GAME OF ZABYS ゲーム・オブ・ザビズ   作:GAME OF ZABYS

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本作は『機動戦士ガンダム』の二次創作・IF小説です。

独自解釈や原作改変を含みます。
(物語の構成上、登場人物の年齢・兄弟順などの設定を一部独自に変更しております。)

全14話・完結済み(毎日20:00更新予定)。

※pixivにも同名名義で掲載しています。


1.王子と仮面の男(Side:ガルマ)

1.彗星アディクション

 

なぜ、私は「赤い彗星」ではないのか。

 

胸が、苦しい。

パレードの勲章が、軍服の金モールが、まるで首を絞めるロープのように喉元を締め上げている。

 

──ああ、息ができない。私は、愛されている、ザビ家で最も愛されている王子だ!

 

だが、今この場で最も愛されているのは、あの男だ!

 

ズム・シティの公王庁。

絢爛たるシャンデリアの光の下は、ルウム戦役での歴史的圧勝に酔いしれる将官と貴族たちの喧騒に満ちていた。

 

だが、その華やかな祝祭の熱気は、私の心を一切照らしてはくれない。

壁際でひとり、白くなるほどシャンパングラスを強く握りしめる私を、誰も見ようとはしない。

 

 

大広間の中心で、人々の熱狂的な視線を一身に集めているのは、ザビ家の御曹司である私ではない。

連邦軍の主力・レビル艦隊を単機で蹂躙し、一躍時代の寵児となった男。

 

──シャア・アズナブルだ。

 

士官学校時代、常に私と成績を競い合った親友の眩しすぎるほどの栄光だ。祝福、しなければならない。

しかし、咽喉が焦げ付くようだ。あいつを遠くから見つめるだけで、脳内がじりじりと焦燥で焼き尽くされていく。

 

私とて前線に出さえすればやれるはずだ。

だが、何故だ?今の私は、針で翅(はね)を固定された蝶だ。

曇りガラスの巨大なケースに縛り付けられ、ただ死んでいくのを待っている!

 

 

 

2.蚊帳の外

 

焦燥を振り切るように、通りかかった長兄ギレンに声をかけた。一人前の軍人として、だ。

 

「総帥。次期作戦の展開についてですが、どうか私に……!!」

 

 しかし、兄・ギレンの冷たい双眸は私を見ようともしない。言葉を途切れさせることすら、ない。完全なる黙殺だ。

その氷のような絶対零度の拒絶に、私は圧倒されてしまう。兄に、逆らえない。ただ、顔を俯けるしかない。

 

 その瞬間、紫のドレスの裾を翻して、姉・キシリアが静かに二人の間に割って入った。衣擦れの音と共に、部屋の空気が一瞬で重くなる。

 

「あら、総帥。お忙しいのは分かりますけれど、せっかくルウムの戦果報告を立てにきた可愛い弟を無視するなんて。相変わらず効率性だけで動いていらっしゃるのね」

 

兄・ギレンはそこで初めて歩みを止め、私ではなく、姉・キシリアの目を冷徹に見据えた。

 

──私など、見る価値もないというのか。

 

二人の間で、私はひたすら息を殺すしかない。

 

「──キシリア。我が総力戦の計画において、無駄な身内びいきほどの無益な『感傷』はない。

それに、私の目を誤魔化せると思うなよ。お前は……オデッサで、一体何をしている?」

 

刃物のような一言が突き刺さった瞬間、姉・キシリアの扇子を持つ指先が、ほんの一瞬だけ、凍りついたように止まった。

 

「……何のことかしら、兄上。オデッサはマ・クベ司令が、総帥の計画通りに資源採掘の任務をこなしている拠点ですわ」

 

「マ・クベが掘り出したレアメタルの帳簿に、毎月3%の『使途不明の空白』がある。

お前が裏で囲い込んでいるフラナガン機関の予算や、地球方面軍に送り込む新兵器利権のカモフラージュに、オデッサの骨肉をすり潰して横流ししているのだろう。

 

ガルマを北米へやるのも、その地上の闇を隠すための隠れ蓑か。

……手出しは無用だ、キシリア。

私の計算を狂わせる邪魔者は、身内であろうと即座に排除対象だ」

 

 

