GAME OF ZABYS ゲーム・オブ・ザビズ 作:GAME OF ZABYS
1.預言はいつも絶望から
「ガルマ様は、兄上様や姉上様のようにならなくていいのに」
そう発言した女を、私は思わず睨みつけた。
私の元へ、姉キシリアから、『侍女』として派遣されてきた1人の少女。
褐色の肌に、額にビンディをつけた、不気味なほどに静謐な少女──ララァ・スン。
姉上が裏で囲い込んでいるという、怪しげな『フラナガン機関』とやらの使者。
地球・北米方面軍司令部。
実戦を知らぬ官僚たちが整えた、埃ひとつない前線司令部。
私は、父デギンから贈られた、私の身の丈には合わぬほど巨大な執務デスクに張り付きながら、終わりのないゲリラ討伐に明け暮れていた。
しかし、やれどもやれども華々しい武功などついぞ訪れない。そう、あの赤い彗星のような武功には。
「黙れッ!姉上から送られた侍女だからとて、許さぬぞ!
私には、兄ギレンや姉キシリアのようになれぬと言うのか!
私が、彼奴らに劣る無能だと、貴様も私を嘲笑うのかッ!!!」
ハッと我に返り、激昂のあまり己の醜いコンプレックスを曝け出してしまったことに、強烈な自己嫌悪が押し寄せた。
部下たちの前では、ひたすら『ザビ家の優秀な末子』としての鷹揚な仮面を取り繕い、微笑んでみせていたというのに。
しかし、ララァは動じない。
深い湖のような瞳にいたわりを浮かべ、吸い込まれそうな声で静かに答えたのだ。
「はい。……しかし、兄上様や姉上様は、ガルマ様のようにはなれません。
ガルマ様のように、裏表のない真っすぐな感情をさらけ出して、気持ちを人と分かち合おうとすることはありません」
──え?
その静かな肯定に、私の心に渦巻いていた焦燥と黒い霧が、嘘のように溶けていくのを感じた。
冷酷な兄ギレンにも、支配的な姉キシリアにもない、私だけが持つ、弱さ、甘えの感情。
この少女は、私の被った仮面の奥の、みっともない素顔を真っ直ぐに見抜いて、それが人と人とをつなぎ、相互理解を促すものだと肯定してくれたのだ。
ララァが私にそっと茶を差し出す。
「どうぞ」
「……ありがとう」
奇妙な感覚だ。
彼女には人の心を鎮めるような、不思議な力があるようだった。私は少しずつ、彼女への疑念が解け、凍りついた心が徐々に開いていくのを自覚していた。
そこへ、宇宙のシャアから、秘匿回線を通じて緊急の暗号通信が入った。
連邦軍が秘密裏に開発した白いモビルスーツを、サイド7から地球へと追い詰めて降ろしてくるという。
「シャア、何があったんだ?」
「どうも赤い彗星の名前は返上しなくてはならなそうだ。
あのモビルスーツ、化け物のような性能だ。……あれを倒せば、ジオン十字勲章ものだよ」
モニターの向こうで、私の唯一の親友が軽快に笑う。
勲章。手柄。
その言葉が、私の脳髄を直撃した。
手柄がほしい!
そのモビルスーツを私が北米で仕留めれば、父上も、冷徹なギレン兄上も、私を『ザビ家のマスコット』ではなく、一人前の男として認めざるを得なくなる!
手を伸ばせばそこに栄光があるという予感で、私の欲望はギラギラと煮えたぎった。
だが、そんな私を、傍らに立つララァの澄み切った瞳が、静かに射抜いた。
──見透かされている。
私がまた、兄たちへの劣等感から、戦功に目を奪われていることが。
私はたまらなく恥ずかしくなり、すがるように少女を振り返った。
「……兄や姉なら、迷わずモビルスーツを追うだろうな。ララァ、君はどう思う? ……私に、何を期待する?」
ララァは、宇宙の深淵を見つめるような声で答えた。
「連邦のモビルスーツが化け物のような性能というなら、戦うべきではありません。
そもそも、連邦の国力を思えば、いつかこうした日がくるのは分かり切っていたこと。
……データだけを収集して、国内で『講和』を訴える材料とするのです。
お父上のデギン公王様を、今すぐ講和すべしと説得されるのがよろしいかと」
私は思わず息を呑んだ。
「戦うべきではない、だと!?ジオンは今優勢なのだぞ?
講和など敗戦主義者の世迷い事だ!ギレン兄上が許すはずがない!」
「連邦の国力はジオンの30倍です」
ララァの言葉が、厳然たる事実として、私を殴りつける。
彼女の瞳の奥に、戦場で折り重なる無数の魂の叫びが見えたような気がしたのだ。
「いかにジオンの兵士が優秀であっても、ジオン兵1人が連邦兵30人と戦えば、袋叩きにあって負けます。
ガルマ様、皆がシャア少佐のように戦えるわけではありません。
……連邦兵に、嬲り殺しにされるジオン兵の絶望を、想像したことはありますか?」
私の脳内に最悪な記憶がフラッシュバックする。
ギレン兄上が「ジオンの勝利は確定している」と冷酷に語るその背後で、前線から送られてきた、あの写真。
目を潰された凄惨な姿の捕虜たちが、鼻のない顔で笑っていた。
……30倍の格差を前に、ジオンの兵士たちが、ああも惨たらしく死んでいくというのか?
