シャボンディ諸島に降り注ぐ陽光は、ヤルキマン・マングローブの巨大な樹冠を通り抜け、マヤの宮殿の庭園を柔らかく照らし出していた。
地面から湧き上がる無数のシャボン玉が、穏やかな潮風に乗って七色の光を放ちながら、青空へとゆっくり昇っていく。
トラファルガー・ローが宮殿の地下牢へと収監されてから、数週間の月日が流れていた。
外の世界では、王下七武海の陥落や革命軍参謀総長のインペルダウン収監という大ニュースが駆け巡り、海の勢力図が大きく揺れ動いている頃合いだった。
だが、この宮殿の敷地内だけは、まるで外の喧騒から切り離されたかのように、ただひたすらに平穏な時間が流れていた。
ある昼下がり。
白い大理石のテラス席で、氷を浮かべたトロピカルジュースを飲みながらくつろいでいたマヤの懐で、電伝虫のコール音が鳴り響いた。
新世界の海で麦わらの一味の動向を監視している、ガープ中将からの定期連絡だった。
「おう、ガープか。そっちはどうだ?」
『うむ、マヤ聖。あやつらには、あなた様から預かった一年分の航海資金を、「たまたま海で拾った」という体でなんとか渡しておきましたじゃ。……じゃがのう』
受話器の向こうから聞こえてくるガープの声は、どうにも歯切れが悪く、重苦しい響きを帯びていた。
『急に懐に余裕ができたせいか、あやつら「次は巨人の島エルバフがなんだ!」と、朝から晩まで船上で宴を開いて騒ぎ散らかしておりましてな……。本来なら手綱を握るはずの航海士も学者もおらん船で、理性のブレーキが完全に壊れた蛮族みたいになっておるのです。わしから見ても少し怖いというか、どこか不気味ですじゃ……』
「はぁ〜……金を持たせるとロクなことにならんな、あいつらは。まあ、一般の民に危害を加えない限りは勝手にさせておけ」
マヤが呆れ顔で受話器を置くと、同じテーブルで優雅に紅茶を楽しんでいたナミとロビンは、ピクリとも眉を動かすことなくカップを傾けた。
「私たちがいないと、ただの野蛮な食い逃げ集団だものね。自業自得よ」
「ええ。もう私たちの知ったことではないわ」
二人がすっかり冷めきった声で言い切る横で、マヤはふと思い立ったように、向かいの席に座っていたビビへと視線を向けた。
トットランドの一件でルフィたちへの未練を断ち切った彼女に対し、マヤは自分なりの善意と気遣いから、何気ない調子で口を開いた。
「そういえばビビ、お前もそろそろアラバスタへ戻るか? いつまでも天竜人である俺のところにいても、一国の王女として色々つらいだろ?」
ピタリ、と。
穏やかだったテラスの空気が、一瞬にして氷点下まで凍りついた。
「「……はっ?」」
ナミとロビンが同時にカップをソーサーに置き、冷ややかなジト目でマヤを睨みつけた。
壁際で腕を組んで控えていたCP10も、サングラスの奥で目を丸くし、呆れ果てたように声を上げた。
「いやいや、マヤ聖。今さらその発言はないんじゃないですか? むしろ、このままここに住ませてもいいんじゃないですかね……」
「え? いや、俺はビビがそろそろ故郷に帰りたいんじゃないかと思ってだな……」
乙女心の機微がまったく読めないマヤが、女性陣の無言の圧力にタジタジと弁解する。
当のビビ本人はというと、「えっ……あ、アラバスタに帰る……?」と目を白黒させていた。
ビビ自身、まだマヤに対して明確な恋愛感情とまでは自覚していなかった。
だが、誰も傷つかず、誰もが笑顔でいられるこの宮殿での生活に、彼女の心はすっかり馴染んでしまっていたのだ。朝起きれば温かい挨拶があり、美味しい食事が並び、夜まで他愛のない会話で笑い合える。
今さらこの居心地の良い場所から離れて砂漠の王宮に戻りたいかと言われると、胸の奥がチクリと痛むようで、彼女は頬を染めたまま俯いて考え込んでしまった。
そんなテラスのやり取りをよそに、少し離れた日陰のソファで書類をめくっていたレイジュは、頬杖をついて優雅にため息をついた。
「……なんだか、この穏やかな空気を見ていると、血生臭いヴィンスモーク家なんて無理に立て直す意味があるのかしら、って思えてくるわね。いっそのこと、このままここでマヤ聖の秘書にでもなろうかしら……」
北の海を震え上がらせた科学戦闘部隊の長女から、すっかり毒気が抜けた呟きが漏れると、彼女は手元の書類を整理し始めた。
一方で、テラスの下に広がる芝生の中庭からは、「ハァッ! タァッ!」という凛とした掛け声が絶え間なく響いていた。
