HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン   作:GAME OF ZABYS

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10.奇妙な果実Ⅱ(Side:シャア)

1.愚鈍な勤勉、果実を実らす

 

 

旧約聖書の申命記21章22~23節より。

 

死体を木に吊るしてはならない。

木に吊るされたものは、神に呪われた者だからである。

 

 

 

その日は、朝から森林演習場の林道に、冷たい霧が立ち込めていた。

私たち下層クラスの学生は、早朝の野外訓練の最中、教官たちによって演習場の奥、連邦駐屯地へと続く一本の林道の前へと強制的に整列させられた。

 

 

 

教官の冷え切った声が響く。

 

 

「よく見ておけ。これが、サイド3独立の理念を裏切り、連邦へ魂を売ろうとした売国奴の末路だ!!」

 

 

霧の巻く林道の古い木の枝から、太いロープで首を括られ、だらりと四肢を垂れ下げた三つの影。

 

 

 

 

 

──お前はよくやってると思うよ

 

 

 

 

 

 

……あいつ(元ルームメイト)だ。

 

 

 

あいつが、死体になって、木に吊るされている。

 

 

 

 

 

 

 

「うっ……、げほっ……!」

 

 

隣にいた仲間の一人が、あまりの惨状に胃液をぶちまけるような嘔吐の音を漏らした。

他の仲間たちも、顔を土気色に変え、激しい震えを噛み殺しながら、ただ呆然と友の遺体を見上げている。

 

 

 

 

 

 

なぜだ。

 

何があった?

 

 

 

確かにここ数日、学校を休んで自宅に戻っていた。

 

門閥貴族の嫌がらせが高じて、私刑(リンチ)にあったのか?

 

 

 

いや、そうではなく、私の……

 

 

 

 

 

 

 

仲間たちは次々と中腰になってえずき、もしくは座り込んで顔を青ざめさせた。

軍人の卵(士官学校生)といっても10代の子どもたちだ。

つい先日まで一緒に笑って、菓子を美味い美味いと頬張っていた同級生とその家族が、身体中をマシンガンで蜂の巣にされ、夜霧の林道に吊るされている。

 

 

木に吊るされ、未だ血がシトシトと滴る『奇妙な果実』。

 

 

この凄惨な果実を前に、学生たちのショックと嘔吐はおさまらず、林道は地獄絵図となっていた。

 

 

『訓練』は一時停止され、教官や医療スタッフが総出で学生たちの介抱に当たった。立てなくなった学生達を医療スタッフが連れていく。

──私もまた、胃の腑から何かがこみ上げ、咽喉が激しくえずきだす。私も嘔吐したかった。

 

 

だが、そんな暇はない。

確かめることがある。

 

 

私は、感情を抑え込むために深く深呼吸をした。

そして、医療用ガーゼで口元をおさえ、医務室に向かうふりをしながら、校舎へと走った。

 

 

士官学校に編入して1年。

 

私は、無害な学生をよそおって、学校の敷地内を徘徊し、いつザビ家に自分の正体が割れて包囲されても逃げ切れるように、士官学校の建築インフラ──配管や通気口、地下通路に至るまで把握していた。

 

そこで、校庭裏の用務員室の脇にある地下ボイラー室から、校舎全体のインフラを支える縦室(パイプシャフト)の配管スペースへと侵入できることに気が付いた。

 

私は縦に走る排水管を静かによじ登り、ドズル・ザビの校長室(貴賓室)の真裏にあたる空調ダクトの点検口へと身を潜ませた。

匍匐前進で息を潜めて校長室の換気口の裏側まで進むと、その壁に耳をすませた。

 

 

 

 

ドズルの怒声。

 

「姉上……、貴様(治安情報局)の独断で、ローテ・グリュッツェを『処刑』するなど、どういうつもりだ?

