GAME OF ZABIS ゲーム・オブ・ザビズ 作:GAME OF ZABYS
1.姉の欺瞞、弟の盲信
「まもなく、連邦のモビルスーツの鹵獲に成功する見込み、だと......?」
北米司令部。
ガルマの手元に届いたキシリア姉上からの親書には、そう記されていた。
──連邦の白い悪魔。
あの怪物を、キシリアが独力で、しかもこの短期間で手中に収めるなど、戦場を知る者からすれば噴飯ものの虚報だ。
しかし、講和への道を模索し始めたばかりのガルマにとって、その報告は冷水を浴びせられたようなものだっただろう。
「シャア、君はどう思う。姉上が本当にあのモビルスーツを鹵獲できると思うか?」
ガルマが不安げに私を見上げる。
私は仮面の下で、冷笑を噛み殺した。
(相変わらずの坊やだよ、ガルマ。
君はまだ、肉親が政治の盤面で、いかに冷酷に身内を切り捨てるかを知らない)
「ガルマ、キシリア様は焦っておいでなのだろう。あのモビルスーツを簡単に鹵獲できるとは思えない。
なのに、君とドズル中将が講和という名目で手を組み、着実に成果を上げている。
少将にとって、それは己の無能を晒されるに等しい。
......この通信は、君たちの連携を乱し、判断を狂わせるための毒矢ではないだろうか?」
「そうか......やはりシャア、君は頼りになる」
「もしよければ、私がオデッサに偵察に行こう。
キシリア少将があのモビルスーツとどう戦っているのか、調査して報告する。
君からドズル中将にとりなしてくれるか?」
ガルマが安堵のため息をつく。
「ああ、わかった。任せておいてくれ」
オデッサ──地球における重要資源採掘場の1つ。
そして、そこを脅かす連邦の白い影。
──キシリア。ザビ家の女帝。
あの女を破滅させる、チャンスがあるかもしれない。
2.青き巨星との再会
ドズル中将から送られた援軍との合流地点。
砂塵を巻き上げて現れたその部隊を見た瞬間、私の背筋を、戦慄が走り抜けた。
「ランバ・ラル......!」
仮面越しに見つめるその男は、記憶にある姿よりも一回り小さく、だが岩のように頑強なままだ。
かつて私の父、ジオン・ズム・ダイクンに忠誠を誓い、幼い私とアルテイシアをザビ家の魔手から救い出し、地球へと逃がしてくれた恩人。
ラル家はその後、ダイクン家に肩入れした咎で失脚したと聞いていた。
「……シャア少佐とお呼びすればよろしいかな。ドズル中将から、貴方と共にオデッサを目指せと承っている。」
ラルの声は、腹の底に響くような野太さを持っていた。
その瞳に、かつての主君の息子の面影を探すような色は微塵もない。
彼はただの忠実な軍人として、そこに立っていた。
ラルの率いる部隊は、ジオン国内でも『元政治犯』の集まりとして冷遇されている。
かつての『ダイクンの盾』は、今やザビ家の使い捨ての駒に成り下がっていた。
「さて、シャア少佐、出発の前に、ドズル中将からの心遣いを受け取ってほしい。
貴方の3倍の機動に耐えうるよう、各部のアクチュエーターを限界まで引き上げた特別仕様機だ。
……少佐、これは贈り物ではない。中将からの期待という呪縛だよ」
ラルの言葉と共に現れたのは、燃えるような紅蓮に塗られた、新型のザクII S型。
思わず、私は仮面の下で、子供のように目を輝かせていた。
実に良い機体だ。
(……これだ。脳髄を押し潰すような、このGの加速。これならば、あの白い怪物を、私の力でねじ伏せることができるッ!)
私は無意識に機体の装甲を愛おしげになぞっていた。
それは、ザビ家への憎悪を一時的に忘れさせるほど、純粋な『力』への歓喜だった。
ランバ・ラルは、そんな私を、目を細めて見つめていた。
ラルのモビルスーツは、アップデートされたばかりの新型機、グフだ。
「少佐、ドズル中将は本気だ。
少佐の新型ザクも、このグフのアップデートも、ガルマ大佐の講和交渉が実を結ぶまでの時間を無駄にせんという、中将の親心よ」
ラルが誇らしげに語る言葉を聞きながら、私は仮面の下で、抑えきれない愉悦を噛みしめていた。
(……親心、か。大尉、貴方は純粋すぎる。
ドズル中将がガルマの講和案に乗ったのは、平和を願っているからではない。
ガルマという『平和の使者』に連邦の目を逸らさせ、交渉を強いている間に、サイド3の奥深くでゲルググやビグザムといった決戦兵器の完成を急がせるためだ)
(滑稽だよ、ガルマ。君の野心が平和を求めるほど、兄上たちは君を踏み台にして、より凄惨な戦争の準備を整えていく。
……誰も君を対等なプレイヤーとは思っていないのだよ)
偵察任務の最中、ラルは私を機動試験に誘った。
「赤い彗星の噂は聞いている。是非、貴方の3倍速の機動力をこの目で見たいものだ」
「……は。ですが大尉、あまり注視しすぎないことです。
私の赤は、敵には死の予兆にしか見えないと言われておりますので。
……お互い、味方で良かったと思える戦いをお見せしましょう」
その青い機体は、まるでラルの意志を宿した生き物のように、荒野を駆け巡った。
「少佐、あんたのザクは速いが、バーニアの噴射タイミングが僅かに早すぎる。殺気が機体より先に届いているぞ。
一流の獲物は、そのコンマ数秒の“気配”を読んで回避する。出力に頼るな、機体の慣性を利用しろ」
通信越しに飛んでくるラルの叱咤。
「……厳しいですな、大尉。ですが、四肢の同調(シンクロ)は悪くありません。
このS型、私の反射速度にようやく追いついてきた」
普段の私なら冷笑して一顧だにしない言葉だ。
だが、この男の言葉は、心地よかった。
水が乾いた土に沁み込むように、私の脳が、身体が、男の言葉を受け入れ、自分のものにしようとしているのだ。
──微笑って、いる?私は……楽しい、のか?
