どぶさらいと天竜人と海賊   作:マイナーチョコ

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第46話:抗えない血脈

 

 

四皇カイドウが嵐のようにやってきて、そしてスッキリとした顔でワノ国へと帰ってから数日後のことだった。

 

シャボンディ諸島の宮殿の応接室には、少し張り詰めた静寂が流れていた。

高い天井から吊るされたシャンデリアが柔らかな光を落とす中、マヤの向かいのソファに座っていたのは、先日映像電伝虫越しに顔を合わせたばかりの女性――エッグヘッドの研究所でDr.ベガパンクの秘書兼護衛を務める、ステューシーだった。

 

彼女は白い華やかな帽子を脇に置き、完璧な所作でソファから立ち上がると、マヤの前に進み出て深々と頭を下げた。

 

「マヤ聖。本日はアポイントメントもなしに、エッグヘッドから直接押しかけてしまい申し訳ございません。ですが、この件だけは決して通信越しではなく、長年の最大の出資者であるマヤ聖の御前で直接お伝えし、謝罪せねばならないと判断いたしました」

 

普段の妖艶な笑みを完全に封印し、真剣そのものの表情で差し出されたのは、『最高機密(TOP SECRET)』の赤い印が押された一冊の黒いファイルだった。

マヤの後ろには、専属秘書のレイジュと護衛のCP10、そしてナミ、ロビン、たしぎが控えている。

 

「直接来るってことは、よっぽどの話だな。……なんだ、このファイルは?」

 

マヤがファイルを受け取ってページをめくると、そこには背中に黒い翼と炎を宿した、子供たちの姿をした異形の兵器の設計図が描かれていた。

しかもその顔立ちは、ハンコックやミホーク、くまといった王下七武海の幼少期の姿に酷似している。

 

「……おい、ステューシー。これはなんだ?」

 

マヤの声が、わずかに低くなった。

ステューシーは一切の言い訳をせず、真っ直ぐに事実を告げた。

 

「サターン聖の極秘命令により、ベガパンク博士が設計を進めていた新型パシフィスタ――『セラフィム計画』の初期設計図です。王下七武海の血統因子(グリーンブラッド)と特殊種族の能力を掛け合わせ、子供の姿をした史上最強のクローン人間兵器を造り出す計画でした」

 

「なっ……! こ、子供の姿のクローン兵器ですって……!?」

 

ナミが息を呑み、レイジュも自身の過去と重なる忌まわしい計画に眉をひそめた。

しかし、ステューシーはすぐに言葉を継いだ。

 

「ですが、ご安心ください、マヤ聖。この計画は二年半前……あの日、シャボンディでマヤ聖がくまさんの異変に気づき、センゴク元帥を通じてボニーちゃんの治療費を全額支払ってくださった、まさにその日に『完全破棄・永久凍結』いたしました」

 

「……二年半前に?」

 

「はい。くまさんを人間兵器に改造しようとしたサターン聖のやり方に、マヤ聖がどれほど不快感を抱かれたか……センゴク元帥からの連絡で博士も私も痛感いたしました。『もしこのまま、心を持たない子供のクローン兵器などを造っているとマヤ聖に知られたら、本当にやばいことになるぞ』と。そのため、培養槽はただの一つも稼働させず、データもすべて消去しております。……ですが、一時とはいえマヤ聖からの研究資金が流れる研究所でこのような計画が存在していたこと、誠に申し訳ございませんでした」

 

ステューシーは再び深く頭を下げた。

造られた命(クローン)である彼女自身にとっても、自我のない子供の兵器を量産する計画は悪夢そのものだったのだ。

 

マヤはファイルをパタンと閉じると、深い溜息をついて天井を仰いだ。

 

「……あのリンゴ野郎、サターンに言われたからって、そんな胸糞悪いことまで考えてやがったのか。……レイジュ、エッグヘッドの直通回線を繋げ」

 

「かしこまりました、マヤ聖」

 

