HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン 作:GAME OF ZABYS
1.猛獣の檻を覗くパン屋の親父
「やぁ、よく来たね。シャア、と言ったね。ガルマからよく話を聞いているよ」
デギンは、私が持参した高級百貨店の茶葉を受け取りながら、あたたかくガルマと私を出迎えた。
ガルマから事前に聞き出しておいた、この老人の好物──地球産のアールグレイ。
アースフォビア(地球嫌い)のはずのジオン党党首の嗜好を、最初に聞いた時は笑ってしまったものだ。
老いた党首の相好が、嬉しそうに崩れるのをバイザーの奥で見つめながら、私の心臓が冷たく脈打った。
父の後継者に指名された男。
ジンバ・ラルは最期まで、ダイクン暗殺の下手人はこの男だと言っていた。しかし……
──何年ぶりに、この男に会ったか?ずいぶんと老け込んだようだ。
ザビ家のデギン。
かつて、父ダイクンが情緒不安定で躁鬱を繰り返すのを、いつも卑屈な笑みを浮かべて機嫌を伺っていた。
その目は、信仰心というよりは、猛獣の檻を覗き込むような、薄暗い警戒心に満ちていたのを覚えている。
父ダイクン亡き後、この男がジオン党の党首の座に就いたが、トップの貫禄はまるでない。目はくぼみ、頬はこけ、髪は白くなった。
足が不自由なのか、杖をついている。
──学校の近くにある、パン屋の親父みたいだな。
総帥のギレンの方がよほど、党首らしく見える。
デギンは、侍従に私の茶葉を渡して、紅茶を淹れさせた。侍従が持ってきたポットをデギン自らが手に持ち、私とガルマに紅茶を注いだ。
「ガルマは士官学校でどうかな?」
「はッ。ガルマ様は成績優秀で、学友たちからも慕われております」
ガルマが、慌てたように間に入った。
「シャア!やめてくれよ!」
「ははは、シャア、そう畏まらなくてよい。今の私は、末息子の親友をもてなす、ただの父親なのだから」
私を、キャスバルと微塵も疑っていない。
またとない、チャンス──。
私は少しでも多く、デギンの思惑や弱点を探ろうと神経を集中させた。
デギンは、紅茶を飲みながら、話を続けた。
「君は、戦闘訓練が得意で、若いのに優秀な指揮官ぶりだと聞いたよ。君の目標は、将軍かな?元帥かな?」
「……いえ、過分なお言葉です」
ガルマが、口をはさんだ。
「父上!シャアは、ギレン兄上の参謀本部・情報局を希望しているんだ!」
デギンが、息をついた。
「情報局か、それはいい。実はだね、シャア。
私はね、本当はガルマには、外交官か学者を目指してほしかったのだ。
この子は優しいが、頼りなくて……何しろ線が細くて、小さい頃は病気がちでね、前線で戦うような軍人には向いていないのだよ」
私の隣で、ガルマが息を飲むのが分かった。
「この子は強情で、私の言うことを聞いてはくれないのだ。
シャア、君からもこの子を説得してやってくれないか。
ガルマは、士官学校を卒業したら、軍人ではなく、外交官を目指した方が良いと……」
私は、返答に窮し、押し黙った。
──末の息子には、ザビ家を背負って戦場に出るような恐ろしいことはさせず、
私の目の届く安全圏で、私のコントロール下で生きてほしい。
デギンの本音が、透けて見える様だった。
ガルマは俯いたまま、カップを持つ手が小さく震えていた。
「父上!!……なんで、シャアに、そんなことを言うんだ!
僕はザビ家の看板じゃない!ザビ家の……一人の男として、強い軍人として、父上や兄上達に認められたいんだッ!」
──ガルマの、魂の叫び。
しかし、デギンは、肩をすくめる。
「認めている。この父も、兄たちも、みな、お前のことを、もう認めている。
認められたいなどと思う必要はない。みな、今のままのお前を愛しているのだから。
ただ、心配なのだ。だから、軍人などやめて、安全な道を歩んでほしいのだよ」
──いたたまれない雰囲気だ。
ガルマの味方をして、デギンの不興を買えば、最悪の場合、私は士官学校を追放される。
かといって、私はガルマの親兄弟ではない。
デギンの肩を持つ資格は無い。
ガルマは、反発した。
「嫌だ!僕は、外交官になんてなりたくない!
強く……強い軍人になって、サイド3のために連邦と戦いたいんだ!……なんで、分かってくれないんだッ!」
デギンは、哀しそうに首をふる。
「また、これだ……。そうまでして軍人になりたいとは……」
ここで、デギンは私を見やった。私の手をとり、哀れな父親の顔で囁く。
「いつもこうなのだ。シャア、どうか私のガルマを守ってやってくれまいか。
この子は、本当に向こう見ずで…サイド3のため、ジオンのためと生き急ごうとする。
この子がどこかにいってしまわないか、心配でな。
君は情報局志望だそうだが、ガルマと同じ進路に進んでやってはくれまいか。
もちろん、君の望む地位を用意しよう。准将でも、将軍でも……」
──ダイクン(うち)も大概だが、……デギン(こいつ)も相当だな!