たしぎである。
彼女は腰に『神鬼』と『時雨』の二本を差し、額に大粒の汗を浮かべながら、黙々と六式『月歩』と体術の反復練習を続けていた。
タンッ、タンッ! と、靴底が空気を蹴る鋭い音が鳴る。
数週間前までは空中でバランスを崩してばかりだった彼女の身体が、今は地上数メートルの高さを滑るように移動していた。
「よし、次はそこから死角へ回り込む動きだ! 覇気の集中を切らすなよ!」
「はいっ、CP10さん!」
テラスから降りてきたCP10の的確な指導を受けながら、たしぎは真剣な眼差しで空を駆ける。
ローに不覚を取ったあの日以来、彼女の鍛錬に対する熱量は凄まじいものがあった。二度とマヤに心配をかけず、大切な人たちの盾になるという強い決意が、彼女の剣士としての実力を日々引き上げていた。
その奥の巨大プールでは、しらほしが「今日もシャボン玉が綺麗です〜!」と深海と宮殿を行ったり来たりして水しぶきを上げている。
そんな中庭の眩しい光景をテラスの手すりから眺めていたビビは、自分の肩口――衣服の下に刻まれたマヤの紋章の上からそっと手を当てた。
そして、迷いを完全に振り払ったような明るい笑顔を咲かせ、マヤを振り返った。
「マヤ聖。さっきのお話ですけど……私、やはりもう少しだけここで厄介になりますね。せっかくこの『刻印』もつけてもらってますしね!」
マヤは目を瞬かせ、それから太陽のように笑う王女の顔を見て、優しく口元を緩めた。
「……変わったな、ビビ。いい笑顔だぞ?」
「はいっ!」
その頃、屋内のキッチンでは、エプロン姿のコアラが真剣な顔つきでティーポットと向き合い、お茶を淹れる練習を繰り返していた。
彼女はここ数週間、お茶の練習の合間に、地下牢に収監されているローの元へ最低限の食事と水を運ぶ役目を担っていた。
最初は、檻に近づくだけで「ドフラミンゴを殺すのは俺だ……!」と獣のように睨みつけ、荒い息を吐いていたローだった。
だが、二度、三度と食事を運ぶうちに、ローの様子は目に見えて変わっていった。
海楼石の手錠で能力を封じられ、薄暗い牢の中で一人きりで過ごす時間。
彼の脳裏に何度も蘇っていたのは、あの広場でマヤが傷ついたたしぎの頭を膝に乗せ、まるで赤子を慈しむように撫でていた光景だった。そして、『その恩人は、お前に海賊になって人殺しの復讐をしろと言って死んだのか?』という、魂の奥底を抉るようなマヤの言葉。
四日目の昼、コアラが階段を降りていくと、ローは檻の鉄格子に縋りつくようにして入口を見つめていた。コアラ一人の姿を見るなり、彼はハッとしたように息を呑み、ひどく落胆したように肩を落として壁際へと戻っていったのだ。
キッチンからテラスへと出てきたコアラは、マヤの前にティーカップを置きながら、少し眉をひそめて切り出した。
「あの、マヤ聖。地下牢の海賊のことなんですけど……最近、なんだか様子がおかしいんです」
「おかしい? 暴れてるのか?」
「いえ、逆なんです。最初の頃はすごく睨みつけてきたのに、ここ数日はお盆を持って階段を降りる足音が響くたびに、ハッとして顔を上げて扉を見るんです。まるで……誰かがここへ来てくれるのを、ずっと待っているみたいな目をしていて……」
誰を待っているのか、コアラにははっきりとは分からなかったが、その目がただの脱獄の機会を窺う海賊の目ではないことだけは感じ取っていた。
そこへ、港のドックへ行っていたハックが戻ってきた。
「マヤ聖。職人たちによる船のコーティングが完了しましたぞ。魚人島の海底監獄も受け入れ準備が整ったとのことです」
「そうか、ならちょうどいい。出航の前に、一度あいつに引導を渡しに行くとするか」
マヤが席を立つと、中庭で汗を拭っていたたしぎとCP10、そしていつの間にか分厚い書類バインダーを小脇に抱えたレイジュも後についた。
宮殿の地下奥深く。
松明の火が揺れる石造りの廊下に、複数の足音が響いた。
鉄格子の奥で膝を抱えて座り込んでいたローは、その足音を聞いた瞬間、弾かれたように顔を上げた。
ここ数週間、食事の量を絞られて頬は少しこけ、目の下には濃い隈が浮かんでいたが、その瞳だけは異様な光を帯びて入り口の扉へと向けられていた。
ギィ……と重い扉が開き、赤髪に赤い瞳の青年――マヤが姿を現した。
その後ろから、たしぎ、CP10、コアラ、レイジュが続き、扉のすぐ外にはナミやロビン、ビビ、ハックたちも静かに控えていた。
(……来た……っ!)
