HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン   作:GAME OF ZABYS

1 / 1
本作は『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の二次創作・IF小説です。

独自解釈や原作改変を含みます。
(物語の構成上、登場人物の年齢・兄弟順などの設定を一部独自に変更しております)

全20話・完結済み
(毎日20:00更新予定。
もし続きを追っていただけるようでしたら、
お気に入り登録いただけると嬉しいです)

※pixivにも同名名義で掲載しています。
※もし連載中にご感想や誤字報告をいただけるようでしたら、
後日まとめてご返信させていただきます。
温かいご反応はすべて励みにしております!


1.戴冠せざりし遺児(Side:シャア)

1. 零度の晩餐、咆哮の鍵盤

 

これは、私が赤い服を着せられる前の、古い記録だ。

13歳の時の私を、今の私が描くとしたら、どう描くだろうか。

 

おそらく白い描画紙にデッサンされるのは、透き通るような金髪と、冬の空のような青い瞳を持つ少年だ。

しかしその瞳には、子供特有の輝きはない。あるのは、ひたすら義務をこなす大人のような、終わりのない疲労感だろう。

 

「大人びた子だ」

 

周囲の大人は、私の顔に浮かぶ『諦念』を、都合よくそう呼んだ。

 

 

 

家族の記憶。

 

それは常に、胃を締め付けるような重苦しい夕食の風景と共にあった。

食卓の主賓席には、ジオン・ズム・ダイクン。

左隣には、まだ幼く無邪気な妹、アルテイシア。

そして右隣に、私が座る。

 

母アストライアには、席はない。

彼女は影のように背後に立ち、父の神経を逆撫でしないよう、絶妙な温度で酒を注ぎ、料理を運び続けた。

 

我が家には使用人もいたが、父は使用人が食堂に入るのを許さなかった。

神経症を患うがごとく他者を拒絶する父にとって、食事の場に家族以外の視線が混じることは耐え難かったのだ。

結果、高潔な理想主義者の妻は、家の中では卑屈な給仕人として振る舞うことを強要された。

 

 

 

妹のアルテイシアが食べ終え、母が彼女を寝かしつけに席を外しても、私の義務は終わらない。

 

「……お兄さん、キャスバル兄さん、お父様のお食事が終わるまで、お母様と一緒に食卓にいてちょうだいね」

 

母の縋るような視線。私は黙って頷くしかなかった。

戻ってきた母と共に、私たちは父の『独演会』の観客となる。人類を救済するニュータイプの理想、宇宙移民の栄光……。

 

 

かつては輝いていたであろうその言葉も、閉ざされた食卓で何度も繰り返されれば、ただの狂人の繰り言に過ぎない。

私たちは、冷めきったスープを啜るように、その使い古された熱狂に相槌を打ち続けなければならなかった。

 

父の独演会が熱を帯びるほど、手元のスープが冷え、表面に『脂の膜』が張っていく。その膜をスプーンで壊すたび、私は父の理想という膜を壊したい衝動に駆られるのだ。

 

 

 

 

客が来る夜は、まだ良い方だった。

 

 

ジオン党を支える二大名家——ラル家とザビ家。

 

 

長老ジンバ・ラルが、その誇大妄想に近い賞賛を父に浴びせるとき、父は自尊心を維持し、かろうじて『正気』の側に踏みとどまっていた。

 

 

一方で、ザビ家のデギンといえば。

感情が不安定で躁鬱を繰り返す父に対し、いつも卑屈な笑みを浮かべて機嫌を伺っていた。その目は、信仰心というよりは、猛獣の檻を覗き込むような、薄暗い警戒心に満ちていた。

 

 

この名家が一堂に会する夜、我が家はさながら『思想の動物園』だった。

ラル家が放つ父への狂信的な忠義心と貴族的な選民意識、そしてザビ家への微かな蔑視。

ザビ家がラル家に抱く成り上がりの劣等感と、凍り付くような嫉妬。

 

そして、父の狂乱──

高貴な宗教家の佇まいが一転して、飢えた獣のように呪詛を繰り返す様──。

 

