GAME OF ZABIS ゲーム・オブ・ザビズ 作:GAME OF ZABYS
1.父の名を汚す者、父の名を負う者
「……ジオン・ズム・ダイクンの遺志は、闘争にあるのではない!
今こそ私たちが、ダイクンの遺志を実現し、真の自由を手にするのだ!」
ガルマからこの言葉が飛び出した時、私の背筋を、氷のような怒りが走り抜けた。
仮面の下の瞳が、血の滲むような殺意で塗りつぶされる。
(ダイクンの……遺志だと?)
ランバ・ラルが語った、父ジオン・ダイクンの『熱』。
それは、名もなき民衆に生存を肯定させる、狂気的なまでのカリスマだった。
それを、この男が。
ザビ家の甘ったれの無神経で無能な男。
あろうことか父の名を、自らの『講和』という名の保身に利用しようとしている。
(……貴様。その言葉を誰に教わった? あの女か? それとも、貴様自身の、矮小な支配欲か?)
この男がダイクンの名を叫べば叫ぶほど、ジオンの民衆の中に眠る『狂熱』が目を覚ます。
だが、それは講和への道ではない。
この男がダイクンを演じれば演じるほど、本物の『ダイクンの息子』である私との断絶は、もう埋められない深淵となる。
「……はは…。はははははは!!」
この男。
この男を、この『偽りのダイクン』を、最高に輝かせたまま、その全存在を否定して殺す。
それはもはや復讐ではない。
父の名を汚す者への、そして、自分を苛立たせる『光』への、最高の浄化であり、救済だ。
「シャア少佐、ガルマ大佐がお呼びです」
兵士の声に、私はゆっくりと仮面を直し、微笑を浮かべた。
「ああ、すぐに行こう。……王子の凱旋を、祝わなければならないからな」
2. 戦火の秤は何を指す
地球・北米方面軍司令部。
私とランバ・ラルは、ガルマそして、宇宙要塞ソロモンのドズルに、オデッサでの偵察結果を報告していた。
モニターに映るのは、不気味に静まり返った連邦軍の進軍予測線だ。
ドズルが巨大な拳を机に叩きつける。
「キシリアの奴め、このオデッサの莫大な資源を独占しようと躍起になっておったのか。
あの女狐、ガルマの講和案にも、鼻で笑う始末だ!」
私は冷ややかな眼差しを仮面の奥に隠し、静かに口を開いた。
「ドズル中将、私に策があります。キシリア少将の懐刀、マ・クベ大佐に『取引』を持ちかけましょう。
このままではオデッサは連邦の手に落ちます。オデッサの防衛に、私とランバ・ラル大尉、さらにはガルマ大佐、ドズル中将の戦力を無償で貸し出す。
その代わり、キシリア少将は政治の場でガルマ大佐の講和案を支持し、ギレン総帥を牽制する立場に回っていただくよう取引するのです」
ドズルは巨体を揺らし、感極まったように言葉を発した。
「なるほど、戦場(オデッサ)で貸しを作り、政治(サイド3)で返させるというわけか。
キシリアの女狐も、オデッサを失う恐怖には勝てまい。
よし、わかった!俺の直属からも追加の補給物資を回そう。
シャア、ランバ・ラル、ガルマの理想を……ひいては、ザビ家の団結を、貴様に託したぞ!」
そして、ガルマは。
震える手で私の手を握る。
その瞳には、私への全幅の信頼が宿っていた。
「シャア……君という男は、いつも私の想像を超えてくれる」
「キシリア姉上を味方に引き込めれば、ギレン兄上も無理は通せない。
これで、父上の望む平和へ大きく近づける……!
