GAME OF ZABIS ゲーム・オブ・ザビズ   作:GAME OF ZABYS

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5.血とパン(Side:ガルマ)

1.断頭台の恋、預言者の牢獄

 

「……エッシェンバッハ市長が、ゲリラのスパイに関与している、だと?」

 

報告書に記載された名前を見て、私は思わず喉の奥から絞り出すように呻き声をあげた。

北米基地司令部の通信室から、暗号化された軍機密が外部へ漏洩していた。

それだけではない。憲兵隊の執拗な追及の先には──。

 

 

 

ジョセフ・エッシェンバッハ。

 

この街の市長であり、そして──私が心から愛する女性、イセリナの父親である男の名だ。

 

「嘘だ。市長は、私を嫌ってはいても、そのような短慮を冒す男ではないはずだ」

 

私は机を叩き、立ち上がった。

動揺が止まらない。

 

もしこれが事実なら、私は軍人として、ザビ家の公子として、イセリナの父を裁かねばならない。

それは同時に、彼女との未来を永遠に断つことを意味していた。

 

追い打ちをかけるように、司令部内の身元調査の結果が報告された。

侍女として姉キシリアから送られてきた少女、ララァ・スン。

彼女の父親に、ジオン公国への反逆罪、すなわち犯罪歴があるというのだ。

 

 

「ララァをフラナガン機関へ送還すべきです!」

 

「身元の不確かな者を、大佐の傍に置くわけにはいかない!」

 

士官たちの怒号が響く。私は奥歯を噛みしめた。

 

確かに、姉上の部隊が戦力不足を補うために、受刑者や規律違反者を徴用している話は聞いていた。

だが、今の司令部はスパイ騒動で過敏になっている。

姉上に相談すれば、『代わりの駒』が送られてくるだけだろう。

 

 

 

私は、ララァを手放したくなかった。

 

先日、シャアが命懸けで持ち帰った連邦軍の新型モビルスーツのデータ。

それを使って、私はドズル兄上を説得し、講和への協力を取り付けたばかりだ。

 

その一歩を踏み出す勇気をくれたのは、彼女の不思議な『預言』だった。彼女は、私の未来を映し出す唯一の鏡なのだ。

 

 

「……ララァを独房へ。調査が終わるまで、軟禁とする」

 

欺瞞だ。

彼女を檻に入れることで、逆上する士官たちの目から隠す。

それが今の私にできる精一杯の「守護」だった。

 

 

 

2.さらば与えられん

 

冷たいコンクリートの壁に囲まれた独房で、ララァは膝を抱えてしょんぼりと座っていた。その華奢な肩が、かすかに震えている。

 

「……ララァ。困ったことはないか」

 

鉄格子の隙間から声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。その瞳には、恨み言ではなく、ただ哀しみが湛えられていた。

 

「ガルマ様……。父は、かつて過ちを犯しました。

ですが、どうか親の罪で、子を裁かないでいただけないでしょうか……」

 

彼女の心情吐露は、私の胸を抉った。

 

「分かっている。君を疑っているわけではない。だが、今はこうするしかないんだ」

 

「……エッシェンバッハ市長の調査は、進んでいるのですか?」

 

ララァの問いに、私は言葉に詰まった。

彼女の顔が、一瞬だけ、泣きじゃくるイセリナの顔と重なった。

 

もし市長が有罪なら、私はイセリナをどう扱う?

彼女をこの暗い独房へ入れるのか?

それとも、自らの手で処刑台へ送るのか?

 

 

 

「……うるさい! 市長が関与しているなら、徹底的に叩き潰すだけだ!