奴は俺の士官学校の胃袋を預かる男だったのだぞッッッ!!!」

 

 

 

──姉上。

 

キシリア・ザビか。

 

 

 

細く、微かな女の声。

 

 

「ふん……声が大きいですよ、ドズル。

国家の最高機密(情報局の網)を、あなたのそのザル精神の学校に事前に明かすわけがないでしょう。

門閥貴族たちへの配慮もできない無能な校長を身内に持った私の身にもなりなさい。

甘い坊やはガルマだけで十分です。

ギレン総帥の国家戦略において、今、開戦を前にして絶対に繋ぎ止めておくべきは、下層の泥たちの機嫌ではなく、軍資金を出資している『門閥貴族たちの支持(利権)』です」

 

 

キシリアは居丈高に話を続ける。

 

 

「ドズル、貴方が勝手に菓子屋を登用して貴族のメンツを潰した『手落ち』を、私の治安情報局が『連邦への亡命(裏切り)』という罪状で処理してあげたのです。

感謝されても、怒鳴られる筋合いはありませんね」

 

 

 

──門閥貴族たちの利権争い。

 

 

 

つまり、私の素性が割れたわけではない。

 

身体の緊張がとけて弛緩し、深い安堵を覚えた。

バレていない。

大丈夫だ、大丈夫……。

 

 

 

 

ならば、あいつは。

 

 

 

 

──シャア!お前も食べてくれ!親父のイチオシのやつだ!

 

あいつが、手渡してくれた菓子。──美味かった。

 

なぜあいつは、死ななければならなかった?

 

 

 

ドズルの声。

 

「門閥貴族への配慮だと?利権を全て投げ与えてどうする。

官民を自由に競わせてこそ、ザビ家の威光が輝くのだッ!

体裁のいいことを言って、貴様の子飼いの門閥貴族に俺の士官学校の利権を握らせ、貴様が操りたいだけであろうッ!」

 

 

「あらあら、賢くおなりだこと。

ですが、この菓子屋が連邦のブローカーと密に連絡をとり、亡命しようとしていたのは事実です。

連邦の経済封鎖で、不満が火薬庫のように渦巻いているサイド3で、有名菓子屋の一族が連邦に亡命した…….。

それが国内にどのような影響を及ぼすかお分かり?」

 

 

 

 

 

──菓子屋。亡命。

 

あいつと……ローテ・グリュッツェ菓子店の父親は、連邦へ亡命しようとしたのか。

門閥貴族の嫌がらせに耐えかねて、か?

 

書類をパサリと置く音がした。

 

 

ドズルの反論が続く。

 

「黙れ!話をそらすな。亡命が事実だとして、そもそも、貴様が懇意にする門閥貴族や工作員が、ローテ・グリュッツェの取引や仕入ルートを潰して回っていたのは知っているッ。

貴様らが菓子屋を追い詰めたのだ。

 

国民がサイド3を見捨てて、亡命するのではない。

貴様が国民を追い詰め、国を捨てさせているのだ!」

 

 

キシリアの笑い声が響く。

 

「詭弁がお上手ね、弟。でも今大事なのは、国民をこの動揺から目をそらさせ、いかにまとめあげるかよ。

菓子屋にはスケープゴートになってもらうわ」

 

 

 

 

 

壁越しでもわかる、自分の正しさを疑いもしない女の声音。

 

 

 

──無能な働き者め。

 

 

 

この女は『自分は開戦前に門閥貴族を抱き込み、国民を恐怖で一つにするために最高に有能に働いている』と自負しているのだろう。

 

だが、こいつがしているのは、ザビ家のためと言いながら、所詮はドズルへの嫌がらせと門閥への恩売りだ。

そのためだけに、美味い菓子を作るだけの市民を、わざわざ罠にはめて虐殺し、結果として国力を削り、国民にザビ家への不信を植え付けている。

 

 

 

私は昔、ランバ・ラルから聞いた話を思い出していた。

私がラルに、北の小国の『白い将軍』──マンネルヘイムの包囲殲滅戦の話をしていた時だ。私の稚い話を、ラルは目を細めながら、楽しそうに聞いてくれたものだった。

 

