どぶさらいと天竜人と海賊   作:マイナーチョコ

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第58話:即決即断

 

赤い土の大陸(レッドライン)の頂上にそびえ立つ、聖地マリージョア・パンゲア城。

四年に一度、世界中の加盟国から選ばれた五十人の王たちが一堂に会する『世界会議(レヴェリー)』の初日を迎え、白亜の回廊と噴水庭園は華やかな熱気に包まれていた。

 

他の仲間たちをシャボンディ諸島の宮殿に残し、今日のマヤが連れているのは、専属秘書のレイジュ、護衛のCP10とたしぎ少将、アラバスタ王国王女のビビ、そして巨大な人魚姫・しらほしの五人だった。

太陽の光が降り注ぐ庭園の石畳を一行が歩いていると、向こうの回廊から、白い防護服を着た丸々とした体型の天竜人――チャルロス聖が護衛を連れてトコトコと歩み寄ってきた。

 

本来であれば、巨大な人魚であるしらほしを一目見た瞬間に目の色を変えて欲しがるはずの男である。

だが、すでにマヤから直々にたしなめられた経験のあるチャルロスは、しらほしを見上げても鎖や銃を持ち出すことはなく、マヤの前で立ち止まって朗らかに手を振った。

 

「お〜、マヤ、久々だぇ〜! 相変わらずマヤのとこの人魚はでかくていいぇ〜。だけどな、私もこの前マヤにたしなめられてから、少しマヤを見習って屋敷の奴隷たちの扱いを見直したぇ〜」

 

以前よりも幾分か穏やかになった幼馴染の顔を見て、マヤは満足そうに頷いた。

 

「そうか、お前もちゃんと考えて成長したな。そういう風に周りに優しくしていけば、おのずといい女がお前にも寄ってくるぞ? ……あとはそうだな、食事の改善をしてみろ。お前の妹のシャルリア宮はあんなにスタイル抜群の美女なのに、なんだお前のその丸い体型はよ? リンリンみたいに野菜も食ってうまくやれや?」

 

「むむ、そうだったぇ〜……。帰ったらシャルリアに、美容と食事の辺りをうまく聞いてみるぇ〜。……で、マヤ。お前はいつになったら、うちのシャルリアと結婚するんだぇ?」

 

「ぶっ……またその話か……。ま〜そうだな、そのうち、しっかり話すよ。そういうのは当人同士の問題だろ?」

 

マヤが苦笑してかわそうとすると、チャルロスは珍しく真剣な顔で一歩踏み込んだ。

 

「だめだぇ〜! あいつはな、ほんの小さい頃からお前一筋で好いていたぇ〜。それなのにマヤがいきなり下界の所持品と公式に婚約までしてしまって、兄としては、その辺しっかりして答えてほしいぇ〜!」

 

妹を想う兄としての真っ当な言葉に、マヤは目を丸くしたあと、ふっと口元を緩めた。

 

「お前にそれを言われる日が来るとはな……ほんとに成長したな? でもな、よく考えろ。幼馴染のお前とシャルリアだが、もし結婚となれば、まさかのお前が俺の『義兄(あに)』になるんだぞ? 世間から見て恥ずかしくないよう、その辺しっかりお前も男を磨けよ? そこがちゃんとしないから、俺も話を進められないんだよ!」

 

「なっ……! わ、私のせいだったのかぇ〜!? そうだったのかぇ〜! わかったぇ、今日からがんばってみるぇ〜!」

 

「おう、俺はこれから会議で色々忙しいから、お前は少し自分の所持品たちと普通に話でもしてみろ。命令ばっかりじゃなく、俺みたいに優しくしてやるんだぞ?」

 

「わかったぇ〜!」

 

チャルロスはやる気に満ちた顔で何度も頷くと、軽い足取りで回廊の向こうへと去っていった。

その背中を見送りながら、しらほしが胸の前で手を合わせて微笑んだ。

 

「マヤ様、あの方にも本当にお優しいんですね……」

 

「あいつはな、生まれた時から周りの大人に甘やかされて、まさに天竜人として『悪の象徴』みたいに育てられてしまったからな……しかたないさ。ある意味じゃ、あいつもまた可哀想なやつさ。この世界の支配構造の仕組みも、人の痛みも知らずに育ったんだからな」

 

静かに語るマヤの横顔を、隣に立つビビが真っ直ぐに見つめていた。

(あのチャルロス聖まで変えてしまうなんて……。私も王女としてもっとがんばらないと……いつかマヤと共に過ごすためにも!)