ありがとう、シャア。君がいてくれて、本当に良かった。
君こそ、私の、ジオンの真の『救世主』だ!」
なんとも、滑稽な気分だ。
自ら墓穴を掘り進める男に、感謝される気分というのは。
だが、いい。
キシリアの失脚、そしてギレンとガルマの共食い。
最後に残るのが誰であれ、その首を刈り取ってやる。
──その瞬間だ。ザビ家は滅亡し、私の復讐は完成される。
ふと、ララァの視線を感じた。
彼女だけが、何かもの言いたげな瞳で私をじっと見つめていた。
3. 死神は預言者を伴いて
「シャア、ララァを君と一緒に連れて行ってくれ。
彼女は私の、いや、この和平交渉の『勝利の女神』なのだ。きっと君の役に立つ」
「何故だ?君とギレン総帥の公開討論会に同席させなくていいのか?」
「ああ、実は彼女が行きたがったんだ。君と行きたい、と。
そして、どうも、公開討論会には自分はいない方が良い、とも言っていた。何か感じるものがあるのだそうだ」
あの女、私を監視するつもりか。
気乗りはしなかったが、断る理由がなかった。
私は、妙な預言の女、ララァ・スンを伴って再びオデッサへ向かう機体の中にいた。
ふと、座席の横に置かれた豪奢な紙袋に目をやる。出撃直前、ガルマが自ら機内に持ち込んできたものだ。
「シャア、ララァ。道中、腹が減るだろう? これはニューヤークで私が配ったのと同じ、特製のパンだ。
……あの街の平和の味を、君たちにも分かち合いたいと思ってね」
親友のあの、誇らしげで、一点の曇りもない笑顔。
私は無造作に袋を破り、まだ微かにバターの香りを残す白パンを一口、口に運んだ。
噛みしめた瞬間、脳髄を刺すような甘ったるさが、私の胸をつく。
(……甘すぎるな。本当にパンか?)
ガルマの善意は、私の乾いた喉を、ただ不快に逆撫でするだけだった。
「少佐……? お口に、合いませんでしたか?」
ララァが、怪訝そうに私を見つめる。私は食べかけのパンを乱暴に紙袋へ戻し、冷たく言い放った。
「いや……。私には少し、贅沢すぎる味だったというだけだよ」
かつての部下、副官ドレンの家で啜った、あの泥臭いシチューの方が私にはよほど合っている。コックピットを包む微かな振動が、私たちの沈黙を際立たせた。
「......ガルマ様は、優しいお方ですね」
ララァがぽつりと呟いた。その水晶のような瞳が、流れる雲を見つめている。
「坊やだからな。......君は、なぜこれほどまでにガルマに協力する? 講和を成功させて、君は何を手に入れるのだ?」
ララァは寂しげに首を振った。
その細い指が、胸元のロケットを握りしめる。
「......私の父は、ルウム戦役の激戦地に送られて死にました。
家を失い、娼館に売られ......。私をおいて死んでしまった父を、恨んだこともあります」
ララァは言葉を続けた。
「皆、死者を忘れろと言います。私が泣いても、恨んでも、……どれだけ、悲しんでも。父は喜ばないからと。
でも......忘れるなんてできない。父のために、何かしてあげないと頭がおかしくなってしまいそうだったのです。
私が和平を進めているのは、ジオンのため、コロニーのため、何とでも言えます。
でも、本当はそんなもののためじゃない。......自分のためです。自分が救われたいだけなのです」
思わず、喉元が熱くなった。
ルウム戦役──。
自分が『赤い彗星』として称えられ、ザビ家の中枢へと駆け上がるための踏み台にした戦場。
そこで一人の女の人生が、完膚なきまでに破壊されていたのだ。
「......そうか」
私は初めて、自分の『武功』の背後に積み上げられた、死者の重みを感じた。
罪悪感、などではない。
それは、深く、そして暗い『共鳴』だった。
「ララァ。君もまた、復讐のために戦っているのだな」
「復讐......? 私は......」
「和平という名の復讐だ。
君は、父親が死なずにすんだ未来があったのではないかと願ってる。
それを今からでも実現することで、君は君自身の魂を、過去から救おうとしている」
加害者と被害者。
救いを求める者と、破滅を招く者。
この女と私は、相容れない。
だが、復讐者という一点において、共鳴するところがある。
「少佐、貴方は?貴方は和平がなったら、どうなさるのですか?」
「……その時は、私の役目も終わる。過去に囚われた幽霊は、新しい世界には必要ないからな」
私は、自分の手を見つめた。
