世界会議(レヴェリー)四日目のことだった。
パンゲア城の円卓評議会場にて悪政王ワポルをインペルダウンへと叩き込み、海軍本部から緊急招集したたしぎ大佐を自らの直轄配下――付き人兼速記係として組み込んだ新元帥シンキ・マヤは、休む間もなくパンゲア城内で発生したある騒動の現場へと足を運んでいた。
天竜人のチャルロス聖が、地上へ初めて上がってきたリュウグウ王国の王女・しらほし姫を強引に自らの奴隷にしようと暴挙に出たのである。
マヤは現場に踏み込むなり、天竜人であり海軍元帥である自らの絶対権限をもってチャルロス聖をその場で拘束・処断し、怯えるリュウグウ王国の一行をパンゲア城内の静かな特別応接室へと招き入れた。
高い天井を持つ応接室のソファには、巨大な体躯のネプチューン王と、人魚姫しらほしが緊張した面持ちで座っている。
扉を開けて入ってきたマヤは、背後に速記用の手帳とペンを構えたたしぎを伴い、二人の前に立った。
「はじめましてだな、新海軍元帥のマヤだ。それと、付き人兼秘書のたしぎ大佐だ。ネプチューン王としらほし姫、先程の不敬な天竜人はこちらでそれ相応の罰を与えます。まずは謝罪をします」
隣に立つたしぎも、眼鏡の奥の瞳を引き締めて一歩前に出た。
「たしぎです。今回の会談の速記をいたします。よろしくお願いいたします。そして、警備の不手際を深く謝罪いたします」
そう言うと、マヤとたしぎの二人は、魚人族の王と王女の前で深々と頭を下げた。
天竜人であり海軍の最高責任者である男が迷いなく頭を下げたことに、ネプチューン王としらほしは目を丸くして慌てて声を上げた。
「わ、わかりました。魚人島のネプチューン王ですじゃ」
「しらほし姫です。どうか、まずは頭をあげてくださいませ……。私どもが海軍元帥様に頭を下げられては困ります。それに、あなたも天竜人のお方ですよね? ですので、先程の謝罪はしっかりと受け取ります」
マヤが顔を上げると、ネプチューン王は警戒を完全には解かぬまま、白髭を撫でて問いかけた。
「して、海軍元帥殿が今更わしらに何をお話しに……? 魚人島は今、非常に不安定な場所なのです。かつては白ひげに守られていたものの、その後はトットランドのビッグ・マムなどにさんざん振り回されてしまいましたからな」
「先程、評議会場でワポルなどを処断したのはわかってもらってると思いますが、ここへ来たのは、魚人島を私の『直轄保護』にするという確約をしに来たんです。これまで四皇という海賊に支配され続けていた国だ。だからこそ、やっと海軍が本気で入って守る決意を私がしたんです。昨日発表したオハラへの謝罪の件なども含めて、今すべての改革を行っているのです」
マヤの言葉に、ネプチューン王は難しい顔をして首を横に振った。
「ですが、もう……この国は自分達の手でやろうと立ち上がったのですじゃ」
「そうです! 私たちはそれを教わったんです!! 私たちを守ってくださった方がいたのですよ!」
しらほしが胸の前で両手を握りしめ、強い声で言った。
マヤは表情を変えず、静かに問い返した。
「ほう。その人物は『国』をずっと守ってくれたんですか? それとも『個人的』な縁でその場だけ助けてくれたんですか? ……ネプチューン王、この二つの違いの大きさ、国王ならわかりますよね?」
「そ、それはそうじゃが……! わしらはやっと、誰にも頼らずに自立できる『力』を手に入れたのですよ!」
「力、ね……。『ポセイドン』のことかな? それを使用して、各国ひいては魚人島へ来る者を限定して、気に入らない人間は近づけさせないと? なるほど、今まで虐げられてきた分、それはいい仕返しになるでしょうね? さぞ楽しい未来だ。そのような決断をする王として、一部の魚人からは賞賛されるでしょう」
マヤの冷ややかな指摘に、後ろでペンを動かしていたたしぎが思わず顔を上げて叫んだ。
「そ、そんな力で他者を威嚇するやり方に、正義はあるのですか!?」
「正義はあるだろ? 『魚人島だけ』を守るという狭い正義はな?」
「それは……」
ネプチューン王が言葉に詰まり、たしぎも自分の発言の浅さにハッとして口をつぐむ。
マヤはネプチューン王の目を真っ直ぐに見据えた。
「こちらも海軍のトップでしてね、聖地の記録も含めて色々調べましたよ、ポセイドンがどういう力なのかもね。そうですか、そのような力で平和維持をなさると? ですがね、この海にはその力に対抗して、さらに強大な力ある者を呼び寄せたり、海王類などゴミのように斬り伏せたり、覇気で威圧できる化け物がいくらでもいるんですよ。そんな力に頼れば、魚人島は世界からますます孤立するでしょう。……それに、先程言っていた『助けてくれたお友達』というのは、海賊ですよね? 具体的に何を助けてもらったんですかね? お答え願えますか?」
しらほしは少し怯みながらも、ルフィを庇うように答えた。
「そ、それは、私が十年間も海賊(デッケン)に命を狙われていて、それを助けて外へ連れ出してくださったのがルフィ様で、お友達になったんです! だから私、そのご恩に報いないといけないんですよ!」
「あ〜、そういうことですか……。よもや、この国もそのような事になっていたとは……」
マヤが額に手を当てて深くため息をつくと、ネプチューン王が眉をひそめた。
「この国も、とは? いったいどういう意味ですじゃ……」
「わかりませんか? 十年間ですよね? 白ひげの管下にありながら、お前たちの王女が十年間も塔に閉じ込められる異常事態を放置され、たまたまうまいこと別の海賊がやって来て敵を倒し、仲良くなった。これね、先日の評議会の裏でも話しましたよね?」
マヤの声に、厳格な響きが宿る。
「アラバスタも、ドレスローザも、そしてお前たち魚人島もだ。これまでの海軍が無能だったせいで、悪党に何年も国を蝕まれ、たまたま通りかかった気まぐれな海賊――麦わらに救われて、そいつを聖人のように崇拝している。……バカバカしいにも程がある。一国の平穏を、海賊の気まぐれな善意なんていう不確かなものに委ねるな」
