どぶさらいと天竜人と海賊   作:マイナーチョコ

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第59話:家族

 

 

パンゲア城の特別執務室を出たマヤ一行は、城の地下深くから直通する特例経路を通り、シャボンディの潮風が吹き抜けるマヤの本宮殿へと移動した。

 

豪華絢爛でありながらも、どこか陽だまりのような落ち着いた温かさがある宮殿の大広間。

そこで一行を出迎えたのは、革命軍の無骨な活動服ではなく、仕立ての良い上品なワンピースに身を包んだ少女――コアラだった。

 

「イワさん……!? どうしてここに……っ!?」

 

コアラは、マヤたちの後ろから現れた美女姿のイワンコフを見るなり、手にした銀のティートレイを落としそうになるほど目を見開いた。

 

「コ、コアラ……! ヴァナタ、本当に無事だったのね……っ!」

 

イワンコフもまた、ドレスの裾を翻して駆け寄り、コアラの華奢な肩を強く抱きしめた。

 

「ドレスローザの任務の後、ヴァナタがマヤ聖の元へ身を寄せたと聞いて……心配で夜も眠れなかったわよ! 一体どういうことなの? 革命軍を抜けるなんて、ヴァナタあんなに熱心に活動していたじゃない……!」

 

切実に問いかけるイワンコフの腕の中で、コアラはすっと視線を奥へと向けた。

そこではマヤが、「ま、若いもん同士ゆっくり話しな」とでも言うように近くのソファへどっかりと腰掛け、レイジュが淹れてくれた温かいお茶をズズッと気楽にすすっている。

 

「イワさん……。私はね、マヤ聖の『真実』を知ってしまったの」

 

コアラはイワンコフの両手を優しく握り直し、一文字ずつ噛み締めるように語り出した。

 

「二十年前……私たちがフィッシャー・タイガーの旦那にマリージョアから救われて、でもその旦那が人間に裏切られて死んで、世界が真っ暗になったあの時。……マヤ聖は、まだたった五歳の子供だったのに、天竜人の地位も名前も全部捨てて、シャボンディの血のドブに飛び込んだのよ」

 

「え……? 五歳で……?」

 

「あの方が二十年間、あそこで何をしてきたか知ってる? 毎日無法者に命を狙われながら、狂った海賊に殺された民間人や奴隷たちの死体を一人で引き上げて弔って、傷ついた船を直して……タイガーの旦那が命をかけて守ろうとした『人間を恨まない、民を泣かせない』っていう遺志を、たった一人でずっと、泥まみれになりながら守り続けてきたの。……ドラゴンさんの言っている『革命』は今の世界を壊すことだけど、マヤ聖は二十年も前から、世界の一番汚い底辺で、もう誰も泣かせない場所を作ろうとしてたのよ」

 

コアラの大きな瞳から、一筋の透明な涙がこぼれ落ちた。

 

「タイガーの旦那との繋がりを、誰よりも大切にしてくれているのはマヤ聖だった。……私、この人の隣で、この人が作ろうとする本物の『秩序』を手伝いたいって心の底から思ったの。だから、自分の意志で革命軍を辞めたのよ」

 

イワンコフは言葉を失い、その場に立ち尽くした。

コアラの瞳には、強制された迷いも、洗脳されたような濁りも一切ない。ただ、マヤという青年の底知れない慈愛に救われ、自らその背中を追うと決めた者の揺るぎない強さだけがあった。

 

(ドラゴン……ヴァナタはいつも『世界政府を倒す』と言っていたけれど、あの方は……倒す必要すら感じさせないほど、もう世界の痛みをその背中に背負っているわ……!)

 

「まー、話はそこまでだ。イワンコフ、お前の返事は明日でいいって言ったろ」

 

マヤは飲み干したお茶のカップをテーブルに置くと、懐から電伝虫を取り出した。

 

「さて、次だな」

 

マヤがダイヤルを回すと、数回のコール音ののち、魚人島にある『深海特別監獄』の警備室へと回線が繋がった。

 

「よう、久しいなジンベエ。海底監獄の具合はどうだ?」

 

『おお、マヤ聖! イッショウ所長のもと、鉄壁な牢屋となっております。して、本日のお電話はなに用でございましょう?』

 

丁寧なジンベエの声がスピーカーから響く。

マヤは背もたれに肘をつき、単刀直入に切り出した。

 

「さっき会議の件で色々調べたのだが、お前、昔七武海に入る時にアーロンを釈放するために司法取引したあと、一度でもアーロンに会いに行ったのか?」

 

『え……? い、いえ……東の海へ送還されたと聞き、会いにはいってませんでした……』

 

その歯切れの悪い返答を聞いた瞬間、マヤの隣に座っていたナミの眉が吊り上がり、電伝虫に向かって鋭く声を荒らげた。

 

「――ちょっと待ちなさいよ、ジンベエ! あんた、自分の取引でアーロンを釈放させてから八年間、ただの一度もあいつの様子を見に行かなかったの!? 連絡がつかないなら探すべきでしょ!? あんたがそんなアホみたいに脇が甘いせいで、私の故郷(ココヤシ村)がどれだけ地獄を見たと思ってるのよ!!」

 

『……う、うう……返す言葉もない、ナミ殿……。わしは当時、政府からの送還報告の書類をそのまま信じ込み、新世界の荒波に追われて完全に目を曇らせておった……。魚人街の弟分であるアーロンを信じたいという、わしの身勝手な甘さが招いた大失態じゃ……。本当にすまぬ、何と言って詫びればよいか……』

 

受話器の向こうで深々と頭を下げてガチ凹みするジンベエに、マヤは静かに言葉を継いだ。

 

「それとな、ジンベエ。今あいつは、インペルダウンに送ってある」

 

『……な、何と言うておられる、マヤ聖……! アーロンが、大監獄インペルダウンにおるじゃと……!?』

 

信じられないものに触れたかのように、ジンベエの声が激しく震えた。

 

「ああ、そうだ。レイジュ、説明を」

 

促されたレイジュが一歩前に出て、手元の記録を見ながら淡々と語りかけた。

 

「当時、あなたは政府の上層部から『東の海へ送還した』という嘘の書類を掴まされ、アーロンが海軍支部を買収して悪事を働いていたことを知らないまま、八年間も放置してしまった感じでしょう。まー、少しまぬけな話でもありますが……ですが、マヤ聖にとっては『知らなかった』では済まない話です」

 

マヤは隣で静かに自分の手を見つめているナミの華奢な肩を、片腕でそっと抱き寄せた。

 

「現在、ナミはマヤ聖の公式な婚約者であります。つまりアーロンは、世界最高権力者であるマヤ聖の婚約者を八年間も地獄に縛り付け、泣かせ続けていた大罪人となります。東の海の海軍駐屯所では甘い処置となっていましたので、先日の東の海視察の際にこちらの権限で、世界で一番重い場所――インペルダウンへと移送する処置に変更となりました」

 

『な、ナミ殿が……マヤ聖の、ご婚約者に……っ!?』

 

電伝虫の向こうで、ジンベエが息を詰まらせる音がした。

マヤがかつて、英雄フィッシャー・タイガーの「人間を恨まない」という気高い遺志を誰よりも強く継ぎ、魚人島を心から愛してくれていることをジンベエは知っている。それだけでなく、海底監獄をイッショウと共に管轄させることで、世界政府の差別から魚人族を完全に守るという破格の保護を与えてくれていた。