レイジュがテーブルの電伝虫を操作すると、数回のコールの後、ベガパンクの呑気な声が響いた。

 

『おお、マヤ聖か! どうしたんじゃ、ステューシーならそっちへ――』

 

「おい、リンゴ野郎。今ステューシーから『セラフィム』の設計図を見せてもらったぞ。お前、人の金をなんだと思ってやがるんだ?」

 

『ひぃぃぃぃっ!? ま、待ってくれマヤ聖!! 違うんじゃ、あれはサターン聖がどうしてもと脅してきて、渋々紙の上に図面を引いただけじゃ!!』

 

電伝虫の顔が滝のような冷や汗を流し、目を白黒させて必死に弁明を始める。

 

『ボニーを治した時点で、こんなもんを造ったらマヤ聖に殺されると思って、わしの判断で即座にシュレッダーにかけて燃やしたんじゃよ! ほんまに一体も造っとらん! 細胞ひとつ培養しとらんのじゃーっ!!』

 

「……ほんとだな? どこかの地下室にこっそり隠してるとかじゃねェだろうな?」

 

『神に誓って完全に破棄しておるわい! わしだって、子供の姿の兵器なんか造りたくなかったんじゃ!』

 

ベガパンクの必死の叫びに、マヤは「心の声」に嘘がないことを感じ取ると、ふっと肩の力を抜いて口元を緩めた。

 

「……そうか。ならいい。もしお前が本当にこれを造って動かしてたら、いくら長年の付き合いでも、俺が直接エッグヘッドに乗り込んでお前ごと研究所を潰してるところだった。……だが、二年半前に自分の判断で踏みとどまって、こうしてステューシーを直接よこして正直に報告させたんなら、今回は不問にしてやる。よくやめたな、じじい」

 

『う、ううっ……ありがたい……! 肝に銘じて、これからも平和なインフラ開発だけに邁進するわい……!』

 

ガチャリ、とマヤが受話器を置き、目の前のステューシーへと向き直った。

 

「そういうわけだ。顔を上げろ、ステューシー。わざわざ直接足を運んで誠実に対応してくれたことには礼を言う。クローン人間なんてのはな、お前やレイジュみたいに、自分の心を持って普通に生きて笑ってるだけで十分なんだよ」

 

「っ……! マヤ聖……!」

 

自分の存在そのものを当たり前のように肯定されたステューシーは、感極まったように胸元を押さえ、潤んだ瞳で熱い吐息を漏らした。

隣に立っていたレイジュも、誇らしげに微笑んで頷いていた。

 

しかし、その穏やかな空気は、宮殿の正面ゲートから響いてきた騒々しい足音によって破られた。

 

「――マヤ聖! 聖地マリージョアより、使者の方々が到着されました! それが、その……神の騎士団の最高司令官、フィガーランド・ガーリング聖と、CP0の一団です!」

 

門番の兵士からの緊迫した通信が入るなり、応接室の重厚な両開きの扉が、ノックもなしに外側からバンッ! と乱暴に押し開けられた。

 

カツ、カツ、カツ……。

軍靴の硬い音を響かせて最初に入ってきたのは、特徴的な三日月型の髪と髭を蓄え、サングラスをかけた長身の老人――神の騎士団の最高司令官、フィガーランド・ガーリング聖だった。

そしてその後ろには、純白のスーツとマントを身に纏い、仮面をつけた諜報部員たち――ロブ・ルッチ、カク、ジャブラ、ブルーノ、カリファといった、かつてCP9に所属していた面々が、天竜人直属の『CP0』としてズラリと付き従っていた。

 

この世界では、一枚岩となった海軍本部が世界中の凶悪犯罪を早期に鎮圧してしまったため、エニエス・ロビーの一件以来、彼らが裏社会で手柄を立てて成り上がる機会はなかった。ただ、マリージョアでのガーリング聖たちの雑用や護衛の頭数が足りなかったために、横滑りで「CP0」という白い服と肩書きだけを与えられた連中だった。