「……しかし、ルフィ君はそんな打算で動く男では……!」
「そいつ本人にその気がなくても、周りが勝手に神輿に担ぎ上げるんだよ。現に麦わらはワノ国でカイドウを討ち、新しい『四皇』になった。もしお前たちがその四皇の旗を掲げて自立した気になれば、それは世界政府に対する『明確な反逆』とみなされる。政府が本気を出せば、海王類ごとこの島を海の藻屑にできるんだぞ。……私は、そんな理不尽な未来からお前たちの民を守るために、今ここに立っているんだ」
マヤは一歩踏み出し、言葉を畳み掛けた。
「そもそも、あいつが四皇になったからといって、遠い新世界から海底のお前達を救いに来るまでどれほど時間がかかる? それにお前達はただその場で救ってもらっただけで、麦わらの海賊どもが『魚人島を一生保護する』と世界に向けて責任ある宣言でもしたのか? アラバスタのコブラ王からは、先程確約をもらい、すでに海軍の直轄保護としてきたところだ。お前たちは、麦わらが助けに来るまでの間に民が受ける被害を本気で考えたのか? これから新海軍は海賊を一掃する。つまり、いずれ海賊ルフィもこの海からいなくなるんだよ」
ネプチューン王がゴクリと唾を呑む。マヤはしらほしの潤んだ大きな瞳を見上げた。
「そして、しらほし。君の力はあまりにも危ういんだ。故に、私が貴方を、そしてあなたの国を守る絶対的な『盾』を作らせてほしい。もし将来、私が死んでも、海軍の制度としてその思いは次代へ紡がれます。ですが海賊は、そいつが死ねばまた別の強い海賊がやって来て略奪する、怨念が続くだけだ。それではだめなんですよ」
「そこまで考えてくださってるなんて……。た、確かにそうです、海賊の縄張り争いになってしまえば、民は守れませんよね……」
「ええ。あいつらは短い期間で魚人島を離れたと聞いております。たった数日滞在しただけの海賊の言い分だけを信じるのですか? 何故、その後のことをお疑いにならないのですか? そこが私は不思議でならないのです」
ネプチューン王としらほしが、返す言葉を失って黙り込む。
マヤは少しだけ迷うように目を伏せたあと、静かに口を開いた。
「……これを言うのは、政治的に卑怯でひどいやり方だと思い、今まで伏せていました。情に訴えるやり方ですからね。ですが、お前たちに理解してもらうために必要と判断しましたので教えます。私は、お前たちの英雄である『フィッシャー・タイガー』の意志を知っています。何故なら私は……二十年間、シャボンディ諸島でどぶさらいをしていただけの天竜人だからです」
「え……? どぶさらい、ですか? 何故それが……タイガー様と……?」
「私は現在二十六歳になります。五歳の時から、天竜人のあり方、ひいては海賊という存在に強い疑問をもっていました。私にとっては、海賊王ロジャーの掲げたあの言葉がすべての『呪い』になりました。シャボンディ諸島はあの言葉のおかげで、無法な暗黒期の始まりとなったのです。上澄みの海賊達――カイドウ、シャーロット・リンリン、金獅子のシキ……数えたらきりがない怪物共が一斉に押し寄せてきたのです。私の目の前で、罪のない民が殺され、蹂躙され、街の水路は文字通り『血のドブ』になったのですよ」
しらほしとネプチューン王が、その凄惨な過去に息を呑んで絶句する。
「私はその血のドブに毎日入って、名もなき死者を弔い、捕まった奴隷たちを密かに逃がしていました。つい数日前まで、二十年間ずっと続けていたところです。そして十数年前でしょうか、そこでフィッシャー・タイガーや、ボア・ハンコック、コアラなども逃がす手伝いをしました」
マヤの真紅の瞳に、深い痛みがよぎる。
「私はずっと悔いていました。あの時、私がただ逃がすだけでなくもっと力を持っていれば、タイガーはその後も人間を恨みながら死ぬことはなかったのではないかと……。色々考えて、つい数日前に私はようやく立ち上がったのです。そして自ら海軍元帥となり、この腐った世界を根本から改革しています」
マヤはしらほしに向かって、魂を込めるように語りかけた。
「タイガーは、魚人島に海賊の旗を頼るような国になって欲しかったのでしょうか? 私は『否』だと思ってます。しらほし姫、民を愛してください。そして人間を信じてください。海賊ひとりにたまたま救われたことを、すべての美談にしないでください。あの麦わらは二年前、インペルダウンで大量の凶悪囚人を逃がし、平然としているのですよ? その逃げた囚人が今まさに黒ひげやバギーの手下となり、残りは各地で民を虐げ、海兵と民間人を合わせて『万人』が死んでいることでしょう。あいつはその引き金を引いた男です。そんな者を無条件に信じるのは、あまりにも危ういんです」
「そ、そんなこと、知りませんでした……っ。だって、私は十年間ずっと硬殻塔の中にいたから……」
ポロポロと涙をこぼすしらほし。彼女はいわば、外の世界を知らずに塔に閉じ込められていたお伽話の王女(ラプンツェル)であり、たまたま塔へ飛び込んできた泥棒(海賊ルフィ)に外へ連れ出されたことで、彼を世界のすべてのように信じてしまっていたのだ。
だが今、彼女の目の前には、ただ外へ連れ出すだけでなく、王族としての責任と国を守る本物の『盾』を約束する青年が立っていた。
「お話を聞く限りそうだと思って、タイガーの事も含めてお話ししました。どうか、今すぐ私を信じろとは言いません。ですが、私のこれまでの贖罪も含めて、改めて私と『お付き合い』してほしい」
マヤとしては「魚人島と新海軍の正式な国交・同盟関係」という意味で、大真面目に言った言葉だった。
ところが、涙を拭ったしらほしの大きな瞳がパチクリと瞬きされ、その白い頬がみるみるうちに桜色に染まっていった。
「えっ……お、お付き合いだなんて……!」
後ろで速記していたたしぎのペンがピタリと止まる。
(ん? あれ? 少し、言葉の意味を勘違いしてますかね……しらほし姫様!?)
