どぶさらいと天竜人と海賊   作:マイナーチョコ

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第56話:大怨念時代FILM

 

 

エレジアの荒涼とした海岸広場に、重苦しい沈黙が降りていた。

赤髪海賊団とウタ、そして麦わらの一味がずらりと立ち並ぶ真正面に、白銀の超高速船から降り立ったマヤたちが静かに歩み出る。

 

マヤが無言のまま、軽く片手を上げた。

すると、背後に控えていた巨艦の船員たちが一糸乱れぬ動きで駆け出し、広場の石畳の上に白布のかかった豪奢なテーブルと、四脚の革張りの椅子を瞬く間に設置した。

 

「私、できる秘書なので。どうぞ、マヤ聖」

 

レイジュが恭しく椅子を引く。

そこに用意されたのは、マヤ、ナミ、ロビン、そしてヤマトの四人分の席だけだった。向かい合うシャンクスやルフィたち海賊側の椅子は一脚たりとも用意されていない。同じ目線で対話するつもりはないという明確な意思表示と、戦場に突如として現れた貴賓席の異様さに、赤髪海賊団の幹部たちの背筋に冷たい戦慄が走った。

 

レイジュはマヤたちが席に着くのを見届けると、向こう側の麦わらの一味の中にいるサンジへと氷のような視線を向けた。

 

「……サンジ、あんたまだそんな奴らと一緒なの? いい加減にして欲しいのだけれど?」

 

「い、いきなり俺かよ、姉貴……」

 

サンジがバツが悪そうに顔をしかめる中、レイジュはテーブルの端に置いた通信用の電伝虫をカチリと起動させた。船内のサロンで待機しているカヤ、マキノ、ビビの三人にこの場の音声を届けるためのものだったが、船内からの声はこちらに漏れないよう片方向通信に調整してあった。

 

レイジュは眼鏡の奥の瞳を細め、海賊たちを見渡して口を開いた。

 

「さて、先ほど私たちの船を狙ったのは誰かしら? まさか、そこにいる貴方達ではないですよね? クザン大将の仲介でわざわざ話し合いをしに来た相手に対して、いきなり砲撃するような野蛮なことはしないですよね?」

 

すると、空気を読めないウソップが、後ろのヤソップを指さして得意げに胸を張った。

 

「へっ、俺の親父に決まってるだろ!! あの距離から一発で当てるなんて、すげー腕なんだぜ! びびったんだろ? な? おやじ?」

 

息子の無邪気な言葉に逃げ場を失ったヤソップが、苦虫を噛み潰したような顔で一歩前に出た。

 

「……ああ、俺が撃った……」

 

「ほぉ〜、相手が天竜人だから、いつもの海賊ルールで先制攻撃してしまったと? ええ、百歩譲って納得してあげたいところですが、今回はそれでは済まないんですよ。私たちは海軍大将の正式な呼び出しでここへ来てますので、そこのところわかってますかね?」

 

レイジュの冷徹な追及に、ルフィが拳を握りしめて吠えた。

 

「だってあいつは、悪い天竜人だからだ!」

 

「ルフィ、あんたまだそればかり言ってるのね!?」

 

椅子に座っていたナミが、堪り兼ねたようにテーブルを叩いてルフィを睨みつけた。

 

「鬼ヶ島の時にも言ったじゃない、それ以上マヤの悪口を言うなって! あんた、まだわからないの!?」

 

続けて隣の席のヤマトも、心底不思議そうに首を傾げてルフィを見た。

 

「お前、いったいなんなんだ? マヤがいつ何を悪さしたんだよ。マヤのおかげでワノ国は平和になったし、僕はマヤの嫁になったんだぞ!?」

 

「――はぁ!? 嫁だと!? お前、カイドウのところの……え?」

 

予想外すぎる爆弾発言に、さすがのシャンクスも目を剥いて素っ頓狂な声を上げた。

マヤが額に手を当てて、隣のヤマトをたしなめる。

 

「ヤマト……その話は今は、な?」

 

「なんでだ? 僕はそう思ってるし、マヤも認めた、親父も認めた。それだけだろ?」

 

「お前すげーな……」

 

カイドウの娘が天竜人の嫁になることをカイドウ本人も認めているという情報量の多さに、赤髪海賊団の面々は開いた口が塞がらずに絶句していた。

 

