新世界の一角に浮かぶ、かつて「音楽の王国」として栄えた島・エレジア。
崩れかけた古代風の石柱や巨大な音楽堂の廃墟が並ぶ海岸の広場に、一隻のライオンの船首像を持つ海賊船『サウザンド・サニー号』が錨を下ろしていた。
華やかなステージ衣装に身を包み、ヘッドホンを首にかけた紅白のツートンカラーの髪の少女――世界的歌姫・ウタは、海岸の方から近づいてくる懐かしい麦わら帽子の青年の姿を見つけて、パッと顔を輝かせた。
「よーー、ウタ!!」
ルフィが両手を振って駆け寄ってくる。
だが、ルフィが目の前まで来てピタリと止まった瞬間、笑顔で迎えようとしたウタの顔が険しく歪み、思わず両手で自分の鼻をつまんで一歩後ろへと飛び退いた。
「――くさ!! どうしたの? ルフィ?」
感動の再会の第一声は、容赦のない悪臭への指摘だった。
何日も風呂に入らず、洗濯もしていないルフィたちの衣服からは、潮風すら掻き消すような強烈なすえた臭いが漂っていたのである。
「あ? そうか? いやな、悪い天竜人にナミとロビンをつれてかれちまってよ、大変なんだよ!」
鼻の下を擦りながら悪びれもせずに言うルフィに、ウタは鼻をつまんだまま眉をひそめた。
「ナミ? ロビン? あんたの船の仲間ってこと? ……でも、その二人がいないとなんでそんなに臭くなるのよ?」
「あいつらは航海士と学者みたいなもんだな!」
「え? なにいってんの。航海士と学者の二人がいなくても、普通はそんな汚くならないよね?」
ウタのあまりにも真っ当な疑問に、ルフィは「んー? そうかな?」と首を傾げている。
その後ろで、刀を担いで立っていたトラファルガー・ローは、早くもズキズキと痛み始めた胃を押さえながら、内心で白目を剥いていた。
(ふざけんじゃねーぞ、麦わら屋……! マヤ聖から今までどんだけ金もらってると思ってんだよ。あの人がお前らに回した資金だけで、もう小国の国家予算3か月分くらい使ってるぞ……。ボロボロにした船だって2回も修理してもらってるしよ、旅費だって普通に旅してりゃ3年分くらいもらってるのに、まだあの方を悪くいうのかよ。お前、ワノ国のカイドウのとこで何を学んだんだよ……!)
ローが心の中で血の涙を流して帳簿を計算している横で、ルフィはウタに向かって得意げに胸を張った。
「それよりウタ、俺すげーつよくなったんだぜ!」
「そう? 私も歌が大好きで、いまもここでみんなのためにうたってるんだ!」
(……俺の知ってるこの裏事情さえなければ、幼馴染同士の素晴らしい出会いなんでしょうね……)
ローは遠い目をして、廃墟の空を仰いだ。
その時だった。
エレジアの入り江の向こうから、赤い竜の船首像を持つ巨大な海賊船『レッド・フォース号』が、まるでタイミングを計っていたかのように颯爽と姿を現した。
ドンと錨が下ろされ、岸壁の上へと飛び降りてきたのは、黒いマントを潮風に翻した赤髪のシャンクス。
その後ろには、副船長のベン・ベックマン、狙撃手のヤソップ、骨付き肉を咥えたラッキー・ルウをはじめ、ライムジュース、ボンク・パンチと猿のモンスター、ビルディング・スネイク、船医のホンゴウ、ガブ、そして新入りのロックスターまで、四皇・赤髪海賊団の幹部たちが全員揃って威風堂々と並び立った。
「久々だな、お前達!」
主役のようにカッコいい演出で現れたシャンクスの声に、ウタの瞳がパッと大きく見開かれた。
「みんな!!! 会いたかったよ!!!」
「おう、ウタ! お前の歌はわすれられないさ!」
幹部たちがニカッと笑って手を振る。
その感動的な再会の光景を後ろから眺めながら、ローは冷めきった目で小さく首を傾げた。
(……なにこれ。忘れられないって、お前らがこの島にウタをおいていったんじゃないのか……?)