ラル家はこれぞ救世主と崇め、ザビ家は…微かな不安を滲ませながら、おもねるような賞賛を述べる。

 

 

 

ただ1つ彼らに共通していたのは、忙しく立ち働く私の母を、『背景』としてしか扱わない冷酷さだった。

彼らはただ、父のパトロンであるローゼルシア・ダイクンに一定の配慮を示していた、とだけ言っておこう。要するに、我が家の平穏はローゼルシアというパトロンの『慈悲』の上に成り立つ砂の城だった。

 

父も、ラル家も、ザビ家も、その財布を握る女の顔色を伺い、その犠牲として私の母を透明な存在へと追いやった。独立だ、革命だと叫ぶ男たちが、一人の女の嫉妬と金に支配されている。

 

滑稽な構図だ。

それゆえに、私は父を憎んだ。

あの男たちを、そして高慢な正妻を嗜めようともしない、父の冷酷さを憎んだ。

 

 

唯一、ランバ・ラルだけが、母に労いの言葉をかけ、手土産を渡す礼節を持っていた。

ランバ・ラルは、私や妹アルテイシアにも気さくに話しかけ、私の金髪の頭を撫でてくれることすらあった。

その時の母の、一瞬だけ和らぐ横顔を、私は食卓の端から静かに観察していた。

 

 

 

 

家族が寝静まった深夜、公邸にピアノの音が響く。

 

————ショパンの『革命のエチュード』。

 

母が弾いているのだ。

それは旋律というより、鍵盤への『打撃』だった。

叩きつけるように、激しく、痛切に。

私は時折、眠れない夜に母の隣へ座った。

 

 

母は私を見ようともせず、ただ暗闇の中で呪いのように鍵盤を叩き続けていた。

演奏の初めは、悲鳴のような鋭い音。

しかし、夜が深まるにつれ、ピアノは感情を失った機械のように、虚無を叩き出す。

 

それでも、母は————

 

赤く腫れた指先を鍵盤に食い込ませ、演奏をやめなかった。

 

 

 

 

2. 幼子は軍神の夢を見る

 

 そんな私が人生で唯一、子供らしい真っすぐな喜びを感じたのは、歴史を学ぶ時間だ。

父が雇った家庭教師は、戦術と戦略の面白さを、乾いた砂に水を撒くように私の脳に注ぎ込んだ。

 

 特に私を惹きつけたのは、かつて地球で起きたという世界大戦の歴史だ。

 

 大艦巨砲主義の頂点にあった巨大な戦艦の群れを、たった100機足らずの脆弱な航空機が、空から一方的に爆破し、海の底へと引きずり落とした海戦の記録。

強大な大人たちを象徴するような『圧倒的物量の怪物』が、小さくも俊敏な『個の翼』の知略によってあっけなく崩壊していく様。

それは、幼い子どもの私に、爽快なカタルシスを与えてくれた。

 

 そして、北の小国を率い、通称『白い将軍』と称えられた元帥マンネルヘイム。

彼は、数倍の規模を誇る大国の軍勢に対し、地形と斥候のすべてを駆使した包囲殲滅を敢行した。

前線の英雄ではない。総司令官として、大国に囲まれた絶望的な地政学の中で、国際政治の綱渡りを演じて祖国を守り切った彼の生き様は、私の胸を熱くさせた。

彼の論理は、生き残るというただ1点のために研ぎ澄まされ、何より現実的(リアル)に思えたのだ。

 

 

「……我々は自らの手で独立を果たし、自由な未来を守ると誓った!

