これは俺に限った話ではないと思うが、商売というものを長く続けていると特別なお客というものはどうしても出来てしまうものだ。
最近でいえば、
まぁ、彼女たちの特別性は俺のいう特別なお客とは全く異なる資質のものの気がするが、記憶に残るお客であることには違いない。
メルクは他のお客とは少し違うが、診察代としていつも代金銀貨1枚の支払いは貰っているので彼女も大切なお客の一人だ。
ただ、俺には二人とは別に特別と感じるお客さんが一人いた。
それは、俺がこの冒険者の街にやってきて間もない頃に初めてお客さんとして来てくれた少女であり、それでいて一番多く通い続けてくれたお客さん。
そんな彼女をパフィという。
「最近、なんだかあったかいね~。ふぁ」
その日。
夕食時を少し過ぎた時間帯。
大体、彼女はいつもこの時間に訪れる。
彼女の言う通り、数日前までは少し冷え込む日も多かったが、今日は長袖を着る必要もないくらい暖かい。時折吹く風は心地よく肌を撫でていった。
そのせいか夜に出歩く冒険者なども多く、立ち並ぶ露店街に掛かるランタンに照らされた夜の街はいつにもまして賑やかに感じる。
一種お祭りのような雰囲気で、店先からぼんやり眺めているだけでも少しだけワクワクした気分になってくる。
「最近は、お仕事中眠くてしょうがないよー」
「パフィはいつもでしょう?」
「それもそうだねー。あはは」
彼女こそ俺の一番のお得意さん。
施術台に座ると、ふわふわの綿毛のような金髪が地面に届きそうなほどゆったり伸びている。青色の瞳は眠たげで表情はいつもふにゃふにゃと柔らかく笑っている。
上は白のパジャマのような薄着で、肩掛けの青のワンピース。
今は少し着崩してもらって、お腹を出してもらっている。
そこには天使の羽をイメージしたピンクの淫紋。
眠りながら昇ることが好きなようで、睡眠中の発情や到達点の後方移動、下降値の減衰や不到達時間などが結構細かく設定してある。
寝る子は育つというけれど、日に十五時間近く眠っていると育つものも育たないらしい。
年は俺と同じ十九歳らしいが、見た目も中身もしっかり者のアンブラより幼く見えるほどだった。
「少し俺の相談聞いてくれるか?」
雑談をするかしないか。
常連さんといえどもお話が苦手な人もいるので、そこは雰囲気で判断していくしかない。ただ彼女とはそれなりに……というよりもこの街で一番長い付き合いの人物で話をするのも好きなようなので時々こちらから話題も振る。
「うん。いいよー」
彼女のお仕事はマッサージ嬢。
マッサージ嬢といっても、別に変な意味ではない。
普通に指圧や揉みほぐしが中心なのだが、凄いのがすでに自分のお店を持っている。
時々、露店で彼女の友人のお手伝いバイトをしており、知り合ったのは店が隣だったのがきっかけだったことを覚えている。
「最近少しお客が増えてな」
お客というのはニュイとメルクのことだ。
「おー、シグナくんのお店も繁盛してきたねぇ」
いえ、してませんと心の中で突っ込んでおく。
まぁ、彼女は俺の店がお客0人だった頃を知るほぼ唯一の知り合いだ。
その頃に比べたら今の現状はだいぶマシになってきていることに違いはないだろうと納得しておく。
「二人いるんだが、結構忙しそうな中来てくれてな」
これは特にニュイの話なのだが、彼女は週に一回程度夜遅くに俺の店に遊びに来てくれる。
もちろん淫紋のメンテナンスもするのだが、どちらかといえば、お話をするのをメインに遊びに来てくれている気がしている。
真偽は未だ不確かとしておくが、魔王城でこんなことがあったとか、部下がこんな失敗をしただとか、今度新しいアミューズメント施設を建設するだとか。
それはまるで懐いてしまったノラ猫の如く、「それでのー、それでのー」とにゃーにゃーと楽しそうに話してくれる。
