シャボンディ諸島、第七十一番グローブ。
海からの潮騒が遠く聞こえる静かな夜、マヤの宮殿の広大な一室は、甘い熱気と微かな緊張感に包まれていた。
シャボンディ諸島の宮殿の一室。
日の光がさんさんと降り注ぎ、色とりどりの花々が飾られた優雅なテラスサロンで、ささやかな「女子会」が開かれていた。
そこには、晴れてマヤと結ばれたばかりのナミとロビンの二人に加え、ビビ、たしぎ、コアラ、レイジュ、シロップ村から引き取られたばかりのカヤ、そして――フーシャ村からマヤによって連れてこられたばかりのマキノの姿もあった。
マキノは少し前まで、イーストブルーの小さなフーシャ村でたった一人、店を切り盛りしながら「ワンオペ」で懸命に子供を育てて暮らしていた。
そんな彼女を、マヤは「子供を産ませておいて自分は気ままに海賊をやっている赤髪の男を許さない」という強烈な義憤と、「母親と子供が安心して暮らせる環境を作るのは為政者の義務だ」という圧倒的な実務主義から、半ば強制的に――しかし極めて誠実に口説き落として――この宮殿へと保護したのだった。
「マキノさん、初めての場所で緊張していませんか? ここなら誰もあなたと可愛いお子さんを脅かしたりしませんから、安心してくださいね」
ロビンが優しく微笑みながら、マキノの手元に温かいハーブティーを置いた。
「ありがとうございます、ロビンさん……。本当に、夢を見ているみたいです。フーシャ村であんなに慌ただしくお店を切り盛りして、夜中に一人で不安に震えていたのが嘘のようで……」
マキノは優しく微笑みながら、腕の中に抱いた赤ん坊の背中をトントンとあやしている。
「それに、この宮殿の設備には本当に驚かされました。カヤちゃんのために用意された医療区画も見せていただきましたけど、あんなに清潔で最新の器具が揃った病院、東の海のお城にだってありませんよ」
「はいっ! 私もまだ信じられないくらいです……!」
話を振られたカヤが、膝の上で両手を握りしめて目を輝かせた。
「世界中の貴重な医学書が図書館みたいに並んでいて、しかもベガパンク博士という方の基礎データまで閲覧できるなんて……。マヤ聖は『好きなだけ学んで、いつかお前の村の連中も救ってやれ』って仰ってくださいました。私、絶対に立派なお医者様になって、このご恩をお返ししたいんです!」
「ふふ、マヤ聖は本当に『未来への投資』に関しては一切惜しまない方だからね。……もっとも、ご本人は自分がどれだけ世界を動かしているか、いまだに無自覚なところがあるけれど」
専属秘書のレイジュが、優雅に足を組み替えながら苦笑混じりに言葉を継いだ。
「ここ数日だけでも、魚人島の深海監獄の稼働報告に、アラマキ少将によるゴア王国の体制刷新、それにトットランドとの交易ルートの拡大……。さらには、あの『死の外科医』をスパイとしてとある場所へ送り込んで手綱を握るなんて、普通の政治家が一生かけてもできない盤面を、たった一人で回していらっしゃるのよ」
「ローさんが潜入した件ですね……。ガープ中将からの報告では、今のあの一味はかなり荒れているようですが、ローさんが内側から抑えてくれれば、一般の島々への被害は防げるはずです」
護衛として控えていたたしぎが真剣な表情で頷き、すぐにお茶を淹れ直していたコアラも続いた。
「うんうん。革命軍にいた頃は、力ずくで国をひっくり返すことばかり考えてたけど……マヤ聖みたいに、泣いてる人を一人ずつ拾い上げて、気がついたら世界中が笑顔で繋がってるなんて、タイガーさんもきっと空の上でびっくりしてるわよ」
最初は現状の整理や今後の真面目な展望について語り合っていた彼女たちだったが――。
ふと、ナミとロビンが顔を見合わせ、艶やかな溜息を漏らしたことで、優雅なサロンの空気は別の意味で異様な熱気を帯び始めた。
「……でもね、マキノさん、みんな……!」
ナミが顔を真っ赤に染めながら、しかし妙に真剣なトーンで身を乗り出した。
「私、言っておくけど……政治や普段の優しさもすごいけど、マヤの『夜』は、ちょっと……すごすぎたわ……!」
「っ……! ナミ、そんな大きな声で……!」
ロビンも耳まで紅潮させ、扇子で口元を隠しながらも、否定はせずに小さくうなずいた。
普段の知的で余裕たっぷりな彼女からは想像もつかないほど、その瞳は熱っぽく潤んでいる。
「そうよ、本当に……。普段は私たちに押され気味で照れてばかりいるくせに、いざベッドに入ったら、あんなの反則だわ……。二十年間、過酷な環境で鍛え抜かれた身体と精神力っていうのかしら……底なしの体力で、一晩中、頭が真っ白になって名前を呼ぶのがやっとだったんだから……。ぱん、ぱんって、あんなに激しい音が部屋中に響くなんて思わなかったわよ……!」
「ロ、ロビンだって、途中からマヤの手を握りしめて『マヤ、マヤ』って泣きっぱなしだったじゃない!お互い 次の日の朝、二人とも腰が抜けて指一本動かせなかったのに、あの人だけケロッとした顔で『おはよう、よく眠れたか?』って頭を撫でてくるのよ!? あれはもう、怪物よ……!」