しらほしはモジモジと大きな指先を絡ませながら、消え入りそうな声で頷いた。
「わ、わかりました……。マヤ様がそこまで私のことを想っておっしゃってくださってるのですし、お、お付き合いを前提にしていきましょう……っ」
「ああ。では、魚人島を私の直轄下に置きます、よろしくお願いいたします。落ち着いたら私も直接魚人島へ会いに行きます故。約束です」
「はい……! 約束ですよ、マヤ様」
横で聞いていたネプチューン王も、「ん? ……あ〜、わしからもその案、飲ませて頂きますぞ。確かに、麦わらという男は聞けば聞くほど危うい人物ですな。危なかったですじゃ」と深く頷いた。
すると、しらほしがソファから身を乗り出し、自分の巨大な両手のひらをマヤの前へとそっと差し出した。
その瞬間、護衛であるたしぎは(なっ、攻撃される!? 危ない!)と反射的に刀の柄へ手をかけたが、マヤが一切の警戒を見せずに自分からその大きな手のひらの上へとひょいと乗ったため、慌てて手を戻して静観した。
しらほしは自分の顔の高さまでマヤを優しく持ち上げると、亡き母オトヒメ王妃の面影を宿した慈愛の笑顔で微笑んだ。
「お母さまがずっと目指していた『人間との共存・信頼』の架け橋に、私と一緒に、なりましょうね。マヤ様」
「はい。是非に」
手のひらの上で背筋を伸ばしたマヤは、どこまでもど真面目な為政者の顔で頷き返した。
「よき生活を取り戻し、民を平和に、一緒に導いていきましょう」
その「一緒に」という言葉を完全にプロポーズの続きとして受け取ったしらほしは、耳の先まで真っ赤に染めて湯気を上げながら、「はう……はい……っ、ふつつか者ですが、よろしくお願いします……」と小さく震えた。
下で手帳を持ったまま立ち尽くしていたたしぎは、眼鏡の奥で遠い目をした。
(あの……なんか、お二人の間で致命的な勘違いが起きたまま進んでいますが……私の勘違いですよね。ええ、正義にかけて!!)
リュウグウ王国との会談を終え、ルルシア王国消滅への超速補償とサターン聖の処断、そしてシュリ姫の保護を済ませたその日の夜。
マヤは執務室から、カマバッカ王国にある革命軍総本部の極秘回線へと直接電話を繋いだ。
『よう、名乗るほどのもんじゃないさ。……話しようや?』
受話器の向こうで、イワンコフ、サボ、コアラが息を呑む気配が伝わる。
総司令官ドラゴンが、低く険しい声で応じた。
『……貴様が、新元帥のシンキ・マヤか。どうやってこの極秘回線を……』
「極秘回線? しらねーな? いう必要もない、評議会に乗り込んだテロリストどもがよ? それによ、単刀直入に聞くぞ、ドラゴン、サボ。お前らが今まで掲げてきた『革命』の目的は何だ? 天竜人の腐敗を正し、天上金を下げて、奴隷を解放することだろ?」
『そ、そうだ! だから俺たちは――』
サボの声を、マヤは冷酷に遮った。
「なら、もうお前らの出番は終わりだな? 天上金は昨日俺が下げさせた。だがな、奴隷は別だろ? 天竜人だけの問題じゃない、すり替えるんじゃねーよ! 世界政府も関係ないだろうが、勝手にお前らが現場でやって、解放しまくってればよかっただろうが。何故、罪のない民を扇動したんだ?」
『なっ……!?』
「奴隷を攫って持ち込むのは、海賊だぞ? そして奴隷はシャボンディ諸島以外にもいるし、それ以下に人間が扱われる国もあるよな? ゴア王国とかよ? お前らは結局よ、『天竜人憎し』ってのが名目なんだろ? クソな集団だな? いっそ名前を『天竜人被害の会です』にしたらどうだ?」
『貴様に何がわかる!!』
ドラゴンの怒号に対し、マヤは一歩も引かずに言い放った。
「お前こそ、民の何がわかるんだよ? 良いか? 天竜人に被害に遭うことよりもな、海賊に被害にあってる連中のほうがよっぽど多いんだよ! モンキー二世よ、お前もどうせゴッドバレー関係者なんだろ? 赤髪と組んでるだけで、自分の息子をお膳立てしてるだけだろ? その為にエースを売ったのか? え?」
『……どういうことだ?』
『どういうことなの、ゴッドバレー? なんなのよ!』
サボとイワンコフが動揺する中、マヤは淡々と暴露を続けた。
「簡単なことさ、こいつはよ、かつてゴッドバレーで赤髪を託されて放置した男なんだよ。つまりな、最初から赤髪と組んでたってことだよ。そしてルフィを強くするためにロックス海賊団の残党――旧四皇を排除して、今の赤髪のお友達でまとめた四皇でてめーらが支配構造に入るって算段だよ。革命? 聞いてあきれるね。ただの支配構造の変換だろ? 天竜人じゃなくて、お前とそのお友達で世界を牛耳るってわけだ?」
『どういうこと? 四皇とつながってる? なんでよ!?』
「ルフィはよ、インペルダウンを脱獄させたな? あの時の被害人数は万いってるんだわ。イワンコフ、お前も一緒に逃げたよな? そんなに人数殺しておいて革命? ふざけんなよ、最後までケツ拭きもできないで、そこは海軍まかせ? ってか? 今の四皇、よくみてみろよ」
『…………』
ドラゴンが沈黙する横で、手配書を見ていたコアラがハッと息を呑んで呟いた。
『シャンクスは、ルフィと知り合い……。シャンクスは、バギーと……同じ海賊船に乗ってた……ロジャー海賊団……。そして、黒ひげとシャンクスは因縁があるのに……何故止めてないの?』
「聡明だな。君の名前は?」
『コアラです……え……』
受話器越しのマヤの声と気配に気づいたコアラが、マイクへと駆け寄る音がした。
『あ、あの……! もしかして貴方、十六年前のシャボンディで、フィッシャー・タイガーさんと一緒に私たち奴隷の子供を水路から逃がしてくれた……あの時の少年ですか!?』
「……ん? ああ、あの時泣きじゃくってた女の子か。元気そうでよかったな。俺はあの日から何も変わっちゃいねェよ。ただ、誰も泣かなくていいようにどぶをさらってるだけだ」
『なんということなの……』
「まーそういうことだ、コアラ。そういう関係が見えてしまうってことだ。これでお前らのやってることがわかったか? エースは死ぬ運命だったんだよ。止めようと思えば止められる機会はあったし、インペルダウンもよ? なんで先にエースを保護しなかったんだよ? 収監された時点でよ」
向こう側で、イワンコフがガタガタと震え始める気配がした。
「お前ら、インペルダウンで秘密の階層を作ってバカ騒ぎしてる間に、すぐ下にエースが収監されてるのを放置してたんだろ? それで革命? 違うね。インペルダウンはただの海賊の戦力増強、海賊が増えた出来事だ。海軍を腐敗のダシに使われただけだ」
『エースが……いたのに、そんなことをしてたのかよ!!!』
『…………』
サボの悲痛な叫びと、イワンコフの沈黙。マヤは冷徹に通告した。
「いずれお前らの手配書が出る、一人も逃がさないぞ。ただし、助けて欲しければすぐに海軍に行き、そこから俺につなぐか、今俺に助けを願うかして、革命思想を捨てろ。さぁ〜選択の時間だ」