 

「キャスバル坊ちゃんは、軍人の素養をお持ちだ。

ところで、坊ちゃん、包囲殲滅のゲリラ戦では、愚鈍で怠慢な兵士(無能な怠け者)と愚鈍だが勤勉な兵士(無能な働き者)、どっちがマシだと思いますかな?」

 

 

「勤勉な兵士だろ?愚鈍だが、働いているのだから!」

 

 

「やぁ、そう思うでしょ? 思想家(ダイクン)のご子息らしい直感だ。

だがな、坊ちゃん。ゲリラ戦の現場じゃ、その『頑張り』こそが味方を全滅させる最悪のミスになるんです」

 

 

ラルは言葉を続けた。

 

「例えばだ。我々が連邦の防空レーダーの隙間、音もない真っ暗な渓谷に息を潜めて、敵の輸送艦隊を待ち伏せ(アンブッシュ)しているとする。

ゲリラ戦の絶対法律は『一撃離脱(ヒットアンドラン)』だ。一発撃ったら、戦果がどうあれ秒単位で泥の中に消えなきゃなりません。

そこに『愚鈍だが勤勉な』部下がいたらどうなると思いますかな?」

 

 

私は、ラルの無骨な横顔を見つめた。

 

 

「……そいつは、もっと戦果を上げようと、余計な行動をするのか?」

 

 

「大正解だ、坊ちゃん。そいつは『俺がもっと連邦を足止めして、サイド3のために手柄を立ててみせます!』と考えちまうんです。

そして、よかれと思って、無線封鎖の規律を破って味方に連絡を入れ、命じられてもいないのに2発目、3発目の砲弾をバカ正直に撃ち込んじまうのです。

結果、どうなります?」

 

 

私は小さな頭をフル稼働させ、目をパチパチさせて答えた。

 

 

「自分や味方が隠れている場所が、バレてしまう!」

 

 

ラルは、その通り、と笑った。

 

 

「せっかく完璧に隠蔽していた我々の潜伏座標が、そいつの『無駄な働き』のせいで連邦の対空砲火にスキャンされちまいますね。

で、部隊全員が逃げ切る前に頭上から艦砲射撃を喰らって、全滅しちまう!

本人は、死ぬその瞬間まで『自分はサイド3のために身を粉にして働いた英霊だ』と信じ込んでるのだから、目も当てられません」

 

 

ラルは静かに目を細めた。目に見えない何かを悼むように。

 

 

「正しい戦理の検算(勝算の計算)ができないのに、勤勉に、良かれと思って動く奴。

ゲリラ戦においてそいつは、敵の超高性能レーダーよりも確実に味方をハめ殺しにする『最悪の歩く戦犯』なんです」

 

 

私は、その凄惨な顛末に脳を揺さぶられ、思わず叫んだ。

 

 

「じゃあ、そいつを、どうすればいいのだ?!」

 

 

ラルは悪戯っぽく笑うと、銃をバン!と撃つ真似をした。

 

 

「配置換えか……、それができなきゃ、後ろから銃殺するしかありませんな」

 

 

 

 

そう、後ろから銃殺するしかない。

 

まさに、この女のことだろう。

 

 

 

 

 

 

そして、激しい怒りを覚えた。

 

この無能な女のせいで、あいつは死んだのか。

 

あいつと、あいつの家族の人生がすり潰されたのか。

 

 

 

 

──私は自分の復讐を果たさねばならない。

 

 

 

 

だが、いつかこの女に対価を払わせてやる。

 

身内の利権争いで空回りして、自滅に向かう道化め。

 

 

 

 

 

ドズルの鋭い怒声が響く。

 

 

 

 

 

「スケープゴートだと?!貴様、まさか、ありもしない罪をこの親子に擦り付けて、国民の憎悪の対象にしようというのかッ?