それほどの恩義を受け、神のように慕っている恩人の最愛の婚約者を、自分の身勝手な甘さで見殺し同然に傷つけ続けていたのだ。

 

『わしは……わしという男は、何という大馬鹿野郎じゃァァーーー!!!』

 

突如、電伝虫の口から、大の男が堰を切ったように大号泣する声が炸裂した。

 

『タイガーの兄貴の遺志を継いでくださったお方に……わしを信じて魚人島を守ってくださるマヤ聖に……っ! その優しさに甘え、ナミ殿の地獄を八年も見過ごしておった……! 申し訳のうござる! 申し訳のうござる、ナミ殿ォォー!! わしを……わしの首を刎ねて殺してくだされェーー!!』

 

受話器が割れんばかりの、ジンベエの痛恨の慟哭。

ナミはマヤの温かい胸に顔を埋めながら、泣きじゃくるかつての七武海に向かって、静かに声をかけた。

 

「……もういいわよ、ジンベエ。あんたが政府の書類に騙されてたのは、今の説明で分かったわ。釈放してもらったのに連絡すらよこさなかったアーロンが一番悪いのよ。……それに、あんたがそんなアホみたいに脇が甘かったおかげで、私はこうして、世界で一番優しくて強い男に見つけてもらえたんだから」

 

ナミはマヤのシャツの胸元をぎゅっと握りしめ、愛おしそうに微笑んだ。

 

「そういうわけだ、ジンベエ」

 

マヤは電伝虫に向かって、いつもの飄々としたトーンで告げた。

 

「お前がやらかしたアホの尻拭いは、これから俺たちがインペルダウンに行って、ナミの過去ごと綺麗に清算してきてやるよ。お前は魚人島でイッショウさんと一緒に大人しく待ってろ。それと、今回の世界会議の新制度により、お前はまた七武海になれ。以上だ――じゃあな」

 

カチャ、とマヤが電伝虫を切る。

通信が切れた魚人島の向こうで、ジンベエは涙で濡れた顔を上げ、(わかりました……マヤ聖、この命に代えても貴方の恩義に報います……!)と固く拳を握りしめていた。

 

マヤはソファから立ち上がると、広間に控えていたレイジュ、たしぎ、CP10、そして情報の多さに困惑の極みに達しているイワンコフを見渡した。

 

「よし、話はまとまったようだ。イワンコフ、お前がドラゴンを切り捨てるかどうかの答えは、明日世界会議の決議が終わってからでいい。……だが、その前に一つ、お前に直接見せてやりたい現実がある」

 

マヤは広間の扉へと歩き出しながら、同行メンバーを指名した。

 

「今からナミ、ロビン、コアラ、レイジュ、たしぎ、CP10、ヤマト……このメンバーで行く。ウタと他の医療チームのメンバーは宮殿に残ってくれ、場所が場所だけにな。すまんな、ビビ、留守番を頼むぞ? これからインペルダウンへ行く。そこでアーロンと……イワンコフ、お前が会いたがってるサボに会わせてやろう。だがあいつの事情は重いぞ?」

 

「ええ、お留守番はわかったわ。気をつけていってきてね、マヤ」

 

ビビが笑顔で頷き、奥から出てきたヤマトが目を輝かせて拳を掲げた。

 

「インペルダウンってなんだ? よくわからないけど、お嫁さんの僕がマヤと一緒に行くのは当然だけどな!」

 

「え……!? い、今すぐここからインペルダウンへ行くっていうの……!? っていうか、ちょっと待って、ヴァナタのこのお屋敷、女性ばっかりで多くない!?」

 

今さらながら宮殿の異常な華やかさに気づいたイワンコフに、マヤは遠い目をして呟いた。

 

「いまさらか? ……まあ、色々あったんだよ……」

 

「ナミにロビン、うちのコアラにジェルマのレイジュ、海軍のたしぎ少将に歌姫のウタ、アラバスタのビビ王女!? さっきプールにいたのは魚人島のしらほし姫よね!? しかもその長身の子、カイドウの娘じゃない……ヤマトって……ヴァナタ、いくらなんでもやばすぎるわよ!!」

 

頭を抱えて絶叫するイワンコフの前で、ヤマトは得意げに胸を張った。

 

「そうだぞ! マヤは凄いんだ!! 僕の親父にも認められてるからな! マヤが娘婿になるって大喜びしてるくらいだ!」

 

「ちょっとヤマト、初対面の人にどんどん話しちゃだめなのよ? 恋は秘めるものよ?」

 

ナミはヤマトをたしなめつつ、内心では複雑な計算を巡らせていた。

(まあ、本当は奥の医療区画にまだカヤちゃん、マキノさんと赤髪の子供、それに元・神の騎士団のシュリ姫までいるけど、さすがにイワンコフにはまだ見せられないわね。しかもトットランドにはリンリンの娘のプリン、ガレット、アマンドの三人までいるって、本当に多すぎ! ……でも、マヤから夜の寵愛を受けてるのは、今のところ私とロビンだけっていう優越感はあるわね……。この分だと次はヤマトかしら……あの積極性だし。シャルリア様は天竜人として表向きの正妻でしょうし……一体どうなるのかしら……)

 

すると、隣に立つロビンがナミの顔を覗き込み、クスクスと笑った。

 

「ナミ、なんだかすごく難しい顔をしてるわね? でも口元がニヤニヤもしてるわよ? 大丈夫? ふふふ」

 

「な、なんでもありませんー! さっ、行くわよ!」

「さ〜いこう!! そこに!!」

「ええ、いいわねマヤ、私も久しぶりに会ってみたいわね、あのアーロンに」

「ふふ、なかなか面白い旅になりそうね」

 

ナミとコアラ、ロビンが頼もしく頷き、レイジュ、たしぎ、CP10がその背後を完璧な陣形で固めた。

 

専用ドックに停泊していたのは、マヤの愛船である百五十メートル級・天竜人専用超高速船だった。

かつて幼いサボを砲撃したような、装飾ばかりで鈍重な従来の天竜人の船(マリージョアからアラバスタまで五、六日かかる代物)とは似ても似つかぬ洗練された流線型のフォルム。無駄な装甲を削ぎ落として軽量化され、船底にはベガパンク直伝の超高性能エンジンが真紅の光を放って低い唸りを上げている。最新鋭の海軍軍艦でも無風帯(カームベルト)を抜けてアラバスタまで七日かかるところを、わずか四、五日で踏破できる世界最速の怪物船である。

 

「ここからインペルダウンまで……まあ、この船なら数時間ってところだな」

 

マヤが甲板に上がり、手すりに軽く体重をかける。

 

「数時間!? 冗談でしょう、無風帯の距離と海王類の巣を何だと思っているのよ!」

 

イワンコフが悲鳴のような声を上げるが、専属航海士であるナミは絶対の自信に満ちた笑みを浮かべて操舵室の舵を握った。

 

「ふふ、マヤの船とベガパンクのエンジン、そして私の腕をナメないことね。無風帯の海王類なんて、この船のスピードの前じゃ止まってるのと一緒よ。――行くわよ!」

 

ゴォォォォンッ!! と海面を割って巨艦が加速する。

船内のサロンに入ったイワンコフは、揺れひとつないまま景色が吹っ飛んでいく窓の外を見て、(なにこの出鱈目な船は!! 物理学がおかしいでしょ!)と目を剥いていた。

 

「楽しいなー、これは楽しい!! やっぱりマヤのこの船、大好きだ!!」

「ね!! この船、最高よ!!」

 