「彼らを絶望から救えるのは、ガルマ様しかできないのです。
それは戦うことしかできない兄上様や、姉上様には絶対にできないことです」
2.歩兵(ポーン)の謀反、王(キング)への夢想
私にできぬこと、いや、私にしかできぬこと──講和。
ザビ家の呪縛から脱却し、自分の道を歩むための、目の眩むような光がそこにあった。
「データだけ収集しろ、と言ったな。しかし、モビルスーツをそのまま見過ごせというのか?
父上や……そして兄上に講和を訴えるならば、あのモビルスーツを鹵獲するか、破壊しなければ、私の政治的な申し訳が立たないではないか?」
「ガルマ様が本気で講和を目指すならば、今、この段階で連邦軍から決定的な恨みを買うことをすべきではありません。
あのモビルスーツは、キシリア様の管轄、ヨーロッパに誘導するのがよろしいかと」
そうだ、姉上……!
キシリア姉上の勢力圏にあの化け物を押し付ければ、北米の私の手は汚れない。
「だが、私の直接の上司は姉上だ。君の上司でもある。
連邦のモビルスーツを素通りさせたなど、姉上に言えるものか。
何と報告する?」
「死力を尽くしましたが、取り逃がしました──と、
そうお伝えすればよろしいのです」
私は、頭を抱えて髪をかきむしった。
これは、姉上への裏切りだ。
しかし、なんと甘美なのだろう。
キシリア姉上のあの言葉。耳から流し込まれた毒のような声がリフレインする。
「──余計な小細工はおやめなさい、ガルマ。
お前は私の用意したルートの上だけで、私の言う通りに戦っていればいいのよ。
お前の補給も、人事も、すべて私が管理してあげる。
……私から、逃げようとしないでね、お可愛い弟。
お前が私の手を離れていってしまうなんて、姉上、絶対に許さないから」
姉上、姉上、私は貴女に言われるがままに前進するだけの歩兵(ポーン)ではない。
騎士(ナイト)に、戦車(ルーク)になって、この盤面を駆け巡りたいのだ。
そして、いつか。
──もし連邦との講和をまとめられれば、私は…父やギレン兄上に認められるだけではない。
…王(キング)になれるかもしれないではないか?
あまりにも不敬で誇大な思い付きに、私は我に返り、羞恥と罪悪感で押しつぶされそうになる。
すると、通信モニターからシャアの、楽しそうな笑い声がこだました。
「ははは……、あははははは!」
3.血の盤面に、王子は座す
「……シャア! なぜ笑う?!」
まるで、自分の思い付きを見透かされたような気がして、私は思わず声を張り上げた。
「いや、ガルマ、面白いじゃないか」
シャアの口元が、愉悦に歪んでいた。
「彼女の言うとおりにしてやれよ。君が連邦との講和を目指すなら、そうすればいい。
キシリア少将からすれば、ジオン十字勲章ものの手柄が自ら勢力圏に舞い込んでくるんだ、お喜びくださるだろうよ」
その言葉を聞いたララァが、安堵した顔つきでシャアの画面を見つめた。まるで、自分の意図を完璧に理解してくれる『同類』を見つけたかのように。
シャアは更に言葉を続けた。
「…ララァ、と言ったか。私の考えに、君も賛同してくれたのかな?
……ならば、これからも私を助けてくれると嬉しい。ガルマ大佐を、正しく導くためにね。
ガルマ、あのモビルスーツのデータをとり、ヨーロッパへ誘導するなら、私も協力しよう」
「やってくれるのか、シャア!」
私は親友の頼もしさに、目の前がパッと明るくなった。
「ああ。しかし、私の上司のドズル中将には君から連絡をしてくれよ?
私があのモビルスーツにザクを3機も壊されたせいで、おかんむりなんだ。
地球に降り立っても、またあれを逃がしたとなると、叱られてしまうからな」
「わかった……! ドズル兄上は気性が激しいからな、私が上手く口利きをしておこう」
「私の上司のドズル中将は、君の上司のキシリア少将と仲がお悪い」
シャアが、歌うような優雅な口ぶりで呟いた。
「いっそ、君のその『講和の構想』を、ドズル中将に直接話してみてはどうだ?
中将は、君のことを誰よりも心配しておられる。
君が自らの手で国を救うプランを示せば、あの熱い中将のことだ、感極まって君を全面支持してくださるだろう」
モニターの向こう、シャアのバイザーに反射する光が、獲物を追い詰めた猛禽の眼のように輝く。
親友が私のために知恵を絞ってくれる時は、いつもこうだ。
シャアも私の講和に賛成してくれている!
その瞬間、私の脳内に天啓のような閃きが舞い降りた。
「ああ……! ああ、そうだ! ドズル兄上はキシリア姉上をひどく嫌悪しているのだ。
私が『姉上に出し抜かれる前に、ヨーロッパにモビルスーツを追い込んで姉上の政治的失態にしましょう。その間に、兄上と私で父上を説得して講和へ動くのです』と話せば……
ドズル兄上なら、間違いなく私の味方をしてくれるはずだ!!!」
生まれて初めてかもしれない。
私は、自分の手で『ザビ家を動かす盤面』を構築したのだ!
執務机に置いた自分の指先が、武者震いでガタガタと震えている。全能感に、体中の血が沸騰して沸き立つようだった。
「ありがとう、シャア! 君はやはり、私の最高の友だ!」
「ああ、ガルマ。君の新しい運命の栄光を祈るよ。……通信を終了する」
私は、あのギレン兄上のように、自分が盤面を動かすプレイヤーとなり、姉の支配を揺るがそうとしている。
生まれて初めてともいえる激烈な高揚と歓喜に、私はしばし耽溺した。