『私は……マヤ元帥の元にいきます。革命をやめます』
「いい子だ、それ相応の待遇を約束する。インペルダウンには送らない、これが条件だ。コアラはすぐにでも海軍のところへいけ、全部の支部にお前が保護を願い出たと告げておく。以上だ、他にはいないんだろ? では」
その時点で、コアラはすでに作戦室を飛び出していた。
『まってくれ!!』
「なんだ? 炎帝様よ? 兄弟の実をたべてうれしいかい? ご満悦かい? それが身内が殺した実だったんだ、さぞうまかったろ?」
『おれは……俺はなんのために……革命に……』
「お前はゴア王国で記憶を失ってるとこちらで書面にある。つまりお前、革命軍にいいように洗脳されてるんだよ」
『……貴方……人の血ってものがないの? もう少し……』
「お前こそ、何人の囚人を逃がして喜んで、戦闘して海兵を殺したんだよ。海軍とそれに味方する民は人間じゃないのか? 海賊と革命軍だけの世の中にするってことかい? お笑いだろ? やめてくれ」
『私はただ、手伝いを……』
「あのよ? 言ったろ? 『海賊=正義』じゃないんだよ。海賊に怯えた海軍が悪さして癒着する、その根っこは海賊だろうが! 天竜人もそうだよ。まーあれは、さらに上のせいでもあるがな、そこは認めてやるよ」
『カマバッカは、どうなるのよ……』
「お前の国だっけか? 全員処刑がいいとこじゃないか? お前のせいでな? おめでとうだな? 革命思想が合うんだ、当然の処置だろ? お前のとこのボスの思想に騙された、哀れな革命軍よ」
イワンコフが深くうなだれる。マヤは沈黙を続けるドラゴンへと声を向けた。
「そちらのボスはもうだんまりだな? 見透かされてるからかい? こちらの書面だと、ローグタウンで麦わらが処刑になりそうな時に、うまい具合に雷が落ちたそうだな? その場にお前もいたんだってな? スモーカーが証言したよ」
長い沈黙の末、ドラゴンが低く呟いた。
『あれは……』
「偶然たまたま、大いに結構、わかったよ。そういうことにしとくよ。どうやら話は終わりだな? 海軍支部にコアラが到着したよ。何か言うことは?」
『私も革命をやめる、罪を償う……! だから……カマバッカは……』
「いいぞ。その話を飲んでやる。革命思想を捨てろとはいわんが、まず民をないがしろにするな、過去をいつまでも引きずるな、わかったな? お前も海軍支部へ投降しろ」
『お前までもか!!!』
『彼のほうが正しいのよ。あなたのお友達ごっこに付き合いすぎたわ……もういくわね』
「イワンコフ、お前一応『女の姿』でこい、能力でなれるんだろ? その顔のままだと目立ちすぎる、いいな?」
『わかったわ……民がびっくりするものね、革命軍はいまもう……』
「そういうことだ、お前は顔が割れすぎてるんだよ。あとは、お前達が答えをだせ。いずれ手配書はでる。投降するか革命を続けるかはまかせるよ。ではな」
通信が切れ、女性姿に変身したイワンコフが去り、サボがドラゴンを激しく睨みつける中、革命軍は事実上の解体を遂げた。
翌朝、マヤは海軍本部の英雄であるガープ中将を伴い、たしぎと共に超高速軍艦で『東の海(イーストブルー)』へと向かった。
穏やかな海を裂いて進む軍艦の甲板で、たしぎは潮風に吹かれながらマヤの背中を見つめていた。
「マヤ元帥……ガープ中将まで同行させて、まずはフーシャ村へ向かうのですね」
「ああ。あそこは麦わらと赤髪、二人の四皇の因縁が絡み合ってる一番歪んだ場所だ。じじいにも現実を見てもらう必要がある」
やがて軍艦がフーシャ村の港へと着岸し、重厚なタラップが下ろされた。
マヤは白い元帥コートをなびかせてタラップを降りると、速記帳を抱えたたしぎを連れ、村の中心にある酒場『パーティーズ・バー』の扉を開けた。
店内には、カウンターの奥で赤茶色の髪の赤ん坊を抱いている店主のマキノと、村長のウープ・スラップ、そして山から降りてきていた山賊のダダンが顔を揃えていた。
見慣れぬ海軍元帥の入店に、村長とダダンが「ルフィがそんな悪党なわけがねェ!」「シャンクスだって立派な男だ!」と身構える中、マヤは静かに歩み出た。
「はじめまして、海軍元帥のマヤ聖と申します。ウープ・スラップ村長に、マキノさんでいいかな? そしてそちらは、山賊ダダンだな? 本来なら山賊も捕まえねばならない。だが、こっちは海軍、今は目をつぶろう」
ダダンがギョッとして口をつぐむ。マヤは隣のたしぎを示した。
「たしぎは、速記係です。公式な書面に残さないといけないことをご了承を。山賊の部分は消してます」
「たしぎ大佐であります。元帥の秘書兼速記を務めさせていただきます。よろしくお願いいたします」
たしぎが礼儀正しく一礼すると、海賊嫌いで知られるウープ・スラップ村長が杖をついて前に出た。
「なんの用ですじゃ? 海軍が来てくれるのは嬉しい限りじゃがな、わしとしてはな!」
「はい、マキノです。どうして私達の名前を……それに『聖』とはいったい?」
戸惑うマキノと沈黙するダダンの前で、マヤは入り口の方を振り返った。
「イーストブルーなので、まだ情報伝達がゆっくりでしょう。そしてこいつも紹介しよう。おい、でてこいじじい」
扉の奥から、巨大な体躯のガープが姿を現した。
マキノとダダンが「「ガープさん!?」」と絶句する中、ガープは苦渋に満ちた顔で頭を下げた。
「すまんが……マヤ元帥の言うことをまず聞いて、全部飲んで欲しい」
「そういうわけだ。色々こちらも考えがあってな、このたび海軍が海賊を一掃するのは知っていると思う。調べた結果、ここが四皇シャンクス、四皇ルフィに深い因縁があるとわかった。そして……」
マヤの真紅の瞳が、マキノの腕の中で眠る赤ん坊の『赤茶色の髪の毛』にとまった。
「……赤茶色の髪の毛か。つまり、赤毛ってことだな。……ふむ。俺の子だな」
「なっ……何を、違います!! この子はあの、その……」
慌てて否定しようとするマキノを、マヤは強い眼差しで制した。
「俺の子だ、いいな? 『決して海賊の子じゃない』。この意味がわかるか? 何故あいつ(シャンクス)の名前を出したのかも、わかるな?」
「ですが……」
「まず一つ、麦わらは四皇になった。そしてその周りは、赤髪のお友達で集まった四皇だ。おかしな構図ができてしまっているんだよ。だからといって、あいつらがこのイーストブルーを守るわけでもない。今は遥か遠い地の場所にいって、ここには二人は戻ってこないだろう。だが、調べると妙にこのイーストブルーにお友達が多いわけだよ。海賊一掃を掲げた海軍からしたら、この海域をさらに強化しないといけないとなりましてな」
後ろで速記を取っていたたしぎは、背筋に冷たい汗が流れるのを感じていた。
(この村は異常だ!! 四皇二人の拠点に、ガープ中将の孫、おまけに四皇の隠し子まで……なんだこの村のおかしな構図は……!)
