鬼ヶ島でのカイドウとの一騎打ちから、一週間が過ぎた。
シャボンディ諸島の宮殿には、穏やかな昼下がりの陽光が差し込んでいる。
開放的な本館の大サロンでは、窓際の大きなテーブルでナミが新しい海図の作図に夢中になっており、その向かいではロビンが古文書と三つの『ロードポーネグリフ』の拓本を広げ、最後の一個の石がどこにあるのかを調べていた。昔は魚人島にあったことまでは突き止めたものの、そこからどこへ持ち去られたのかが分からず、ロビンは静かに思案を巡らせている。
一方、サロンの中央に置かれたソファでは、カヤ、マキノ、ビビ、そしてシュリ姫の四人が紅茶を片手に軽い談笑を楽しんでいた。その輪の中には、なぜか美女姿のままのイワンコフもすっかり馬が合ったようで、脚を組んで楽しそうに話に加わっている。
壁際には女性陣の護衛としてたしぎが控え、近くのデスクでは専属秘書のレイジュが書類の整理を進めていた。
そんな平和なサロンへ、廊下の奥からヤマトがふらつく足取りで現れた。
ここ一週間、毎日のように見かける光景だった。ヤマトは着物の襟元も裾もだらしなく着崩れた状態のまま、空いていた長椅子へと倒れ込むようにうなだれた。
羽根ペンを止めたナミが、呆れたようにヤマトを見て声をかけた。
「また、してもらったの!? 貴方、ここ最近隠れて毎日マヤの部屋へ行ってない? よく体力がもつわね……って、体力だけはありそうだったわ……」
するとヤマトは、長椅子に頬をつけたまま、妙に堂々とした態度で胸を張った。
「してるな! マヤの奥さんだからな! 早く子供を作りたいんだよ。あんな風に親父に勝ってくれたマヤに、僕も答えてあげたいんだ。僕はもう僕だからさ!」
あまりにも真っ直ぐで堂々たる宣言に、サロンにいた全員が一瞬びっくりして目を見開いたが、ヤマトの裏表のない性格を思い出し、すぐに納得したように頷き合った。
「まぁ〜、ここ数日の様子で察してはいましたけどね。私たちとの体力の違いが凄いわね」
ロビンが微笑みながら資料から顔を上げる。
その横で、ヤマトのあられもない姿を直視して口をあんぐりと開けたまま固まっていたたしぎが、ハッと我に返り、眼鏡を白く曇らせて耳の先まで真っ赤に染めながら声を張り上げた。
「ヤマト! 気持ちはわかりますが、ちゃんとお風呂とか入ってからここに来てはどうですか!? その、あのですね! もう! 着崩れしすぎてますよ! 身長が二百六十三センチもあるのですから……もう色々見えまくってますよ! 脚の隙間から、その、垂れてますよ! 不純です!!」
たしぎが顔を真っ赤にして指さすと、ソファに座っていたカヤとビビも「「きゃっ……!」」と両手で顔を覆って赤面した。
そこへ、キッチンの奥から温かい蒸しタオルと替えの帯を持ったコアラが小走りでやって来た。
「ヤマト……ほら、一応直すよ?」
コアラが手慣れた手つきでササッとヤマトの乱れた裾を拭き、着崩れた着物を綺麗に整えていく。
「コアラはもう、お茶くみというより完全にメイドじゃない!」
「あははは、もともとね……昔から、そういうのは得意なんですよ」
照れ笑いをするコアラを見て、イワンコフが感心したように頷いた。
「そうね、コアラは昔からなんでも頑張る子だったし、責任感も強かったわね……。ここで良き出会いをして本当によかったわ。……それにしても、このサロンの状況、どう見ても異常よ!?」
イワンコフが身振り手振りを交えて叫んだが、着物を直してもらったヤマトは、すでに長椅子の上で気持ちよさそうに目を閉じて眠りこけていた。
「あの、イワさん、ヤマトさんもう寝てますけど……ここ最近のいつものことですが……」
マキノが困ったように微笑むと、ナミは肩をすくめて海図へと向き直った。
「異常かしら? 普通よ、みんな家族なんだもの。マヤ聖は今まで本当に色々あったお方なのよ。周りに女性が増えたくらい、腐敗してる貴族みたいに無理やり集めたわけでもないんだし問題ないわ。ヤマトはここ一週間毎日これだし……たしぎも、まー、気持ちがわからないではないけどね」
「わ、私もマヤ聖をお慕いしてるのです! ですが、私には護衛があるので、そのですね……っ」
しどろもどろになるたしぎを見て、デスクのレイジュが涼やかな声で言った。
