HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン   作:GAME OF ZABYS

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13.白い将軍の夜(Side:シャア)

1.打算の素顔のドレスコード

 

 

「おい、シャア・アズナブル。

最近やたらとガルマ様を、泥まみれの球戯に連れ回しているようだが……身の程を弁えたらどうだ?

ミドルクラスの分際で、ザビ家の威光にすり寄るなど、浅ましいペテン師のやることだ。

……ドズル校長の耳に、君の胡散臭い噂が届かないとでも思うかね?」

 

 

私がフットボールのコースの隅で、準備運動をしていると、ある生徒に呼び止められた。

ガルマの取り巻きだった奴の1人だ。

 

 

──またか。

 

 

 

私は極力表情を変えずに、その男に向き直った。

 

 

「……ガルマと私は、ルームメイトだ。フットボールをやってみたいと言うので、協力しただけだ」

 

 

「……ふん、協力しただけ、だと?

卑しいミドルクラスの男が、ガルマ様に取り入って、ザビ家の権力を利用しようとするとは。

不純な狐め……言い訳か?まぁ、続きは、ドズル校長の前で言うんだな」

 

 

別の男が、私に書面を差し出した。

ジオン士官学校の校長の公判──ドズル・ザビの署名がされた、正式な呼び出し状。

取り巻きの男たちの顔が、下卑た表情で歪む。

 

 

そこへ、私の背後から、チームメイト達が割り込んできた。

 

 

「おい!何してやがる。将校クラブの連中が、泥臭いフットボール場に何のご用だ?

ここはお前らの来るところじゃねぇよ!」

 

 

「はッ、お前らのその御大層な『宇宙第5世代の家系図』、泥まみれにしてゴールに蹴り込んでやろうか?」

 

 

多勢に無勢と見た、取り巻き達は、侮蔑と捨て台詞を残して立ち去って行った。

 

 

「……せいぜい、粋がっておけよ、バイザー野郎!」

 

 

私は、大人しくしていればいいものを、つい言い返してしまった。

バイザーの奥で低く、愉しげに喉を鳴らした。

 

「おやおや。なんという差別か。君たちのその打算まみれの『素顔』を隠すには、ちょうどいいドレスコードだと思うがね。

──プレゼントしてやろうか?」

 

 

やれやれ、と言った具合に、両手のひらを上に向けて広げ、おおげさに肩をすくめてみせる。

取り巻き達は顔を真っ赤にして絶句し、チームメイトたちは大爆笑した。

 

 

私は呼び出し状を無造作にポケットへねじ込み、歓声が渦巻くコートへと駆け出していった。

 

 

 

 

 

2.潜る狐、野生の獣

 

 

とはいえ、困ったことになった。

 

 

ドズル・ザビ。

ジオン軍中将であり、ジオン士官学校の校長。

 

私はこの男が苦手だった。

データや言葉を武器にするタイプの人間なら──例えば、キシリアやギレンのような──

データの辻褄さえ合っていれば騙し通せる。

 

 

だが、ドズル・ザビは違う。

 

現場の叩き上げであるこの男は、野生の獣のような直感に長けている。

この男には、私という人間の仮面の裏側──

私の本当の素性やここにいる目的を、看破されてしまうのではないか。

 

 

 

 

 

 

チームメイトたちに心配されながら、私は仕方なく校長室へと向かった。

 

重々しい扉をノックする。

 

 

「シャア・アズナブルであります!お呼びでしょうか」

 

 

「入れ!」

 

 

ドズルの吠えるような声。

扉を開けると、サイド3の国旗と歴代の勲章が飾られた、厳かな校長室。

 

 

ドズルは巨大な机に厳しい顔で座り、私を待ち構えていた。

 

 

「アズナブル、まずは座れ!」

 

 

「はッ」

 

 

私は、ドズルの向かいの、金の装飾のついた布地張りの椅子に腰かけた。

 

 

「何故、俺が貴様を呼んだか分かるか?」

 

 

「はッ。……ガルマ様とのことでしょうか?」

 

 

ドズルは、話が早いと頷いた。

 

 

「一部の門閥貴族の生徒どもから、貴様が、我が弟ガルマに接近して、不穏な動きをしているという直訴があったのだ。

……そこで、貴様について調べさせてもらった!」

 

 

 私の目の前に、書類がバサリと置かれる。

 

 

(……出生審査!)

