HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン 作:GAME OF ZABYS
1.ドナルベインの郷愁
「あいつ、第何世代だ?……ああ、第1世代か。
宇宙の本当の『価値』は、理解できないだろうな。
じいさん共々、一生地球の泥でも嗅いでいればよかったのさ」
ジオン士官学校。日当たりのよい、豪華な内装の『将校クラブ』。
特定の家柄の子女だけが許された、特別なスペースだ。
私はガルマの紹介で、普段は足を踏み入れることの無い場所で、ガルマの取り巻きの話に付き合っていた。
ガルマの手前、私は表面的に相づちを打ちながら──
心の中では、先ほど読んでいた『マクベス』──王の遺児マルコムの弟、ドナルベインの行く末について思いを馳せていた。
イングランドへと逃れた兄マルコムと、アイルランドへと分かたれた弟ドナルベイン。
兄マルコムは、父の復讐の後に王となるが、弟ドナルベインがどうなったかは明かされないままだ。
──アルテイシア。……元気にしているだろうか?
……遠くテキサスコロニーに匿われ、私とは違う偽名を名乗らされているであろう、あの幼き妹。
私は妹アルテイシアと王子ドナルベインの境遇を重ね、郷愁に耽っていた。
しかし、そうした私の感傷に水をかけるように、部屋の中で、ガルマの取り巻き達の下卑た笑い声が響いた。
「第1世代じゃあ……可哀想に。細胞レベルでまだ重力(地球)の泥に汚れてるんだ。
宇宙の環境に適応できる遺伝子が、ハナから足りていないのも無理はないよ」
──第1世代。
宇宙移民の黎明期、地球から宇宙へ棄てられたのは、貧民や労働者、つまり『棄民』だった。
だが、時が経ち宇宙のインフラ(コロニーの居住区やエネルギー利権)が整うにつれて、地球での利権をたっぷり持った成金・特権階級が、支配者として、優雅に宇宙へ引っ越してきた。
そして、彼らは『何世代前から宇宙に適応し、統治してきたか』という『世代の長さ』を特権の証明とするようになった。
要は、血統マウンティングだ。
すなわち、『宇宙第5世代の我々こそ、コロニー建国を主導した真の支配者だ。
ダイクン殺しのドサクサで成金になった第2世代のザビ家や、他の家柄とは、細胞レベルで宇宙への適合度が違うのだよ』ということだ。
私は目を閉じ、頭をふった。退屈だ。
隣の席の生徒から菓子がまわってくる。ローテ・グリュッツェの『赤い果実』。
菓子の配り元に目をやると、あの門閥貴族の子弟がしたり顔で、取り巻きに何かを囁いていた。
私は思わず掌を強く握った。
──身体中の血が、逆流して、燃えるようだ。
私の前のルームメイト──ローテ・グリュッツェ菓子店の息子が銃殺されてから、半年ほどがたっていた。
下層クラスの学生たちの悲嘆と動揺が、ようやくおさまりつつある中で──
この菓子店の営業権、工場や店にいたる全てが、ある門閥貴族に接収され、彼らの『利権』と化していた。
元ルームメイトが、敬愛した父親──
10代で菓子屋に奉公し、20代で独立してからというもの、寝る間も惜しみ、血の滲む思いで築き上げた菓子もその店も。
彼らの人生そのものが、門閥の玩具に成り果てたのだ。
私は目の前の菓子を睨みつけ、気持ちを落ち着けようと、左の手首を強く握り締めた。
ギィィ。
自室での懸垂と同じリズムで、骨が鳴る。
あの門閥野郎を、殴るわけにはいかない。退学になるか、最悪の場合、素性が割れる。
父を連邦に売ったのも『親ザビ家派閥の門閥貴族』だ。
私が復讐を優先するならば、ガルマの取り巻き達──門閥貴族の子女達と、少しでも言葉を交わして交流を持ち、情報収集をすべきだ。だが。
……やめだ、やめだ。気が乗らない。最悪、殴る。
ただでさえ、ガルマの顔が視界に入るだけで、父ダイクンや母アストライアの亡霊が、復讐しろと責め立ててくるというのに。
さらに、この門閥とやらの連中ときたら。
元ルームメイトの命と人生を踏みにじられ、奴らへの鬱憤は増すばかりだ。
──更に加えて先ほどからの、父ダイクンを彷彿とさせる選民思想を、醜悪な言葉で語る様に、私は我慢ならなかった。
父ダイクンも無論、宇宙第5世代の出身だった。
『我々宇宙第5世代こそが、人類の最先端として宇宙に適応した選ばれし民(ニュータイプ)なのだ!』と嘯いていたものだ。
ジオン・ズム・ダイクン。
夜中、酒の匂いを部屋中に撒き散らしながら、演説の推敲で行き詰まっては、母アストライアに縋り付く男。
世界の救済という肥大化した妄想を喚き散らす男。
思想という名の麻薬に脳を浸し、その生贄として母上の人生をすり潰していく狂人。
──あの取り巻きどもに、父のあの『家庭内の無能な独裁者』ぶりを見せてやったら、どんな顔をするだろう?