「そして、その子供は俺の子供にする。しないと守れない。もし本当の事情が世間にバレたら、この村はなくなるし、他の凶悪な海賊が来る可能性がある。すでに過去、近くのシロップ村にも海賊(クロ)が潜んでいた。そして、本来こんな最弱の海域に四皇が来るわけがない。来ないんですよ。この意味、わかってください」
マヤは一歩近づき、芝居を打つように言った。
「マキノ、すまないな。その子供を放置してきてしまってな。俺もやっと海軍元帥にまでなれた、だから迎えにきた」
「…………」
ウープ・スラップ村長が、悔しそうに唇を噛んで頷いた。
「……そういうことか……マキノ、飲むしかない。元帥のいうことも正しい、わしは最初から海賊なんぞ反対じゃったんじゃ……なのにあやつめ……」
「でも、この子は……そんなの、私には決められないわ!」
赤ん坊を抱きしめて拒むマキノに対し、マヤは声のトーンを変え、残酷なまでの現実の時系列を突きつけた。
「そうですね、では時系列を追いましょうか。その子供ですね……ルフィがインペルダウン、つまり凶悪な海賊を何人も脱獄させた大事件、およびにエースが処刑されたあとに、あいつ(シャンクス)がここに立ち寄って出来た子供なんですよ。あいつ、あの時に海軍を止めたんです。そのせいで、そのせいでですね! たくさんの海賊が逃げて今の四皇の手下になって暴れてるんですよ。そしてその時の被害は数万です。海軍、海賊、ひいては近隣の村の被害を含めてです。それを貴方達は、イーストブルーが安全な場所だから、新聞の情報を見て喜んでいたのではないですか? ルフィたちが活躍してるとかで」
「っ……!」
「それは断じて認められないのですよ。なら、その脱獄囚どもがここを襲ってきたらどうするんですか? というだけの話です。……世界中のみんなが喪に服して泣いているときに、ふらっとここへ来てこさえた子供なんですよ。言い方はいけませんがね」
「そんなの知らない……っ、だってここにはそんな情報は……あああああ、そういうことなのね……」
マキノの顔から血の気が引いていく。
「あいつはここに一回避難して、世間の目くらましに使ったんですよ。私の憶測ではありますがね。……わかりました、私の子供というのはやめにしましょう。ただ貴方を保護にします。それでよろしいか?」
突き放すような言葉に、マキノは激しく動揺し、村長も(なんたることじゃ……マキノはあやつに遊ばれておったのかいのう……)と拳を握りしめた。
「わかっています、貴方のその子の父が誰か。だからあえて言ってるんです。一人で育ててるようで、実際は村のみんなに助けてもらって子育てしてますよね? 貴方の望んだ子育ては、そんな日陰の暮らしなんですか?」
「私は、ただ普通の幸せを願っていました……っ。でも、でも、この子の幸せは、どうしたら……」
「その子はあいつの子供です。つまり、知られれば一生狙われるんですよ。そしてあいつは無責任に貴方を二年半以上も放置してる。あいつは四皇なんですよ? なのに会いにも来ないし、守りにも来ない。あいつはね、ルフィの事しか頭にないんですよ。あいつの親父もそういうやつですからね」
「え……? あの人の父親のことも、知ってるんですか?」
「はい。あいつの親父(ガーリング)は、自分の嫁を殺してますよ。不要なものとしてね。……貴方も、同じようにそうなってきてますよね?」
「そんなの……って、ひどい……っ。つまり……私はただ、あの時慰められただけ……? ひどい……っ、うわあああんっ!」
信じていた愛のすべてが崩れ去り、マキノの瞳から止めどなく涙が溢れ出した。
「そうとも言えますね。所詮は海賊です。四皇二人が関わる村、どれだけ重いか分かりますか? そして私の覚悟もわかってください。貴方もその子も、私がすべて受け入れると約束します。子供の件はそのままにして、あなた方を保護する。これでよろしいですね。……もう、泣かないでください」
マヤは歩み寄ると、泣き崩れるマキノと赤ん坊をその腕でそっと抱きしめた。
「つらい現実です……。私も、こうなる前になんとかしたかった。気づいたらもう止められないところになってしまったんです」
マヤが赤ん坊の背中を優しくあやすように撫でながら、「大丈夫です、私が寄り添います」と囁くと、マキノは声を上げて泣きながらマヤの背中にしがみついて抱きしめ返した。
やがて、涙を拭ったマキノを連れて店の外へと出たマヤは、村長とガープに向き直った。
「話はまとまりました。マキノを含めてこの村も保護し、いずれはイーストブルー全体の治安強化に努めます」
「わかりました……すべて受け入れますじゃ」
「マキノはただちに、ガープ、お前がしばし預かり、海軍本部で俺が戻るまで頼むぞ。俺はイーストブルーをまだ回らねばならぬ場所がある。マキノ、またすぐ会えます。今はここをすぐ離れてください」
「……わかりました。ありがとうございます、マヤ様」
マキノを乗せた軍艦は、そのまま隣の『シロップ村』へと向かった。
港のタラップを降りたマヤとたしぎ、そしてガープ(船内にはマキノも待機している)は、丘の上にあるカヤの屋敷へと足を運んだ。
応接室でフーシャ村と同じように名乗りと挨拶を済ませたマヤが、ウソップの件を切り出すと、医者の勉強をしていたカヤと執事のメリーは即座に色をなして反発した。
「待ってください! ウソップさんは三年前、この村を海賊クロの陰謀から救ってくれた命の恩人です! 決して世間を脅かすような悪い人ではありません!」
必死に庇うカヤの前に、マヤは最新の手配書――『ゴッド・ウソップ(四皇幹部・懸賞金五億ベリー)』と書かれた紙を置いた。
「あいつが昔お前を救ったのは事実だろう。だが今、あいつは世界を荒らす四皇の大幹部だ。これから海軍が四皇を潰しに動く中、大幹部の故郷であるこの村と、あいつの知り合いであるお前は、世界中の海賊や犯罪者から真っ先に人質として狙われる。……聞くが、今のウソップは、お前が襲われた時にすぐ飛んできて守ってくれるのか? 自分の夢を追いかけて遠い新世界にいるんじゃないのか?」