はしゃぐヤマトとナミの横で、ロビンはゾウで写してきたロードポーネグリフの拓本を静かに読み返し、各自が思い思いに自由な時間を過ごしている。

 

「そうですね、到着までは数時間ありますので、各自ごゆっくりしましょうか」

 

レイジュの言葉に、マヤは手をひらひらとさせて肯定したが、その表情はどこか静かに考え込んでいる様子だった。周囲の仲間たちはすぐにそれを察した。

 

「……さっきの部屋にいる時と、少し雰囲気が違うわね? ヴァナタ……」

 

「ああ。ちょっとな」

 

これから向き合う過去の因縁に少しだけ思考を沈めていたマヤの身体に、左右からナミとヤマトがぎゅっと抱きついた。

 

「マヤ、大丈夫だぞ!! ここにはみんないるからな! 楽しんでいこう!」

(ありがとう、ヤマト……ええ、マヤの気持ち、私にもわかるわ……)

 

両側から美女二人に密着されているマヤを見て、イワンコフが額に青筋を浮かべてツッコんだ。

 

「凄いわね! ヴァナタたち、人の前で見せつけるんじゃないわよ!」

 

ロビンは本から目を上げ、微笑みながら二人を見守っていた。

(そうよね……外の人から見れば、普通はそう見えてしまうわね……。ただ、アーロンに会った時、マヤの怒りが出すぎないといいけれど)

 

数時間後、巨大な正義の門を抜けた高速船は、海底大監獄インペルダウンへと到着した。

マゼラン署長には事前に話が通してあり、一行は厳重なエレベーターで地下の特別区画へと降りていく。監獄内の看守や囚人たちに余計な情報が漏れないよう、マヤ以外の全員――ナミ、ロビン、たしぎ、CP10、コアラ、ヤマト、レイジュ、そして女姿のイワンコフは、深いフード付きの外套とマスクで完全に顔を隠していた。

 

まず足を運んだのは、魚人アーロンが収監されている特別独房の前だった。

レイジュがポケットの中の電伝虫のスイッチをそっとオンにする。相手は魚人島のジンベエだ。双方向通信になっているためこちらの声はすべて筒抜けだが、ジンベエは固く口を結んで黙って聞いている。

 

鉄格子の前に立ったマヤは、薄暗い牢の奥で鎖に繋がれているノコギリザメの魚人を見下ろし、静かに声をかけた。

 

「お前が魚人アーロンか。俺は魚人だからと差別はしないんでな、少し話をしようと思ってな? 単刀直入に言うぞ? ナミを何故あんな目に合わせた?」

 

すると、牢の奥からアーロンがギョロリとした目を光らせて顔を上げ、下卑た笑い声を響かせた。

 

「シャハハハ……へ、どこの誰だか知らねェが、なに用だ? すかした野郎だ……。ナミか、懐かしい名前だぜ、まだ二年半前くらいの話か? けっ、あの泥棒女はほんとに傑作だったぜ」

 

その一言で、背後に立つCP10が(こいつ……一番踏んじゃいけねェ地雷を踏んだな……)と目を細め、たしぎがマスクの下で「バカですね……この魚人」と冷たく吐き捨てた。

 

「あ? なんだと? 後ろの顔を隠してるやつ!」

 

アーロンが鉄格子を掴んで威嚇するが、マヤはニコリと穏やかに笑った。

 

「たしぎ、ありがとうよ。場を和ませてくれたんだろ? 助かるよ。俺も今まったく同じことを思ってたとこだ。……こいつは、わざわざ会う価値がないな」

 

「おいおい、脆弱な人間どもが何を言ってやがる? ナミはな、海図を描かせりゃいい感じでよ……あいつは自分が一生騙されてるとも知らずに、村を買うために必死に金を運んでたぜ? シャハハハ、よく自分の親を殺した男に八年も従うと思ったね〜!」

 

電伝虫の向こうで、ジンベエが(こんな鬼畜なことになっていたのか……申し訳ない……マヤ聖、ナミ殿……!)と血の涙を流して歯を食いしばる音が微かに漏れる。

だが、マヤは感情を昂ぶらせることすらなく、氷のように冷徹な声で三本の指を立てた。

 

「そうかい……。で、俺が今日ここへ来たのは、三個ばかしお前に報告があってな? 一つ、東の海からこのインペルダウンにお前を送ったのは俺だ。二つ、ベルメールさんを何故殺したのか。三つ、何故ナミをあんな風に扱ったのかを聞きたかったんだわ」

 

「なに? てめー!!! お前がこんな地獄みてェな場所に俺を送りやがったのか!! くそ野郎が!! 魚人だからすぐ出られると思ったが、海楼石だらけでとんでもなく強固で、飯はまずい、最悪なとこだ! 全部お前のせいか! ぶっ殺してやるよ!!!」

 

鉄格子をガタガタと揺らして吠えるアーロンを見ながら、マヤは後ろのナミたちをチラリと振り返って言った。

 

「お前、これっぽっちも反省してないんだな? あの麦わらなんかに負けたくせによ? あいつ雑魚だろ? ……あ〜みんな、見ての通り俺はすごく冷静、いいね? そこんとこ、ちゃんとわかってね?」

 

以前のように怒りの覇気を爆発させず、努めて冷静に振る舞うマヤの言葉に、ナミが静かに頷き、周囲の仲間たちもほっと安堵の息を吐いた。

 

「あ? お前なに言ってんだ? 麦わらが雑魚だと? あいつはその後も結構腕を上げたと噂で聞いたぜ? お前みたいなひょろい男が雑魚呼ばわりとか、なめすぎだろ。……それと、さっき言ってた『ベル』なんだっけか? そいつは覚えてねーな……八年も前に死んだ人間のことなんかよ……」

 

故郷でナミたちを守るために命を落とした母の名前すら忘れていたアーロンに、マヤは「そうかい、そうかい」と頷いた。

 

「そのベルメールさんはな、俺の権限で栄誉昇進して『海軍大佐』になったんだわ。つまりお前は、現役の海軍大佐を殺害した重大犯罪者になったからよ? これからのインペルダウンでの処遇、ほぼ飯も水もなしだと思え? 毎日少しずつ干からびていくからよ? そういう風に手配するよ。反省なしってことでな? よかったな? 楽しめよ? 魚人族ってのは水がないと一番困るんだよな? さあ、何日もつかね?」

 

「おい……どういうことだよ……俺はここで干からびて死ぬのか? ふざけんじゃねーぞ!! 俺は昔、政府との取引で生かされた身なんだぞ!?」

 

「そうだな、ジンベエの恩赦によってな。……そのジンベエの恩義に泥を塗ってお前、今までなにやってんだよ? フィッシャー・タイガーも、いつ誰が罪のない人間を苦しめろなんて言ったのか?」

 

「なんで、てめェみたいな人間がジンベエの兄貴とタイガーの兄貴を語るんだ!!!」

 

アーロンが唾を飛ばして激昂した、その瞬間だった。

 

『――あのお方は、我ら魚人族にとって最大の恩義ある方だからだ!! この馬鹿者がァァッ!!』

 

落雷のようなジンベエの怒号が牢獄に響き渡った。

 

『先ほどから黙って聞いておれば、いい気になりおって! そのお方が弱いじゃと!? それすらわからんくらいの天と地ほどの差があるんだよ! バカものが!!』

 

「そ、その声は……ジンベエの兄貴……!? まさか……電伝虫か!?」

 