「フフフ、相変わらず被害妄想の激しいお頭脳ね、兄上。憶測で身内の信頼を汚すのはおやめいただきたいわ」

 

 

──私は完全に蚊帳の外だ。

 

 

二人の喉元にナイフを突きつけ合うような沈黙がひたすら苦しい。

 

そこへ、重厚な杖の音が響いた。

 

 

 

 

3.このままでいておくれ

 

「そこまでにせよ、ギレン。祝宴の席でまで、己の冷酷な戦術を振り回すものではない」

 

現れたのは、絶対権力者である父・デギン公王だった。

父上は兄・ギレンに向き直ると、深い皴に刻まれたその双眸に、微かな揺らぎを滲ませた。

 

(哀しんでおられる…のか。父上)

 

 

私がまだ幼かった頃、父上は私のこと以上に、ギレン兄上を愛していた。

思い出せる。まだジオン・ズム・ダイクンが存命だった頃。

 

父上の、誇らしげな笑顔。

そして、その父を誰よりも真っ直ぐな瞳で見つめ、支えていた、若き日のギレン兄上の姿を。

 

兄は夜にむずかる私を寝かしつけようと、ダイクンの訴える人類の革新を熱っぽい言葉で語ってくれたものだった。あの掌は、今の氷のような沈黙とは違い、幼い私を守るための熱い鼓動に満ちていた。

 

 

 

だが、いつの頃からか。

ジオン・ズム・ダイクンが亡くなってから、父上とギレン兄上は変わってしまった。

 

 

──ダイクン暗殺。その容疑が、我がザビ家にかけられてからだ。

 

 

 ダイクンが亡くなる直前、父上を後継者に指名したというのに、ザビ家がダイクン暗殺に関与したという噂は後を立たなかった。当時のダイクンは民衆にとって、神のような存在だ。当然、父上は政治的窮地に立たされ、…サスロ兄上は亡くなられた。

 

 ギレン兄上は、悲嘆にくれる父上を狂信的ともいえるほどに支え通した。父上を貶める噂を断固として認めず、反ザビ家の名家に徹底した弾圧を行った。そうして、父上を次期公王に据え、ザビ家の名誉を守り抜いたのだ。

 

なのに。

 

父上はもうギレン兄上の肩に優しく手を置くことはない。

ギレン兄上ももう父上にあたたかく微笑み返すことはない。

二人の関係はずっと冷たく、頑なになり、意見が合わないことが増えていた。

父上がギレン兄上を見つめる瞳は、怪物を見るかのようだった。

 

 

父上は小さく首を振り、ギレン兄上から視線を逸らすと、私の前に立ち、慈愛に満ちた手で、私の髪を撫でてくれた。

 

「ガルマよ。本来は地上の北米など、お前のような無垢な光が行く場所ではない。お前のためを思って言っているのだ。

政治のドロドロした権力闘争や、戦場の小難しい軍事作戦など、お前には必要ない。

 

何も知らず、何も汚されず、ズム・シティの私の目の届く安全な宮廷にいなさい。

それこそが、お前のための幸福なのだ」

 

 

 

違う、私は一人前の軍人として認められたい。

私の心に、かすかな反抗の火が灯る。

 

「……ですが、父上! 私はザビ家の男です! 兄上たちのように前線で戦いたいのです!」

 

その瞬間、父上の優しい顔が、私を飲み込むように大きく歪んだ。手に握る杖が、怒りと、拒絶への悲しみでガタガタと震えだす。

 

「……ガルマ。お前は、私を否定するのか?

私がお前をどれほど愛し、お前のためにこの安全を用意したか、分からないのか。

この老い先短い父の心が、どれほど血を流して傷つくか……っ!」

 

 

 

いつの日だったか、幼い私に父上が繰り返した言葉が蘇る。

 

「お前の兄上は変わってしまった、変わってしまったのだ」

「だから、お前は変わってくれるな、変わらずこのままでいておくれ——」

 

 

ああ、私のせいなのか。

私が父上を傷つけたのか。

私は凄まじい罪悪感に襲われ、言葉を失ってしまう。

 

 

 

そこへ、次兄・ドズルが巨体を震わせて、悪気のない満面の笑みで割って入ってきた。

 

「ガハハ! そうだぞガルマ、父上の仰る通りだ! お前は父上の一番のお気に入りだからな!