 

そして、そこから少し離れた庭園の大理石の柱の陰。

『ホルホルの実』の能力で、スタイル抜群の妖艶な美女の姿に変身して城内へ潜入していた革命軍幹部・エンポリオ・イワンコフが、そのやり取りを聞いて信じられないものを見るように目を見開いていた。

 

(な、なんていうことなの……! あの青年が、サボボーイをインペルダウンに送ったっていう天竜人・マヤ聖なの!? チャルロス聖まで諭して、なんて深い器なのよ……! サボボーイ、ヴァナタ一体あんな素敵な方に何をしたのよ……)

 

イワンコフはマヤの落ち着いた振る舞いと優しい声に、敵情視察中であるにもかかわらず、思わず頬を染めて少しうっとりとしていた。

 

やがて会議の時刻となり、誰も座らぬ『虚の玉座』の前で誓いを終えた世界五十カ国の王たちが、巨大なシャンデリアが輝く円卓の会議場へと集結した。

 

重厚な円卓を囲む王たちの前に、マヤは専属秘書のレイジュだけを連れて姿を現し、特設された席へと腰を下ろした。

 

「はじめましてだな、王達よ。今回の評議会は、天竜人の代表として俺が来た。そして隣にいるのが、俺の秘書の女だ。俺の名も一応名乗ってやろう。シンキ・マヤ聖だ」

 

五十人の王たちが一斉に緊張した面持ちで頭を下げる。

マヤは背もたれに軽く身を預け、ひらひらと手を振った。

 

「堅苦しいのは嫌いだ。まずはお前たちで好きに言い合ってくれ。今日は、俺はここにいないものとしてやってくれ」

 

その言葉によって口火が切られ、アラバスタ王国のコブラ王や、ドレスローザのリク王といった実際に海賊の被害に遭った国々から、『王下七武海制度』の是非についての議題が提出された。

すると、悪ブラックドラム王国の王であるワポルが、ここぞとばかりに大声で騒ぎ立てた。

 

「バハハハ! 海賊に特権を与えるなど馬鹿げておる! とりあえず今回は、完全廃止がいいに決まっておるわ!!」

 

マヤは口を挟むことなく終始黙って議論を聞いており、隣のレイジュは目にも止まらぬ速さで羽根ペンを走らせ、各国の王の発言を速記して要点をまとめていた。

その静かな態度に図に乗ったワポルが、チラリとマヤの方を見て嫌味ったらしく口を歪めた。

 

「それにしても、なんで下界の王の集まりに天竜人が混ざってるんですかね? それは……まぁ〜いいんですけどね……」

 

明らかな皮肉だったが、マヤはたいして気にも留めず、完全に無視を決め込んだ。

(……チッ、無視だと……! だけど相手は天竜人、これ以上下手に強くは出られんな……くそが!)とワポルが内心で舌打ちする一方、向かいの席のコブラ王は静かにマヤの様子を観察していた。

(マヤ聖は黙って何か考えているようだ……。ひとまず、約束通り議題は出しましたぞ?)

そして、速記を続けていたレイジュの冷たい視線が、一瞬だけワポルを捉えていた。

(あのワポルの目の動き……異常ね。裏で何かあくどいことをしてそうだわ)

 

こうして初日の議論が幕を閉じ、各国の王たちがそれぞれの控えの間へと戻っていく。なお、外で待っていたしらほしは途中で退屈してしまい、一足先に護衛と共にお気に入りのシャボンディ宮殿のプールへと帰っていった。

 

パンゲア城の回廊では、マヤの治世によって国が安定し、病を患って車椅子に乗ることもなく健康な足取りで歩くコブラ王が、娘のビビと久々に顔を合わせていた。

 

「久々だな、ビビ! 元気そうで何よりだ!」

 

