どぶさらいと天竜人と海賊   作:マイナーチョコ

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第50話:帰路

 

 

翌朝、鬼ヶ島の入り江には白く薄い朝霧が立ち込め、ひんやりとした潮風が波止場の岩肌を撫でていた。

昨夜の大宴会の喧騒が嘘のように静まり返った港で、全長百五十メートルを超える白銀の超高速船が、出航に向けた動力炉の低い駆動音を響かせている。

 

ナミやロビン、たしぎたちが次々とタラップを上がっていく中、波止場の端では、見送りに来たヤマトとマヤが向かい合って立っていた。

すぐ後ろの岸壁には、腕を組んだカイドウと、キングやクイーン、そしてうるティやブラックマリアたち百獣海賊団の幹部が静かに控えている。

 

「そっか……もう帰っちゃうんだな、マヤ」

 

金棒『建』を背負ったヤマトが、どこか名残惜しそうに白い巨艦を見上げた。

マヤは潮風に揺れる赤髪を軽く押さえながら、穏やかな目でヤマトに問いかけた。

 

「ああ、シャボンディの屋敷にも待ってる連中がいるからな。……で、どうだヤマト。昨日あれから少し考えてみたか? これからお前がどうしたいかってこと」

 

マヤは、ヤマトに「おでんをやめろ」と命じることはしなかった。ただ、ヤマト自身の言葉が出てくるのを静かに待った。

ヤマトは自分の胸元に視線を落とし、少し考えてから、ゆっくりと顔を上げた。これまでのように「おでんだったらどうするか」という借り物の言葉ではなく、自分自身の心を探すような眼差しだった。

 

「……僕はずっと、おでんにならなきゃいけないと思ってた。おでんみたいに海へ出て、おでんみたいに戦うことだけが僕の人生なんだって。……でも、昨日の夜、マヤの二十年の話を聞いて思ったんだ」

 

ヤマトの澄んだ瞳が、真っ直ぐにマヤの赤い瞳を捉える。

 

「おでんに憧れた僕の二十年は嘘じゃない。だけど……これからは、誰かの名前を借りるんじゃなくて、僕自身の目で見て、僕自身の頭で考えて、この国や父上と向き合ってみようと思う」

 

「そっか。お前が自分でそう決めたんなら、それが一番いいさ」

 

マヤは満足そうに頷くと、踵を返してタラップの方へと一歩を踏み出した。

 

「じゃあな、ヤマト。元気でやれよ」

 

マヤがいつも通りの軽い調子で背を向けた、その瞬間だった。

ヤマトの胸の奥が、キュッと音を立てたように激しく締め付けられた。

 

おでんの日誌は、何度読み返しても常に手元にある。

だが、目の前にいるマヤは違う。自分の拙い話を真面目に聞いてくれて、間違いを教えてくれて、自分の成長を自分のことのように喜んで笑ってくれた人。何より、「おでん」としてではなく「ヤマト」という一人の人間として接してくれた人が、今、自分の前からいなくなってしまう。

 

(行かないで欲しい……行かないで!!)

 

自分でも理由がわからないまま、ヤマトの視界が急に滲み、大粒の涙がポロポロと頬を伝ってこぼれ落ちた。

後ろで見ていたカイドウが、小さく息を吐く。

 

「……こうなったか……」

(悪くねぇ……けど、予想通りじゃねーか……)

 

足音を止めて振り返ったマヤは、立ち尽くしたまま涙を流しているヤマトの姿を見て、目を丸くした。

そのままタラップから引き返すと、ヤマトのすぐ目の前まで歩み寄り、見上げるような身長差も気にせず、震えるヤマトの身体をそっと抱きしめた。

 

「ヤマト、どうした。涙がでてるぞ?」

 

長身のヤマトに対してマヤが正面から抱きつくと、ちょうどヤマトの豊かな胸元のあたりにマヤの頭がすっぽりと埋まるような妙な体勢になった。

だが、マヤはそんなことも一切気にせず、大きな子供をあやすようにヤマトの背中を優しくポンポンと撫でた。

 

「何か嫌なことでも思い出したのかな? そういうときもあるさ。大丈夫、大丈夫。何かあればいつでもまた来るからさ。俺の船、すごく早いんだぞ? 今度来たら、お前も乗せるからよ」

 

すぐ後ろで見守っていたカイドウの顔が、ピキッと引きつった。

(ここで抱きしめるか!? 親の目の前だぞ、こいつまじでか……!?)

