世界会議(レヴェリー)が幕を閉じ、一夜の寵愛を受けて艶々になったハンコックがアマゾン・リリーへと帰国した日の夜。
シャボンディ諸島の宮殿のバルコニーで、夜風に当たりながら海を眺めていたマヤの元へ、着物の裾を揺らしてヤマトがやって来た。
「マヤ!」
振り向いたマヤの頬を、ヤマトの両手がそっと包み込む。
そのままヤマトは背伸びをするマヤの唇へと自分の唇を重ね、深く長いキスをした。
ゆっくりと唇を離したヤマトの白い頬は朱に染まっていたが、その瞳はいつになく真剣な光を宿してマヤを真っ直ぐに見つめていた。
「ねえ、マヤ。今日の朝のハンコックや、ナミやロビンを見てて思ったんだ。……僕も、言葉だけじゃなくて本当にマヤのお嫁さんになりたい。あの『寵愛』のこと、僕とも本気で考えてくれ!」
裏表のない、真っ直ぐな愛の告白だった。
マヤはしばらくヤマトの瞳を見つめ返したあと、ふっと口元を緩めて彼女の頭を優しく撫でた。
「……わかった。お前がそこまで本気で言ってくれるなら、俺も本気で答えるよ」
マヤはバルコニーの手すりから身を起こすと、懐から電伝虫を取り出した。
「ただし、お前を正式に貰うなら、ワノ国を出る時にお前の親父と交わした約束を先に果たさないとな。……どうせなら、みんなに見届けてもらうとするか」
その夜のうちに、マヤの宮殿から新世界の各地へと一斉に通信が飛んだ。
相手は鬼ヶ島のカイドウだけではない。正式にヤマトを嫁として貰い受ける『見届け人』として、白ひげ海賊団、ビッグ・マム海賊団、お忍びでの海軍本部首脳陣、さらには先日貸しを作ったばかりの赤髪海賊団や、その近くにいた麦わらの一味にまで、鬼ヶ島への呼び出しがかかったのである。
数週間後、ワノ国・鬼ヶ島の巨大な屋上広場。
晴れ渡った青空の下、岩場を囲むように設けられた観戦席には、世界の海を統べる錚々たる顔ぶれが一堂に会していた。
白ひげ海賊団、ビッグ・マム海賊団、赤髪海賊団、麦わらの一味、私服姿でお忍び参加の海軍首脳陣、そして宮殿から総出でやって来たマヤ陣営の全員と、百獣海賊団の面々。
本来なら顔を合わせた瞬間に世界大戦が勃発しかねないメンツが、今はただ中央の広場を固唾を呑んで見守っている。
「ママママ! マヤのやつ、カイドウとサシで本気でやる気かい?」
楽しそうに笑うシャーロット・リンリンの声に、隣に座っていた白ひげ――エドワード・ニューゲートが叢雲切を地面に突き立てながらギョッとして振り返った。
「そうらしいな〜……って、おいリンリン、おめー昔の三十代の頃の姿じゃねーか! 一体何が起きやがった!」
「ん? ああ、いい男に惚れたからさね♡」
引き締まった美貌で妖艶にウィンクするリンリン。その後ろに立つカタクリは、マフラーの中で深く目を閉じて胃を押さえた。
(ママ、本気なの? 本気でやめてくれ……マヤ聖が父になるのか?)
