どぶさらいと天竜人と海賊   作:マイナーチョコ

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第63話:執刀――ROOM

 

 

黒雲が垂れ込め、不規則な渦潮が荒れ狂う新世界の難所海域。

専門の航海士が不在のまま無謀な航海を続けていた麦わらの一味の『サウザンド・サニー号』は、進路を見失って激流のすぐ手前で立ち往生していた。そのすぐ隣には、彼らと合流してエルバフへ向かっていた赤髪海賊団の『レッド・フォース号』が帆を畳んで並走している。

 

その時だった。

暗い夜の海面を真っ二つに切り裂き、船底から真紅のエンジン光を唸らせた百五十メートル級の白銀の超高速船が、猛烈なスピードで二隻の海賊船の間へと割り込んできた。

 

波しぶきを上げて急制動をかけた巨艦が、サニー号の舷側へとピタリと横付けされる。

隣のレッド・フォース号の甲板では、シャンクスと副船長のベン・ベックマン、そして先日のエレジアで無断で先制狙撃をやらかしたばかりのヤソップが、顔を強張らせてその様子を見ていた。特にヤソップは、あの鬼ヶ島で見たマヤの人間離れした戦闘力が脳裏に焼き付いており、ガタガタと膝を震わせて完全にビビり上がっている。

 

タラップが下ろされるよりも早く、マヤは護衛のCP10を伴ってサニー号の甲板へと颯爽と飛び降りた。

マヤの全身から放たれている氷のように冷徹で切迫した気配に、サニー号の船員たちが息を呑んで後ずさる。

 

「――緊急事態だ!! 時間がない。麦わら、ローを返してもらうぞ!!」

 

マヤが鋭い声で告げると、前に出たルフィが目を剥いて怒鳴り返した。

 

「何いってんだ!? ローは俺達の仲間だろうが!!」

 

だが、マヤの後ろで構えていたCP10が六式『月歩』で飛び出す必要すらなかった。

マストの陰に立っていたトラファルガー・ローが、マヤのただならぬ表情と声色から「一刻を争う異常事態が起きた」と瞬時に察し、ルフィの制止など一瞥もせずにタタッと甲板を走ってマヤの元へと駆け寄ってきたのである。

 

「説明は船の中でする、急ぐぞ。お前の潜入任務は、これをもって終了とする」

 

「わかりました、マヤ聖」

 

ローは迷いなく短く答えると、鬼哭を担いだまま跳躍し、横付けされた白銀の高速船の甲板へと瞬時に乗り込んだ。

 

それを見届けたマヤは、高速船へ戻る直前、隣のレッド・フォース号の船首に立っているシャンクスだけを、絶対零度の赤い瞳で射抜いた。

 

「……赤髪。お前は……やりすぎた」

 

地を這うようなマヤの低い声が、荒れる波音を掻き消して夜の海に響き渡る。

 

「お前が無責任に種を蒔いて放置した下界の母子が、今どうなってるか……。少しは自分の身体を疑えよ、疫病神が!!! あの時、俺は言ったよな? あいつはもう、俺が守る『俺の女』だってよ?」

 

その痛烈な宣告に、シャンクスの目が見開かれた。

(なっ……マキノに何かあったのか!? 『俺の女』だと……!! マキノは……くそ、一体どうなってやがんだ!)

 

シャンクスが身を乗り出して問い返そうとした瞬間には、マヤはすでに白銀の巨艦へと飛び移っていた。

ゴォォォォンッ!! と真紅のエンジンが咆哮を上げ、百五十メートル級の超高速船は来た時以上の猛スピードで海面を蹴り、あっという間に夜の闇の向こうへと姿を消していった。

 

嵐のように去っていった巨艦の航跡を見つめながら、サニー号の甲板に残されたルフィとウソップは、呆然と口を開けて立ち尽くしていた。

 

「ローは……あいつの仲間だったのか?」

「う、うそだろ!? 今まで俺たちに、あんなに金くれてたのにか!?」

 

そこへ、隣のレッド・フォース号からシャンクス、ベックマン、ヤソップたちがロープを伝ってサニー号の甲板へと乗り移ってきた。

 

「おいルフィ、どういうことだ? 今、何がおきた?」

 

険しい顔で問うシャンクスに、チョッパーが涙目で手足をバタつかせながら叫んだ。

 

「ローが、ローは俺たちの仲間で、だけど仲間じゃなかったんだよ!」

「そうだ、ローの野郎、俺達を仲間だといつわってたんだ!」

「ちっ、スパイだったってことかよ。海賊の風上にもおけねーやつだな!」

 