そんな状況であるからには、与えられた好意にはお返ししたくなるのが人情というもの。
ただ俺は一介の淫紋師。
彼女たちにできることは夜のささやかな楽しみを増やしてあげることだけ。
それはそれでいいと思うのだが、せっかくなのでもう少し何かしてあげられないかと時々考えていた。
そこで数か月前、パフィが言ってくれたことを思い出した。
「それで、もしよかったらなんだが、以前保留にしてもらった魔法の件、お願いしてもいいか?」
魔法の件というのは真冬の時期、あまりにお客が来ないときに彼女が「冬はボクのお店でアルバイトしよう?」と提案してくれたことがあった。
それで実際、夕方以降にアルバイトしていたのだが、その頃、うちでずっと働いてくれるなら私の魔法教えてあげるよーと言ってくれたことがあった。
指圧のための施術魔法だけではない。彼女の魔法は他者の
ぶっちゃけ死ぬほど興味はあった。
なぜなら、その二つは俺の刻印魔法とかなり相性がよさそうな気がしていたからだ。
しかし、残念ながらずっと彼女のお店で働く気はなかったし、これ以上彼女に借りを作ったら一生頭が上がらないのではないかと危惧していたところも少しあった。
「え~、それってボクのお店で働いてくれるってこと?」
「いや、その気はない。でも、教えてくれ」
そういうとパフィはちょっとびっくりしたように目を丸くした。
「えぇーっ。働く気はないけど教えてほしいってこと? 一応門外不出なんだけど……」
「ダメか?」
ちょうど終わった刻印魔法。
杖を懐にしまうと真正面からパフィの顔を眺め見た。
もちろんメリットを提示することも交換条件を出すことも考えた。しかし、よくよく考えると俺と彼女の関係は店主とお客。それだけではない。
少なくとも俺は彼女のことを一番の友人だと思っていた。
友人だからタダで教えろ。
と聞こえてしまったならそれまでだが、俺も彼女も人を見ることが仕事の商売人。
「……もー。シグナくんは何だか悪い方向に成長してる気がするよー」
まっすぐ見つめていると少し照れてしまったのか少し耳が赤くなる。
そういわれると
特に夜の仕事は女の子の相手しかしない。嫌ではないが、慣れてはしまう。
「しょうがないなぁ。いいよー」
そういって彼女はニコーとこちらに笑いかけてくれるのだった。
**
そんなことがあったのが数週間前のこと。
幸いなことに俺には時間はあった。
……いや、全然幸いではないのだが時間はあってしまった。
お客の来ない時間は借りた専門書を読んで自分の体で実践。
パフィは眠っている時間が長すぎるせいで、日中の活動時間がとても短い。それでも僅かな時間を見つけて色々を教えてくれた。
といってもまだまだ長い道のり。
お客にお金を払ってもらうレベルに至るにはもう少し時間がかかるだろう。
目下の問題としては、練習相手がいないこと。
マッサージというのは自分で自分にやるのと他人にやるのでは感覚や効果も違いすぎるし、上手く触れない部分も多い。
お金があれば、人を雇うのが正道なのだろうが、そんな金は俺にはない。
ではどうするか。
その日もニュイはお店を閉める一時間ほど前に俺の店にやってきた。
施術台に寝転ぶニュイはいつも同じ格好で紐のような黒の下着。黒のローブは着たままだと地面につくのでハンガーでテントの天井から吊り下げている。
そして褐色のお腹には鮮やかな赤の淫紋。
メンテナンスもそうだが、施術する時はテントの天井に取り付けた簡易カーテンで道路からの視界は
「ニュイ。俺は最近新しいサービスを始めようとしていてな」
「ふむ? どんなサービスなのじゃ?」
淫紋のメンテナンスが終わり、施術台に座りなおしながらニュイは尋ねる。