カヤがハッと言葉に詰まる。マヤは淡々と続けた。
「という感じでしてね。あなたが贈った船の後継であるサニー号で、あいつらは行く先々で暴れまわってます。暴れたあとは全部海軍まかせで、そこの国の統治は二の次……。なのでカヤ、貴方も保護しないといけないんです」
「でも、そんな……」
「夢だなんだと言いますが、海賊はそんなものです。ここもかつてクロに襲われた、それが海賊の手口なんですよ。嘘をついて騙して、相手を待たせる……そんな悲劇ばかりです。貴方もそうです。ゆえに、貴方の『医者になる』という夢は海軍本部の最新施設でもできます。それ以外の選択もありますがね。海賊一掃を掲げてる以上、この村も守らねばなりません、他の海賊が攻めてきますからね」
「ですが、その時は……海軍が守ってくださるのでは……」
「まさにその通りなんです、海軍が守ります。ですが、四皇の幹部を輩出した村、しかもヤソップとウソップ、親子そろってです。これは異常ですよ? その母親(バンキーナ)は夫に放置されて亡くなっていると聞く……。そこに私達が普通に介入できるかという問題があるんです。四皇にとってここはなんなのですか? 保護下なんですか? 都合の良い時だけ海軍を頼る、それがここイーストブルーの実態なんですよ。なので海軍の保護下に入り、ここの管轄であるゴア王国もすでに海軍が見ることになってますので、どうかご理解を」
隣に控えていた執事のメリーが、静かに目を閉じてカヤに進言した。
「……お嬢様。ここは元帥殿についていったほうがよろしいかと思います」
カヤは机の上のウソップの手配書を見つめ、小さく震える息を吐いた。
「……わかりました……。確かに私、海賊のほら話につき合いすぎていて、周りの現実が見えてなかったかもしれません……」
「正義にかけて、カヤ様とこの村を守らせて頂きます!」
たしぎが力強く敬礼する。マヤはガープを振り返った。
「じじい、また一名、お前の船で本部まで保護してやってくれ。俺たちはここから別行動になるゆえな」
「わかりました、元帥殿。……わしの孫たちが、本当にすいませんですじゃ……」
「お前のせいではない……。こんな狂った時代になったのがいけないんだよ」
「マヤ元帥。次に向かうココヤシ村は、麦わらの一味の航海士『泥棒猫・ナミ』の故郷ですね。二年前まで魚人海賊アーロン一味に支配されていた場所ですが……」
「ああ。当時の海軍第16支部のネズミ大佐がアーロンから賄賂を受け取って癒着し、村民を見殺しにしていた胸糞悪い記録が残ってる。まずはその膿の清算からだ」
やがて軍艦がココヤシ村の港へと着岸し、重厚なタラップが下ろされた。
白い元帥コートを羽織ったマヤが、手帳を抱えたたしぎを連れてタラップを降りていくと、港の広場にはすでに異変を察知した村人たちが集まっていた。
その最前列には、帽子に風車をつけた駐在のゲンゾウと、ナミの義姉であるノジコ、そして村医者のナコたちが、猟銃や農具を手に険しい顔で立ち塞がっていた。
「海軍本部が、こんな小さな村に今さら何の用だ……!? 俺たちは二年前、ネズミとかいう腐った海兵に散々煮え湯を飲まされたんだ! もし海賊になったナミのことでこの村を脅しに来たのなら、村民全員で相手になるぞ!」
全身傷だらけのゲンゾウがノジコを背後に庇い、鋭い目でマヤを睨みつける。
マヤは武器を構える村人たちを前にしても一切の威圧を見せず、立ち止まると、自分の頭から元帥の制帽を静かに取って胸に当てた。
「俺は新しく海軍元帥になったシンキ・マヤ聖だ。隣は秘書のたしぎ大佐。……まずは、数年前までこのココヤシ村が魚人アーロンに支配されていた八年間、海軍第16支部のネズミが海賊と癒着し、お前たち村民を長く苦しめて見殺しにしたことを、海軍の最高責任者として公式に謝罪する」
そう言うと、マヤはたしぎと共に、村人たちの前で深々と頭を下げた。
「罪のない民を守るべき海軍が、海賊と手を組んで民から金を巻き上げるなど言語道断だ。ネズミにはすでにインペルダウンでさらなる厳罰を下した。これまでアーロンに奪われた以上の賠償金の支払いと、今後のココヤシ村の完全な直轄保護を、俺の名において約束する」
「えっ……!? か、海軍の元帥様が、俺たちに頭を下げただと……!?」
予想だにしなかった謝罪と補償の言葉に、ゲンゾウと村人たちが目を丸くしてざわめき、構えていた武器を下ろした。
すると、ゲンゾウの後ろにいたノジコの顔がパッと明るくなり、期待を込めて一歩前に出た。
「ほんとに!? じゃあ元帥さん、ナミのことも分かってくれたのね!? あの子は八年間、この村の命を買い取るために、泣きながらアーロンの下で無理やり海図を描かされてた被害者なの! だから、ナミの懸賞金の手配書も取り消してくれるのよね!?」
希望に目を輝かせるノジコ。後ろで控えるたしぎも、思わずマヤの横顔を見た。
だが、ゆっくりと顔を上げたマヤの真紅の瞳には、一切の私情や甘さのない、絶対零度のリアリストの光が宿っていた。
「――いや、それはできない。このココヤシ村を保護することと、現在海に出ている『泥棒猫・ナミ』の処罰は、まったくの別問題だ」
ピタリ、とノジコの笑顔が凍りついた。
「な、なんでよ!? さっき、アーロンの被害者だって認めてくれたじゃない!」
「ノジコと言ったな。いいか、あいつが二年前までアーロンの被害者だった過去は認める。だから、あいつが守ろうとしたこの村は今日から俺が守る。……だがな、アーロンが倒された『その後』、あいつはどうした?」
マヤは懐から、懸賞金三億六千六百万ベリーとなったナミの最新の手配書を取り出し、ノジコとゲンゾウの前に突きつけた。
「あいつは自分の意志で麦わらの一味の海賊旗の下に入り、政府の司法島エニエス・ロビーを襲撃して焼き払い、その仲間はインペルダウンの凶悪犯を大量に脱獄させて、世界中で万単位の民間人と海兵が殺される引き金を引いた。そして今現在も、世界を脅かす四皇『麦わらの一味』の大幹部として海賊行為に加担し続けている」