レイジュが無言で一歩前に出て、ポケットから取り出した電伝虫を看守用の机の上に置いた。

 

『すいません、マヤ聖……そしてその奥方様……。すべて、わしの見立てが悪かった……。アーロンの処遇、どうかマヤ聖の好きなようにしてくだされ……』

 

「俺はな、無意味に残酷なのが嫌いなんだよ。だからちゃんと司法に基づいてやるさ……。ジンベエ、お前は新しい七武海として魚人島のために頑張れよ?」

 

『御意に……ありがとうございます。それではレイジュ殿、そちらの手続きはお任せしても?』

 

「はい、そのように手配いたします。今日中に書類を通し、明後日には正式にその立場になります。では、失礼いたします」

 

レイジュがガチャンと通信を切る。

マヤは青ざめて震えるアーロンを見下ろし、後ろのナミたちに確認した。

 

「そういうことだ……。誰かこいつに意見言いたいやつ……いないよな、こんなクソみたいなやつとよ……。じゃーそういうわけだから。あ、ちなみにアーロン、ナミは俺の女になった。ただその理由だけでお前をここに送ったのは内緒な? なんせ俺、天竜人なんだわ? お前のこの独房は特別製でよ? 完全な一人専用だ。お前の仲間たちはここでは雑魚だから、地下五階の極寒地獄あたりにいるそうだぞ? よかったな? 今ごろ周りから差別されまくってるかもな? ……よし、いくぞ」

 

マヤが踵を返すと、アーロンは鉄格子にしがみつき、恐怖でボロボロと涙を流して泣き出した。

 

「ふ、ふざけんなよ……そんな私怨みてェな理由でかよ……!!」

 

「俺には十分な理由だよ。大丈夫だ、生かさず殺さずで、お前が寿命で死ぬまで一生面倒みてやるからよ? な? 絶対死なせないよ。……ああ、ただ途中で腕とか足とかなくなるかもだけどな? そこは仕方ない、もうすぐ不幸な『事故』が起こる予定だからよ?」

 

「マヤ……私のために、そこまで……」

「怒りを通り越した感じですね……マヤ聖の、冷徹な正義執行ですね」

 

ナミとたしぎが小さく言葉を交わす中、マヤは足を止めずに言った。

 

「そういうことだ。署長のマゼランに言って、『誤って毒が四肢に回ってしまったから切断して命を救った』で処理すればいいだろ? すでに話はつけてある」

 

「はぁ!? ど、どういうことだよ……そんなのただの私刑じゃねーか!!」

 

「お前がそれを言うなよ? 天竜人の大切な所持品を傷つけてたんだぞ? この場で死なないだけありがたいんだよ。お前にその痛みの重み、これから嫌でもわかるだろ?」

 

「……っ、腕も足も落とされて一生独房なんて……死と同じ……いや、死より……あああああああっ!!」

 

背後で響き渡るアーロンの絶望の悲鳴を聞きながら、イワンコフはフードの下で深く息を呑んでいた。

(ドラゴン……私、もうなんだかこの人を前にすると、革命なんて言えなくなるかも……。この人は、底なしの優しさと、悪に対する絶対の厳しさの両方を持ってるわ。そして、それを自分の私怨として背負う覚悟も……!)

 

アーロンの独房を離れた一行は、長い石造りの通路を歩いて次なる目的の場所へと向かった。

その道中、フードを少し上げたナミがマヤの腕にそっと寄り添い、潤んだ瞳で囁いた。

 

「……マヤ、ありがとう」

 

「いいんだよ、あれは俺のただのエゴだよ……どうしても許せなくてな……。付き合ってくれたみんなこそ、ありがとう」

 

すると、反対側からヤマトが満面の笑みでマヤの肩に抱きついた。

 

「やっぱりマヤについてきてよかったと思ったよ! マヤ、大好きだぞ!!」

「ふふ、さすがね。ヤマトはもうすっかり『ヤマト』ね」

「そうだぞ、ロビン! 僕は僕だ!」

 

(この温かい空気もいいわね……ここが世界最悪の監獄インペルダウンの地下だっていうのに……)とイワンコフが感心していると、前方から巨大な黒い翼の装飾をつけた署長・マゼランが歩いてきてマヤの隣に並んだ。一同はスッと私語をやめて沈黙する。

 

「マゼランか。さっきの魚人の処置で頼むぞ。魚人族だからといって悪党に甘えは許されん、そこは人間と差別しない。本人にもしっかりと罰の内容を言っていい。罪状はこうだ、『海軍大佐を殺害した罰』。両腕は肩から、両足は足首から落として二度と泳げないようにしろ。命を取らない代わりにな。そして独房は完全な一名部屋にしろ、そこですべて行え。これは天竜人である俺の私怨だ、確実に実行しろ」

 

「ハッ、わかりましたマヤ聖。命を残すだけでも寛大な処置でしょう……このインペルダウンにおいてはね……」

 

マゼランが低く頷くと、マヤは後ろのイワンコフを振り返った。

 

「イワコ、今の処置に何か言いたいことはあるか?」

 

「……ないわ。ヴァナタの考えがすべてわかってしまったから……。ヴァナタ、本当に優しいのね」

 

「うん、本当に優しい処置だな! うちの親父(カイドウ)なら、あんな生意気な口をきいた時点で相手は粉々に死んでるぞ!!」

「ヤマト、それはまたちょっと違う話かな?」

 

ヤマトとナミのやり取りの横で、マゼランは次の重厚な鉄扉の前で足を止めた。

 

「次は……収監レベルは最高機密となります、革命軍参謀総長のサボです。罪状は『天竜人を殴り、その奥方二名の誘拐を補助した罪』です。なお、ヴィンスモーク家の者たちは危険なため別の階層に隔離しております。サボのこの階層なども外部には明かせません、ご了承を」

 

その罪状を聞いた瞬間、イワンコフが素っ頓狂な声を上げた。

 

「え!? 天竜人を殴って、奥方の誘拐ですって!? 一体何をしてるのよあの子は!?」

「イワさん、声でかいです……」

「静かに頼むぞ、イワコ……」

 

(なんていうことなの……政治犯どころか、これじゃ捕まるのも当然じゃない……!)とイワンコフが頭を抱える中、マヤは全員に指示を出した。

 

「いいか、ここでもまた俺だけ顔を出す、さっきと同じ感じだ」

 

全員が頷き、ギィィ……と重い鉄扉が開かれた。

 

薄暗い特別房の中央には、海楼石の鎖に繋がれ、頬がこけて憔悴しきったサボが座り込んでいた。

 

「よう、誘拐犯。どうだ? 気分は」

 

「…………」

 

無言で睨みつけてくるサボを見て、マヤは呆れたように息を吐いた。

 

「お前は相変わらずだな。何もわかってない。俺が今日、わざわざここへ会いに来た理由も考えないのか?」

 

(これが、あの誇り高かったサボボーイなの……? まるで別人のように荒んでるわね……)とイワンコフが胸を痛める中、サボは掠れた声で吐き捨てた。

 

「……天竜人がなんの用だよ? 結局、俺を殺しにきたか? お前も他の天竜人と同じだろ!」

 

「前に説明したろ? お前が麦わらと一緒に連れ去ろうとしたあの二人は、俺の大事な人だった。そして今は正式に婚約済みだ。わかるか? いい加減、無条件な麦わら贔屓はやめないと痛い目みるぞ?」

 

「なんだと……あの二人と婚約したのか? つまり、お前が言ってたことは本当だったのかよ……。だから、コアラもハックも……」

 

