GAME OF ZABIS ゲーム・オブ・ザビズ 作:GAME OF ZABYS
1.断頭台の恋、預言者の牢獄
「……エッシェンバッハ市長が、ゲリラのスパイに関与している、だと?」
報告書に記載された名前を見て、私は思わず喉の奥から絞り出すように呻き声をあげた。
北米基地司令部の通信室から、暗号化された軍機密が外部へ漏洩していた。
それだけではない。憲兵隊の執拗な追及の先には──。
ジョセフ・エッシェンバッハ。
この街の市長であり、そして──私が心から愛する女性、イセリナの父親である男の名だ。
「嘘だ。市長は、私を嫌ってはいても、そのような短慮を冒す男ではないはずだ」
私は机を叩き、立ち上がった。
動揺が止まらない。
もしこれが事実なら、私は軍人として、ザビ家の公子として、イセリナの父を裁かねばならない。
それは同時に、彼女との未来を永遠に断つことを意味していた。
追い打ちをかけるように、司令部内の身元調査の結果が報告された。
侍女として姉キシリアから送られてきた少女、ララァ・スン。
彼女の父親に、ジオン公国への反逆罪、すなわち犯罪歴があるというのだ。
「ララァをフラナガン機関へ送還すべきです!」
「身元の不確かな者を、大佐の傍に置くわけにはいかない!」
士官たちの怒号が響く。私は奥歯を噛みしめた。
確かに、姉上の部隊が戦力不足を補うために、受刑者や規律違反者を徴用している話は聞いていた。
だが、今の司令部はスパイ騒動で過敏になっている。
姉上に相談すれば、『代わりの駒』が送られてくるだけだろう。
私は、ララァを手放したくなかった。
先日、シャアが命懸けで持ち帰った連邦軍の新型モビルスーツのデータ。
それを使って、私はドズル兄上を説得し、講和への協力を取り付けたばかりだ。
その一歩を踏み出す勇気をくれたのは、彼女の不思議な『預言』だった。彼女は、私の未来を映し出す唯一の鏡なのだ。
「……ララァを独房へ。調査が終わるまで、軟禁とする」
欺瞞だ。
彼女を檻に入れることで、逆上する士官たちの目から隠す。
それが今の私にできる精一杯の「守護」だった。
2.さらば与えられん
冷たいコンクリートの壁に囲まれた独房で、ララァは膝を抱えてしょんぼりと座っていた。その華奢な肩が、かすかに震えている。
「……ララァ。困ったことはないか」
鉄格子の隙間から声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げた。その瞳には、恨み言ではなく、ただ哀しみが湛えられていた。
「ガルマ様……。父は、かつて過ちを犯しました。
ですが、どうか親の罪で、子を裁かないでいただけないでしょうか……」
彼女の心情吐露は、私の胸を抉った。
「分かっている。君を疑っているわけではない。だが、今はこうするしかないんだ」
「……エッシェンバッハ市長の調査は、進んでいるのですか?」
ララァの問いに、私は言葉に詰まった。
彼女の顔が、一瞬だけ、泣きじゃくるイセリナの顔と重なった。
もし市長が有罪なら、私はイセリナをどう扱う?
彼女をこの暗い独房へ入れるのか?
それとも、自らの手で処刑台へ送るのか?
「……うるさい! 市長が関与しているなら、徹底的に叩き潰すだけだ!
ゲリラどもに、ザビ家の怒りを見せつけてやる!」
私は自らの恐怖を掻き消すように怒鳴った。
頭の固い市長も、うっとうしいゲリラどもも、私が甘いからつけ上がったのだ。もっと苛烈に、無慈悲に取り締まれば……。
しかし、ララァは静かに首を振った。
「いいえ、ガルマ様。貴方の戦場は、ゲリラの潜む荒野ではありません。
──ニューヤークの社交界、エッシェンバッハ市長の元です」
「ハト派の善人面をして、裏でスパイを放っていた男と何を話せというんだ!」
ララァの唇が厳かに開いた。
「求めよ、さらば与えられん」
「……キリストは、求めるものに自ら会いに行き、与え続けました。
それゆえに、小羊のように無力な男が、主の主、王の王となりえたのです。
──ガルマ様、問いかけてください。彼に、困っていることはないか、と」
また、預言か。しかし、私の心は晴れなかった。
「……何を言わせる! それで市長が黒なら、私はイセリナの目の前で、彼女の父に処刑を宣告せねばならんのだぞ! 君は私に、愛を捨てろと言うのかッ!」
私は思わずララァに背を向けた。
3.見捨てられた街、大国の狭間で
翌日、私は重い身体を引きずって、エッシェンバッハ市長との会談に臨んだ。
……本当は会いたくなど、ない。
実際、私の前にたたずむ老市長の目は、侵略者への隠しきれない憎悪に満ちている。
──ゲリラを討伐している方がよほど楽だ。