「お父様! 久々です。シャボンディでは、マヤ聖にとてもよくしてもらってます」

 

コブラは美しく成長した娘の顔を眩しそうに見つめ、優しく髭を撫でた。

 

「その……なんだかずいぶん変わったな? マヤ聖のそばで過ごして、色々見えたようだな?」

 

「はい……。昔の迷いや過去は、もう全部捨ててきました。今はその、マヤ聖とどうにか……ね?」

 

ビビが頬を赤らめて意味深に微笑むと、コブラは穏やかに頷きかけて――ピタリと固まった。

 

「そうか、そうか……って、え!? ビビ、今なんと!? そっちの方に変わってしまったのか!?」

 

「あの、あはははは! お父様、声が大きいですわ!」

 

同じ頃、パンゲア城の最奥にある禁足地『花の部屋』。

無数の蝶が舞う静謐な庭園で、マヤは長い黒衣を纏う世界の真の王・イムと二人きりで向かい合っていた。

 

「――というわけだ、イム。神の騎士団のガーリングは、こないだこっちで精神を折った。サターンももういないが、無理に五老星を五人にする必要もないだろ?」

 

マヤが淡々と報告すると、イムはヴェールの奥の赤い瞳を細め、甘えるような声で一歩近づいた。

 

「そうだね……。ねえマヤ、どうだろう? 空いたその席に君が『五人目』ということで座り、私の友として……そして『恋人』として、ずっとそばにいてくれないかい?」

 

「お前なに言ってんの!? え? なにそのぶっ飛んだ発想! いや、政治を回すために名目上の五人目はいいよ? 本当は面倒だからよくないけどさ。でも『恋人』ってのはぶっ飛びすぎだろ? だいたいお前、普段から男か女かどっちかわからないようにしてるだろ?」

 

「ふふ、私はすべてを超越しているのさ、君が望むならどちらにもなれるさ。君の屋敷にはすでに美しい女性が多くいる。そこに私という存在が一人増えた程度、どうということはないだろう?」

 

「いやいや、大ありだよ!」

 

マヤは呆れたようにツッコミを入れると、真面目な顔に戻ってイムを見つめた。

 

「いいかイム、お前と俺は悪友……そうだな、今日からは『親友』にしておこうや。男女の関係と違って、親友ってのはなかなか壊れないぞ? お前ももう、八百年前の過去に怯える必要もない。……それと実務の話だが、加盟国からの上納金(天上金)も今より下げるぞ。今は高すぎる。これ以上上げすぎれば民が疲弊してしまう。あと海賊制度も変える、七武海は撤廃はしない。少し考えてみろ、そこに『秩序』を入れるだけで十分に機能はするんだ。規則を守る七武海と、他の無法な蛮族海賊どもとの違いを世界にみせてやればいいんだよ」

 

力強く語るマヤの言葉に、イムは愛おしそうに胸に手を当てた。

 

「『親友』か……悪くないね……。親友から恋人……うん、それもいいだろう。表の政治のほうはすべて君に一任するよ。私は、もう裏で君との生活を楽しむ未来を描いていくことにするよ」

 

「おう、それもいいな。過去に怯えるのではなく、明日を見据えるんだよ。五人目の件は、他の四人のじいさんたちも納得させた上で、世間には基本秘匿ってことにしておいてくれな。お前から直接言っておいてくれ、俺は色々忙しい身でな」

 

「わかったよ、我が友よ。君のその眩しい思想には、もう私もどっぷりだよ」

 

「それはよかったよ、また話に来るわ。この城に長居すると、きな臭いやつがウロウロしてるかもだからな」

 

その日の夜、宿泊棟の執務室へと戻ったマヤは、初日の議題を完璧にまとめ終えたレイジュから報告を受けていた。

 

「マヤ聖、こちらが本日のまとめになります。……それと、昼間あなたに不敬な態度を取ったワポル王ですが、彼の身辺を徹底的に調べた方がいいと判断いたしました。……専属秘書としての『勘』です」

 