ゲリラどもに、ザビ家の怒りを見せつけてやる!」

 

私は自らの恐怖を掻き消すように怒鳴った。

頭の固い市長も、うっとうしいゲリラどもも、私が甘いからつけ上がったのだ。もっと苛烈に、無慈悲に取り締まれば……。

 

 

 

しかし、ララァは静かに首を振った。

 

「いいえ、ガルマ様。貴方の戦場は、ゲリラの潜む荒野ではありません。

──ニューヤークの社交界、エッシェンバッハ市長の元です」

 

「ハト派の善人面をして、裏でスパイを放っていた男と何を話せというんだ!」

 

 

ララァの唇が厳かに開いた。

 

「求めよ、さらば与えられん」

 

「……キリストは、求めるものに自ら会いに行き、与え続けました。

それゆえに、小羊のように無力な男が、主の主、王の王となりえたのです。

 

──ガルマ様、問いかけてください。彼に、困っていることはないか、と」

 

 

 

また、預言か。しかし、私の心は晴れなかった。

 

「……何を言わせる! それで市長が黒なら、私はイセリナの目の前で、彼女の父に処刑を宣告せねばならんのだぞ! 君は私に、愛を捨てろと言うのかッ!」

 

私は思わずララァに背を向けた。

 

 

 

3.見捨てられた街、大国の狭間で

 

翌日、私は重い身体を引きずって、エッシェンバッハ市長との会談に臨んだ。

……本当は会いたくなど、ない。

実際、私の前にたたずむ老市長の目は、侵略者への隠しきれない憎悪に満ちている。

 

 

──ゲリラを討伐している方がよほど楽だ。

 

 

しかし、意を決して、ララァの言葉を反芻し、喉を鳴らした。

 

「……市長。困ったことはないか。…そうだ、配給は、足りているか?」

 

市長の眉が動いた。私を試すような、鋭い視線が突き刺さる。

 

「……足りてなどいるものか。貴方方がここにいるので、連邦軍が物流を遮断していてね。

連邦は我々を完全に見捨てた。どうも君たちを追い出すためなら、この街が飢死しても構わないと思っているようだ」

 

 

皮肉のつもりか。

 

しかし、目の前のこの男は、占領軍への不満以上に、自分たちを見捨てた連邦に、そして何もできない自らに絶望している。

ジオンと連邦の狭間ですりつぶされ、ゴミのように扱われる街。

 

 

 

──見過ごせなかった。

 

「……足りない物資を言ってくれ。サイド3から必要なだけ運ばせる。連邦の封鎖も、突破してみせる」

 

市長の目が驚愕で大きく開く。

 

本当は足りないはずはない。

軍の計算では、最低限の生命維持は可能なはずだ。

 

だが、引っかかった。

最低限、というのが引っかかった。

 

姉上なら「無能な民衆を間引く手間が省ける」と笑うだろうか。

兄上なら「戦場に慈悲は無用だ」と切り捨てるだろうか。

 

 

 

──だが、私は、そうは、なりたくない。

 

実に愚かしい。

私は市長のスパイ容疑を問い詰めるために来た。

なのに、私は自国の大事な物資を、連邦に攻撃されるリスクまで犯してまで、この男にくれやろうとしている。

 

 

市長が疑念混じりの声で告げる物資を全てメモし、私は会談を打ち切った。

 

 

 

4.仮面の男は囁く

 

軍の備蓄物資の融通、何よりもその物資を運ぶ汚れ仕事。

どうしたものかと思い悩む私の前に、赤い軍服の男が音もなく現れた。

 

シャア・アズナブル。

 

今の私にとって、家族よりも、部下よりも、唯一『本音』を晒せる男。

 

「……シャアか」

 

「浮かない顔だな、ガルマ。君ほどの男が、市長一人のスパイ調査に手こずっているとは思えないが」

 

シャアの声はいつも通り、どこか他人事のように、それでいて親密な響きを持って私を包み込む。私は思わず、溜め込んでいた泥のような感情を吐き出した。

 

「……エッシェンバッハ市長と会ってきた。連邦の封鎖で、ジオンの配給だけでは物資が足りぬというのだ。

そして、……スパイ疑惑については、踏み込めなかった。

 

私は、どうすればいい?」

 

 

シャアは、ふぅん、と鼻をならした。薄暗い廊下で、ゆっくりと私に歩み寄る。

 

「市長を断罪するのは簡単だ。

だが、君は、そんな『誰にでもできる正しさ』のために、地球へ降りてきたのか?