マヤは脚を組み直すと、呆けたようになっている海賊たちを見据え、静かに口を開いた。

 

「まーあれだ、今はそこは切り離してやる。一度に言われても考えがめんどうだろ? ……なぁ〜赤髪、お前とは『はじめまして』というか、『久々』というか、どっちの挨拶がいいよ? え?」

 

フィガーランド家の血筋や聖地の因縁を匂わせる問いかけに、シャンクスは表情を強張らせ、低い声で答えた。

 

「……『はじめまして』だ……」

 

「はぁ〜そうかい、あくまでそっちのスタンスね、わかったよ。なら、はじめましてだ。俺はシンキ・マヤ聖だ。本来ならお前らのような海賊に名乗る名前ではないが、そこの赤髪に免じて名乗ってやるよ。な? 赤髪」

 

「……すまんな。シャンクスと呼んでくれ……」

 

四皇であるシャンクスが頭を下げる異様な光景に、副船長のベン・ベックマンが銃を担いだまま一歩前に出た。

 

「俺は副船長のベックマン――」

 

「お前らに興味はない、名乗る必要も聞く必要もない」

 

マヤはベックマンを一瞥すらぜず、冷たい声でぴしゃりと遮った。

 

「まず、クザンからの報告にあったシャンクス、ウタ、ルフィ、ウソップ、ヤソップ。俺はそいつらと話す。いいな? これは決定だ、海軍大将からの公式報告だからな?」

 

(こ、これが天竜人だと……? 俺たちの知ってる天竜人と圧が違いすぎるぞ……!)と赤髪海賊団の幹部たちが息を呑む中、マヤは五人を順番に指さした。

 

「レイジュからも話があったが、まず俺達の船を狙って当てたのは、ヤソップ、お前で間違いないな? そして、ウタ、ルフィ、ウソップ、シャンクスの四人は、俺の命を狙ってると聞いた。それで間違いないな? 『ぶっとばす』というのはそういうことだろ? 吐いた唾は戻らねーぞ?」

 

圧倒的な威圧感に、さっきまで息巻いていたルフィとウソップがゴクリと唾を呑んで沈黙する。

ウタが戸惑ったように声を上げた。

 

「え? なんで……あれはただの宴での席の話でしょ?」

 

「そうじゃないウタ……その話を、海軍大将の青雉に聞かれていた。それが問題なんだよ……」

 

シャンクスが額に汗を浮かべながら、本質の部分から軽く話をすり替えようとする。

だが、マヤはそれを逃さなかった。

 

「ほう、酒の席で言った冗談の延長で、あの距離からの狙撃がすごい、いい宴だった、とでも言うつもりか? さぞ、俺を殺す話で盛り上がったのだろうな?」

 

マヤの赤い瞳が、絶対零度の光を帯びてヤソップを射抜いた。

 

「お前達、全員このままインペルダウン送りにされても仕方ないことをしたのわかってるか? 『海賊だから』じゃ済まないんだよ。もし今の砲撃で、俺の船に乗っている船員や大事な連中に怪我がでてたらどうするつもりだったんだ? それも『ナイス狙撃!』とか言って親子で喜んだのか?」

 

「そ、そんなヘマはしねェ……ただの威嚇のつもりだ」

 

「話にならんな。救いようのないくそ親父だな、お前はよ。そして息子も同じだな。自分のちっぽけな夢や見栄ばかり追いかけて、本当に大事なものが何ひとつ見えちゃいない。……な〜赤髪」

 

故郷で病気の妻を放置して死なせたヤソップと、その後を追うウソップへの痛烈な言葉に、ウソップが顔を真っ赤にして噛みついた。

 

「な、何言ってんだよ! 天竜人のお前に、俺たちの何がわかるって……」

 

「――わかりますね」

 

マヤが答える前に、レイジュが氷の微笑みを浮かべて手元の帳簿を開いた。

 

「貴方達麦わらの一味は、これまでマヤ聖から、小国の国家予算でいえば実に三か月分にあたる莫大な資金援助を受けています。サニー号の二度にわたる修理代金もそうです。先日の『ゾウ』での修理費用も足りなかったようなので、こちらからミンク族を通じて補填いたしました。……そこにいるサンジは一応私の弟ですのでね、路頭に迷わないようマヤ聖にご無理を言いましたの」

 

「なっ……!?」

 