難しい政治や前線の泥臭い戦いなど、このドズル兄ちゃんやギレン兄上に任せておけばいい!

 

お前はズム・シティで愛されていればいいんだ、それが一番の親孝行だぞ!」

 

 

ドズル兄上の、温かい太い腕。それが、私の肩を優しく、だが逃げられない強さで抱きすくめる。

 

 

(……違うんだ、ドズル兄上。私は、兄上たちのようになりたいんだ!

でも、そうしたら、父上はどうなる?私がこれ以上心配をかければ、またご病気が悪くなるかもしれないじゃないか……)

 

ドズル兄上の屈託のない肯定が、私の決意を溶かしてしまう。

 

 

 

4.目を潰された捕虜

 

「はい、仰せの通りに。ガルマはここにおります。

北米での仕事を終えれば、すぐに父上の元に戻ります。仰せの通りに、父上」

 

「ああ、それがいい、ガルマ。北米はゲリラの巣窟だ。

我が軍の勇敢な兵士が奴らの捕虜になったが、翌日に目を潰され、鼻をそがれ、手足を切られた状態で戻ってきた。

お前もくれぐれも気を付けることだ」

 

背後から響く冷たい声に、ギョッとする。

明日の補給統計でも読み上げるかのような、抑揚のない声だ。

 

(ギレン兄上…。)

 

背後を振り返ると、ギレン兄上が、表情筋を1ミリも動かさず、私をただ直立して見下ろしていた。

兄上は、私を見なかった。お前を見ていると、お前の甘さが自分に伝染するとでもいうように。

 

「ご心配、痛み入ります…。気を付けるように、いたします」

 

 

──もう、貴方は忘れてしまったのか?

 

あの日、幼い私に聞かせてくれた人類の革新の話を。

私はもう、兄上にとって、国を動かす盤上の数字に過ぎないのか。

 

 

「君は自己管理に不安がある。……しっかり、食事をとるように」

 

そう言い残すと、兄上は一度も私を振り返ることなく、冷たい軍靴の音と共に去っていった。

 

 

 

5.窒息する王子

 

 父上とギレン兄上が去ったあと、大広間の影で、キシリア姉上がドズル兄上の前にすっと立ち塞がった。ドズル兄上は充血した眼でキシリア姉上を激しく睨みつけ、拳をワナワナと震わせている。

 

「……キシリア、貴様ァッ! ギレン兄上と裏で結託して、何をしでかしてくれたッ!

俺の宇宙攻撃軍が命がけで捕らえたレビル将軍を……わざと亡命(釈放)させおって!

貴様らのドス黒い政治のせいで、せっかくの、ジオンの勝利の戦果が台無しになったのだぞッ!!」

 

キシリア姉上は扇子で口元を隠しながら、くくくと冷ややかに笑った。

 

「声が大きいわよ、ドズル。だからお前は無能なのよ。

レビルをあそこで生かして帰し、戦争を長引かせることこそが、

ジオン公国をギレン兄上と私が完全掌握するための、最上のチェスゲーム。

 

……ただ戦うことしかできないお前が、上層部の盤面に口を挟むのはおやめなさい」

 

 

「おのれ……ッ! それだけではない、

ガルマを俺のソロモンから引き剥がして、北米の地上軍へ左遷したのも、お前がギレン兄上への当て馬にするためだろうが!

俺の可愛い弟を、お前たちの血生臭い政治の駒にするなッ!」

 

「ガルマが北米に行くのは、父上の最高承認よ。

お前のような野蛮な男の檻に、この可愛い光を閉じ込めさせてたまるものですか。

お前はソロモンで軍事の仕事でもしていればいいのよ」

 

 

キシリア姉上は、ドズル兄上に優しくない。いや、ハッキリ言えば冷酷だ。

だが、キシリア姉上は、私には優しい。私が、ドズル兄上の背中の後ろで目を白黒させていると、私の方に歩み寄った。

紫のドレスの裾を揺らし、ドズル兄上の腕の跡が残る私の肩を、手袋の手でそっと包み込む。

 

「かわいそうなガルマ。父上もドズルも、お前の本当の価値を分かっていないのね。お前をただのお人形にしておきたいのよ。

お前の味方は姉上だけ。

北米へ行きなさい、私が手配したフラナガン機関の者が、お前の手足となって、一人の男としての武功を立てさせてあげますからね」

 

 

キシリア姉上の優しい言葉が、私の心にしみわたり、私はやっと息ができるようになる。

 

 

「姉上……っ! ありがとう、私は、姉上の期待に応えてみせます!