私はいつしか、己の復讐心すら忘れ、一人のパイロットとして、かつての恩人に挑んでいた。
自分と同等、いや、それ以上かもしれないパイロットとの真剣勝負。
私は時を忘れた。
3.生存を肯定する王、ダイクンの熱
夜。オデッサの資源採掘場を遠くに望むキャンプで、私はラルと酒を酌み交わした。
兵たちが離れた場所で談笑する中、私は偽りの名の下に、核心を突く問いを投げた。
「ラル大尉。あなたの家は、ダイクン家に肩入れして失脚したと伺いました。
......なぜ、あんな死に体の家系を助けたのですか?」
ラルは豪快に笑い、安物の酒を煽った。
「おいおい、思想尋問か? 少佐」
「いえ、単純な興味です。ジオン・ズム・ダイクン。
......ニュースや記録で見る彼は、粗野で荒唐無稽な理想を語る男にしか見えません。
なぜ、あなたのような人間が彼に命を懸けたのです?」
ラルの表情から笑みが消えた。
彼は夜空を見上げ、独り言のように呟いた。
「あの人の話はな、スペースノイドがどうとか、人類の革新がとか、そんなもんじゃない。
妙な感覚だが、あの人の言葉には…、
皆に言ってるんじゃない、あんたに言ってる。この宇宙には、私とあんた、二人だけだ。
民族も、組織も、政治も、思想も関係ない。
過去も未来も関係ない。
あんたと境目が分からなくなるほど、私は溶け合ってる。.
.....上手く言えねぇが、あの人の演説には、名もなき俺たちに『お前は生きていていい、お前は主人公だ』と錯覚させる躍動があったんだ」
生きていていい。
──生存の肯定。
私は奇妙な戦慄を覚えた。私の記憶にある父といえば。
夜中、酒の匂いを部屋中に撒き散らしながら、
演説の推敲で行き詰まっては母アストライアに縋り付く男。
世界の救済という肥大化した妄想を喚き散らす男。
──思想という麻薬に脳を浸し、その生贄として母上の人生をすり潰していく狂人。
だが、ラルの語る『ジオン・ダイクン』は、大衆を熱狂させ、理屈を越えて人を動かす、確かな熱を持っている。
──ガルマが目指す『平和』など、その熱に比べればあまりに脆い。
4.キシリアの冷酷、捨て駒の矜持
翌日、我々はオデッサ近郊で激しい爆音を耳にした。マ・クベ大佐の部隊、そして『黒い三連星』が、連邦の新型モビルスーツと交戦していたのだ。
我々は偵察任務の範疇として、その戦闘を観測した。
砂塵の向こう、黒い三連星を翻弄する白い影。
それを見た瞬間、私の視界は赤く染まった。
脳裏に蘇るのは、サイド7、大気圏突入のあの光景。
私の指示に従い散っていった部下たちの顔だ。
デニム、ジーン、スレンダー……。
(……貴様さえ、貴様さえ、いなければ…)
知らず、私の手は操縦桿を限界まで握りしめ、機体のアクチュエーターが悲鳴を上げる。
観測任務という名目を忘れ、今すぐこの新型機で突っ込み、あの白い首をへし折りたいという殺意が、全身を駆け抜けた。
「落ち着け、少佐。その殺気、今は研いでおけ。……戦場に呑まれては、一流の獲物は狩れんぞ」
通信越しに届いたラルの、野太く、だが静かな制止。
私は我に返り、荒い呼吸を整えた。
「……失礼しました、大尉。……少々、昔の傷が疼いたようです」
「気にするな。......黒い三連星、苦戦しているな。やつらでさえ、あの化け物には手を焼くと言うのか」
ラルの言葉通りだった。
だが、それ以上に醜悪だったのは、本国からの通信傍受だった。
キシリアの冷徹な声が、通信回線を通じて届く。
『三連星の機体データは確保した。これ以上の消耗は戦力対効果が見合わん。
三連星は使い潰せ。採掘スケジュールを1秒たりとも遅らせるな』
……三連星を使い潰せ、だと。
キシリア少将、貴女は本国へは白い悪魔を『鹵獲寸前』だと報告していたはず。
ギレンやドズル、他派閥の介入を拒むために。
だが、現実はどうだ?