これ以上の専横はさせんぞ!」

 

 

書面が舞う音。そしてキシリアの嘲笑。

 

 

「文句があるなら、ギレン兄上と父上に言うのね。これがその証明よ。

さあ、士官学生たちを集めて!医務室から引きずり出してちょうだい。

貴方も見ているといいわ。本当に国民を『1つ』にする方法をね」

 

 

書類をかさかさと動かす音がする。

ドズルの声は、腹の底から鳴り響く地響きのようだった。

 

 

「女狐め。ギレン兄上にうまく取り入りおって……。

……兄上と父上の公印は、本物のようだな。

さすがにそこを偽造するほど腐ってはいまいか。……いいだろう。

 

だが、この返礼は必ずさせてもらうぞ、姉上」

 

 

 

私は、急いで配管スペースから脱出し、医務室へと向かった。

走りながら思考をめぐらせる。

 

 

ドズルは、正しい。そして、公平だ。

だが、政治や根回しを嫌う。

それでは、勝てない。哀しき『有能な働き者』、だ。

 

 

 

そして、キシリア。

 

 

──国民を追い詰め、虐殺するしかできないザビ家の無能め。

 

 

そして、私の見世物小屋──さらには、ベルリン・シティの壁を思った。

当時の幼い私は、東ドイツも経済を発展させ国民を豊かにすれば、誰も壁の向こう(西ドイツ)へ亡命なんかしないのに、と思ったものだ。

 

そして、今また、無能な統治者(ザビ家)は、国民を追い詰め、虐殺して、恐怖で縛ることでしか『壁』を維持できずにいる。

 

ザビ家が心の底から真にサイド3を思うならば、一族全員の首と引き換えに、連邦の軍門に下り、国民にパンとスープを配った方がよほどましだ。

 

国民は、トップの首がザビ家から連邦にすげ替えられようと構うものか。

 

──そうすれば、私の復讐は手を汚さずして完遂し、サイド6で好きなだけ本が読める。

 

 

 

 

 

しかし、無能の働きとやらには、底が無い。

 

後年、サイド3が連邦と戦争になり、──戦争末期になると、この女(キシリア)は自分の利権のために、パーツ規格も動力系統も全てバラバラのモビルスーツをただひたすら試作し、兵站を喰いつくすことになる。

 

そして、勝敗が決する最終局面において、連邦との物量や技術格差を埋めるために『ニュータイプ』──超能力者で構成されたオカルト部隊を立ち上げ、国家の命運を賭けようとした。

 

 

──冗談はやめてくれ、と笑ってしまったものだ。

 

この女は、最後の最後まで、身内の人気取りとオカルト趣味に逃げた、無能な働き者だった。

 

 

無論、私はニュータイプそのものを否定するつもりは全くない。

だが、再現性もなく、未知とも言える個人の奇跡に、国家の命運を丸ごと賭けるなど、戦理の検算(戦略的合理性)なき狂気の沙汰だ。

 

本来、ニュータイプという稀有な才能は、平和な世界において、政治の対話や外交、新しい芸術文化に活かされるべきものだ。もしそうなっていれば、宇宙世紀はどれほど美しく調和していただろうか。

それを、遠くの敵を撃ち落とす高性能レーダーに貶め、使い捨ての弾頭扱いするセンスの無さには、頭を抱えるばかりだ。

 

 

 

──世襲の独裁国家で、無能な子女がトップになるのは世の常だ。

 

平穏な時は暗愚な王でいられる。

だが、国家の危機にあっては、目も当てられない。

 

 

 

 

2.戦犯が語る戦場、ザビ家の正義

 

私が医務室に向かうとそこでは──、キシリア直属の治安憲兵が、ドズル配下の学校の教官たちを突き飛ばして医務室に踏み込まんとしている時だった。

 

ショックで嘔吐し、医務室のベッドでガタガタ震えていた下層クラスの学生たち。

その学生たちの肩や腕を、治安憲兵が乱暴につかみ、医務室から引きずりだす。

 

 

「立て、下層の泥ども。情報局総帥、キシリア・ザビ少将閣下の御前である。

……歩けないだと? 貴様らはジオンの軍人になるのではないのかッ!