 

キングやクイーン、うるティたち百獣海賊団の面々も、カイドウの娘を堂々と胸に抱き寄せている天竜人の姿に、開いた口が塞がらず絶句していた。

一方、抱きしめられたヤマトは、マヤの温かい体温と優しい声に包まれ、なぜ涙が止まらないのか自分でもわからないまま、子供のように何度もコクコクと頷いた。

 

「マヤ……っ、絶対、絶対船に乗せてよぉぉ……約束だぞぉ……」

 

「そうだ、約束だ。俺は約束は絶対に守るからよ。だから、元気出せやって」

 

涙声で縋りつくヤマトの背中をもう一度強く撫でてから、マヤはゆっくりと体を離した。

タラップの上からその光景を眺めていたマヤ陣営の面々は、「まー、こうなるよね」と言わんばかりの温かい眼差しを向けていた。

ナミが欄干から身を乗り出し、涙で顔をぐしゃぐしゃにしているヤマトへ優しく微笑みかけた。

 

「ヤマトちゃん? マヤ、すごく優しいよね。その気持ち、わかるよ?」

 

「あっ……う、うん……」

 

ナミに図星を突かれたように言われ、ヤマトの白い頬がカッと赤く染まる。

その隣で、ロビンも穏やかに手を振った。

 

「すぐにまた会いに来るわ。それまでお元気でね」

 

マヤがタラップを駆け上がり、白銀の巨艦の錨が巻き上げられる。

ゴォォォンと白い水しぶきを上げながら、船体がゆっくりと岸壁を離れ、朝霧の向こうの海原へと滑り出していく。

 

遠ざかっていくマヤの姿を追いかけ、ヤマトは波止場の先端まで走ると、両手を口に当てて、喉が張り裂けんばかりの大声で泣き叫んだ。

 

「あああ、マヤ……! マヤ……マヤァァーーーッ!!!」

 

わんわんと声を上げて号泣する娘の背中を、カイドウはただ黙って見つめていることしかできなかった。

(こいつら、本当相性いいんだよ……。だから会わせたくなかったんだが……はぁ〜、ここまで来たらもう、この話を進めるしかないかね。親としてはなんとかしてやりてーけどよ……)

 

まだ簡単には踏み込めないもどかしさに、四皇カイドウは太い腕を組んだまま、いつまでも白い船影が消えた水平線を睨みつけていた。

 

――その頃。鬼ヶ島とは反対側に位置する、ワノ国・九里の荒涼とした海岸線。

 

本来なら屈強な船乗りでも命を落とす巨大な滝と渦潮を越え、一隻のライオンの船首像を持つ海賊船『サウザンド・サニー号』が、まるで目に見えない大きな手に運ばれてきたかのように、浅瀬の砂浜へと静かに乗り上げていた。

 

その船体だけは、船に宿る精霊(クラバウターマン)が涙ぐましいほどの執念で手入れをしているためか、不気味なほど傷一つなくピカピカに輝いている。

しかし、ひとたび甲板の上に足を踏み入れれば、そこには何日も風呂に入らず、掃除も洗濯も放棄した男所帯のすえた悪臭が立ち込めていた。

 

「……ハァ……ハァ……ここは、ワノ国か……? なんだってこの船は、航海士もいねェのに勝手にうまい海流に乗って、こんな閉鎖国家の滝まで無傷で登り切ってやがるんだ……」

 

甲板の柵に寄りかかり、目の下に濃い隈を作って自分の胃のあたりを押さえているのは、潜入中のスパイであるトラファルガー・ローだった。

ローにとって、麦わらの一味と合流してからの航海は、まさに想像を絶する苦行の連続だった。

 

出発前にマヤ聖から与えられていたはずの莫大な活動資金も、ロー自身が海軍(ガープ)経由で受け取って補填した潜入資金も、ルフィたちの計画性ゼロの暴飲暴食と無駄遣いによって、恐るべき速度で底をついた。

船内の衛生環境は崩壊し、生活面は文字通りの蛮族そのもの。それなのに、サニー号という船そのものが意志を持っているかのように都合よく海を渡り、こうしてワノ国へと辿り着いてしまったのだ。

 