兄上や姉上と同じ、冷徹な征服者として一生を終えるつもりか?」

 

 

その言葉は、私の心の奥底にある「焦り」を正確に射抜いた。

そうだ。私は、父上に、兄上に認められたい。

だが、彼らと同じになりたいわけではない。

 

「……私は、私にしかできない統治をしたい。だが、どうすればいいのか分からないんだ」

 

「ならば、ララァの言葉に従ってみたらどうだ。彼女は君に『求めよ、さらば与えられん』、そう言ったのだろう?」

 

 

驚いた。

シャアはすべてを見透かしているのか。

 

「……なぜそれを」

 

「いいか、ガルマ。市長を『スパイ』として断罪するのは容易い。

だが、それでは君はイセリナを失い、この街に消えない憎しみの種をまくだけのことだ。

……それは誰にでもできる、凡庸な正義だよ」

 

シャアは言葉を続けた。

 

「だが……もし君が彼を『パートナー』に変えることができたなら、どうかな?

君は、兄上たちの誰一人として成し得なかった『人心の掌握』という名の、真の武功を立てることになる。

 

……ザビ家の末子ではない、ガルマ・ザビという一人の統治者の誕生だ。……私は、それを見てみたいのだよ」

 

 

 

シャアの『英雄の掌』が、私の肩を力強く叩いた。

 

「ドズル中将への物資の根回しは、君の役目だ。

……封鎖網を突破して物資を運ぶ汚れ仕事は、この私が引き受けよう。

君はただ、ニューヤークの『救世主』として、あの老市長の前に立てばいい」

 

「シャア……。君は、そこまで私のことを……」

 

 

私は胸が熱くなるのを感じた。

 

誰もが私を『ザビ家の末子』としてしか見ない中で、

シャアだけは『ガルマという一人の男』の可能性を信じてくれているのだろうか?

 

「礼には及ばない。

……さあ、行こう。君がパンを配る横で、私が連邦の犬どもを追い払ってやる」

 

シャアは背を向け、悠然と歩き出した。

 

 

私はその背中を見送りながら、すぐさまドズル兄上へ秘匿回線をつないだ。

兄上は、私の「ニューヤークを人心から掌握し、講和の礎にする」という計画を聞くなり、通信画面が割れんばかりの勢いで身を乗り出してきた。

 

「ガハハ! よく言ったガルマ! さすがは俺の自慢の弟だ!

敵を力で屈服させるだけでなく、腹を満たして従わせる……。それこそが真の武人の統治よ!

 

キシリアの奴め、お前を『お人形』扱いしていたようだが、これでお前の実力に腰を抜かすに違いないッ!」

 

 

ドズル兄上は、我が事のように拳を振り回して喜んでくれた。

 

「安心しろ、物資の手配は俺のソロモンから最優先で回してやる!

父上にも、俺から『ガルマが独自の統治で成果を上げている』としっかり話しておいてやるからな! ガハハハハ!」

 

兄上の、どこまでも純粋で力強い肯定。

 

私は自分の決断が『正義』であることを確信していた。

 

あいつが……シャアがいれば。

そして、ドズル兄上が後ろ盾になってくれて、ララァがいて、イセリナが隣にいてくれれば。

 

 

──私は、この残酷な世界を変えられる、かもしれない!

