『すまなんだ――うちの孫がまたやりおった!! 今カイドウと戦ってますじゃ! 海軍としては手を出せぬですじゃ!』
白銀の超高速船のサロンに響き渡ったガープ中将の怒鳴り声に、マヤは紅茶のカップを片手に持ったまま深々と眉をひそめた。
「お前なに言ってんの? 今俺、ワノ国から出たとこだよ? え? どういうこと? まだあの麦わらを俺に押しつけんの?」
『頼みましたぞ!』
ガチャン、ツーツー……と、こちらの返事も聞かずに一方的な切断音がサロンに響いた。
マヤは数秒間、無言で受話器を見つめたあと、ガクリと肩を落としてそれを受話器置きへと戻した。
「あのじじい、切りやがった……。まー、いつものことか。どうすっかな、ローからの連絡で知ったんだろうしな……」
マヤはソファの背もたれにドサリと身を預け、天井を仰いでボヤいた。
「さっきヤマトと綺麗にお別れしたばっかりだよ? これで今さら戻るの? おかしくない?」
「マヤ聖……そこ、こだわるんですね……」
後ろに控えていたCP10が、呆れたように苦笑を漏らす。
「いやいや、ていうか、なんでカイドウとあのバカ孫が戦ってるの? 戦う理由ないじゃん?」
マヤが首を傾げると、テーブルの脇で書類を整理していた専属秘書のレイジュが、涼やかな声で口を開いた。
「秘書として客観的に見ますと、おそらくマヤ聖がカイドウ総督やヤマト様と仲良くなったことが原因なのではと思いますけれど……」
「え? 俺とカイドウが仲良くなった……あ。そういうことね……」
「そういうところの察しだけは本当に早いですよね……もう慣れましたけど……」
CP10が肩をすくめると、マヤはパッとソファから立ち上がった。
「なら、戻ろ」
マヤの号令ひとつで、全長百五十メートルの超高速船は白い水しぶきを上げて大回頭し、今しがた離れたばかりのワノ国へと全速力で引き返し始めた。
その頃、ワノ国の『鬼ヶ島』は、黒煙と怒号が渦巻く巨大な戦場へと化していた。
茶屋でヤマトから拒絶されたルフィたちに接触した将軍・黒炭オロチは、マヤが出航した直後の空白を突き、巧みに事実の断片を繋ぎ合わせてルフィの敵意を誘導した。
『カイドウの娘はあの悪い天竜人と繋がっておる! カイドウも天竜人と手を組み、このワノ国は天竜人に汚染されておるのじゃ!』
SMILEの供給が止まり、カイドウがマヤと親しくなったことで自分の地位に危機感を抱いていたオロチにとって、天竜人を憎むルフィたちはカイドウを潰すための絶好の鉄砲玉だった。そして単純なルフィには、それだけでカイドウをぶっ飛ばす「正義の理由」が完成してしまったのである。
ドゴォォォォンッ!!
鬼ヶ島の巨大な髑髏ドームの内部では、オロチ直属の忍者部隊『お庭番衆』五千人と侍部隊『見廻組』、そして麦わらの一味が、迎え撃つ百獣海賊団と激しい総力戦を繰り広げていた。
燃え上がる梁の下で、黒い翼を広げた大看板のキングが、炎を纏う大刀を振り下ろしてゾロの三刀流を重く押し込む。
「フン……総督が珍しく心を開いた客人を見送った直後に、よくも土足で踏み込んでくれたな。貴様らのような道理の通らん外敵に、この城を荒らさせるわけにはいかん!」
「ぐっ……! チッ、道理が通ってねェのは俺も百も承知だ……! なんで俺たちが、あんな気色の悪い将軍の片棒を担いで戦わなきゃならねェんだよ……!」
ゾロが歯噛みして刀を押し返す横で、大看板のクイーンは口から連続でレーザービームを乱射し、空中を蹴って飛び回るサンジを追い詰めていた。
「おいおい小僧、ちょこまかと逃げ回るんじゃねェ!! 昨夜ここで俺たちとうまいもん食って笑ってた礼儀正しい天竜人のお兄ちゃんと比べて、てめェらの船長は頭が湧いてんのかァ!?」
「うるせェ、でかい図体しやがって!! レイジュの姉貴の恩人を悪く言われて、俺だって腹の中は煮えくり返ってんだよ! ルフィの野郎、逆恨みだけで突っ込みやがって……!」