サンジが愕然と目を見開く。自分たちが今まで飲み食いし、船を直してきた金のすべてが、ルフィが殴り続けてきた目の前のマヤのポケットマネーだったという事実に、ゾロもチョッパーもフランキーも言葉を失った。

 

「レイジュ、うまい言い方だな。そういうところは本当に惚れ惚れするよ」

 

マヤが感心して褒めると、隣のヤマトがすかさず手を挙げて割り込んだ。

 

「僕はマヤが好きだぞ?」

 

「ヤマトはすこーし黙ってようね。今の『惚れ惚れ』はそういう意味じゃないからね」

「むーーー、そうなのか?」

 

ナミとヤマトのマイペースなやり取りを挟み、レイジュは改めて海賊たちを見据えた。

 

「お判りいただけましたか? そちらから一方的に撃たれる理由が、こちらには皆目見当もつかないのですよ」

 

ぐうの音も出ない正論に、赤髪海賊団の全員が重苦しく沈黙した。

 

するとマヤは、シャンクスの隣で不安そうに立っている紅白の髪の少女へと視線を移した。

 

「それと、ウタ。お前はいったいなんなんだ? この場になぜいる? それを話せ」

 

「マヤ聖、それはやめろ……ウタは関係ないだろ」

 

庇うように前に出ようとしたシャンクスを、マヤは一喝した。

 

「関係あるだろうが! 自分の立場を間違えるなよ? 赤髪、お前達は俺の船に先制攻撃をしたんだ。それは絶対に揺るがない事実で、俺は今、全員をぶち込まずに済む『落としどころ』を考えてやってるんだよ、バカが。……これだからファッション海賊はよ……」

 

「マヤ聖、漏れてます……心の本音が」

「わざと漏らしてんだよ……。で、ウタ。自分で話せ」

 

CP10の冷静なツッコミを流し、マヤが促す。

ウタはおろおろと周囲を見回し、隣で今にも飛びかかりそうに肩を怒らせているルフィを見てから、意を決したように頭を下げた。

 

「私は、シャンクスの娘です……。そして、『ウタウタの実』の能力者です。さっきの『ぶっとばす』って言ったのは撤回します……すいませんでした」

 

その瞬間、船内のサロンで電伝虫のスピーカーに耳を傾けていたマキノが、「え……シャンクスの、娘……?」と息を呑んで絶句し、カヤも先ほどからのウソップのやり取りにショックを受けて口元を押さえた。

 

広場では、マヤが目を丸くしてシャンクスとウタを見比べていた。

 

「……へ? 娘なの? お前? どういうことだ、赤髪」

 

「昔、俺たちの船で一緒に育てていた娘みたいなもんだ。つまり、血はつながってない」

 

「そういうことかよ、まぎらわしい言い方すんなよ。……ウタ、謝罪は受け取った。ついでにその能力、どういうものなのかも言え」

 

「えっと……私の歌を聴いたみんなを眠らせて、精神世界で私のライブを……」

 

「――まて。お前の能力……CP10」

 

マヤが短く呟いて片手を上げた、まさにその刹那だった。

背後に立っていたCP10の姿が六式『剃』で掻き消え、赤髪海賊団の幹部たちが反応するよりも早くウタの背後へと回り込むと、カチリと冷たい音を立ててウタの両手首に『海楼石の手錠』をはめ込み、そのまま彼女の身体をひょいっと抱えてマヤのすぐ脇へと移動させた。

 

瞬きする間に終わった神速の拘束劇に、赤髪海賊団の全員が圧倒されて息を呑む。

 

「ウタ!!!! てめェ、やっぱり悪いやつじゃねーか!!!」

 

ルフィが激昂して叫ぶ中、マヤはウタの方を向いて穏やかに言った。

 

「CP10、よくやった。……ウタ、お前の能力は少し危険だ。今から落としどころを考えるが、最悪のケースもある。少しの間、そこでおとなしくしててくれるか?」

 

マヤがそっとウタの瞳を覗き込む。その目に暴力的な悪意がないことを感じ取ったウタは、力なくこくりと頷いた。

 

「というわけだ。赤髪に麦わら、なに怒ってんだ? こいつはさっきまで俺を狙おうとしてたんだ、危険を排除するのは当たり前だろ?」

 

「いきなり手錠をかけるとは――」

 

「お前に話はしてない、三下。お前の番じゃない。今は当事者同士の話をしてんだよ? そこわかれな?」

 