ウソップとヤソップの親子が吐き捨てるように言う。

シャンクスは眉間に皺を寄せて一味を見渡したが、ふと鼻をひくつかせ、顔をしかめて一歩引いた。

 

「どういうことだ……ローは今までお前達に何をしてた? ……しかし、お前達くさいぞ」

 

「あ? シャンクスも同じじゃねーか。にしし、海賊なんてこんなもんだろ」

 

悪びれもせずに笑うルフィの横で、ずっと黙ってタバコをふかしていたサンジが、苦々しげに紫煙を吐き出して口を開いた。

 

「……くそ……そういうことか。ローの野郎が、港に着くたび毎回毎回、よくもまーあんな大金の資金を提供してくれたわけだよ。おい、お前らもいい加減に思い出せよ、なんで俺らがここまで餓死もせずに生きてこれたのかをよ……」

 

サンジは手すりを強く握りしめ、自嘲するように言った。

 

「ローが、あのマヤ聖から金を握らされて、俺達をくいつないでたってことだろ? よーは、新世界に入ってからずっと、あの天竜人に守られていたんだよ、俺達はよ」

 

「……そういうことか……」

 

シャンクスが低く呻き、隣で葉巻を咥えていたベックマンが顎に手を当てた。

 

「ですがお頭、あのマヤ聖、何をあんなに急いでたんですかね?」

 

誰もその答えが分からない中、ルフィだけが悔しそうに拳を握りしめて地団駄を踏んだ。

 

「ハンコックはあいつの女になって、金まで……俺達はあいつに生かされてたってのかよ!! なんだよそれ! ナミとロビンを奪ってまで!」

 

「――いい加減にしろ、ルフィ」

 

マストの根元に座り込んでいたゾロが、冷え切った声でルフィを遮った。

 

「ナミとロビンは、お前に愛想を尽かして自分達で船を降りた。そして、お前が殴り続けてきたマヤ聖はな……俺達を潰すどころか、ずっと裏から金を出し続けて援助してくれていた……ってことだろうが」

 

ゾロの言葉に、ルフィもウソップも言葉を失った。

自分たちが悪党だと決めつけていた相手に、実は最初から最後まで惨めに生かされていただけだったという現実。そしてマヤが最後にシャンクスへ投げかけた『疫病神』という言葉の不気味な重み。

荒れる波の音だけが響くサニー号の甲板に、誰も口を開けない重苦しい沈黙が落ちた。

 

一方、無風帯(カームベルト)を猛スピードで突き進む白銀の超高速船。

船内のサロンへと入ったマヤは、革張りのソファに腰を下ろすと、向かいに立ったローへ静かに声をかけた。

 

「ロー、まずは座れ。今までの潜入任務、本当にご苦労だったな。これをもってお前は、こないだ決まった『新・王下七武海』の六人目として正式に世間へ発表ができる。そしてこれからは、俺の傍でCP10とともに護衛につくか、また別の正式な任務に赴いてもらう」

 

ローはソファの端に浅く腰を下ろし、恭しく頭を下げた。

 

「ありがとうございます……。俺がやり遂げられたのは、すべてマヤ聖の資金援助あってのことでした。……して、先ほど甲板で仰っていた『緊急事態』とは?」

 

マヤは両膝の上に手を置き、ローの目を真っ直ぐに見て事情を打ち明けた。

 

「俺の保護下にいる大事な女性――マキノに、重い病気がみつかった。あの赤髪から二年前、子供を身ごもった時に移された潜伏梅毒だ。二歳になる子供にも母子感染していて、今まさに発症寸前の危険な状態に入ってる。ベガパンクの特効薬では、菌が死ぬ時の毒素で二歳の子供に重い後遺症が残ってしまう……。お前の『オペオペの実』の能力で、生きた菌そのものを物理的に取り除くしか、もう母子を無傷で救う道がないんだ。……急ぎで呼び戻して、すまない」

 

世界最高権力者であり、五老星の一角にまでなった青年が、一人の母親と赤ん坊を救うために、自分の前で深々と頭を下げている。

ローは弾かれたようにソファから立ち上がり、慌てて声を上げた。

 

「やめてください! マヤ聖、頭を上げてください! 俺の忠義は、すでにマヤ聖にある。この俺の命も能力も、すべてはマヤ聖のものですよ!」

 

マヤはゆっくりと顔を上げると、ローの真剣な瞳を見つめ、ふっと優しく微笑んだ。

 

「……そうか、ありがとうな。ロー、お前は今日から、俺を『聖』をつけずに呼べ。いいな?」

 

