どぶさらいと天竜人と海賊   作:マイナーチョコ

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第47話:血筋?

 

新世界の海域に君臨する万国(トットランド)の中心、ホールケーキアイランド。

甘いお菓子の香りが漂うホールケーキ城の広間では、シャボンディ諸島への定期連絡から帰還したばかりの三姉妹――プリン、ガレット、アマンドが、玉座に座る巨大な母、シャーロット・リンリン(ビッグ・マム)へと報告を行っていた。

 

「――ええ、ママ。マヤ聖は私たちのことを単なる政略の駒としてではなく、まずは一人の『友人』としてとても大切に扱ってくださいましたわ。トットランドとの交易拡大についても、非常に前向きに見てくださっています」

 

ガレットが書類を手にハキハキと報告すると、隣のアマンドもつば広の帽子を揺らして静かに頷いた。

 

「ナミやニコ・ロビンといった先客たちに一歩先を越されたのは事実ですが……マヤ聖ご自身は、私たちとの絆も誠実に深めていこうとしてくださっています。焦って事を仕損じるより、今はあの方のペースに寄り添うのが最善かと」

 

「そ、そうですよママ! マヤ聖は私のおでこ(第三の目)を見ても、変わらず優しくて……っ! お友達として仲を深められて、すっごく幸せでした……!」

 

頬を真っ赤に染めてもじもじと指を絡めるプリンの様子に、リンリンは特製ドレッシングがかかった大盛りの野菜サラダをフォークで口に運びながら、面白そうに「ハハハハ! ママママ!」と豪快な笑い声を上げた。

 

「そうかい、お前たちがそこまで言うなら間違いないねぇ! 昔のあたしなら、力ずくで結婚式を開いて縛り付けてやるところだったけどさ……相手はあのマヤだ。あいつには普通の海賊や王族の常識は通じない。お前たちが自分の足で通って、あいつと『友達』から始めて心を通わせるっていうなら……まあ、こういうやり方もありだねぇ!」

 

かつては血統と恐怖だけで家族を縛っていた四皇が、マヤという規格外の青年の影響を受け、娘たちの恋心と緩やかな同盟を上機嫌で認めている。トットランドの空気は、かつてないほど穏やかに安定していた。

 

一方、その頃のシャボンディ諸島、マヤの宮殿。

先日、ガーリング聖とCP0のロブ・ルッチたちが、CP10とたしぎの連携によって文字通り地面の底へと叩き潰されてから数日が経過していた。

 

あの日、クレーターの底で気絶から無理やり叩き起こされたガーリング聖の耳元で、マヤはこう低く囁いていたのだ。

『――それとな、血の純潔がどうとか言ってたがよ。俺は純血であるシャルリアとも昔からの幼馴染だ。あいつが俺のことを好きなのも知ってるけども、いずれは「純血」も残せるかもな。そこは、向こうの親父さん(ロズワード聖)と昔から色々詰めてる話だ……だが、それは俺とあいつの問題だ。お前ら外野が二度と俺の家族に口を出すな。それによ、お前こそ純血残せてないよな? お前たちの息子二人はハーフだろうが。そこを間違えるなよ? いいな?』と。

 

その言葉に顔面蒼白となって震え上がったガーリング聖と、ボロ雑巾のようになったルッチたちを見て、エッグヘッドから来ていたステューシーは完全にCP0という組織を見限っていた。

彼女は「しばらくこの宮殿に滞在して、ベガパンク博士とマヤ聖を繋ぐ架け橋を務めさせていただきますわ」と申し出て、現在は別棟の医療研究区画で、カヤの医学研究のサポートをしながら穏やかな日々を送っていた。

また、アラバスタ王女のビビは、最近マリージョア側(天竜人)とのきな臭いやり取りが続いていることを敏感に察し、自身の王族としての立場がマヤの交渉の邪魔にならぬよう、自室や別棟で静かに過ごす配慮を見せていた。

 

そんなある日の昼下がり。

宮殿の一階にある大サロンには、マヤを中心に、ナミ、ロビン、レイジュ、たしぎ、コアラ、シャルリア宮、そして赤ん坊を抱いたマキノが集まり、食後の紅茶を楽しんでいた。

 

そこへ、通信室から戻ってきたCP10が、一枚のメモを手に苦笑混じりでマヤの元へと歩み寄ってきた。

 

「マヤ聖。新世界の海軍監視船を経由して、潜入中のトラファルガー・ローから定期連絡(モールス信号)が入りました」

 

