GAME OF ZABIS ゲーム・オブ・ザビズ 作:GAME OF ZABYS
1.祝福の毒、蛇の共喰い
ガルマ・ザビ、失脚。
祝福せよ。
迫害する者を祝福せよ。
呪うのではなく祝福せよ。
──気分が、いい。
これほどまでに美味い酒が、この世にあっただろうか?
かつて『ジオンの若き英雄』と称えられた王子は今、政治的にも社会的にも、そして家族の絆さえも断たれた。
ただの『動く死体』へと成り下がったのだ。
全宇宙が見守る中で、実の父に杖で打たれ、兄に背信者と断じられ、姉に飼い殺しの鎖を繋がれた男。
私は仮面の下で、込み上げる笑いを抑えきれなかった。
いつかのオデッサ偵察部隊。
ランバ・ラルの傍らにたたずむ、あの女に言われた言葉が頭をよぎった。
「……愛しているのね、彼を」
──親愛なるハモン、貴女の勘違いだったようだ。
私が彼を「愛している」だと?
違う。私が愛したのは、彼が破滅へと転がり落ちる、その完璧な『軌跡』だ。
オデッサは今や、防衛拠点ではない。
連邦軍は、既にジャブローから残存兵力の全てを再編成して、オデッサ奪還のために進軍した。
キシリアは、ギレンに屈した屈辱を晴らさんと、私兵で囲い込み、オデッサ独占に執着する。
ドズルはといえば、ガルマを守るためだけに、キシリアの指揮下に、自分の指揮下の精鋭部隊を差し出す。
キシリアは聖域化を狙い、ガルマが死地へと追い込まれ、ドズルが盲目の愛で戦力を注ぎ込む。
全員が『オデッサ』という一点に全ての手駒を配置し、共喰いを始めている。
オデッサは、ザビ家の断頭台になる。
私はただ、その混乱の渦中で、彼らの首が落ちるのを特等席で眺めていればいいのだ。
──母上、ご覧になっておられますか?
貴女を、ダイクン家の者たちを、無惨に踏みにじったザビ家の連中。
奴らは、今、毒蛇が互いの尾を喰い合うように、互いの首を絞め合っています。
そして、私の次の狙いは、あいつだ。
連邦のモビルスーツ。──部下を虐殺したあの白い悪魔。
2.巨星と彗星、双曲線の死闘
「……聞け、二人とも。これは命令ではない。ドズル・ザビ個人の、一生に一度の頼みだ」
地球・北米方面軍司令部の奥深く。
ドズルは、血走った目で私とランバ・ラルを見据えていた。
その背後には、キシリアの目を盗み、宇宙要塞ソロモンから極秘裏に運び込まれた二機の『怪物』が鎮座している。
「マ・クベの骨董品など待っておれるかッ! 奴がキシリアに献上しようとしていたこの『ギャン』、俺が力ずくでソロモンへ回させた!
そしてシャア、貴様にはこの『高機動型ザク(R-2型)』だ。ドズル・ザビ専用機として調整させていたが……貴様の脚なら、乗りこなせぬはずはないッ!」
ドズルは巨大な拳で、私の肩を砕かんばかりに叩いた。
「ラル! シャア! 貴様たちがこれで連邦のモビルスーツを叩き伏せ、オデッサ防衛の殊勲を立てろッ!
そうなれば……そうなれば、キシリアの女狐も文句は言えまい。
失脚したガルマの身柄を、再び俺の、ソロモンの管轄へと引き戻す正当な口実ができるのだッ!」
ドズルの瞳は、狂気的なまでの家族愛に濡れていた。
彼は信じているのだ。
武功という名の免罪符さえあれば、弟を毒婦の檻から救い出せると。
……なんと、哀れで力強い盲信だろうか。
「……中将閣下の身勝手な『愛』には恐れ入る」
ラルが苦笑しながら、新型の『ギャン』を見上げた。
「だが、嫌いではないですよ。少佐、大事に使わせてもらおう。
……盾は私が持つ。貴公はその後ろから、確実に奴の心臓を射抜いてくれ」
「了解だ、大尉。……ふふ、あんたの背中を追うのも悪くない」
私は、深紅に塗り替えられた最新鋭の機体へ乗り込んだ。
ザビ家の財力で整えられた最新鋭の機体で、ザビ家を破滅させるための戦場へ向かう。
皮肉な喜びが、私の全身を駆け抜けていた。
作戦名:『双曲線(ダブル・クロス)』
オデッサの荒野。
砂塵が舞い、電磁干渉(ジャミング)が敵味方のセンサーを等しく狂わせる中、その『白き影』は現れた。
連邦のモビルスーツ、ガンダム。
「少佐! 奴の反応速度は異常だ。マグネット・コーティングか何かか……? 私がシールドでキネティック弾を押さえる。
貴公はその高機動スラスターを最大出力にして、奴のスラスター・ノズルを叩け!」
「了解だ、大尉。……機動限界(Gリミット)まで引き出す!」
ラルの叫びと共に、青き騎士『ギャン』が地を這うような推力で突撃する。
マ・クベが『趣味の品』として愛でるはずだったその機体は、ラルの手によって『屠殺用の牙』へと変貌していた。
「……おおおぉぉぉッ!」
ラルのギャンが放つニードル・ミサイルの雨を、ガンダムはシールド一枚で防ぎ切り、ビーム・サーベルを引き抜く。
だが、ラルは止まらない。ビームの熱線を盾で受け流し、強引にガンダムの懐へ飛び込むと、ヒート・ロッドでその両腕を絡め取った。
「今だ、シャアッ!」
その瞬間、私は『点』となった。
通常ザクの3倍を超えるR-2型の狂気的な推力が、私の体をシートに叩きつける。
(……見えるぞ。あのシールドの裏側、関節駆動部!)