壁際に控えていたCP10とたしぎの顔が、一瞬だけ(……勘って……)と引きつってドン引きした。

だが次の瞬間、二人は彼女がかつて裏社会の諜報と謀略に精通したヴィンスモーク家の長女であったことを思い出し、「レイジュさんがそう言うなら本当に何かあるんだろう」と深く納得して、すぐさま海軍の情報部へと調査の手配を回したのだった。

 

迎えた世界会議の二日目。

マヤは会議場へ向かう前に、CP10とたしぎの二人を呼び止め、「城内に妙な侵入者がいないか探っておいてくれ。たしぎの極まった見聞色も使ってな」と要請してから、レイジュと共に円卓の間へと足を踏み入れた。

 

議長席の脇に再び座ったマヤとレイジュを見て、ワポルが(チッ、またあの天竜人と秘書女がいるのか!?)と顔をしかめる。

マヤは五十人の王たちを見渡すと、懐から一台の電伝虫を取り出してテーブルの中央に置いた。

 

「さて、昨日はお前たちの意見を聞いたから、今日は俺が話そう。少し悪いが、ここで電伝虫を使う」

 

マヤがダイヤルを回して繋いだ相手は、王下七武海の一人・世界最強の剣士ジュラキュール・ミホークだった。各国の王たちが「なぜ天竜人が七武海と直接通信を!?」と驚愕にざわめく中、スピーカーからミホークの低く鋭い声が響いた。

 

「――はじめましてだな、ミホーク。俺は天竜人のマヤ聖だ。今回お前に連絡したのは他でもない、この会議の『決定事項』を伝えるためだ」

 

『ほぉ! 天竜人が直々に、か。して、その決定事項とは!?』

 

「これまでの王下七武海の制度の解体は、決定した」

 

マヤの言葉に、円卓の王たちが一斉に腰を浮かせて声を荒らげた。

 

「なっ、まだ何も採決を決めてないではないか!! いきなり決定とは横暴な!」

 

『……それは急だな。それで、我々の今後の処遇はどうなる?』

 

「おいおい、よく聞けよ。俺は『七武海そのものを解体する』とは言ってないだろ? 処遇も何もないさ、これまでの『制度』を変えるだけだ。今まではお前たちに無制限の自由を許してた、だが、それではだめだというのはお前もわかっているだろう? つまり、そこに『秩序』を与える。それだけのことさ。裏で悪さを働いていないかの監査や聞き取りを行う権限を、こちらが持つ。それも毎回縛るわけじゃない、無法な自由権の剥奪というだけだな。……言い方を変えよう。『自由には責任が伴う』、それだけだよ。お前ならわかってくれるかな?」

 

静まり返る会議場の中、電伝虫の向こうでミホークが小さく鼻を鳴らして笑った気配がした。

 

『……なるほどな。それは、こちらとしても無駄な連中と同列に見られず動きやすい。いいだろう。その方向で進めてくれ、ではな』

 

ガチャン、とミホークが通信を切る。

あの孤高の剣豪があっさりと条件を飲んだことに王たちが呆気にとられる中、マヤは淡々と言葉を継いだ。

 

「というわけだ。ここが一番現実的な落としどころという感じで、今後無理に七人揃える必要もない。海軍はセンゴク元帥をはじめ、俺の下でそのまま一枚岩だからな? ああ、こないだ東の海のゴア王国は俺への不敬と腐敗が発覚して、ほぼ新体制になったろ? 七武海だろうが王族だろうが、悪さをしたらそうなる。ただそれだけさ」

 

すると、自分の悪事を棚に上げたワポルが顔を真っ赤にして叫んだ。

 

「ふざけるな! そんな重大なことが、お前ひとりに勝手に決められてたまるか!!」

 

「――いや、私はその意見ならば喜んで飲もう。何せ、旧制度の七武海によって最大の被害に遭ったのは我が国(アラバスタ)なのでね」

 

コブラ王が凛とした声で賛同し、続けてドレスローザのリク王も深く頷いた。

 

「それならば、我々ドレスローザ陣営も全面的に飲もう。今は国に七武海はいないが、マヤ聖と海軍本部が手厚く保護してくださってるからな」

 

最大の被害国である二人が即座に支持したことで、マヤは冷たい目でワポルを見下ろした。

 