 

「ふん、ここがお前の下界の根城か、マヤ聖。天竜人の身でありながら、相変わらず泥臭い空気を纏っておるな」

 

ガーリング聖は傲慢に顎を上げ、後ろのルッチに目配せをして、サターン聖からの『詫び資金の目録』をテーブルの上へと無造作に放り投げさせた。

ガーリングは、先日のパンゲア城でマヤがイムとどのような会話を交わしたのか――二人が奇妙な「悪友」であることなど全く知らない。ただ、「マヤがサターン聖の不正を告発したせいで、サターンが失脚して隠居させられた」という表面的な事実だけを聞きつけ、若造のマヤが図に乗っていると苦々しく思っていたのだ。

 

その時だった。

ガーリングの後ろに並んでいた白い仮面の男――ロブ・ルッチとカクたちの視線が、マヤの両隣に座る二人の女性――ニコ・ロビンとナミの姿を捉えた。

 

「……ッ!?」

 

ルッチの肩に乗っていたハトがピクリと震え、ルッチの仮面の奥の瞳に、かつて取り逃がした獲物を見つけた肉食獣のような、冷たくドス黒い『殺気』がギラリと宿った。

カクやジャブラたちの指先も、無意識のうちに暗殺体術『六式』の構えへと動きかける。

 

だが、ソファに座るマヤは、眉一つ動かさず静かに紅茶のカップを傾けたままだった。

マヤが動くまでもなかった。マヤのすぐ後ろに控えていた女性護衛筆頭――たしぎ少将の研ぎ澄まされた見聞色が、ルッチたちのわずかな殺気をコンマ一秒で察知していたからだ。

 

スッ、とたしぎが一歩前へと踏み出し、ロビンとナミの前に立ち塞がるようにして、左腰の『妖刀神鬼』の鯉口を親指でチャキッと切った。

 

「――そこまでです、CP0。それ以上、マヤ聖の公式な婚約者様方に不躾な視線と殺気を向けるのであれば、たとえ天竜人直属の盾といえど、この場で私が斬り捨てます」

 

凛とした声と共に放たれた、元七武海のローすら完封した圧倒的な剣圧と覇気。

ルッチやカクたちは「なっ……!?」と息を呑み、背筋に氷柱を突き立てられたような錯覚に陥って思わず半歩後ずさった。

 

「ほう……面白い冗談だ、小娘。だが、ちょうどいい」

 

ガーリング聖は腰のサーベルの柄に手を置き、冷酷な目でマヤとロビンたちを見下ろした。

 

「わしが今日わざわざ下界まで降りてきたのは、まさにその件よ、マヤ。サターン聖の失態を突いて少しばかり発言力を得たからといって、いい気になるなよ? あろうことか、純血の天竜人であるシャルリア宮をすぐ傍に放置しておきながら、下界の卑しい元海賊の女どもを『公式な婚約者』として迎え入れるなど……! 造物主たる『神の基準(血の純潔)』を汚す大罪だ! 神の騎士団の最高司令官として、そのような汚らわしい婚姻は断じて認めん!」

 

部屋中に響き渡る、選民思想の塊のような怒声。

しかし、それを受けたマヤは、覇気を向けることすらせず、ただ心底退屈そうにカップをソーサーに戻して頬杖をついた。

 

「……へぇー、そうかい? 『神の基準』ねえ。おいガーリング、あんた自分の胸に手を当ててよく考えてみろよ。あんた自身、三十八年前のゴッドバレーで、下界の赤髪の女に手を出して双子を産ませた張本人だろ?」

 

「なっ……!? き、貴様、なぜそのことを……!!」

 

ガーリングの顔色がサッと変わった。

マヤは冷ややかな赤い瞳で、目の前の老人の矛盾を容赦なく抉り出していく。

 