我々は戦う、家族のため、信義のため、祖国を守るために!」

 

 

 私は子供部屋で、父の演説ではなく、マンネルヘイムの演説を好んで模倣した。

そして、その言葉をなぞる自分の声が、幼さは残るものの、大人の男性らしく低くなっていくことに手ごたえを感じていた。誰の顔色も伺わずに生きていける力が欲しかったのだ。

 

 

 家庭教師は「まるでお父様のようです」と目を細めたが、冗談ではない。

群衆を熱狂させる父の姿は、私にとっては『家庭内の無能な独裁者』が演じる、質の悪い喜劇にしか見えなかったからだ。

 

大衆に向けて宇宙移民の栄光や新人類の理想を叫びながら、その実、閉ざされた食卓では妻を給仕人に追いやることしかできない男。

言っていることの壮大さと、目の前の生活の悲惨な落差。

 

私にとっての父は、公共の電波の中だけに存在する、記号化された『狂人』だった。

その姿に、私はとっくに幻滅していたのだ。

 

 

 

 

 

3. 崩落する防壁(ダイクン)

 

さて、そんな私が13歳になったとき。

私の少年時代は、唐突に終わった。

 

父が死んだのだ。

演説中に発作で倒れ、そのまま帰らぬ人となった。

 

父ダイクンは狂人だった。だが、それでも私の父親だった。

私たち家族を、外敵から守ってくれていたのだから。

その父という壁が崩れた瞬間、私たち家族は剥き出しの現実に放り出された。

 

 

「明日から、どこへ住めばいいのか」

 

 

それが、父の亡骸を前にした私の、最初の思考だった。

 

住んでいたのは『党首公邸』であり、私邸ではない。

父を失った私たちは、即座に『不法占拠者』へと成り下がった。

 

 

父が埋葬されるのを見守る時間。

その場の空気は、喪失の悲しみではなく、獲物を狙う肉食獣の殺気で満ちていた。

 

 

ラル家のジンバ・ラルと、ザビ家のキシリア・ザビ。

 

 

二人が私の前に立ったとき、そこには『弔い』の欠片もなかった。

 

「……アストライア殿。ダイクン様の遺志を継ぐべき御子息を、このような不安定な公邸に留めておくわけにはいかぬ」

 

ジンバ・ラルが、わざとらしく沈痛な面持ちで母に迫った。

その目は血走っており、私を『救うべき子供』ではなく、『ザビ家に対抗するための聖遺物』として値踏みしていた。

 

「我がラル家の私邸であれば、連邦の目も、ザビ家の……不穏な動きからも守り抜くことができよう!」

 

 

 

 

 

「お言葉ですが、ジンバ卿」

 

 

その言葉を切り裂くように、冷淡な声が響いた。ザビ家のキシリアだ。

彼女はまだ若かったが、その瞳にはすでに、他者を跪かせんとする支配欲が宿っていた。

 

 

「ラル家の警備体制には不安がありますわ。父デギンも、ダイクン様の遺児を我が家で丁重にお迎えしたいと申しております。

ザビ家の庇護下に入ることこそが、サイド3の平穏と、この子たちの安全を保障する唯一の道です」

 

「黙れ、小娘! デギンが何を企んでいるか、知らぬとでも思うか!」

 

ジンバが激昂し、杖を床に叩きつけた。

 

「ダイクン様を追い込んだのは誰だ! その血を引く若獅子を、狼の群れに投げ渡せと言うのかッ!」

 

「……『追い込んだ』? 根拠のない妄言は、ラル家の品位を落とすだけですわ」

 

キシリアは眉一つ動かさず、私に視線を向けた。

彼女の瞳は、蛇が獲物を射抜くときのように無機質だった。

 

 

「キャスバル様。あなたは、どちらが自分を『正しく導けるか』、理解していらっしゃるはず。

……ザビ家をお取りなさい。そうすれば、あなたの未来は約束されます」

 

 

 

 

……どちらも、ろくなものではない。

 

私は反射的に母のスカートを掴み、ジンバ・ラルの影へと身を隠した。

母がかつて、ジンバの息子ラルに、一瞬だけ向けた和らいだ横顔。それが、私の頭に刻み込まれていた。

 

私は幼いながらに計算をめぐらせた。狂信者(ジンバ)の方が、支配者(キシリア)よりも、まだ隙がある。

狂人に付き合うのは、父で慣れている。

 

