GAME OF ZABIS ゲーム・オブ・ザビズ 作:GAME OF ZABYS
1.無垢は無自覚な背信
「ガルマ、お前が言う連邦との『早期講和』とやらが、ジオンの栄光をどれだけ担保できるというのか?
……この私とジオン国民を納得させてみせろ」
ズム・シティの大公会議場。
かつて父デギンがジオン公国の建国をうたったその場所は今、全宇宙へ配信される『公開討論会』の戦場と化していた。
まばゆい照明。静まり返る群衆。
(……怖い。私は、本当にやれるのか?)
押し潰されそうな重圧の中、私は演壇のモニターの片隅に映し出された『オデッサの前線映像』に目を止めた。マルチウィンドウの小さな枠内。硝煙の向こう側に、直立不動でこちらを見つめる、赤い軍服の男がいた。
距離も、ノイズも超えて、シャアの『仮面』と目が合った気がした。
(……ああ。見ていてくれるんだな、シャア)
孤独ではない。
オデッサで戦う彼が、この私の戦いを見届けてくれている。
私は背筋を伸ばし、最愛の親友に捧げる最高の勝利を誓って、演壇の中央へと一歩を踏み出した。
足が、震える……のではない。
武者震いなのだと、自分に言い聞かせながら。
そして、演壇を挟んで向かい合う、私と──長兄ギレン。
「兄上、そしてお集まりいただいた皆さん!
私は、連邦に、コロニーの独立を認めることを条件に講和を打診します!
国境を実効支配線で固定し、不可侵条約を結び、戦争を終わらせるのです!
それをジオン公国が実現することこそが、ジオンの栄光です!」
ギレン兄上の言葉が刃のように繰り出される。
「ならば、今日までに死んだ十万、百万の将兵はどうなる?
彼らはジオンの完全なる勝利を信じて死んだのだ。
君の言う『国境の固定』は、彼らが流した血の価値を、昨日までの前線で勝手に精算し、捨てることだ。
それは死者に対する、最も卑劣な裏切りではないか?」
──きた!
私はララァとの練習を思い出しながら、必死で言葉を返した。
「いいえ!裏切りなどではありません!」
そして、高く声を張り上げた。
「思い出してください!
そもそも、私たちは、自らの手で独立を勝ち取るため、そして、自由な未来を守るために戦ってきました!
連邦に我らの独立を認めさせ、スペースノイドの尊厳を守ることこそが、死んだ兵士たちに報いる、ただ1つの方法だ!
それ以上に何を望むというのですか!」
私の言葉を、ギレン兄上は鼻で笑った。
「連邦が我らの独立を本気で認めると思っているのか?
五十年の不可侵条約と言ったな?
それは、資源を、宇宙を、人類の進化を連邦の管理下に置いたまま、ジオンがゆっくりと腐り果てるのを待つ『延命措置』に過ぎない。
君は自国民に、連邦の顔色を窺いながら飢えて死ねと言うのか?」
違う。私はそんなことを言いたいんじゃない!
「兄上、私は、五十年間、連邦の奴隷をやれと言いたいのではありません!
この不可侵条約で、数年、数十年の時間を稼げば、コロニーの国力を引き上げるまたとないチャンスです!」
落ち着け。
一息ついて、私は叫んだ!
「もし、それでも連邦が疑うならッ!!
講和すれば、今後、ジオンは、連邦に対するいかなる戦争行為も行わない!認めないッ!
もし戦争を引き起こすコロニーがあれば、ジオンは責任をもってそれをとめる!
連邦に危害を加えさせないと、覚書を交わすのです!
私たち、ジオンがコロニーを代表して、平和を維持する姿勢を示すんだ!」
ギレン兄上の口角が上がる。
「素晴らしい演説だ、ガルマ。だがその『時間の稼ぎ方』に問題がある。
君が言う国力を上げるためのコストはどうする?