シャンクスはウタとルフィの前に歩み寄ると、感慨深そうに二人の顔を見比べた。
「しかし、ウタもすっかりでかくなったな? ルフィもな」
「へへへ、俺がんばったからな! こないだワノ国で、カイドウもぶっとばしてやったぜ!」
「何? あのカイドウをか? そりゃすげー! よし野郎ども、今日は宴だ!」
シャンクスが豪快に笑い、赤髪海賊団の面々が「おおーっ!!」と歓声を上げる。
ローのこめかみに、ビキッと太い血管が浮き出た。
(ふざけんなよ麦わら屋!! お前、カイドウにぶっ飛ばされてただろうが!! 挙句の果てにマヤ聖をぶん殴って、CP10に六式でボコボコに蹴り倒されて終わっただろうが! 話を盛ってんじゃねーぞ! しかもお前、ワノ国では悪党のオロチのほうについてたじゃねーか!)
するとシャンクスは、ルフィの後ろに並ぶゾロやサンジ、ウソップたちの顔を見渡し、ふと眉をひそめた。
「お前達も宴に参加しろよ……って、おいルフィ。手配書で見た航海士のナミと、ロビンがいねーじゃねーか?」
「そうなんだよ!! シャンクス! あいつら、悪い天竜人にもっていかれたんだよ!!」
ルフィが地団駄を踏んで叫んだ瞬間。
シャンクスがギリッと奥歯を噛み締め、ベックマンやヤソップたち赤髪海賊団の全員が一斉に武器へ手をかけて戦闘モードの殺気を放った。
「……そうか。仲間に手を出されたんなら、とりかえさないとな?」
「そうだろ!?」
息巻くルフィとシャンクスだったが、そこへゾロが険しい顔で一歩前に出て、二人の間に割って入った。
「ちょっとまってくれ、シャンクス。部外者が口を挟まないでくれないか? この問題はうちら一味の問題なんだよ」
「何? お前達が相手の手強さにビビって、とりかえせないだけなんだろ?」
シャンクスが鋭い目を向けると、隣でタバコをふかしていたサンジが、苦々しげに煙を吐き出して首を横に振った。
「そうじゃない。ナミさんとロビンちゃんは、攫われたんじゃなく、自らの意志で向こうへいった。ただそれだけだ」
(……頼むから、誰もこれ以上余計なことをするなよ。ここで四皇まで乗っかったら、マヤ聖、今度こそ本当に海軍本部の全戦力を呼ぶぞ……)
ローが冷や汗を拭う中、シャンクスは「そうか、まーとりあえず宴だ!! そこで詳しく話を聞くよ」と笑い、広場に酒樽と肉を並べさせた。
(ふざけんなよ赤髪!! お前関係ないだろ? これ以上話をややこしくすんなよ!)
廃墟の広場に焚き火が焚かれ、赤髪海賊団と麦わらの一味による賑やかな宴が始まった。
ステージの上では、みんなとの再会に安心しているウタが、悪魔の実の能力を発動させることなく、純粋な生身の歌声で軽やかに歌を披露している。
「みんな、聞いてくれてありがとう!」
「おおーっ、ウタの歌はやっぱり最高だな!」
拍手喝采が巻き起こる中、隅の岩に座っていたローは、片手で胃を押さえながら周囲を警戒していた。
(……よし、能力は発動してねえよな? 普通に歌ってるだけだよな?)
