GAME OF ZABYS ゲーム・オブ・ザビズ 作:GAME OF ZABYS
1.屠殺の記憶、傲慢の対価
かつての私は、かくも言ったものだ。
『モビルスーツの性能の差が、戦力の差ではない』と。
今日から1つ条件を加えよう。
私のように、加速のGに脳を焼かれながら死線を踊り狂える異常者、ならば、だ。
網膜が、まだ熱い。
数日前のサイド7。連邦のモビルスーツを追跡している時のことだ。
宇宙(そら)に散った部下たちのザクの火花が、目を閉じるたびに鮮烈な残像となって焼き付いている。
「少佐、見てくださいよ! こいつが俺の、新しい相棒です!」
つい先日、届いたばかりのザクを少年のような瞳で自慢げに見せてくれた新兵。
「……ったく、泥の味しかしませんね」
そう言って、暗いブリッジで不味いシチューを共に啜った老練な操縦士。
彼らは、復讐に生きる私が唯一『家族』と呼べる存在だった。
ジオンという巨大な歯車の一部ではなく、私という男を、ただの『指揮官』として慕ってくれた。
それが、あの『白いモビルスーツ』の前ではどうだ、羽虫のように蹂躙された。
白いモビルスーツの放つビーム・サーベルがザクの装甲をバターのように切り裂き、コックピットが爆ぜる。
脱出しようとした若者の身体を、120mm砲の衝撃波が容赦なく引き裂いた。
──嬲り殺しだった。
理不尽なまでの性能差。あれは戦争ではない、一方的な屠殺だ。
家族のために、手柄のために、必死に操縦桿を握りしめる『普通』の兵士たち。
──彼らにとって、性能の差は、決定的な「戦力の差」だ。
私の傲慢な矜持のせいで、彼らを地獄に落としたのではないか。
「……認めたくないものだな、己自身の、若さ故の過ちというものを」
白い悪魔への激しい憎悪。
そして、それ以上の自己嫌悪を頭の中から強制的に叩き出す。
──集中しろ。今はデータ収集だ。
今から思い返せば、『親友』と話していた時の私は、まだ救いようのないほどに“優しかった”のかもしれない。
2.王子の美談は、殺意をよぶ
52分前。地球・北米方面軍司令部、『親友』との通信。
「シャア! 聞いてくれ、私は連邦との講和をまとめたいんだ。
君が部下達を失ったように、もう兵士たちをこれ以上死なせたくない。
……私なら、父上を説得できる!」
モニター越しに、ガルマが目を輝かせて叫ぶ。
その純粋な瞳の奥にあるのは、平和への願い以上に、「父や兄に認められたい」という、吐き気を催すほどの欲望だ。
その無邪気な輝きは、死んだ兵たちの断末魔の叫びすら、無かったことにしようとしている。
私の指先が、微かに震える。
貴様の『王子様ごっこ』を彩る背景に、私の部下達の死を使うというのか。
私の網膜に焼き付いた部下の血を、貴様の『美談』の絵の具に使うというのか。
──殺してやろうか、今すぐ。
ドス黒い殺意が肺の奥まで満ちていく。
だが、私は微笑んだ。仮面の下の表情は、もはや絶対零度の氷に等しい。
「……いいだろう。君の理想に、私の力が必要なら貸そう。
ガルマ、まずは敵を知ることだ。連邦のモビルスーツがいかなるものか。
これより、標的のデータ収集を開始する」
北米の峡谷。
私は数機のザクと共に、砂塵を上げて出撃した。
前方には、あの白いモビルスーツだ。
私の赤いザクが、高機動を活かしてガンダムの周囲を旋回する。
紙一重。頭部バルカンがヘルメットのすぐ横を掠め、機体のセンサーが狂ったように警告音を鳴らす。
「フッ……、逃がさんよ」
こいつは部下の仇だ。
今すぐ、このヒート・ホークをその白銀の首筋に叩き込みたい。