少し離れた席では、シャンクスとルフィが険しい顔で広場を見つめていた。
「あいつが、カイドウ相手に本気になるのか」
「……俺は、あのカイドウに……」
ワノ国での敗北を思い出して唇を噛むルフィの耳に、マヤ陣営の席にいるナミの明るい声が届いた。
「ええ、今日は本気だって言ってたわよ……ヤマトを本気でもらうためだってさ」
「グララララ! なんだその理由はよ〜!」
白ひげが豪快に笑い、百獣海賊団の席にいるうるティが「ヤマト……うらやましいでありんす……」とハンカチを噛む。
すると、最前列で身を乗り出していたヤマト本人が、目をキラキラと輝かせて会場中に響く大声で叫んだ。
「マヤが本気で親父とやるのか!? さすがマヤだしな! 僕と子供作る為らしいぞ!」
――ピタリ、と。
四皇も海軍も海賊たちも、会場にいた全員が絶句して固まった。
「ちょっと、なに言ってんの? ヤマト、いくらなんでもぶっちゃけすぎよ……」
ロビンが頬に手を当てて苦笑すると、シャンクスが感心したように息を吐いた。
「すげーな……娘をもらうための、筋の通し方がよ……」
その言葉が落ちた瞬間だった。
マヤ陣営の席で眠る赤ん坊を抱いていたマキノが、シャンクスの方を一瞥もせず、氷のように冷ややかな声で言った。
「――貴方には無理だったわね。赤髪」
「…………っ」
痛烈すぎる一言に、四皇シャンクスの顔がみるみる歪み、今にも泣きそうな表情で黙り込んだ。
一方、お忍びの海軍席では、センゴク元帥が腕を組んで頷いていた。
「いかにも、あの人らしい筋の通し方だな……」
その近くでは、聖地から同行していた幼馴染のシャルリア宮が、心配そうに胸の前で手を組んで震えていた。
そして、シュリ姫も、心配そうに見ていた、
「マヤお兄様が本気になったら……怖いわ……」
「そうなんですか? 姫様……」
「ええ。でも、みんな恐れてはだめよ? 本当に……」
シャルリア宮のつぶやきに、麦わらの一味の端から声をかけたブルックにシュリ姫が真剣な顔で答える。
それを聞いたリンリンが首を傾げた。
「怖いって、どういうことだい?」
「あの人はね、いつも笑顔がないとだめなのよ……」
ナミの言葉に、白ひげが酒瓶を傾けてニッと笑った。
「笑顔ね……。でも今日は本気か……ま、俺たちは楽しんで見てろってことだろ」
「ああ。あの人は、本気で怒ると見境がなくなる……それは絶対にさせちゃいけない。だから今日は、純粋に楽しんで見てあげてくれ」
CP10が静かに言い、大将サカズキも葉巻の煙を吐き出しながら「ほんに、あの人は底が知れないけぇ……」と低く呟く。
すると、そのすぐ後ろの席で、同じようにサングラスをかけた二人の男――海軍少将アラマキと、潜入中のトラファルガー・ローが、揃って両手を天に掲げて叫んだ。
「うおお!! 神!!!」
「おお!!!! 神!!!」
完全にシンクロして崇拝モードに入っている二人を見て、近くにいたウタが「何この二人、怖い……」と一歩引き下がった。
観戦席がざわめく中、広場の中央へとマヤがゆっくりと歩み出た。
その左腰には、今日のためにたしぎから借り受けた本来の愛刀――蒼い刀身に龍の波紋、桜の鍔を持つ『妖刀神鬼』が差されている。
「よう……カイドウ。随分見てるやつが多いが、大丈夫かね?」
待ち構えていたカイドウは、巨大な金棒『八斎戒』を肩に担ぎ、獰猛な笑みを浮かべて立ち上がった。
「きたか……娘婿!! 早くやろうぞ!!」
「その前に確認だ。お前、ちゃんと生きる気持ちはあるのか?」
「あ? 何言ってんだ? 戦ってのは、やるかやられるかだろ?」
「俺はよ、本気で聞いてんだよ! ヤマトを貰う為によ。お前を殺してヤマトをもらう意味がないって言ってんだよ」
マヤの真っ直ぐな言葉に、カイドウは一瞬目を見開いたあと、ニヤリと口角を上げた。
「そうかい……そこまでの覚悟かよ。いいぜ。俺は死ぬ気はない、生きるつもりで、お前を殺すつもりでやる。それでいいんだな?」
「そうだ。だが、俺は死なねー。何故なら勝つからな?」
「なんだそりゃおめー。殺すか殺さないかの勝負で、お前は俺を殺さないで勝つってか?」