「おお、ローからか。あいつ、あの蛮族どもの船で無事にしてるか?」

 

「それが……かなり苦労しているようです。読み上げますね。『麦わらの一味は現在、なぜかワノ国の方角へ向かっている。航海士もいないはずなのに、なぜか上手い海流にばかり乗って進む本当に不思議な船だ。……だが、船内の男どもの匂いがひどい。衛生環境の改善はまったく見られず。あと、マヤ聖から預かったお金は本当に助かっていますが、一年分あったはずの資金が、連中の無計画な浪費でもう底をつきかけています……早くマヤ聖に会いたいです』とのことです」

 

「ぶっ……はははははっ! 一年分の資金がもう底をつきかけてるだと!? あいつら、どんだけ金の使い方が下手くそなんだよ!」

 

マヤが呆れ果てて笑い声を上げると、ナミがこめかみを押さえて深い溜息をついた。

 

「もう……私が財布の紐を握っていなかったら、一週間だってまともに航海できない連中なのよ。ローには本当に同情するわ……」

 

「ふふ、でも『不思議な海流に乗ってワノ国へ向かっている』というのは少し気になりますね。……あのお船の意志(クラバウターマン)が、何か大きなうねりを求めて勝手に舵を切っているのかしら」

 

ロビンが意味深に目を細めた、まさにその時だった。

 

ドォンッ!!

宮殿の正面玄関の方角から、門番の制止を力ずくで振り切るような重苦しい衝撃音が響き渡った。

直後、カツ、カツ、カツ……と、複数の軍靴が宮殿の美しい大理石の廊下を土足で踏み荒らしながら、この大サロンへと真っ直ぐに近づいてくる。

 

「な、なにアマス!? 誰がわたくしたちのサロンに断りもなく入ってくるアマスか!!」

 

シャルリア宮が憤慨して立ち上がった瞬間、サロンの両開きの扉が外側から乱暴に蹴り開けられた。

 

そこに立っていたのは、四人の異様な男女――聖地マリージョアの武力執行機関『神の騎士団』の精鋭たちだった。

後ろの二人は、巨大な体躯の男シェパード・ソマーズ聖と、長い首の獣人のような気配を纏うリモシフ・キリンガム聖。

その前には、軍帽を深く被り、顔の下半分から全身にかけて包帯を巻き、左右で色の異なる『双極の瞳(オッドアイ)』を冷たく光らせた小柄な女性――マンマイヤー・軍子(グンコ)宮。

 

そして、一団の先頭に立ち、黒と金の高級なミリタリーコートに白いズボン、青いマントを翻して歩いてきた男の姿を見た瞬間――。

サロンの空気が、文字通り氷点下へと凍りついた。

 

燃えるような鮮やかな『赤い長髪』を三つ編みにしてハーフアップにまとめた髪型。

そしてその整った精悍な顔立ちは、下界で君臨しているあの男――と、寸分違わず完全に瓜二つだったのだ。

 

「……ッ!?」

 

サロンの奥のソファに座っていたマキノが、小さく息を呑んで赤ん坊を強く抱きしめた。

自分の腕の中にいる子の父親と、まったく同じ顔をした男が目の前に現れたことへの激しい困惑。しかし、マキノはすぐに違和感を覚えた。目の前の男には左目の三本傷がなく、失われたはずの左腕もしっかりと揃っており、何よりその瞳には下界の人間を虫けらのように見下す氷のような冷酷さが宿っていた。マキノは本能的な恐怖を感じ取り、赤ん坊の頭を隠すようにして、そっと柱の陰へと身を潜めた。

 

だが――マヤの反応は違った。

その「赤い髪」と「顔」を視界に捉えた瞬間、マヤの赤い瞳がカッと見開かれ、普段の穏やかさが消し飛んで、全身から宮殿の柱をミシミシと軋ませるほどのドス黒い覇王色の覇気が爆発しそうになった。

 

「ま、マヤ、落ち着いて!!」

「早まらないで、マヤ聖! よく見て、別人よ!」

 

異変を察したナミとロビンが、反射的に左右からマヤの両腕へとギュッと抱きつき、その豊かな胸と体温でマヤの暴発しかけた怒りを必死に抑え込んだ。

それでもマヤは、二人に抱きつかれたまま、目の前の赤髪の男を睨みつけて怒声を張り上げた。

 

「……おいおい、どこのどいつかと思えば、どの面下げてここに現れやがった、赤髪ィ!!」

 

突然の罵声に、先頭に立っていた男――神の騎士団団長、フィガーランド・シャムロック聖は、ピクリと眉を動かして不快そうに鼻を鳴らした。

 