そして。
耳をかすめるのが、これだ。
「この『赤い果実』。やはり、由緒正しき貴族の領地で作られた菓子は、味が違いますね。
……ドズル校長のおめでたいお気入りだったあの『駄菓子屋』が処理されて、ようやく将校クラブの胃袋も、本来のドレスコードに戻ったというものだ」
──殺してやろうか。
私は、極力苛立ちを顔に出さず、無表情で立ち上がった。
そして、隣に座った学生に「用事ができた」とだけ言って、部屋を出た。
何か言いたげなガルマの視線を、背中に感じながら。
2.野蛮なる労働者の球戯
良い天気だ。
私は校庭の緑道を、散歩していた。
あの門閥野郎を殴ってやりたかったが、ただでさえ、ミドルクラスの私が『将校クラブ』に出入りしているせいで、目をつけられているのだ。
これ以上目立って、経歴を探られるのは最悪の事態だ。
私は怒りを抑え、心を落ち着けるために、クラウゼヴィッツの『戦争論』第1篇第1章を暗唱しながら歩いた。
──およそ戦争は、盲目的な激情に基づく行為ではない。
そう、激情ではない、激情では駄目だ。
グラウンドの近くまでやって来ると、見知った顔が話しかけてきた。
「お~~い!アズナブル!フットボールやろうぜ!…フォワードやってくれよ!」
「ああ、やる!…ベットは?」
「今日の夕飯のスペアリブだ!」
私は、チームメイトたちと一緒に、グラウンドを駆け回った。
私は敵チームのディフェンスラインの裏へ積極的に飛び出し、チームの最前線で次々とゴールを決めていった。味方チームが歓声をあげる。
こうして、ラインブレイクを散々決めた後で、自分が囮になって相手ディフェンダーを引きつけ、味方をアシストして点を獲りに行く。
──楽しい。
フットボールは、アンダークラスの生徒たちが特に好むスポーツだ。グラウンドとボール1個あれば、貧しい階級の子供たちでも全員で熱狂できる。体をぶつけ合い、泥にまみれ、汗を流して勝利を掴む。
私も、このシンプル極まりないスポーツが好きだ。
──ボールを追いかけている間は、死にゆく母の顔も、父の亡霊の夢も、
亡きローテ・グリュッツェのことも、忘れられる。
もっとも、アッパークラスの子女たちは、美しい庭でフェンシングや乗馬にいそしみ、フットボールなど『野蛮な労働者の球戯』として鼻で笑っていたが。
私はフットボールでハットトリック(3点)をきめ、スペアリブをせしめた。
そして、日が暮れる前に、仲間達と、下層クラス専用の食堂に向かった。
夕食の制限時間は、わずか45分間。
通常なら、夕方の訓練が終わった瞬間、泥を落とす暇もなく、ここに直行させられる。
長机の端──ヘッド・オブ・テーブルが、私の定位置だ。
編入して1年半、この泥臭いクラスにだいぶ慣れてきたということだろう。
私の右斜め隣の席——かつて元ルームメイトが座っていた席が、ぽっかりと空白になっていることを除いては。
今日のメニューは、定番の『ひよこ豆とキャベツのスープ』だ。
水耕栽培の葉物と乾燥豆を、バターも肉汁も使わず塩だけで煮立たせた、いつもの濁ったスープだ。
今日は、そこに戦利品のスペアリブがつく。私たちはそれを獣のように貪り食べた。
「しかし、飯の時間が短すぎやしないか」
隣の席の男が、不満げにスープを啜る。
私は、口元を片端だけ上げて答えた。