黒い三連星を使い潰してでも、貴女が『連邦のモビルスーツの処理』を急ぐ理由はなんだ?
ふと、採掘坑から吐き出される、異常な土砂の山を見下ろす。
(ジオンの命脈を握る、巨大資源。
兄弟達にこの地の真価を露見させまいと、こいつ(キシリア)は焦っている。……滑稽だな)
キシリアの冷ややかな声が響く。
『一騎の悪魔を解剖するためには、三つの消耗品は安い代償だわ』
「......反吐が出るな。キシリア少将の配下……マ・クベ大佐は、戦場を兵站の帳簿としか見ていない。
兵の血を出世の踏み台としか見ておらんようだ」
ラルが吐き捨てるように言った。
兵を使い捨ての駒としか見ないザビ家の流儀。
「生きろ」と説いた男の国が、独裁者の手にわたり、
理想だけを振りかざしながら、
兵たちの血を吸い上げ、狂い咲いている──。
私はその光景を、冷めた目で見つめていた。
(甘いよ、大尉。その怒りは正しいが、その『正しさ』こそが、我が身を滅ぼす。)
ふと、笑いがこみあげる。
──そう、その正しさのおかげで、私は今こうして生きている。
貴方のその甘さ、今の私には、……酷く愛おしいよ。
5.さらば、父という名の幻影
オデッサの巨大な資源採掘場、その底なしの闇を見下ろしながら、私はラルに問いかけた。
「......大尉。昔、あなたがダイクン家の忘れ形見の子どもたちを逃がしたという噂は、本当ですか?」
ラルは驚いたように私を見た。
はぐらかされるかもしれない。一瞬そう思ったが、目の前の男は、すぐに穏やかな顔になった。
「本当だよ。......生きていてくれれば、それでいい。親の犠牲になどなる必要はないのだ。
ただ幸せに、どこかで生きていてほしいと.....そう、願っているよ」
──ただ、幸せに。
私に普通の父親がいたら、こうだった、のかもしれない。
郷愁ともいえる思いに、少しだけ胸が痛んだ。
そして、まただ、また、私は微笑っている。
だが、その瞬間に私は確信した。
この男の祈りにも似た『願い』を、裏切らねばならないのだと。
ガルマは『パン』を与えれば、憎しみが消えると信じている。
だが、大衆が真に飢えているのは、食料ではない。
自らを特別な存在だと感じさせてくれる『狂信的な熱』と『居場所』だ。
そして、その熱狂の種をまくには、美しき犠牲者という名の『血』が不可欠なのだ。
──そして、その犠牲者が、弱く、無力で、皆に愛される小羊であればあるほど、
民衆は残酷に熱狂するだろうよ!
偵察キャンプの最後の夜。
「......さあ、行きましょう、ラル大尉。ニューヤークでは、ガルマ大佐が我々の帰還を待っています」
ラル大尉が満足げに席を立ち、兵たちの輪へ戻っていく。
その背中を見送る私の視界に、琥珀色の液体を湛えたグラスが差し出された。
クラウレ・ハモン。
ラルの傍らに咲く、この荒野には不釣り合いなほど鋭い美貌を持つ女性だ。
「お噂は聞いているわ、シャア少佐。ガルマ大佐のために縦横無尽のご活躍だそうね」
彼女は私の隣に腰を下ろすと、焚き火の爆ぜる音を聴きながら、私の横顔をじっと覗き込んだ。その瞳は、軍人のそれではなく、夜の街で数多の嘘を剥ぎ取ってきた女の目だった。
「……その仮面、外してあげましょうか? 今の貴方、とても悲しそうな声をしているわ。まるで、ご自分を偽っているような……」
私は早々に両手を上げて降参のポーズをとる。こういう女は苦手だ。
「……私の仮面を剥ぎ取っても何もでませんよ。私は、自分の任務を全うしているだけの男です」
私の社交辞令を、彼女は薄く、慈悲深い微笑で受け流した。そして、グラスを傾けながら囁くのだ。
「……愛しているのね、彼を」
私は、思わず酒を噴き出した。
「はははは!……ハモンさん、実に面白いことをおっしゃいますね!」
憎んで、憎んで、──憎みすぎた。
それを、愛、などとぬかすか!
──愛している?そんなものじゃない!
私は仮面を直し、ザクII S型のスロットルを押し込んだ。
ラルの優しさを、ザビ家の冷酷を、全てを吞み込んで、復讐の炎をさらに大きく燃やすのだ。
今ここにいるのは、シャア・アズナブル。
ザビ家を内側から食らい尽くす、怪物だ。
──父の名は、遠く過ぎ去った。
恩人の無垢な願いと、今の私を隔てるものは、あまりに遠い──。
だから今は。今だけは。
私はコックピットの中で、あの男と酌み交わした酒を啜り、それを偲ぶのだ。