挙手一投足を、毎度のことながら興味津々な眼差しで見つめていた。
「昔はよ、このどぶにたくさんの人が捨てられてたんだよ」
マヤが額の汗を腕で拭いながら、何気ない調子でたしぎに話しかけた。
「20年毎日やって、やっとここまで綺麗になったな。今じゃ、朝方に飲みすぎた酔っ払いが転がり落ちてるくらいさ」
そう言ってカラカラと笑い飛ばすマヤの横顔には、悲壮感など微塵もなかった。
たしぎは胸の奥が熱くなるのを感じ、腰に差した蒼い刀――マヤから賜った『神鬼』の柄をぎゅっと強く握りしめた。この人が20年かけて守ってきた街と、この温かい宝物を、自分の命に代えても絶対に大事にすると改めて心に誓う。
その時だった。
通りの向こうから、異質な空気を纏ってふらふらと歩いてくる長身の男が、たしぎの視界に入った。
斑模様の帽子に、肩に担いだ見覚えのある大太刀。少し前に海軍の手配書で確認したばかりの海賊、トラファルガー・ローだった。彼が厄介な悪魔の実の能力者であることは、たしぎも、そして隣で目を細めたCP10も正確に認識していた。
「マヤ聖! あそこにいるのは海賊トラファルガー・ローです! あの男が持っている名刀、私が回収してまいります!!」
たしぎが凛とした声で進み出ると、マヤはスコップを置いて「おう、気をつけて行けよ」と軽いノリで背中を押した。
だが、たしぎが走り出した直後、マヤは真面目な目つきに戻り、CP10と静かに目配せをして「見てやれ」と無言の合図を送った。
マヤもまた水路から上がり、泥のついた手袋を外す。ナミやロビン、ビビ、コアラたちも荷物をまとめ、マヤの後を歩いてついていった。
道すがら、商店街の店主たちが「マヤ聖! さっきの目つきの悪い海賊と女海兵さんなら、あっちの広場の方へ行きましたぜ!」と口々に教えてくれ、マヤは「ありがとうな!」と気さくに手を振って応えた。
人通りの途切れた石畳の広場で、たしぎはローの行く手を阻むように立ち塞がった。
「名刀『鬼哭』を持っている、トラファルガー・ロー! その刀、海軍が回収します! 正々堂々、勝負しろ!!」
真っ直ぐな宣戦布告に、ローは足を止め、帽子の上からけだるそうにたしぎを見下ろした。
「勝負だと? いいぜ? 今、うさ晴らしがしたくてうずうずしてたんだ。……そのコート、海軍少将か。なかなか大物じゃねェか!」
ローが好戦的に口角を吊り上げる。
たしぎは構えを取り、一瞬だけ、右手を腰の『神鬼』の白と桃色の柄へと伸ばしかけた。
(……いえ、ダメです! この『神鬼』は、マヤ聖が私の命を案じてくださった神聖な刀……! こんな海賊の血や刃で汚すわけにはいきません!)