そこへチョッパーがトコトコと歩いてきて、心配そうにローの顔を覗き込んだ。
「ロー、大丈夫か? さっきからまた胃がいたむんだもんな?」
「まーな……大丈夫だよ……かろうじてな」
向こうの酒樽の前では、ヤソップとウソップの親子が肩を組んで「さすが俺の息子だ!」「親父こそすげーよ!」と、これまでの失態などすっかり忘れたアホ丸出しの顔で再会を喜んでいる。
サンジはそれをジト目で睨みつけ、忌々しそうに呟いた。
「くそが、よくもあんな風にうかれてやがる……俺の実家(ヴィンスモーク)の件や、ワノ国で自分が何を口走ったかまで忘れてんのかよ……」
やがて歌い終えたウタが降りてくると、大杯の酒を飲み干したシャンクスが、座り直して本題を切り出した。
「で、さっきの話だが、実際はどういうことなんだよ?」
「だからいっただろ? こっちの問題だ。ナミとロビンは、天竜人のもとにいった、自らな」
ゾロがぶっきらぼうに答えると、シャンクスは顎に手を当ててルフィの方を向いた。
「ふむ……ルフィはどうなんだ?」
(――だから、そいつに話をふるんじゃねーよ!! そいつはその件になると頭おかしくなってるからよ! くそ、もう俺の我慢の限界だぞ!!)
「だから、二人は悪い天竜人に攫われたんだよ! 俺たちに手切れ金とか渡されてよ!」
ルフィの言葉に、葉巻を咥えたベックマンが目を細めて低く唸った。
「手切れ金だと? そりゃおだやかじゃねーな? 天竜人が権力と金で海賊の仲間を買い取って縛り付けてるってわけか」
バキィッ!!
その瞬間、ローの手の中で酒の入った木杯が粉々に砕け散った。
潜入任務の鉄則も忘れ、ローは立ち上がってルフィの顔をビシッと指さし、腹の底からブチ切れた怒声を浴びせかけた。
「――ふざけるなよ!!! 違うだろうが!! ルフィ!! 全部お前のせいだろうがよ! お前が何の落ち度もない天竜人をいきなりぶん殴って、愛想を尽かしたあの二人は自分の意志でむこうにいったんだろうが!」
ローの剣幕に広場が静まり返り、シャンクスが真面目な顔でルフィを見た。
「おい……ルフィ、今の話、本当か?」
「殴ったぞ! だってあいつ、悪い天竜人だったからな! シャンクスみたいな大海賊になるには、悪いやつをやるべきだろ?」
「いい加減にしろ!? お前、あの天竜人をなん十発も一方的になぐってるんだぞ? それを処刑もせずに許して金まで出す天竜人なんて、本当は世界のどこにもいないんだよ!」
ローが肩で息をしながら叫ぶと、シャンクスの顔から笑みが消え、妙な胸騒ぎを覚えたように片手を上げて制した。
「……ちょっとまってくれ……。おい、その天竜人の名前はわかるのか?」
その問いに、ルフィ以外の麦わらの一味全員が頷いた。ウソップも酔っ払って何の気なしに頷いている。
代表してゾロが、短くその名を告げた。
「――『マヤ聖』だ」
ピタリ、と。
シャンクスの動きが止まり、次の瞬間、シャンクスは無言でガクリと天を仰いだ。
(……まじか……。よりによって、あいつかよ……。あいつには、絶対に一番かかわりたくないんだよ……!)
フィガーランド家の血を引くシャンクスは、聖地マリージョアの裏事情や、シンキ・マヤ聖という男がどれほど規格外の怪物であるかを薄々把握していた。
「そうか、そうか……」
冷や汗を隠して呟くシャンクスに、事情を知らないウタが無邪気に身を乗り出した。
「どうしたの? シャンクス? そいつ、ぶっとばすのか?」
赤髪海賊団の幹部たちも「おう、やってやろうぜ!」と頷き、ヤソップも銃を叩いて頷く。
(もうだめだこいつら……まあ、マヤ聖がこんな辺鄙な島に来る理由はないから、放っておけばいいのか?)とローが頭を抱えた時、シャンクスが額を押さえながらルフィに確認した。
「……ちょっとまってくれ、今考えてる。……おいルフィ、お前、そのマヤ聖を殴りまくったんだよな?」
「そうだな、今までで二十発くらいなぐったんじゃないか? あいつ、俺たちの前にくるたびに悪さしてたからな!」
「それも違うだろ? あいつは何もしちゃいねーだろ、ルフィが勝手に悪党だと決めてかかってるだけだろうが」
ゾロが冷静に訂正し、赤髪海賊団の幹部たちが「ん? どういうことだ?」と顔を見合わせる。
だが、息子の前で良い格好を見せたいヤソップが、酒の勢いで豪快に笑い飛ばした。
「まあ細かいことはいいじゃねーか! でもよ、天竜人なんてのはどいつもこいつもろくなやつがいねーよ! そんな奴、俺の狙撃で眉間を一撃だな!」
「すげーーよ、親父!!」
「そんなになんだ! ならシャンクス、そいつやっちゃえ!!!」
ウソップとウタが手を叩いて盛り上がった――まさにその時だった。
「――あらら……。何か海岸に赤い船が見えると思ったら、お前達、こんなところでなーにしてんの? すこーし物騒なこと聞いちゃったんだけど……」
広場の入り口の石畳を、チリンチリンと間の抜けたベルの音を響かせながら、一台の自転車に乗った長身の男がふらりと現れた。
青いシャツにアイマスクを額に上げた男――海軍本部『世界巡回警備大将』のクザン(青雉)である。
(まじか、青雉……! やめて、ここでマヤ聖を呼ばないで……いや、むしろ呼ぶべきなのか!?)