それは、今、この瞬間も前線で戦う兵士たちが命がけで奪い、守っている資源だ。
君は『時間を稼ぐ』と言うが、その間にも兵士たちは飢え、死んでいく。
君はニューヤークでパンを配ったそうだな。それは占領地の機嫌を取るための賄賂だ。
君が未来の『数十年』という夢を語るたびに、現在の兵士たちの『明日』が、君のパン──贅沢となって失われているのだ。
……ガルマ、兵士の血でパンを焼く男に、誰が未来の平和を託せるというのだ?」
──自国の兵士を飢えさせてまで、かつての敵国の民にパンを配るのか?
──そんな男が、国家の行く末を語るだと?
──それは指導者ではない。
──ただの『博愛主義という病』に罹った王子様のお遊びだ。
私は、言葉に詰まった。
俯くな。黙ったら負ける!
必死で、目の前の男を睨みつける。
「占領地の民を飢えさせればゲリラになる!
そしてジオンの兵士を殺す!
悪循環を招くだけだ!
だから、戦争を終わらせるべきだと言っているんだ!」
しかし、私の叫びは、静まり返った大公会議場の冷たい空気に吸い込まれて消えた。
ギレン兄上は、反論すらしない。
ただ、哀れな出来損ないを見るような目で、静かに私を見つめている。
その沈黙こそが、私の言葉がいかにこの場の『熱狂』から浮いているかを、残酷に証明していた。
ヒュッ。
私の咽喉は、空気を吸い込んだまま、言葉が出ない。
ふと、壁面の巨大モニターに目が向く。
カメラのレンズが、私の震える指先を執拗に映し出し、全宇宙に晒し上げている。
放送の向こう側、かつて私を『ザビ家の若き英雄』と称えていたジオン国民の、手のひらを返したような『冷めた視線』が、肌を焼くように痛い。
「……ガルマ。君は、自分が何を言っているのか、分かっていないようだ」
兄上の低く、慈悲深いとさえ錯覚させる声が、私を容赦なく切り刻む。
「ガルマ。民衆がゲリラになるのは、我が軍のパンが足りないからではない。
我が軍の『恐怖』が足りないからだ。敵に希望を与えるから、彼らは銃を取る。
徹底的な殲滅こそが、最も効率的な治安維持だということを、君はまだ理解していないのか?
君はゲリラに殺される兵士を心配しているふりをしているが、
現実に今、君がパンを横流ししたせいで飢え、連邦の餌食になっている最前線の兵士のことは無視するのか?
君が救いたいのは、ジオンの同胞か?
それとも、君を英雄と呼んでくれる敵国の民か?」
──ちがう。ジオンの同胞は大事だ。
ジオンか、敵国か、二項対立で考えるのが間違っているのだ!
だから、戦争が終わらない!
──何故だ。何故伝わらない?
「……いいえッ!!いいえ、兄上!! それは違います!」
私は、震える手で父から託された草稿を握りしめた。
これだけが、私の命綱だ。
「そもそも、ジオン・ズム・ダイクンの遺志は、スペースノイドと地球の民が争い合うことではなかったはずだ!
人類が 宇宙に適応し、互いを理解し合えるよう進化すること……。
父上が、そしてダイクンが目指したのは、共鳴による平和だったはずですッ!」
「ガルマ ……そんなものは、美しいだけの理想論だ、あるいは逃避に過ぎない」
ギレンが、傍らで座る父デギンを冷ややかに一瞥した。
父は、微動だにせず座っている。だが、その目はどこか遠くを、私ではない『何か』を見つめているようだった。
「ガルマ。君の言う『理解』とは、ただの停滞だ。
進化には痛みが伴う。君は、その痛みから逃げている。
君こそが、人類の進化を阻む背信者なのだよ」
ギレンは一歩、私に歩み寄った。
「諸君、国民に問おう!
我々はガルマのように、連邦に媚びを売って生き延びたいのか?
それとも、誇り高きジオンとして宇宙を支配したいのか!」
会議場に、地鳴りのような歓声が響く。
それは『群衆という名の怪物』の咆哮だった。
私を支持する声など、どこにもない。
私は、宇宙でたった一人の孤児になったような絶望に、喉を締め上げられた。
「さらに悲しい知らせがある」
ギレンの追撃は、私の心臓を止めるに十分だった。
「君が『平和の女神』と崇める少女、ララァ・スン。彼女の正体を知っているか?