たしぎは『神鬼』から手を離し、もう一本の愛刀である業物『時雨』をシャキィンと引き抜いた。
「へ〜、2本持ちかい。そっちの抜いてない方も、なかなかいい刀じゃないか?」
「良い刀? 何を言ってるんですか! そんな生易しい刀ではないんですよ! この抜いてない刀は!」
マヤの思いを侮辱されたように感じ、たしぎが気色ばんで叫ぶ。
「へぇ〜、興味出たわ。なら相手してやるよ」
ローは左手で『鬼哭』の鞘を掴み、右手を柄にかけて、剣士として抜刀して斬り合うかのように腰を落とした。
たしぎが、その抜刀の瞬間に合わせて踏み込もうとした――まさにその時だった。
「『ROOM』」
ローの左手から、薄い青色の球状の空間が瞬時に広がった。
抜刀の構えは、たしぎの意識を刀身に釘付けにするための完全なフェイントだった。空間に飲み込まれたことに気づいた時には、すでにローの刀が空間ごと一閃されていた。
「え?」
痛みはなかった。
だが、たしぎの視界がぐるりと傾き、彼女の身体は胴体から上下真っ二つに分断されて石畳の上へと転がった。手にしていた愛刀『時雨』も、刃の半ばから綺麗に切断されて乾いた音を立てて落ちる。
「正々堂々とやってやったぞ?」
ローは刀を肩に戻し、嘲笑うようにたしぎを見下ろした。
「良い事教えてやるよ? 相手見て戦えや。……で、その抜いてない方の刀、貰っていこうか?」
ローがゆっくりと歩み寄ってくる。
下半身が遠くに転がり、立ち上がることすらできない絶望的な状況。しかし、たしぎは上半身だけで必死に這いずり、腰にあった『神鬼』を鞘ごと両腕で胸へとギュッと抱きしめた。
「ふざけないでください……っ! 渡さない!! 絶対に!!」
石畳の埃にまみれながら、たしぎのメガネの奥から、悔し涙がボロボロと溢れ出した。
自分の未熟さへの悔しさと、マヤから貰った大切な刀を奪われそうになっている恐怖。それでも彼女は、自分の身体を盾にして『神鬼』の上に覆いかぶさった。
「泣いてどうなる? 『弱い奴は死に方も選べねェ』んだよ!」
「なら……っ、なら私を殺して奪っていきなさい!!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながらも、たしぎは血を吐くような気迫でローを睨み上げた。命を奪われようとも、マヤから授かったこの誇りだけは絶対に手放さないという、狂おしいまでの覚悟の瞳だった。
その真っ直ぐすぎる眼差しに、ローが一瞬だけ気圧されたように足を止めた。
「けっ……覚悟決まりすぎだろ……。興ざめだ……じゃーな」
ローは舌打ちをして踵を返し、刀を奪うのを諦めて裏路地の方へと去っていった。
広場の真ん中に取り残されたたしぎは、緊張の糸が切れ、その場に突っ伏して子供のようにわんわんと泣きじゃくった。
「うわぁぁん……! すみません、マヤ聖……申し訳ありません、申し訳ありません……っ!」
屋根の上からその一部始終を冷徹に見下ろしていたCP10は、サングラスの奥で小さく鼻を鳴らした。
(……弱い奴ね。能力に頼りきりで、最後はあの子の覚悟の前に気圧されて逃げたか)
その時、広場の入り口から、マヤがゆっくりとした足取りで歩いてきた。
胴体を真っ二つにされ、折れた『時雨』の横で『神鬼』だけを抱きしめて泣きじゃくるたしぎの姿を見ても、マヤは怒ることも慌てることもなかった。
マヤはたしぎの前にゆっくりと腰を落とすと、あぐらをかき、泥と涙で汚れたたしぎの頭をそっと自分の膝の上へと乗せた。
そして、まるで泣いている赤子を癒やすように、大きくて温かい手でたしぎの黒髪を優しく撫で始めた。
「たしぎ、泣くな。お前は、お前の誇りを守った。誇り高いよ。……あれが海賊なんだ」
マヤの穏やかで優しい声と、頭を撫でる手の温もりに触れ、たしぎの瞳からさらに大粒の涙が止めどなく溢れ出した。