「自分の都合で下界の女を孕ませておきながら、妻としても扱わずに用済みとして殺し、産まれた双子はどうしてるのかね?言わないでおいてやるがよ?一族の不祥事もまとめられねェで、自分で『神の基準』とやらを大崩壊させてる張本人が、どの口で俺の結婚にケチつけてんだ?」

 

「ぐっ……! あ、あれは若気の至りというか、下界の女などただの道具に過ぎん! 正式な婚姻などとは次元が違うわ! 我ら天竜人には、世界を統べる気高き『誇り』があるのだ!」

 

「へぇー、そうかい? じゃあ聞くがな、その『誇り』とやらで、お前らはこれまで何をしてきたんだ? 下界の民に何か一つでもしてやったのか?」

 

マヤは一切の感情を込めず、ただ事実だけを淡々と突きつけた。

 

「それともなにかい? 下界の民がいなくても、天竜人だけの世界で生きていけるとでも本気で思ってるのか? なら、今から手配して、お前らフィガーランド一族だけで隔離して誰もいない『荒地』をくれてやるから、そこで自分たちで鍬を持って畑耕して生活してみろよ? 民なくして権威なんてものは生まれないんだよ。わかるか? 天竜人、天竜人って、どいつもこいつもうるさいんだよ。……なんならお前ら、今度から荒れた深海で、誰にも頼らず自分たちで魚獲って食糧確保したりしろな? すぐに手配してやるからよ。ほら、何か反論は?」

 

「ぐ、ぐぬぬぬ……っ! き、貴様ァ、神の騎士団のわしに向かって、畑を耕せだと……!?」

 

ガーリングが屈辱と怒りで全身を震わせる。

その後ろにいたルッチもまた、プライドを傷つけられたように一歩前へと出て、冷たい声で口を挟んだ。

 

「……マヤ聖。いくらあなたが天竜人といえど、そのお傍にいるニコ・ロビンは、かつて世界政府に牙を剥いた『悪魔の子』という過去の罪人。そして我々は世界政府の最高諜報機関『CP0』です。ガーリング聖の御前において、そのような暴言は――」

 

ルッチが過去の罪や自分たちの肩書きを持ち出した、その瞬間だった。

それまで退屈そうに頬杖をついていたマヤの瞳から、スッと光が消え、絶対零度の冷気が部屋中に充満した。

 

「……過去だなんだ、肩書きがなんだと、まだ抜かすか」

 

マヤがゆっくりとソファから立ち上がった。

自分のことはどれだけ馬鹿にされても構わない。だが、自分の宮殿まで土足で乗り込んできて、ナミやロビンの過去を蒸し返して脅かしたことは、マヤの逆鱗に完全に触れていた。

 

「いいぜ、そこまで力と肩書きが全てだって言うんならよ、お前たちのやり方でやってやろうか? ガーリング」

 

「……なんだと?」

 

「お前たち全員で、俺の護衛である『CP10』と『たしぎ』の二人とやれ。もしお前らがその二人に勝てれば、今の話は全部聞かなかったことにしてやるし、俺の婚約者への不敬も見なかったことにしてやる。……ただし、ここじゃ絨毯が血で汚れるから、場所を海岸の演習場に移そうか? お前ら、全員死ぬ覚悟しろよ?」

 

マヤは氷のような目でガーリングたちを見据えたまま、隣に立つCP10とたしぎにだけ聞こえる声で静かに告げた。

 

「CP10、『メラメラ』を使うのを許可する。たしぎも『月歩落とし』の制限を解け。連発していいぞ」

 

その指示を聞いた瞬間、CP10とたしぎはマヤが何をさせようとしているのかを瞬時に理解し、思わず顔を見合わせた。

(……おいおい、マヤ聖、本当にやる気ですか? 俺の炎とたしぎのあれを組み合わせるって……まじでこいつら、殺す気ですか?)

(は、はいっ……! 私も同感です、あれを逃げ場のないところで連発したら、本当に死人が出てしまいますが……!)

