GAME OF ZABIS ゲーム・オブ・ザビズ   作:GAME OF ZABYS

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13.理法は凍り、血は語る(Side:ガルマ)

1.廃墟の王子、死せる生

 

「ガルマ!ガルマ!大丈夫か?!しっかりしろ!……」

 

 

 

 

 

──誰かが、呼んでいる。

 

 

遠い。

遠い異国の言葉のようだ。

私は瞼をこじ開けるようにして、目を開けた。

差し込む光が網膜に鋭く突き刺さる。

 

ようやく目が慣れてくると、私を心配そうに眺める男の顔。

 

 

 

 

──ああ、暖かい……。私は、まだ、生きているのか……?

 

 

 

 

私の身体が宙に浮く。

枯れ木のような私の身体を、男が抱き上げたのだ。

男は、震える声で「済まなかった、ガルマ、…済まなかった…」と繰り返している。

そして、獣のように咆哮した。

 

「もう、二度と、お前をこんな目には合わせない。もう何も考えるな。

全て、俺に任せて、お前はゆっくり療養するんだ……!」

 

 

──ドズル、兄上。

 

 

 

 

 

 

兄上。そうだ、兄上。

 

空っぽの私の頭に、あの冷たい瞳が蘇る。

 

 

『……飲み込め。それがお前の血になり、ザビ家の力になるのだ』

 

 

なぜだ。

なぜ、貴方はいつも、そんな瞳をしているんだ。

なぜ、そんなふうに、私を見るんだ。

 

会いに行かなければならない。あの人に。

 

 

 

 

 

枯れた咽喉から、ヒュッと空気が漏れる。

 

 

「……ドズル兄上。ジオンをお願いします。私は……やるべきことを成しに行きます」

 

 

私はドズル兄上に未来を託した。

兄上は私の変貌に困惑しながらも、絶対に無理はしないという条件で、ギレン兄上との面会を手配してくれた。

 

 

「キシリア姉上は死んだ。これで、オデッサの禊は済んだのだ。

ギレン兄上に、お前を復帰させ、地球・北米方面軍司令に戻すよう、このドズル、直談判しようとしていたところだ」

 

 

 

──姉が、死んだのか。

 

 

 

もう迷いはなかった。オデッサ基地を出る直前、私はララァ・スンを訪ねた。

彼女は私の憔悴した様子に驚きながらも、私との再会を喜んでくれた。私は声をひそめて彼女に語りかけた。

 

「戦争を終わらせたい。オデッサの状況は?」

 

ララァの湖のような瞳に影がおちる。

 

「ジオンが残存兵力をオデッサに一極集中したことで、最終防衛戦を維持しています。ですが、このままでは…」

 

私は、幽閉中にずっと考えていた講和案をララァに話した。

 

「ガルマ様……あなたのお心のままに。

貴方には、すべてを終わらせる光が宿っています。それはとても……温かくて、冷たい光」

 

「ありがとう。……君には、世話になった。シャアは?あいつは、どこに?無事なのか?」

 

ララァは私の瞳を覗き込み、悲しげに微笑んだ。

 

「ええ。……ですが、戦場に行ってしまわれました」

 

 

 

シャア。君も、戦っているのか。

 

 

 

ララァの見送りを背に、私は兄・ギレンの元へと向かった。

 

 

 

 

2.パンの温もり、数字の氷

 

ア・バオア・クー。

兄・ギレンの居城。

 

静寂が支配する執務室で、兄上はチェス盤を眺めるように私を迎えた。

その瞳には、救出された弟への安堵も、更迭され自害した姉への憐憫も、一滴すら浮かんではいない。

 

「兄上、連邦は疲弊しています。

今こそ、オデッサを共同管理下での非武装地帯とし、ジオンの資源供給権を維持したまま休戦すべきです。

ニューヤークのエッシェンバッハ市長を通じ、連邦穏健派との窓口は既に確保しました。これ以上、血を流す必要はありません」

 

私は、幽閉中に削り出した講和案を差し出した。

だが、兄上は一瞥だにせず、薄い唇に冷笑を浮かべた。

 

「ほう……。ガルマ、言うようになったな。

敵の土壌にまで手を伸ばし、自らの糧にするか。だが、的外れだ」

 