ローが目を丸くする中、クザンは自転車の片足を地面につけ、頭をポリポリと掻きながら一味を見渡した。
「今、マヤ聖がなんたらってさ……。ごめんね〜、俺、意外と耳がいいもんでね。一応俺、立場的には『巡回警備大将』って名目でまだ海軍大将なんだわ。すこーしその辺、詳しく聞かせてくれないかな? マヤ聖がなんだって?」
現役の海軍大将の登場に、赤髪海賊団の幹部たちが少し気まずそうに口をつぐむ。
しかし、空気が読めないウタとルフィだけは、クザンに向かって堂々と胸を張った。
「そいつをぶっとばすんだよ!! だって悪い天竜人だからね!! ね、シャンクス?」
「そうだぞ!! ぶっとばす!! 悪いんだからな!!」
「…………」
シャンクスが顔をひきつらせて沈黙するのをよそに、クザンは「おやおや」と呆れたように肩をすくめた。
「あの方をぶっとばすの? そりゃいけねーな……。普通のクズの天竜人なら俺も見逃したかもだけどよ? 俺にこの気楽な役職をくれたの、あの人なわけよ……。俺的にもすごく縁がある恩人なんだわ。そうだな、ここに呼ぶかい? あの人ならすぐきてくれるぞ?」
クザンの言葉に、赤髪海賊団も麦わらの一味も一気に立場が追い詰められていく。
すると、黙って聞いていたローが、すっと手を上げて言った。
「――ええ、呼んでもらって、ここで直接話しましょうか?」
シャンクスがカッと目を見開いてローを睨んだ。(おいトラファルガー、お前なにいってんだよ!!!)
「おう、呼べよ! ナミとロビンを返してもらう!」
「そうだね! 返してもらおう! ……って、でもさっきの話だと、その二人は本人たちの意志でいったんでしょ? なんかおかしくない?」
ウタが今さらながら疑問を口にすると、クザンはため息をついた。
「へ〜、麦わら、お前まだそういう認識してんのか、ほんとやばいな。まあ、いきなり呼んでまた殴らせるのもあれだしな、まずは電伝虫で話してみるかね」
「ちょっとまってくれ、青雉! そこまでしなくてもいい、今のはただの宴の酒のあてだ!」
シャンクスが慌てて止めようとしたが、クザンは耳をほじる仕草をしながら懐から電伝虫を取り出した。
「おやおや……おかしいね……。『狙撃で一撃だ』とか聞こえた気がしたけど、俺の耳がおかしくなったのかい? ま、もう確認とるね?」
ローが後ろを向いて、内心で力強くガッツポーズを決めた。
『プルルルル……ガチャ。……おう、どうした? クザン。気ままにやってていい役職だろ? 俺に直接かけるなんてよっぽどか? お前は自由でやってていいんだぞ? わざわざ、俺に気を遣うなよ?』
スピーカーから流れてきた、天竜人とは思えないほど気さくで優しい青年の声に、ベックマンやヤソップたち赤髪海賊団の面々が絶句した。(え……こんな気やすい人なの? 聞いてた天竜人のイメージと全然ちがうんだけど……)
「えーと、すこーし確認なんですよ。どうやらマヤ聖、貴方いま命狙われてるみたいですね? ヤソップ、ルフィ、ウソップ、シャンクス、ウタってやつに。赤髪海賊団と麦わらの一味ですね? なにか心あたりは?」
その名前が告げられた瞬間、電伝虫の向こうの空気が一変した。
『――赤髪だと!!!! あのやろう……今度は誰になに吹き込まれた!?』
通信越しでも肌が粟立つようなドス黒い怒気と、『おいマヤ聖、おちついてください!』という周囲の制止の声がスピーカーから響き渡る。