少し遅れて広場に到着したナミ、ロビン、コアラ、そしてビビも、足を止めてその光景を静かに見守っていた。
マヤが撫でる手を止めずにちらりと視線を上げると、屋根の上のCP10が音もなく頷き、即座にローの後を追って移動を開始した。
薄暗い裏路地へと入ったローは、忌々しげに帽子を直し、ひとりごちた。
「……さっきの刀、見たこともないやつだったな。やっぱり奪っておくべきだったか? 惜しかったか?」
そう呟いた、次の瞬間だった。
シュッ! と、背後で音もなく鋭い風が靡いた。
ローが反射的に振り返ろうとするよりも早く、ガクンッ! と彼の全身が鉛のように重くなり、その場に膝から崩れ落ちた。
「……なんだ?」
突然力が抜けた両腕に視線を落とすと、いつの間にかその手首には、冷たい鈍色の『海楼石の手錠』がガッチリと嵌められていた。
「な! なんだ!? 卑怯だろうが!!! いきなり背後からやりやがって!」
ローが血走った目で顔を上げる。
そこには、黒服を纏ったCP10が静かに立っていた。CP10は何も言わない。ただ絶対零度の瞳でローを見下ろすと、その襟首を片手で無造作に掴み上げ、石畳の上を引きずりながら無言で歩き出した。
広場では、マヤの膝の上で、たしぎがまだしゃくり上げながら謝罪を繰り返していた。
「申し訳ない、申し訳ありません……っ、少将にしていただいたのに、私……っ」
マヤは黙ってその言葉を聞きながら、たしぎの、頭をさすりながら。泣き続けるたしぎの心と身体を静かに癒やし続けていた。
「たしぎ、お前が何に謝ってるのか、俺にはわからないぞ。お前が生きてくれててよかったよ」
「……でも……私は負けて……」
「良いんだ、たしぎ。さっきも言ったろ? あれが海賊なんだよ。ルールなんてあったもんじゃない。確かに、今のやり取りは戦闘の上ではあり得るだろう。だが、お前は一騎打ちを挑んだ。正々堂々とな、剣士として刀で挑んだ。だが、あいつはそうじゃなかっただけだ」
マヤの言葉が、傷ついたたしぎの心にじんわりと染み渡っていく。
「次は……次はもう負けません……っ。ずびばせんでした……」
鼻をすすりながら涙声で誓うたしぎ。
ちょうどその時、裏路地の方から「離せ! ふざけるな!」と騒ぎ立てるローの襟首を引きずりながら、CP10が広場へと戻ってきた。
だが、マヤは引きずられてきた海賊の方を振り返りすらせず、ただ膝の上のたしぎだけを見つめて、どこまでも温かい声で語りかけた。
「負けてもいいんだよ。ただ、死ぬな。生きてればまた笑える、泥にまみれようが逃げろ。そして、お前は誇りを守った。その刀をな。……俺はお前が愛しく思うよ。家族としてな、俺の誇りまで守ってくれたんだからな?」
たしぎを最優先にするその姿勢を示したまま、マヤは背後のCP10へ軽く声をかけた。
「CP10、ご苦労だった。……さて、この身体はどう治せばいいんだ? そこの海賊」
「ふざけるな! いきなり海楼石を嵌めておいて、お山の大将気取りか? 天竜人!」
地面に転がされたローが吠える。マヤはようやく肩越しにローを一瞥し、心底うんざりしたように溜息をついた。
「またこのタイプか……。海賊ってのは、ひとたび自分の余裕がなくなるとみんなこんななのか? とっとと治し方を言えよ?」
「……切断面を合わせれば戻る……刀もだ……」
ローが忌々しげに吐き捨てると、CP10がすぐにたしぎの下半身を運んで断面を合わせ、折れた『時雨』も繋ぎ合わせた。パチリと音がして、たしぎの身体と刀が元通りに繋がる。
「たしぎ、よかったな、無事で。本当によかったよ。あんな海賊もどきの相手を正面からしたのが間違いだったな」
「……負けておいて、見苦しい言い訳かい?」
ローの皮肉に、マヤは立ち上がってたしぎの手を引いて起こしながら、冷ややかに応じた。
「そいつの刀を回収しておけ、CP10。ここでは話すのも面倒だ。たしぎの名誉は守られたからな。……海賊、お前には一生わからない生き方だよ?」