主力であるゾロとサンジですら全く納得していない歪な戦い。
さらに広間の一角では、オロチ自身が『ヘビヘビの実 幻獣種 モデル「八岐大蛇(ヤマタノオロチ)」』の能力を解放し、八つの巨大な蛇の首をうねらせながら下卑た笑い声を上げていた。
「グフフフフ!! やれェ、お庭番衆!! カイドウめ、天竜人の小僧に媚びを売りおって! 奴がおらぬ今こそ、貴様の首を取る絶好の機会じゃ!!」
「やかましいでありんす!! 『ウル頭銃(ズガン)』!!」
ドガァンッ!! と飛び六胞のうるティが武装色で硬化させた頭突きを八岐大蛇の首の一つに叩き込み、着物の裾を翻して着地する。
「あのウブで優しいマヤ聖と、お前みたいな気色悪いヘビ野郎を一緒にするなでありんす!! カイドウ様とマヤ聖の邪魔はさせないでありんすよ!!」
「ふふ、うるティちゃんの言う通りですわ。昨夜のあのお方の素敵な笑顔を思い出すだけで、オロチ、お前さんの醜い顔を見るのが余計に虫唾が走りますわよ」
ブラックマリアも巨大な輪入道を軽々と振るい、群がるお庭番衆の忍者たちをまとめて炎で薙ぎ払っていく。昨夜の宴でマヤの人柄に触れた彼女たちにとって、裏切り者のオロチと無法な海賊たちは到底許せる相手ではなかった。
そして前線の少し奥では、カイドウ陣営として立つヤマトと、スパイとして潜入中のトラファルガー・ローが激しく鍔迫り合いを演じていた。
「邪魔をするな!! お前たち、茶屋であれだけ言ったのに、なんでオロチなんかに騙されて父上を狙うんだ!!」
「くっ……!(それを俺に聞くんじゃねェよ!!)」
ヤマトの振り下ろす金棒『建』の重い一撃を『鬼哭』で受け流しながら、ローは激しい胃の痛みに脂汗を流していた。
しかもローの視線の先――ドームの中央では、さらに目を疑うような光景が繰り広げられていた。
「ゴムゴムのォ……『猿王銃(コングガン)』!!」
ギア4で腕を巨大化させたルフィが、カイドウの顔面めがけて渾身の拳を突き出す。
「なんであんな悪い天竜人と手を組んでやがるカイドウ!! お前らでこの国をどうするつもりだァ!!」
「ウォロロロロ!! 笑わせるな麦わらァ!!」
バチバチバチィッ!!
カイドウが片手で振り抜いた金棒『八斎戒』に、空間を裂くような黒く太い稲妻――一握りの強者のみが到達できる『覇王色纏い』が激しく宿った。
「あの男が五歳のガキの頃から、どんな地獄のドブをさらってきたか、てめェは何一つ知らねェだろうが!! 相手の名前すらろくに覚えちゃいねェ浅いガキが、俺のダチを悪く言うんじゃねェ!! 『雷鳴八卦』!!」
ズガァァァァンッ!!
マヤという友を得て、娘ヤマトとの関係を見つめ直したことで、この世界のカイドウはかつての自暴自棄な「死にたがり」から完全に脱却していた。生きる目的を取り戻した四皇の覇王色纏いの一撃は、ルフィのギア4の防御を紙切れのように粉砕し、その身体を岩壁へと叩きつけた。
本来なら、魚人島を出てから四皇との実戦経験を積んでいないルフィは、ここで完全に意識を失って終わるはずだった。
だが――カイドウという圧倒的な壁の圧力と、「天竜人(マヤ)が許せない」という一点に凝縮された異常なまでの憎悪と覚悟が、ルフィの肉体に不気味な突然変異を引き起こした。
ドクン、ドクン……と異様な心音が響き渡り、瓦礫の中から立ち上がったルフィの全身から、モクモクと白い湯気のような雲が噴き上がったのだ。髪も衣服も真っ白に染まり、常識外れの弾力を持った『ギア5』の姿へと、戦闘中に強引に進化を遂げていた。
(おいおい、嘘だろ……!? こいつ、さっきまでギア2やギア4でまるで歯が立ってなかったはずだぞ!? なんで戦闘経験もなしにここまで急に対応できる!?)