私は父ダイクンの、どう考えても駄目な父親ぶり──子どもへのあまりの関心の無さを思い出していた。
私の父は私の存在を無視していたが、こいつの父親はこいつの意志を無視して、自分の元に引き篭もらせようとしている。
結局、どちらの父親も、子どもを一人の人間として見ていないのだ。
私がデギンに手をつかまれたまま硬直していると、ガルマが空気を引き裂くような叫び声をあげた。
「父上ッ!!……もう、もういいッ!もうやめてくれッ!父上などッ!
……シャア、行こう!僕の部屋に!」
私はガルマに手を引かれて、彼の私室へと撤退した。
2.マクベスより不幸な男
「シャア、すまなかった……。
父上は……、私が小さい頃、その……大病した時に、心労性の心臓発作を起こしてしまってな。それから、ずっとあんな感じなんだ。
……恥ずかしいところを見せた……」
ガルマは、少し泣いていた。
恥ずかしさと怒り、悔しさで、彼の顔は真っ赤になり、身体は小刻みに震えていた。
「……いいや」
今、私の前で誇りを傷つけられ、真っ赤になって震えるこの男。
見つけた。
マクベスよりも不幸な男を。
いや、さすがにそれは言いすぎか。
だが、不幸なことに変わりはない。
マクベスは野心に狂ったが、1人の戦士として戦い、死んだ。
私とて、自分の意志で、父の死の真相を突き止め、対価を払わせると決めた。
だが、こいつはどうだ。
父親の心臓を人質にされ、自分の人生の舵取りすらできちゃいない。
私は笑った。
「……なら、親父さんの心臓病が良くなるように、君が強くなってやればいい。
……いや、君は今でも充分、強い」
ガルマが、顔をあげた。
「それはどういう……」
「そうだろ?……この国の最高権力者に、君は逆らったんだ。外交官じゃなくて、強い軍人になるとね。
誰にでも、できることじゃない。
私には、絶対に、できない!」
私が歌うように言うと、ガルマは少しだけ笑った。
「軍人に……、シャア、僕は、なれるだろうか。強い軍人に……」
「……なれるだろうか、と言っているうちは、なれないだろうな」
「何だよ!……ここは、嘘でも、なれると、言うところだろう!」
「……なら、今、なると自分で決めろ。私が証人になってやる。
将軍でも元帥でも何でもいい。欲しい称号を言え」
「……ええと、じゃあ、元帥だ!僕は、サイド3のジオン軍元帥になる!
連邦軍を蹴散らして、サイド3を守って…ドズル兄上だって目じゃない!
サイド3最強の、元帥になるんだ!」
私は頷いた。元帥。
──私が敬愛する白い将軍、マンネルヘイムと同じ位だった。
「……良い目標だ」
ガルマは、私を見やった。
「……シャア、君は本当に情報局に行くのか?」
「そうだ。悪いが、親父さんのオファーは、君から丁重に辞退しておいてくれ」
ガルマは、もう一度笑った。
やれやれ。
──デギンの弱点を探りに来たはずが、とんだことに巻き込まれた。
だが、これで分かったことは──
ダイクン殺しに、デギンはおそらく噛んでいない。
そうした野心や胆力は感じない。
ただ、末息子を檻に閉じ込めてでも、その安否だけを願う年老いた父親だ。
そうすると、サイド3の実権は、事実上、長兄ギレン、長姉キシリアが掌握している。
私の父を売ったという『親ザビ家派の門閥貴族』なる人物は、こいつらどちらかの派閥に属している可能性が高い。
私は、キシリアの冷たい瞳と、その恐ろしいまでの『無能さ』を思い出していた。
いずれにせよ、やはりギレンが統括する参謀本部・情報局に、真相が隠されている可能性が高いだろう。
そして、この男。
マクベスより不幸な、この男。
不幸な男が、私に話しかけてきた。
「シャア……。フットボールって、どうやるんだ?……僕もやってみたい」
「ボールを蹴って、ゴールに入れるだけだ。簡単だ、君ならすぐできる。
だが、いいのか?その時間は『友達』とフェンシングだろ?」
ガルマが、首をふった。
「もう、あいつらのことはいいんだ。君といる。君といたいんだ、君と……」
そうか、と私は頷いた。
私は、いったんこの男への鬱憤や怒り、憎悪は保留とすることにした。
なにせ、マクベスより不幸なのだ。
これで、図書室で、マクベスより不幸な男を探す手間が省ける。
ただそれだけだ、と私は自分に呟いた。
3.放課後の軍法会議と、ベンチのまどろみ
翌日、私はガルマを連れて、フットボールのコートへと向かった。
チームメイトたちは、私の隣に立つガルマの姿を認めた瞬間──賑やかな笑い声がさざ波のように静まり、コート全体に探るような沈黙が走った
チームのキャプテンが、やや表情を強張らせながら、冷やかすように言った。
「シャア、珍しい連れだな。ザビ家の御曹司が、アンダークラスのフットボールを見物か?」
「……いや、ガルマもやりたいそうだ。フォワードをやらせてやってくれ」
私は明日の天気を告げるかのように言った。
そして、自分のアキレス腱を伸ばし、準備体操を始めた。
その瞬間、私は、チームメイトたちに羽交い絞めにされて連れ去られた。
そのまま校舎の陰で、緊急軍法会議が開廷された。
被告 シャア・アズナブル。
弁護人 なし。
裁判長、検察、原告 私以外全員。
「おいシャア!! 君、本気で言ってんのか、正気かよ?!」
校舎の陰、日陰の冷たいコンクリート壁に押し付けられ、私は仲間たちから息の詰まるような怒号を浴びていた。
「あいつ(元ルームメイト)が、どうやって死んだか見ただろう!