「味わう時間など与えない。さっさと燃料を詰めて、次の労働へ行けと言いたいのさ」
「……チッ。舐めやがって」
私は余ったスペアリブを紙に包んでせしめ、満足して自室に戻った。
3.成金の神輿とスペアリブ
自室に戻ると、──ガルマが、自分のスペースである『西側』で独りで座っていた。
時間は19時15分。
本来なら、アッパークラスの贅沢なディナータイムが、始まっている時間だ。
あのクラスは2時間かけて優雅にコース料理を平らげ、将来の上級将校としての『社交』を学ぶ。
しかし、ガルマは制服のまま、食事に行く気配すらなくベッドの端で俯いていた。いつもの雑談もない。
私が部屋に戻って、1時間足らず。
私は、東側のシングルベッドの手すりをギチギチいわせながら、日課の上腕懸垂をこなしていた。
1セット20回、30セット。
──が、仕方なく、ガルマに声をかけた。
ルームメイトの義務だと、自分に言い聞かせながら。
こいつは未だに、ローテ・グリュッツェを守れなかったことを気に病み、塞ぎ込むことがある。
「……どうした?食事に行かないのか?……いつもの友達はどうした?」
ガルマは悲痛な顔で、私を見上げた。
「……シャアッ!あんな奴ら!友達なんかじゃないッ!
……あいつらは、僕をザビ家の看板……第2世代の成金としか見ていないんだッ!」
ガルマは悔しそうに叫び、拳を床に叩きつけた。
要はこういうことだ。
今、サイド3の軍事・政治のインフラ、──生殺与奪の権利を完璧に握っているのは、ギレンやデギン、つまりザビ家だ。
いくら第5世代の家系が格式高くても、ザビ家の一言で一族もろとも財産を没収され、利権を剥ぎ取られる。
だから、取り巻き達は、ガルマの前では最高にへりくだる。
「さすがガルマ様! ザビ家の血を引くお方は、フェンシングの筋が違いすぎる!
我々第5世代の門閥など、ガルマ様の高貴な輝きの前にはただの影に過ぎません!」
だが、しかし。
ガルマが席を外した瞬間、この取り巻き達の会話は一気に血統主義のそれへと一変するのだ。例えば……
「チッ……ガルマ様の機嫌を取るのも疲れるな。
あのザビ家なんて、たかだか2世代前に、ダイクン暗殺のドサクサでズム・シティの玉座を強奪しただけの『成金のテロリスト一族』じゃないか」
「思想家(ダイクン)にたまたま指名されただけの田舎者が、我々ファースト・ファイブ(第5世代)の前で王様気取りとは、笑わせるよな。
……まあ、あの甘ちゃん(ガルマ)を上手く操って、我が一族のコロニー利権を死守するための『お飾り』として使ってやるさ」
彼ら自身の血統が、ザビ家の権力の前で塵芥となる鬱憤。
それが、ガルマへの歪んだ劣等感と優越感でぐちゃぐちゃになっており、ガルマの神経を引き裂いていた。
私はガルマの話を、黙って聞いていた。
かつて、自分がサイド2で、傀儡の王子をさせられていた時のことを思い出しながら。
もっとも私の場合は『ダイクンの息子』ということで、ここまで露骨に見下されることはなかったが。
「……奴らが君を利用しようとするなら、君もそうしてやればいい。
表面上だけ上手く付き合って、本音を見せる必要はないだろう」
「表面上だけ……、でも、僕はッ!」
──友達がほしい。本音で話せる友達がほしいんだ。
そう、聞こえた気がした。
「……食べろよ。腹が減っていると、考えが暗くなる」