今さらそんなことを口にするサボに、フードを被った女性陣全員が氷のような軽蔑の眼差しを向けた。

 

「やっと現実が見えたのか? バカかお前は?」

 

「俺は……わからない……。ただ、弟のルフィが大事だったんだよ……! 天竜人は悪いって昔から言われたし、今でもそう思ってる!」

 

「あのよ、俺が言ってるのは『天竜人がどう』っていう思想の問題じゃなくて、お前個人のやった行動の問題なんだよ? 事実を知ったコアラとハックは、素直に非を認めて謝罪しただろうが! 話をすり替えるなよ! お前が天竜人を憎いかどうかの話でもないんだよ!」

 

「…………」

 

サボが言葉を詰まらせて下を向く。

後ろのイワンコフは、両手を組んで祈るような気持ちで見つめていた。(そういうことなのね……マヤ聖は、サボボーイが自分の過ちを認めて謝罪さえすればいいって言ってくれてるのに……。でも、ここまで意固地になっていては救うなんて難しいのかもしれない。このまま出してあげても、また同じことが……。私はどうしたら……)

 

マヤの赤い瞳が、すっと冷めた色に変わった。

 

「どうした? 無言になったな? 今、お前の頭でよく考えろ」

 

(くそ、どうしたらいい……謝りたくねェ、天竜人になんか絶対に……! でも、ここで頭を下げなきゃ一生出られねェ、でも……)

激しい葛藤の末、サボは視線を逸らしたまま、吐き捨てるように呟いた。

 

「……おれは……わるかった……。これでいいだろ?」

 

そのあまりにも心がこもっていない一言に、イワンコフは無言で天を仰いだ。

 

「そうか……ダメだな、こいつ。さすが、あの腐ったゴア王国の貴族出身なだけあるな……。調べたよ、サボ」

 

「……っ!」

 

「お前、もう過去の記憶も戻ってるんだろ? ここでの孤独な生活で自分を見つめ直してよ。だからさっき、前は『麦わら』って呼んでたのを、自然に『ルフィ』って言えてる……違うか?」

 

「……そうだ……! なら、昔俺があの国と天竜人に何をされたか、わかってるのかよ!!」

 

「そうだな? 調べたから知ってるよ。でも、それはそれだろ? 昔撃たれたからって、今無関係な俺の婚約者を攫っていい理由にはならねーよ」

 

壁際のCP10(エース)は、サングラスの奥で静かに目を閉じた。(もうだめだな、サボ……。記憶が戻ってるならなおさら、お前の天竜人憎しは凝り固まって強まってる……)

 

追い詰められたサボは、マヤの後ろに並ぶ黒衣の一団を見て、歪んだ笑みを浮かべた。

 

「しかし、顔も見えない奴隷みたいなやつらをぞろぞろ従えて、いい身分なんだな? 天竜人ってのはよ……。俺をバカにしにきて楽しんでるのか?」

 

全員が絶句する中、マヤは腹を抱えて大笑いした。

 

「あはははは! こいつは傑作だ! そんな無駄なことのために、わざわざこんな人数を連れてくる意味はないだろうが? 相当だな、お前……。よし、顔を出せ、コアラ」

 

マヤの指示で、一歩前に出たコアラがフードとマスクを外した。

サボの目が、信じられないものを見るように大きく見開かれた。

 

「なっ……!? コアラ……お前、なんで……!?」

 

「なんでそんな風になるの、サボくん!? そこが私にはわからないよ! いくら天竜人が憎くても、今回何も悪くないマヤ聖たちを襲って悪さをしたのは、サボくんでしょ!?」

 

「お前……なんでそっちにいるんだ……まさか……」

 

「――イワコ。お前も顔を出せ」

 

続いてイワンコフがマスクを外すと、その大きな瞳からはボロボロと涙がこぼれ落ちていた。

 

「サボボーイ…………」

「イワさん!? ……なんで、イワさんまで……!」

 

「まだわからないか、サボ? 俺たちは今日、お前を助けてここから出してやろうとしたんだよ、もしお前が本当に反省してたらな? でも、お前はちっとも反省してないだろ? 自分の歪んだ正義に酔いしれてやがる。過去に何があったかは知らない、でも、その過去を考慮して許せる場合もある。その境目が『自分の罪を反省してるかどうか』だろうが!」

 

マヤは冷たく背を向けた。

 

「これまでだな……。ゆっくりそこで反省しろ。天竜人とか革命軍じゃない、一人の『人』として自分が何をしたかを考える時間だ!」

 

マヤが歩き出すと、自分が本当に見捨てられると悟ったサボが、ガシャン!と鉄格子にすがりついて必死に叫んだ。

 

「ま、まってくれ!! 反省してます! 俺が悪いと思ってます……だから、お願いだ、ここから出してくれ!!」

 

「そうか……わかったよ」

 

マヤが足を止めてそう答えると、サボの口元に「よし、うまくいった」と言わんばかりの浅ましい笑みが一瞬だけ浮かんだ。

だが次の瞬間、マヤは振り返りもせずに言った。

 

「――では、いくぞ、みんな」

 

「え……?」

 

ナミが、ロビンが、そしてコアラまでもが一度も振り返らずに特別房から出ていく。

 

「おい、待ってくれ! 反省してるんだよ! 頼むよコアラ!!」

 

最後にマヤが部屋を出ると、扉の前には涙を拭ったイワンコフだけが残った。

 

「イワさん、頼むよ……俺を出してくれ……!」

 

「……サボボーイ。本当の反省をして頂戴……。今のそれは、ただこの牢から今すぐ出たいだけの嘘の反省でしょ? そんなの、誰が見てもわかるわよ? ……ここで、ゆっくり自分の心と考えて頂戴」

 

自分の浅ましさを完全に見透かされ、サボは鉄格子を掴んだまま凍りついたように立ち尽くした。

イワンコフは再びマスクを被ると、静かに特別房の扉を閉めた。

 

廊下に出たマヤは、待っていたマゼラン署長に静かに指示を下した。

 

「マゼラン。あいつの食事を少しずつ抜き、そしてまた普通に戻す……これを周期的に繰り返せ。極限の中で自分の罪を考える時間と、正気に戻る時間の両方を与えるんだ。いいな?」

 

「……あくまで更生の機会をお与えになる、と。お優しいのですな……わかりました」

 

(ただ突き放すんじゃなくて、あの子が自分で気づけるように導いてあげるのね……ありがとう、マヤ聖……。もう、私の心は決まったわ……)

 

シャボンディの宮殿へと帰還した一行は、本館のサロンで軽いお茶の時間を取った。なお、医療組やウタたちは別棟の医療施設でシュリ姫たちと過ごしている。

 

サロンに入るなり、長年の心の呪縛であったアーロンへの処置に胸がすっとしたナミが、「マヤ、大好き!」とマヤの首に抱きつき、頬や唇にチュッチュッと惜しみないキスの嵐を浴びせた。周囲がびっくりして目を丸くする中、美女姿のままお茶を飲んでいたイワンコフが、カップを置いて真剣な顔で口を開いた。

 

「マヤ聖……少し、いいかしら?」

 

「ああ、いいぞ、どうした?」

 