「意識飛ばせばいいだけだろうが? え? 全身全霊をもってお前を倒すよ、カイドウ」
マヤはそこで一度言葉を切り、観戦席のヤマトへ向かって大きく声を張り上げた。
「――ヤマト!!!! お前を正式に親父からもらうためだ! 頑張るからな!」
「マヤァァーーーッ!! うわあああんっ!!」
ヤマトが感動のあまり大泣きし始め、カイドウが呆れたように吠えた。
「なんだそりゃ! そこまで言うなら勝手に貰えばいいだろうが!」
「その考えじゃ、俺には勝てないって言ってんだよ、バカが。まーいい。どうするよ? そのままでいいのか? 最初から本気だしてもいいぞ?」
「このままでいいかだと? 舐めてるんじゃねーぞ!!」
ゴォッ!! と地面が砕け散り、カイドウの巨体が弾丸のようにマヤへと飛びかかった。
「『雷鳴八卦(らいめいはっけ)』!!!」
覇気を纏った金棒が、音速を超える横薙ぎの一撃となってマヤの頭部を襲う。
だが――マヤは抜刀しながら、足元の石畳の上でほんの「半歩」だけ身体をずらした。
金棒の暴風がマヤの鼻先をかすめて空を切り、次の瞬間には、すれ違ったマヤの手にある『妖刀神鬼』の蒼い刃が、カイドウの太い首筋にピタリと添えられていた。
「――一回、首とんでるぞ? お前、いまので?」
静かなマヤの声に、観戦席の全員が目玉が飛び出るほど驚愕して息を呑んだ。
「な、なにしやがったんだ、いま……」
「なんだ今の動き……見えなかったぞ……!」
ルフィとシャンクスが呆然と呟く中、広場の中央でカイドウの額からツッと冷や汗が流れ落ちた。
「……今、なにしやがった?」
「だから言ったろ? 本気でこいってよ? そんな、ただ武装色のせただけの殴りで大層な技名が出たからって、俺には当たらんよ。遅いから、少しずれただけだよ?」
「舐め腐って!! 首がとんだだと? この体格差でか?」
カイドウが怒鳴った直後、その強靭な首筋の鱗から、スーッと赤い血が一筋流れ落ちた。
「……まじかよ……」
「だから言ったろ? 本気でこいってよ、俺は最初から本気でやってるんだぞ? 普段使わない武器も使ってるしな。俺の『神鬼』に斬れないものはないぞ?」
観戦席の白ひげがゴクリと喉を鳴らし、冷や汗を浮かべて呟いた。
「ありゃ、やべーな……俺が相手だったら、今ので終わってるぞ……」
「あたしは少しいまので、女の部分が疼いたさね……♡」
「ママ、やめてくれ、今は戦いの最中だ……」
カタクリが頭を抱える中、世界中の強者たちの背中に一斉に冷や汗が伝った。
「くそが!!!! やってやろうじゃねーか!!!」
ゴオオオオオオッ!!
カイドウの全身が青白い光と黒き稲妻に包まれ、その肉体が急激に膨張・変貌していく。
頭には紫色の六本角が生え、全身を強固な青い鱗と長大な尻尾が覆う。人間の機動力と青龍の圧倒的なパワー・耐久力を最大化した、カイドウの最強の戦闘形態――『人獣型(竜人)』である。
「これでやってやるよ!!」
バチバチバチィッ!! と空間を引き裂く黒き太い稲妻――『覇王色纏い』を金棒に凝縮させ、カイドウが再び踏み込んだ。
「『雷鳴八卦』!!」
触れずとも周囲を粉砕する覇王色纏いの超高速スイング。
だがマヤは、それを刀で受け止めようとすらしなかった。風が動くよりも速く横へと逸れて金棒の軌道をかわし、ガラ空きになったカイドウの懐へ潜り込むと、腹の下から上段へと神鬼を閃かせる『燕返し』を放った!
「くそがぁ!!」
カイドウは紙一重で後方へ飛び退いてかわしたと思ったが、その強靭な腹の鱗が浅く斬り裂かれていた。対するマヤは、塵ひとつ被っていない無傷である。
「ならば、『龍巻(たつまき)』!!!!」
カイドウが巨体を独楽のように超高速回転させ、無数の風の刃『壊風』を混ぜた巨大な竜巻を発生させて周囲を無差別に切り刻む!
しかしマヤは、手にした『妖刀神鬼』の刀身にバチバチと黒き覇王色纏いの稲妻を宿らせると、外へ逃げるどころか、竜巻の回転に合わせて六式『月歩』で空を蹴り、瞬時に竜巻のど真ん中――カイドウの真上へと飛び上がった。
「頭がお留守だぞ? ――『斬風(ざんぷう)』!!」
上空から振り下ろされた覇王色纏いの飛ぶ斬撃が、垂直にカイドウの脳天を襲う!