副船長であるベックマンを『三下』と一刀両断に切り捨てるマヤの凄みに、護衛のたしぎがゴクリと唾を呑む。(マヤ聖……冷静だけど、少しいつもと違う……)。離れた場所にいるローは(さすがだ、マヤ聖!!)と目を輝かせていた。

 

「いいか、少し前な、ドレスローザで『シュガー』という能力者を捕縛した。ウタの能力は、そいつの能力と同じ危険な匂いがしたから手錠をさせてもらった、そこを理解しろ。シュガーの能力が何かは言えない、お前達は俺の仲間でもないからな? 海軍上層部のごく一部の者しか知らない、それだけ世界の根幹に関わるやばい情報だ。俺は今、その機密の一端を開示したんだ、そこわかったな? 赤髪」

 

相手の意識や存在を一方的に奪う系統の能力だと察したシャンクスは、唇を噛んで頷いた。

 

「……わかった」

 

「シャンクス、なんで納得するんだよ!! ウタは家族だろ!」

「今は黙ってろ、ルフィ!」

 

シャンクスに怒鳴られたルフィを、マヤは冷ややかに見下ろした。

 

「麦わら、また俺を殴る気か? 俺も少し学習してよ、もうお前には殴らせねーよ? 今まではガープの顔を立てて恩赦で殴られてやってたけどよ、こないだワノ国でちーとばかし仲間たちに怒られてしまってな。そいつらに悪いからな」

 

「そうだぞ! マヤは悪くないのに殴られるなよ!! そこはだめだぞ!」

 

ヤマトが身を乗り出して拳を振ると、マヤはふっと表情を緩めた。

 

「これは、ヤマトから言われるとは手厳しい。いい子だ」

 

そしてマヤは、再びシャンクスへと鋭い視線を戻した。

 

「さて、本題だ。なんでお前は、こんなやばい能力を持った子を今まで保護してないんだ? 捨てたのか? 赤髪」

 

「そ、そうではない……! そのなんだ、俺達海賊の旅は危険が多いから――」

 

「苦しいね〜。それは言い訳として苦しすぎるぞ? お前なに言ってんだよ? その危険から命懸けで守るのが仲間であり、親なんだろうがよ? ……シャンクス、お前何か隠してるだろ? 俺にだけでいい、ここで全部話せ」

 

マヤの太陽のようにすべてを見透かす赤い瞳に射抜かれ、シャンクスは観念したように目を閉じ、重い口を開いた。

語られたのは、十二年前にこのエレジアで起きた惨劇の真相だった。当時九歳だったウタが、島に封じられていた魔の楽譜『トットムジカ』に操られ、能力の暴走によって意図せずしてエレジアを一夜にして滅ぼしてしまったこと。そして、目を覚ましたウタが「自分が国を滅ぼした」と知って傷つかないよう、シャンクスたち赤髪海賊団がすべての罪を被って悪党となり、ウタには真相を一切知らせぬまま、歌手の夢を追わせるためにこの島へ置いていったこと――。

 

すべてを聞き終えた瞬間、マヤの顔から血の気が引くほどの激しい怒りが噴き上がった。

 

「――お前、なにやってんだよ!! 赤髪! 本当お前はもう……っ!」

(あいつに『頭天竜人』って言いてーー、くそが!!)

 

マヤは立ち上がると、テーブル越しにシャンクスを指さして怒声を叩きつけた。

 

「それを、たった九歳のガキにやることか!? え? 嘘だろお前!? 本当お前のやってることは、ただの身勝手なエゴなんだよ! その場、その時の格好良さしか見てない! そんなもん、俺が絶対に美談になんかさせねーぞ!!」

 

マヤはすぐ横に座らせていたウタの方を向き、声を和らげて問いかけた。

 

「ウタ。お前、本当はもう知ってるんだろ? なんとなくよ? 違うか? そういう目をしてる。さっきからシャンクスを見ても、再会を喜んでるようで、ずっと複雑な顔をしてたもんな」

 

「……っ、う、ううっ……!」

 

図星を突かれ、ウタの大きな瞳から、堪えていた大粒の涙がポロポロと溢れ出した。自分が置き去りにされた寂しさと、後に知ってしまった真実の重さに、彼女はずっと一人で苦しみ続けていたのだ。

 