「……あ? 誰が赤髪だ」

 

「トボけんな! お前、フーシャ村で喪に服してるマキノに手を出しといて、そのまま子供放置して海に逃げただろ! 自分勝手に冒険ごっこして下界の女泣かせてるお前が、何が四皇だ! 今日こそそのヘラヘラしたツラ、叩き落としてやる!!」

 

マヤが怒り心頭でまくし立てた瞬間、シャムロックの顔が怒りで真っ青になり、こめかみにビキィッ! と太い青筋が浮き上がった。

 

「お前、何か勘違いしてるんじゃないか!? あの一族の恥晒し、薄汚い下界のゴミになった愚かな弟と、この神の騎士団長たる私を同列に語るな、不敬者がァ!!」

 

シャムロックの激しい剣幕に、マヤはピタリと怒声を止め、きょとんとした顔で首を傾げた。

 

「あ? 弟? ……じゃあお前、誰なんだよ。紛らわしいツラしてんじゃねえよ」

 

「フィガーランド・シャムロック聖だ!! 貴様、先日よくも我が父ガーリング聖に恥をかかせてくれたな……!」

 

シャムロックが殺気を放つ中、マヤはナミとロビンに撫でられてようやく冷静さを取り戻すと、シャムロックたちが泥のついた軍靴のまま絨毯の上に立っていることに気づき、やれやれと深い溜息をついた。

 

「おいおい、しかしよ、お前の親父もそうだが、土足で人の家に上がり込んでんじゃねえよ。……部屋を汚されるのは癪(しゃく)だ。お前の親父をゴミみたいに片付けた場所に移動するぞ?」

 

マヤがさも面倒くさそうに言い放つと、シャムロックの隣に立っていた包帯姿の女――軍子宮が、カッとオッドアイを見開いて一歩前へと踏み出した。

 

「神の騎士団たる我らの前で不敬な……。頭が高い、非礼者め。その薄汚い首を刎ねて、イム様への貢ぎ物にしてくれよう」

 

ピシリ、とサロンの空気が再び張り詰める。

しかし、マヤの後ろに控えていた専属秘書のレイジュは、少しも動じることなく冷ややかな笑みを浮かべて頷いた。

 

「そうですね。ここで暴れられて部屋を汚されるのは、あとあと掃除が面倒だと思いますわ」

 

「なっ……! 貴様、それに下々民の分際で、神の騎士団たる我らに命令するな! お前風情が何を偉そうに!」

 

軍子宮がレイジュたちを見下して吐き捨てた瞬間、再びマヤの目がピシリと冷たく細められたが、すかさずナミとロビンが「マヤ、ここは外へ出ましょう」「ええ、マキノさんたちもいるわ」と優しく両手を握って諫めた。

 

すると、シャムロックが不敵で冷酷な笑みを浮かべ、いきり立つ軍子宮を片手で制した。

 

「まーよい、最後の餞別(はなむけ)だ。死に場所を自分で選ぶというのも、それはそれでおもしろいだろう。案内しろ」

 

「……話が早くて助かるよ。ほら、こっちだ」

 

マヤは無造作に背を向け、シャムロックたちを連れて宮殿の外へと歩き出した。

今回は相手がたかが知れているため、シャルリア宮とマキノは宮殿に残し、マヤの後ろには護衛のCP10とたしぎ、そしてナミ、ロビン、レイジュ、コアラだけが同行した。

 

先頭を歩きながら、マヤは横目でシャムロックの顔をじっと盗み見て、内心で深く眉をひそめていた。

(……つーか、こいつ、あの『赤髪』にめちゃくちゃ似てねーか? もしかしてあいつ本人か? いや、左腕があるし目の傷もねえ……親父が言ってた双子の片割れってやつか。だが、本当に紛らわしいツラしやがって。どっちにしろ、フィガーランドってのは全員ロクな奴がいねえな)

 

十数分後。

一行が到着したのは、数日前にガーリング聖とCP0の一団が、たしぎの『月歩落とし』の連発によって地形ごとボコボコに粉砕された、あの海岸線の巨大なクレーターだった。

 

深く抉れた岩盤の惨状を見下ろしたシャムロックは、感心したように自らの顎を撫でて呟いた。

 

「ふん……。流石は我が父、ガーリング聖だ。不覚を取ったとはいえ、これほどの巨大クレーターを作るほど、下界の害虫どもを相手に暴れたようだな」

 