「上だと!! なぜだ!! くっ、避けれねェ!!」
バキィィンッ!!
世界最高の硬度を誇るカイドウの角に斬撃が直撃し、その太い角の先が鋭く欠けて吹き飛んだ。
さらにマヤは、そのまま上空で『月歩』による滞空を維持し、シュン、シュン、シュンッ!! と目にも止まらぬ速さで何発もの飛ぶ斬撃を連続で撃ち込み始めた。
「ぐあああああっ!! くそ、お前なんだその出鱈目な動きはよ!!」
豪雨のような斬撃によって竜巻の回転が強制的に止められ、カイドウの周辺の岩場がクレーターのように深くえぐれ飛ぶ。
回転が止まったその一瞬の隙を突き、マヤの姿が上空から六式『剃(ソル)』で消えた。
「『閃光鬼(せんこうき)』――一閃!」
ズシャァァァッ!!
上空からの超高速の一閃が走り抜け、カイドウの左肩から腹にかけて鮮やかな血しぶきが舞う!
(くそが……俺の動きが、すべて見切られてるのか!?)
着地したマヤは足を止めることなく、そこから『剃』を連続で使ってカイドウの周囲を四方八方へと飛び回る怒涛の剣舞――『鬼神の舞』へと移行した!
前、後ろ、右、左、斜め上。残像すら残らない超高速の移動から繰り出される全方位の斬撃の嵐。
カイドウは必死に金棒『八斎戒』を振り回してそれを受けるが、絶対不壊の神鬼の刃によって愛用の金棒そのものに次々と深い傷が刻まれ、防ぎきれなかった斬撃の剣風がカイドウの巨体いたるところに傷を増やしていく。
(予想以上だ!! つえェ!! こいつはつえーーなんてもんじゃねーーぞ!!)
全身から血を流しながらも、カイドウの胸の奥から湧き上がってきたのは、恐怖ではなく熱い歓喜だった。
「楽しいか? カイドウ!!! まだ俺に一発も当ててねーぞ?」
「あははは!! 楽しいね!! お前が今なにをやってんのか、俺にはまったくわかんねーよ!」
「いい笑顔だ、カイドウ、楽しめ!! 戦いを楽しめ、今を楽しめ!」
マヤが太陽のように笑いながら刃を振るう。
「どうだ、ヒントいるか?」
「そんなもんいるかよ!! ……だが、おしえろ!!!」
「いいぞ。お前の『雷鳴八卦』は確かに速いスイングだ、本来なら目で捉えられないほどな? だが、正面から受けなければいいだけなんだよ。わかるか?」
その言葉を聞いた瞬間、カイドウはハッと目を見開いた。
「……くそが……見聞色の未来予知でもなんでもねーってことか!!」
「さすがだ、カイドウ、わかったか? だからお前は俺に勝てない、その自慢の巨体が仇になってるんだよ。どうする? まだやるか?」
マヤが『剃』で距離を取る。
カイドウは奥歯を噛み締め、さらに莫大な覇王色を金棒に纏わせて『咆雷八卦』、そして上空からの『降三世 引奈落(こうさんぜ らぐならく)』を叩き込んだ!
だがマヤは、カイドウの巨大な筋肉の収縮と骨格の動きから攻撃の軌道を事前に完全予測し、そこにわずかな未来予知を重ねて、金棒が振り下ろされるより早く下からスッと避ける。そのまま『剃』でカイドウの足元へと滑り込み、無防備な脚をズバッと一閃した!