「え? どういうこと? え??」

 

話の複雑さに目を白黒させるヤマトの肩を、ナミがそっと撫でた。

 

「うーん、ヤマトにはね……少し難しい話だけど、あとでウタちゃんに一番寄り添えるかもね? でも今はまだ静かに見ていようね」

 

「わかった……僕はもうおでんじゃなくてヤマトだからな!」

 

カイドウの娘ですら自分の生き方を見直している横で、過去を抉られたシャンクスは居心地悪そうに深く顔をしかめた。

マヤは涙を流すウタの肩に手を置き、広場にいる全員に向けて言い放った。

 

「いいか、人間の記憶や想いなんてのは、お前らが思うほど絶対じゃないんだよ? 何かの拍子に、無理やり蓋をして閉じ込めた想いが悪夢となり、悪夢が取り返しのつかない『怨念』になるんだよ。俺は二十年間、シャボンディの底でそんな連中をいくらでも見てきたさ! お前達海賊もそうだろうが! 最初は自由だの夢だのを抱いて海へ出て、うまくいってればいいが、失敗したらそこの麦わらみたいに蛮族になり、罪のない民を虐げる怨念の連鎖の誕生だよ! ……何が『大海賊時代』の幕開けだ。『大怨念時代』だろうが!!」

 

ズシン、と。

二十年間、ロジャーと海賊たちが撒き散らした「血のどぶ」を一人でさらい続けてきたマヤの魂の叫びに、広場中が凍りついたように静まり返った。

CP10は(もう止められねェ……)と目を閉じ、遠くのローはポロポロと涙を流して完全な殉教者モードに入り、あのルフィですら何も言い返せずに顔をしかめた。

 

マヤは大きく息を吐いて怒りを鎮めると、シャンクスに向かって宣言した。

 

「……もうわかった。この子は、今日から俺が預かる。それでいいな? お前にはもう手に余るんだろ?」

 

「え? シャンクス……本当に?」

 

戸惑うウタに、マヤは優しく首を振った。

 

「ウタ、勘違いするなよ。シャンクスがお前を嫌いってことじゃない。……癪だがな、今回はウタに免じてやるよ。俺が肩を持ってやる。いいか? 赤髪」

 

シャンクスを好きなウタの気持ちも、傷ついた気持ちも否定しないマヤの言葉に、シャンクスは深く頭を下げて声を震わせた。

 

「ウタ……本当に、すまなかった……!」

「シャンクス……っ、うわあああんっ!」

 

泣き合う父と娘。

だが、その空気をまったく理解できないルフィが、間の抜けた大声で叫んだ。

 

「つまりウタは、ナミたちみたいにそいつのところにいくってことかよ! シャンクス!」

 

「お前は本当に少しは空気読めよ!!」

 

CP10が全力でツッコミを入れる中、マヤは涙を拭うウタに向き直った。

 

「ウタ、お前には悪いが、俺のところに来るなら背中に『刻印』を刻んでもらう。形の上では俺の所持品、つまり奴隷だ。すまないな、詳しくは後で話す。そうしないと、エレジアの件も含めて世界政府や海軍からお前を完全に守ることができないんだ」

 

「奴隷……? でも、なんで?」

 

「ウタちゃんでいいかな? 安心して、これを見て――」

 

ナミが立ち上がって自分の背中の襟を緩めようとした、その瞬間だった。

隣にいたヤマトが「よしっ!」と勢いよく立ち上がり、ナミより先に自分の着物の背中をガバッとめくって、先日刻んでもらったばかりの『Sと龍の刻印』をウタに見せつけた。

 

「これのことだ! 屋敷のみんなについてる、マヤの家族の証だぞ?」

 

「…………」

 

見せ場を完全に奪われたナミが固まる中、その紋章を見たシャンクスがハッと息を呑んだ。

 

「それは、太陽のタトゥー……いや違う、それはお前! ……そういうことか、フィッシャー・タイガーの意志をその形で……。ウタ、すまない、それを刻んでもらってくれ……本当にすまない」

 

「すごく綺麗なマークだけど……これが奴隷なの?」

 

「ええ、これはね――」

 

ナミが今度こそ説明しようと口を開いた途端、またしてもヤマトが胸を張って大声で被せた。

 

「これは特別製なんだぞ!! 世界でマヤだけの家族の証だ!」

 