 

 

 

 

 

息が止まった。

 

 

私は、書類の内容を、目だけで追って確認した。

 

 

 

 

──シャア・アズナブル

 

テキサスコロニー出身。

 

世代調査:問題なし。

 

第5世代前に、同コロニーに移民し定住。

第4世代に遡った祖先、3親等以内の親族ともに、宇宙生まれ(スペースノイド)

 

 

 

 

このシャア・アズナブルの戸籍は、地球連邦が私をサイド3に潜入させるために準備した、完璧な偽籍だ。

 

──穴は、なかった。

 

 

出生審査の通知書には、ドズル・ザビの署名と宇宙攻撃軍・憲兵隊の公印が押されていた。

 

 

なぜだ?

 

出生審査は本来、キシリア・ザビの治安情報局の管轄のはず。

この間の一件(ローテ・グリュッツェ一家の銃殺)で、ドズルがキシリアの介入を警戒し、士官学校の自治を守るために、先んじて私の出生審査をしたということか?

 

 

──私の何と、愚かなことか。

 

ガルマがいかに「出生審査はしない」と叫ぼうとも、他の者がそれを許すはずはなかった。

しかし、まさかドズルがキシリアへの当てつけのために、軍の総力を挙げて私の素性を調べ上げてこようとは。

 

 

ドズルが声を低め、言葉を続けた。

 

 

「……出生審査は『シロ』だ。これで、貴様と地球連邦の関係を疑う者はいない。

だが、俺の目は誤魔化されんぞ!」

 

 

ドズルが、語気を強める。

 

 

「ミドルクラスの分際で、ザビ家の末息子(ガルマ)に取り入って、何を企んでいる?

腹の底をここでブちまけろ!」

 

 

私は、困り果ててしまった。ブちまけろ、と言われても。

 

 

「はッ。ガルマ様と私は、今同室のルームメイトであります!

私がフットボールを嗜んでいたところ、ガルマ様がご興味を持ってくださったので、僭越ながらお教えして、時たまご一緒しております!」

 

 

ドズルの目が、疑り深そうに私を睨んだ。

 

 

「……私から、ガルマ様に地位をねだったり、便宜を図っていただくよう働きかけたことはありません!

1生徒として、節度あるお付き合いをさせていただいております!」

 

 

「……食えない男だ」

 

 

ドズルは、鼻を鳴らした。

 

 

「貴様の言い分は分かった。だが、俺はそのようなことを聞きたいのではない!

貴様という男の本性を聞かせろと言っているのだ!

……ついてこい!場所を変えるぞ!俺の私邸で、飯を食わせてやる!」

 

 

 

 

 

──ザビ家の私邸。

 

先日のガルマの父親デギンとの茶会が、脳裏に浮かんだ。

またあそこに連れていかれるのか。

 

──私も、よくよく運の無い男だ。

 

 

 

私は、不本意ながら、ドズルの後に続いた。

 

 

 

 

 

3.国力1対30、小国の作法

 

 

ドズルの私邸の食堂。

 

大理石の円卓には、豪快に焼き上がった肉の塊が並んでいた。

 

──上等な大量の食材。

連邦に経済封鎖されているとはいえ、あるところには、当然あるのだ。

 

 

 

ドズルは軍服のボタンを少し緩め、巨体を揺らしながら、自らナイフで肉をガシガシと切り分け、私の皿に肉を放り投げた。

 

 

「おい、食え! 男ならまず肉を食え! 腹が減っていては本音も出んだろうが!」

 

 

──『捕虜よ、食事を許す』と言われた気分だ。

 

 

校長室の時よりも、圧を感じる。

 

……校長室での尋問の方が、まだ理屈で対処できた。

よりにもよって、ザビ家の私邸で、この猛獣のような男と二人きりで肉を突ついている。

 

私は、生きた心地がしなかった。

とはいえ、この肉を食べないわけにはいくまい。

士官学校では絶対にありつけない、高級な肉だというのに全く心が踊らない。

 

私は、借りてきた猫──妹アルテイシアのかつての飼い猫ルシファのように──

しおらしく肉を刻み、慎重に咀嚼した。

 

 

 

 

ドズルは私が肉を食べるのを確認しながら、酒をあおった。

そして、自分も豪快に肉を喰らいながら、私のプライベート──そんなものありはしないのだが──、にズバズバと切り込んできた。

 

 

 

「お前の家族は、サイド3のどこにいる?

将来は我が宇宙攻撃軍で、どんな夢を叶えるつもりだ、ええ?