「ぐああああっ!! くそが!!」
「お前がでかすぎるんだよ。俺の目はいいんだよ、何年シャボンディでどぶさらいしてると思ってんだよ」
「負けねェ!!」
カイドウが口を大きく開き、灼熱の炎『熱息(ボロブレス)』や全身に炎を纏う大技を放とうと息を吸い込むが、マヤはすかさず釘を刺した。
「範囲攻撃でもするか? 意味ないと思うけどな? 予備動作の隙がでかいんだよ、そういう大技はよ」
「くそが、全部わかってるじゃねーか! くそくそ!! 相性がお前と俺は最悪ってことじゃねーか!!」
「そういうことだな? 義父(お義父さん)」
カイドウが渾身の力で金棒を横に振り抜いて打ちにくる。
マヤはそれを神鬼の腹でそのまま柔らかくいなすと、スーッと金棒の上を滑るように走って持ち手のカイドウの手元まで瞬時に移動した。
そのままマヤがカイドウの腹を斬るふりをして刃を向けると、カイドウは負けじと太い脚でマヤを下から蹴り上げた。だが、それはマヤの誘いだった。マヤは飛んできたカイドウの蹴りの甲を自分の足でさらに上からポンと蹴り上げて踏み台にし、一気にカイドウの顔の前へと跳躍すると、無防備になった首元をズシャッ!! と浅く斬り裂いた。
ドスン、と。
人獣型の変身が解け、元の姿に戻ったカイドウがその場に両膝をついた。
「くそが……こんなでたらめなのかよ……お前……」
息を切らすカイドウの前に降り立ったマヤは、静かに刀を振って血を払った。
「お前は強いよ、カイドウ……。力も、頑丈さも、覇気の量も、すべてにおいて俺を上回ってるだろう。ただ、俺みたいな戦い方をするやつが、お前にとってはじめてだったってことだよ。覇気だなんだの力比べじゃない、こういうやつがいたということだよ」
「くそが……力じゃ負けてねーのに……完敗かよ……うぉおおおおんっ!!」
最強の生物が、悔しさと清々しさが混ざり合った涙を流して大声で泣き出した。
マヤはふっと笑うと、ひょいと軽く跳んでカイドウの大きな肩の上に乗り、そこに腰を下ろして少し話しかけた。
「そういうことだ……だから俺は、お前とやりたくなかったんだよ……。お前に教える、さっきの答え合わせだ。俺はお前の筋肉の動きで次の攻撃の判断ができる。つまりお前は、その鍛え上げた筋肉のでかさが俺の前では仇になってるんだよ」
「……そうだと思ったぞ……さっきのヒントでわかったわ! だが、戦闘中に相手の筋肉の動きを全部見て避けるなんて、そんなことできるやつがいるのかよ……普通よ……」
「俺が何歳からあの無法地帯でどぶさらいしてたと思ってるんだよ、五歳のガキのときからだぞ? 化け物みたいな海賊から逃げて人を助けるには、相手の筋肉と目を見て動くしかねーだろうがよ……」
「そういうことかよ……くそが!!」
「俺にとって嫌な攻撃は避ければいい、正面から受ける必要もない。範囲攻撃をすれば、撃たれる前にその範囲から出ればいい。ただそれだけだ、一応剣士だからな?」
涙を拭ったカイドウは、肩の上の青年を見上げて潔く吐き捨てた。
「くそが……俺の負けだ、約束通りヤマトをもっていけ!!」
「悪いな、お前の気持ちを折った感じでよ……」
「いいさ、俺は戦いにだけは正直だからな……」
その決着を見届けた観戦席は、文字通り水を打ったように静まり返り、全員が絶句していた。
一体、広場で何が起きたのかすら正確に把握できない者ばかりだった。
「ちょ、ちょっと……途中からマヤの動きが全然見えなくなってたんだけど……」
ナミが目を丸くして呟き、シャンクスは腕を組んだまま戦慄していた。
(あれはいったい何だったんだ……覇気のぶつかり合いじゃない、今まで見たこともない変な動きだった……!)