「私、正式に革命軍を抜けて、ヴァナタにつくわ。……サボボーイを今すぐ出すのは無理だとよくわかった。あの子をゆっくり時間をかけて説き伏せるためにも、私は無謀な革命をやめて、ヴァナタの提示した条件(新・七武海)を飲ませてちょうだい……お願いします。さっきのサボボーイを見て、あれが『思想の強さの怖さ』だと痛感したわ……。ドラゴンがやっていたのは、そういう危ういことだったのね」

 

イワンコフの言葉に、マヤは深く頷いた。

 

「そうだ……。どんなに立派な思想っていうのも、一度ねじ曲げられるとただの『信仰』になってしまう。そこにはもう『自分自身の心』がないんだよ。何か悪さをしても『悪いのは世界や悪魔のせいだ、俺は操られただけだ』って、信仰で自分の罪を正当化して補える。そんな感じだ。ゆえに危ういんだよ」

 

「ええ……。だから今日から、私はヴァナタに絶対の『忠誠』を誓うわ……」

 

「おいおい、よしてくれ……。イワコ、お前、俺の家族を勘違いしてないか?」

 

「え?」

 

きょとんとするイワンコフに、マヤの膝の上に座っていたナミが笑って言った。

 

「私たちはみんな、マヤに『忠誠を誓う部下』なんかじゃないわよ?」

 

するとヤマトが勢いよく立ち上がり、またしても着物の背中をガバッとめくってイワンコフに見せつけた。

 

「見ろ!! この背中のマーク、かっこいいだろ! 家族の証だ! 誰に命令されたんでもなく、僕が自分で望んで入れてもらったんだ! なんたってマヤのお嫁さんだからな!」

 

「ふふ、ヤマトは本当にマヤが大好きね」

「当たり前だ! そのためにワノ国から海へ出たしな!」

 

微笑むロビンの横で、たしぎが背筋を伸ばしてイワンコフに言った。

 

「もちろん、私にはマヤ聖に対する強い『忠義』はあります。そういうことだと思いますよ? イワンコフ」

 

「おう、たしぎ、お前なかなかいい事言うじゃねーか」

 

CP10が感心して頷くと、紅茶を淹れていたレイジュがふっと艶やかな笑みを浮かべて言葉を継いだ。

 

「ええ。上から強いられた『忠誠』は、状況が変わればいつか裏切ります。ですが『忠義』は、自分の心で誓うことです。この違いだということですよ。……まあ私の場合も、立場は専属秘書ですが、マヤ聖を心から愛してますので、忠義から『愛』になっただけですよ」

 

サラリと放たれた爆弾発言に、ナミがガバッと立ち上がって叫んだ。

 

「ああああっ!! ちょっとレイジュ、あんたとうとう正面から認めたわね!!!」

「あらあら、素直でいいのじゃない?」

 

サロン中が明るい笑い声に包まれ、イワンコフも目尻を下げて微笑んだ。

 

「ほんとに、いい関係ね……なんだか羨ましいわ……」

 

「今日からお前もその家族になるんだろ? 背中に証を刻むかどうかはまだ決めんでいい。明日、三日目の評議会で色々あるからな。今日は城内に宿を取ってある、そこでじっくり考えろ。そしてそのあと、自分の口からドラゴンにどうするか言うんだ。いいな?」

 

「わかったわ。ありがとう、マヤ聖」

 

世界会議の三日目。

マヤとレイジュは円卓の王たちの前で、ワポル王が裏で行っていた違法な武器・金属取引と過去の悪政の証拠をすべて暴き立て、その場で王位剥奪とインペルダウン送り(実際にはイッショウが所長を務める深海特別監獄への永久収監)を宣言して一刀両断に処断した。

 

続く四日目には、加盟国からの天上金(上納金)の大幅引き下げと、自由権を剥奪して監査と自治責任を伴わせる『新・王下七武海制度』の細則が、ほぼマヤの決めた通りの形で満場一致にて可決され、午前中のうちに議事が終了した。

 

その日の午後、マヤの宮殿の大広間。

マヤが立ち会い、ナミやロビン、コアラたちほぼ全員が静かに見守る中、イワンコフは革命軍の総司令官モンキー・D・ドラゴンへの直通電伝虫の受話器を取った。

 

ガチャン、と回線が繋がる。

 

「……ドラゴン? 私よ、少し話があるの」

 

『イワンコフか、どうした? マリージョアへの潜入はうまくいってるのか?』

 

「ええ、十分すぎるほどうまくいったわ……。だから単刀直入に言うわね。私、今日限りで革命軍をやめるわ。もうヴァナタの思想にはついていけないの。今の海軍はマヤ聖のもとで一枚岩だし、今日、天竜人への上納金の引き下げも正式に決議されたのよ。ねえ、これ以上一体何を革命するの?」

 

『な……やめるだと!? イワンコフ、貴様本気で言っているのか!? インペルダウンにいるサボはどうするんだ!?』

 

激昂するドラゴンの声に、イワンコフは冷めきった声で問い返した。

 

「そんなにサボボーイが大事なら、総司令官であるヴァナタが直接助けに行ったらどうなの? いつもみたいに下の人間ばかり動かすんじゃなくて」

 

『なに!? 何故この私が直接行かねばならない! もし私が捕まったら、そこで革命そのものが終わってしまうではないか! 誰も救えないだろ!?』

 

その言葉を聞いた瞬間、イワンコフの瞳から最後の迷いが消え、深い失望へと変わった。

 

「……そう。今のその言葉が、すべての答えなのよ……。ドラゴン、ヴァナタはいつだって自分では動かない、安全な場所で他人を使ってばかりの人。それでは人の心は動かないし、本当の革命なんて一生できないと気づいたのよ」

 

『なんだと……!?』

 

そこへマヤがすっと手を伸ばし、イワンコフから受話器を受け取って気楽に声をかけた。

 

「おいおい、はじめましてだな? モンキー二世。お前の息子(ルフィ)には今まででもう二十発近くも殴られてる、天竜人のマヤですよ。部下にそんな言い訳、見苦しいぞお前?」

 

『き、貴様だれだ!! 天竜人のマヤ聖だと!? 貴様、イワンコフに何をした、能力で洗脳でもしたのか!?』

 

「酷い言い方だな……。おいドラゴン、それってさ、長年お前を支えてきたイワンコフに対してもすごく失礼だと思わないのか? イワが自分の頭で考えて出した言い分を『洗脳だった』って言ってるようなもんなんだよ。もしそれがイワの本心だったら、お前どうするの?」

 

『…………っ!』

 

ぐうの音も出ずに黙り込んだドラゴンに、マヤは淡々と通告した。

 

「ありゃ、黙ってしまったか。まーいい。いいか? よく聞け、今回の会議で王下七武海の制度が変わる。海賊としての自由権はない、だが枠組みはそのまま存続させる。そこに新たに、このイワンコフが入ることになる。俺が保護した人物としてな? 『ドラゴンの空虚な革命の思想に騙されていた者』という扱いでな?」

 

『だ、騙してなどいない!!』

 

「なら、自分の手で取り返しにくるか? がんばれよ? もっとも、これからお前のその思想についていくやつがまだ一人でも残っていたらな?」

 

(凄いわ……本当に……! あのドラゴンを相手に一歩も引いてないどころか、言葉だけで完全に圧倒すらしてるわ!)とイワンコフが震える横で、マヤは最後に釘を刺した。

 

「それに伴い、カマバッカ王国は俺の直轄保護下になる。もしそこにお前や革命軍が近づいたら即座に排除する。いいな?」

 

「そういうことよ、ドラゴン。自由には責任がついたのよ。もう無法な海賊ではない、自由と責任がある者がこれからの七武海なのよ」

 

