HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン   作:GAME OF ZABYS

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12.マクベスより不幸な男(Side:シャア)

1.猛獣の檻を覗くパン屋の親父

 

 

「やぁ、よく来たね。シャア、と言ったね。ガルマからよく話を聞いているよ」

 

 

デギンは、私が持参した高級百貨店の茶葉を受け取りながら、あたたかくガルマと私を出迎えた。

ガルマから事前に聞き出しておいた、この老人の好物──地球産のアールグレイ。

 

アースフォビア(地球嫌い)のはずのジオン党党首の嗜好を、最初に聞いた時は笑ってしまったものだ。

 

老いた党首の相好が、嬉しそうに崩れるのをバイザーの奥で見つめながら、私の心臓が冷たく脈打った。

 

 

父の後継者に指名された男。

ジンバ・ラルは最期まで、ダイクン暗殺の下手人はこの男だと言っていた。しかし……

 

 

──何年ぶりに、この男に会ったか?ずいぶんと老け込んだようだ。

 

 

ザビ家のデギン。

かつて、父ダイクンが情緒不安定で躁鬱を繰り返すのを、いつも卑屈な笑みを浮かべて機嫌を伺っていた。

その目は、信仰心というよりは、猛獣の檻を覗き込むような、薄暗い警戒心に満ちていたのを覚えている。

 

父ダイクン亡き後、この男がジオン党の党首の座に就いたが、トップの貫禄はまるでない。目はくぼみ、頬はこけ、髪は白くなった。

足が不自由なのか、杖をついている。

 

 

──学校の近くにある、パン屋の親父みたいだな。

 

 

総帥のギレンの方がよほど、党首らしく見える。

 

デギンは、侍従に私の茶葉を渡して、紅茶を淹れさせた。侍従が持ってきたポットをデギン自らが手に持ち、私とガルマに紅茶を注いだ。

 

 

「ガルマは士官学校でどうかな?」

 

 

「はッ。ガルマ様は成績優秀で、学友たちからも慕われております」

 

 

ガルマが、慌てたように間に入った。

 

 

「シャア!やめてくれよ!」

 

 

「ははは、シャア、そう畏まらなくてよい。今の私は、末息子の親友をもてなす、ただの父親なのだから」

 

 

私を、キャスバルと微塵も疑っていない。

 

またとない、チャンス──。

私は少しでも多く、デギンの思惑や弱点を探ろうと神経を集中させた。

 

 

デギンは、紅茶を飲みながら、話を続けた。

 

 

「君は、戦闘訓練が得意で、若いのに優秀な指揮官ぶりだと聞いたよ。君の目標は、将軍かな?元帥かな?」

 

 

「……いえ、過分なお言葉です」

 

 

ガルマが、口をはさんだ。

 

 

「父上!シャアは、ギレン兄上の参謀本部・情報局を希望しているんだ!」

 

 

デギンが、息をついた。

 

 

「情報局か、それはいい。実はだね、シャア。

私はね、本当はガルマには、外交官か学者を目指してほしかったのだ。

この子は優しいが、頼りなくて……何しろ線が細くて、小さい頃は病気がちでね、前線で戦うような軍人には向いていないのだよ」

 

 

私の隣で、ガルマが息を飲むのが分かった。

 

 

「この子は強情で、私の言うことを聞いてはくれないのだ。

シャア、君からもこの子を説得してやってくれないか。

ガルマは、士官学校を卒業したら、軍人ではなく、外交官を目指した方が良いと……」

 

 

私は、返答に窮し、押し黙った。

 

 

──末の息子には、ザビ家を背負って戦場に出るような恐ろしいことはさせず、

私の目の届く安全圏で、私のコントロール下で生きてほしい。

 

 

デギンの本音が、透けて見える様だった。

 

ガルマは俯いたまま、カップを持つ手が小さく震えていた。

 

 

「父上!!……なんで、シャアに、そんなことを言うんだ!