私は生存にたえる冷静さを保ちながら、ガンダムのメインカメラへ向けてバズーカを叩き込む。
爆煙。
だが、その中からガンダムのビーム・ライフルが、私の機体の肩をかすめていった。
「……チッ、これでも落ちないか!」
ラルと私の波状攻撃。
巨星が釘付けにし、彗星が急所を貫く『双曲線』。
ガンダムの装甲は剥がれ、メインカメラは潰れ、満身創痍の体で後退を始める。
「逃がすかッ!」
追撃しようとしたその時、連邦軍の防衛ラインから猛烈な援護射撃が降り注いだ。
「……深追いはやめろ、少佐! 奴の息の根は止められなかったが、これ以上は泥仕合だ。
……生きて戻って酒を飲むぞ!」
ラルの通信に、私は舌打ちを飲み込んで操縦桿を引いた。
引き分け、か。
──仕留められなかった。だが、悪くない。
オデッサの夕闇に消えていくガンダムの背中を見つめながら、私は奇妙な充実感を覚えていた。
ランバ・ラルと安酒を酌み交わし、戦術を語り、下らない愚痴をこぼし合う。
しかし、偵察機からもたらされた最新の情報は、私たちの『充実感』を冷徹な事実で塗りつぶした。
「……連邦め。ジャブローから吸い上げた血を、全てここへ注ぎ込むつもりか」
モニターが映し出したのは、地平線を埋め尽くす連邦軍の進軍予測線だ。
一、二機の『白い悪魔』を退けたところでどうなるものでもない。
圧倒的な物量。戦略を無視し、死体の山を築いてでも前進する『数の暴力』が、オデッサを包囲しようとしていた。
「このままでは、オデッサは袋の鼠だ。ラル大尉、貴殿はどう見る?」
「……。もはや、通常の防衛線では支えきれん。手足をもがれても、頭さえ残ればいいという戦い方を連邦は選んだ。……狂気だな、少佐」
連邦の国力はジオンの30倍。
私とラルが1機のガンダムを倒す間に、100機のジムが落とされても、連邦にはまだ2900機分の余力がある。
ジオンにはそれがない。
ジオンの資源の要、オデッサを物量で強引に奪還すれば、宇宙に残るジオン本国は文字通り干上がる。
それゆえに、連邦は『最短で戦争を終わらせる』ために、あえて兵士の死体の山を築く道を選んだのだ。
自軍の兵士を、勝利を掴むための『ただの弾丸』として使い捨てるその合理性に、ランバ・ラルは戦慄している。
私は、オデッサ基地の、冷たい目をしたあの男に思いを馳せた。
──マ・クベ。あの男がこの惨状を知らぬはずはない。
公王となったギレン総帥から汚職を疑われた男。
オデッサが墜ちれば、後がないはずの男。
自分の売り時を考えるなら、今、仕掛けてくるはずだ。
3.死神が愛でるは、業か、死か
マ・クベからの極秘の招集がかかったのは、連邦の物量がオデッサを包囲し始めた、重苦しい夜だった。
(……マ・クベ大佐、待ちわびたよ。ようやく、呼んでくれたか!)