『…………』

 

「ドラゴン、こう考えろ。これからの七武海は『七人の武力ある海賊』ではなく、『七人の武力と、民の思いがある、海を守る者』だ。わかったか?」

 

マヤのその定義を聞いた瞬間、イワンコフの目からポロポロと熱い涙がこぼれ落ち、周囲のナミやたしぎ、コアラたちもハッとしたように深く頷いた。

 

「ではな? また俺と話したくなったら、いつでも話してやる。イワの電伝虫にでもかけろ? その時はまた俺が出てやるからよ? じゃーな?」

 

ガチャン、とマヤが通信を切った。

 

「イワコ。これでいいな?」

 

涙を拭ったイワンコフは、晴れやかな顔で力強く頷いた。

 

そして迎えた世界会議の五日目――最終日。

円卓の会議場の中央に立つマヤの目の前には、四台の電伝虫が並べられ、同時に回線が起動された。繋がっている相手は、ミホーク、ハンコック、バーソロミュー・くま、そしてジンベエの四人である。

 

「よし、全員聞こえてるか?」

 

『わらわにはよく聞こえておるぞ、マヤ。久々にそなたの声が聞けて嬉しいぞ♡』

『ああ、聞こえている』

『聞こえている』

『こちらもしっかり聞こえておりますぞ』

 

ハンコックの甘い声に続き、ミホーク、くま、そして一度は脱退したはずのジンベエの声が響いたことで、五十カ国の王たちが「なぜジンベエが!?」と大きくざわめいた。

 

「――静粛に! 今日のこの良き日に、いくつか重要な発表がある。各国の王よ、よく聞いてくれ。今日この場をもって『王下七武海』という言葉の意味を変える。『七人の武力ある海賊』ではなく、『七人の武力と民の思いがある、海を守る者』であると、私はここに宣誓する!」

 

マヤの凛とした宣誓に、通信の向こうの四人の七武海から深い喜びとマヤへの感謝の気配が伝わる。

 

「そして、これまでハンコック、ミホーク、くまの三人となっていた七武海に、本日新たに、魚人島より再度『ジンベエ』を七武海として迎える!」

 

王たちから納得の拍手が巻き起こるのを、マヤは片手を上げて静かに制した。

 

「ここから、私は前代未聞のことを言う。……その前に、入ってこい」

 

重い扉が開き、女への変身を解いた「本来の男の姿」のままのイワンコフが、堂々たる足取りで円卓の間へと入ってきた。

手配書で知られる革命軍最高幹部の登場に、各国の王たちが一斉に立ち上がって動揺する。

 

「静粛に! みんなの動揺もわかる。そこに立つ彼――いや彼女は、元革命軍幹部、エンポリオ・イワンコフである。彼女はカマバッカ王国を統治し、長年政府に対する革命思想を訴えていた者だが、ついにその思いを破壊へ向けることをやめ、革命思想ではない『新たな秩序の者』になる決意を固めた。その命懸けの決意に、私は応えた。――彼女を、新・王下七武海とする! 彼女にも守るべき国と民がある。その意識が変われば世界は平和へと近づく、これこそが無意味な革命を終わらせる第一歩の道標となるのだ!」

 

マヤの言葉に王たちが静まり返って頷き、中央に立つイワンコフは感極まって涙を流していた。

 

「イワンコフ、泣くのはまだ早い。これからが始まりなのだ、真の秩序のな? その第一歩として、今日みなと共に迎えられたことを嬉しく思う。……そして、実はあと一名いるのだが、その者は現在、極秘裏にすでに世界平和へと動いている者だ。七武海への承認はすでに済んでいるが、今はまだその名は明かせない。彼は敵に見つかった時、死ぬ覚悟をもってこの潜入任務にあたっているからだ、よいな? これですでに六名が確定したことになる。――さあ、異論と質問を受け付ける」

 

すると、涙を拭ったイワンコフがおずおずと手を挙げた。

 

「わ、私から質問、本当にいいの? ……私はこれから、過去の罪を背負って生きていくわ。最初は世界中の皆が私を疑うでしょうし、古巣から命も狙われるかもしれない。でも、この場で誓うわ。決してもう、革命で民を傷つけないと!」

 

「――イワ、お前、何か勘違いしてるな?」

 

マヤは微笑み、会場全体に響く温かい声で言った。

 

「『革命』なんてのは、大いに結構なんだよ! だが重要なのは、その革命の仕方が何に向かうかなんだ。『民なくして国はなし』だ。そこを忘れずに、民に武器を持たせて政府を討つことだけが革命ではないということだよ。ここにいる各国の王もそうであろう? 自分たちの国をより良くするために、各国での制度改革、産業の革命、食料の革命……日々これすべて『革命』だ! イワンコフ、わかったか?」

 

「……っ、う、うわあああんっ!! はいっ、わかりましたわァァーーっ!!」

 

革命という言葉そのものまで肯定して昇華してくれたマヤの器に、イワンコフは子供のように号泣しながら何度も頷いた。

 

「ジンベエも、これからまた頼むぞ?」

『はい! わかりました、皆、よろしく頼む!』

 

「では、改めて発表だ! 『七人の武力と民の思いがある、海を守る者』という、世界政府公認の最高栄誉にして平和維持組織へと生まれ変わった、それを担う六名の名前だ!」

 

一、九蛇の民を守る女帝、ボア・ハンコック。

二、秩序ある自由を体現する世界最強の剣士、ジュラキュール・ミホーク。

三、自我を保ちエッグヘッドを支える平和の象徴、バーソロミュー・くま。

四、魚人島の誇りを背負い復帰した海峡の、ジンベエ。

五、死を覚悟で潜入し民の命を救う秘匿の外科医、トラファルガー・ロー(※本人にも内緒)。

六、カマバッカの民と友を救うため新たな道を選んだ、エンポリオ・イワンコフ。

 

円卓の会議場に、天井が揺れるほどの盛大な拍手が巻き起こった。

 

「今回の世界会議(レヴェリー)は、これをもって終わりとする! あとの日数は直ちに帰国するもよし、聖地でゆっくり旅の疲れを癒やしていってくれ!」

 

電伝虫の通信が各自切れ、王たちも感銘を受けた面持ちで次々と退室していく。

広間に残ってまだグスグスと泣いているイワンコフに、マヤが歩み寄って声をかけた。

 

「イワ、どうした?」

 

「ありがとう……本当にありがとう、マヤ聖……。ヴァナタとこうして話ができて、本当によかったわ……」

 

「そうかい? それは俺のおかげじゃなく、お前自身の気持ちの変わり方だろ? これから頑張ってくれよ?」

 

イワンコフは涙を拭って、深く力強く頷いた。

 

全ての公務を終えたマヤが、 CP10たちと共にシャボンディの宮殿へと戻った、その時だった。

 

「――マヤ! わらわが久々に直接きていたのじゃ! どうじゃ、びっくりしたか? マヤ聖♡」

 

玄関ホールで待ち構えていたのは、なんと先ほどまで電伝虫で話していたはずの九蛇海賊団船長・ボア・ハンコック本人だった。

 

「うわ、そりゃびっくりするさ……! さっき電伝虫で話してたのは、もう近くまで来てたからか、そういうことか」

 

「会いたかったのじゃー♡」

 

ハンコックが長身を折り曲げるようにしてガバッとマヤに抱きつく。

 