……引きずってでも連れていけ!!」

 

 

私は、過呼吸で青ざめている仲間の1人のもとに向かい、肩を貸した。

 

 

 

 

私たち下層クラスの学生たちは、林道まで行進させられ、まだ腐臭の漂う遺体──『奇妙な果実』の前に強制的に整列させられた。

 

 

 

私たちの前に、キシリア・ザビが立つ。

 

ドズルはキシリアの後ろで直立したままだ。

 

 

 

──本来、士官学校の絶対法律は、校長のドズルのはずだ。

 

だが、この女(キシリア)は、ドズルを完全に無視して、全生徒の前に紫の軍服を翻して登壇した。

ドズルがいかに士官学校の校長であっても、ギレン、デギンのお墨付きを得たキシリアの前では、登用した菓子屋(自分の利権)を守れぬばかりか、自分の学校の生徒たちが目の前で強制整列させられるのを止めることすらできないのだ。

 

……キシリアにしてやられた、ということだ。

 

 

 

あの女(キシリア)の靴音が、拡声器のマイクを通じて凍りついた林道に響き渡る。

 

キシリアは、マシンガンで蜂の巣にされたローテ・グリュッツェ一家の遺体を、手袋をはめた指先で悠然と指し示した。

 

 

「──無残なものですね。諸君。

昨日まで君たちの胃袋を温め、甘い菓子を提供していた職人が、その裏では地球連邦という『重力の亡霊』に魂を売り、サイド3の国家機密を密航船に積み込もうとしていた。

 

……これが、ジオンの法律が下した、売国奴への“正当なる裁き”の姿です」

 

 

若い学生たちから、押し殺した微かな悲鳴と嗚咽が漏れた。

 

キシリアはヴェールの奥から、最前列で顔を青ざめさせている学生たち──私を含め──を舐めるように眺めながら、言葉を続けた。

 

 

「……気分が悪いですか? 遺体の臭気に耐えかねて、医務室へ逃げ込む者が大勢出たと聞いています。

やれやれ、ドズル中将の教育方針(ぬるま湯)が、君たちの肉体をここまで家畜のように脆弱にしてしまったのですね。

 

……ですが、よく網膜に灼きつけなさい。

諸君がこれから進む“戦場”とは、この遺体よりも遥かに凄惨で、遥かに冷徹な『命の等価交換』の場所なのです」

 

 

陰で市民を虐殺するだけの治安局の長が、よくもまあ、国家の命運を賭けた『戦場』を語れたものだ。

 

 

 

 

 

キシリアの視線が、学生たち1人1人にまっすぐに固定された。

 

「……国家を裏切った者は、一欠けらの慈悲も、身内の温情も存在しません。

ジオンの鉄の規律は、その甘えごと完膚なきまでに抹消します。

 

……学生諸君。

君たちの周りにも、まだ“不純な泥”──連邦への未練を持った不穏分子が紛れ込んでいないか、今一度、自分の胸に手を当てて反芻してみることです。

ザビ家の正義は、24時間、君たちのすぐ隣で見つめているのですから」

 

 

このシャア・アズナブルの偽籍は、連邦の情報局が用意したものだ。

私は自分の背筋に冷たいものが走るのを感じずにはいられなかった。

思わず唇を嚙み締める。

 

 

と、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待ちくださいッ!!!!」

 

 

 

 

アッパークラスの学生が1人、息を切らしながら、キシリアの前に躍り出た。

 

 

 

 

ガルマ・ザビだ。

 

 

 

 

ガルマは、泣き腫らした目をしていた。

だがそれでも、姉のキシリアに向かって、敢然と言い放った。

 

 

 

「姉上!この生徒の──ローテ・グリュッツェ一家の処遇は僕にお任せ下さったはず!