兄上は、窓の外に広がる無機質な宇宙を見つめた。

 

「地球という器に対し、人類という水は溢れすぎている。過密は腐敗を生み、自滅を招く。

ならば、優れた知性と進化の可能性を持つ『ジオン公国の民』が、残りの愚民を剪定・管理すべきなのだ。

 

これは統治ではない、ガルマ。……『剪定』だ。

生い茂りすぎた下等な種を、優良な種が刈り取る。

地球という母星を救うため、私がこの手で歴史に『正しい引き算』を施してやるのだ。

 

……理解できんか? できないだろうな。お前はただ、その算式の結果だけを享受していればいい」

 

 

 

私は絶句した。

 

地球の人類を、間引きする、というのか。

 

 

 

「統治は算数ではありません、兄上ッ!」

 

私は思わず声を荒らげた。

 

「資源が足りないから、人を減らす。1から1を引いてゼロにする。

そんな短絡的な数式に、人間が未来を切り開く可能性がどこに入っているのですか!?

私が北米で配ったパン一つが、絶望していた一人の人間を救い、その人間が明日、世界を変える発明をするかもしれない。

兄上の論理は、そんな『奇跡』を最初から計算に入れていないッ!

兄上の世界は、削り落とされるだけの冷たい石塊だ!」

 

 

 

兄上が、ゆっくりと私を振り返った。

私は、公開討論会での兄の舌鋒を思い出し、思わず身構えた。

 

 

──怯むな!

──負けるわけには、いかないんだ!

──愛すると決めた、ジオンのために!

 

 

「兄上、私は…、いや、僕は忘れられないのです。

僕が、絶望していた時に、貴方が食べさせてくれたパンの味を!」

 

私は、なりふり構わず、兄に訴えかけた。

 

「兄上の数字には、『温度』が入っていないッ!

兄上が僕にくれたパンの温もり、それを食べて僕が流した涙……。

兄上は、僕が明日抱くかもしれない希望さえ、一桁の数字として処理してしまうというのですか!?

僕は、兄上の作る冷たい石像の一部になりたいわけじゃない!

僕は、泥にまみれても、パンの温もりを分かち合える人間として、貴方と対等でありたいんだッ!!」

 

「僕を見てください!貴方のパンで、僕は強くなった!

貴方に及ばなくても、こうして言葉を交わしているッ!

貴方が思いもつかない言葉を、僕は貴方にこうして語り、話せるんだッ!

それは、人類の可能性ではないでしょうか?!」

 

 

 

 

兄の瞳が、ふと、虚空をあおいだ。

 

まるで、遠い日の記憶を反芻するように。

その口元には、柔らかく、不気味なほどの温かみが帯びていた。

 

「……あの時のパンか。覚えているとも。

ザビ家がダイクン暗殺の汚名を着せられ、宇宙の孤児となったあの日を。

 

私たちは……息を殺すように生きていたよな」

 

 

 

 

そうだ、忘れるはずがない。

 

しかし、兄上の声が、いつになく低い。兄上は、言葉を続けた。

 

「父上は盟友のダイクンを失い、裏切り者と謗られ、すっかり覇気が抜け、抜け殻のようになってしまった。

……サスロまでも失い、我がザビ家の命運は風前の灯だった。

私は父上の代わりに、蛇のような政敵と戦い、一人ずつ毒を盛り、陥れて、お前たちを守ってきた。」

 

 

「……そんなある日だ。病院から連絡がきた。

 

──お前が、学校での凄惨ないじめに絶望し、自ら首を絞め、死のうとした時だ」

 

 

 

 

 

私の喉が、熱い痛みを思い出したように震えた。

 

「お前が集中治療室で、無数のチューブに繋がれていた時、私はただ見守るしかなかった。

ただ、見ている、しかなかった」

 

兄上の表情は、氷のようだった。

 

「その後ろで、父上は、自分も死ぬと錯乱して倒れた。

ドズルは、父親と弟を失う恐怖で、肩を震わせ泣いていた。キシリア、キシリアは……。」

 

 

 

兄上は、唇の端をあげて、少し笑った。

 

「これまで生きてきた中で……、あんな惨めな気持ちはなかった」

 

そして、黙って視線を落とした。

 

「ガルマ、組織がもっとも脆く、崩れ去る瞬間が分かるか?