「そういうわけだ。ワポル、被害にも遭っていないお前が言うことではない」

「ぐ、ぐぬぬ……っ!」

 

「では、今日の評議会はこれで終わりということでいいかな? 世界は海軍の一枚岩で安定してるからな。もし明日、このことに何か意見や煮詰められることがあれば、王たちの判断で修正も受け入れる。今日の残りはそのための時間ということだ。これでどうだろうか?」

 

有無を言わせぬ決断力でありながら、各国の王の立つ瀬も残す見事な采配に、王たちは揃って納得の声を上げた。

 

「というわけで、今日は早く終わったので各自ゆっくりと休まれよ。各国の王たちも遠い海から来て、休む時間もなかったであろう? では、また明日に」

 

まだ午前中のうちに二日目の会議が終了し、マヤたちが颯爽と退室していく。

通気口の隙間からそれを見ていた美女姿のイワンコフは、冷や汗を流して震えていた。

(な、なんなのあの方……本当に物事を決めるスピードが速いわ、本物の為政者として動いてるのね……! ねえドラゴン、あんな化け物を相手に本気で革命を起こす気なの? コアラはあの方のもとにいるというのに、一体どうなってるのよ!)

 

二日目の評議会が午前中で終わった直後、城の廊下では警備にあたっていたCP10とたしぎが足を止めて話し合っていた。

 

「たしぎ、見聞色で何かつかめたか?」

 

「はい、CP10さん。会議場の近くの空き部屋に、ひとつだけ異質なものがいる気配がします。場所も特定できました。ただ……身体の気配は間違いなく女性なのに、どこか女性じゃない感じがするんです。私が女性だからこそわかった違和感でしょうか」

 

「ん? どういうことだ? 女装か? いや、そういうわけじゃないのか……なんだ? 悪魔の実の能力者か!?」

 

「そこまで確定できないくらい骨格は女性なのですが、呼吸や重心に何かが違うんです。マヤ聖に報告して騒ぎにする前に、まず私たちの手で海楼石の手錠で捕縛してから、マヤ聖に会わせますか?」

 

「さすが海軍少将どのの意見だな、それでいこう。まずは捕まえてから正体を判断しよう、そいつの望みも聞いてな?」

 

その頃、評議会近くの一室に隠れていたイワンコフは、一人で頭を抱えてうろうろしていた。

(どうしたらいいのよ、ドラゴン……。こんな天竜人がいるなんて聞いてないわよ……! これをどうやって革命するの? 民衆が立ち上がる革命の大義が何もないわ! サボボーイを無理やり幽閉されたといっても、彼は革命軍として乗り込んだ側よ……どうしたら……)

 

イワンコフが考え込んでいた、その瞬間だった。

気配を完全に消して背後に回り込んだCP10とたしぎが、カチリ、と冷たい音を立ててイワンコフの両手首に『海楼石の手錠』をはめ込んだ。

 

ボンッ! と白煙が上がり、能力が強制解除されたイワンコフは、スマートな美女から「異常に顔がでかいアフロの男」の姿へと戻った。

 

「……へ?」

 

CP10がニヤリと笑う。一方、美女を捕まえたはずのたしぎは、目の前の巨大な顔面を見て目を丸くした。

 

「え……誰これ……って、この顔、革命軍の幹部イワンコフじゃないですか!! 確か手配書にありましたよ!」

 

「おいおい、革命軍の幹部とは大物か。これはマヤ聖に判断を仰いだほうがいいな」

 

「げぇっ! なんなのよヴァナタたち! いきなり手錠をはめる!? うそでしょ!? ……って、今マヤ聖って言った!? あの天竜人のことを知ってるの? お願い、私に話をさせて……いえ、あの方にお話をさせてください!」

 

必死に食い下がるイワンコフを見て、CP10が鋭く目を細めた。

 

「……いいだろう。だがな、あの方に無礼は許さないぞ? 革命軍」

 

「お話の件は、マヤ聖ならお会いになられるでしょう。ですが、そのお顔のまま廊下を歩けば、手配書で警備兵にバレバレです」

 