 

二人の躊躇を感じ取ったマヤは、冷酷なまでに静かな声で返した。

 

「構わん。なんせあいつら、それだけの覚悟が決まってるんだろ? 俺の宮殿まで勝手に来て、俺の大切な女たちの前で啖呵を切ったんだ。そうだろ? ガーリングと、その半端なCPどもよ。……俺はな、名前を覚える必要のない奴には、最初から興味がないんだよ」

 

「……ハッ。たかが護衛の男一人と、海軍の小娘一人の、計二人だけでわしら全員の相手をするだと? 面白い、吠えたな小僧!! 神の騎士団の剣と、CP0の力をその目に焼き付けてやるわ!!」

 

ガーリングが激昂してマントを翻し、ルッチたちも不敵な笑みを浮かべて宮殿の外へと向かった。

 

十数分後。

宮殿の敷地外れにある、誰も立ち入らない広大な岩場の海岸線。

打ち寄せる波の音だけが響く中、ガーリング聖とCP0の七人(ルッチ、カク、ジャブラ、ブルーノ、カリファ、クマドリ、フクロウ)と、向かい合うCP10とたしぎの二人が対峙していた。

少し離れた高台の岩の上からは、マヤとロビン、ナミ、レイジュ、ステューシーたちが静かに戦況を見下ろしている。

 

「一気に片付けるぞ、カク。天竜人とはいえ、死なない程度に四肢をへし折れば文句はあるまい」

 

「うむ、手加減はなしじゃ!」

 

ゴオオオオッ!!

ルッチとカクの全身が膨張し、それぞれ巨大な豹(レオパルド)と麒麟(ジラフ)の獣人型へと変貌した。しかもただの獣人型ではない。彼らの肩口からは、悪魔の実の能力を極限まで引き出した証である『黒い炎のような羽衣』がゆらゆらと立ち昇っていた。動物系(ゾオン)の『覚醒』フォルムである。

 

「「剃(ソル)ッ!!」」

 

地面を爆発させるような超スピードで、覚醒したルッチとカク、さらに狼に変身したジャブラたちが一斉にたしぎへと襲いかかった。

 

「遅いですッ!!」

 

カァァァァンッ!!

たしぎが抜き放った漆黒の『妖刀神鬼』の一閃が、覚醒ルッチの『指銃・斑』とカクの『嵐脚』を、片手のまま真っ向から弾き飛ばした。

 

「なっ……!? 覚醒した俺たちのスピードとパワーを、刀一本で押し返しただと!?」

 

ルッチが驚愕に目を見開いた瞬間、たしぎは一度鞘に収めた神鬼を、「シャーーー……」とあえてゆっくりした動作で再び抜刀した。

ポン、ポン、ポンッ! と刀身から放たれた無数の桃色の光の玉が、自動追尾でルッチたち全員の顔面へと吸い込まれ、ドパァンッ! と華やかな目眩ましの煙幕花火となって炸裂した。

 

「ぐあっ!? な、なんだこの煙幕は!? 視界と気配が……!」

 

ルッチたちが一瞬ひるんで一箇所に固まった、まさにその刹那。

隣に立っていた黒服の男――CP10が両手の特殊グローブを脱ぎ捨て、地面へと片手をついた。

 

「悪いな、お前ら。うちの主(マヤ聖)を本気で怒らせた報いだ。……『炎戒(えんかい)――火柱(ひばしら)』ッ!!」

 

ゴォォォォォォォッ!!