僕はザビ家の看板じゃない!ザビ家の……一人の男として、強い軍人として、父上や兄上達に認められたいんだッ!」

 

 

 

──ガルマの、魂の叫び。

 

 

 

しかし、デギンは、肩をすくめる。

 

 

「認めている。この父も、兄たちも、みな、お前のことを、もう認めている。

認められたいなどと思う必要はない。みな、今のままのお前を愛しているのだから。

ただ、心配なのだ。だから、軍人などやめて、安全な道を歩んでほしいのだよ」

 

 

──いたたまれない雰囲気だ。

 

 

ガルマの味方をして、デギンの不興を買えば、最悪の場合、私は士官学校を追放される。

かといって、私はガルマの親兄弟ではない。

デギンの肩を持つ資格は無い。

 

 

ガルマは、反発した。

 

 

「嫌だ!僕は、外交官になんてなりたくない!

強く……強い軍人になって、サイド3のために連邦と戦いたいんだ!……なんで、分かってくれないんだッ!」

 

 

デギンは、哀しそうに首をふる。

 

 

「また、これだ……。そうまでして軍人になりたいとは……」

 

 

ここで、デギンは私を見やった。私の手をとり、哀れな父親の顔で囁く。

 

 

「いつもこうなのだ。シャア、どうか私のガルマを守ってやってくれまいか。

この子は、本当に向こう見ずで…サイド3のため、ジオンのためと生き急ごうとする。

この子がどこかにいってしまわないか、心配でな。

君は情報局志望だそうだが、ガルマと同じ進路に進んでやってはくれまいか。

もちろん、君の望む地位を用意しよう。准将でも、将軍でも……」

 

 

 

 

──ダイクン(うち)も大概だが、……デギン(こいつ)も相当だな!

 

 

 

 

私は父ダイクンの、どう考えても駄目な父親ぶり──子どもへのあまりの関心の無さを思い出していた。

私の父は私の存在を無視していたが、こいつの父親はこいつの意志を無視して、自分の元に引き篭もらせようとしている。

結局、どちらの父親も、子どもを一人の人間として見ていないのだ。

 

 

私がデギンに手をつかまれたまま硬直していると、ガルマが空気を引き裂くような叫び声をあげた。

 

 

「父上ッ!!……もう、もういいッ!もうやめてくれッ!父上などッ!

……シャア、行こう!僕の部屋に!」

 

 

私はガルマに手を引かれて、彼の私室へと撤退した。

 

 

 

 

 

2.マクベスより不幸な男

 

「シャア、すまなかった……。

父上は……、私が小さい頃、その……大病した時に、心労性の心臓発作を起こしてしまってな。それから、ずっとあんな感じなんだ。

……恥ずかしいところを見せた……」

 

 

ガルマは、少し泣いていた。

恥ずかしさと怒り、悔しさで、彼の顔は真っ赤になり、身体は小刻みに震えていた。

 

 

「……いいや」

 

 

今、私の前で誇りを傷つけられ、真っ赤になって震えるこの男。

 

 

 

見つけた。

 

マクベスよりも不幸な男を。

 

いや、さすがにそれは言いすぎか。

だが、不幸なことに変わりはない。

 

マクベスは野心に狂ったが、1人の戦士として戦い、死んだ。

私とて、自分の意志で、父の死の真相を突き止め、対価を払わせると決めた。

 

だが、こいつはどうだ。

父親の心臓を人質にされ、自分の人生の舵取りすらできちゃいない。

 

 

 

私は笑った。

 

「……なら、親父さんの心臓病が良くなるように、君が強くなってやればいい。

……いや、君は今でも充分、強い」

 

 

ガルマが、顔をあげた。

 

 

「それはどういう……」

 

 

「そうだろ?……この国の最高権力者に、君は逆らったんだ。外交官じゃなくて、強い軍人になるとね。

誰にでも、できることじゃない。

 

私には、絶対に、できない!」

 

 

私が歌うように言うと、ガルマは少しだけ笑った。

 

 

「軍人に……、シャア、僕は、なれるだろうか。強い軍人に……」

 

 

「……なれるだろうか、と言っているうちは、なれないだろうな」

 

 

「何だよ!……ここは、嘘でも、なれると、言うところだろう!」

 

 

「……なら、今、なると自分で決めろ。私が証人になってやる。

将軍でも元帥でも何でもいい。欲しい称号を言え」

 

 

「……ええと、じゃあ、元帥だ!僕は、サイド3のジオン軍元帥になる!