「たしぎ、本音が漏れてますよ……。この前のカイドウ総督との戦いにあてられすぎてるわよ……まあ、私もですけどね……」
「だから色恋の話じゃなくてね、ヴァナタ達気づいてないの!? 四皇の娘に王女に海軍少将……ここに世界の『全勢力』が集まってるようなものよ!?」
イワンコフが大声を上げた瞬間、寝ていたはずのヤマトがパッと目を開けた。
「ん? 『精力』が凄いのはマヤだぞ。一瞬寝てたというか、気を失ってた……。ああ、コアラありがとう、緑茶まで用意してもらってるのか、ありがとう」
ヤマトは寝転がったままの体勢でコアラから湯呑みを受け取り、ズズッと音を立てて緑茶を飲んだ。
「その精力じゃないわよ!! ……なんなのよもう、私が考えすぎなの!?」
「そうね、イワさんが考えすぎなのよ。みんな、自分がここにいたいからいる。違う? マヤは何も暗躍してるわけでもないわ。今日も朝から、街のどぶさらいか、船の修理か、壊れた屋根の修理があるからどれからするかって本気で悩んでたくらいよ?」
「ふふ、ヤマトはそういう忙しい隙を狙っては、毎日してもらってるわけね。参考になるわ」
ナミとロビンが落ち着き払って話していると、レイジュが手元のスケジュール帳を閉じて立ち上がった。
「ちなみに本日のマヤ聖のご予定は、まず港で船の修理の手伝いののち、街の定食屋で食事になってます。この時間帯ですと、シャルリア宮との遭遇率は九十九パーセント。いつも通り偶然を装ってやってきます。なのでみなさんは、邪魔にならないようここにいてあげてください」
「遭遇率九十九パーセントってどういうこと? ヴァナタ敏腕すぎない? ……あ(そういえばヴィンスモーク家の娘なんだったわ)」
レイジュは眼鏡のブリッジを指で押し上げると、まだ屋敷の内情に疎いイワンコフに向かって静かに語りかけた。
「イワコ、貴方はここの『序列』がまだわかってないでしょうから言いますね。マヤ聖から寵愛を受けると、序列は違うのです。……マヤ聖は最高権力者である天竜人です。先日の世界会議で上納金を下げさせたことも、裏で他の天竜人たちに納得させたと聞きます。聖地の奴隷のほうも少しずつ減っておりますが、今は代わりに凶悪犯を落とした『犯罪奴隷』が多く見受けられます」
イワンコフは、自分たちが外から壊そうとしていた体制が内側から急速に浄化されている事実に、再び口をあんぐりと開けた。
「そして、この屋敷の序列です。今後どうなっても、表向きの『正妻』はたぶん、天竜人であるシャルリア宮になるでしょう。マヤ聖もそこを悩んでいることが傍から見てバレバレです。その次に、寵愛を受けた者(ナミ、ロビン、ハンコック、ヤマト)は完全に平等です。ここで順番を言うのは野暮なので言いません。そして、本来なら女同士のパワーバランスが起きますが、それをマヤ聖が許しません。ですので、まだ進展のないシャルリア宮が外で遭遇する場合は、しっかり見守ってあげないといけません。……ですが、この血統の問題には一人だけ『例外』があります……それは、シュリ姫です!」
突然名指しされたシュリ姫は、ティーカップを持ったまま目を瞬かせた。
「え? 私……どうして? ……あ……そういうことね。そこは秘密で」
(私とマヤの間で子を作っても、元・マンマイヤー家の私なら同じ天竜人同士……血筋が濃いってことになるわ……。でも、聖地で暮らす純血のみという括りだと、シャルリア宮ということね)
「さすがシュリ姫、その通りです」
「え!? 私の考えが読めるの、あなた!?」
「専属秘書ですからね……。それに私は、普通ではない女なので」
元ヴィンスモークとしての洞察力をさらりと見せるレイジュ。
すると、湯呑みを置いたヤマトが、何気ない調子で口を開いた。
「でも、マヤは『みんな平等だし、本当はみんな妻にしたいけどね』って言ってたぞ」
その言葉に、ナミとロビンの手がピタリと止まった。
「……あれ、それ私も聞いた……」
「私もよ……」
キラーン、と。
レイジュの眼鏡が白く鋭い光を放った。
「……三人に共通するところは……なるほど、ベッドのあとでの会話ですね」
「だから、ヴァナタすごすぎなのよ!! 有能すぎでしょ!」
「これくらい把握しないと、マヤ聖の秘書などなれませんよ? イワコさん、貴方もカマバッカに戻ったあとの治世は大丈夫ですか?」