 

ガルマは、お前を『本物の親友だ』と、まるで英雄を見るような目で話す。

 

だが俺の目は、誤魔化されん。

お前はガルマをザビ家の神輿として、利用する気だろう?」

 

 

 

やむを得ず、私は、連邦の用意した偽籍の設定を、慎重に諳んじることにした。

 

「……私の両親は、テキサスコロニーで旅館を営んでいました。小さい頃に、火事で両親を亡くして──」

 

 ……可哀想な、天涯孤独の苦学生。

これが貴様の憲兵隊の網の目をも潜り抜けた、私の完璧なドレスコード(模範解答)だ。

これで満足して引き下がるがいい、猛獣め。

 

 

ドズルは、相変わらず物凄い勢いで肉を片づけていたが、やがてイライラした様子で拳で机を叩き始めた。

 

 

「嘘を吐くなッ!!! 俺が聞きたいのはそんな事実の羅列ではない!

お前がそのバイザーの奥に隠している『本物の魂』を聞かせろと言っているんだ!

 

お前は、軍人になって何がしたい!? 将軍か、元帥か!?

軍人として、どうありたいのだ!答えろ!」

 

 

 

 

──Oh,Motherfucker.

 

何というノンデリであろうか。

 

 

 

仕方なく、私はドズルの質問に応えるべく、思考をめぐらせた。

 

──軍人として、どうありたいか。

 

 

 

私の中で、幼い頃の記憶、13歳のキャスバルだったころの日々が蘇った。

地獄のような両親との生活の中で、それでもまだ自分の人生を生き、未来が約束されていると信じていた、あの日を。

 

 

 

 

 

 

 

 

「私が、最も深く私淑しているのは……かつて、地球の北の小国に存在した、通称『白い将軍』と呼ばれるカール・グスタフ・マンネルヘイム元帥です」

 

 

国力数倍の大国に対し、泥まみれの地形と斥候のすべてを駆使して包囲殲滅を成し遂げ、国際政治の綱渡りで祖国を守り切った男。

生き残るというただ1点のために研ぎ澄まされた、泥臭く現実的(リアル)な論理。

 

 

「人口わずか400万に満たない極寒の小国へ向けて、1億の人口を誇る大国が、60万という圧倒的な大軍を送り込んできました。

常識で考えれば、一溜まりもなく圧し潰されて終わるはずの、絶望的な物量差です。

 

──しかし、その小国は牙を剥いた。

『白い将軍』──マンネルヘイム率いるわずか12万の国防軍と、その背後にいる全国民が、ただの一人も屈することなく武器を取ったのです」

 

 

ドズルが、肉を食べる手をとめた。

 

 

「家を焼かれ、街を焦土に変えられても、国民は誰一人として涙を流さず、元帥のゲリラ戦を支え続けました。

吹雪のなか、泥まみれの森のなか、牙を研ぎ澄ませた彼らの一撃は……大国が数だけで集めた有象無象の兵の練度を、遥かに凌駕していた。

ただ一つの『生き残るという意志』の差が、圧倒的な物量をねじ伏せ、大国を恐怖の底へ陥れたのです」

 

「……その時、『白い将軍』が国民を鼓舞した言葉──

『我々は自らの手で独立を果たし、自由な未来を守ると誓った! 我々は戦う、家族のため、信義のため、祖国を守るために!』

 

……私は、軍人というものは、かくあるべきと思っています」

 

 

 

 

 

 

 

4.抱擁、あるいはイカサマな落としどころ

 

 

私が話を終え、我に返ると、ドズルは肉を食べるのをやめたまま黙っていた。

 

 

 

水を打ったような静寂。

 

 

 

私は急にいたたまれなくなり、何とかこの話に落としどころを見つけようと思案を重ねた。

しかし、何にも思いつかない。

 

……結局、私は、おそらくドズルが最終的に私に言わせたいであろう言葉を、告げることにした。

 

 

「……もし、私がガルマ様に悪い影響を与える可能性があると、中将がお考えなら、部屋替えをお願いできますか。フットボールも控えるように……」

 

 

もっと、早く言えばよかった。

 

そうすれば、ザビ家の私邸に連行される必要もなかったのだ。

そして、あの格差の見世物小屋──北棟525号室からも解放される。

 

 

 

 

 

と、その時。

 

バンッ!!! と、食堂の重々しい装飾扉が、激しい音を立てて内側へと跳ね開いた。

 

 

「ドズル兄上ッ!!! シャアに、僕の親友になんてことするんだっ!!!」

 

 

ガルマだ。

 

 

ガルマは私を背中に庇うようにして、ドズルを激しい怒りと涙目で睨みつけていた。

 

 

「兄上!アッパークラスの学生どもの汚いチクリを真に受けたのですかッ!