そして、その後ろにいたルフィは、全身から力を失ってその場にへたり込んでいた。
(俺じゃ……全く相手になってなかったな……。カイドウに一撃も当てさせねェあんなやつを、俺は今まで二十発以上も殴ってたのかよ……。あいつがわざと殴られてくれてただけで、本当の雑魚は、俺じゃねーか……)
「凄いです!! なんなんですか、マヤ聖のあの剣術は!!」
「まやぁぁぁぁあっ、大好きだ〜〜〜!!!」
たしぎが目を輝かせ、ヤマトがボロボロと感涙を流して叫ぶ中、四皇の二人も首を横に振った。
「あたいでも、あの動きは本当にやばいね……」
「同感だ……やりたくねーよ、あんなきもい動きするやつ。そりゃ二十年の暗黒期から死線で磨いてた本物の技術なんだろうよ……」
「専属秘書として、とうとう今夜あたり、そのお部屋で私にもお情けをいただきたいくらいですわ……」
レイジュがうっとりと呟く中、肩の上のマヤがカイドウを覗き込んだ。
「カイドウ、また今度やるか? 今度は刀なしで、殴り合いでもいいぞ?」
「ふざけんなよ! 同じように避けられて、一方的に殴られるだけじゃねーか!」
「よくわかってるじゃねーか。そういうことだよ、世界で最強最強って言われててもよ、海には常に色々なやつがいるってことだよ」
「くそが!」
するとマヤは、「カイドウ、お前に面白いことしてやるよ」とニヤリと笑い、すっとカイドウの肩から地面へと降り立った。
それを見たCP10とたしぎが、同時に苦笑いを浮かべる。
「あ……マヤ聖、あれやるのか……」
「軽くきもいんですよね……あれ……」
「あん? なんだ?」
首を傾げるカイドウに、マヤは手にしていた『妖刀神鬼』の柄をひょいと差し出した。
「これ、ちょっと持ってみろ」
「はぁ? なに言ってんだよ、そんな細っこい刀、指一本でも持てるだろうが」
カイドウが鼻で笑って神鬼の柄を掴み、マヤがパッと手を離した――次の瞬間だった。
所有者認証システムが発動し、羽のように軽かった刀が「島そのもののような超重量」へと瞬時に変化した。
「――って、おい!! なんだこれェッ!?」
ドゴォォォォンッ!!
あの最強生物カイドウが、刀の重みに耐えきれずにその場で派手にひっくり返り、柄を握った右腕ごと鬼ヶ島の岩盤へと深くめり込んだ。
「ふざけんな、いててて! 手がおかしい、おかしい!! なんだこの重さ、おい! 抜けない、ふざけんなって!!」
手足をバタつかせてパニックになるカイドウを見て、マヤは観戦席のたしぎを振り返った。
「たしぎ、鞘はお前が持ってるな。鞘を叩け」
「あ、はい」
たしぎが手に持っていた白い鞘を「タンッ」と軽く指で叩いた瞬間。
カイドウの手を押し潰していた刀が「シュンッ……」と音もなく宙を飛び、一瞬でたしぎの手元の鞘へと自動回収された。
「「「きも!!!」」」
四皇も海軍も海賊も、会場の全員の目玉が再び飛び出た。
「なんだ今のその刀!!」
「あれはな、たしぎと俺にしか使えない特別な刀だ、呪われてるんだよ」
「きもすぎんだろ!!!」
カイドウの絶叫に、張り詰めていた会場中がドッと大爆笑に包まれた。
そこへ観戦席から飛び出したヤマトがタタタッと走ってきて、マヤの首に飛びついて熱いキスをした。
「マヤ! かっこよかったぞ! さっそく子供作るぞ!!」
「ウォロロロロ! そりゃツエー子供になるな!! 俺の孫だ!! 楽しみでしかたねーー……って、手がいてーんだよ!!」
手首をさすりながら大喜びするカイドウに、ナミとロビンがやれやれと肩をすくめる。
「まー、子供は授かりものっていうけどね」
「ふふ、とうとう今夜はあの二人もなのね」
その横で、ハンコックがうっとりと頬を染めてマヤを見つめた。
「しかし、昼も夜も本当に強いのう……わらわの旦那様は♡」
「……旦那様? ん? ハンコック……あなた、この前一度寵愛を受けたからといって、何故もう正妻面なのです?」
レイジュがジト目で睨む一方、遠くでハンコックのその言葉を聞いてしまったルフィは、(え……ハンコックは、俺の事好きだと思ってたのに……)とさらなる精神的ショックを受けて白くなっていた。
マヤは観戦席の全方位に向かって軽く手を上げた。