いずれにせよ、利用されるのであれば。

狡猾な支配者(キシリア)の完璧な歯車に組み込まれるよりは、狂気の老人の妄想に踊らされるフリをする方が、隙を突いて『逃げ出す余地』を作れるだろう。

 

 

「……ふん。どうやら、坊やは騒がしい老人の方が、お好みのようですわね」

 

 

キシリアは侮蔑を込めて鼻で笑い、踵を返した。

去り際、彼女が私に向けた、獲物を仕留め損ねた猟師のような冷たい眼差し。

……私は一生忘れないだろう。

 

 

 

 

かくして、私たちはジンバ・ラルの庇護下に置かれることとなった。

もっとも、そんなものは『救い』でも何でもなかったのだが。

 

 

 

 

4.誰が味方で、誰が敵か

 

ラル家の私邸に匿われた夜。

窓の外には、息を殺すような静寂が広がっていた。

 

しかし、目の前の老人は、勝利した将軍のように興奮を爆発させていた。

ジンバの手が、私の肩を砕かんばかりに強く掴んだ。その指先は、恐怖か興奮か、痛いほどに震えている。

 

 

「……キャスバル様、お聞きなさい。ダイクン様は暗殺されたのです!

ザビ家のデギン……あの卑屈な成り上がりが下手人だ!

奴は後継者に指名されるという厚かましい茶番を演じ、自らの血塗られた手を隠蔽したのですよ!」

 

 

叫ぶ彼の口から、唾が私の頬に飛び散った。

その飛沫の熱さと、老人の濁った眼光の異常な温度。

 

私は、ジンバの濁った瞳をじっと見つめ返した。

その老人の瞳の奥にあるのは、父への忠義などではない。

ザビ家に権力を奪われたことへの、凄まじい嫉妬と、私という『正統性』を手に入れたことへの下卑た歓喜だ。

 

 

(……この人は、何を言っているんだ?)

 

 

幼い私の頭脳が、猛烈な速度でジンバの言葉を解体していく。

 

 

犯人が後継者になる?

もし父が殺されたのなら、なぜ死の間際に仇を指名する?

父が狂っていたのか、それともこの老人が狂っているのか。

……あるいは、その両方か。

 

 

ジンバの手が、私の肩を強く掴む。

その指先からは、私を『自分の復讐の道具』として使いたいという、ドロリとした熱量が伝わってきた。

 

 

キシリアは私を『檻』に閉じ込めようとしたが、この老人は私を『爆弾』に仕立てようとしている。どちらも同じだ。

彼らの目に映っているのは『キャスバル』という名の13歳の少年ではない。

ダイクンという偶像の、使い勝手のいい『残像』に過ぎない。

 

 

 

 

 

ハムレットは、父の亡霊を前に

生きるべきか、死ぬべきか、と言ったか。

 

 

いや、本当はこう問うべきだったのだ。

 

 

誰が味方で、誰が敵なのか、と。

 

 

だが、答えてくれる者は一人もいない。

亡霊すら、私に会いにきやしない。

 

味方など、どこにもいやしないのだ。

 

 

 

母アストライアは、心が壊れた。

妹アルテイシアは、まだ何も知らずに眠っている。

 

そして目の前の『後見人』は、私を狂信の炎に投げ込もうとしている。

 

 

 

──世界は信じるに値しない。

 

そして、人は自分が見たい物語のために、平気で他人の人生を塗りつぶす。

 

 

 

かつて、北の小国を救った『白い将軍』は、

その勝利の代償に何を捨てたのだろう?

 

 

私は、私を塗りつぶそうとする大人たちの手から逃れるために、

いつか自分自身さえも塗りつぶすことになるのだろうか?

 

 

 

 

こうして、少年時代の終わりに私は1つの真理を得た。

 

目の前の大人が語る『正義』や『真実』という言葉の裏側。

それから目を逸らしては、自分を、ひいては家族を守れないということだ。

 

その氷のように冷たい確信は、私の魂の核となった。

この不信感だけが、これから始まる長い夜を生き抜くための、唯一の灯火となるのだ。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。