彼女の父親は、我がジオンのブリティッシュ作戦を批判し、政治犯として収容所に送られた地政学者だ。
……彼女は、ジオンに恨みを持つ『復讐者の娘』なのだよ」
「……なっ……!?」
私は絶句しながらも、叫んだ。
「彼女は関係ないッ!彼女自身が何の罪を犯した?
親の罪で人を裁き、 政治の道具にするのは間違っている!」
「……悲しいことだ、ガルマ。
君は彼女を救っているつもりだろうが、実際には、政治犯の娘が仕掛けた稚拙なハニートラップに溺れ、ジオンを売らされているのだよ。
君の『愛』は、国家に対する無自覚な背信だ」
私の純粋な思いが、兄の舌によって『色情に狂った王子の醜態』へと塗り替えられていく。
2.父を裁く神の名は
私は、正面から、ギレンをにらみ返した。
「……そうだッ!!私は、彼女からジオン・ズム・ダイクンの思想を教わった!
そして、……自分で勉強したんだ!……政策に、誰から聞いたかなど、何の関係ある?
ジオンの自由と独立に資するならば、誰の言葉かなんて、 どうだっていいはずだッ!
私は、……間違ったことは何一つ言っていない!
私は正しいッッッ!!!」
咽喉が、つまりそうだ。
私は、半ば発狂したように叫んだ。
「……連邦の国力は、ジオンの30倍だッ!だから、講和しなければならないんだ!
スペースノイドと地球の民は、理解し合えるはずだ!
それこそが、私たち人類の……!」
その時だった。
「……ダイクン……ッ!!」
その時。
父デギンの口から、枯れ木のような悲鳴が漏れた。
父は、ガタガタと全身を震わせ、恐怖で見開かれた目で私を見つめていた。
いや、私ではない。父は、私を、見て、いない。
その瞬間、私という人間を構成する全ての分子や原子が、粉々になって空気中に霧散するかのような錯覚を覚えた。
「よせ……、その目で私を見るな……! 許してくれ、ダイクン……ッ!」
「父上……!? 私です、ガルマです!」
「黙れッ!!」
父の杖が、私の頭を力任せに打ち据えた。
激痛。
床に叩きつけられる。
父は狂ったように杖を振り回し、倒れた私を殴打した。
「黙れッ!!黙れッ!!消えろッ!……消えてくれ…ッ!!」
父上は、私の『平和』を、私の『理想』を拒絶するように暴れた。
そして次の瞬間、父は己の胸を掻きむしり、白目を向いて崩れ落ちた。
父上が私に口癖のように言っていたあの言葉がよみがえる。
──ガルマ、お前は変わってくれるな。
──変わらずこのままでいておくれ。
私のせいなのか。
私の言葉が、貴方を殺したのか。
「父上ーーーッッッ!!!!」
叫んだのは私ではない。
──キシリア姉上だ。
姉は演壇を飛び越え、茫然とする私を「邪魔よッ!」と突き飛ばし、倒れた父を抱き起こした。
「医官を! 早くッ! 父上、しっかりなさってください……父上!」
初めて聞く、姉の、娘として父を慕う声。
会場は混迷した。
だが、ギレンは動じない。
倒れ伏す父を冷たく見下ろし、カメラに向かって高らかに宣言した。
「……公王陛下は、ガルマ公子の背信に心を痛め、倒れられた!」
「これより、私、ギレン・ザビが全権を掌握し、公王即位を宣言する!!」
3.葬列は、しめやかに
「もうおやめなさい、ギレン兄上ッ!!」
悲鳴のような制止の声。
キシリア姉上が、父を医官に預け、倒れ伏した私に駆け寄ってきた。
姉上は、優しく、しかし逃れられぬ力で私の肩を優しく抱きしめた。
カメラの主導権が、一瞬で姉上のものになる。
姉の瞳にあるのは、氷のような政治家の計算だった。
「ガルマは傷つきました。
ですが、彼が蒔いた平和の種は、私が責任を持って育てましょう。
今日この時より、私が講和派の盟主となり、地球圏の安定を主導します!」
「……あ、姉上……」
私は、姉上の胸の中で安堵した。
だが、耳元で囁かれた姉上の小声が、私の魂を凍りつかせた。
「……思った以上に、お前があの政治犯の娘(ララァ)を重宝してくれて、良かったわ。
いい『餌』になってくれたわね、ガルマ」
……ハメられていた。
姉は、ララァの素性を知って、わざと私の近くにおき、私の足元をすくう機会を狙っていたのだ。
──絡め捕られていく。
一度は振り払ったはずの蜘蛛の糸に、私は再び、からめとられていく──。
ギレンは、壇上の私たちを冷然と眺めていた。
「見事な姉弟愛だ、キシリア。
だが、君が守ろうとしているその『平和の象徴』は、オデッサの資源を私物化し、軍の統制を乱す『汚職の象徴』でもあるが……。
その責任、どう取るつもりだ?」
──どういう意味だ?