マヤの姿を見た瞬間、ローの疲弊しきった脳裏に、13年前の吹雪の中で自分を庇い、血塗れになりながらも不器用な笑顔で「生きろ」と語りかけてくれた恩人――天竜人であったドンキホーテ・ロシナンテの姿が、幻影のように重なった。
ずっと、この男が再び自分の前に現れるのを待っていた。
だが、いざ目の前に立たれると、13年間「死の外科医」として生きてきた海賊の意地と虚勢が、ローの喉元を締め付けた。
「……おい。お前、ドレスローザにいた革命軍の女じゃねェか……!? なんで天竜人の屋敷で、そんなエプロン姿なんかしてやがる……!」
ローはこみ上げる動揺を押し隠すように、わざと荒々しい声でコアラを睨みつけた。
コアラは怯むことなく、澄んだ瞳でローを見下ろした。
「私はもう、革命軍はやめたわ。自分の意志で、マヤ聖のところでお茶を淹れる練習をしてるの。……どちらが本当に世界と人を救っているか、自分の目で見て気づいたからよ」
「なんだと……!? 革命軍が、天竜人に心酔しただと……!? ふざけるな、俺たちは……」
「ええ。それとね、あなたに伝えておくわ。魚人島のさらに深い海の底に、悪魔の実の能力者専用の特別監獄が完成したの。あなたはこれからそこへ移送されるわ。……あなたが13年間恨んでいたドフラミンゴも、おもちゃの能力者と一緒にそこへ収監されるそうよ。同じ場所に入れてよかったわね?」
「なっ……!? ドフラミンゴも、その海底監獄にだと……!?」
ローの息が詰まる。そこへCP10が一歩前に出て、冷ややかな声を落とした。
「お前は新世界の厳しさを語る『強者』なんだろ? 海底一万メートルの海楼石の牢獄から、せいぜい自力で脱獄してみせろよ。……まあ、壁を壊した瞬間に水圧でぺしゃんこだけどな。脱獄、待ってるぞ?」
「くそっ……! 舐めるな、俺は……俺はコラさんのために……!」
まだ自分を正当化しようと鎖を鳴らすローの前に、たしぎが静かに進み出た。
その手には、自身の二本の刀とは別に、ローから没収した大太刀『鬼哭』が握られていた。
たしぎの瞳には、あの日広場で泣きじゃくっていた頃の弱さは微塵もなかった。毎日の鍛錬を経て誇りを取り戻した彼女は、檻の中の海賊を真っ直ぐに見据えた。
「最後に。貴方のような方を見誤った自分が、今はただ恥ずかしいです。刀を持つ者は皆『武人』であるという私の甘い解釈を、海賊相手には少し改める必要があると感じました。……そこに気づかせてくれて、ありがとうございます」
「……っ!」
「監獄まで護衛を共にしますので、それまで、この貴方の刀を眺めていてください。もう貴方の物ではないので、見納めだと思ってください」
たしぎの凛とした言葉が、ローの胸に鋭い刃となって突き刺さった。
マヤが嬉しそうに目を細め、たしぎの肩を軽く叩く。
「たしぎ、よくぞそこまで昇華した。少将にふさわしいぞ?」
「マヤ聖……まだまだです。精進いたします」
「良い成長してるぞ? たしぎ。それくらいの気構えでいないとな、なんせ海軍で、女性達の護衛筆頭だぞ? がんばってくれよ?」
CP10の労いにたしぎが力強く頷く横で、レイジュが手元の書類バインダーをパタンと閉じて言った。
「手続きの方は色々書類をまとめておきましたので、移送に関しては滞りなく行われると思います。日頃の食事制限のおかげですね」
「あれ!? いつの間に、秘書になってる!? さすがだけどびっくりだよ!?」
マヤが目を丸くしてレイジュにツッコミを入れた――まさに、その時だった。
檻の中で、ローの視線が、マヤに褒められて誇らしげに微笑むたしぎの姿に釘付けになっていた。
敗北し、弱さを認め、あのロシナンテと同じ魂を持つ男に導かれて真っ直ぐに成長した女剣士。