僕のたった一人の、本物の友達を、こんなところにまで連れ込んで脅したのですかッ……!

 

僕がようやく見つけた、本音で話せるたった一人の対等な親友を、 兄上が不敬罪に落とすなら、僕はもう、兄上のこともザビ家のことも絶対に許さないッ!!!」

 

 

こんなに怒ったガルマを見たのは、初めてかもしれない。

……別に、脅されてはいない。

肉を食べるようにとは言われたが。

 

あまりの急な展開に、私はしばし言葉を失っていた。

 

 

 

 

円卓の向こうのドズルは、なおも沈黙していた。

 

しかし、その目から、急に大粒の涙をボロボロと流し出し、丸太のような両腕でぬぐった。

 

 

「……う、うおおおおおッ!!! ガルマ、お前は……お前は最高の本物の友達を持ったなぁぁぁっ!!!」

 

 

「え……? あ、兄上……?」

 

 

 ドズルは椅子を蹴立てて立ち上がると、大号泣しながら歩み寄り、ガルマをその巨大な両腕で「ガシィィィッ!!!」とへし折らんばかりの勢いで抱きしめた。

 

 

「ギレン兄やキシリア姉の冷たい打算とは違う!

軟弱な門閥どもがなんと言おうと、このシャアという男は、家族のため、祖国のために命を懸けられる、俺と全く同じ『最高に泥臭い武人の魂』じゃねえかッッッ!!!

 

シャア! お前、最高の士官だ! 宇宙攻撃軍へ来いッ!!!」

 

 

 

 

 

ぎゃあっ。

 

 

 

ドズルは、ガルマごと私のことも抱きしめてきた。

 

近い近い近い、近すぎる。

 

 

 

 

 

 

 

ガルマの満更でもなさそうな声が響いた。

 

 

「も、もおぅ~~、な、何なんだよ、兄上ぇぇぇっ!?」

 

 

 

 

……脳筋兄弟どもが。

 

私は、もはや息ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5.猛獣の円卓、盤面の不和

 

 

窒息しそうな私をよそに、ドズルとの食事会は、乱入したガルマを交えて継続されることになった。

 

ドズルは、軍服の袖をまくり上げ、酒をあおった。

最高にアルコール度数の高いスピリタス(ポーランド産ウォッカ)。

よくこれで肉の味がわかるものだと、私は感心した。

 

 

ドズルは、大ぶりのナイフで肉をギリギリと切り分け、ガルマと私の皿に放り投げた。

 

 

「シャア!お前のその薄い胸板じゃ、連邦の重力に負けるぞ!もっと食え!

ガルマ、お前もだ!前線に出たら、連邦の物量なんぞ忘れて、この肉を信じるんだッ!!」

 

 

「もう、兄上、お皿にそんなに山盛りにしたら、冷めちゃうよ~~」

 

 

ガルマは、楽しそうに笑い、肉を咀嚼していた。

 

 

ドズルとガルマが獣のように笑いながら、肉を食べるのを横目に、私はやはり借りてきたルシファ(猫)のように、しおらしく肉を咀嚼していた。猛獣どもめ。

 

 

「シャア!肉は足りておるかッ!遠慮せず、どんどん喰え!喰えッ!」

 

 

「はッ。いただいております!」

 

 

私は、少しでも今後につながる情報──父を連邦に売った『親ザビ家派閥の門閥貴族』の情報を得ようと思考をめぐらせた。

しかし、この直情的な男(ドズル)に、直球でギレンやキシリアについて質問するのは得策ではない。

 

 

「ドズル中将閣下やガルマ様は、ご家族で集まって、こうして食事を共にされたりするのですか?」

 

 

私は、天涯孤独の苦学生を装い『仲の良いザビ家ご家族への純粋な憧れ』をもって問いかけた。

ドズルは、不意打ちをくらったように、持っていた酒杯をぴたりと止め、静かな──酷く地を這うような声で話し始めた。

 

 

「ああ、親父は、我々を呼んで食事会を開くのが好きでな。

……ちょうど先日もキシリア姉の婚約を祝って、家族全員で食事をしたものよ」

 

 