「おーい!! 腹減ったぞー!! サンジ、メシまだかー!? 金ももうねェのかよ、どうしよー!!」

 

甲板の真ん中で大の字に寝転がり、腹をさすりながら呑気に喚き散らすルフィ。

その姿を見ながら、ローは黒い服の上から、自分の心臓の真上に刻まれた『Sと龍の刻印』をギュッと握りしめた。

 

(……マヤ聖の金で、何をやってやがるんだお前らは……。俺は今、猛烈にマヤ聖に会いたいです……)

 

だが、荒れ狂う胃の痛みに耐えながら、ローの脳裏にはふと、かつて自分を救うために命を投げ出した恩人・コラソン(ロシナンテ)の姿が浮かんでいた。

コラソンもまた、かつてドフラミンゴのファミリーにスパイとして潜入し、一人で泥を被りながら幼いローを守り抜いた。そして今、マヤ聖もまた誰に感謝されることも求めず、民間人に被害が出ないようにと裏から資金を回し、世界のドブをさらい続けている。

 

(……そうか。俺が今通感しているこの苦しみ……これこそが、あの時コラさんがやっていたことなのか……。誰かを見捨てないために、自分の感情を殺して日々積み重ねる泥臭い仕事……。俺にその意味を教えてくれたマヤ聖、本当にありがとう……)

 

ローはいつしか、マヤへの忠誠心と潜入任務の板挟みの中で、崇高な殉教者のような遠い目をして海岸へと降り立った。

 

海岸から少し内陸へ入った街道沿いに、古びた葦簀(よしず)張りの茶屋があった。

鬼ヶ島から小舟でワノ国本土へと渡り、マヤとの別れの涙を拭って気持ちを切り替えようと歩いていたヤマトは、その茶屋の前で「腹減ったー……」と行き倒れかけている奇妙な一団を見つけた。

 

「おい、お前たち、外から来た海賊か? ずいぶんお腹がすいてるみたいだな。……よかったら、ここで飯くうか?」

 

もし昨日までのヤマトなら、海賊を見た瞬間に「おでんの日誌」の話を持ち出すか、警戒して金棒を構えていたかもしれない。

だが、マヤがシャボンディで飢えた人々に食べ物を分け与えていた話を聞いたばかりのヤマトは、まず目の前の困っている人間に食事を振る舞うことを選んだ。

 

「ほんとか!? お前いいやつだな!! おーい野郎ども、メシ食わせてくれるってよー!!」

 

ルフィたちが歓声を上げて茶屋の床几(しょうぎ)へと雪崩れ込み、運ばれてきた団子や蕎麦、握り飯に獣のような勢いで食らいつき始めた。

少し離れた席で自分の胃を押さえながら座るローと、居心地悪そうに煙草をふかすサンジ、黙って茶を飲むゾロ。

ヤマトは彼らから漂う独特の悪臭にわずかに鼻をひくつかせながらも、向かいの席に腰を下ろしてルフィに尋ねた。

 

「凄いな、あの荒れた海を越えて来たのか! お前たち、ここまでどんな旅をしてきたんだ?」

 

握り飯を喉に詰め込んだルフィが、胸を叩いて飲み込むと、ニカッと笑って答えた。

 

「おう! すっげェ楽しい旅だったぞ! 最初は金もいっぱいあったんだけどな、途中で全部なくなっちまって大変だったぞ!」

 

ルフィの言葉には、本人なりの嘘はなかった。

ヤマトも一瞬、海を自由に旅する冒険の響きに憧れを抱きかけた。しかし次の瞬間、マヤから教わった『言葉の表面だけで判断せず、自分の目で考える』という意識が働き、ヤマトの心に小さな引っかかりが生まれた。

(最初は金がいっぱいあったのに、全部なくなってしまった……? なのに、隣にいる帽子を被った人や剣士の人たちは、ちっとも楽しそうな顔をしていないぞ……?)

 

そんなヤマトの視線にも気づかず、ルフィは得意げに鼻の下を擦って言葉を続けた。

 

「それに、ここに来る途中で『悪い天竜人』をぶっとばしたりもしてきたな! ししし!」

 

ガタッ、と。

茶屋の隅に座っていたローの肩が激しく揺れ、手にしていた湯呑みにヒビが入った。

(――ふざけるんじゃねーぞ、麦わら屋!! こっちとらマヤ聖の刻印を心臓の真上につけてるくらいあの方を崇拝してんのに、お前らが今まで散財してたのは、そのマヤ聖が恵んでくださった金だろうが!! くそーっ! スパイの立場だからここで言えねーー!!)