「ま、待ってくれ元帥! ナミはただ、自分の描いた海図で世界を見たいって夢のために、ルフィたちと旅をしてるだけだ! 民間人を襲うような悪党じゃねェ!」
ゲンゾウが必死に食い下がるが、マヤは冷徹に首を横に振った。
「本人がどう思っていようと、四皇の船の『航海士』だぞ? あいつが海図を描いて船を導かなければ、麦わらの一味はどこへも行けず、これほど巨大な海賊勢力になって世界に混乱を撒き散らすこともなかった。つまり、あいつは一味の犯したすべての罪の共犯者だ」
「そんな……っ、あんまりよ……!」
「過去の被害者だったことと、現在の海賊行為は、法と秩序の上では完全に切り分けて審査する。『救済』と『免責』は同じじゃないんだよ。俺はナミという女を個人的に知りもしないし、特別扱いする理由も一切ない。このココヤシ村とみかん畑は海軍が全力で守るが、海賊ナミについては、海で捕縛し次第、他の海賊と同じように厳格に裁く。……そこは絶対に勘違いするなよ」
もしマヤがシャボンディー諸島で二年前に出会い訪れていれば。ナミの涙に直接触れていれば、運命はまったく違っていたはずだった。しかし、二十年の孤独を一人で背負って元帥となったこの世界のマヤにとって、ナミは「過去の事情はどうあれ、現在は世界の秩序を乱している海賊幹部」でしかなかった。
泣き崩れそうになるノジコと、唇を噛み締めてうつむくゲンゾウを残し、マヤは何かを感じ(NMERの共振)崖の上にあるベルメールの墓を一礼しただけで踵を返した。
「たしぎ、行くぞ。東の海の処置はこれで終わりだ」
「……は、はいっ!」
東の海から赤い土の大陸(レッドライン)を越え、新世界へと入ったマヤの超高速軍艦は、本部から合流した大将アラマキと、保護下のニコ・ロビンを乗せて、ビッグ・マム陥落後の『万国(トットランド)』へと向かっていた。
航行中の船内サロンで、紅茶を飲んでいたロビンがマヤに尋ねる。
「これから向かうホールケーキアイランドは、リンリンがいなくなったことで黒ひげ海賊団の襲撃を受け、かなり荒れているそうよ。ここも武力で制圧するつもり?」
「いや、あそこは血縁と家族の絆でまとまってる国だ。暴力では支配できないし、無理に攻めれば住民に無駄な犠牲が出る。あそこでは少しマイルドに、優しい口調で話してくるさ」
やがて軍艦がホールケーキアイランドの港へと着岸した。
タラップを降りたマヤ、たしぎ、ロビン、アラマキの前に、負傷して包帯を巻きながらも武器を構えたシャーロット・カタクリとオーブン、ペロスペロー、そして三つ目の少女・プリンたちが立ち塞がった。
「海軍元帥……! 母上がいなくなった隙を突いて、我々ビッグ・マム海賊団を潰しに来たか……!」
三叉槍を構えるカタクリの隣で、プリンも涙目で銃を構えて叫んだ。
「ふざけないで! 海賊だからって全員が悪人じゃないわ! あの人たち(サンジと麦わらの一味)は、私のこの三つ目も笑わずに綺麗だって言ってくれた……自分の夢に向かって生きる素敵な人たちだった! 海軍なんかに絶対屈しないわよ!」
激しく反発するプリンとカタクリに対し、マヤは後ろのアラマキを手で制して一切の殺気を出さず、穏やかで優しい口調で語りかけた。
「カタクリ、それにプリン。いきなり軍艦で押しかけてすまないな。今日はお前たちと戦いに来たんじゃない。お前らの母親のリンリンはワノ国で死んだ……俺もシャボンディで昔から顔を知っていたから、残念に思ってるよ。だが、残されたお前たち兄弟と、この海域で暮らす何十万人もの住民までが、よその海賊に略奪されて傷つく必要はないだろ?」
「なっ……どういうつもりよ、天竜人のくせに!」
「プリン、お前が麦わらの一味のコック(サンジ)に好意を持って、最後は彼の記憶を消してまでこの海域から逃がして応援してやったって話は、情報部から聞いてる。お前は家族思いで、優しい子なんだな。……だけどな、その優しい恋心の結果、何が起きたか落ち着いて周りを見てみろよ」
マヤは傷ついた兵士や壊れた街並みを示し、諭すように静かに言った。
「お前が逃がして応援した麦わらたちが、ワノ国でお前らの母親をマグマの底へ落として殺したんだ。そして、母親という最大の盾を失ったせいで、今この国は黒ひげどもに荒らされ、お前自身も『歴史の本文を読める三つ目族』として黒ひげに拉致されかけてる。……なあプリン、お前が記憶を消してまで守ったあのコックは、お前の母親を殺したあと、危機に陥ったこの国とお前を一度でも助けに来てくれたか?」
「え……っ、あ……」
プリンの手から銃が震えて下がり、カタクリとオーブンがギリッと奥歯を噛み締める。
「来てないだろ? 悲しいけどな、あいつらは自分たちの次の冒険に夢中で、残されたお前らがどうなろうと振り返っちゃくれないんだよ。それが海賊の『自由』ってやつなんだ。……カタクリ、お前が長男なら、家族のために選んでくれないか。海賊の看板を下ろして、トットランドの自治警備隊として俺の保護下に入ってくれ。そうすれば、お前の妹たちも住民も、新海軍が全力で守る」
力でねじ伏せるのではなく、残された家族の未来を案じるマヤの誠実な言葉に、プリンは「う、ううっ……」と顔を覆って泣き出し、カタクリは静かに目を閉じて三叉槍を石畳へと下ろした。
「……わかった、マヤ元帥。俺たちの負けだ。妹たちとトットランドの民を、どうか頼む」
トットランドを平穏のうちに保護下に収めたマヤたちは、次なる目的地――カイドウが倒れてまだ数日しか経っていない『ワノ国』へと軍艦を進めた。
滝を登り、花の都のはずれへと着岸した軍艦のタラップから、マヤ、たしぎ、ロビン、そしてアラマキが降り立つ。
するとそこへ、知らせを聞いて駆けつけたワノ国将軍・光月モモの助と妹の日和、錦えもんや傳ジローたち赤鞘の侍、そして金棒を担いだヤマトが、大勢の侍たちを引き連れて立ち塞がった。