「だから今、ここで手錠を一度外す。お前、能力でさっきの女に戻れるんだろ? それで廊下を歩いて会え。そしてマヤ聖の部屋に入ったところで、本当の姿を現せ。……俺たちが手錠を外すこの意味、どういうことかわかるよな?」

 

「わかりましたわ……。この私が気づかないうちに背後から手錠をかけられる実力者なんですから、私が逃げようとしても、即座に対策できる手段があるってことでしょ? わかったわ、絶対におかしな真似はしないわよ」

 

こうしてイワンコフは、マヤが待つ特別執務室へと連れてこられた。

部屋の中では、マヤとレイジュが海軍から届いたばかりのワポル王の余罪報告書を確認している最中だった。

 

「……昔のドラム王国で医者を独占して民を苦しめた挙句、また別の国の王へ返り咲きか。なかなかあくどいことをしてやがるじゃないか。能力者というのはこれだからな」

 

「はい、その通りです」

 

そこへコンコン、とノックの音が響いた。

 

「入れ、CP10だな」

 

扉が開き、CP10とたしぎ、そして部屋に入った瞬間に能力を解いて「顔のでかい男の姿」に戻ったイワンコフが入ってくる。マヤは何も話さなくなり、ただ静かにその異様な男を見つめた。

 

「マヤ聖、こいつは革命軍のイワンコフです。マヤ聖にどうしても話がしたいと。能力で男女になれるようで、本来はこの男の姿です」

 

「万が一の際も私たちがすぐに拘束できるため、マヤ聖ならお話を聞いてくださると思い、手錠を外して連れてきました」

 

二人の報告に、マヤは小さく頷いた。

 

「そうか、ご苦労。……イワンコフ、いちいち目の前で能力開示の変身を見せられるのもめんどうだ。その男の姿のままでいい、話をしろ」

 

すると隣に立つレイジュが、眼鏡の奥の瞳を細めて一歩前に出た。

 

「マヤ聖、よろしいので? そのまま手錠で拘束もしないで……相手は革命軍の幹部ですよ? マヤ聖は手配書を見ないから誰かわかってないのでしょうが、一応、秘書としての進言です。マヤ聖の判断にお使いください」

 

「お前は有能すぎだぞ、レイジュ。気遣いありがとう。CP10、たしぎも、よく俺のことをわかってる。連れてきてくれてありがとう」

 

部下の独断を咎めるどころか、全員に温かい感謝を口にするマヤの姿に、イワンコフは衝撃を受けて絶句した。

(な、なんなの……この革命軍との空気の違いは……! うちのドラゴンはいつも無口で何を考えてるかわからなくて、実務は私ばかりなのに……!)

 

「で、どうしたんだ? そんなところで黙り込んで、だいぶ話しづらい内容だろう? お前は政府を倒す革命思想を持ってるんだ。だが、危険を冒してまでわざわざ俺に会いたかったんだろ? ゆっくりでいい、話してみろ」

 

マヤに優しく促され、イワンコフはゴクリと唾を呑んで深く頭を下げた。

 

「私は革命軍幹部のエンポリオ・イワンコフです。『ホルホルの実』で性別を変えてます。まずは、こうして私にお会いさせてくれてありがとう……! お願い、サボボーイをどうにかしてインペルダウンから出してほしいの……! あの子は幼い頃にゴア王国の貴族社会の被害にあって、記憶が混濁してるのよ。お願い……あの子を出してくれるなら、私はなんでもするわ!」

 

「『なんでもする』ね……。レイジュ、こいつの余罪は何がある?」

 

「はい、あらかたの革命軍や海賊の行いは調べてあります。革命軍幹部イワンコフ――過去のインペルダウンからの脱走、および現在は『カマバッカ王国』を守っているというだけがわかる範囲です」

 

「なるほど、インペルダウンの脱走……つまりお前、あの麦わらを手伝ったんだな?」

 

「そうなるわ……。そこも含めて私が罰を受ける! でも、私の国であるカマバッカ王国だけは、お願い……守って欲しいの!」

 

悲痛な叫びに、マヤは顎に手を当てて静かに言った。

 