 

 

 

5.血とパン

 

数日後、ニューヤークの街に、赤い彗星のパーソナルマークが刻まれたコンテナが降り立った。

 

「……本当に、持ってきたのか」

 

驚愕する市長に、私は核心を問いかけた。

 

「市長。貴方がゲリラに関与しているのは本当か?」

 

市長は、逃げも隠しもせず、真っ直ぐに私を見た。

 

「その通りだ。彼らは皆、我が街の息子たちだ。

……彼らは、ジオンのために働く屈辱に耐えきれず、職を失った。

そして、腹を空かせた家族のためにパンを盗み、前科者となった男たちだ。

 

──このまま惨めに死ぬのを待つよりはと、銃をとり『ジオンと戦う英雄』になろうとしている」

 

 

 

私は息を呑んだ。

 

市長は言葉を続けた。

 

「しかし、彼らのやっていることは、『ジオンを倒す』と言いながら、地元の商店を襲い、ジオン兵と関わった市民を裏切り者として殺すことだ。

彼らが暴れれば暴れるほど、ジオン軍の治安維持は激しくなり、罪のない市民が死ぬ」

 

「ガルマ公子よ、貴方が彼らを掃討すれば、彼らは『殉教者』となる。

憎しみは連鎖し、この街は死ぬ。

 

……彼らに、人間として生きていける道を示してやってほしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、そうか。

 

 

ゲリラとは、人間、だったか。

 

 

 

 

 

パンを食べ、家族を愛し、何よりも誇れる自分でありたいと必死に生きている。

 

 

──私と同じ、人間だったのだ。

 

 

 

 

 

人として、生きる道──。

私は着任したばかりの自分が、必死にニューヤークの街を取り締まっていたのを思い出した。

 

街を平和にして、認められたい一心で。

 

 

「市長。私はゲリラ掃討を中止する。

もうニューヤークの治安を維持するのは私ではない。

 

……彼らを、『ニューヤーク自治警察』として再雇用し、名誉と給与を与えよう」

 

「……その代わり、貴方は連邦への『窓口』になってほしい。ジオンの公子は、講和を望んでいると」

 

 

 

市長の震える手が、私の手を握った。

 

 

 

6.赤い彗星の福音

 

数日後。

社交界は「赤い彗星がパンを運んできた」という奇跡に沸き立っていた。

私は、シャアに向けられる絶賛に、微かな嫉妬を覚えずにはいられなかった。民衆は、政治的な折衝よりも、目に見える英雄を愛する。

 

だが、それ以上に強い自信が私を支配していた。

私は、父デギンに直訴し、ゲリラの若者たち、そしてララァの父親への恩赦を勝ち取ったのだ!

 

「ガルマ様、ありがとうございます……」

 

独房から解放されたララァが、泣いていた。

私は彼女にそっと寄り添った。

 

「君が誰だろうと関係ない。君が私の未来を預言し導いてくれるのなら、私は君の過去など、いくらでも消してみせる」

 

私はニューヤークの若者たち、そしてララァを助けられた絶頂感で頭がいっぱいだった。

 

 

 

エッシェンバッハ市長が、はじめて私に酒を注いでくれた。

 

「公子。……いや、ガルマ。君に、私の娘イセリナを任せたい。

君なら、この街を、そして娘を、戦火から守り抜いてくれると信じよう」

 

 

 

 

 

──世界を、手に入れた!

 

 

イセリナとの婚約が内定した。

何よりも、私は初めて、自分の力で『平和』という名のパンを焼き上げたのだ!

 

(見ていてください、父上、兄上。私は、ザビ家の力を使わずに、対話で世界を統治してみせます!)

 

 

 

ニューヤークの夜空に上がる祝杯の花火。

 

隣のイセリナの潤んだ瞳に、火花が映り込み、彼女の美しさを幻想的なまでに引き立てていた。

 

「ガルマ様、私、幸せです……」

 

「ああ、私もだ、イセリナ。このガルマ、命を賭けて君を守ると誓おう」

 

 

ふと振り返ると、花火の光の陰で、シャアが静かにグラスを掲げて私に微笑んでいた。

私の最高の理解者。

私の勝利を祝福してくれる親友。

 

幸せだ。

もはや、この世界に私を阻む影など、どこにも見当たらなかった。

 

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