後ろに続くソマーズ聖とキリンガム聖も、畏敬の念を込めて頷く。

 

「ええ、流石は元最高司令官であらせられたお方。最後の一撃まで凄まじい破壊力だ……!」

 

そのあまりにも見当違いな親孝行コメントを聞いたCP10とたしぎは、揃ってなんとも言えない微妙な顔を見合わせた。

(……いや、それ、お前らの親父が暴れた跡じゃなくて、うちのたしぎが一方的に上空から刀を落としてボコボコにした跡なんだけどな……)

 

そんな真実など知る由もないクレーターの中心で、軍子宮がイムへの盲信とマヤへの敵意を全開にして、うずうずと一歩前へと進み出た。

 

「イム様に楯突いた大罪人め……! 神の刃であるこの私が、お前の五体をバラバラに引き裂いてくれるわ!」

 

軍子宮が長い袖を振るうと、彼女の掌から実体化した『矢印(ベクトル)』の帯が飛び出し、近くにあった巨大な岩をズバァンッ! と一瞬で真っ二つに切り裂いた。『アロアロの実』の矢印人間の能力である。

 

それを見たマヤは、怖がるどころか「へぇ」と間の抜けた声を出し、呆れたように首を傾げた。

 

「やるね〜。しかし、今『イム様』っつったか? 様? あいつをか? お前なんなんだよ、笑わせるなよ。あいつが『様』だと? お前、あいつの何を知ってるんだよ?」

 

「ふざけるな!! お前こそあの方の何を知っているというのだ! イム様は世界の創造主、絶対の神だぞ!」

 

顔を真っ赤にして噛みつく軍子宮を見て、マヤは「ああ〜」と納得したようにポンと手を打った。

 

「あ〜、そういう系の人ね。君、まるでうちの海軍のアラマキだな……。少しきもいんだよな……。まあ、あいつでも現場じゃ有能だから使ってるけどな」

 

マヤが心底呆れたように呟くと、後ろにいたナミ、ロビン、レイジュ、コアラ、たしぎ、CP10の全員が、(ああ、マヤ聖の万年筆を神棚に飾ってクネクネしてる、あのきもいアラマキ少将ね……)と一斉に深く頷いて納得した。

 

「だ、誰がきもいだ!! 神への崇高な忠誠を『きもい』の一言で片付けるな!!」

 

「あのさ、それは向けられる側の意志を完全に無視してるよね? 一方的な『狂信』と『忠誠』は違うんだよ? わかるかい? 軍子ちゃん、俺は基本的に女には優しくしたいんだわ」

 

そう軽くあしらいながらも、マヤの冷めた赤い瞳は、軍子宮が先ほど見せた能力の性質を一瞬で正確に見切っていた。

(へぇ……触れた攻撃や運動の軌道(ベクトル)を、矢印で無理矢理ひっくり返して反射してやがるな。初見じゃ面倒くせえ能力だ。普通の物理攻撃や大砲じゃ絶対に届かねえわけだ。……だが、所詮は『悪魔の実』に頼り切っただけの箱庭の力だ。世界のドブ底の修羅場を知らねえから、自分の無敵を信じ込んでやがる。――そんなもん、強い心を乗せた『覇気』を直接ブチ当ててやれば、能力の流動ごと一瞬でぶち壊して終わりだな)

 

分析を終えたマヤは、隣に立つ二人の護衛へと軽く顎をしゃくった。

 

「しかし、神の騎士団ってのがどんな相手かと思えば、たいしたことないからよ。たしぎ、お前はあの包帯女を相手しろ。CP10、お前は残り全員だ。たしぎの師匠なんだ、それくらい一人でできて当然だろ?」

 

そしてマヤは、シャムロックたちには聞こえないよう、少しだけ声を落として二人に告げた。

 

「いいかお前たち、今回は『月歩落とし』は封印して、純粋な覇気全開でやれ。たしぎは必殺技を使ってもいい、覇気で翻弄してやれ。CP10、お前にはアドバイスしない。がんばれよ?」

 

「ははっ、俺には手厳しいですね。でも、その信頼にきっちり応えますよ? マヤ聖」

 

CP10が黒服の襟元を正して不敵に笑うと、たしぎも左腰の『妖刀神鬼』の柄を強く握りしめて凛と頷いた。

 

「わかりました! この下賜された神鬼に誓って、決して慢心せず、強者相手だと思って全力で戦います!」

 

「おう、頼むわ。俺がいちいち手を出す相手ではないしな」

 