正妻二人によるあまりにも生々しく赤裸々な初夜の告白。
その破壊力に、サロンの中は大混乱に陥った。
「ひゃっ……!? あ、あわわ……っ!」
ビビは真っ赤になった顔を両手で覆い、指の隙間から目を白黒させている。
「げ、下品ですっ! 破廉恥ですっ!! ……で、でも、その、護衛の参考までに、どれほど凄まじかったのかは気になりますっ……!」
たしぎは愛刀の柄を握りしめたまま、頭から湯気が出そうなほど赤くなって悶えている。
レイジュは妖艶な笑みを浮かべながら紅茶のカップを傾けつつも、その指先はわずかに震えており、コアラは「えーっ!? マヤ聖って普段あんなに落ち着いてるのに!? ぱ、ぱんって、どういうこと!? 二人相手にしてケロッとしてたの!?」と目を丸くして大騒ぎしていた。
そしてカヤは、おっとりとした箱入り娘でありながらも、大人たちの未知の世界の話に圧倒され、頬を染めてぽかんと口を開けていた。
そんな中、若い娘たちの騒ぎを聞きながら、マキノはわずかに頬を染め、ふっと柔らかく微笑んだ。
「ふふっ、みなさん、お若いですね……。でも、お二人がどれだけ深く愛されたのか、お顔を見ればよくわかりますわ」
「ちょっと、マキノさんまで余裕そうに笑わないでくださいよ! 本当にすごかったんですから!」
ナミが頬を膨らませて抗議すると、マキノは少しだけ遠い目をして、フーシャ村の酒場でマヤに口説かれた時のことを思い出した。
一人で子供を抱え、いつ帰るとも知れない男を待ち続けてすり減っていた心。
あの時、マヤは涙を拭い、力強く自分を抱きしめてこう言ってくれたのだ。
――『俺は、愛する人を絶対に悲しませたくない。子供を作るなら、毎日一緒に過ごして、同じ屋根の下で生活して笑い合いたいし、子供の成長だって一番近くで見たい。俺のところへ来い、二人とも絶対に守ってやる』と。
冷徹なまでの権力者でありながら、誰よりも母親と子供の尊厳を理解し、真っ直ぐに自分を求めてくれたマヤの熱い瞳。あの言葉に、マキノの凍りついていた心はどれほど救われたことか。
「……実はね」
マキノは赤ん坊の頬を優しく指先で撫でながら、少しだけ声を潜めて言った。
「マヤ聖って、普段はあんなに淡々として実務的な顔をなさっているのに……女性を安心させるときは、ずるいくらいにあたたかい言葉をくださるんです。……私もあの時、胸を貸していただいて、不覚にも胸が熱くなってしまいましたから」
「「「え……!?」」」
ナミ、ロビン、そして他の少女たちの視線が、一斉にマキノへと突き刺さった。
「マキノさん、もしかして……もう何かあったんですか!?」
「い、いえっ! まだ何も……! 私はただ、こうして一時的に守っていただいている身ですし、こんな子持ちの年上なんて……!」
マキノは慌てて手を振ったが、その頬の赤みと、潤んだ瞳は隠しきれていない。
それを見たロビンが、ふふっと意味深に微笑んで扇子を閉じた。
「あら、マヤ聖が『一時的』なんて軽い気持ちで、わざわざ東の海から女性を連れてくるはずがないわ。それにね、マキノさん……あの方、年上の包容力がある女性には、意外とすごく弱いのよ?」
「そうよ! 船の中でだって、マヤのやつ、マキノさんの境遇を思い出して本気で怒ってたんだから! これからのこと考えたら、マキノさんがこの宮殿のお姉さんとしてずっといてくれた方が、マヤも絶対喜ぶわ!」
ナミとロビンに背中を押され、マキノが「えっ、ええ……?」と戸惑いながらも、まんざらでもなさそうに赤ん坊を抱きしめる。
すると、それを見ていたレイジュが、すっとカップを置いて立ち上がった。
「……どうやら、ウカウカしてはいられないようね。ナミさんとロビンさんが先陣を切った以上、次は『専属秘書』である私が、執務室のベッドでマヤ聖の疲れを癒やす番かしら」
「ちょ、ちょっと待ってくださいレイジュさん! 順番で言うなら、背中と命を預かっている護衛筆頭の私が……っ、い、いえ、今のは違くてですね!?」
「あーっ、たしぎちゃんもついに本音が出たわね! なら私も負けてられないわ、美味しいお茶とお菓子で胃袋から掴むんだから!」
「わ、私も……アラバスタの王女として、マヤ聖とより深い同盟を……っ!」
「あ、あの、私もいつか一人前のお医者様になったら、マヤ聖のお身体を一番近くで診察できるように、頑張ります……!」
すでにマヤに対してそれぞれの想いや恩義、そして深い愛を抱いていた彼女たちの胸の内で、共通の感情が静かに、しかし確実に燃え上がっていた。
(マキノさんまで、そんな潤んだ目をされたら……!)
(いつか、私たちも絶対に……!)
言葉には出さなくとも、サロンにいる全員の視線が熱く、そしてどこか楽しげに交差する。
当のマヤ本人が執務室で書類と格闘しているとも知らず、彼という絶対的な太陽を中心として、宮殿の女性陣による「強固で甘美な包囲網」が、今まさに音を立てて完成しつつあったのである。