連邦軍を蹴散らして、サイド3を守って…ドズル兄上だって目じゃない!

サイド3最強の、元帥になるんだ!」

 

 

 

私は頷いた。元帥。

 

──私が敬愛する白い将軍、マンネルヘイムと同じ位だった。

 

 

「……良い目標だ」

 

 

ガルマは、私を見やった。

 

 

「……シャア、君は本当に情報局に行くのか?」

 

 

「そうだ。悪いが、親父さんのオファーは、君から丁重に辞退しておいてくれ」

 

 

ガルマは、もう一度笑った。

 

 

 

 

 

 

やれやれ。

 

──デギンの弱点を探りに来たはずが、とんだことに巻き込まれた。

 

 

 

だが、これで分かったことは──

 

ダイクン殺しに、デギンはおそらく噛んでいない。

そうした野心や胆力は感じない。

ただ、末息子を檻に閉じ込めてでも、その安否だけを願う年老いた父親だ。

 

 

そうすると、サイド3の実権は、事実上、長兄ギレン、長姉キシリアが掌握している。

私の父を売ったという『親ザビ家派の門閥貴族』なる人物は、こいつらどちらかの派閥に属している可能性が高い。

 

 

私は、キシリアの冷たい瞳と、その恐ろしいまでの『無能さ』を思い出していた。

いずれにせよ、やはりギレンが統括する参謀本部・情報局に、真相が隠されている可能性が高いだろう。

 

 

 

 

 

 

 

そして、この男。

 

 

 

マクベスより不幸な、この男。

 

不幸な男が、私に話しかけてきた。

 

 

「シャア……。フットボールって、どうやるんだ?……僕もやってみたい」

 

 

「ボールを蹴って、ゴールに入れるだけだ。簡単だ、君ならすぐできる。

だが、いいのか?その時間は『友達』とフェンシングだろ?」

 

 

ガルマが、首をふった。

 

 

「もう、あいつらのことはいいんだ。君といる。君といたいんだ、君と……」

 

 

そうか、と私は頷いた。

 

 

 

私は、いったんこの男への鬱憤や怒り、憎悪は保留とすることにした。

 

なにせ、マクベスより不幸なのだ。

これで、図書室で、マクベスより不幸な男を探す手間が省ける。

 

 

 

ただそれだけだ、と私は自分に呟いた。

 

 

 

 

3.放課後の軍法会議と、ベンチのまどろみ

 

翌日、私はガルマを連れて、フットボールのコートへと向かった。

 

チームメイトたちは、私の隣に立つガルマの姿を認めた瞬間──賑やかな笑い声がさざ波のように静まり、コート全体に探るような沈黙が走った

 

チームのキャプテンが、やや表情を強張らせながら、冷やかすように言った。

 

 

「シャア、珍しい連れだな。ザビ家の御曹司が、アンダークラスのフットボールを見物か?」

 

 

「……いや、ガルマもやりたいそうだ。フォワードをやらせてやってくれ」

 

 

私は明日の天気を告げるかのように言った。

そして、自分のアキレス腱を伸ばし、準備体操を始めた。

 

その瞬間、私は、チームメイトたちに羽交い絞めにされて連れ去られた。

そのまま校舎の陰で、緊急軍法会議が開廷された。

 

 

 

被告 シャア・アズナブル。

 

弁護人 なし。

 

裁判長、検察、原告 私以外全員。

 

 

 

 

「おいシャア!! 君、本気で言ってんのか、正気かよ?!」

 

 

校舎の陰、日陰の冷たいコンクリート壁に押し付けられ、私は仲間たちから息の詰まるような怒号を浴びていた。

 

 

「あいつ(元ルームメイト)が、どうやって死んだか見ただろう!