しかし、意を決して、ララァの言葉を反芻し、喉を鳴らした。
「……市長。困ったことはないか。…そうだ、配給は、足りているか?」
市長の眉が動いた。私を試すような、鋭い視線が突き刺さる。
「……足りてなどいるものか。貴方方がここにいるので、連邦軍が物流を遮断していてね。
連邦は我々を完全に見捨てた。どうも君たちを追い出すためなら、この街が飢死しても構わないと思っているようだ」
皮肉のつもりか。
しかし、目の前のこの男は、占領軍への不満以上に、自分たちを見捨てた連邦に、そして何もできない自らに絶望している。
ジオンと連邦の狭間ですりつぶされ、ゴミのように扱われる街。
──見過ごせなかった。
「……足りない物資を言ってくれ。サイド3から必要なだけ運ばせる。連邦の封鎖も、突破してみせる」
市長の目が驚愕で大きく開く。
本当は足りないはずはない。
軍の計算では、最低限の生命維持は可能なはずだ。
だが、引っかかった。
最低限、というのが引っかかった。
姉上なら「無能な民衆を間引く手間が省ける」と笑うだろうか。
兄上なら「戦場に慈悲は無用だ」と切り捨てるだろうか。
──だが、私は、そうは、なりたくない。
実に愚かしい。
私は市長のスパイ容疑を問い詰めるために来た。
なのに、私は自国の大事な物資を、連邦に攻撃されるリスクまで犯してまで、この男にくれやろうとしている。
市長が疑念混じりの声で告げる物資を全てメモし、私は会談を打ち切った。
4.仮面の男は囁く
軍の備蓄物資の融通、何よりもその物資を運ぶ汚れ仕事。
どうしたものかと思い悩む私の前に、赤い軍服の男が音もなく現れた。
シャア・アズナブル。
今の私にとって、家族よりも、部下よりも、唯一『本音』を晒せる男。
「……シャアか」
「浮かない顔だな、ガルマ。君ほどの男が、市長一人のスパイ調査に手こずっているとは思えないが」
シャアの声はいつも通り、どこか他人事のように、それでいて親密な響きを持って私を包み込む。私は思わず、溜め込んでいた泥のような感情を吐き出した。
「……エッシェンバッハ市長と会ってきた。連邦の封鎖で、ジオンの配給だけでは物資が足りぬというのだ。
そして、……スパイ疑惑については、踏み込めなかった。
私は、どうすればいい?」
シャアは、ふぅん、と鼻をならした。薄暗い廊下で、ゆっくりと私に歩み寄る。
「市長を断罪するのは簡単だ。
だが、君は、そんな『誰にでもできる正しさ』のために、地球へ降りてきたのか?
兄上や姉上と同じ、冷徹な征服者として一生を終えるつもりか?」
その言葉は、私の心の奥底にある「焦り」を正確に射抜いた。
そうだ。私は、父上に、兄上に認められたい。
だが、彼らと同じになりたいわけではない。
「……私は、私にしかできない統治をしたい。だが、どうすればいいのか分からないんだ」
「ならば、ララァの言葉に従ってみたらどうだ。彼女は君に『求めよ、さらば与えられん』、そう言ったのだろう?」
驚いた。
シャアはすべてを見透かしているのか。
「……なぜそれを」
「いいか、ガルマ。市長を『スパイ』として断罪するのは容易い。
だが、それでは君はイセリナを失い、この街に消えない憎しみの種をまくだけのことだ。
……それは誰にでもできる、凡庸な正義だよ」
シャアは言葉を続けた。
「だが……もし君が彼を『パートナー』に変えることができたなら、どうかな?
君は、兄上たちの誰一人として成し得なかった『人心の掌握』という名の、真の武功を立てることになる。
……ザビ家の末子ではない、ガルマ・ザビという一人の統治者の誕生だ。……私は、それを見てみたいのだよ」
シャアの『英雄の掌』が、私の肩を力強く叩いた。
「ドズル中将への物資の根回しは、君の役目だ。
……封鎖網を突破して物資を運ぶ汚れ仕事は、この私が引き受けよう。
君はただ、ニューヤークの『救世主』として、あの老市長の前に立てばいい」
「シャア……。君は、そこまで私のことを……」
私は胸が熱くなるのを感じた。
誰もが私を『ザビ家の末子』としてしか見ない中で、
シャアだけは『ガルマという一人の男』の可能性を信じてくれているのだろうか?
「礼には及ばない。
……さあ、行こう。君がパンを配る横で、私が連邦の犬どもを追い払ってやる」
シャアは背を向け、悠然と歩き出した。
私はその背中を見送りながら、すぐさまドズル兄上へ秘匿回線をつないだ。
兄上は、私の「ニューヤークを人心から掌握し、講和の礎にする」という計画を聞くなり、通信画面が割れんばかりの勢いで身を乗り出してきた。
「ガハハ! よく言ったガルマ! さすがは俺の自慢の弟だ!