「……おっかないですって、マヤ聖おちついてくださいよ……」
『はぁ〜……。わりぃクザン、そいつの名前聞くとな、少しな。しかし、俺の命が狙われるってのは……って、おい』
受話器が奪われるような音がして、代わりに凛とした美しい女性の声が響いた。
『はじめまして、クザン大将。専属秘書のレイジュです。少しマヤ聖は落ち着いたほうがいいので、こちらで伺います。穏やかではないので』
サンジが(レイジュの姉貴……すまねェ……)と顔を覆い、ローは(マヤ聖……そしてレイジュさん、胃が休まります!!)と生気を取り戻す。チョッパーが「おお、ロー、急に顔色よくなったな? よかったな!」と無邪気に喜んだ。
「ま〜今ね、俺の目の前にそいつら全員いるわけですよ。本人は酒のあてだって言ってましたが、まじな感じでマヤ聖を襲う算段をつけてたわけなので、ここ来れます? 直接話したほうがいいかなと」
『そうですね。聞いた限りでは、会いにいって直接話をするのもやぶさかではないでしょう。麦わら一味とはつい最近もワノ国とゾウでもめてますし。ですが、今回ばかりはマヤ聖のお怒りがもつか少しわかりかねます。場所を教えてもらえますか?』
クザンがエレジアの位置を伝えると、レイジュは即座に計算して答えた。
『そうですか。こちらの超高速船でいけば、半日もかからずいけますね。そちらの二人の船長さんは、それでいいのか聞いてもらえますか?』
あまりにも整然としたやり取りに、ゾロやサンジたち麦わらの一味が青ざめ始める。
クザンが受話器を片手に、ルフィとシャンクスを振り返った。
「だってさ。どうなんだ? きてくれるってよ? 会いたいんだろ?」
「おう、こいよ! 今度こそ決着をつけてやる!!」
「えっ、わ、私はその、あの……」
ルフィが拳を叩き合わせ、ウタが戸惑う横で、ウソップの手前引くに引けなくなった酔っ払いのヤソップが胸を叩いた。
「俺はいいぜ! いつでも相手になってやろう!」
そしてシャンクスは、深く顔をしかめて首を横に振った。
「……俺は、来ないほうがいいと思ってる。だが、今のこいつらをとめられねー」
「へ〜、だそうです」
『なるほど、シャンクスらしいうまい逃げですね。では、船の出航準備はすでに終わってますので、到着までの時間はさらに短くなるということで。失礼します』
ガチャン、と通信が切れた。
クザンは電伝虫を懐にしまうと、ひらひらと手を振って自転車のペダルを漕ぎ出した。
「よかったね〜、すぐきてくれるってさ。それまで、ここで仲良く宴しててよ。俺はもう次いくからよ?」
クザンが嵐のように去っていったあと、広場には妙な熱気が残っていた。
「ガハハハ、聞いたかウソップ! 俺の狙撃がうなるぜー! あいつらの船が水平線にみえたら、俺の腕をみせてやるぜ!!」
「すげー、そんな遠距離からでもできるのかよ!! さすが親父だ!!」
盛り上がる親子に対し、ウタは不安そうにシャンクスの袖を引いた。
「ね〜これ、本当によかったの? なんだか電話の向こうのあのマヤ聖って人、すごかったよ? 私たちが知らない何かがあるんじゃないの?」
「ふん、気にするなウタ。天竜人なんてのはあんなもんさ。自分の思い通りにならないと、すぐ癇癪を起こして人を殺したりする連中だからな」
ベックマンが葉巻の煙を吐き出すと、シャンクスがこれまでにないほど鋭く低い声で遮った。
「――ベック、あいつを悪くいうな。いいか、あいつの目の前でだけは、今の言葉を絶対いうな!」