「さて、みんな今日はわざわざ来てくれてありがとうな。麦わら、普段はいがみ合ってるが、今日は祭りだから呼んでやっただけだ。赤髪、お前もな? 今日の立会いで『貸し1』消費でいいぞ」
「ああ、ありがとうよ……ほんとに、お前とは一生やりたくないんだよ……」
「ヴァナタ、いくらなんでも強すぎでしょ!」
「…………」
シャンクスとイワンコフが溜息をつき、ルフィは無言で俯く。
するとマヤの腕に抱きついていたヤマトが、純粋な目でマヤを見上げて尋ねた。
「で、マヤ、どうやって子供作るんだ?」
「……だから、ヤマトにはまだ早いって言ったのよ……」
ナミが額を押さえると、立ち上がったカイドウが豪快に笑いながらマヤの背中をバシン!と平手で叩いた。
「ガハハハ、お前そこからかよ! あ〜、今夜たっぷり娘婿に教われや!」
だが、マヤはカイドウの手が触れる瞬間に身体の軸をわずかにずらして衝撃を完全に逃がしたため、ピクリとも揺れなかった。
「そうだな……ありがとうよ、義父殿」
「ふざけんなよ! 今のは確実に当たったろ!? なにしやがったんだよ!?」
「いや、少し重心をずらしただけだよ」
「くそがー!!!!」
悔しがるカイドウの姿を眺めながら、ビッグ・マム海賊団の席ではリンリンが娘たちに声をかけていた。
「お前達も頑張りな……って言っても、お前達にはトットランドでの大事な仕事があるからね、焦らずゆっくり『友達』から積み上げていきな」
プリン、ガレット、アマンドの三人が素直に頷く後ろで、カタクリは(ママもまだ狙ってるんだろ……いい加減にしてくれよ、あいつ……)と遠い目をしていた。
一方、赤髪海賊団と麦わらの一味の席では、ウソップとヤソップが顔面蒼白で震えていた。
「お、おい親父……俺たち、こないだあんな人間離れした強い人に……先制狙撃しちゃったの? まじか……」
ゾロとサンジも冷や汗を拭いながら、「つえーな……あんな化け物みたいな人を、ルフィの野郎は二十発も殴ってたのかよ……大金までもらってよ……」と声を失っていた。
すると、まだ戦い足りないカイドウが金棒を振り上げて会場に叫んだ。
「おい、他の誰でもいい、今から俺と戦え!!! 麦わら、お前でもいいぞ!!」
だが、カイドウが指さした麦わらの一味の席には、すでに誰もいなかった。
「ママママ、もういねーよ、あいつらならあんたが叫ぶ前に速攻で船へ逃げたぞ」
「けっ、情けねェ……」
「カイドウ、当てつけの弱い者いじめはやめろな? せっかくのお前の武勇、ひいては娘婿である俺の格が落ちるだろうが」
「ちげーね! お前、本当にいいこと言うな! これが俺の息子(娘婿)か! いいな!」
「ママママ、うちも負けちゃいられないね!」
(私ももっと頑張らないと……でも、今日のマヤは本当に凄い強くてびっくりしたわ)とビビが胸を高鳴らせる中、マヤは帰還の準備を始めた。
「さて、また来るぞ、カイドウ」
「なんだ、今夜はここに泊まっていけよ? な?」
「お前、夜中に寝込みも仕掛けてきそうだから嫌だよ」
「けっ!」
するとヤマトが、カイドウの前に立ちはだかって両手を広げた。
「親父、本当か!? 夜に仕掛けるなんてだめだ、マヤは僕のだぞ!」
「ちげーーよ!! そういう意味じゃねーよ……なんなんだよお前……あいつにベタ惚れで親としては嬉しいけどよ、そんな気持ち悪い勘違いすんなよ……」
頭を抱えるカイドウに、ブラックマリアが微笑みながら歩み寄った。
「ふふ、総督……でも、本当によかったですね。ヤマト様、おめでとうございます。ご祝言はいつになさるのですか?」
「そういう堅苦しいのはいらないんだ! 屋敷のみんなで一つの家族だからな!」
「ま、祝言はいずれみんな合同で、ってことでね」
各陣営がそれぞれの船へと引き揚げていく中、マヤは去り際に、サニー号の後を追うふりをして残っていたトラファルガー・ローの隣をすれ違いざまに通り過ぎ、ローにしか聞こえない小声で囁いた。
「(ロー。お前、こないだの世界会議で新しく設立した『七武海』のメンバーに、秘密の六人目で入れておいたからな。……今は返事はするな)」
それと同時に、マヤの手からローのコートのポケットへと、ずっしりと重い金貨の袋が音もなく滑り込まれた。
(ありがとうございます、マヤ聖……っ! この俺に、そんな栄誉あるポジションまで頂いて……!)