ザビ家に目をつけられたら、何されるか分からないんだぞ!

あいつがやられたこと、俺たちは絶対に忘れねぇし、許さねぇ!!」

 

 

「この間、シチューをもらったときは、俺たちだって舞い上がってたよ!

だけど、ザビ家がタダで肉を配るわけねえだろ!

案の定、あいつ(元ルームメイト)は殺された!あんなの、納得できるか?!

そして、今日はあの坊ちゃんが、俺たちのフットボール(こんなところ)にまで乗り込んできた!」

 

 

「餌を食わせて手懐けて、あの『訓練』で脅迫した後、今度はコートで俺たちがザビ家の悪口を言ってねえか、直接監視しにきたんだよ!

キシリアの差し金だろ、これ!?」

 

 

「ザビ家の機嫌を損ねたら、明日からの食料配給を止められるだけじゃねえ。

一族郎党、ズム・シティから消されちまうんだぞ!

接待フットボールなんて、俺たちは真っ平ごめんだ!」

 

 

飢えと不条理に怯える震えと、ザビ家の影を警戒する怒号を浴びながら──

私は、バイザーの奥で、本当に今日初めて、小さく息を漏らした。

 

 

 

……私だけではなかった。

 

なんだ、お前たちは──

 

ザビ家のシチューの脂と、恐怖政治に魂を殺され、

家畜に成り下がったわけでは、なかったのだな。

 

 

 

ほんの一瞬の、安堵。

彼らがまだ『持たざる者の矜持』を失っていなかったことに、私の胸は熱くなった。

 

 

「……接待フットボールなど、する必要はない。

 分かった、こうしよう。しばらく、私がガルマを特訓する。

ドリブルやシュートのやり方と……怪我をしない受け身や体勢を、全部教え込む。

君たちから見て合格だったら、試合に出してやってくれ」

 

 

 

判決。

 

チームメイト達はまだ納得できない面持ちだったが、ひとまず軍法会議は閉廷となった。

 

 

 

 

 

 

 

私が戻ると、ガルマが不安そうに立っていた。

 

 

「慣れるまで練習するぞ、来い」

 

 

私はガルマにボールを投げ、オフェンスとディフェンスを教え込んだ。

そして、1 on 1で、実際の試合での動きを練習した。

 

 

「相手が足を一歩踏み出した瞬間に、重心が傾いた方向とは逆の方向へ仕掛けるイメージだ、やってみろ」

 

 

「わかった!」

 

 

ガルマはもともと運動神経が良いので、何日か練習すると、人並みに動けるようになっていた。私はチームメイト達を呼んで、ガルマの練習の成果をお披露目した。

 

 

「僕は、本気でフットボールをやりたいんだッ!多少の怪我など恐れない!

どうか僕に手加減なしでぶつかってきてほしい!……戦闘演習や体術の授業で、はそうしているだろう?!」

 

 

ガルマの説得を聞いて、キャプテンが私に囁く。

 

 

「……おい、まさかこの坊ちゃん、本当に何も考えてなくて、ただ純粋にフットボールがしたいだけ、なのか……?」

 

 

「そうだ」

 

 

チームメイト達は、まだ呆気にとられていた。

しかし、ガルマの情熱に免じて、試合デビューを認めてくれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

やれやれ。

 

私はガルマの試合を横目で眺めながら、ベンチに引っ込んだ。

そして、ドリンクを片手に『マクベス』を開く。「いいシュートだ」とか、適当に応援を飛ばしながら。

 

 

ガルマは楽しそうだ。

あの取り巻き達と一緒にいた時よりも、──憑き物が落ちたような顔をしている。

 

これでいい。

 

 

 

 

『マクベス』3.5周目。

 

良い頃合いだ。

私はそのままベンチに寝転び、『マクベス』を開いたまま顔にのせ、少しだけ眠った。

 

 

 

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