ローの背筋に、理屈の通らないホラーを見るような悪寒が走る。
もっとも、無理やり能力だけを覚醒させたルフィには『覇王色纏い』の技術はなく、カイドウに決定打を与えるには至っていない。それでも白い湯気を纏いながら、「お前をぶっ飛ばして、天竜人の好きにはさせねェぞ!!」とカイドウへ食らいついていく。
(お前がどうしたいんだよ……! マヤ聖は民間人を巻き込むからってカイドウとの戦いを断ったんだぞ、どう見ても悪いのこっちだろうが……! ああもう胃が限界だ……マヤ聖、まだか……!?)
ローが心の中で血の涙を流して天に祈った、まさにその瞬間だった。
ドゴォォォォォンッ!!
鬼ヶ島の正面城門が、轟音と共に内側へと吹き飛んだ。
「な、なんだァ!? 新手の乱入か!?」
「うわあああっ!! 外周を固めていたお庭番衆と見廻組、五千人の軍勢が真っ二つに割れていくぞォッ!!」
戦場の入り口を埋め尽くしていたオロチ軍五千人の大軍が、凄まじい悲鳴と共に左右の宙へと弾き飛ばされていく。
その先頭を駆け抜けていたのは、左腰から蒼い刀身に龍の波紋、桜模様の鍔を持つ名刀『妖刀神鬼』を抜き放ったたしぎだった。
たしぎが自分の限界を超えた百二十パーセントの武装色の覇気を注ぎ込むと、絶対不壊の刀身が黒曜石のような漆黒に染まる。六式『剃(ソル)』で踏み込んだ彼女が一閃を振るうたび、超高密度の飛ぶ斬撃『斬り神鬼(きりしんき)』が巨大な黒き三日月となって嵐のように吹き荒れ、前方を塞ぐ数百人の忍者と侍を武器ごと一刀のもとに弾き飛ばしていく。
遠くでキングと刃を交えていたゾロは、その凄まじい斬撃の余波を肌で感じ取り、愕然と目を見開いた。
(な、なんだ今の斬撃の密度は……!? おい待て、あの黒髪に眼鏡……ローグタウンやアラバスタにいた、あの時の海軍の眼鏡女か!? あの頃、俺の知り合いの女(くいな)に似てやがるくせに弱いとか言ってたあいつが……なんで五千人の軍勢を一人で割るような別次元の覇気を纏ってやがるんだ……!?)
さらにたしぎの右翼では、CP10(エース)が覚醒したメラメラの能力――通常の赤い炎を遥かに凌駕する『赤紫色の炎』を周囲に展開していた。『大炎戒』の熱波に覇王色の威圧が重なり、飛んでくる手裏剣や刃をすべて空中で蒸発させながら何百人もの兵士をなぎ倒す。
左翼ではレイジュが空中から『桃色毒矢(ピンクホーネット)』の毒撃で精鋭を蹴散らし、ロビンが『百花繚乱・巨大樹(ヒガンテスコ・マーノ)』で地面から無数の巨大な腕を咲かせ、群がる兵士たちを物理的に左右の壁際へと押し退けていく。
わずか数分のうちに、五千人の大軍のど真ん中に一直線の広い「花道」が切り開かれた。
そしてその中央を、戦う必要すらなく優雅に歩くナミをすぐ後ろに従え、城の外で静観を決め込んでいた光月モモの助の襟首を片手でズルズルと引きずりながら、マヤがまるで自分の庭を散歩するかのように悠然と歩いてきた。
その花道の奥から漂ってきた、荒れ狂う戦場の殺気を包み込むような「温かい気配」に、誰よりも早く気づいたのはヤマトだった。
「……っ! マヤ!!!」
ヤマトの瞳がパッと輝く。
次の瞬間、ヤマトは目の前で刀を構えていたローのことなど完全に無視して背を向け、弾丸のような速度でマヤの元へと駆け出した。
呆気にとられたローの横をすり抜け、ヤマトはモモの助から手を離したマヤの真正面にピタリと立ち止まった。
さっきの朝、波止場で泣きながら見送ったばかりの人が、今、本当に自分の目の前に戻ってきてくれた。その事実を認識した途端、ヤマトの瞳から、なぜかまたポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
そしてヤマトは、自分でもこの行為が何なのかまったく分からないまま、胸の奥から突き動かされる衝動のままに両手を伸ばすと――マヤの身体をひょいっと持ち上げ、自分の目線の高さに合わせて、その唇に自らの唇を重ねた。
「「「えええええええええっ!?」」」
鬼ヶ島の戦場全体の時間が、文字通りピタリと凍りついた。
ゾロもサンジも完全に手が止まり、八岐大蛇のオロチの八つの首がすべて目を飛び出させて硬直する。
数秒後、ゆっくりと唇を離してマヤを地面に降ろしたヤマトは、遅れて羞恥が込み上げてきたのか、白い頬を耳の先まで真っ赤に染めた。
いきなり持ち上げられてキスをされたマヤもまた、顔を真っ赤にして目を白黒させている。
「え? いや、え? どうしたヤマト?」
「え? いや……なんかわからないけど、こうしたらすごく安心できたぞ!」
照れながらも太陽のような笑顔を見せるヤマト。
少し離れた場所でその光景を呆然と見つめていたローは、自分の胸を撫で下ろして深く長い安堵の息を吐き出した。
(……あ、危なかった……。あいつ、マヤ聖のそこまで大事な人だったのかよ……。さっきの戦いで本気で傷つけなくて心の底からよかった、胃が休まった……!)