その組織が最も大切にしている、最も弱く、最も無力な個体が攻撃された時だ。

人は、愛するものによってのみ、致命傷を負う。

……チューブに繋がれたお前を見て、私は悟ったのだ。私の中に、まだこんな愚劣な『家族』などという急所が残っていたのかと。

 

……だから、私は世界を殺菌することに決めた。

私のザビ家、そしてザビ家を慕う全てのスペースノイドを脅かすあらゆる不確実性を、私は宇宙から一掃しなければならないのだッ!」

 

 

兄上は一歩、私に歩み寄った。

 

「ダイクンの思想は美しい。だが、現実は美しくなど、ない。

人は分かり合えず、裏切り、弱い者から死んでいく。

 

……だから、私は数字を愛する。数字だけが裏切らないからだ。

私のザビ家、私のジオンに、200%の安全が保障されない限り、私は算数を止めるわけにはいかない」

 

 

 

 

私は、ただ、兄上を見つめるしかなかった。

 

「お前が講和したいのなら、するがよい。だが、私はそれを平和とはみなさない。

5年、10年、何十年かけたとしても、地球連邦を徹底的に殲滅し、ありとあらゆる文明を破壊する。

二度と宇宙に上がれぬよう、星ごと石器時代へ戻す。

 

それが、か弱きスペースノイドの、そして我がザビ家の孤独を終わらせる唯一の『200%の安全保障』なのだ」

 

 

 

 

兄上の言葉は、論理の形を借りた絶望だった。

 

一族が常に背中合わせだった孤独。

 

その恐怖から逃れるために、兄上は世界そのものを殺菌しようとしている。

 

 

 

 

 

──それが、貴方の『愛』だというのか。

 

「兄上……。貴方の主張は分かります。

でも私は、兄上にそんな地獄を一人で背負わせたくないッ!

私は、もうあの時死のうとした子供ではない。貴方の隣で、共に背負いたいのです!」

 

 

「背負う必要などない。

……お前は、お前たちは、ただ、私の創る静寂の中で生きていればいいのだ」

 

 

兄上の瞳に映っているのは、生きた私ではない。

兄上にとっては、私も、家族も、ジオン公国すらも、決して死なず、決して傷つかない、自分の箱庭に座す『人形』なのだった。

 

 

 

 

3.急所の愛、救済の引き金

 

 

 

泣いて、いる。

 

僕は、泣いて、いるのか。

 

 

 

頬を熱い涙がつたう。

僕は声をあげて泣いていた。

嗚咽が、喉の奥を熱く焼く。

 

間違っている。

こんな、あまりに孤独な方程式が、正解であるはずがない。

 

 

 

兄上。

 

貴方は本当は、もっと違う生き方ができたはずだ。

その明晰な頭脳は、冷たい数字を数えるためではない、

誰かと手を取り合うために、使えたはずなのに。

 

なぜ、そんな暗がりの玉座に、自分を縛り付けたのか。

 

 

 

 

──だが、誰が貴方を裁けるというのか?

 

私には、裁けない。

 

 

 

家族と国を守るために化け物になり、愛のために虐殺を肯定した貴方を。

 

その業ともいえる純粋さを、私には、裁けない。

 

 

 

 

私には。私だけは。

 

 

 

 

「……ごめん、ジオン」

 

私は心の中で、愛すると決めた国民に別れを告げた。

だが、私は、目の前で地獄の底に立ち尽くしているこの兄を、どうしても放っておくことができないんだ。

 

私は、震える指先で端末にコードを打ち込んだ。

それは、死んだキシリア姉上が「お前を守る盾よ」と言って私に渡したものだ。

だが、本当は違った。

姉上は、自分が兄上に負けた時、私の手で兄上を道連れに殺させるために、この『ア・バオア・クーの全システムを強制上書きするバックドア・コード』──自爆コードを私に握らせたのだ。

 

 

 

姉上にとっても、私は兄上を撃つための『道具』でしかなかった。

 

(……でも、いいんです、姉上。

貴方が『憎しみ』で用意したこの鍵が、今、私と兄上を繋ぐ『救い』になる。……皮肉なものですね)

 

 

 

これなら、兄上を一人で地獄に行かせずに済む。

 