轟音と共に、ガーリング聖とCP0全員の周囲をぐるりと取り囲むようにして、天を衝くほど巨大な紅蓮の炎の壁が噴き上がり、彼らを直径十メートルほどの狭い円の中に完全に閉じ込めた。

 

「なっ、この圧倒的な熱量……自然系(ロギア)『メラメラの実』の能力だと!?」

「ば、馬鹿な! あの能力は二年半前に死んだ白ひげ海賊団の『火拳のエース』の力のはず……! まさかマヤ聖が、再生した悪魔の実を裏で回収して直属の護衛に食わせていたのか!?」

 

ガーリングとルッチたちが、CP10の正体に気づかぬまま驚愕の声を上げる。

しかもその炎は、マヤから直接「気の練り方」を指南され、「大切な主と仲間を守る」という一点の迷いもないCP10の研ぎ澄まされた覇気と融合しており、覚醒したルッチたちが触れれば一瞬で大火傷を負うほどの超高密度の檻となっていた。

 

「くそっ、上へ飛んで脱出するぞ! 『月歩』――」

「逃がさねェよ! 『火拳(ひけん)』ッ!!」

 

空へ逃げようとしたカクとブルーノを、CP10の巨大な炎の拳が上空から叩き落とし、再び炎の檻の底へと押し戻す。

 

そして――彼らがふと真上を見上げた時。

炎の煙の遥か上、高度150メートルの青空に、月歩で静止しているたしぎの小さな影があった。

 

「マヤ聖の婚約者様方を侮辱した罪、その身で味わいなさい。……『月歩落とし』、連発いきますッ!!」

 

たしぎが、蒼い刀身の『妖刀神鬼』からパッと手を離した。

この世界において、海軍のイッショウが落とす隕石や、四皇クラスの怪物が放つ島規模の質量攻撃にも匹敵する、神鬼の『所有者以外の超重量化ギミック』を極限まで応用した無慈悲な戦法。

 

ヒュオオオオオ――ドゴォォォォォンッ!!

 

音速を超えて落下してきた一本の刀が、炎の檻のど真ん中に突き刺さった瞬間、まるで島ひとつがそのまま落ちてきたかのような超質量が炸裂し、海岸の岩盤ごと半径数十メートルがクレーター状に陥没した。

 

「「「ぐぎゃあああああああっ!?」」」

 

『鉄塊』で耐えようとしたジャブラやブルーノ、カリファたちは、たった一撃の衝撃波と重圧だけで全身の骨が軋み、血反吐を吐いて地面にめり込んだ。

さらに悪夢は終わらない。落下した神鬼は0.1秒で上空のたしぎの鞘へとシュンッと自動回収され、彼女が抜刀して手放すたびに、二発目、三発目、四発目と、空から「壊れない島並みの質量」が機関銃のように降り注ぎ始めたのだ!

 

ドゴォォォンッ! ズガァァァァンッ! ドゴォォォォンッ!!

 

「ぐあああっ!? な、なんだこのデタラメな重さの刀は!? 動物系の覚醒のタフネスが、上から物理的にすり潰される……っ、ごほっ、がはっ!!」

 

ルッチとカクも四発目の直撃で黒い羽衣が吹き飛び、白目を剥いて泥と瓦礫の中に沈んだ。

残されたガーリング聖は、自慢のサーベルに全力の武装色の覇気を纏わせて、五発目の落下してくる神鬼を刃で受け止めようとした。

 

「な、なめるな小娘ェェッ!! 神の騎士団の剣を――ぐぎゃあああああっ!?」

 

ガキィィィンッ! と刃がぶつかった瞬間、島並みの超重量がそのままガーリングの老いた両腕と腰へと乗っかり、ガーリングはサーベルごと膝から地面の岩盤へと深くめり込み、口から大量の血を噴き出して仰向けにぶっ倒れた。

 

わずか数十秒。

CP10の炎の檻が消え、たしぎがトンッと軽やかに地面へ着地した時には、巨大なクレーターの底で、ガーリング聖とCP0の全員が血まみれの半死半生となってピクリとも動かなくなっていた。

 

高台からゆっくりと降りてきたマヤは、クレーターの縁に立ち、冷ややかな声で言った。

 

「……そこまでにしておこうか。CP10、そのじじいだけ無理やり気絶から起こせ」

 

「了解です」

 

CP10がクレーターの底へ降り、白目を剥いているガーリング聖の胸ぐらを掴んで、気付けの衝撃を掌から流し込んだ。

 