ガルマが、やや上ずった声で間に入った。

 

 

「そ、そうだね、兄上。父上はとても上機嫌でおいでだった。

……キシリア姉上は公務がお忙しいとかで、少し気が立っておいでだったようだが、ザビ家が一堂に会する貴重な機会だったのは間違いないよ。……なぁ、兄上?」

 

 

ガルマは、ドズルの顔を伺うように視線を向けた。

ドズルは大きく鼻を鳴らし、それには応えずにスピリタスを喉に流し込んだ。

 

 

「……飯の席だ! 終わった身内の催しなどどうでもいい。それよりシャア、貴様、我が宇宙攻撃軍の──」

 

 

ドズルは酷く乱暴に、そして不自然なほど大声で話題を切り替えた。

 

 

 

──家族の不仲。

 

この間の一件(ローテ・グリュッツェ一家の銃殺)からも分かるが、やはり、総帥府が流す『仲良し家族報道』はイカサマというわけか。

ドズルがここまで露骨に口を閉ざすほど、指導層の亀裂(不和)は深い。

 

──実際、ドズルはキシリア派閥の門閥の子女達を、露骨に宇宙攻撃軍の閑職へと追いやっている。

今や、士官候補生たちの配属決めは、ドズルとキシリアの代理戦争の場と化していた。

 

 

 

これから国力30倍の連邦と一戦交えるかもしれぬ厳戒態勢下。

だというのに、指導層が一枚岩でないという脆弱さ。

 

おそらく、ギレンの立てた緻密な作戦を、キシリアは打算で裏から揺さぶり、ドズルは現場で感情論を爆発させている。

 

 

 

──トップがこの有様なら、前線は中枢に振り回され、いずれ崩壊する。

 

連邦の圧倒的な物量に押し潰される前に、この国は内側から勝手に崩壊するだろう。

 

 

 

私は言葉を選びながら続けた。

意図的に声のトーンを落とし、悲しそうに視線を下げる。

 

「……失礼いたしました。私は早くに父を亡くしました。

先日の茶会で、はじめてデギン党首にお会いしたのですが、ガルマ様を深く愛し、大切に育てられたのだろうと感じました。

ザビ家の御家族の絆に、つい憧れを抱いてしまうのです。

デギン党首が、ご家族の家長として、ご兄弟方を統括し導いておられるのだろう、と……」

 

 

「統括だと!?」

 

 

ドズルが肉を噛みちぎり、骨の折れるような音を立てて拳を震わせた。

 

 

「……フン、親父にかつての覇気があれば、とっくにギレン兄やキシリア姉の首根っこを掴んで、序列を叩き込んでおるわ!

だが今の親父は、ダイクンが死んでジオン党の神輿に据えられてからというもの、政治の泥沼に疲れ果て、すっかり牙を抜かれてしまわれた……。

今や党の中枢も、軍の予算も、実質的にはギレン兄上が全て掌握している! 」

 

 

──ギレンが全て掌握。

 

 

つまり、私の父を売った『親ザビ家派閥の門閥貴族』の情報は、必ずギレンの統括する参謀本部・情報局に存在する。

そして、おそらくその門閥貴族は、ギレン派の一派である可能性が高い。

 

 

 

 

上出来だ。

 

その下手人を突き止めて、社会的に抹殺し、私はサイド6に亡命する。

 

 

 

 

ドズルは、酒が回ったせいか、ガルマを涙で潤んだ目で見つめ、叫び始めた。

おそらく酔っているのだろう。酒か、酒以外の何かに。

 

「親父がいくら『ガルマを安全な道へ』と涙を流そうが、ギレン兄が『開戦の駒』として動かすと決めれば、親父の言葉など何の意味も持たんのだ……ッ!!」

 

 

ガルマはドズルの言葉に応えるように、立ち上がって、声を張り上げた。

 

 

「あ、兄上ッ!僕は、ザビ家の男です!連邦との戦争に参戦できるならば、本望ですッ!」

 

 

「う、うおおおおお~~!ガ、ガルマ~~ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

もう、好きにしてくれ。

 

 

私の脳裏に、ふと、昨日フットボールをした下層クラスの仲間の顔が浮かんだ。

……私はサイド6に亡命するが、あいつらはどうなるのだろう。

 

 

 

 

私は、ガルマの頭をガシガシと撫でるドズルに向き直った。

 