 

ア・バオア・クーの深部にまで鳴り響く、重低音の警報。

ソーラ・レイの照合先が、自分たちの居城へと書き換えられていく。

 

 

 

「ガルマ……!? 何をしている! 照準が、なぜここ(ア・バオア・クー)に固定されているのだ!?」

 

兄上の声が、初めて計算外の事態に上ずった。

 

「兄上……私は、一人の人間にすべての罪と孤独を押し付け、その屍の上で生き永らえるジオン公国に、幸せな未来があるとはどうしても思えないのです」

 

私は、自分を捉えたモニターの光軸を見つめた。

 

「兄上の計算は、間違っているッ!

人類半分の命を天秤にかけ、残された者たちを無理やり幸福に書き換える……。

そんな幸せの、一体どこに正しさがあるというのですか!?

兄上! 私には、兄上の理想は分からない。でも……」

 

 

 

私は、兄上の瞳を真っ直ぐに見据えた。

 

「……貴方が世界を焼き尽くしてまで家族を、国を守ろうとするのが『愛』だと言うのなら。

……私は、その愛という『地獄』に、貴方を一人で行かせはしない。

 

貴方が背負った罪も、孤独も、そのすべてを道連れにして……私は、今ここで、貴方に殉じます!」

 

 

 

 

兄上の表情が歪んだ。

それは、恐怖ではなく、自分の魂を根底から否定された者の痛みだった。

 

「なぜだ! なぜお前には分からない! 罪も孤独も、汚泥を啜る役目も、全部私が背負うと言っているッ!

お前たちは、何も知らず、ただそこで笑っていればよかったのだ! ドズルも、お前もッ!!……キシリアもッ!」

 

 

 

 

 

兄上が、震える手でホルスターから銃を抜いた。漆黒の銃口が、私の額を捉える。

 

 

 

殺される。

 

最も愛したかったはずの、兄に。

 

 

 

 

──貴方が望んでくれさえすれば、

 

 

──僕は貴方と、罪を背負って、地獄にだって、堕ちたのに

 

 

 

 

なのに、最期の瞬間まで、

貴方は私という『人間』ではなく、

自分が守りたかった『虚像』しか、見てはくれないのか。

 

 

 

ア・バオア・クーを包み込む、ソーラ・レイの収束が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

轟音と白光。

 

 

 

 

 

ザビ家の野望と理想のすべてが、爆炎の中に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

4.盲いた瞳、映る真実

 

 

 

気がつくと、私は瓦礫の底に横たわっていた。

 

体中が激しく痛む。

起き上がれない。

 

 

光はない。

 

いや、光を捉える機能を、私の身体が拒絶している。

ただ、熱い液体が絶え間なく瞳から零れ落ちるのが分かった。

視神経を焼かれた痛みか、それとも、すべてを終わらせた代償か。

 

目から流れる、熱い、熱い、血の涙。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ガルマ。ガルマ、生きているか?」

 

 

 

 

懐かしい声がした。

 

地獄の底まで届くような、冷徹で、それでいてあまりに透き通った……私の唯一の友の声。

 

「……シャア、なのか。……死にそう、だよ、私は」

 

私は血の涙を流しながら、うなされるように言葉を紡いだ。

 

「兄上を……兄上を、私の手で殺してしまった。

……あんなに、私を愛してくれた人を。……あんなに、孤独だった人を」

 

震える呼気と共に、私の『ザビ家』という名前が崩れ落ちていく。

 

「父上も、姉上も、兄上も、……みな…すべて…消えて、しまった」

 

 

 

いや、わかっている。

 

私には、家族なんか、最初からいなかったのだ。

彼らが愛したのは『ザビ家の象徴』としての私、だった。

 

誰一人として、泥にまみれ、迷い、震えている私という『人間』を見ては、いなかった。

私は、いつも、彼らのそばに。

ここに、いたというのに。

 

 

 

 

 

 

私は虚空を彷徨わせた手で、シャアの服を、縋るように掴んだ。

 

「君しか……いないんだ。シャア。君が…君だけが……」

 

私は、その先の言葉を吐き出そうと、意識の糸を手繰り寄せた。

 

「──君だけが、私を見つけてくれていたんだ。君、だけが……」

 

 

 

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