それに引き換え、自分はどうだ。ロシナンテに命を救われ、究極の医術を手に入れながら、13年間も復讐という名の言い訳に逃げ続け、能力頼りの騙し討ちでイキっていただけの浅ましい海賊。
そして、以前CP10が吐き捨てた『お前、救いがないな……今の情勢読めてないんだろ?』という言葉が、頭の中で雷のように炸裂した。
プツン、と。
ローの中で張り詰めていた最後の糸が、音を立ててちぎれた。
「……あ……う、うわあああああああああっ!!」
ローは突然、冷たい石の床に額を擦り付けるように突っ伏し、子供のように声を上げてボロボロと泣き叫び始めた。
「俺はっ……! 俺は、なんて浅ましい真似を……っ! 医者として進む道もあったのに……能力に頼って、恩人の顔を泥で汚して……っ! うわあああああっ!!」
鎖をガチャガチャと鳴らしながら号泣する死の外科医の姿に、牢屋の中の空気がピタリと止まった。
「……え? ちょ、なんだ急に!? CP10、お前なんか変なことしたか!?」
「い、いえ!? 俺は何もしてませんが……!」
マヤをロシナンテと重ねて悔いているローの内面など知る由もないマヤたちは、突然の号泣にただただ困惑して顔を見合わせた。
しばらくして、しゃくり上げながら顔を上げたローは、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔のまま、まるで神を仰ぎ見るような狂信的なまでの瞳でマヤを見つめた。
マヤは少し頬を引きつらせながらも、頭を掻いて一つの提案を口にした。
「……おい、お前、麦わらの一味の監視をしてこい。蛮族化しすぎて民に被害が出ないように見張ってろ」
「やります!! 今すぐ行かせてください!!」
「お前早いって! まだ話してるから! 最後まで聞け、落ち着けよ。な?」
食い気味に即答したローのあまりにも激しい変わりように、その場の全員が絶句した。
その奇妙な沈黙を破ったのは、刀を胸に抱えたまま小首を傾げたたしぎだった。
「あの、このままではこの刀、どうしましょう?」
刀大好きっ子ならではの、見事なまでに空気を読まない天然な一言だった。
「お、おう、そうだな。たしぎ、それは一回返してやれ。ちょっと状況が変わった。レイジュ、移送手続きだが少し変更する。その辺うまくやっておいてくれ。海軍の上に連絡するまでもない内容だしな。俺の牢屋にいるんだからな」
レイジュはローの異常な豹変ぶりに少しドン引きしながらも、「……わかりました」と小さく頷いた。
たしぎから鉄格子越しに『鬼哭』を返されたローは、それを抱きしめて再び感涙の涙をポロポロとこぼした。
「えーー、今の泣く要素あった?」
マヤは呆れたように息を吐き、それから真面目なトーンで続けた。
隣に立つCP10の背中には、かつて白ひげ海賊団の誇りであるタトゥーが刻まれていたが、今は白ひげ本人の許可を取った上で、息子を生かすための処置としてマヤの特別な刻印が重ねられている。マヤにとって、想いに応えて男に印を刻むこと自体は初めてではなかった。
「まーあれだ、お前に俺の保護下に入るという紋章だ。この意味は凄く重いぞ? そして権力としても使える。俺の保護下だと好き勝手もできる、だが、俺はそのことを許容はさせん。俺の所持品になるんだ」
ローは言葉も出さず、首がもげるほど激しく頷いた。
その鬼気迫る様子に、CP10がたまらずマヤの耳元に顔を寄せて小声で耳打ちした。
(マヤ聖……覚悟、決まりすぎてないですか? なんでですかね? だけど本心からのようですが……)
(そうだな……だが俺はその理由は興味ないが……)
マヤは小声で返し、咳払いをしてローに向き直った。