「はは、来てくれてありがとうよ。でも、お前も七武海としてあまりゆっくりもしていられないのだろ? アマゾン・リリーもあるし」

 

「うむ、そうじゃな。しかし今日の会議のことは大いにびっくりしたぞ、まさかあの革命軍の幹部まで説き伏せてやめさせていたとは……」

 

後ろにいたCP10が、「あ〜、そうか……そのイワンコフも今日こっちに来るんじゃないのかい? マヤ聖」と呟くと、マヤは頷いた。

 

「そうだな。さっきまで少し号泣しててな……落ち着くまで今、別室にいるよ……」

 

「なんじゃと!? もうこの宮殿にきていたのか……。さすがじゃの、マヤは。わらわもこの背中の刻印に恥じぬように務めるゆえな」

 

そこへ、奥のサロンからヤマトがひょっこりと顔を出した。

 

「ん? またマヤの新しい家族なのか? 本当に女の人ばっかりで多いな! ねえマヤ! お嫁さんの僕にも、全員の名前を教えておくれよ!」

 

その言葉を聞いた瞬間、ハンコックの美しい顔がピシリと凍りつき、般若のような形相でヤマトを振り返った。

 

「――なんじゃと!! お前は誰じゃ!! 今『嫁』と言ったか!?」

 

後から歩いてきたナミとロビンが、肩をすくめて説明した。

 

「ええ、そうよハンコック。その子、ヤマトはね、お父さん公認のお嫁さん候補なのよ……」

「そうよ。でも安心して、まだマヤからの『寵愛』は受けてないけどね」

 

「お父さん公認だと? 誰の娘じゃ!? え……まさか、その角は……え? カイドウのところのヤマトは息子ではなかったのか!? というか『寵愛』をすでに受けたのは誰じゃ!?」

 

ハンコックの鋭い追及に、ナミとロビンの二人が揃ってニコリと笑い、スッと片手を挙げた。

するとヤマトが、「ちょうあい」の漢字を勘違いしたまま、元気いっぱいに胸を張った。

 

「『超愛(ちょうあい)』!? それなら僕にもあるぞ! マヤのことが超・大好きだ! それに僕は息子じゃない、ちゃんと娘に戻ったぞ! おでんはおでん、僕は僕だ! カイドウの娘、ヤマトだ!」

 

「な、なんじゃと!? ナミ、ロビン、そなたらにはあとでたっぷり話を聞くゆえな……! カイドウの娘まで嫁とは……もう笑うしかないのう……」

 

そこへ、別室でようやく涙が収まった美女姿のイワンコフが「ふぅ、なんとかおさまったわ……マヤ聖、ありがとう」と入ってきた。

 

「おいマヤ、また知らん女が増えとるぞ……」

「あ〜、それ、さっきのイワンコフだよ」

「なんじゃとーーっ!? もう情報が過多すぎるわ! ええい、こうなったらアマゾン・リリーに戻る前に、今夜はわらわもマヤの寵愛を……!」

 

「あ、ごめんねハンコック、今夜はマヤも忙しいから無理よ〜。今日は私の番だもん」

「何を言っとるか、たまにはゆずれ!! このしれもの!!」

「まあまあ、みんな仲良くしようね? ハンコックもな?」

「ヴァ、ヴァタシはまた自分の部屋に戻るわ……なんだか一気に疲れがきたわ……」

 

女たちの賑やかな押し問答に、玄関ホールは華やかな笑いに包まれた。

 

そして翌朝。

結局、ナミが優しさで一夜を譲ってあげた結果、アマゾン・リリーへの帰路につく前のハンコックは、肌が輝くほど艶々になりながらも、大サロンのソファで自分の腰を押さえてぐったりと横たわっていた。

 

「ふふ、ハンコックに一晩譲ってあげたんだから、これで私に『貸し1』を作っちゃったわね」

「おいナミ、そういうのを『貸し』とかで数えるのどうなの?」

 

マヤが苦笑する隣で、ハンコックは熱っぽい吐息を漏らしながら、うっとりとした目でマヤを見上げた。

 

「……こ、腰がやばいのじゃ……。優しい見た目に反して、夜はあんなに凄いのじゃな、マヤは……。もうマヤ聖というか、『性豪』に名前を変えたらどうじゃ……」

(一晩で何度失神させられたことか……そして最後に愛おしそうにわらわの背中の刻印を撫でて癒やしてくれて、嬉しくてたまらん……お腹の中もまだたぷたぷじゃしの……♡)

 

それを見たヤマトが、目をキラキラと輝かせて拳を握った。

 

「それが超愛か! すごくいいな! 私にもあるからな!」

「はいはい、ヤマトはもうちょいあとね! まずはみんなで頑張って色々なところを冒険しようね?」

「ふふ、私はてっきり先にヤマトだと思ってたのだけどね。まさかハンコックが割り込むとは……」

「あ、あの、あの……いいですね、そういうの……っ!」

 

眼鏡を曇らせて耳まで真っ赤になるたしぎの横で、専属秘書のレイジュはハンカチをギリッと噛み締めていた。

 

「……専属秘書的判断で、今回は久々の来訪ということで許します……ぐぬぬ」

 

大サロンの窓から暖かい朝の光が差し込む中、そこには宮殿のすべてのメンバーが集まっていた。

 

「まあ、これで大きな評議会も無事に終わったし、みんな笑顔でいいね」

 

マヤが微笑むと、窓の外のプールから顔を出していたしらほしが「そうですね、マヤ様!」と頷き、ウタが「マヤ、やっと難しい仕事が落ち着いたのか!? じゃあまた歌えるね!」と声を弾ませる。

 

「ええ、医療区画の方も、これで色々安定しましたわ」

ステューシーが微笑み、隣のソファに座るシュリ姫も穏やかに目を細めた。

「私も、この前みんなと外に出て少し休んだら、心まですっかり落ち着きました」

「ベガパンクさんの資料のおかげで、私も毎日色々勉強になりました」

カヤが嬉しそうに言い、ビビが「今回のお留守番は完璧でしたので、その、あのですね、次は私も……」とモジモジしながらマヤに視線を送る。

「はーい、みなさん、温かいお茶とお菓子が入りましたよ〜」

「あ、ちょうど子供がぐっすり寝てくれたので、私もこっちに来ました」

 

コアラがお茶を配り、マキノが優しい笑顔で席に加わる。

その圧倒的な美女たちの大所帯を改めて見渡したハンコックは、目を回したように呟いた。

 

「しかし、いつの間にこんな大勢に……」

 

「ふふ、みんなこうして仲良くしてるからいいのじゃない? それにあと、シャーロット家からも三人ほど狙われてますしね」

 

「どうなっておるのじゃここは!? ハーレムなのか!?」

 

ハンコックの叫びに、ナミは紅茶のカップを手に取り、誇らしげに微笑んで首を横に振った。

 

「さあ、はたから見たらそうなのかな? でも、そうじゃないわね……。ここにいるのは、みんな『家族』よ?」

 

すると、壁際に背を預けて腕を組んでいたCP10(エース)が、陽だまりの中で笑い合う全員を見渡し、サングラスの奥の瞳を細めてニッと笑った。

 

「――ちげーね。『家族』ってやつさ。マヤ聖っていう、でっかい船のな!」

 

「ははっ、CP10、お前なかなかうまいこと言うな!」

 

マヤの朗らかな笑い声に重なるように、サロン中に温かな笑顔と他愛のないおしゃべりが広がり、激動の世界会議の日々は穏やかな陽だまりの中で幕を閉じた。

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