 

ローが内心で血の涙を流して怒りを堪える一方、ヤマトは「悪い天竜人」という単語にピクリと耳を動かした。

それは昨日、マヤ自身が「俺は世間から見れば悪い天竜人なんだ」と語っていた言葉と、奇妙なほど重なっていたからだ。

 

「……悪いね。その天竜人は、お前たちに何か悪いことをしたのか?」

 

ヤマトが探るように尋ねると、ルフィは「あ〜、そいつがな、俺たちの航海士をさ――」と、何の疑問も持たずに口を開きかけた。

ルフィの頭の中では、ナミとロビンが自分たちの意思でマヤの元へ残ったという事実が完全に抜け落ち、「自分たちの航海に必要な仲間だから無理にでも連れていこうとした(=天竜人に奪われた)」という都合のいい認識にすり替わっていたのだ。

 

「――ルフィ、やめろ」

 

氷のように冷たく鋭いローの声が、ルフィの言葉を強制的に遮った。

 

「それは俺たち身内の恥だ。赤の他人にペラペラと話していいことじゃねェ」

 

表向きは一味の醜聞を隠す仲間の制止。だがその実態は、ルフィが無自覚なまま自分の罪(人攫い未遂)を笑い話にし、マヤ聖とナミたちの尊厳を汚すことを絶対に許さないという、ローの限界ギリギリの防衛線だった。

 

「あ? そうか? まあ、トラ男がそう言うならやめとくか!」

 

ルフィは全く反省する様子もなくあっさりと引き下がり、再び団子を口に放り込んだ。

だが、ローが不自然に話を止めたことで、ヤマトの中の違和感は決定的なものへと変わっていた。

 

ヤマトは背筋を伸ばし、ルフィたちの顔を一人ずつ見渡してから、静かな声で尋ねた。

 

「ねえ。その『悪い天竜人』の名前、教えてくれる?」

 

ただの情報収集ではなかった。すでに自分が知っている「あの人」の話と、目の前の海賊たちの話を照合するための問いかけだった。

ルフィは団子の串を咥えたまま、小首を傾げてうーんと唸った。

 

「名前? なんだったっけな……うーん、なんだ、俺が毎回ぼこぼこにしてる弱いやつだよ。名前なー、なんだっけな?」

 

(――お前、いい加減にしろよ!! マヤ聖の慈悲と恩赦で生かされてるだけだろうが!! ガープ中将の孫じゃなければ、お前なんてとっくにマヤ聖に消されてるわ!!)

 

ローが奥歯をギリギリと噛み締める横で、ルフィは後ろの仲間に振り返った。

 

「な〜ゾロ、サンジ、あいつの名前なんだっけ?」

 

聞かれたサンジは、紫煙を吐き出しながら苦々しげに顔を背けた。

 

「……言いたくねーな。俺はあいつに借りがあるしな、姉貴(レイジュ)を救ってもらった恩もある」

 

隣で腕を組んでいたゾロも、目を閉じたまま不機嫌そうに吐き捨てた。

 

「同じくだな。お前が勝手に思い出せ!」

 

主力である二人が明確にルフィから距離を置く。

しかし、その微妙な空気を読めなかった男が一人いた。ここまでの航海で金銭的な余裕があったせいでかつての疑心暗鬼をすっかり忘れ、目の前の美しいヤマトに良い格好を見せようと、ルフィの太鼓持ちのノリに戻っていたウソップが、得意げに身を乗り出して口を開いたのだ。

 

「なんだよルフィ、忘れたのかよ! 『マヤ聖』だろ! あいつ、威圧だけはすっげェやばかったもんな!」

 

――ピシリ、と。

茶屋を包んでいた空気が、音を立てて完全に凍りついた。

 

(ウソップてめーー、今ここでなに言ってんだ!! やるぞ! お前ほんっとうにばかやろう……!!)