ローはポケットの重みとマヤの慈愛に震え、顔を伏せてポロポロと感涙を流した。なお、今回集まったセンゴクたち海軍首脳陣は完全なお忍びの休暇扱いだったため、海賊たちを見逃したことに対するお咎めは一切なしとなった。
その夜、シャボンディ諸島の宮殿へと帰還したマヤとヤマトは、月光が差し込む寝室の一室で、互いの想いを確かめ合うように深く結ばれた。
そして、翌朝。
朝日が差し込む本館の大サロンのソファでは、着物を少しだらしなく着崩したヤマトが、艶やかな顔で腰を押さえながらぐったりと横たわっていた。
「やばい!! やばいぞ!! マヤは最高だ! 最高すぎた……これが本当の『寵愛』か……。なんだかすごく愛しいな……あのままマヤとずっとお布団に入ってたかったのに、シーツが紅くなってて取り替えないとだったんだよな。それに、すでに身体がもたない……」
熱っぽい吐息を漏らすヤマトを見て、向かいで海図を広げていたナミが呆れたようにツッコミを入れた。
「幸せそうねヤマト、シーツに紅いのとか言わないの。ヤマトはもうちょいおしとやかになりなさい。それに、その着崩れた格好で言っても情けないわよ……完全に腰砕けじゃない……。まあ、後半の『身体がもたない』っていう感想には全面的に同意よ……」
「そうなのかみんななるのか?……人間、失神って金棒で殴られなくてもするんだな……。すごく幸せにらなれてよかったから、またしてほしい……毎日一緒に寝てもらおう。」
「ふふ、これからは順番よ? ……って、本当に相手がどんどん増えていくじゃないの。まー、マヤのあっちの体力も底なしに凄いから、何人増えても大丈夫かしらね」
ロビンがクスクスと笑いながら、手元のポーネグリフの資料をめくる。
その近くでは、昨日のマヤの剣術を思い返していたたしぎが、眼鏡を曇らせながら真剣な顔で呟いていた。
「昨日の戦い……あれが『妖刀神鬼』の本来の性能……。私なんてまだまだですね。あの、私も神鬼をもっと使いこなすために、これはマヤ聖から寵愛をもらってみるのもいいのでは……?」
すると、書類を整理していたレイジュがキラリと眼鏡を光らせた。
「随分と強引なこじつけかつ、寵愛受けたいだけの口実にも思えますけど、マヤ聖の特別な波長を受けることによって肉体が覚醒……ありえるかもしれませんね」
「ちょっと二人とも、朝からなに言ってんの? 大丈夫? ……でも、ベガパンクの生命設計の発想に近いかもしれないから、あながち無いとも言い切れないわね……」
ステューシーがカップを傾けながら真顔で考察に加わる。
窓際のソファでは、マヤの保護下としてすっかり宮殿の暮らしに馴染んだシュリ姫が、穏やかな微笑みを浮かべていた。
「何はともあれ、昨日の戦いが無事に終わって本当によかったわ」
「本当にね……あんなに強いなんて思わなかったわよ」
美女姿でお茶を飲んでいたイワンコフが頷くと、隣に座っていたカヤが小首を傾げて尋ねた。
「あの、イワンコフさんでしたっけ、貴方はいつまでこのお屋敷にいられるの?」
「まー、世界会議が終わってからずっとここにいるわね……」
マキノが微笑みながら言うと、イワンコフは頬を掻いて言った。
「そ、そのうち自分のカマバッカ王国に戻るわよ……。ただ居心地が良すぎてね、今はもうちょいだけここにいさせてね」
ナミは新しい航海の海図を描き進め、ロビンはこれまでに集めた三つのロードポーネグリフの拓本を整理しながら、最後の一個である四つ目の赤い石がどこにあるのかを調べている。
サロンに集まった家族たちがそんな他愛のない会話を交わしながら、それぞれの好きな時間を過ごしている窓の外――。
朝の光が煌めくシャボンディの水路では、ウタが水辺に座って楽しそうに歌っているすぐ横で、昨日『最強の生物』を無傷で完封したはずのマヤが、いつもと変わらぬ長靴姿で泥をすくいながら、穏やかな笑顔でどぶさらいをしていた。