上空から見下ろしていたカイドウも、額に手を当てて天を仰いだ。
(やはりか、あの娘……戦場のど真ん中でいきなり持ち上げてキスかよ……しかたねーな……)
だが、その凍りついた戦場の中で、白い湯気を噴き上げるギア5のルフィだけは、マヤの姿を認めて怒りに目を血走らせた。
「あいつは……あの悪い天竜人め!!」
ルフィはカイドウに殴りかかるのをぴたりとやめ、完全にマヤへと目標を切り替えた。カイドウもまた、戦闘中によそ見を始めたルフィに興醒めし、金棒を肩に担いで相手にしなくなった。
戦場の動きが完全に止まったところで、マヤは足元に転がっていたボロボロのモモの助を、みんなの見える前へと軽く押し出した。
「え? なんでモモの助が引きずられてんの?」と周囲がざわつく中、マヤは呆れたように戦場を見渡した。
「お前ら、なにやってんの? ……おい、ここのお偉いさん(モモの助)。静観決め込むのはいいけどよ、もうちょい軍だして守るとかしようや? な?」
そのままマヤは、白い湯気を纏って睨んでくるルフィへと視線を向けた。
「それと麦わら、お前なにしてんの? 俺、さっきここ出たばっかりでさ……かっこつかないじゃん? なにこのアホみたいな戦い」
「マヤ!!! どうしたの!?」
ヤマトが嬉しそうに声を上げると、マヤは苦笑して肩をすくめた。
「うん……そうなるよね……わかってた……うん……」
後ろに控えるCP10が、やれやれと溜息をつく。
「わかりますよ? でも、今の状況は結構最悪っていうか、みんなマヤ聖の行動が頭天竜人すぎてこまってます」
「とてもいい止め方ですね。一瞬でもすきができましたが、モモの助さん、ぼろぼろですけど……」
レイジュの冷静な指摘に、マヤはひらひらと手を振った。
「いいんだよ。隙があれば、あとはどうとでもなる」
そう言うと、マヤは百獣海賊団の陣営にいる二人の美女へと視線を向け、親しげに片手を上げた。
「よー、ヤマトに、なんだっけ、ウルティちゃんとか、マリアちゃん。さっきぶりね」
(女性の名前おぼえるのだけははやいんだよな……なんなのこの人、母とか女大事にするのわかるけど)とCP10が内心でツッコむ横で、急に名指しされたうるティとブラックマリアは、戦闘態勢のまま「あ、えええ、さっきぶりですね……」と戸惑いながら頭を下げた。
すると、刀を収めて周囲を警戒していたたしぎが、巨大な八岐大蛇の姿で威嚇しているオロチを指さしてマヤに尋ねた。
「マヤ聖、どうしますか? カイドウさんに助太刀ですか? なんかきもい、首いっぱいの竜いますけど、あれどうみても悪いやつですよね?」
「そうさな……。カイドウ、どうする? あのきもい奴らは俺がおさえる?」
戦場のど真ん中で普通の世間話のように問いかけるマヤに、カイドウは青筋を浮かべて吠えた。
「今話しかけんじゃねーよ! 戦ってるとこだろ! お前本当なんなんの!?」
(マヤ聖さすがです……胃が休まります……)と、ローは遠くで静かに感動していた。
「さて……一旦これで、冷静になったな」
「いや、それマヤ聖の中だけですけど」
CP10のツッコミにも動じず、マヤは満足そうに頷いた。
「いいんだよ。さっきもいったろ、一瞬でいいの笑顔だすのなんてよ。ウルティちゃんと、マリアちゃんに、ヤマトなんかみてみろ、喜んでるだろ」
「来てくれて嬉しいぞ!!!」
ヤマトが満面の笑みで大きく頷く一方、巻き込まれたうるティとブラックマリアは「「え??」」と顔を見合わせて困惑する。
「お前、本当自分解釈すぎて頭天竜人なんだよ!! なにこの戦場、おかしいでしょ? もう!」
カイドウが頭を抱えて叫ぶと、完全に無視されていた八岐大蛇のオロチが顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げた。