 

ローが顔を覆って天を仰ぐ中、ヤマトの表情から、先ほどまでの穏やかな笑みが跡形もなく消え失せた。

 

ヤマトの頭の中で、すべてのパズルのピースがカチリと音を立てて組み合わさった。

五歳の頃から二十年間、海賊たちが汚したシャボンディ諸島の「血のドブ」をたった一人で掃除し、死者を弔い、奴隷を逃がし続けてきたマヤ。

自分の話を真剣に聞いてくれて、別れ際に涙を流したら、親の前でも優しく抱きしめて背中を撫でてくれたマヤ。

そして昨日、マヤの隣で誰よりも幸せそうに微笑んでいた航海士のナミと、歴史学者のロビン。

 

そのマヤを、目の前の男たちは自分たちの都合で何十発も殴りつけ、名前すらろくに覚えず「弱いやつ」と嘲笑い、本人たちの意思を無視してナミたちを連れ去ろうとした人攫いのような行為を棚に上げて、マヤを「悪い天竜人」と呼んでいるのだ。

 

ヤマトは怒鳴りもしなければ、背中の金棒に手をかけることもしなかった。

ただ静かに床几から立ち上がると、懐から取り出した数枚の銀貨を、チャリンと冷たい音を立てて卓上に置いた。

 

「……そうか、そういうことなんだね……。よくわかった」

 

ヤマトの瞳は、絶対零度の氷のように冷え切っていた。

 

「ここの食事代は僕がおごるから、食べたらすぐに出ていったほうがいいかもよ。……このワノ国からね」

 

怒鳴られるよりも遥かに恐ろしい、完全なる拒絶の宣告だった。

誰かに「あいつは悪だ」と吹き込まれたからではない。マヤから教わった通り、ヤマトが自分自身の目で見て、自分自身の耳で聞き、自分自身の心で下した判断だった。

 

「あ? なんでだ? おれ達、やっとこの国に着いたばっかりなんだぞ?」

 

ルフィが間の抜けた声で抗議したが、ヤマトは二度とルフィと目を合わせようとせず、そのまま背を向けて茶屋から立ち去ってしまった。

残された茶屋には気まずい沈黙が流れ、サンジやゾロの冷たい視線と、店主の怯えた目に居づらくなったルフィたちは、しぶしぶとその場から出ていくしかなかった。

 

だが、茶屋を追い出されて街道をトボトボと歩くルフィたちの姿を、竹林の薄暗い物陰から、蛇のように粘りつく視線でじっと観察している影があった。

お庭番衆の忍びたちを従えたワノ国将軍――黒炭オロチである。

 

「グフフフフ……聞いたか、今の話を。あの天竜人の小僧が船で去ったと思えば、天竜人を憎む海賊どもが向こうから転がり込んできおったわ……!」

 

SMILEの供給が止まり、カイドウが天竜人マヤと親しくなったことで自分の地位に危機感を募らせていたオロチにとって、マヤを悪と信じ込み、ヤマトから拒絶されたこの単純な海賊たちは、カイドウを潰すためにこれ以上ないほど扱いやすい「駒」に見えた。

オロチは下卑た笑みを浮かべると、ルフィたちの前へと音もなく歩み出た。

 

同じ頃。

ワノ国の海域を離れ、穏やかな青空の下を順調に航行していたマヤの超高速船のサロンに、けたたましい非常用の電伝虫のベルが鳴り響いた。

 

『プルルルル……! プルルルル……!』

 

「ん? なんだ、この直通回線は海軍本部のガープのじいさんか?」

 

ソファでコアラが淹れた紅茶を飲んでいたマヤが、不思議そうに受話器を取った。

すると、電伝虫の向こうから、焦りきったガープ中将の大声が飛び出してきた。

 

『すまぬマヤ聖ーーっ!! 今しがた、潜入中のトラファルガー・ローから緊急の信号が入ったのじゃ!! ワノ国にルフィたちが今まさに着いて、何やらとんでもなくおかしなことになっておるらしい!!』

 

マヤは紅茶のカップを片手に持ったまま、数秒間、無言で宙を見つめた。

さっきの朝、波止場でヤマトの涙を拭い、綺麗に別れの挨拶をして出航したばかりの光景が脳裏をよぎる。

 

「……おいじいさん。それ、俺がまた行くのかよ……」

 

『面目ない、すまんですじゃ……!!』

 

電伝虫の向こうで深々と頭を下げるガープの声に、マヤはサロンの天井を仰いで、今日一番の深く長い溜息を吐き出した。

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