「ええ、貴方は絶対に戦わないでください。さっきからの貴方の怒りはよくわかりますので……俺たちがマヤ聖の剣であり盾ですからね。そこは譲りませんよ?」

 

「言うね〜、さすが俺の護衛だわ」

 

「はい、私も怒ったマヤ聖のお顔は見たくないですから!」

 

主従の温かいやり取りを、向かい側から苛立たしげに見ていたシャムロックが、吐き捨てるように声を張り上げた。

 

「おい、最後の別れの挨拶でもこそこそしてるのか? こちらはいつでもいいぞ?」

 

「それに『包帯女』だと……! イム様だけでなく、この私までも愚弄するか!」

 

シャムロックが左腰の豪華なサーベルを抜刀すると、その刀身からドス黒い煙と共に、三つの頭を持つ不気味な獣――幻獣種『ケルベロス』のオーラがドロドロと溢れ出した。

それを見たCP10が、サングラスの奥で露骨に顔をしかめた。

 

「……しかし、そのなんだ、武器に悪魔の実を宿すのって、なんかきもいな。お前……」

 

「貴様、なんだと!? 武器は武器だろうが! これぞ神の騎士団長に相応しい至高の銘剣だ!」

 

「おい、たしぎ、言質とったぞ。『武器は武器』だとよ。お前のその刀の本気、見せてやれよ? マヤ聖の力でもあるんだ」

 

CP10に話を振られたたしぎは、心底嫌悪感をあらわにして首を横に振った。

 

「あの、CP10さん……マヤ聖から頂いたこの刀と一緒にしないでください。これは神聖なものです! あのような、刀から犬が生えてくるゲテモノと一緒にされたくないです!」

 

「ぶっ、ははははは! 言われてるぞCP10! たしぎは刀大好きっ子だぞ? そりゃあんなもんゲテモノ扱いするわ!」

 

マヤが腹を抱えて愉快そうに笑うと、CP10も「マヤ聖が笑ってくれるなら、これくらいお安い御用ですよ」と肩をすくめた。

 

自分の一族の誇りであり、最高峰の魔剣であるサーベルを「きもい」「ゲテモノ」と散々にこき下ろされ、しかもマヤを笑わせるためのダシにされたシャムロックは、屈辱で顔を真っ赤に染め上げて絶叫した。

 

「貴様らァア!! どこまで我がフィガーランドを、神の騎士団を愚弄すれば気が済むのだァァッ!!」

 

シャムロックたちの殺気が頂点に達する中、マヤは後ろの岩場に腰を下ろし、のんびりとした声で言った。

 

「さて、あいつらが片付ける前に、お茶の用意頼むわ、コアラ」

 

「はーい! とびきり美味しい紅茶を淹れますね、マヤ聖!」

 

――直後、二つの戦場が同時に弾けた。

 

「死ねぇぇっ、下界の女海兵がァッ!!」

 

まず動いたのは軍子宮だった。

彼女は全身から無数の『矢印』の帯を全方位へ展開し、自身が絶対無敵の反射防壁(アクセラレータ)に守られているという過信のもと、真っ直ぐにたしぎへと突っ込んだ。どんな斬撃が来ようとも、触れた瞬間に軌道を捻じ曲げてたしぎ自身へ跳ね返す算段だった。

 

だが、たしぎは一切動じなかった。

 

「――『剃(ソル)』ッ!」

 

ドッ、と地面が爆ぜた瞬間、たしぎの姿が軍子宮の視界から完全に消えた。

箱庭の聖地で生きてきた軍子宮の動体視力を完全に置き去りにする、実戦で鍛え抜かれた超高速の踏み込み。

 

「なっ!? 消え――!?」

 

軍子宮がハッとして防御の矢印を展開しようとした時には、すでにたしぎは彼女の懐のゼロ距離に潜り込んでいた。

『妖刀神鬼』の蒼い刀身に纏わされているのは、マヤに救われ、マヤの愛する者たちを守り抜くと誓った彼女の「一点の迷いもない、覚悟のガン決まりした分厚い武装色の覇気」。

 

「悪魔の実の小細工など、私の覇気とこの刀には届きません! ――神鬼一刀流『聖鬼神(せいきしん)』ッ!!」

 

ズバァァァァンッ!!