「おいおい、どうした? シャンクス、お前らしくないぞ? 来たところで、お前の必殺技『神避(かむさり)』で一刀両断にぶったぎってくれよ!」
「すげー、なんだそれ! 俺もみてみたいな!!」
ヤソップとルフィが無邪気に騒ぐ中、シャンクスは額に脂汗を浮かべて首を振った。
「そういう話じゃないんだよ……」
「酔いすぎだシャンクス、お前が難しく考えすぎてるだけだ」
「そうだぞお頭、肉食って腹いっぱいになったころには、いいお楽しみさ!」
「肉!!!!! いいな、いっぱいくうぞ!」
ラッキー・ルウとルフィが肉に食らいつき、ウタが「本当にいいの……?」と眉を下げる中、ローだけは自分の胸元の刻印を押さえ、(マヤ聖が来てくれる。嬉しすぎる、心の底から崇拝してます、この胸の刻印にかけて……!)と静かに震えていた。
その頃、海を切り裂いてエレジアへと全速力で突き進む百五十メートル級の白銀の超高速船。
今回の航海には、ナミ、ロビン、ヤマト、レイジュ、たしぎ、CP10に加え、ビビ、カヤ、そして赤ん坊を連れたマキノも同行していた。
マヤは船内の大サロンで、カヤとマキノ、ビビの三人に言った。
「普段なら、カヤ、マキノ、ビビ、お前達は危ないから屋敷においていく案件だ。……でも、今回は相手が相手なんで、お前達は船の中で様子をみていろ。外の声は電伝虫でサロンにつないでおくからよ」
事情をまだ詳しく知らされていないカヤとマキノは、きょとんとして顔を見合わせる。
「すまんな、ただのちょっとした船の旅だ、デカい船でのな?」
マヤが優しく微笑むと、カヤたちは頷いて喜んだが、マヤの赤い瞳の奥には一切の笑みがない冷徹な光が宿っていた。後ろに立つCP10が(マヤ聖、目が、目が笑ってないですね……)と内心で身震いする。
そこへ、何も知らないヤマトが後ろからガバッとマヤに抱きついた。
「マヤ!! またみんなで冒険だ! 楽しみだぞ!!! やったな!!」
「そうだな、ヤマト。お前が喜んでくれるなら嬉しいさ」
ヤマトの頭を撫でるマヤの横顔を、マヤの本当の怒りを知るナミとロビンだけは、複雑な表情で見つめていた。
そして数時間後。
エレジアの沖合の水平線に、白銀の超高速船がその巨大な姿を現した。
岸壁で見張っていたヤソップは、双眼鏡を覗き込んだ瞬間、息を呑んで固まった。
「なんだ……おい……あのばかでかい船はよ!! 百五十メートルはあるぞ、しかも金ピカじゃなく、普通の天竜人みたいに無駄な威圧のある感じじゃねーじゃねーか!!」
「親父、きたぞ! 狙撃してくれよ!!! まってるぜ!!」
隣でウソップが目を輝かせて急かす。
(おいおい、こんな軍艦以上の怪物船だなんて聞いてないぞ……おかしいぞあの船……)とヤソップは本能的な悪寒を覚えたが、息子の手前、後に引けずに銃を構えた。
「あ、ああ、まかせろ……」
「まてヤソップ、撃つな!! 向こうはクザンの仲介で『話』をしにきてるんだ、こっちが先に手を出したら――」
シャンクスが顔色を変えて制止しようとしたが、ベックマンが肩をすくめて言った。
「シャンクス、今日のお前はおかしいぞ? お前なら、敵船が見えたら迷わず先制攻撃を許すだろうが? どうしたんだよ?」
「親父、早くうってくれよ!!」
ウソップの声に背中を押され、ヤソップは「くそが……!」と親の見栄を優先して銃口の先端を開き、引き金を引いた。
ズガァァァン!!