「ふむ、お前に都合のいい話ばかりだな。……だが、自分の身を呈して仲間や国を守ろうとするのは嫌いじゃない。しかしな、お前ひとりを差し出せば終わりでもない話だ、お前らは革命思想がある者だからな。そのままお前が捕まれば、カマバッカ王国は政府に潰されるだろう。だが、俺もそんな無意味に血が流れることは望まない」

 

「!!(ガバッと顔を上げて驚く)そ、それなら……どうすれば……?」

 

「急ぐな……少し思案させろ、といっても答えは単純だ。まず、お前が革命軍を抜けろ。そして、サボを合法的にインペルダウンから出す方法が、ちょうど今できたところだ」

 

その言葉に、隣に立つレイジュがすべてを察したように微笑んだ。

 

「ああ、そういうことですか……。マヤ聖、私からご説明しましょうか?」

 

「さすが聡明な秘書だ、もうわかったか……いいぞ」

 

壁際のたしぎとCP10が完全な護衛モードで見守る中、レイジュは困惑するイワンコフの前へと歩み出た。

 

「簡単なことです、イワンコフ。あなた、革命軍をやめて、新しくなる『王下七武海』に入りなさい。そしてカマバッカ王国、ひいては革命思想を持つ国への無謀な扇動をやめさせ、正常な国へと戻しなさい。……かつてこれは、ジンベエが七武海に入る際にインペルダウンからアーロンを出す時に使った司法取引のやり方です。もっとも、皮肉にもその時脱走同然に出たアーロンは、後に東の海のココヤシ村で悪さをしていましたがね」

 

「ジンベエがアーロンを……?」

 

「ええ。その時の旧・七武海は、海賊に自由権限が与えられ、釈放した部下や周辺を保護・管理する義務が一切なかったんですよ。そのせいでクロコダイル、ドフラミンゴ、そしてアーロンが裏で好き勝手しても、政府は何も言わなくてよかったんです。ですが、先ほどの会議で自由権限は剥奪され、その代わりに『自由への責任、調査、監査』などがされる、海賊行為というより『責任ある自治行為を認める制度』という風になってます。つまり、あなたにサボとカマバッカの管理責任が伴うんです。もし何か怪しければ、すぐこちらから厳選な者によって監査・調査されます」

 

イワンコフは目を丸くして息を呑んだ。

 

「な、なんなの、その隙のない制度は……! なるほど……私が七武海に入ることでサボボーイを引き取り、カマバッカを守り、無意味な扇動者をやめさせる国を作れ、そういうことね!」

 

「レイジュ、ご苦労。……しかし、今のアーロンの件は俺も聞いてびっくりしたぞ。あとで魚人島にいるジンベエに聞いて、アーロンは今インペルダウンにいるだろうから、直接会いに行って話を聞くか。……で、イワンコフ。ドラゴンを切り捨ててこちらに入るか? 今からがその『選択の時間』だ。明日の会議で新制度は完全に決議する。それまでゆっくり考えろ、今は答えを出さないでいい」

 

「え? 今すぐじゃなくてもいいの? 何故?」

マヤは暖かい目を向けて

「今すぐでは、ただ目の前のメリット(サボの釈放)だけに飛びつく場合がでかいし、一晩かけてお前自身のこれまでの思想の再確認を自分でしろ。城内に部屋を与える。しばらくはさっきの女の姿のままでいろ、その顔だと目立つからな。明日、会議での決定後にまた話をしよう、自分で考えろ。……ああ、うちの宮殿にいるコアラと話をさせてもいいが、どうする?」

 

「!! コアラと話をさせて欲しい……お願い……!」

 

「わかった。なら今夜、お前を俺のシャボンディの宮殿に行かす。そこでコアラとじっくり話せ。……レイジュ、あとで今のアーロンの件もナミと話すぞ」

 

 

「かしこまりました、マヤ聖」

レイジュが深く一礼し、イワンコフを連れて部屋を退出していく。

一日の激動を終えた執務室で、マヤは窓の外に広がるマリージョアの景色を眺めながら、静かに息を吐いた。威圧もせず、力を誇示もせず、ただ目の前の歪みを一つずつ、自分の手で平らにしていく。それが、二十年間の泥の中にいた男の、あまりにも自然な歩みだった。

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