「ギレン総帥には深遠なお考えがおありと思いますが、それでも、戦時にあって、ガルマ様までも駒になさるとは……。

それでは、我々現場の軍人の命など、もっと軽いものなのでしょうね。

我々軍人は、サイド3のために死んでくれと言われれば、死ぬほかありません。

しかしながら、無駄死にではなく、命の賭け時というものを、考えていただきたいものです」

 

 

 

……言い過ぎただろうか。

 

 

 

 

 

 

 

水を打ったような沈黙。そして──

 

 

「う、うおおおおおッ!!!」

 

 

ドズルは、再び大号泣しながら、激しく机を叩き出した。

 

……狂ったか。

 

 

「よくぞ言った、シャア・アズナブルッ!!! 貴様の言う通りだ!!!

兵はギレン兄のチェスの駒じゃねえッ!!! 命を懸けて戦う本物の男たちだ!!!

 

安心しろ、このドズル・ザビがいる限り、貴様やガルマ、そして宇宙攻撃軍の兵士たちを無駄死になど絶対にさせん!!!

命の賭け時(死に場所)は、この俺が、前線で、武人としての最高の誇りとともに用意してやるッッッ!!!」

 

 

 

 

ぎゃあっ。

 

2回目のベアハッグ。Cool.

 

 

 

 

 

 

ガルマが得意げな顔で、ドズルに語りかけた。

 

「ほら見ろ、兄上! だから言ったではありませんかッ、シャアは僕の最高の、本物の親友なのですッ!

門閥の奴らのくだらないチクリなんか真に受けるからですよ!」

 

 

ガルマはそう言って、ドズルの太い腕から私を引き剥がした。

……本当にルシファ(猫)か、何かになった気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

やれやれ。

 

私が『白い将軍』──マンネルヘイムだったら、こいつら(ガルマとドズル)に、クーデターを起こすように薦めるだろうな。

ガルマに父親のデギン党首を拉致させ、正統性を得たうえで、ギレンとキシリアを弾劾する。

そして、ドズルの宇宙攻撃軍の武力でもって、全ての通信拠点をジャックする。

最後に、デギンの声明を流し、全軍を味方につけて、ギレンの権力基盤を奪い取る。

 

 

計算のギレンと、無能のキシリアよりも、まだ、こいつら(ガルマとドズル)がトップの方が、末端の軍人には救いがある。苦労するのはいつも現場だ。

 

デギンが死んでからでは遅い。

ギレンとキシリアに実権を握られれば、こいつら(ガルマとドズル)には、二度とチャンスは回ってこない。

 

とはいえ、こいつら(ガルマとドズル)は感情で動く。

国の命運や兵の命よりも、所詮は家族の情をとるだろう。……連邦には負けるだろうが。

愚かな連中だ、互いの不信で国を滅ぼすなど。

 

 

 

 

──家族の情、か。

 

 

 

 

私とて、父の、そして母の復讐に生きている。

連邦側の下手人、官僚のゴップは射殺した。

そして、次はあらゆる手段を用いて、ザビ家側の下手人を見つけ出し、社会的に抹殺する。

 

 

 

 

──私も、愚かに見えるのだろう。こいつら(ガルマとドズル)のように。

 

 

 

 

と、そこで、ガルマが私を見やって、高らかに宣言した。

 

 

「シャア、これからは僕の家が君の家だ! 兄上、またシャアをここに呼んであげよう!」

 

 

 

 

 

 

 

──Oh,Fucking My Life.

 

 

 

 

 

 

 

6.白い将軍は、氷の森の夢を見る

 

 

私はドズルの食事会からようやく解放され、士官学校への帰路についていた。

夜風に当たりながら、ガルマが私に話しかけてきた。

 

「シャア……! ドズル兄上から聞いたよ。

君が僕のいないところで、僕たちの独立や未来のためにすごく熱い言葉を語っていたって。

……ありがとうシャア。君は本当に、僕の本物の友達(英雄)だ……!」

 

 

 

 

私は少し笑った。

 

ちがう。ちがうよ。

私はサイド3の独立なんて、どうでもいい。

君たちの未来なんて、どうだっていい。

 

ただ、復讐を果たしたいだけだ。

 

 

 

 

だが、気分がいい。

 

──幼き日の軍神への憧憬。

 

自分の中に、まだこんなにも純粋で清らかなものが残っていたとは。

 

 

 

 

復讐を完遂する。

 

そして、ただの誰も知らない男になって──白い将軍と雪、氷の森と湖の夢を見るのだ。

 

 

 

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