マ・クベの執務室は、戦場とは思えぬほど静謐で、死の香りがした。
彼は自慢の青磁の壺をなぞりながら、モニターに映る『ギレン公王からの督促状』を、ゴミを見るような目で見つめていた。
「……少佐。わざわざ呼び立てて済まないね。君から、ドズル中将へ口利きを頼みたくてね」
マ・クベは言葉を続けた。
「……シャア少佐。ギレン公王は、私のオデッサでの『些細な蓄財』を、国家反逆罪にすり替えるつもりのようだ。
あの合理性の化身は、負け戦の責任を負わせるための生贄を探しているのだよ」
マ・クベは冷たく笑い、一枚のチップを私に差し出した。そこには、アジア・アフリカ戦線の補給状況、そしてキシリア少将が独断で動かした軍事予算の不透明な流れが、詳細に、かつ恣意的に編纂されていた。
「これを見たまえ。キシリア少将の無謀な戦線拡大こそが、ジオンを疲弊させ、オデッサを危機に陥れたのだよ」
マ・クベは冷たく笑い、私を値踏みするように見つめた。
「君たち、前線を預かる士官らにとっても悪い話じゃないだろう? このままではオデッサと共に、君たちの命も泥に沈む。
だが、私の策に乗れば……死に体のアジア・アフリカ戦線から残存兵力を強引に引き剥がし、オデッサに一極集中させることができる。
そうすれば、まだジオンに勝機を残せるだろうよ」
(……私に貸しを作れ、と言いたいのか。この男は)
マ・クベの瞳に、獲物を狙う毒蛇のような光が宿る。
「私がこの資料を総帥に差し出せば、ギレン公王は喜んで妹を断頭台へ送るだろう。
奴にとって、目の上のたんこぶであるキシリア少将を排除する絶好の機会だ。
……代わりに、私の些細な横領は『国家維持のための必要経費』として握りつぶされる」
彼は私を試すように見つめ、言葉を継いだ。
「少佐。貴公がドズル中将を説得し、このシナリオに『家族の情』という色を添えてくれれば、完成だ。
キシリア少将を泥舟に乗せ、沈めて差し上げよう。……美しく、無残にな」
私は仮面の下で、マ・クベの清々しいほどの保身に、心底からの共感と称賛を覚えた。
「……いいでしょう、大佐。キシリア少将には、せいぜい豪華な泥舟の旅を楽しんでもらいましょう。
ただ、あんたはキシリア少将に殉じるかと思っていた」
マ・クベは、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「……我慢ならんのだよ。
国家の命運を、ただの『兄弟喧嘩』のチップに使い潰す、子供の身勝手さにはね。
中身のない偶像が、分不相応な王冠を被って踊る様を見せられるのは、もう退屈なのだよ」
「……は。なら、何故、官僚になった?」
マ・クベは、壁に飾られた美麗な絵画を顎で指した。
「パトロンが欲しかった、それだけだ」
「ほう?この絵は?」
マ・クベが流暢に答えた。
「帝政ロシア、ロマノフ朝の画家、イリヤ・レーピン作『1581年11月16日のイワン雷帝とその息子イワン』。
……素晴らしいだろう?息子殺しの皇帝(ツァーリ)の絵だ。狂気に囚われた父親の表情がよいものだ」
父親に打ち据えられ、今にもこと切れそうな王子の絵。
私は既視感を覚え、胸が沸き立った。
「ああ、息子イワンの目が、いい。諦念か、絶望か。この男は自分を殺した父親の腕で息絶えるのだな」
「普通は、父親の業に目がいくものだが。子供の絶望を愛でるとは、少佐は興味深い審美眼をお持ちだ」
翌日、私は、ドズルの説得にあたった。
「ドズル閣下。このままでは、ギレン総帥はオデッサの失敗をガルマ様に押し付け、処刑するでしょう」
声をひそめ、ドズルの耳元で囁く。
「ですが、この惨状がキシリア少将の失策であるとすれば……ガルマ様は、彼女の無謀に巻き込まれた『被害者』として救えます」
「……姉を、売れというのか」
ドズルの巨大な拳が、血が滲むほどに握りしめられる。
武人としての矜持と、弟を想う家族愛。
その天秤が、ゆっくりと、しかし確実に崩壊していく。
「……わかった。ガルマを救うためだ。キシリアには、ここで退場してもらう」
ドズルの巨大な肩が、安堵と決意に微かに震える。
その背中を見つめながら、私は昨夜のマ・クベの冷笑を思い出していた。
──国家の命運を、『兄弟喧嘩』のチップに使い潰す、子供の身勝手。
全くだ、マ・クベ大佐。
あんたは正しいよ。
この巨躯の男もまた、国を背負う将軍などではない。
弟を甘やかす、ただの『子供』だ。
脳裏に浮かぶは、あのマ・クベの絵画『イヴァン雷帝とその息子』。
家族に見捨てられ、理想を焼かれ、ただ血を流していたあの王子。
あの男から家族を全て奪い取ってやったら、一体どんな顔をするだろう?
──その顔を見たい。
ずっと見たいと思っていたのだ。