「…………」
ローは『鬼哭』を取り上げられ、海楼石の手錠を嵌められたまま、CP10によってマヤの宮殿の地下牢へと連行されていった。
マヤの宮殿の地下にある、頑丈な鉄格子の牢屋。
海楼石の鎖で繋がれたローが、暗い床に座り込んでいた。
檻のすぐ前にはマヤ、たしぎ、そしてCP10が立っている。そして牢屋の入り口の扉付近では、ナミ、ロビン、コアラ、ビビ、さらには船から戻って合流したレイジュとハックが、事の成り行きを静かに見守っていた。
「おい、海賊。ここへ来る間に、お前のことを少し調べさせてもらったよ」
マヤが鉄格子の前に立ち、ポケットに手を突っ込んだまま口を開いた。
「ドフラミンゴがインペルダウンに送られてから、抜け殻みたいな顔でシャボンディをウロウロしてるらしいな。あいつに何か、個人的な恨みでもあったのか?」
「……貴様に何がわかる!」
ローがガシャンと鎖を鳴らし、憎悪に歪んだ目でマヤを睨み上げた。
「あいつは……ドフラミンゴは、俺の大事な恩人(コラソン)を殺した男だ! 俺はあいつをこの手でぶっ潰すためだけに、13年間生きてきたんだ……! それを、貴様らが勝手に横から浚っていきやがって……!」
「……はぁ? ちょっと待て」
マヤが眉をひそめ、ローの言葉を遮った。
「お前、誰かに命を救われて、その『恩義』で動いてるつもりなのか?」
その瞬間、マヤの赤い瞳に、深い呆れと、底知れない静かな怒りが宿った。
「ふざけんなよ。その恩人って奴は、お前に『海賊になって人殺しの復讐をしろ』って言って死んだのか? 違うだろ。お前に『生きろ』って言って、命を繋いだんじゃねェのか?」
「……っ!!」
ローの息が、喉の奥で詰まった。
まるで13年前のあの日、雪の中でコラソンが自分にかけた言葉をそのまま見ていたかのような指摘に、ローの瞳が激しく揺れる。
「お前が持ってるその能力、本来は世界中のどんな難病でも治せる『医者』の力だろうが。命を救われた恩義があるなら、その力で目の前の病人を治して、一人でも多くの奴を笑わせるのが筋ってもんだろ! なのに、人を斬り刻んで、海賊気取って、復讐相手がいなくなったからって手近な海兵に八つ当たりか? ……お前のやってることは、恩返しじゃねぇよな?」
マヤの言葉が、逃げ場のない重みをもって地下牢に響き渡る。
「たしぎと真っ向勝負しないで楽しかったか? その能力に頼らないと、女剣士一人に勝てないのか?」
「そんなことはない……! 俺は、新世界の厳しさを教えるために!」
「あのよ。そんなのお前に教わる必要ないだろ? 海賊もどきがよ? 刀を抜こうとしてからの能力発動は、見事な騙し討ちだったな! いい見世物だったよ。あそこで、剣士としてはたしぎの勝利が確定した瞬間だったよ」
「負け惜しみだろ! 新世界じゃ、そんな甘いこと言ってたら通用しない! 正義だなんだと綺麗事を!」
必死に声を荒らげるローに、マヤは呆れたように首を振った。
「あのよ……そこが、海賊と海軍の決定的な違いなんだよ? 正義無くして騙し討ちしたら、それはただの海賊か、暗殺者だろ? たしぎは海軍だ。違うか? 海賊」
「…………」
ローが唇を噛んで黙り込むと、マヤの隣に立っていたたしぎが、真っ直ぐな瞳で一歩前に出た。先ほどまでの涙はもう拭われており、そこには誇りを取り戻した剣士の顔があった。
「次は油断しません。貴方がそのような海賊だと思わなかったからです。あのような立派な名刀を持ってるのだから、さぞ気高い騎士道をもっているのだと錯覚した、私の落ち度です、マヤ聖」
「偉いぞ、たしぎ。学習したな? 刀を持ってるからってよ、イッショウのような真っ直ぐな奴ばかりじゃないんだよ。海賊相手はなおさらってやつさ。特に、自分の力に溺れてる三下はそういうのばかりさ」