その一言が落ちた瞬間、ローの胸の奥が熱く震え、視界がじんわりと滲んだ。

脳裏に蘇ったのは、遠い昔――自分が不治の病とされた『珀鉛病』に侵され、世界中の人間から「病気がうつる怪物だ」と忌み嫌われて絶望していた日々。そして、そんな自分のために涙を流し、命を懸けて『オペオペの実』を奪って救ってくれた大恩人・コラソン(ドンキホーテ・ロシナンテ)の優しい笑顔だった。

 

あの時、コラソンが救ってくれたこの命と医術で、今度はコラソンと同じ無償の愛を持つマヤのために、海賊の無責任な毒に侵された母子を救うことができる。

ローは自分の心臓の真上――マヤから授かった『Sと龍の刻印』がある胸元を服の上から強く握りしめ、溢れそうになる感涙をこらえて力強く誓った。

 

「マヤ聖……いえ、マヤさん……! この俺を医師として頼ってくださり、心の底から光栄です。昔、コラさんから貰ったこの命と能力にかけて、母子ともに後遺症ひとつ残さず、百パーセント綺麗に治してみせます!」

 

夜明け前、シャボンディ諸島の宮殿へと帰還した一行は、そのまま別棟の最新手術室へと直行した。

 

無影灯が明るく照らす手術室の中央には、手術着に着替えたマキノが、二歳の坊やを胸に抱いたままベッドに横たわっている。壁面の大型モニターにはエッグヘッドのDr.ベガパンクがリアルタイムで接続されており、手術台の脇には白衣とマスクを着用したステューシーとカヤが助手として控えていた。

 

消毒を終えて入室してきたローは、緊張で震えているマキノのすぐ横に立ち、医師としての穏やかで落ち着いた声で語りかけた。

 

「マキノさん、何も心配はいりませんよ。俺の能力は、メスで皮膚を傷つけることもなければ、痛みも一切ありません。坊やに危険な全身麻酔をかける必要すらない。そのままお子さんを抱いていてください、すぐに終わります」

 

「は、はい……よろしくお願いします、ロー先生……!」

 

ローは左手を水平に掲げ、静かに指先を広げた。

 

「――『ROOM(ルーム)』」

 

フォン……という澄んだ音と共に、手術台全体を包み込む青白い半球状の空間が展開された。

ローは右手に抜刀した鬼哭を構えると、刃をマキノたちの肉体に触れさせることなく、空間そのものを撫でるように走らせた。

 

「『スキャン』」

 

緑色の光の幕がマキノと二歳の子供の全身を透過し、二人の血管、リンパ節、そして脳脊髄液の中に潜伏している無数の微細な螺旋状の病原菌――『梅毒トレポネーマ』の位置だけを、ミリ単位の狂いもなく空間内で完全にマーキングしていく。

 

『おおお……っ! 見えるぞ、メインモニターの生態スキャンと完全に連動して、体内のすべての病原菌がロックオンされておるわい!』

 

モニター越しのベガパンクが驚嘆の声を上げる中、カヤとステューシーは息を詰めてローの指先の動きを見つめた。

ローの額に一筋の汗が浮かび、左手の指が繊細に、しかし神業のような速度でクッと動かされる。

 

「――『シャンブルズ』」

 

パチン、と小さな音が鳴った。

その瞬間、マキノと子供の体内を流れていた血液や体液の中から、マーキングされていた梅毒の病原菌とそれが放つ微量の毒素だけが、健康な細胞をただの一つも傷つけることなく空間転移によって強制的に分離・抽出され、手術台の横に用意されていた密閉滅菌ガラス容器の中へと、濁った黒い雫となって一瞬で移し替えられた。

 

さらにローは、念には念を入れて全身をもう一度『スキャン』し、血管の隅々に残っていた最後の一個の菌体まで完全に摘出すると、ガラス容器の内部を能力の電撃『カウンターショック』の微弱応用で焼き尽くし、病原菌をこの世から完全に消滅させた。

 

「……処置完了だ。『ROOM』解除」

 

青白い空間がスッと消える。

始まってから終わるまで、わずか数分。子供は泣き出すどころか、痛みも違和感もないまま母親の胸でスヤスヤと眠り続けている。

 

「べ、ベガパンク先生! 生体モニターの検査数値は……!?」

 

カヤが震える声でモニターを見上げると、画面上のマキノと子供の血中菌体反応のグラフが急速に下降し、ピピピッという軽快な電子音と共に、二つの表示が同時に【0.00(完全陰性・治癒)】の緑色の文字へと変わった。

 