「だが、幽霊には幽霊なりの『弔い』のやり方がある。
……君が救われるその時、私もまた、自分なりの結末を迎えるつもりだよ」
ララァはそっと瞳を閉じた。
「……あなたの本当の復讐は、これから始まるのですね」
4.断頭台に伏す首は
オデッサ基地。
マ・クベの応接室には、前線基地とは思えぬほど優雅なバロック音楽が流れていた。
壁面には、戦場には不釣り合いな一枚の巨大な油彩画が飾られている。
──ピーテル・パウル・ルーベンスの『マリー・ド・メディシスの肖像』。
豪華絢爛なドレスと真珠に身を包み、溢れんばかりの権威を湛えた女。
息子を傀儡として操り、一族を支配せんと凡愚な欲望を宿した女后の姿。
私がまだ幼いキャスバルだった頃、同じ絵を見たことがあった。
父の正妻、ローゼルシア・ダイクンの古い屋敷で。
私に『妾の子』としての分を弁えさせ、父の理想から私を遠ざけようとした、権威をふりかざす高慢な女。
豪華な額縁に収まり、支配を愉しむその姿は、かつてのダイクン家を、そして今のザビ家を象徴している。
(……キシリア、そのものだな)
私は仮面の下で、その肖像画にザビ家の女帝の面影を重ねた。
ガルマを『お可愛い弟』と呼び、慈しむふりをしながら、その実、自分の用意した盤面から逃がさないよう蜘蛛の糸で絡め取る毒婦の姿を。
……だが、女后の椅子に座りたがる女たちの末路なぞ、いつの時代も決まっているものだ。
マ・クベは、自慢の青磁の壺をなぞりながら、私の提案を鼻で笑った。
「……ガルマ大佐とドズル中将の戦力を借りる? シャア少佐、冗談が過ぎるな。
このオデッサはキシリア少将の直轄地。他派閥の泥靴を受け入れるほど、私は困窮してはいないよ」
「ほう。ならば、このまま連邦の白い悪魔に、この『ジオンの心臓』を抉らせるおつもりか?」
マ・クベの手が、一瞬だけ止まる。
私は追い打ちをかけるように、机に一枚のチップを置いた。
「これは偵察データだ。連邦の物量、そして例の新型の性能……三連星をもってしても、防衛は五分だろう。
もしここを失えば、キシリア様は全資源の独占を疑われ、ギレン総帥に処刑の口実を与えることになる。
大佐、貴方も連座は免れまい」
マ・クベの冷たい瞳に、計算の火が灯る。
「……条件は」
「防衛に加勢する代わりに、キシリア少将にガルマ大佐の『講和案』を支持させる。
ギレン総帥の独走を止めるために、姉弟で手を組めと進言していただきたい」
マクベは青磁の壺を棚に戻し、不快そうに唇を歪めた。
「……食えない男だ。貴公はキシリア様をガルマという名の泥舟に乗せるつもりか」
「まさか。私は、ジオンの未来を憂いているだけですよ。……お互いにね」
執務室を出て、薄暗い回廊を歩きながら、私は懐の端末を操作した。
ガルマの『理想』とマ・クベの『横領』を詳細に記したデータを、サイド3の総帥府へ向けて送信する。
「……総帥、これが貴公が待ち望んだ『若き英雄を断頭台へ送るための台本』だ。
ガルマが父を、ダイクンを語れば語るほど、彼はジオンを売る背信者となる。
……さあ、最高の『葬送演説』を聞かせてくれ、ギレン総帥」
そして、キシリア。
あの女狐がこの程度の取引で引き下がるはずがない。
今頃、ガルマを飼い殺し、あるいは使い潰すための毒矢を、あの甘い弟の喉元に仕込んでくるはずだ。
──せいぜい、仲良し姉弟ごっこを楽しむがいい。最後には毒が回ることも知らずにな。
私は仮面の下で、愉悦を噛みしめた。
実に気分がいい、最高だ!
ふと、隣席に目をやる。
ララァが長旅と緊張に疲れ果てたのか、深い眠りに落ちていた。
彼女が目覚めていれば、私の愉悦を察知し、悲しげな瞳を向けただろうか?
あるいは、何かの意志が私の復讐を止めるよう、言葉を告げただろうか?
だが今、彼女は眠っている。
私を照らす『光』は瞼の裏。ここにはただ、復讐の闇だけが満ちている。
(……さあ、踊れ、ザビ家の操り人形ども。
貴様たちが互いに食らい合い、最後に残った一匹を……この私が、父の名の元に地獄へ叩き落としてやる)
眠り続けるララァの、穏やかな寝息だけが、私の冷たい笑い声に重なる。
彼女が守ろうとした『優しい世界』を、私は今、自らの手で灰にするのだ。
──このまま、眠っていてくれ。どうか、目を覚まさないでくれ。
冷たい風が、私の頬を撫でる。
……実にいい風じゃないか。
預言者の不在を祝福するかのような、嵐の前特有の、血の匂いが混じった風だった。