「さて、紋章を刻むんだ、そして、男所帯に行けば上着を脱ぐこともあろう。隠して着替えるのもおかしいだろうからな。その紋章、気づかせろ。あえて、それをやれ。いいな? 自然に脱いでやるんだ」
その指示を聞いた瞬間、それまで何でも受け入れる顔をしていたローが、少しだけ眉をひそめて顔をしかめた。
「って、俺なんか、アホな命令してない? なにこれ……。そうだよな、見せろっていうのキモいからその顔になるのわかるぞ?」
「お言葉よろしいでしょうか?」
急にかしこまったローの言い回しに、マヤは「え……」とさらに困惑しながらも頷いた。
「許可する。なんだ?」
「その、見せるのはいいんです。ただ、せっかくつけてもらった刻印を見せたくないというか、ひけらかしたくないんです。それに、あのような連中に見せびらかすのはマヤ聖の汚名になるかと……」
あまりにも重すぎる忠誠心に、たしぎの眼鏡がカクンとずれ落ちた。
レイジュも額に手を当てて眼鏡をおさえ、コアラもなんとも言えない引き気味の顔で一歩後ろへ下がった。
ただ一人、CP10だけがサングラスの奥で深く頷いていた。
(わかるぞ……その気持ち。ナミとロビンは見せたいタイプだが、男は見せたくないってなるな、俺もそうだ!)
「そうか、俺のことを考えてか、それでいい。お前の潜入がさらにうまくいくだろ? こう言え、マヤ聖に無理やり刻まれたとな。そして放牧されたとな」
「それは絶対に言えません……! それだけは勘弁してください……無理やりではないのですから、うまく言いますので、それだけは……!」
再びボロボロと泣き出してしまうローを見て、マヤは遠い目をした。
「……まかせるよ……」
マヤは気を取り直すように振り返り、たしぎとコアラへと視線を向けた。
「それと、たしぎ、お前も魚人島で、海軍の連中もいる前で、刻印を刻む。その後コアラだ。向こうにはイッショウもいる、ネプチューン王もいる、全員に見届け人になってもらえ。海軍少将だしな、そのくらいの見届けの規模でいいだろう。そしてローよ、俺達は忙しくてな、これから魚人島へ行く。お前は連れていけない、牢屋で待機だ、いいな? 食事は普通のもんをメイドに三食届けさせる。よいな?」
「ありがとうございます。マヤ聖」
ローは深く頭を下げ、感極まったように肩を震わせた。
そして何を思ったか、彼は鉄格子の奥で姿勢を正し、自分がなぜここまで心変わりしたのかを切々と語り始めた。
「……俺は13年前、不治の病で死にかけていたところを、ある男に救われました。ドンキホーテ・ロシナンテ……かつて天竜人でありながら、俺を生かすために全てを犠牲にしてくれた恩人です」
静かな地下牢に、ローの懺悔の声が響く。
「あいつは俺に『生きろ』と言って命を繋いでくれたのに、俺はその遺志を履き違えて、13年間ずっと復讐だけに命を使ってきました。……ですが、マヤ聖が傷ついたたしぎ少将に寄り添い、癒やす姿を見た時、俺の中にロシナンテの姿が重なったんです。俺が本当にやるべきだったのは、海賊として人を斬ることじゃなく、救われたこの命と医術で、誰かを救うことだったんだと……ようやく目が覚めました」
全てを吐き出し、スッキリとした顔で頭を下げるローを見下ろし、マヤは静かに頷いた。
「そうか……恩に報いろよ? そうさな、たしぎの相手を、魚人島から戻ったらしてもらう。不意打ちもしてもいいぞ。今のたしぎに甘えはない」
「わかりました。手加減もしません……」
「望むところです!」
ローとたしぎが互いに鋭くも澄んだ視線を交わす。
マヤは踵を返し、地下牢の出口へと向かいながら、肩越しにローへ最後の言葉をかけた。
「そのままならドフラミンゴと同じ牢になってたかもだが、よく悔い改めたな」