やっぱり無理があったのかもしれない。
田舎の村から冒険者の街に出稼ぎに来て、早半年。
夕方から夜中にかけては本業の淫紋屋さん。
お昼ごろは副業で彫師をやっているが、露店の一角に店を構えて場所代をちょろりと商業ギルドに払ったら日々の宿代、飯代で売り上げなんて殆ど
それでも
果たして俺は将来大丈夫なのだろうか。
見切りをつけるなら早いほうがいいのではないかとマイナス思考が頭の中をぐるぐる駆け巡っては夢と現実の狭間で踏ん切りがつかないでいた。
今日も今日とて、十時間以上店を開いていたが、お客は一人。
夜の
冒険者の街なだけあって、夜の街並みは明るい。
むしろ一本道を逸れれば華やぐ歓楽街のこの場所はこの時間からが賑やかになる時間帯だ。
こんな仕事をしているだけあって夜の仕事を営む知り合いのほうが多いのだが、懐事情も相まって飲みに出ることすらままならない。
今日は店仕舞い。
そうして広げたままの施術台を片付けようとしたところで。
「お、まだ開いてる店があるではないか」
そんな幼い声とともに一人の少女が、テントに掛かるランタンの下に顔を出した。
闇に溶けるような深い褐色の肌に、金色の瞳。紫っぽい髪を足元まで伸ばしている。
年齢は十歳そこそこだろうか?
足元まではためかせたローブの前のボタンは閉じられておらず、なんか黒の拘束着みたいな煽情的すぎる服装をしている。
大事なところ以外全く隠れていない。
閉店間際にとんでもない
状況が怖すぎるのもそうなのだが、そもそもうちの店は未成年出入り禁止だ。
お引き取り願おうと口を開こうとした時、彼女の後ろからもう一人こちらに近づいてくる。
「魔王様、あまり先に行かないでください」
風体から侍女のようだ。
全身ローブ姿でフードも被っているため顔はよく見えないが、こちらも十五そこそこだろう。
「よいではないか。どうせ近々この街も終わりなのじゃから色々見たいのじゃ」
なんか恐ろしい話をしている気がするが……ま、まあ、あれだろう。
子供の頃、俺も勇者と魔王ごっこをやったことはある。
よく見ると女の子の頭からはなんか角が黒々と伸びているが、きっと出来の良い仮装だろう。
そうだ。そうに違いない。
「いらっしゃい」
仮に彼女が魔王であろうがそうでなかろうが、この奇人二人組を追い出す勇気は俺にはない。
おずおずとそういうと褐色の少女はぽいぽいとブーツを脱ぎ捨てると裸足のまま、編み草の絨毯に上がってきた。
「うむ。店主。この店はなんの店なのじゃ?」
「あ……その。いんもんやです」
「うん?」
「あ、淫紋屋です」
正直、お
しかし、答えないわけにもいかないので、素直に答えるとそれでも少女は「?」と首を傾げた。
「いんもん屋? なんじゃ、その店は?」
「魔王様。おそらく人間が交尾の成功確率を上げるために女性側の排卵を促す整体に近い職かと思われます」
いや、そうか!?