『――完全にゼロじゃ!! 菌も毒素も、体内に一匹たりとも残っておらん! 副作用も神経へのダメージも一切なし、母子ともに百パーセント完全なる治癒じゃーーっ!!』

 

「よかった……っ、本当によかったわ……!」

 

ステューシーとカヤが顔を見合わせて安堵の溜息をつく。

ベッドから降りたマキノが、眠る子供を抱いたまま手術室の自動扉を抜けて外の待合廊下へと出てくると、そこではマヤをはじめ、ナミ、ロビン、ヤマト、レイジュ、たしぎ、コアラ、ビビ、ウタ、シュリ姫、イワンコフ、そしてCP10が全員で待ち構えていた。

 

「マキノ、終わったか!?」

 

マヤが駆け寄ると、マキノはその場にペタリと膝をついて泣き崩れ、マヤと、後ろから出てきたローに向かって何度も何度も頭を下げた。

 

「マヤ聖……っ、ロー先生……! ありがとうございます、本当にありがとうございます……! この子の未来が、助かりました……っ!」

 

「おう、本当によかったな、マキノ。よく頑張ったぞ、ロー!」

「礼には及びません、マヤさん。当然のことをしたまでです」

 

周囲のナミやヤマト、ビビたち女性陣も「よかったわね、マキノさん!」「ロー、すごいぞ!」と一斉に胸を撫で下ろして涙ぐんだ。

 

その温かい輪から少し離れた廊下の壁際で、腕を組んで見守っていたCP10(エース)は、マヤの広い腕の中で子供と共に救われたマキノの姿を見つめながら、かつて誰一人として助けに来ないまま、バテリラ島で自分を産んで孤独に死んでいった母・ルージュの面影を重ねていた。

 

「……マヤ聖。あんた、やっぱり最高だよ。……俺の母ちゃんも、あの時代にあんたみたいな人が近くにいればな……」

 

CP10はサングラスの下に指を入れ、静かに滲んだ目頭をぬぐった。

二年間にわたって母子の身体を蝕んでいた過去の忌まわしい毒から名実ともに完全に解放され、マキノはマヤの温かい腕の中で、ようやく心からの安堵の微笑みを浮かべたのだった。

 

その後、身体の病原菌が完全に消え去ったことで、マキノと子供の身体的な容態はすっかり落ち着いた。

しかし、十数年も前から信じ、二年間一人で子供を育てながら想い続けていた相手に「恐ろしい性病を植え付けられて放置されていた」という精神的なショックはあまりにも深く、マキノの表情からはまだ痛々しい悲壮感が抜けきっていなかった。そのため、しばらくは別棟の静かな部屋で、ステューシーやカヤたち医療チームが付きっきりで彼女の心のケアを行うこととなった。

 

そんなマキノの痛々しい姿を見届け、本館の大サロンへと戻ってきたマヤの赤い瞳の奥には、静かだが底知れない怒りの炎が燻っていた。

 

マヤがサロンのソファに深く腰を下ろすと、隣へやってきたヤマトが心配そうにマヤの顔を覗き込み、隣にちょこんと座った。

 

「ねえ、マヤ。……おでんも海賊だったけど、外でこんなひどいことをしてたのかな?」

 

「……どうだろうな。海賊だからな、自分の冒険やロマンばかりを美化してしまって、その裏で泣いてる人間の痛みが見えなくなるやつもいる。……でも、お前は今はもうおでんじゃなくて、ヤマトだろ? ……すまんな、今は少し、お前の温かいぬくもりが欲しいよ」

 

マヤがふっと肩の力を抜いて寄りかかると、ヤマトは愛おしそうに微笑み、その大きな腕でマヤの身体をぎゅっと優しく抱きしめた。

 

「うん、僕はいつでもいいんだぞ! ずっとこうしていてやるからな! ……でも、今のマヤの目を見ればわかるよ。これから、大事な仕事があるんでしょ?」

 

ヤマトの言葉に、テーブルにいたナミとロビンも顔を上げた。

 

「マヤ、これからどこかにいくの?」

「気をつけてね?」

 

マヤはヤマトの腕を軽くポンと叩いてソファから立ち上がると、サロンにいる仲間たちを見渡した。

 

「ああ、そうだな。CP10、ロー、たしぎ、しばらく屋敷の留守番を頼むわ。……それとロー、あとでお前には正式に行ってもらう場所がある。イワコ、お前もだ。これから緊急で『新・王下七武海』を全員集める」

 

ローとイワンコフがハッとして背筋を伸ばす。

 

「時間はそうかからない。みんな、それまでここでゆっくりくつろいでいてくれ」

 