私は、ギレンに問いかけようとしたが、その瞬間、頭に激痛が走った。
父上に殴打された傷だ。
私は「ううう…」と呻きながら、ただ血を流していた。
「ガルマ、君はマ・クベと通じ、オデッサの資源を優先的に北米のお前の領地へ回させたな?
これは軍の統制を乱す『私物化』だ。
君がパンを配るための資金は、マ・クベによる資源の横流しによって作られたものだ!!」
会場のモニターに、私とマ・クベの通信ログや、資源の受領書、横流しを示す証拠が次々と映し出された。
──嘘だ。全て偽造された証拠だ!
「国民諸君! オデッサはジオン公国の資源の要だ!
オデッサを失えば、ジオンは死ぬ!
誰がジオンを裏切っているか、今こそ明らかになった!
マ・クベが独断で資源を独占し、ジオンの勝利を遅らせている。
彼を重用したキシリア、そして現場でそれを許したガルマ、君たちの責任は重いぞ」
姉は私を助けるふりをして『平和の盟主』気取りで介入した。
しかし、ギレンは「その背後にはマ・クベの汚職がある」と指摘することにより、姉のクリーンな看板を一気に『汚職と密約にまみれた茶番』に塗り替えてみせたのだ。
──完敗だ…、化け物め!
「オデッサを死守せよォォォッッ!」
「裏切り者を許すなアアァァッ!!!」
会場、そして宇宙全体が、狂熱に包まれていく。
キシリア姉上は言い返さない。
硝子のような瞳には、表情一つ浮かんでいない。
代わりに姉の腕が、一層強く私を締め上げる。
父上に杖で打たれた私の頭から、生温かい血が溢れ出す。そして、姉上の紫の軍服をじわじわと赤く汚していく。
だが、潔癖なはずの姉上は、その汚れを全く気にする様子もなかった。
むしろ、その血の汚れさえも、自分が『傷ついた弟を守る、気高き聖母』であることを全宇宙に見せつけるように。計算し尽くされた装飾であるかのように。
彼女は私の髪を撫でながら、ただ冷たく、鋭く、獲物を捕らえた蜘蛛の瞳で正面のカメラを見据えていた。
──私から、逃げようとしないでね、お可愛い弟。
お前が私の手を離れていってしまうなんて、姉上、絶対に許さないから。
ドズル兄上が、悲痛な顔でこちらを見ている。
シャア。
私は思わず演壇モニターの『オデッサの前線映像』に目をやった。
誰も、映っていない。
空虚な砂嵐だ。
……いない。……いない。どこだ?
……シャア、君は、今、一体どこにいるんだ?
──はっきり言えることは。
今日この日をもって、私は人間ではなくなった。
いや、もともと人間と思われていなかったのだ。
今ここにいる私は、誰かのための『贖罪の羊』という名の死体。
そして
──私は……嗤(わら)って、いる
涙一つ出やしない。
国民の怒号のような熱狂。
洪水のような光を浴びながら、
私の葬送はしめやかに、しかし決定的な頑なさで執り行われた。