 

漆黒の雷光を伴った神速の峰打ちの一閃が、軍子宮が展開しかけたベクトル反射の空間そのものを力ずくで粉々に打ち砕き、彼女の鳩尾(みぞおち)へと直撃した。

 

「がっ……、あ、ぐ……っ!?」

 

マヤの見立て通り、極限まで練り上げられた「心(覇気)」の前には、悪魔の実の流動など無意味だった。

自分の無敵を信じ込んでいた軍子宮は、たしぎの圧倒的な覇気と体術の前に、攻撃を一度たりとも反射することすらできず、白目を剥いて一撃で地面へと沈んだ。

 

そして、もう一方の戦場は、さらに一方的な蹂躙劇となっていた。

 

「死ねェッ、黒服がァ! 『緊急発進(スクランブル)』ッ!!」

 

シャムロックが魔剣を振るうと、黒い羽衣を纏った三つ首のケルベロスの頭部が、まるで超高速のミサイルのように胴体から分離して上空へと飛び上がり、CP10めがけて一斉に急降下爆撃を仕掛けた。

同時に、ソマーズ聖が『イバイバの実』の無数の凶悪な茨で地面から足を絡め取ろうとし、キリンガム聖が幻獣種『麒麟(キリン)』の巨大な獣人形態となって側面から突進してくる。

 

しかし、その包囲網のど真ん中に立つCP10は、一歩たりともその場から動こうとしなかった。

 

「……マヤ聖にこれ以上無礼を働く奴は、神だろうが騎士だろうが、俺がここで灰にする」

 

CP10が静かに呟いた瞬間、彼の全身から噴き上がった炎は、これまでの赤色ではなく、大気そのものを歪めるほどの『白熱した蒼き業火』へと変貌していた。

一度は失うはずだった命と、白ひげ海賊団の未来を救ってくれたマヤへの底知れない恩義と絶対の忠誠心。その凄まじい「心の強さ」が覇気を極限まで高め、自然系『メラメラの実』の能力をさらなる高み――『覚醒』の領域へと引き上げていたのだ。

 

「避けるまでもねェよ。……『大炎戒(だいえんかい)――神火(しんか)・不知火(しらぬい)』ッ!!」

 

ゴォォォォォォォォッ!!

 

CP10を中心に爆発した覚醒の業火と、ガン決まりの武装色の覇気が融合した巨大な炎の奔流が、迫り来るケルベロスの首(スクランブル)を空中で正面から呑み込み、ソマーズの茨も、キリンガムの巨体も、そして後方にいたシャムロック自身をも一息に丸呑みにした。

 

「ば、馬鹿なァァッ!? わしのケルベロスが、炎の圧力だけで押し潰されるだと!? 神の騎士団長たるこの私が、たかが護衛ひとりに……ぎゃあああああっ!!」

 

断末魔の悲鳴すら数秒で掻き消えた。

炎の渦が晴れた時、そこには自慢のケルベロスのサーベルごと真っ黒焦げになり、消し炭の一歩手前まで焼き倒されてピクピクと痙攣するシャムロックと、同じく黒焦げで気絶したソマーズ、キリンガムの無残な姿が転がっているだけだった。

 

コアラが淹れたばかりの紅茶を一口啜ったマヤは、カップを置いて立ち上がると、黒焦げで這いつくばるシャムロックたちの前へとゆっくり歩み寄った。

 

「やれやれ、もう終わりかよ。……だから言ったろ。悪魔の実や武器に頼り切って、心(覇気)を磨いてねえお前らが、二十年間どぶさらいした俺の『覚悟』を知ってる仲間に勝てるわけねえんだよ」

 

マヤはしゃがみ込み、意識が朦朧としているシャムロックの耳元に顔を近づけて、冷徹に囁いた。

 

「……お前よ。親父のガーリングにも言ったが、知ってるかわからないから教えてやるよ。お前自身、『純血』じゃないだろ? 三十八年前に、お前の親父が下界の女に手を出して産ませたハーフだろうが。……俺は純血の天竜人だぞ? それにいずれ、幼馴染のシャルリアとも子供を作るかもな? 向こうの親父さんとも昔から色々詰めてる話だしな。……なんだったら、そっちで倒れてるお前の連れの軍子とでもいいな?」

 

自分が下界を見下す唯一の拠り所としていた『血の純潔』を真っ向から否定され、シャムロックは焦げた唇をわなわなと震わせ、虚ろな目でうわ言のように呟いた。

 

「……う、嘘だ……俺は……純血だ……神の、血筋だ……」

 

そのままシャムロックは、精神の支柱を完全にへし折られて白目を剥き、泥の中へと突っ伏した。

 

その数時間後。

シャムロックたち三人をマリージョアの医療班に回収させたマヤは、一撃で気絶していた軍子宮の身柄だけを自分で引きずり、再び聖地マリージョアの『花の部屋』――イムの御座所へと乗り込んでいた。