なぜ、僕に何の相談もなく、このような暴挙にでたのですか!」

 

 

 

キシリアは、わずかに片眉を上げた。

 

ガルマは周囲を見回しながら、学生たちに向かって叫んだ。

 

 

「遺体を下ろす!……誰か手伝ってくれッ!!頼む、手を貸してくれッ!」

 

 

 

 

 

……身体が、一瞬身じろぎした。

 

だが、誰も動けない。

整列させられた下層クラスの生徒たちは、全員が青ざめた顔で地べたを向いたまま、僅かな身動きもできず、水を打ったような絶対零度の静寂——沈黙が流れるだけだ。

 

 

学生たちは全員、あの女(キシリア)が放った恐怖政治の重力に、魂を圧殺されていた。

 

 

──国家を裏切った者に一欠けらの慈悲もない

 

──君たちの周りの不穏分子を24時間見つめている

 

 

今、ここでガルマに手を貸して、一緒に死体を下ろしたら──

次の瞬間、自分とその家族がキシリアの憲兵に『連邦の同調者』として蜂の巣にされる。

 

 

 

 

──私は自分の復讐を果たさねばならない。

 

 

 

 

だが、いつかこの女に対価を払わせてやる。

 

 

私は掌を強く握った。

 

 

 

 

 

キシリアは学生たちの沈黙を鼻で笑うと、部下に指示をだした。

 

「ガルマ・ザビは錯乱しているようです。マッシュ、ガルマを医務室へ」

 

 

 

 

 

だが、驚いたことに──

 

ガルマは黙らなかった。

キシリアの憲兵を全身で威嚇し、声高に叫んだ。

 

 

「僕に触れるなッ!僕に触れることは許さないッ!!

ローテ・グリュッツェ一家が、サイド3の国家機密を積み込もうとした、だと?!

民間の一菓子屋が何の機密を握れるというんだ!」

 

 

ガルマは憲兵たちの手を逃れようと暴れまわる。

 

 

「僕たちザビ家は、ただ美味しい菓子を作る人たち……、善良なスペースノイドを守るためにッ!そのために、連邦と戦っているんじゃないのか!

 

何の力もない、学生を……、サイド3のために命を賭けて戦おうとしていた学生をッ!

あんなに無惨に処刑して、木に吊るす事が、僕たちの独立だって言うのか!

そうじゃないはずだ!」

 

 

 

 

 

学生たちは、俯いてしまう。

だが、誰も動けない。

 

 

キシリアは、弟の言葉を子どもの戯言と言わんばかりに、微かに微笑んだ。

そして、再度部下達に顎で指示を送った。

 

 

 

 

ガルマは、ドズルの方を見て、絶叫した。

 

 

「兄上!助けてくださいッ!何か言ってくださいッ!兄上ッ!兄上ッ~~!!」

 

 

ドズルは動けない。

 

顔の傷を真っ赤に腫らし、拳から血が滲むほど握りしめ、林道の土を踏みしめたまま、全生徒の前で……ただ、沈黙して地べたを睨みつけるしかなかった。

 

 

 

 

ガルマは、キシリアの憲兵に羽交い絞めにされ、連れて行かれてしまった。

 

 

 

 

3.初めてその名を呼んだ夜には

 

私は訓練を終え、夕食の濁ったスープを啜り、部屋に戻った。下層クラスの学生たちは、誰も何も言わなかった。

 

私は課題を終え、いつも通り、日課の上腕懸垂を始めた。

 

 

 

 

──聞かないし、言わない。ただ、お前はよくやってると思うよ。

 

 

 

 

 

あれが最後の会話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ルームメイトはまだ戻ってきていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜をまわるころ。

ルームメイトが静かにドアをカチャリと開けて、部屋に入ってきた。

 

私は起き上がり、ルームメイトに視線を向けた。

電気は点けていた。

 

 

ルームメイトは、憔悴しきった青白い顔で私に話しかけてきた。

 