「なんだと……! お前達だって、裏路地で海楼石の手錠をいきなり嵌めやがったじゃねーか!」
ローがたまらず噛みつくと、マヤはキョトンとした顔で指を折って数えるような仕草をした。
「あのよ? お前は海賊、こっちは海軍、で、俺は天竜人だったな。そこわかりますか? 自分から能力で騙し討ちを仕掛けておいて、やり返されたら『不意打ちなんておかしい』って文句を言うのか? ……それに、さっきなんて言ったっけ? えーと、なんだっけ、CP10?」
「『弱い奴は死に方も選べない』です」
CP10が淡々と答えると、マヤは「あ〜それそれ!」と手を叩いた。
「そういうことだよ? お前が吐いた言葉が、そのままお前に返ってきただけだな? よかったな? あの戦いは、どう見てもたしぎの勝ちだからな? 相手を殴って終わり、切って終わりってのは海賊の理論だ。こっちはそうじゃない。わかるかい?」
マヤは一歩鉄格子に近づき、ローの目を真っ直ぐに見据えて言った。
「海軍はよ! お前達海賊が全力で殺しにこようが、自分の力をセーブして、相手を殺さないように捕縛しないといけないんだよ! わかるか? お前が安全な場所から能力遊びをしてる間も、たしぎは、お前をどう生かして捕まえるか、それだけを考えて真剣を振って動くんだよ! この重みの違いがわかるか?」
手加減をしながら生け捕りにする海軍の苦悩と、能力の初見殺しでイキっていた自分の浅ましさを突きつけられ、ローは完全に言葉を失って俯いた。
数秒の沈黙の後、マヤが肩をすくめてCP10を振り返った。
「……なんか、俺が聞いてばかりで、こいつ何も答えないんだけどなんなの?」
「あの、マヤ聖……たぶん、全部図星すぎて……何も言い返せないだけかと……」
「あの麦わらもそうだったけど、海賊ってのは自分にとって都合が悪くなると、すぐこれなのな。なんなの?」
「俺は……」
ローが掠れた声で何かを言おうとしたが、その先が続かない。
「もうだめかと……。完全に心が折れてますね」
「はぁ〜。せっかく貰った命と生きる意味を、復讐なんかに燃やすからそうなるんだよ。……たしぎ、後でまたCP10に訓練してもらえな? まだまだお前は強くなれる」
「ありがとうございます、マヤ聖!」
たしぎが力強く敬礼し、マヤと共に牢屋の出口へと向かう。
暗い檻の中に一人取り残されたローは、冷たい床に額を落とすようにうなだれた。
(……全部、俺に返ってきたか……)
コラソンに救われた命で、自分はいったい何をしていたのか。
そんなローの背後から、最後に牢屋を出ようとしていたCP10が足を止め、冷徹な声を投げかけた。
「お前、救いがないな……。今のこの海の情勢、全く読めてないんだろ?」
その一言に、ローの目がハッと大きく見開かれた。
ドフラミンゴを簡単に排除し、四皇すら動かさないこの天竜人の男が、今どれほど世界の中心を動かしているのか。それにすら気づかず、狭い復讐心の中だけで生きていた自分の矮小さに、ローはただ震えるしかなかった。
マヤとたしぎが地下牢の重い扉を抜けて廊下へ出ると、外で会話を聞いていたナミやロビン、ビビたちが一斉に駆け寄ってきた。
「たしぎちゃん! 本当に無事でよかったわ! 怪我はない!?」
「ええ、ナミさん、ビビさん……! マヤ聖のおかげで、この通りピンピンしております!」
女性陣がたしぎを取り囲んで温かく労わる中、少し離れた壁際で一部始終を聞いていたコアラとレイジュは、深く息を吐き、互いに顔を見合わせて微笑んだ。
「……本当に、敵わないお方ね。拳を一つも振るわずに、海賊の心を折って、傷ついた部下の誇りを完璧に救い上げてしまうなんて」
「はい、レイジュさん……。あの方の言葉には、20年分の本物の重みがあります。……私、マヤ聖についていくって決めて、心の底からよかったです!」
二人の瞳には、もはや一点の迷いもない深い心酔の光が宿っていた。