「な、なんだお前たちは! 海軍元帥だと!? それに後ろにいるのは、つい先日このワノ国を攻めてきた緑の牛(アラマキ)ではないか! あの時はルフィの知り合いの赤髪のシャンクスが覇気で追い払ってくれたが、また攻めてきたのか! ワノ国は拙者たちが守るぞ!」
刀の柄に手をかけて息巻くモモの助と赤鞘の侍たちに対し、マヤは呆れたようにため息をついて首を横に振った。
「最初から大きな勘違いをしてるな、モモの助。うちのアラマキは、お前たちのワノ国を『攻めてきた』わけじゃない。俺たちは海軍だから、お前たちの国に居座っていた凶悪な海賊――麦わらの一味を『捕縛』しに来ただけだ。ワノ国の民に危害を加える目的じゃねェよ」
「なっ……!? 国を攻めてきたのではない、だと……?」
モモの助と錦えもんが虚を突かれて顔を見合わせる。
「そうだ。それを赤髪が横から覇気で邪魔をして、海賊のメンツと手柄を守っただけだ。……だが、その結果この国はどうなった? カイドウという最大の抑止力が消えた今、このワノ国は世界中の海賊から『古代兵器プルトンが眠る無防備な宝の山』として狙われてる。しかも国内にはまだ何千人もの百獣海賊団の残党がいて、荒れ果てた土地の食糧問題も山積みだ。ルフィも赤髪もいい格好して出ていったが、お前らに具体的な防衛システムも食糧支援も何一つ残してないだろ。お前らのちっぽけな意地で、またワノ国の民を飢えさせて戦火に晒す気か?」
国の深刻な現状を正確に突かれ、日和や傳ジローたちが「そ、それは……」と言葉に詰まって立ち尽くす。
すると、最前列にいたヤマトが金棒をダンッと地面に突き立て、マヤを睨みつけて一歩前に出た。
「黙れ! ルフィたちの悪口を言うな! ルフィたちが海へ出た今、このワノ国は『光月おでん』である僕が守るんだ! ルフィもそう言って僕に任せてくれたんだぞ!」
戦いの興奮がまだ冷めやらず、誇らしげに胸を張るヤマト。
マヤはヤマトの目の前までゆっくりと歩み寄ると、真紅の瞳で彼女の目を真っ直ぐに見上げた。
「おでん、おでんって……それじゃだめだろ、ヤマト。麦わらは自分のノリでお前のその言葉を肯定したかもしれない。でもな、それはヤマト、お前自身がおでんになるのとは違うんだぞ?」
「え……? な、なにを言ってるんだ、僕は光月おでんに憧れて、この国を――」
「お前のおやじさんのカイドウは、たしかに酷い父親だったかもしれない。お前がずっとそれに反発して戦ってきたのも事実だ、おでんのようになりたいとな? ……そして親父は、つい数日前、死に場所を求めてあの海賊と戦い、マグマの底へ落ちて死んだようなもんだ」
マヤの声は静かだったが、その一言一言が重く響いた。
「親が死んだってことはな、お前はもうこの世で『孤独』になったってことだぞ。海賊に親を殺されたわけだしな。……どんなにくそな親だったかもしれないが、親は親だ」
その瞬間、ヤマトの顔がカッと険しく歪み、金棒を強く握りしめて激昂した。
「――ふざけるなっ!! 何を勝手なことを言ってるんだ! あんな鬼みたいな親父、死んでせいせいしたぞ!! 僕に爆弾の手錠をかけて、二十年間も鬼ヶ島に閉じ込めて殴り続けてきた奴だ! そんな親父が死んで、僕が寂しいわけがないだろう!! 僕はカイドウの娘なんかじゃない、光月おでんだ!!」
カイドウが討たれてからまだ数日しか経っていない。長年の支配から解放された高揚感の中にいるヤマトにとって、「父の死を悲しむ」などということは到底受け入れられるものではなかった。
だが、マヤはヤマトの怒鳴り声を浴びても微動だにせず、ただ憐れむような静かな目で彼女を見つめ返した。
「……そうやって大声で喚いて否定しないと、自分の心を保てないんだろ、ヤマト」
「なっ……!?」
「本当にどうでもいい赤の他人なら、そんなに必死になって声を荒らげたりしねェよ。お前は二十年間、あのカイドウという巨大な親父に反発し、戦い続けることで自分の存在意義を保ってきた。その一番デカい壁が、よその海賊に殺されて急にこの世から消えたんだ」
ヤマトの呼吸が、わずかに乱れる。
「今はまだ、戦いが終わったばかりで熱が残ってて、実感がないんだろうな。周りもお前を持ち上げてくれるしな。……だがな、ヤマト。今夜にでも、誰もいなくなった鬼ヶ島の天守閣へ戻って、一人で考えてみろ。手錠も外れて、お前を縛る者も、殴りかかる親父もいなくなった空っぽの部屋で、自分が『おでん』の看板を下ろしたら、お前の中に何が残るのかをな」
「っ……! ぼ、僕は……おれは……っ」
言い返そうとしたヤマトの喉が、ギュッと詰まったように震えた。
なぜだか分からない。あんなに憎んでいた父親が消えて清々したはずなのに、目の前の青年に「お前は孤独になった」と言われた瞬間から、胸の真ん中にぽっかりと冷たい風が吹き抜けるような、底知れない空洞があることに気づいてしまったのだ。
金棒を握るヤマトの白い指先が小刻みに震え、勝気に見開かれていた瞳が激しく揺らぐ。
「いま無理に泣かなくていいし、すぐには答えも出ねェよ。だが、親を殺された事実と自分の本当の気持ちから、他人の名前を借りて逃げるな。お前は光月おでんじゃない、カイドウの娘のヤマトだ」
マヤは呆然と立ち尽くすヤマトの横を通り過ぎ、モモの助と傳ジローたちに向き直った。
「モモの助、地下の『プルトン』はそのまま封印して、開国もするな。壁を壊せば民の街が沈む。今日からこのワノ国の外海は俺たち新海軍が直轄で防衛し、食糧支援と治安維持も引き受ける。……ヤマト、お前はこれから『お前自身の名前』でどう生きるか、この国でゆっくり考えろ」
マヤが白い元帥コートを翻して船へと戻っていく背中を見送りながら、ヤマトは一歩も動くことができず、自分の胸元を強く押さえて唇を噛み締めていた一方。
すべての通過国の再建と保護を終えたマヤは、白い元帥コートを翻し、残る四皇たちが待つ最後の海へと視線を向けた。