噴き上がる私の『熱い殺意』が、レバーを握る手を血が滲むほど締め上げる。
だが、私の脳はそれを許さない。
回避。射撃。データ収集。
反応速度、出力、防御力──すべてを兵站的な冷静さで記録していく。
この化け物を確実に、そして最も残酷に仕留めるためには、今この衝動で突っ込むことは許されない。
隣で、ガルマ軍のザクが、白いモビルスーツのライフルに撃ち抜かれ、火だるまになる。
「援護する! ガルマ、全軍退け! データは取れた!」
沸騰する怒りを、氷の論理で封じ込める。
この精神の極限状態こそが、私を『生』に繋ぎ止めていた。
3.預言者は、毒婦の顔
(……あの侍女、ララァ・スン。キシリアの息がかかった女か)
戦線を離脱しながら、思考を巡らせる。
あの通信中、ガルマが席を外した瞬間を狙い、私は彼女に探りを入れた。
「……私の『同類』のような顔をするな。
君がキシリア少将の飼い犬であろうと、あるいはガルマ大佐の導き手であろうと……私の盤面を乱すというのなら、遠慮はしない」
「……嫌なおっしゃりようをなさいます。私はキシリア様から、ガルマ様のお力になるようにと、言い含められております」
通信モニター越しに、ララァが私を見つめる。吸い込まれそうな瞳だった。
「少佐、美しい青い瞳をしていますね。
貴方の瞳にうつる戦場は…、コックピットではなく、もっと広大な世界なのではありませんか?」
青い瞳だと。この女。
私の仮面の奥を見透かしているとでもいうのか。
「買い被りだ。私は部下を殺した連邦の化け物に、相応の手向けをしたいだけだ。
私を詮索をするなら、君の飼い主が誰であろうと容赦しない」
4.贖いは、それ以上の血で
狙いはなんだ?
ガルマに講和を吹き込み、裏切り者として処刑する罠か?
いや、あの女狐なら、ガルマを囲い込み、ギレンに対抗するための手駒にするはずだ。
……ならば、好都合だ。
もし、あの坊やが本気で『講和』を唱えれば、ジオンは内乱になる。
ギレン派とキシリア派。
そこに乱入するガルマの講和派。
奴らは互いを食い破るために、より鋭い牙を求める。
新兵器の開発は異常な加速を見せ、より強力なザクが、新型モビルスーツが次々と産み出される。
──連邦との性能の差はうまるのだ。
一方で連邦のタカ派といえば。
白いモビルスーツを『温存』など、絶対にしない。
ガルマの講和姿勢を好機と見て、有利な条件を引き出すために『実戦投入』させるはずだ。
それこそ大暴れさせるだろう、思いっきり。
ガルマの野心が平和を願うほど、戦火は激化し、技術は進化し、
──あの白いモビルスーツは疲弊していく。
「……あははは。面白いな、ガルマ」
髪をかきむしり、理想と現実の狭間で苦悩する王子の姿が目に浮かぶ。
——お可愛い坊やだ。
キシリアのスパイかもしれぬ侍女の言いなりになり、ドズルを巻き込み、
ザビ家を真っ二つに割る内乱の引き金を、自ら満面の笑みで引きにいくか……!
君が愛する家族と戦い、その無邪気な手を、返り血で汚したとき。
その時こそ、君は私に、殺されるに値する。
ザビ家にふさわしい最悪の引導を渡してやろう。絶望を知れ。
白いモビルスーツのビームサーベルが、私のザクのモノアイをかすめる。
今はまだ、勝てない。
いや、勝てなくていい。
戦いが泥沼化して、私のザクが更新される瞬間。
この悪魔の関節が、連邦の傲慢さゆえに劣化するその瞬間。
こいつは、再び私の前に姿を現すだろう。
その瞬間を──私は待つ。
「亡骸(なきがら)は礎(いしずえ)。復讐は、もはや私の“業”(ごう)だ」
私は暗いコクピットの中で、独り、静かに嗤った。
誰よりも残酷に、愉悦をこめて。