「んー……マッサージみたいなものなんだが、練習相手がいなくてな。練習も兼ねてになるんだが、試してもいいか?」
もともとは普段頑張っているニュイとメルクのために始めようとしたこと。
その練習に彼女たちを付き合わせるのは本末転倒な気もするが、彼女もメルクもよくうちに来るし、何より二人とも頼みやすい。
「お主……わらわは魔王なのじゃが。魔王を練習台にすると申すのか?」
「不敬か?」
「不敬、不敬なり……でも、どーしてもというなら付き合ってやるのじゃ」
そうして横目でしょーがないのーとちょっと嬉しそうにこちらを見る。
断られる気はしていなかったが、普通に頼まれごとをされて喜んでいるようにすら見える。
それでいいのか魔王と思うのだが、シルヴィとの関係性を見ると臣下との関係性も良好に見える。
魔王というものの存在がどういうものか未だにはっきりしないが、実際慕われるスキルがもの凄い高いだけで王として有能な気すらする。
「じゃあ、せっかくだから、膝の上に乗ってくれるか?」
「何がせっかくなのかは全く分からんが……お、お主の膝の上に乗るのか? ま、まぁ別によいがの」
魔王様。
俺のお願い全然断らない。
言うこと聞きすぎて不安になってくるまである。
ニュイは、施術台からぴょんと飛び降りるとすぐに隣の診療椅子に座る俺の膝の上に飛び乗ってくる。ふわりと揺らぐ赤紫色の長い髪。南国のような不思議と香りがする。
「重くないかの?」
「ニュイは軽いな」
ここからでは後頭部しか見えないが、うむうむとニュイは頷く。
小さく見えるが、軽いといわれるだけで喜んでくれるニュイ様はかわいい。
「じゃあ、少し触るね」
まるだしのお腹。
そこに刻まれた紋章の上にそっと右手を置く。
小さなお腹で片手だけですっぽりと隠れてしまう。触り心地はとてもぷにぷにしている。
そのまま数十秒何もしない。
ニュイは特にくすぐったがり屋さんだ。
急に色々やってもくすぐったさしか残らないだろう。
「少し動かすから、くすぐったかったら教えてくれ」
「お、おうなのじゃ」
まだ、魔力は使用しない。
物凄くゆっくりのペースで彼女のお腹をすり、すりと手を
手のひらから伝わる体温はとても暖かい。彼女
ほんの僅かに強弱を変えながら、それを数分続ける。
「……ふぅ……ふぅ」
ほんの少しの心拍数と体温の上昇。
俺は一度手を止める。
「じゃあ、少し魔力なじませていくな」
「う、うむ」
俺は自身ができるギリギリの低出力で魔力を手のひらから彼女のお腹に馴染ませていく。
魔力は不思議なもので、赤の他人の魔力を触れても不快なだけなのだが、親しい人だと心地いいものに感じたりする。
だからこそ、パフィから教わった魔法は
少なくとも、俺自身やっていい相手を見極めて行う必要があるが、ニュイにはもう大丈夫だろうという確信はあった。
「はっ……はっ……」
これも数分続けているとニュイの息遣いが荒くなってくる。
「大丈夫? つらくないか?」
ここからではニュイの表情はよく見えない。
首筋からはたらりと汗が流れている。
「つ、つらくなんかないのじゃ」
「そう。じゃあ、続けるね」
今度は魔力を流したままゆっくりと手を動かし始める。
「はぅ……ぅぅ……んん」
少し汗ばんだニュイの肌をぴったり手をくっつけてすぅ…すぅ…と慎重に手を滑らす。
魔力を流す量をほんの少し上げてあげる。
「ぁ……ぁ……ぁ」
「ニュイ。気持ちいい?」
「はっ……はっ……お、お主なぁ……」
「じゃあ、ゆっくり揉んでいくね」
俺はそういって一度手を止めた。魔力だけは最小限流したまま。
少しニュイの呼吸が整うのを待つと。
俺は手の指の腹に少し力を入れてニュイのおへその下をくにっと優しくマッサージした。
その瞬間ぴくんっとニュイの体が跳ねる。
「はっ、あっ、シグナ。お主それは、はっ……」