北米へ行ったら、まずは私自身の力で、独自の補給線を構築して……」

 

 

私は、ここ数日あたためていた計画を口にした。

すると、その瞬間、キシリア姉上の細い指が、私の顎をグッと強引に上向かせた。マスクからのぞく双眸が、ゾッとするほど重苦しい何かを孕んで細められる。……恐怖?いや、違う、これは……。

 

「——余計な小細工はおやめなさい、ガルマ。

お前は私の用意したルートの上だけで、私の言う通りに戦っていればいいのよ。

お前の補給も、人事も、すべて私が管理してあげる。

 

……私から、逃げようとしないでね、お可愛い弟。

お前が私の手を離れていってしまうなんて、姉上、絶対に許さないから」

 

 

 

 

 

……こうだ。呼吸が、また、とまる。

 

ギレン兄上から感じる冷たさとも、父上に感じる罪悪感とも違う。

キシリア姉上は優しい。優しいのに、何故だ?私は、自分の意志が蜘蛛の糸に絡めとられて1本ずつポキポキと折られ、何も考えなくてよいようにされてしまう。

 

 

 

 

6.王子と仮面の男

 

私は、激しい吐き気と酸欠を覚えて、大広間の喧噪を逃れ、フラフラとテラスへ飛び出した。

冷たい夜風の中で、激しく咳き込む。手すりにすがりつき、ネクタイを乱暴に緩めても、肺腑に冷たい夜風の酸素が届かない。

自分の存在が、ザビ家という巨大な白磁の壺の中で、綺麗な人形のままドロドロに溶けていくような恐怖。

 

愛されている。

私は愛されている。

愛されているのに窒息しそうだ。

 

私は愛されているのか、それともこのまま死にそうのか、もう分からないんだ!

 

 

 

 

 

「素晴らしい祝勝会だな、ガルマ」

 

背後から、声がした。私を子ども扱いせず、対等に扱ってくれる、あの落ち着いた声だ。

見上げると、仮面の男、親友のシャア・アズナブルが立っている。

 

「シャア……っ!」

 

私の目に、命綱を掴むような安堵の涙が浮かんだ。

 

シャアはシャンパングラスを傾け、ひどく穏やかな、しかし、寂しげな響きを帯びた声で、そっと囁いた。

 

「——なぁ、どんなものなんだ? ガルマ」

 

「……え?」

 

シャアは自嘲気味に、優雅に肩をすくめてみせた。

 

「私には、帰るべき家族も、心配してくれる親もいないからね。

……分からないんだよ。肉親の愛というものが、一体どんな温もりなのか。私から見れば、君は世界で一番幸福な王子に見える。

 

だが……君がそこまで苦しんでいるというのなら、それは本当に、酷な地獄なのだろうね」

 

 

 

「シャア……っ!」

 

私の胸に猛烈な羞恥心、そして、それ以上の強烈な安堵と思慕が突き刺さった。

シャアには家族がない。それなのに、私の苦しみを『地獄だ』と理解してくれるというのか。

 

(私を1人の男として見てくれるのは……本当に君だけだ、シャア!)

 

「すまない、シャア……私は、甘えていた。

……だが、私は北米へ行く。父上や兄上、姉上の安全な宮廷を出て、戦場で!私自身の本物の武功を立ててみせるよ!」

 

「もちろんだとも、ガルマ。君ならできるさ。私が、君の羽ばたきを一番近くで支えよう。

君は私の、宇宙で唯一の親友なのだからね。

勝利の栄光を君に!」

 

シャアは優雅に微笑み、私の震えるグラスに、自分のグラスをカチンと合わせた。

 

 

 

ああ、息ができる。

 

この男の隣では、私は息ができる。

 

愛という幻想に翻弄されながら、やっと理解者を得たという安堵。

私は気が狂いそうなほど、目の前の男を信頼し、目が眩むほどに幸せだった——。

 

 

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