ザビ家に目をつけられたら、何されるか分からないんだぞ!
あいつがやられたこと、俺たちは絶対に忘れねぇし、許さねぇ!!」
「この間、シチューをもらったときは、俺たちだって舞い上がってたよ!
だけど、ザビ家がタダで肉を配るわけねえだろ!
案の定、あいつ(元ルームメイト)は殺された!あんなの、納得できるか?!
そして、今日はあの坊ちゃんが、俺たちのフットボール(こんなところ)にまで乗り込んできた!」
「餌を食わせて手懐けて、あの『訓練』で脅迫した後、今度はコートで俺たちがザビ家の悪口を言ってねえか、直接監視しにきたんだよ!
キシリアの差し金だろ、これ!?」
「ザビ家の機嫌を損ねたら、明日からの食料配給を止められるだけじゃねえ。
一族郎党、ズム・シティから消されちまうんだぞ!
接待フットボールなんて、俺たちは真っ平ごめんだ!」
飢えと不条理に怯える震えと、ザビ家の影を警戒する怒号を浴びながら──
私は、バイザーの奥で、本当に今日初めて、小さく息を漏らした。
……私だけではなかった。
なんだ、お前たちは──
ザビ家のシチューの脂と、恐怖政治に魂を殺され、
家畜に成り下がったわけでは、なかったのだな。
ほんの一瞬の、安堵。
彼らがまだ『持たざる者の矜持』を失っていなかったことに、私の胸は熱くなった。
「……接待フットボールなど、する必要はない。
分かった、こうしよう。しばらく、私がガルマを特訓する。
ドリブルやシュートのやり方と……怪我をしない受け身や体勢を、全部教え込む。
君たちから見て合格だったら、試合に出してやってくれ」
判決。
チームメイト達はまだ納得できない面持ちだったが、ひとまず軍法会議は閉廷となった。
私が戻ると、ガルマが不安そうに立っていた。
「慣れるまで練習するぞ、来い」
私はガルマにボールを投げ、オフェンスとディフェンスを教え込んだ。
そして、1 on 1で、実際の試合での動きを練習した。
「相手が足を一歩踏み出した瞬間に、重心が傾いた方向とは逆の方向へ仕掛けるイメージだ、やってみろ」
「わかった!」
ガルマはもともと運動神経が良いので、何日か練習すると、人並みに動けるようになっていた。私はチームメイト達を呼んで、ガルマの練習の成果をお披露目した。
「僕は、本気でフットボールをやりたいんだッ!多少の怪我など恐れない!
どうか僕に手加減なしでぶつかってきてほしい!……戦闘演習や体術の授業で、はそうしているだろう?!」
ガルマの説得を聞いて、キャプテンが私に囁く。
「……おい、まさかこの坊ちゃん、本当に何も考えてなくて、ただ純粋にフットボールがしたいだけ、なのか……?」
「そうだ」
チームメイト達は、まだ呆気にとられていた。
しかし、ガルマの情熱に免じて、試合デビューを認めてくれたのだった。
やれやれ。
私はガルマの試合を横目で眺めながら、ベンチに引っ込んだ。
そして、ドリンクを片手に『マクベス』を開く。「いいシュートだ」とか、適当に応援を飛ばしながら。
ガルマは楽しそうだ。
あの取り巻き達と一緒にいた時よりも、──憑き物が落ちたような顔をしている。
これでいい。
『マクベス』3.5周目。
良い頃合いだ。
私はそのままベンチに寝転び、『マクベス』を開いたまま顔にのせ、少しだけ眠った。