「やあ、シャア……。起きて、いたんだな。

いや……、姉上と憲兵たちに散々お説教されてしまった」

 

 

「そうか」

 

 

 

私の端的な相槌にルームメイトは、少し迷った素振りをした。

だが、毅然とした顔をすると、私に向き直った。

 

 

「シャア、君の、前のルームメイトのことは、残念だった……。

君たちは、仲が良かったのに……お悔やみを、言うよ」

 

 

 

 

 

驚いた。

 

 

ザビ家にとって、あいつは『売国奴』のはずだ。

 

 

 

 

 

 

ルームメイトは声を絞り出すように続けた。

 

「遺体は、返してもらえなかった……。

だが、僕が、姉上に何度でも直訴するつもりだ。何度でも」

 

 

 

 

 

──君に、彼を守ると誓っておきながら、すまなかった。

 

そう、聞こえた気がした。

 

「……いや、君のせいじゃない」

 

 

 

 

思わず、言葉がついて出た。

 

「君は……、あいつを、守ろうとしてくれたんだな。

なぜだ?君がそんなことをする必要ないだろ?」

 

 

ガルマは、俯いた。

 

 

「僕はザビ家の男で、ジオン士官学校の士官候補生だ。同じ候補生を守るのは、当然だろ……。

結局、何にも、できなかったが……」

 

 

そして、か細い声で続けた。

 

 

「連邦と戦うためには、クラス間で争っている場合ではないんだ。

アッパーもミドルもアンダーも……、一丸となって連邦に立ち向かわなくてはならないんだ……。

なのに、僕は、君の友達を守れなかった。

姉上に……僕たちの結束を、めちゃくちゃにされてしまった……」

 

 

 

結束なんてものは、もとから、ない。

 

だが、驚いた。

 

 

私はこいつをどう総括していたか。

 

──生意気なミドルクラス(私)を、ガルマ・ザビの近くにおき、引き立て役にする。

この部屋の真っ二つに裂けた格差そのものを、見世物として利用し、下層クラスの反抗心を削ぎ、校内の教育統治システムを健全に保つ。

 

 

 

少し、修正を加える。

 

こいつはおそらく──王子の矜持か末弟の焦りかは分からないが、ひとまず何の計算もなしに、ただ門閥貴族のアッパークラスと、ミドル・アンダーの下層クラスを1つにまとめ上げようとしている。

馬鹿正直に、連邦に対抗するために。

 

 

 

……こいつのやり方──この見世物小屋や、あのビーフシチューは、落第点だが。

 

こいつもあれだ、無能な……ではなく『有能な働き者』だ。

いや、有能になろうとする働き者、か。

国内の団結を図ろうとする1点においては有能だが、やることなすこと一切周りが見えていない。

 

 

 

 

私はこいつの毎日の雑談を思い出していた。

 

すると、あれは──、思想尋問でも何でもない。

ただ、感情を共有するために喋っていただけ。喋りたいから喋っていた、だけ……か。

 

 

 

 

複雑な気分だ。

 

私が探す復讐の標的。

父を連邦に売った『親ザビ家派閥の門閥貴族』。

 

こいつは直接の仇ではないが、ザビ家の息子だ。

鬱憤や怒り、憎悪を覚えずにはいられない。

そもそもこいつの顔を見るだけで、父ダイクンや母アストライアの亡霊が復讐はまだかと顔を出してくるのだ。……静かに眠りたい。

 

 

 

 

 

ザビ家の息子が、私に話しかけてくる。

 

「シャア、僕を、怒っているかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──小さなキャスバルが、私を見ていた。

 

 

 

──聞かないし、言わない。ただ、お前はよくやってると思うよ。

 

 

 

「いや……君は……、よくやってると思うよ、──────ガルマ」

 

 

 

 

 

 

ガルマ。

 

私ははじめてルームメイトの名を呼んだ。

 

 

ガルマは驚いたように目を見開いて、本当に嬉しそうに笑った。

 

 

 

 

 

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