「お前いったい、なにさまなんだよ!!」
「きやがったな!! 悪い天――」
ルフィがマヤを指さして叫びかけた、その瞬間だった。
マヤの後ろから一歩前に出たナミが、凍りつくような怒りの瞳でルフィを睨みつけ、その言葉をピシャリと遮った。
「――許さないよ! ルフィ、それ以上マヤの文句は! あんた、もしかしてそんな理由で戦ってるの?」
続けてロビンも、冷ややかな視線をゾロやサンジ、ウソップたち麦わらの一味全体へと向けた。
「他の麦わら一味もそういう理由? ルフィを何故止めないの?」
かつての仲間からの痛烈な問いかけに、ウソップたちが気まずそうに目を逸らし、裏で糸を引いていたオロチの顔からダラダラと冷や汗が流れ落ちる。
マヤは白い湯気を噴き上げているルフィの姿をまじまじと見て、心底呆れたように言った。
「あ〜、なんだ、そういうことね。麦わら、お前またそれか。しかも、なんだその姿……ゆげでまくりできもいぞ?」
「はぁ? ギア5だ! おまえを――」
「だから、それ言うなっていってるのわからない!?」
ナミが再び一喝すると、事情が見えないカイドウが「え? どういうこと?」と首を傾げた。
マヤは申し訳なさそうにカイドウとヤマトの方を向いて、軽く頭を下げた。
「あー、これあれだわ、俺のせいみたいだ、すまん」
「なんでマヤが謝るんだよ!!」
「麦わらは、俺が嫌いなんだよ。そのせいで、お前の親父と戦ってるの、仲良くするのいやだからさ」
「なんでだよ! マヤはいいやつだ!」
「ありがとうよ」
マヤが淡々と真実を暴露してしまったことで、オロチの顔からはますます滝のような汗が噴き出し、ローの胃はすっきりと癒やされていった。
マヤは改めて戦場を見渡し、カイドウとモモの助の二人に声をかけた。
「カイドウ、この島なくなってもいいかな? もものすけも、そこんとこどう?」
「え? なにいってんの? もうおれ、お前のいってることわかんないよ?」
カイドウが目を白黒させ、急に話を振られたモモの助も慌てて口ごもった。
「え? この島をなくすのはこまるけど……戦いでなら、しかたないのかな……?」
「つまり、多少壊してもいいんだね? 了解だ、ならすぐ終わる」
強引に確認を終えたマヤは、カイドウを真っ直ぐに見上げて言った。
「カイドウ、お前のその戦い、くそださい理由だからやめておけ。お前の武勇はそんなやつの動機に乗る必要ないよって。オロチはこちらでもつ」
自分の強さと武勇を真正面から認めてくれた友の言葉に、カイドウの瞳がカッと輝く。
「お、おおう……そういってくれるのか? お前と戦えるのか?」
「そうさな? ヤマト次第な? ヤマトが泣くならやらない。それに、ウルティちゃんとブラックマリアちゃんも泣いたらいやだしな。女性の涙には弱いんだ」
名指しされた三人が「えっ!?」と困惑する中、ヤマトは嬉しそうに頬を緩めた。
「でも、なんかいいな! それ! マヤの言い方!」
マヤはニッと笑うと、隣に立つたしぎとCP10に指示を出した。
「さて、たしぎ、CP10。『月歩おとし』でかたづけよう、それが一番いい」
「わかりました」
「許可がでたならやりますけど、ミンチになりますよ?」
「ガーリングあたりにやった感じで、死ぬ寸前でいいだろ?」
その物騒な会話に、八岐大蛇のオロチが「え? 死ぬ寸前になるの?」と声を裏返らせた。
マヤから笑みが消え、冷徹な赤い瞳がオロチと、その周囲を取り囲む部下たちを射抜いた。
「なるね。隕石が何発も降ってくると思ってくれな? 逃げたい奴はまず逃げろ、忠誠があるやつはオロチ守れ。選択だ、さぁ〜選べよ。人の感情を遊ぶゴミども」
ズゥゥゥンッ……!!