シャボンディの宮殿を出たマヤは、地下の特例経路を通り、聖地マリージョア・パンゲア城の中枢にある『権力の間』へと一人で足を踏み入れた。

 

重厚な扉が開くと、広大な絨毯が敷かれた部屋の中央には、かつてサターン聖がいた頃と同じように豪華なソファと椅子が円を描くように配置されていた。

そこにはすでに、世界政府の最高権力である四人の五老星――最も長身で長い髪と髭を持つ環境武神マーカス・マーズ聖、大柄で立派な口髭を蓄えた法務武神トポマン・ウォーキュリー聖、着物を着て初代鬼徹を携えた財務武神イーザンバロン・V・ナス寿郎聖、そして金髪と金髭を持つ最も若々しい外見の農務武神シェパード・十・ピーター聖の四人が揃って待ち構えていた。

 

マヤは四人の老人の視線を浴びながら臆することなく部屋の中央へと歩み進み、空席となっていた五人目の重厚な革張りソファ――新たな五老星の椅子へと堂々と腰を下ろし、ゆったりと脚を組んで背もたれに肘をついた。

 

「よう、じいさんたち。イムから話は通ってるか?」

 

向かいのソファに座る金髪のシェパード・十・ピーター聖が、組んでいた手を解いてマヤを見つめた。

 

「……ああ。お前が、イム様より話のあった新しい『五人目』なのだろ?」

 

「話が通ってるようで、なにより。さっそくで悪いが、これより数日後に、緊急で『新・王下七武海』を全員ここへ招集する。よいな?」

 

マヤの言葉に、立派な髭のトポマン・ウォーキュリー聖が「ほほ」と喉を鳴らした。

 

「私達のこの部屋の前の大広間を使うか。ふむ、悪くない」

 

すると、部屋の隅で腕を組んで立っていた長身のマーカス・マーズ聖が、鋭い眼光でマヤを見下ろして尋ねた。

 

「お前は……いや、マヤ聖は、世間に対しては『影(秘匿)』の存在と聞いたが?」

 

「一般の民に向けてはな? だが、俺たちの直属の実働部隊である七武海には明かしても何の問題もないだろう。今回の件で、少し緊急に会議しないといけない重大な議題ができたってだけだ」

 

マヤが淡々と答えると、隣で刀を膝に置いて座っていたイーザンバロン・V・ナス寿郎聖が、眼鏡の奥の目を細めて頷いた。

 

「うむ。先の世界会議で加盟国の天上金が下がったが、マヤ聖のおかげで世界の海の秩序が守られており、各国から滞りなく金が上がってくるゆえ、財政的にも逆によい効果であったな」

 

「だろ? 民が豊かになりゃ、無理に取り立てなくても国は回るんだよ。……それと、もう一つ。少しきなくさいんだよ、フィガーランドのガーリングどもがな。こないだ俺が精神をへし折ってやったがよ? まだあいつらの正式な処遇を決めてないだろ? 『神の騎士団』だったか? あんな特権意識だけの組織、もういらないだろ?」

 

マヤが何気ない調子で切り出すと、マーズ聖がわずかに眉を動かした。

 

「あやつのことか……。確かに今の安定した世には不要であろうし、すでにマヤ聖が全員叩き潰したのであろう?」

 

「そうだな、どいつもこいつも雑魚だったな? 俺が直接手を出すまでもなかったな」

 

聖地の武力の象徴であったはずのガーリング聖と神の騎士団を「自分が手を出すまでもない雑魚」と一笑に付したマヤの言葉に、四人の五老星の背筋に、冷たい戦慄が走った。この若き天竜人が持つ実力は、やはり自分たちの想像の埒外にある。

 

マヤはソファの肘掛けを指で軽く叩き、四人に念を押した。

 

「それと、俺がサターンの後釜として五老星――『科学防衛武神』となったからには、エッグヘッドのベガパンクも俺が今まで通りに自由に使う。それはいいな? なんせ、あいつへの一番の出資者は俺だからな」

 

四人の五老星は顔を見合わせ、誰一人として異論を挟むことなく一斉に深く頷いた。

ウォーキュリー聖が髭を揺らし、感心したように口元を緩めた。

 

「ふむ、こうして直接膝を突き合わせて話をしてみると……マヤ聖、お主は意外といいな!」

 

「なんだ、おべっかかい? ま、それも悪くないさ。では、そのように七武海へ緊急招集をかけろ」

 

「わかったですじゃ」

 

ウォーキュリー聖が頷くのを見届けると、科学防衛武神・シンキ・マヤ聖は五老星の椅子からすっと立ち上がり、次なる一手を見据えながらシャボンディの宮殿へと踵を返した。

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