私はスペアリブを差し出した。
ガルマは、少し迷っていたが、結局それを受け取り、齧り付いた。
「……僕は、ザビ家の王子なんだぞ!……それなのに、スペアリブくらいで……」
私は笑った。
「ははは!味はするか?美味いなら、君は大丈夫だ。……元気を出せ!食べたら、寝ろ!」
一瞬だけ、妹アルテイシアが、まだ幼かった頃、小さな口で必死に食事をしている姿が思い浮かんだ。
4.スペースノイドの党、あるいは出生の防壁
数日後。
ガルマが、私に真剣な表情で話しかけてきた。
「シャア!……頼みがある!来週の日曜日に、父上が茶会をひらくんだ。
それで、君のことを話したら、一緒に遊びに来いって言ってくれたんだ!
僕の家に、来てくれないか!」
私は、思わずたじろいだ。
そして、思考をフル回転でめぐらせた。
……こいつ、どういうつもりだ?
──現時点でのサイド3における最高権力者、ジオン党のデギン・ザビ党首。
そのプライベートな茶会。
復讐の最深部。
またとないチャンスだ。
だが、何故私を誘う?……キャスバルだと気づかれたか?
いや、それはない。
それならば、私はとっくにキシリアの治安憲兵に連行されるか、殺されている。
私は、注意深くガルマの顔を見た。
「……デギン様が?私を?……何のために?」
ガルマが笑って、尚も畳みかけた。
絶対逃がさない、とでも言いたげに。
「シャア!そう、身構えないでくれ!本当にただのプライベートな茶会なんだ。
僕が、君を……、その……友達だって言ったら、父上が、僕の友達に挨拶したいから連れておいでって言ってくれたんだ!」
「……そうか。だが、デギン様のザビ家邸に出入りするには、4世代前の祖先すべてが、宇宙産まれ(スペースノイド)だと証明しないといけないのだろう?
私はミドルクラス出身だから、そんな証明はできない」
サイド3のジオン党中枢では、地球連邦の勢力を徹底的に排除するために、党の要職やその親族に近づきたければ、4世代前に遡って全ての祖先が『純粋な宇宙生まれ(スペースノイド)であることを証明せよ』という党規が定められていた。
そのため、ジオン党内では、恐ろしく詳細な出生審査が行われていたのだ。
──万一、その審査のせいで、私の素性がばれることがあれば、一巻の終わりだ。
「だから、君の例の『友達』(取り巻き)から、感じの良い奴を選んだ方が無難ではないか?」
しかし、ガルマは頑として聞き入れなかった。
「嫌だ!僕は、君が良い!君が良いんだ!君だけ、招待したい。
それに、あいつらがいると……君が……嫌そうにしていると思ったんだ。だから……」
驚いた。
こいつは、私がこいつの取り巻きを嫌っていることに、気づいていたのだ。
ガルマは私の両肩をつかんで、言葉を続けた。
「本当にプライベートな茶会なんだ!君の祖先が宇宙産まれかなんて関係ない!
そんな証明、いらないんだ!だから、僕と一緒に来てくれないか!」
ガルマの熱意に私はついに根負けし、その招待を受けることにした。
出生審査は受けない、そして、今回限りという条件で。
ガルマは、私の『今回限り』という条件に難色を示した。
しかし、私がジオン党の秩序を乱して事を荒立てなくない、と言うと渋々引き下がった。
こうして私は、サイド3の最高権力者、ジオン党党首デギン・ザビの茶会に参加することになったのだ。