他人の感情や恐怖を弄んできたオロチへの怒りから、マヤの身体から『覇王色の覇気』が漏れ出した。
ただそれだけで、鬼ヶ島全体の大気が激しく軋み、シャーロット・リンリンをも遥かに上回る圧倒的な威圧感が戦場を支配した。
「マヤ! 怒ってるよ! やることやるんだからおさえよ?」
すぐ後ろのナミにたしなめられ、マヤは「そうだったな」と瞬時に覇気を収めた。
だが、その一瞬の覇気だけで、カイドウは全身の毛が逆立つような興奮に目を見開いていた。
「お前、今の覇気なんだよそれ!! 俺と戦っても問題ないだろ!? しかもお前、能力者じゃない……」
ヤマトも、そして戦場の全員が、普段の優しいマヤからは想像もつかない覇気に少しビビっていた。
「あー、そうなるよね、すまんすまん、びびらすつもりないんだ、笑顔ね笑顔」
マヤがいつもの穏やかな顔に戻ると、オロチの周りにいたお庭番衆や見廻組の部下たちが、恐怖に駆られて少しずつ後ろへ逃げ出し始めた。
「まて!! お前ら、まもらんか!!」
「――選択すんだな?」
マヤが片手をスッと天へ上げた。
その合図と同時に、たしぎが六式『月歩』で空を蹴り、一気に上空百五十メートルへと舞い上がる。
そして地上では、CP10が両手を地面に突き、覚醒した赤紫色の炎を巨大な檻のように噴き上げさせる『大炎獄(だいえんごく)・炎柱(えんちゅう)』を発動させ、八岐大蛇のオロチの退路を完全に封鎖した。
ゴォォォォッ!! と天を衝く炎の柱を見たルフィが、愕然と叫ぶ。
「めらめらだと!? エースの悪魔の実をくわせたのか!!」
ヤマトも同じようにハッと息を呑む中、マヤは表情を変えずに答えた。
「まーな……あいつは死んだからな、その意志を昇華させたんだ」
嘘は言っていなかった。
そして次の瞬間、上空百五十メートルから見聞色でオロチを捕捉したたしぎが、手にしていた『妖刀神鬼』からパッと手を離した。
手を離れた神鬼は、所有者認証システムによって一瞬にして「島のような超重量」へと変化し、大気を切り裂いて垂直に落下した。
ドゴォォォォォンッ!!
爆撃のような衝撃音と共に、鬼ヶ島の床に巨大な隕石クレーターが一瞬で穿たれ、CP10がそれに対して炎柱をどんどん狭めていく。
落下した神鬼は呪いによって一秒で上空のたしぎの鞘へと自動回収され、さっきまでの戦闘の消耗も重なって一発目でもうへろへろになったオロチを、マヤが冷たく見下ろした。
「一発でこれか。次でいいか? オロチ」
「ま……っ、て……く……れ……」
「休憩か? 次おちてくるのに数秒あるぞ? そこで休憩しろ」
マヤがもう一度手を上げる。
上空のたしぎがもう一回刀を手放し、二発目の超重量爆撃がクレーターの底へと突き刺さった。
土煙が晴れると、オロチは完全に沈黙しており、周囲の海賊も侍も、その容赦のない光景にドン引きして声を失っていた。
「おまえ……なんだその出鱈目の攻撃はよ!!」
「お前のほうがでたらめだろうが! オロチが弱ってたせいだよ。きっとな?」
「マヤの部下は凄いんだな……マヤもすごいってことか? さっきのあれにはびっくりしたけど」
「すまないね、ヤマト」
その静寂を破ったのは、白い湯気を噴き上げるギア5のルフィだった。
「エースの実を食べたやつがあんなに強く……くそ……俺は今、ギア5になったんだぞ!!」
ルフィが地面を蹴って跳躍し、マヤへ向かって渾身の拳を叩き込んだ。
とっさに前に出ようとしたCP10を、マヤは片手でスッと制止し――そのギア5の一撃を、またも正面からそのまま受け止めた。
ドォォォンッ!!