たしぎが壁際で(凄いな……でも『みんな妻』か……その中に私も入ってたり? うひゃーっ)と両手で頬を押さえて悶え、カヤとマキノも少し赤面して俯く中、イワンコフは遠くを見るような目で答えた。
「ええ、一応毎日電伝虫で会話してるわ。私がしばらくいなくなっても国は動くようにできてる、あの子たちは有能な連中よ。革命をやめたと言えば、マヤ聖の理由も言ったから全員賛同してくれたわ……」
するとビビが、隣に座るマキノとカヤを見て小首を傾げた。
「そういえば、マキノさんとカヤさんは、まだ背中に刻印を刻んでないから、ここでの保護下は私たちとは別の意味になるって感じですかね?」
「そうですね。シュリ姫は天竜人の血筋なので刻まなくても大丈夫でしょうが、カヤとマキノについては、色々マヤ聖のお考えもあるし、本人達の昔の知り合いというか、その辺が難しいのだと思います」
レイジュの言葉に、カヤは自分の膝の上で手を重ね、控えめながらもはっきりとした声で言った。
「私は、その……今の境遇で満足してます。ベガパンク先生のもとで医者のお勉強もさせてもらいましたし……もう、あの嘘つき(ウソップ)の傍にいたくないのです……。刻印はいつでも刻んでもいいと思ってますが、あの嘘つきのせいで縛られた、ということになってマヤ聖が気に病まれるともわかってますから」
続けてマキノも、胸の赤ん坊を優しく揺らしながら、少し切なげに微笑んだ。
「私は、マヤ聖の事好きよ? 女としての本心でね。あそこまでして守られたら、たいがいの女性は惚れるわ……私もね。でも、私にはこの子もいるし、寵愛は難しいかな……色々あるし。ただ、なんで出会うのがマヤ聖が先じゃなかったのか、時々悲しくなるわ……」
「お気持ち、お察しします……」
レイジュが静かに頭を下げる。
「そうよね……エレジアの時のあいつら、ほんと最悪だったからね。この前の鬼ヶ島の時なんて、シャンクスはマキノさんに一言も話もしないし、麦わらはカイドウが負けた途端にすぐ逃げるし。今までさんざんマヤを殴った相手なのに」
「そうね……本当の強者を前にすると、一人では向かわないってのがよくわかったわね……。そういえば、今日はウタとかいなかったわね?」
「ウタは今日、マヤ聖と、護衛にCP10が一緒に街へいってますね。ウタは最近、朝の歌で民に人気が出てきてますからね、シャルリア宮もそのあたりは認めてくださってるようです」
それを聞いていたイワンコフは、改めて感嘆の溜息を漏らした。
「凄いわね……。ここにいると、昔の自分の考えがバカになりそうだわ……自分たちがいかに歪められていたのかがわかるわ。というか、さっきから麦わらボーイがマヤ聖を殴ってるって聞いてたけど、本当だったの!? あのカイドウを倒したあの方を!?」
「本当よ。嘘みたいでしょ? マヤ聖なんて、殴る要素が何ひとつない方よ? なのにあいつは、いつも天竜人憎しだけで殴りかかってたわね」
ナミの言葉に、長椅子に座っていたヤマトの表情がふっと曇った。
「そうだな……。ワノ国で僕と会ったときもさ、あいつ、マヤの名前もちゃんと覚えてないで、殴ったことを武勇伝のように語ってたよ。……もし、僕が先にマヤに出会わず、あのままあいつと話してたら……当時の私なら騙されて、マヤと敵対してたかも……。う、ううう……なんだかマヤに抱きしめてほしくなってきた……」
あり得たかもしれない最悪の未来を想像してしまい、ヤマトの目からポロポロと涙がこぼれ落ち始める。
「ワノ国でそんなことがあったのね……だから、ルフィのそこにつけこんだオロチに騙されて、あの戦いになったのね。もうあの一味と一緒にいなくて本当によかったと思うわ、私はこの前の試合でもまた突っかかるかと思ってたくらいよ?」
「ほらヤマト、マヤ聖が帰宅したらね? そこは今は我慢です」
レイジュにたしなめられ、ヤマトは「うう……」としゅんとして肩を落とした。
(ここは本当に居心地がよすぎるわ……サボボーイ、ヴァナタは意固地で反省しないでしょうから、ここへ来るのは難しいでしょうね)
その時、港での船の修理と定食屋での昼食を終えたマヤが、ウタとCP10を連れてサロンへと帰ってきた。
「ただいまっと」