確かにそういう側面もなくはないと思うが、近いようで限りなく分厚い壁が間に挟まっているような気がする説明だ。
「ほーう。交尾か。全く、つくづく人間とは下等な生き物よ。所詮リリスやインキュバスのエサ。繁殖に快楽や
「はい。流石です。魔王様」
「うむ、当然なのじゃ!」
少女は腕を組んで
そんな話をしているものだから、何もせずに帰るのだろうか? と少し思ったが、少女はそのまま露店中央に置かれた簡易ベッドの施術台の上にごろんと仰向けに転がった。
「えっと、やっていかれるので?」
「わらわは冷やかしはせぬ。それにこれ以上他の店を探すのも面倒じゃ。何、気楽にやればよい。失敗しても殺したりはせぬ」
いちいち言うことがおっかない。
それにここで殺されなくてもさっき街滅ぼすみたいなこと言ってたしどっちみちってことなんじゃないかとも思う。
ただ、相手が何であれお客はお客。
一応プロとして店を構えさせてもらっている。
俺は気持ちを切り替えて接客することにした。
「ご希望のコースなどはありますか?」
「お主のおすすめでよい」
「じゃあ、初心者の方におすすめの発情レベル2.5、快楽1.5倍、到達点1.3倍、行為後不満1.5倍、不満解消日3回の効果にしておきますね」
「うむ? なんだか中途半端じゃの~。よくわからんが、細かい数字は嫌いなのじゃ。全部2倍にしておくのじゃ」
「えぇ……」
それはもう全然おすすめじゃないのだが、本人がそれでいくというのであれば尊重するほかない。
「流石魔王様です。未知なるものを恐れない胆力。それこそ魔王様の魔王様
なんか侍女がぶつぶつ言っている。
わからない。わからないが、すごくポンコツの匂いがする。
「はい、じゃあやっていきますね。十分ほどかかりますので」
俺は施術台に横になる少女の横に立ち、奥に用意した荷物台の上から魔力用の
なぜならもうほとんど下着。
下着というかもはや黒い紐で陰部を隠しているだけの格好。
体格は見た目相応というか……一言でいえば
流石にこんな見た目幼い女の子に術式を施すのは初めてだったが、やると決めたからには中途半端な仕事はしない。
杖をそっと少女のおへその下に
希望者にはこの作業に直接快楽を与えることもできるのだが、さすがにうちの店に通い詰める中毒者以外にそんなことはしない。
「ふふっ……ちょっとくすぐったいのじゃ」
「ちょっとだけ我慢してくださいね」
そこまで刺激はないはずだが、かなりのくすぐったがりのようだった。
その後も時々ふふふと笑っていたが、五分ほどたつ頃にはその刺激にも慣れたのか。
「のうのう。店主は名を何というのだ?」
「僕ですか? 僕はシグナです」
「そうか。わらわはニュイという。あと、敬語は使わんでよい」
「……そうか?」
お客相手にタメ口の方がやりにくいが、真偽はともかく魔王と呼ばれるだけあってなんとなくすべての言葉が断りにくい雰囲気はある。
名前を聞いてきただけでそれ以上何か問いかけてくることはない。
「ニュイは魔王なのか?」
なのでせっかくなので聞いてみることにする。
この世界。
大陸中に魔物が
人類の可住領域は大陸の大きさに比べたらほんの僅かなことを考えると、おそらく人類は劣勢なのだろう。
「ふふふ……怖いか? 人間?」
ニュイは金色の目をかっと開いて舐めるように笑う。
「…………」
なんだろう。
怖くはないな。
ただ、この調子に乗りまくった表情を見ているとなんというかこう……からかいたくなるというか。
「いや、想像していたよりだいぶ」
「だいぶ?」
「だいぶかわいい」
「かっ……!」
そういうとニュイはわっと口を開けて固まってしまった。
やっちまったか……?
そう思ったが、彼女はちょっと視線をそらして一つ深呼吸した後。
「ふっ、ふん。当然なのじゃ。魔界の王たるもの、魔界一かわいいのもわらわなのじゃ」
かわいさ基準なのか魔王軍は。
それは是非とも見てみたいと内心少し笑ってしまう。
「じゃが、シグナはなかなか見る目があるな。どうじゃ、わらわの
「下僕か。ふふ」
「……むー」
「はい、終わり」
そんな話をしているとちょうど施術も終わった。
「もう終わったのか?」
ニュイは体を起こすと、施術台に座って自身のお腹を覗き込んだ。
オーソドックスに
「ほー、器用じゃのう。でも、特になんともないのじゃが」
「効果があるのは、一時間後くらいからかな。初めてにしてはちょっと辛めの設定だから、しんどかったら明日……はちょっと用事あるから明後日またここに来てくれ。夕方からならいる」