彼女の言葉を無視してもう一度くにっと優しくお腹を押す。
彼女は体中からどっと汗を拭きだしていた。
「やっ、やめ……あっ」
「ニュイ。声は漏らさないようにね」
「そうはいうがな。シグ――~~っ!」
喋っている途中で再開するとニュイは声にならないうめき声を口の中でかみ殺す。
ぽたぽたと彼女の汗やら何やらが俺の服と診療椅子。そして床をだらだらと濡らしていく。
ただこの行為はまだ、魔力を使用した指圧技術の一種に過ぎない。
俺が目指したいのはその先の領域である。
十分ほど決して昇りすぎないように注意しながらゆったりとしたペースで施術を続けているとずっと
よし。
と俺は彼女の状態を確認すると心の中で一つ頷いた。
すべての力を抜いて抵抗する気力も奪った状態。ようやくここにきて魂魄魔法が発動できる。俺は自身の魔力の質を少し変えると指先を彼女の腹からつぷりと中へと侵入する。
それは内臓へ侵入するという意味ではない、これこそ他人の魂への干渉である。
「ぁ、ぁ、ぁ、シグナ。それはやめる、やめるのじゃ、こ、怖いのじゃ」
「ニュイ。怖いならやらないよ」
俺は右手をそのままで左手で彼女の頭を優しく撫でていく。
実際、俺はニュイが怖いというなら続けるつもりはなかった。そもそもこの魂魄魔法は正直いって結構な激ヤバ魔法なので少しだって悪用していいものではないと自戒はしている。
ではこの使用法が悪用ではないのかといわれると極めて微妙だが、俺もパフィも性なることを悪なることだとはあまり考えていない。
「ニュイの魂は温かいな」
「はぁ、はぁ……お主、どこでこんな魔法身につけたのじゃ? あまり人が持ってはいかん力なのじゃ」
流石魔王なだけあってこの魔法のマズさというのものはわかるらしい。
だからこそ、彼女こそが相手にふさわしいとも思うのだが。
「ニュイ。続けていいか?」
「なぁ! だめじゃ、だめじゃよ! これはよくない魔法なのじゃよ」
「ニュイ」
「……お、お主な~」
ニュイはたっぷり三十秒ほど黙りこくってしまった。
その間もよしよしと気分が落ち着くまで頭を撫で続ける。
「も、もー! ちょっとだけ、ほんとにちょっとだけなのじゃぞ! 約束だからな!」
「ありがとう。ニュイ」
了承は取った。
俺は再び止めていた手をゆっくりと動かし始める。
「ぁ、ぁぁ、ぁぁぁ……あ――――~~~!!!」
**
とても長い施術が終わった。
先ほどまで、ニュイは膝の上で軟体生物のように力を失い息を荒げていたが、しばらく待っているとヨロリと膝の上から地面に降り立った。
当たり前だが、うちのお店は健全な淫紋屋さんなのでギリギリのところで止めてはいる。
「うぅ、すごく疲れたのじゃー」
「助かった。来週も頼む」
「来週もするのか!?」
「ああ、早くお店でもやりたいからな」
「捕まるぞこんなの往来でやったら!」
それは確かにそうかもしれない。
カーテンで仕切られているとはいえ、声が漏れるのを防ぐことはできない。
「ニュイ」
施術も終わり、カーテンを開けようとするニュイの手をとって最後によいしょっと俺の膝の上に転ばせるように座らせる。
若干トラウマなのかニュイはそれだけでびくりと体を震わせた。
「週に一回しか来ないからな」
その状態で俺は一、二、三と六回だけ頭を撫でておく。
施術中に様々な欲求は心の奥深くに仕舞っているが、俺も男。
かわいいものは好きだった。
「お、お主のー。もー。もー、なのじゃ」
ニュイはすぐに降りて、撫でられた箇所に手を置く。
そうして真っ赤な顔のまま。
「またの!」
怒ったように、店を出ていくのだった。
マッサージ嬢:パフィ(19歳):眠ることが大好き。えちなお店ではないが、彼女のマッサージを受けるとえちな気分になってくる。