激しい衝撃音が響く。だが、空間の水素原子核の結合を無意識に支配する『NMER』と覇王色を纏うマヤは、血の一滴すら流れておらず、足元の石畳から一ミリたりとも吹き飛ばずにそこに立っていた。
「……またお前は、そのキモい姿になっても殴るのかよ?」
マヤの静かな声に、戦場の全員が驚愕に目を見開いた。
ギア5の全力の拳を食らってなお、微動だにしない底知れない強さ。うるティもブラックマリアも、そしてヤマトも、その怪物ぶりに一瞬ビビったが、同時に一歩も引かずに立ち続けるその背中に、(……っ、でも、少しかっこいいかも……!)と胸を高鳴らせた。
そしてカイドウは、ここで大喜びして笑みを浮かべた。
(なんだあいつ。なんだよその強さは!)
自分の拳がまったく効かなかったことに焦ったルフィは、苦し紛れにマヤを指さして難癖をつけた。
「お、お前がこの国の人を、いまみたいにやったんだろ!」
その瞬間、マヤの隣にいたレイジュが一歩前へと進み出て、氷のように冷静な声で言い放った。
「客観的にみて、麦わら海賊、あなたの言い分は破綻してます。……それとマヤ聖、貴方なぐられないでください。みんなの怒りがたまってます」
レイジュの言葉通り、ナミもロビンもたしぎも、主を殴られた怒りで目を険しくしていた。遠くで見ていたローも、(くそが!! お前の監視任務さえなければ、俺が速攻でバラしてやるところだぞ!)と奥歯を噛み締めていた。
そして――マヤが上げていた制止の手を、CP10(エース)が初めて無視して押し下げた。
「叱りは受ける。だが、もうだめだ」
マヤが止めるよりも早く、CP10の姿が六式『剃』で掻き消えた。
彼はメラメラの炎すら使わず、ただ純粋に極限まで鍛え上げた『六式』の体術だけでギア5のルフィを圧倒し、嵐のような連撃を叩き込んで瓦礫の山へと一方的に殴り飛ばした。
ドガァァァン!! と倒れ伏したルフィを、CP10は冷たく見下ろして吐き捨てた。
「お前のように、今多少強くなったばかりの奴に負けねーよ。海賊」
(……ルフィ、いまのおまえじゃ、あのお方にはとどかねーよ……)
船長であるルフィが一瞬で沈められた直後、我慢できなくなったゾロが三本の刀を抜いてたしぎの前へと飛び出した。
先ほど五千人の大軍を真っ二つに割った剣士が、かつて自分の知り合いの女(くいな)に似ていて弱いと見下していた相手だという事実に、剣士としてのプライドが揺さぶられたのだ。
「おい待て……お前は、海軍の眼鏡女!!」
鬼気迫る殺気を放つゾロ。だが、上空から降り立ったばかりのたしぎは、チラッと横目でゾロを見ただけで、構えすら取らずに相手にもしなかった。
(な、なんだその目は……! 次元が違うとでも言いたいのか……!?)
焦燥に駆られたゾロは地面を蹴り、たしぎへと渾身の斬撃を浴びせかけた。
キンッ!! と乾いた音が響く。だが、たしぎは刀を抜くことすらなく、白い鞘の腹と最小限の体捌きだけで、ゾロの三刀流の斬撃をいとも普通にいなして弾き返してしまった。
「おいおい、いきなり斬りかかるとは、それで剣士なのかい? 女にふられてかっこわるいぜ?」
隣に立つCP10が皮肉たっぷりに笑う中、たしぎは凛とした冷たい目でゾロを見下ろした。
「貴方のような海賊に、抜く剣はありません。その腰の刀、本来回収したいですが、今は目をつぶります。マヤ聖が何もおっしゃらないので」
するとマヤが、ゾロの腰の名刀をチラリと見てから、たしぎに優しく声をかけた。
「ふーん、まあその刀はもっておけよ? 旅に必要だろ? ……たしぎ、成長したな。そうだぞ? 『名刀だ!』といってすぐとびかかってたら、本当に大事なことを見誤るってことだ」
「あっ……はいっ……!」
ゾロの前では氷のようだったたしぎが、マヤに褒められた途端に顔を赤くして少し照れる。その圧倒的な次元の差に、ゾロは刀を握りしめたまま愕然と立ち尽くした。
その横で、サンジは「自分のせいで姉のレイジュが天竜人のそばに置かれているのではないか」という複雑な罪悪感を抱えながら、レイジュの方をじっと見つめた。