 

マヤは気絶したままの軍子宮を花の部屋の床に転がすと、黒い影であるイムをジロリと睨みつけた。

 

「おい、イム。お前の手下管理、一体どうなってんだよ。サターンの老害に続いて、今度はなんだ? よくわからんフィガーランドの一族が俺の宮殿にケチつけてきてるし、おまけにこの覚悟ガンギマリで『イム様、イム様』って叫んでる包帯女はなんだよ」

 

胡蝶が舞う部屋の中で、イムは申し訳なさそうに深く息を吐き出した。

 

「……マヤか。数日ぶりでまた、このような見苦しい失態を晒したことを詫びるよ」

 

「お前が俺の身内に悪さしたら『お仕置きパンチ』の約束だったが、今回は部下の勝手な暴走ってことで処理しておくからよ、問題はこいつをどうすっかな、って感じだな」

 

マヤが床の軍子宮を指差すと、イムの赤い瞳がわずかに細められた。

 

「……ほう、軍子宮か……」

 

「あ? 随分と含みのある言い方だな? お前、こいつに何かしてるのか?」

 

マヤが鋭く問い詰めると、イムはしばらく沈黙した後、観念したように静かな声で語り始めた。

 

「……君に嫌われたくはないのだが、私が過去にしてしまった失態だよ。彼女は、元は『エスペリア王国』の王女、シュリ姫と言ってな……。天竜人マンマイヤー家の血が混じっていたためにここへ連れ戻され、私の支配を受けている。彼女には、過去の記憶を封じる『精神支配』と『不老』の力を施してあるのだ」

 

かつて五十数年前、護衛戦団長であったブルックから剣を教わり、彼を慕っていた少女が、天竜人の血の呪いとイムの洗脳によって実の育ての父である国王ルーヴェンを殺害し、止めようとしたブルックの額に深い傷を負わせて「神の刃」という人形にされたという凄惨な真実。

 

それを聞いたマヤは、眉間に深いシワを寄せて鼻を鳴らした。

 

「……そうかい。人の心を弄んで人形にするなんて、本来ならお仕置きパンチの案件だが、今回は何十年も前の過去ってことで『貸し3』にしといてやる。いいな? 今すぐそいつの支配を解け」

 

「ああ、貸し3で構わない。……だが、マヤ。今ここで彼女の精神支配を解けばどうなるか……わかっているのであろう?」

 

「そうだな、記憶が戻って発狂するかもな? だが、お前の都合のいい『人形女』のままでいるより、百倍マシだろ?」

 

イムは悪魔の影を満足そうに揺らし、低く笑った。

 

「フフ……過去の凄惨な記憶――自らの手で父親を殺した罪と、現在の神の刃として生きた歳月が混ざり合う絶望すらも、お前は『一時的なもの』と言い切るのだな」

 

「はぁ〜? お前は人間を舐めすぎだ、バカが。『父親殺し』かよ。アホか? んなもん、この広い世界でいくらでも起きてるだろうが!」

 

マヤはイムに向かって、容赦のない現実を叩きつけた。

 

「海賊同士の仲間殺し、自分の家族を改造して心を消すヴィンスモーク、不義の子を作っておいてその女を殺すアホな一族の長(ガーリング)、逆に親が子を殺すことだってあるだろうが! 上の権力に苦しんで仕方なく子を殺す民もいれば、その逆も然りだ! お前は高い身分の上からしか見てねェから特別だと思うんだろうが、下界の現実の泥臭さを知れば、全然違うだろうが!」

 

マヤの言葉に、イムは深く感銘を受けたように目を細めた。

 

「……君のそういう言い方は、心底私を満足させられる。その通りだな。八百年前のジョイボーイの亡霊に怯えている自分が、なんとも滑稽な感じにさせられるよ。……では」

 

パチン、とイムが指を鳴らした。

その瞬間、床に倒れていた軍子宮の身体からドス黒い支配の瘴気が霧散し、彼女の双極の瞳がカッと見開かれた。

 

「……っ!? あ、あああ、あああああーーーッ!!! 私は、私はお父様を……! ブルックを……! いや、私は神の刃、軍子宮……違う、私はシュリ……私は誰なの!? 頭が、頭が割れるゥーーーッ!!」

 

五十数年分の封印されていた記憶と罪悪感が一気に濁流となって押し寄せ、シュリ姫は自分の頭をかきむしりながら狂乱の悲鳴を上げた。

マヤはすかさずしゃがみ込み、暴れ狂う彼女の両肩をガッと力強く抱きとめた。

 