「がはっ……!? ごほっ、げほっ……! う、うう……っ」

 

強制的に意識を引き戻されたガーリング聖が、折れた肋骨の激痛に顔を歪めながら、目の前に立つマヤの靴先を見上げた。

マヤはしゃがみ込み、血反吐にまみれたガーリングの目を真っ直ぐに見下ろして言い放った。

 

「お前の強さは、そんなもんだよ。……『信念』が足りてないんだよ」

 

「な、なに……?」

 

「覇気ってのは心の強さそのものだ。お前らはよ、戦う動機が不純すぎんだろ? 自分の過去にやった汚いことを棚に上げて、口先だけで『神の基準』だの『誇り』だの言ってるから、迷いのない俺の護衛二人にすら手も足も出ずに負けるんだよ。わかったか?」

 

ガーリングは悔しさと恐怖で唇を噛み締め、ガタガタと震えることしかできない。

そこでマヤは、さらに少しだけ顔を近づけ、後ろにいるナミやロビンたちには聞こえないよう、ガーリングの耳元で低く囁いた。

 

「……それとな、血の純潔がどうとか言ってたがよ。俺は純血であるシャルリアとも昔からの幼馴染だ。あいつが俺の事を好きなのも知ってるのも、いずれはそういう意味で『純血』も残せるかもな。そこは、むこうの親父さんと昔から色々詰めてる話だ……だが、それは俺とあいつの問題だ。お前ら外野が二度と俺の家族に口を出すな。それによ。お前こそ、純血残せてないよな?お前達の息子二人はハーフだろうが、そこを間違えるなよ?いいな?」

 

「ひっ……! は、はい……っ!」

 

マヤがすっと立ち上がり、冷たく背を向ける。

高台からその一部始終を見ていたレイジュとステューシーは、先ほど暴露されたフィガーランド家の三十八年前の真実と、神の騎士団のトップを心身ともに完全にへし折ったマヤの底知れない凄みに、ゴクリと息を呑んでいた。

(下界の女性を弄んで切り捨てた歴史……これが天竜人の真実!? そして、その最高司令官をここまで完膚なきまでに叩き潰してしまうなんて……マヤ聖、本当にやばいお方ですね……!)

 

その日の夕刻。

聖地マリージョアの医療区画へと送り返されたガーリング聖とCP0の一団は、包帯だらけの無残な姿でベッドに並べられていた。

 

その病室の入り口に立ち、冷ややかな目で父親であるガーリング聖の情けない姿を見下ろしている一人の男がいた。

黒と金の高級なミリタリーコートに青いマントを羽織り、母親譲りの鮮やかな『赤い長髪』を三つ編みにしてハーフアップにまとめた男。

その顔立ちは、下界で四皇として君臨しているあの赤髪の男と完全に瓜二つだったが、左目に三本の傷はなく、両腕ともしっかりと揃っていた。

 

神の騎士団の現団長――フィガーランド・シャムロック聖。

 

「……不様だな、父上。CP0の連中まで連れていきながら、あの落ちこぼれの護衛たった二人にここまで這いつくばるとは」

 

「う、うう……シャムロックか……。あ、あのマヤという小僧、護衛に死んだ火拳の能力を食わせ、得体の知れん妖刀を……」

 

「言い訳は見苦しい」

 

シャムロックは氷のように冷徹な瞳で父親を一瞥すると、自身の左腰に佩いたサーベル――幻獣種『ケルベロス』の力を宿す魔剣の柄を静かに撫でた。

 

「あの薄汚い下界へ降りて海賊になった愚かな片割れといい、下界のゴミどもと交わるマヤといい……どいつもこいつも、神の血脈に泥を塗る害虫ばかりだ。……いいだろう、次は俺が直接動いてやる」

 

シャムロックが踵を返し、静まり返ったマリージョアの回廊へと歩き出す。その赤い髪の揺れる背中からは、父親のガーリングとは比較にならないほど冷たく、鋭利な殺気が立ち昇っていた。

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