だが、サンジの視線に気づいたレイジュは、サンジに向かって片手で「ひらひら」と軽く手を振っただけで、すぐさまクルリとマヤの方へ向き直り、何事もなかったかのようにキリッとした『秘書モード』へと戻ってしまった。サンジはただ、居たたまれない顔でうなだれるしかなかった。
戦場が完全に片付くと、カイドウが身を乗り出して大声で叫んだ。
「俺とやれよ!! マヤ!! 友達だろ!?」
「お前都合いいな? さっきまで、散々娘はやらんとかやってたのによ! 今度な? 後処理めんどいだろこの国のよ。まー、もものすけがなんとかするかね。カイドウ、お前下手なことするなよ? そうしたら俺と戦えなくなるからな」
「くそ、本当うまいやつだよ、お前はよ」
カイドウが苦笑する横で、その言葉を聞いていたヤマトが、ふと自分の胸に手を当てて呟いた。
「娘はやらんってどういうことだ? 僕は……そうだな……女だ」
「そういうことだ、ヤマト、お前はお前だ。ウルティちゃんとブラックマリアあたりから、女性を磨くのもいいんじゃないか?」
いきなり話を振られたうるティとブラックマリアの二人は、顔を見合わせて笑うしかなかった。
戦場に和やかな笑いが広がりかけた、その時だった。
マヤがふと真顔になり、隣に立つCP10の方へと向き直った。
「――そういえばよ! CP10、お前。さっき命令違反したよな?」
ピシッ、と。
笑っていた全員の笑顔が凍りつき、場の空気が一気に張り詰めた。
天竜人であるマヤの「制止」を振り切って飛び出したCP10は、すでにどんな重い処断が下されることも覚悟していた。彼はサングラスの奥の瞳を閉じ、一歩前に出て深く頭を下げた。
「はい、お怒りはごもっともです。言い訳はしない」
「あの、マヤ聖、客観的にみて今の件は私の発言も――」
慌てて庇おうとしたレイジュを、マヤは片手を上げて優しく制した。
「レイジュ、CP10、いいんだ。俺は怒ってない」
その言葉を聞いた瞬間、マヤの性格を誰よりも熟知しているナミとロビンだけが、顔を見合わせてニヤリと微笑んだ。
マヤは頭を下げているCP10の肩にポンと手を置き、穏やかな声で続けた。
「俺はよ、言いなりになる人形はいらないんだよ。時には俺をいさめてくれるやつがいるのは嬉しいさ。ようはよ、CP10……あのときとびでてくれて、ありがとうな」
「……っ!!」
処断される覚悟を決めていたCP10の目が見開かれ、サングラスの下から、熱い涙がポロポロと頬を伝ってこぼれ落ちた。
「ふふ、CP10もまだまだね。マヤはそういう人でしょ?」
「本当その通りよ? だから私たちが怒るたびに、あなたを止めてきたのでしょ?」
ナミとロビンが優しく声をかけると、それを見ていたヤマトが目をキラキラと輝かせて大きく頷いた。
「そういうのいいな! マヤの事は大好きだぞ!!」
カイドウは再び天を仰いだ。
(相性よすぎだ、こいつら……)
涙を拭うCP10と、微笑む仲間たちの顔を一人ずつ見渡しながら、マヤは胸の奥から込み上げてくる熱いものを噛み締め、ぽつりと呟いた。
「……みんなが無事でよかったよ……。本当によかった」
五歳のあの日から二十年間、マヤはずっとたった一人でシャボンディ諸島の過酷などぶさらいを続けてきた。どれほど海賊に殴られても、泥を被っても、自分一人が我慢すればいいと当たり前のように思ってきたせいで、「自分が傷つけられた時に、仲間が自分のために本気で怒ってくれる」という感情を、マヤはこれまで知らなかったのだ。
それが今、マヤの胸の中で一気に爆発した。
マヤの全身から、先ほどの威圧とはまったく違う、どこまでも優しく温かい『包容の覇王色の覇気』が黄金色の陽だまりのようにあふれ出した。
そしてマヤが見せた、雲間から差す太陽のような眩しい笑顔に、ナミたちも、ヤマトも、うるティやブラックマリアも、そしてカイドウたち百獣海賊団の面々すらも、戦場にいた全員が心を丸裸にされるように温かく飲み込まれていった。