「離して、離してよぉ……っ!! 私はお父様を殺して、大好きなブルックを傷つけた化け物なのよ!? こんな汚れた私に、触らないでぇ!!」

 

涙と鼻水にまみれて暴れる彼女を、マヤは絶対に離さず、等身大の、しかし驚くほど冷徹で温かい言葉を真っ直ぐに注ぎ込んだ。

 

「わりぃけどさ、親殺しっていっても、お前『王族』だろ? そんなの王家の歴史じゃいくらでも起きてるだろ? もう昔の事だって自分で認識もしてるしさ、そこ勘違いすんなよ? 今、お前はこうして生きてる。急に記憶が戻って錯乱してるだけでよ。王族として生まれたんなら、親がもし国に悪さしたらクーデターを起こすとか、それくらいの覚悟は持ってたんじゃないのか?」

 

感情論や安い同情を一切挟まない、剥き出しの現実。

それを見ていたイムが、悪魔の影を微かに揺らして呟いた。

 

「……さすがだよ。君のそういう、身分や因縁の虚飾を全て剥ぎ取って『現実』だけを突きつけるところが、恐ろしくもあるよ、マヤ」

 

一方、胸ぐらを掴まれたままのシュリ姫は、マヤの冷徹な正論にポロポロと大粒の涙をこぼしながら激昂し、小さな拳でマヤの胸板を何度も叩いた。

 

「貴方に……貴方に何がわかるのよ!! 自分の手で、優しかった親を殺した私の苦しみの、何がわかるっていうのよ……!!」

 

ポカポカと叩かれる痛みをそのまま胸で受け止めながら、マヤはやれやれと大きく溜息をついた。

 

「……なんだこれ、このやり取り、こないだカイドウともしたな。……ああ、お前の苦しみなんて俺には何もわからんよ。だけどな、立場を見たら、そういう残酷なこともしないといけない時もあるんだよ。ならなにかい? 下界じゃ民が親殺し、子殺しなんていくらでも起きてるんだ。王族のお前だけが特別に可哀想なんじゃないんだよ」

 

マヤのその言葉は、一見すれば冷酷に聞こえる。

しかしそれは、彼女を「可哀想な悲劇の被害者(人形)」として腫れ物扱いするのではなく、「罪を背負って生きる一人の対等な人間」として、マヤが真正面から彼女の魂に向き合っている何よりの証拠だった。

 

「……っ、う、ううっ……!」

 

叩いていた拳から力が抜け、シュリ姫がマヤの胸に額を押し当ててしゃくり上げる。

マヤは彼女の包帯の巻かれた頭を、大きな手でポンポンと乱暴に、けれど優しく撫でた。

 

「――過去は過去だ。お前が呪いで何をさせられてたか、これからどう生きるか、そんなもんは全部『今』のお前自身が決めりゃいい。……よし、イム。こいつの身柄は今日から俺がもらうわ」

 

「ふふ、好きにするがいい、マヤ」

 

その後、マヤは泣き疲れてぐったりとしたシュリ姫を抱きかかえてシャボンディの宮殿へと戻り、サロンで待っていたナミやロビン、たしぎたちに彼女の事情――かつてエスペリア王国の王女であり、能力の精神支配によって心ならずも父王を手にかけて人形にされていたこと――を説明した。

 

ソファの隅に座らされ、まだ自分の両手を見てブルブルと震えているシュリ姫。

その前へと静かに歩み寄ったのは、護衛筆頭のたしぎだった。

 

かつてローに敗れ、自分の弱さに絶望して泣いていたあの日、マヤに「お前は負けてない」と肯定されて救われた記憶が、たしぎの胸に温かく蘇っていた。

たしぎはシュリ姫の隣にそっと膝をつくと、彼女の震える頭を自分の胸へと優しく抱き寄せ、背中をゆっくりと撫でた。

 

「大丈夫ですよ、シュリ様……。私もかつて、マヤ聖に心を救われました。マヤ聖の隣にいれば、どんなに深く壊れてしまった心でも、絶対に『今』を取り戻して笑えるようになりますから……」

 

「……あ……、う、ううっ……!」

 

たしぎの偏見のない温かい手のひらと、優しい声。

何十年もの間、冷たい狂信の暗闇に閉じ込められていたシュリ姫の双極の瞳から、再び温かい涙が止めどなく溢れ出し、彼女はたしぎの腕の中で、ただ一人の少女に戻っていつまでも声を上げて泣き続けた。

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