「…………」

「ふふ、ナミ、あなたがいつも言ってる説明、全部ヤマトにとられてるわね」

 

ロビンがクスクスと笑い、ナミが半眼になる一方、ルフィは「それは……お前……くそ……シャンクス……」と拳を握りしめて悔しそうに呻いた。

 

「そういうわけだ、ウタ。後で船の中でもう少し詳しく話す。今はまだ手順としてその手錠は外せない、すまないな」

 

そう言うと、マヤはつかつかとシャンクスの目の前まで歩み寄り、周囲の幹部やルフィたちには絶対に聞こえない極小の声で囁いた。

 

「(……赤髪。正直、死ぬほど癪だ。本当ならここで全部ぶちまけて潰すところだがよ……今、あの俺の船の中に『マキノ』がいる。お前との関係が上に見つかれば、お前もあいつも赤ん坊も厄介なことになるだろ? これで十個くらいの貸しだぞ。……あと、そこの蛮族をなんとかしろ、俺が金をどんだけ渡してもすぐ使いやがる)」

 

「…………っ!」

 

マキノの名前を出されたシャンクスの瞳が激しく揺れる。

マヤは一歩下がると、わざと周囲に聞こえる元の声量に戻して言い放った。

 

「俺は世間で言う『悪い天竜人』だからな? そういうことだ、赤髪、しっかり守っておけや、お前の縄張りをよ? 次はないぞ?」

 

「……ああ。わかった……ありがとうよ、マヤ聖」

 

そこへレイジュがすかさず歩み寄り、手帳を片手に確認した。

 

「つまり、ウタさんはこちらで完全保護。あとの先制狙撃の件については、合わせて『貸し二十』ということでよろしいのですね?」

 

「それでいい……すまなかったな」

 

憧れのシャンクスが天竜人の前に完全に頭を下げて屈した光景に、ルフィの中で何かがガラガラと音を立てて揺らいだ。

 

「おい麦わら、なんか絶望してる顔してるがよ? これが『大人の政治』なんだよ? お前はまだガキだから、気に入らないとすぐ暴力を出す。そこの長鼻親子も、次はないぞ?」

 

その頃、船内のバーカウンターでは、通信を聞いていたカヤとマキノが声を殺して泣いていた。

カヤは、自分が信じていたウソップがあんなにも軽薄に恩人の船を撃った事実に胸を裂かれ、マキノは「シャンクスに娘なんて聞いてない……」と、自分がフーシャ村でどれほど孤独に放置されていたのかを突きつけられていた。

 

「二人とも、大丈夫よ。ここにはマヤ聖がいますから。ね? お二人もいずれ刻印を刻むかどうかはまだ先のお話でしょうけれど、私たちがずっとそばにいますわ」

 

ビビが優しく二人の背中を撫でて慰める。

 

一方、外の広場では、政治交渉を終えたCP10がコキコキと拳を鳴らして前に出ていた。

 

「さて、そっちの大人の話は終わったな。……でも、俺は個人的にお前らを絶対に許せね〜。ウソップと、ルフィ」

 

「そういえば緑まりももいましたね……まあ、私はもう相手しませんよ?」

「くそ……勝負しろ、たしぎ……!」

「サンジ、あんたはそこから一歩も動くなよ? わかってるわよね?」

 

たしぎとレイジュがゾロとサンジを牽制する中、マヤは椅子から立ち上がって最後に付け加えた。

 

「ああ、赤髪海賊団とのけじめは、今の暴言の分も合わせて『貸し二十五』ってことで。あと、船にある金品を少し置いてけ、それで手打ちでいい」

 

「貸しがどんどん増えてるが、わかったよ……ウタを頼む」

 

「当然だろ、これからのウタの養育費用だもんな? 赤髪海賊団の連中も、それで納得しろよ?」

 

幹部たちが渋々頷くのを背に、CP10が六式『剃』で飛び出した。

とっさに白い湯気を噴き上げて『ギア5』に変身したルフィと、逃げようとしたウソップの二人に対し、CP10の容赦のない鉄拳制裁が嵐のように降り注いだ。実戦経験の伴わないギア5ではCP10の体術にかすりもせず、ウソップと共にただ一方的に地面へとボコボコに叩き伏せられたのだった。

 