「ふむ。まぁ、所詮人間の術式、魔王たるわらわに効果など皆無に等しいと思うが楽しみにしてやろう。シルヴィ。金を払うのじゃ」
「はい、いくらでしょう?」
「初めてだから、銀貨五枚」
そういうとシルヴィと呼ばれた女性はローブから麻袋のようなものを取り出して、言われた通り銀貨五枚を手渡してきた。
はい、と渡された硬貨を受け取るのを見届けるとニュイは、ぴょんと施術台から跳ね降りる。
そしてそのまま素足のまま黒のブーツを履く。
最後にさらりと後ろ髪を手で払い、こちらを振り返る。
「シグナ。今宵の
「それは……ご忠告ありがとう」
「わらわの下僕でもよいがの」
そういってククと笑うと「じゃあの」と手を挙げてニュイは闇の中を歩いて行ってしまった。
従者のシルヴィもペコリと一礼してその後を追いかけていく。
「不思議な少女だった……街、出るべき?」
ただ、不思議と悪くない時間だった。
もう日付がかわらんとする時間。
俺はゆっくり露店の後片付けをしながら、夜の街へ消えていった少女の言葉をのんびり頭の中で
***
――Side ニュイ
夜中。湯を浴びて、パジャマに身を包み
普段はベッドに入ると瞬く間に眠りに落ちていくのだが、なぜかその日はやけに目がさえてなかなか眠りにつけなかった。
暑い。
まだ季節は春の初め。
夜中は涼しいはずなのだが、どうも布団の中に熱が籠っているようで寝苦しい。
「はぁ……はぁ……」
生まれ落ちて五百年。
感じたことない感覚に吐息が漏れる。
思い出すのは数刻前。
お腹に刻まれた赤の文様。
意識すればするほど、まるでそこに心臓が一つ増えたようにどくんどくんと何かが波打ち、それらは外に逃げることなく、体の中を反響していく。
「はぁ、はぁ、はぁ」
毒の刻印。
一瞬そう思ったが、すぐに首を振り払う。
そんな悪意があったらわらわはすぐに気が付くし、先ほど出会ったシグナという男からは魔王と知りつつ、こちらへの優しさと仕事に対する真剣さしか感じなかった。
――かわいい。
男から告げれた不意の一言を思い出し、びくっと体が震えた。
「うう、うぅぅ」
快感など下等の生き物のみが持ち合わせるもの。
魔の王たる者がそんなものに支配されるはずはない。
ふふと笑う男の顔が頭に浮かぶ。
きゅんきゅんと吃驚するほどの甘い刺激が体に
「うわぁ! うぅ、はぁ、はぁ、はぁ……うぅぅ~。なのじゃ~」
これは、変な意味ではない。
違和感があるから確かめるだけだ。決してそんなものに、ましてや人間のオスなんかにわらわがたぶらかされることなどない。
だから、だから……。
そういってゆっくりと手を下腹部へと伸ばし――。
「―――~~~っ!!!!」
――Side Out
***
二日後。
今日は昼まで副業の一つである絵画教室の先生をしに行っていたので、夕方からいつもの露店エリアに足を運ぶと見覚えのある人影がテントの前に立っていた。
近くまで歩いていくと向こうもこちらに気づいたのか、彼女は怒ったような、慌てたような、それでいて少し照れたような不思議な表情で口をぱくぱくしながら俺を見上げた。
相変わらず、煽情的な服装だな。
そんなことを思いながら。
「お主、お主」
ニュイは口をぱくぱくしながら、喋ろうとしているようだが言葉が出てこない。
なので。
「……よかった?」
何気なくそう尋ねてみると。
「よく……」
少女はゆらりとこちらに一歩近づき。
「よくないのじゃあああ!!」
そういって露店立ち並ぶ夜の街。
ひと際大きな声が、あたり一面に響き渡った。
「よくなかったか」
ちょっとだけ残念に思ってそういうと、ニュイは俺の表情をじっと見た後、うぅーと唸る。
「……ほんとは」
「ほんとは?」
「ほんとはちょっとよかったのじゃ……」
ニュイの褐色の肌は目に見えてわかるほど赤く染まっていた。
どうやら楽しい日々は過ごせたようだった。
「そう」
「うぅ、知りたくなかったのじゃ~……」
「消そうか?」
刻印は俺が消そうと思えば消える仕掛けにはしていた。
けれど、その問いにニュイは答えない。
どうやら消す気は今のところないらしい。
なんとなく、彼女とは長い付き合いになりそうだった。
「お茶でも出そう」
そういうと、ニュイはほんの少しのためらいの後、店の前、ぽいっとブーツを脱ぎ捨てるのだった。
まったりやっていきます。
主人公:シグナ(19歳):刻印魔法に全振りした男
魔王様:ニュイ(50X歳):魔王になってまだそれほど時間はたっていない。
侍女:シルヴィ(19X歳):従者。