マヤが扉を開けて入ってきた瞬間、長椅子で我慢していたヤマトが弾かれたように飛び起き、泣きじゃくりながらマヤへと抱きついた。
「うわぁぁああんっ!!」
「お、おい、どうした? どうしたヤマト?」
「マヤ、大好きだぁ〜〜っ!!」
大きな身体でしがみついて泣くヤマトにマヤが目を白黒させていると、レイジュが歩み寄って説明した。
「その、マヤ聖がいない間に、『もし出会いが違ったら』という話題になってしまいましてね。どうやら、ヤマトがそこで感極まってしまって、ずっとお帰りを待っていたのです。……ところで、シャルリア宮とはお会いに?」
「ああ、そういうことか。大丈夫だぞ? ヤマト、過去の話じゃなく今を大事にな? ……ああ、シャルリアとも会ったな、今日はかなり積極的にグイグイきてびっくりしたけどな」
しゃがみ込んだマヤに頭を撫でてあやされ、ヤマトはようやく涙を収めた。
マヤは立ち上がると、サロンにいる全員を見渡した。
「少し、今後について話すから……そうだな、ここでいいか」
全員がスッと背筋を伸ばして姿勢を正す。
「まず、赤髪の動向を掴んだけど、しばし追うのはやめる。相手にするだけ無駄だと判断した。この前の時に、麦わらはすぐ逃げるしな。……それとイワコ、お前はどうする? そろそろ自分の国へ戻るのかな?」
「あ、それは……」
「それもお話ししていました、マヤ聖。先ほど、まだここにいたいとのことです。その辺を詳しく報告するため、執務室へいきましょうね?」
「そうだな。……ほらヤマト、お前はベッドへ行ってゆっくり寝てなさい。ここ最近、疲れが溜まってるんだよ……その、な? わかるだろ? ちゃんと寝ないと回復できないからな?」
顔を赤くしたヤマトは素直に頷き、本格的に眠るため自分の寝室へと向かっていった。
「ヤマトはさっき色々あった感じだし……マヤ、あとでまた癒やしてあげてね」
「私も執務室に行こうかしら、少し話があるの」
ナミとロビンの言葉に頷き、マヤは最後にコアラを振り返った。
「コアラ、すまんがここのみんなにお茶菓子とお茶を用意してあげてくれ。執務室にはお茶はいいからさ」
「はい、かしこまりました!」
階下の静かな執務室へと入ると、マヤ、CP10、ロビン、そしてレイジュの四人がデスクを囲んだ。
「それでは、報告します。イワコさんは、もう完全に革命思想がございません。カマバッカ王国も、自分がいなくても動くような感じにしたようです。つまり、純粋にここを離れたくないんだと思います……今までの過酷な日々を考えると無理もありませんが……。ですが、ここにずっといるのもまずいと思います、新・七武海なので。ハンコック様がすでに国へ戻られてここにはいないので、その辺の調整をうまくしないといけないと思います」
レイジュの的確な報告に、マヤはデスクに肘をついて静かに頷いた。
「報告ありがとう……。そうだな。だが、今ささっとカマバッカへほっぽり出すのも、こないだの世界会議で緊急で決まったことだ、そこは難しいと俺は考える。もし今すぐ一人で戻せば、暗殺される恐れがある。……モンキー二世(ドラゴン)にな?」
その一言に、レイジュがハッと息を呑んで目を見開いた。
「……っ! そうでした、そこを失念していました。モンキー二世は、幹部がほぼ一掃されてます。ですが、彼は自分の手では動かない男……。暗殺……なるほど……新・七武海に任命されてすぐのイワコを殺せば、『マヤ聖の体制も盤石ではない』と世間に見せつけられると……」
「そういうことだ。だが、もしあいつがそれをやれば、今度こそあいつ自身を完全に捕まえる動機ができる。ならばどうするか? まさにこれからレイジュが考えた対策の通りになるってわけだよ」
「ちっ、あの親父、ただ無口なだけじゃなくて、本当に自分じゃ一歩も動かないからな……」
CP10が忌々しそうに吐き捨てる横で、ロビンが一歩前に出て口を開いた。
「私のほうの話は別件よ。あと一個の『ロードポーネグリフ(リオ・ポーネグリフへ繋がる石)』の場所なんだけど、昔は魚人島にあったことまでは掴めたわ。それさえあれば最後の島『ラフテル』への道が完全にわかる、けど、そこからどこへ消えたのか手詰まりなの。……ということで、調べて疲れたから、あとで慰めて頂戴? マヤ」