白銀の巨艦へと引き揚げたマヤは、客室でウタの手錠を外し、二人きりでじっくり話をする予定だった。

ところが、なぜかヤマトがマヤのすぐ隣にピタリと座り込んで動いてくれないため、結局ナミ、ロビン、たしぎ、そしてCP10も同席して話をすることになった。

 

「あー、すまんなウタ、本当は二人で静かに話そうとしたのだがな」

 

「なんでだ? もう家族になるんだろ!! マヤ、隠し事はだめだぞ!! 一歩一歩だろ?」

 

「そうだな、偉いぞヤマト……。というわけだウタ、今日から俺たちの家族になるんだ、お前が何を考えてたのか話してくれるか? だいたいは聞いてるが」

 

マヤに優しく促され、ウタは自分の膝の上で両手を握りしめ、ぽつりぽつりと語り始めた。

 

「……わかった。私、ずっと知らなかったんだ、十二年前に自分がトットムジカを呼び出してエレジアを滅ぼしたなんて……。でも、しばらく前に映像電伝虫を拾ってだんだん記憶が戻ってきて、それでシャンクスに捨てられたんだと思ってた……」

 

ウタは一度言葉を区切り、震える声で続けた。

 

「それに、私が島から歌配信を始めると、毎日世界中からメッセージが届いたの。海賊の略奪や、天竜人の横暴で苦しんで疲れ果てた民衆たちから、『ウタちゃんだけが救いだ』『この辛い現実から救ってほしい』って……。だから私、この能力でみんなを眠らせて、私の歌の世界(ウタワールド)に閉じ込めれば、誰も傷つかないし悲しむ人がいなくなるって思ったんだよ」

 

自分と同じように「民の苦しみ」を見ていた少女の告白を、マヤは黙って聞いていた。

 

「私の能力は、私が眠って起きたら効かなくなる。だけど、みんなが夢の世界に入った状態で、現実の私が『ネズキノコ』を食べて死ねば、歌の世界は永遠に続くの……。夢の中ではごはんも出るし、そうすれば自然にお腹も膨れるって聞いたから……」

 

悲壮な覚悟を語ったウタに対し、マヤは腕を組んで一秒だけ考え――あっさりと首を横に振った。

 

「うーん、ダメだね、それだと」

 

(バッサリぶった斬った!!!)とCP10が内心でツッコむ中、マヤは指を立てて言った。

 

「まず現実問題として、お前が死ぬと俺たちが悲しい。今はとくにそう思うから、お前が死ぬのはなしだ。そしてもう一つ、お前が死んでみんなが平和な夢の世界にいてもさ、現実の身体は夢の中で腹が満たされた気になれば生きていられるわけじゃないぞ? お前、医学の勉強をもうちょいしたほうがいいな」

 

「え? あの、その、悲しいって言ってくれたのはありがとう……。でも、医学っていうと……なんで? お腹いっぱいなんだよ?」

 

きょとんとするウタに、隣に座るロビンが優しく微笑んで説明した。

 

「えとね、ウタちゃん。人間というのはね、現実の身体をずっと寝たきりの状態にしていると、それだけで筋力や内臓が弱って死んでしまうのよ?」

 

「え? なんで?」

 

「あのね、例えばその辺の草原で、歌を聴いた人たちが眠ったとしましょう。現実の無防備な身体は、雨露や雷、強い太陽に何日も照りつけられるわ。貴方、夢の中の飲み食いだけで、ずっとそこに転がって生きていられると思う?」

 

「あ……。そっか……私の世界、完全じゃないんだ……」

 

ハッとするウタに、今度はナミが航海士としての視点から付け加えた。

 

「それに、自然の天候を侮ってはだめよ? みんなが寝ている間に土砂災害や津波が起きるかもしれないし、もしあなたの歌を聞いた時に、その人が料理で火を使っていたり、高所で危険な作業をしていたらどうなると思う?」

 

「……っ、そこまで、全然考えてなかった……」

 

自分の計画がいかに脆い現実逃避であったかを突きつけられてうなだれるウタに、ヤマトがパッと明るい声で言った。

 

「つまり、歌ってもいいけど、その能力を使わないで普通に歌えばいいだけじゃないか! ウタは歌うのが好きなんだろ?」

 

「うん、大好き……。そうか、そうだよね……」

 

マヤは立ち上がると、ウタの頭の上にぽんと手を乗せた。

 