敵を力で屈服させるだけでなく、腹を満たして従わせる……。それこそが真の武人の統治よ!
キシリアの奴め、お前を『お人形』扱いしていたようだが、これでお前の実力に腰を抜かすに違いないッ!」
ドズル兄上は、我が事のように拳を振り回して喜んでくれた。
「安心しろ、物資の手配は俺のソロモンから最優先で回してやる!
父上にも、俺から『ガルマが独自の統治で成果を上げている』としっかり話しておいてやるからな! ガハハハハ!」
兄上の、どこまでも純粋で力強い肯定。
私は自分の決断が『正義』であることを確信していた。
あいつが……シャアがいれば。
そして、ドズル兄上が後ろ盾になってくれて、ララァがいて、イセリナが隣にいてくれれば。
──私は、この残酷な世界を変えられる、かもしれない!
5.血とパン
数日後、ニューヤークの街に、赤い彗星のパーソナルマークが刻まれたコンテナが降り立った。
「……本当に、持ってきたのか」
驚愕する市長に、私は核心を問いかけた。
「市長。貴方がゲリラに関与しているのは本当か?」
市長は、逃げも隠しもせず、真っ直ぐに私を見た。
「その通りだ。彼らは皆、我が街の息子たちだ。
……彼らは、ジオンのために働く屈辱に耐えきれず、職を失った。
そして、腹を空かせた家族のためにパンを盗み、前科者となった男たちだ。
──このまま惨めに死ぬのを待つよりはと、銃をとり『ジオンと戦う英雄』になろうとしている」
私は息を呑んだ。
市長は言葉を続けた。
「しかし、彼らのやっていることは、『ジオンを倒す』と言いながら、地元の商店を襲い、ジオン兵と関わった市民を裏切り者として殺すことだ。
彼らが暴れれば暴れるほど、ジオン軍の治安維持は激しくなり、罪のない市民が死ぬ」
「ガルマ公子よ、貴方が彼らを掃討すれば、彼らは『殉教者』となる。
憎しみは連鎖し、この街は死ぬ。
……彼らに、人間として生きていける道を示してやってほしい」
ああ、そうか。
ゲリラとは、人間、だったか。
パンを食べ、家族を愛し、何よりも誇れる自分でありたいと必死に生きている。
──私と同じ、人間だったのだ。
人として、生きる道──。
私は着任したばかりの自分が、必死にニューヤークの街を取り締まっていたのを思い出した。
街を平和にして、認められたい一心で。
「市長。私はゲリラ掃討を中止する。
もうニューヤークの治安を維持するのは私ではない。
……彼らを、『ニューヤーク自治警察』として再雇用し、名誉と給与を与えよう」
「……その代わり、貴方は連邦への『窓口』になってほしい。ジオンの公子は、講和を望んでいると」
市長の震える手が、私の手を握った。
6.赤い彗星の福音
数日後。
社交界は「赤い彗星がパンを運んできた」という奇跡に沸き立っていた。
私は、シャアに向けられる絶賛に、微かな嫉妬を覚えずにはいられなかった。民衆は、政治的な折衝よりも、目に見える英雄を愛する。
だが、それ以上に強い自信が私を支配していた。
私は、父デギンに直訴し、ゲリラの若者たち、そしてララァの父親への恩赦を勝ち取ったのだ!
「ガルマ様、ありがとうございます……」
独房から解放されたララァが、泣いていた。
私は彼女にそっと寄り添った。
「君が誰だろうと関係ない。君が私の未来を預言し導いてくれるのなら、私は君の過去など、いくらでも消してみせる」
私はニューヤークの若者たち、そしてララァを助けられた絶頂感で頭がいっぱいだった。
エッシェンバッハ市長が、はじめて私に酒を注いでくれた。
「公子。……いや、ガルマ。君に、私の娘イセリナを任せたい。
君なら、この街を、そして娘を、戦火から守り抜いてくれると信じよう」
──世界を、手に入れた!
イセリナとの婚約が内定した。
何よりも、私は初めて、自分の力で『平和』という名のパンを焼き上げたのだ!
(見ていてください、父上、兄上。私は、ザビ家の力を使わずに、対話で世界を統治してみせます!)
ニューヤークの夜空に上がる祝杯の花火。
隣のイセリナの潤んだ瞳に、火花が映り込み、彼女の美しさを幻想的なまでに引き立てていた。
「ガルマ様、私、幸せです……」
「ああ、私もだ、イセリナ。このガルマ、命を賭けて君を守ると誓おう」
ふと振り返ると、花火の光の陰で、シャアが静かにグラスを掲げて私に微笑んでいた。
私の最高の理解者。
私の勝利を祝福してくれる親友。
幸せだ。
もはや、この世界に私を阻む影など、どこにも見当たらなかった。