「そうか……って、オチはそっちかよ……わかったよ。そのポーネグリフの研究もいいが、ロビンとレイジュには普段から色々まとめてもらって本当に助かってる。ありがとうな。その辺も含めて、今度ちゃんとお礼をする。……そして、赤髪だ」
(お礼……つまり私にも寵愛!? ……まずはデートからが妥当かしらね)とレイジュが内心で眼鏡を光らせる中、ロビンはふと真面目な表情になって続けた。
「赤髪といえば、さっきサロンでマキノさんも嘆いていたわ……。『何故出会いが違ったのか』と……。もし過去のことがなければ、彼女もあなたから寵愛を受けたいような感じも……」
壁際のCP10が(マキノさん、とうとう本心でマヤ聖を選んだか、それは正しい……。だけど、そこは複雑だよな。元々の相手は、マヤ聖が一番憎んでいる相手だったわけだし……)と胸中で唸る。
「……そうか。難しい問題だな。俺は別に構わない、だが、彼女の持ってる重みが他とは違うからな」
「えっ、マヤ聖、いいんですか!? マキノさんにも寵愛を」
「だがな……難しいのは、俺の中でもどうしても割り切れない現実的な問題もあるってことさ。マキノには酷な話だがな……。相手が赤髪じゃなければここまで気にしない……ただそんなちっぽけな俺の考えさ。もしそのままマキノを抱けば……俺の周りの女性全員にもそれの影響が及ぶってな。言い方は悪いが、俺の身体が赤髪に間接的に汚染される……そういう気持ち悪い考えだが、それ以上にあいつが今まで世界中の港でどれだけ無責任に女を抱いてるかわからねーだろ……。マキノの身体に、その辺の……『病気』が移ってないかの検査を、どうにかできないものかね?」
マヤの極めて現実的な懸念に、レイジュは深く納得したように頷いた。
「なるほど、極めて合理的な衛生判断ですね。赤髪が何らかの病気持ちである可能性、と……。でも、それがマキノさんに移ってるのかの検査をするかどうか、直接伝えるのは彼女にとってあまりにも酷ですね」
「でも、それは私たち女性陣全員に関わるわね……。なんせ相手は無法な四皇で、色々な女性とそういうことをしててもおかしくないわ。トットランドのリンリンは血統のためにそういう検査は徹底してそうでしたけど……あちらは用が済んだら全員ご主人は亡くなってますが」
「私生活に無責任な男性ともなれば、そっちの衛生面も無責任と……」
「男の俺から見ても、あの赤髪はそういうところはだらしなさそうだな……。酒の勢いで『一夜のあやまち』とか格好つけてな……」
ロビン、レイジュ、CP10の三人が揃って同意する中、マヤは顎に手を当てて思案した。
「そういうことだ……。ベガパンクに何か簡単に調べられる検査キットを作らせるか……。だが、マキノ一人に『それを使え』というのも傷つけるし……でも、もし本当に潜伏してる病気があれば、いずれマキノ自身の身体を蝕むし……」
「でしたらマヤ聖、まず屋敷の全員に『全身に病気がないかを調べる定期健康診断』という形にして、その血液検査の中で一緒に調べてはいかがかと……?」
「おお、それなら誰も傷つかないな。よし、ステューシーを通じてベガパンクに話をしてみるか……」
そこで話がまとまると、マヤはデスクの上の連絡書に目を落とした。
「それと、赤髪は病気持ちの懸念以外に、あいつの今後の動向だ。潜入してるローからの連絡だと、今、巨人族の国『エルバフ』にいってるそうだ……そこに逃げた麦わらも一緒だとか。だが、相変わらず航海士もいないから、辿り着くのもかなり難航してるそうだ」
「今から追いかけます?」
「いや、さっきも言ったが、今はこっちから動く時じゃない。しばらくは様子見だな。今はしばらく、目の前の穏やかな日常を大事にしていこう、今まで少し動きすぎた」
CP10はニッと笑うと、ふと思い出したように言った。
「それもそうですな。だったらマヤ聖、空いた時間でたしぎの剣の訓練とかしてあげてはどうですか? さっきから『神鬼の力の真髄が……』とか言ってましたが」
隣に立つレイジュが、(それは夜の『寵愛』的な意味で言っていたのに……この男はもう……)と内心で呆れたように溜息をつく。
だが、当のマヤもまったく気づかないまま、ポンと手を打って頷いた。
「ああ、そうか。たしぎがもっと自分の剣に自信を持てるように、俺が直々に稽古をつけてやろうかね」
「ええ、そうしてやってください!」