「お前の能力で昔起きたことは、もう過去にはできない。でもな、世の中にはその能力で本当に悪さをして、人をオモチャに変えて存在の記憶まで消す能力者もいたんだ。そいつらのようになる前で本当によかったよ。お前が民の苦しみを見て救いたいと思った気持ちは大事にしろ。でもな、人間生きてりゃつらいこともある。恨みではさ、恨みは晴らせないんだよ。ウタ、お前のやろうとしたことは、あいつ(シャンクス)がお前にやった『本人に何も知らせずに閉じ込めること』と全く同じになるところだったんだ」

 

「……もし私の歌を聞いてない人が残っていたら、その人たちの家族を一方的に引き裂いてたってことか……。私、本当にごめんなさい……」

 

「未遂で済んだんだ、よかっただろ? あとは現実の世界で楽しく生きろ、その手助けは全部俺がしてやるからな?」

 

マヤはウタに微笑みかけると、「あとはみんなに任せる。俺は向こうの部屋の方を見てこないとでな……」と席を立った。

 

「わかったぞ! 僕が『おでん』について話すよ!」

「え、おでん?」

「そうだ! おでんは強いけど、おでんはおでん、僕は僕だ!」

「ふふ、そうね。つまり『ウタはウタ』ってことかな?」

「そういうことです。自分を強く持ってくださいね」

 

ヤマトとナミ、たしぎたちの温かい声と、ロビンの優しい笑顔に包まれ、ウタの瞳にようやく年相応の穏やかな光が戻っていった。

 

一方、サロン奥のバーカウンターがある別室では、カヤとマキノがハンカチで目頭を押さえて泣いており、ビビとレイジュがお茶を淹れて二人をなだめていた。

 

「ウソップさん……なんで、あんなに嬉しそうにマヤ聖の船を撃てるの? 親子そろって……? え? ヤソップさんって、ウソップさんのお母様が病気で亡くなる時も、ずっと海に出ていて会えずに亡くなったって聞いていたのに……」

 

自分が信じていたウソップと、その父ヤソップのあまりにも無責任な姿に涙をこぼすカヤ。

そしてその隣で、マキノは眠る赤ん坊を抱きしめたまま、ビビにしか聞こえないような震える小声で呟いていた。

 

「(シャンクスに、娘がいたなんて……。じゃあ、フーシャ村でずっと待っていた私はなんだったの? この子までいるのに……あの人は、私に何を隠してるの……?)」

 

自分が信じていた時間そのものが足元から崩れ去る感覚に、マキノの顔は蒼白になっていた。

 

「お二人とも、まさに赤髪海賊団の被害者という感じでしょうか……」

「ええ、相当根が深そうね……。私も一時的に彼らの仲間になっていたけれど……海賊という存在の危うさを、改めて思い知らされたわ」

 

レイジュとビビが静かに言葉を交わしていると、ガチャリと扉が開き、マヤとCP10が部屋へと入ってきた。

 

「すまない、お取り込み中だったようだけど……通信でだいたい聞いてくれたようだな? すまないね、外で直接あいつらと会うと嫌な感じになるだろうと思ってな」

 

マヤの気遣いに、カヤは涙を拭って顔を上げ、凛とした声で言った。

 

「いいえ、マヤ聖には、ベガパンクさんやステューシーさんたちにもすごくよくしてもらっていますから……。それと、ウソップさんのことはまた別です。私、あんな理不尽なことをするために、あの船をあげたのじゃないのに……」

 

涙を流しながらも過去と決別し始めたカヤの隣で、マキノはまだ呆然と放心状態に陥っていた。

マヤはシャンクスを庇うような言い訳は一切口にせず、ただマキノの目の前まで歩み寄ると、その震える肩をそっと抱き寄せて言った。

 

「マキノ、大丈夫だ。前にフーシャ村で言ったろ? お前とこの子は、俺が守るってさ」

 

その変わらぬ温かい体温と声に触れ、マキノの瞳から再び大粒の涙がこぼれ落ち、彼女はマヤの胸元で何度も小さく頷いた。

後ろでそれを見守っていたCP10は、サングラスの奥で静かに息を吐いた。

(マキノさん……次に選ぶ相手は絶対にミスらないでくださいね、あのバカ弟や赤髪みたいに……)

 

――『FILM RED』。

いや、赤髪の男が置き去りにした物語の名は、『FILM M』。

その『M』が示す名は――Makino。

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