放たれた覇気纏いの銃弾が海を越え、減速しながら港へ近づいていたマヤの巨艦の船首装甲へと激突し、火花を散らした。
「――なにしてやがんだ、ヤソップ!!!」
「いつもどおりの威嚇だろうが! なに本気できれてんだよ、シャンクス!」
怒鳴るシャンクスと反論するベックマンの横で、ウタが青ざめて海を指さした。
「ねえ、ちょっとまずいんじゃないの? あの船、撃たれたのに全然止まらないよ!?」
「すげー、この距離であてるのかよ!! ヤソップすごいな!」
無邪気にはしゃぐルフィの横で、シャンクスは血の気が引くのを感じていた。
(くそ……話し合いに来たあいつに対して、こっちから先制攻撃をしてしまった……! これで完全に言い逃れができなくなった、やばいぞ……!)
一方、白銀の巨艦のブリッジでは、マヤが窓の向こうに停泊するレッド・フォース号とサニー号を見つめ、低く静かな声で呟いた。
「……撃ってきたな。本当に、俺を狙ってるんだな」
後ろのモニターで外の景色を見ていたマキノとカヤが、信じられないものを見るように息を呑んだ。
「あの赤い船は……嘘でしょ!? シャンクスたちの船じゃない……なんでマヤ聖を撃つの?」
「どういうことなの?」
ビビがもう一隻のライオンの船首像の船を指さす。
「そして、あの隣にある大きいのはサニー号ね」
「え? でもビビさん、私があげたメリー号の後継のサニー号なら、もっと小さいはずよ?」
「サニー号はね、色々あってあんな風に大きく改修されたのよ、カヤちゃん」
ナミが説明すると、カヤの顔からサッと血の気が引いた。
「つ、つまり……あの岸壁から、ウソップさんたちも一緒に撃ってきたってこと?」
「……そうなるわね……」
ロビンの言葉に、カヤは胸元を押さえて震えた。
「うそでしょ……? マヤ聖は、彼らに資金をあげて助けてばかりで、悪いことなんてなにもしてないじゃない……!」
「あいつ、とうとう俺の存在が邪魔になったか……」
マヤの冷え切った呟きに、マキノが「どういうこと? え?」と混乱して目を泳がせる。
すると、専属秘書のレイジュがすっと二人の前へ進み出て、穏やかな声で誘導した。
「マキノさん、カヤさん、ビビ様も。上陸の前に、少し下のバーカウンターで温かい飲み物でも作りましょうね?」
「ああ、マキノの作る飲み物はうまいからな、そうしてくれるか? 今回はコアラを屋敷においてきたしな」
「わ、わかりました……」
レイジュの配慮によって、マキノ、カヤ、ビビの三人がサロン奥のバーカウンターへと移動していく。
三人の姿が見えなくなった瞬間、マヤは再び正面の岸壁へと視線を戻した。
「あいつ、本気でやる気みたいだな……」
「指示があったら、いつでもやりますよ」
CP10が黒革の手袋を締め直し、隣に立つたしぎも『妖刀神鬼』の柄に手を添えて覚悟を決める。
「あいつら、自分たちじゃ勝てないからってシャンクスに頼ったのね」
「ええ、そうみたいね」
ナミとロビンが冷ややかな目を向ける中、百五十メートル級の巨艦が岸壁へと着岸し、重厚なタラップが下ろされた。
先頭を歩いて降りていくマヤの背後には、海軍本部少将のたしぎと、サイファーポールのCP10がぴたりと脇を固め、さらにナミ、ロビン、レイジュ、そして四皇カイドウの娘であるヤマトが堂々と続いている。また船上には、巨艦を動かす海軍の正規船員たちの姿もあった。
なぜ政府のサイファーポールと海軍少将、元麦わらの一味の女たち、さらにはカイドウの娘までもが、たった一人の天竜人を守るように一糸乱れず従っているのか。
そのあまりにも異常で圧倒的な陣容を目の当たりにし、待ち構えていた赤髪海賊団の幹部たちの間に、言葉を失うほどの戦慄が走った