HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン   作:GAME OF ZABYS

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16.レディ・マクベスの憂鬱(Side:シャア)

1.帰って、飯を食い、本を読む

 

ジオン士官学校。

先日のカーラル家の内乱が鎮圧されて半年余り。

 

ようやく校内は落ち着きを取り戻しつつあった。

 

 

「……諸君!1週間後に、我が自慢の宇宙攻撃軍MS部隊の兵士たちがこの学び舎に来訪する!

この実戦部隊と諸君らで、校内の演習場で対戦訓練を行う。

なお、この模擬戦には、ギレン総帥が直々に視察に来られる!」

 

 

校長のドズルが、士官全員を集めて唸るように叫んだ。

『ギレン総帥の視察』という、ドズルの言葉に教室がどよめく。

 

 

「模擬戦に出場する者の名前を呼ぶ!前へ!……ガルマ・ザビ!」

 

 

ドズルが息をついで、私の方を見やった。

 

 

「……そして、シャア・アズナブル!」

 

 

ドズルは私の耳元で、この前(カーラル家の内乱)の手柄で大抜擢だ、頑張れよ、と囁き、私の肩を叩いた。

ドズルは、何名かの成績上位者──いずれも下層クラス、内乱鎮圧に貢献した学生たちの名前を次々と挙げていった。

 

 

 

──ギレン・ザビ。

 

 

 

ズム・シティの参謀本部・情報局を統括する男。

 

その男がここに来る。

チャンスだ。

 

ここであの男に実力を見せつければ、参謀本部・情報局への配属に手が届く。

 

 

 

 

私は、ガルマや選抜メンバーと作戦会議を行った。

 

ガルマ達がモビルスーツの調整や戦闘訓練に時間を割こうとするのに、私は断固反対した。

勝利は、モビルスーツが銃を撃つ前の準備で決まるものだ。

私はあえて、装甲は薄いが、機動力が高く、エネルギー消費が少ない旧式機を選んだ。

 

 

「旧式機じゃ新型の攻撃に一度でも当たれば即死だ!」

 

 

「当たらなければ、どうということはない!」

 

 

私は断言して、なおも続けた。

 

 

「最新鋭機のセンサーは、少しの熱源やノイズにも反応する超高精度だ。

そこに、時代遅れの低周波を出す我々の旧式機が混じれば、奴らの目には『ただのノイズ』にしか映らない。

高性能な目を持っている奴ほど、ゴミの山から私たちが放つ『一撃』を見失うのだよ」

 

 

「だが、パワーで競り負ける!どうやって勝つ?」

 

 

「学校の隣の連邦軍駐屯地が、年中無休で電波を垂れ流している。

この『ノイズ』を隠れ蓑にしよう。奴らが最新鋭機の感度を上げれば上げるほど、連邦のノイズに目が眩むはずだ。

その状態で、私たちは機動力を活かして、演習場の給電ポイントと中継基地を先制制圧する。あとは、奴らを分断して、各個撃破だ」

 

 

私は、模擬戦場の地図を広げて、最新鋭機の巨躯が通りやすいスペースに線を引いた。

 

 

「待て、僕たちも通信ができなくなるぞ、どうする?」

 

 

「センサーや電波に頼らない通信手段を予め決めておこう。

残りの1週間で、一撃をいれて離脱する戦闘と視覚信号(合図)の送り方を、全員でマスターするぞ!

 

いいか!戦闘の絶対法律は『一撃離脱(ヒットアンドラン)』だ。

一発撃ったら、戦果がどうあれ秒単位で泥の中に消えろ!

ガルマ、君が指揮をとってくれ」

 

 

「ああ、了解だ!」

 

 

作戦会議を終え、なおも不安げな表情を浮かべる仲間たちの視線が、一斉に私に集まった。

彼らは、私の中に『勝利の確信』という拠り所を探しているのだ。

 

 

その視線を浴びた瞬間、私の脳裏に、幼い頃に耳にした『父親の演説』が忌々しいほどの鮮明さで蘇った。

 

『私はあなた方を「選ばれし新人類」と呼ぶ!

あなた方は重力という名の古い衣を脱ぎ捨て、真の自由を手に入れるために選ばれたのだ!』

 

 

私は父のようになりたいわけではない。

『選ばれし新人類』など知ったことか。

私は、ただこの泥臭い戦場から生きて帰り、彼らとまずいスープを啜りたいだけだ。

 

 

不安そうな仲間たちを、私は励ました。

ドズル校長ならば「ジオン士官学校に勝利と栄光を!」と言うのだろうが。

しかし、勝利で腹は膨れないし、栄光は一瞬で過ぎ去る。

 

 

「私の作戦の目的はただ一つ。被害を最小限に、最短で終わらせる!

 

早く帰って、飯を食い、好きな本を読もう。

 

……君たちの将来、私の勝ち筋に賭けてみてくれないか。以上だ」

 

 

 

 

 

 

2.バーナムの森の葬列

 

演習場の森林地帯は、不気味なほどの静寂に包まれていた。

 

放課後のベンチで読んだ『マクベス』の戦場と重なった。

魔女の予言に踊らされ『森が動かなければ勝てる』と信じた王の悲劇。

 

──まさか、自分があの戯曲の戦場をこの手で演出することになろうとは。

 

 

 

最新鋭機『プロトタイプ・ザク』を駆る実戦部隊のパイロットは、コクピットで焦燥に焼かれているはずだ。

メインモニターは連邦軍駐屯地が発する強烈な電波ノイズで砂嵐のように霞み、高性能を誇るレーダーには、実体のない無数のゴーストが踊っているだろう。

 

 

「ええい、どこに隠れている! 堂々と出てきて戦え、学生どもめッ!」

 

 

外部スピーカーから放たれる叫びに、応える声はない。

ただ、鬱蒼と茂る樹々の向こう側から、旧式機特有の、低く、湿った駆動音だけが重なって聞こえているはずだ。

まるで、主を呪い殺しに来た亡霊の囁きのように。

 

 

私は、崖の上の死角から、バイザーの奥でその光景を俯瞰していた。

手元のモニターには、事前に取得した演習場の電力ログと地形データが重なり、実戦部隊の『孤立』が鮮やかに表示されている。

 

 

「……まずは、目を潰したな」

 

 

 

 

私は独白と共に、手旗信号を模した視覚信号(合図)を仲間たちに送った。

 

 

次の瞬間、森が『動いた』。

 

爆破された廃墟の残骸が林道を塞ぎ、実戦部隊の長い列をいくつもの断片へと切り裂いていく。

方向転換すらままならない狭路に押し込められた最新鋭機は、その自慢の重装甲と大出力ゆえに、自らが生み出した瓦礫の中に足を取られ、もがいていた。

 

 

「各個撃破、殲滅だ。……性能の差を誇る前に、自分の機体の『重さ』を呪うがいい」

 

 

──重力に魂を引かれた者たちの、これが末路だ。

 

 

通信を切断し、視覚信号だけで繋がった私たちの旧式機が、森や岩影から音もなく躍り出た。

高性能センサーが『ノイズ』として切り捨てた死角から、最短距離で肉薄する。

驚愕に固まるパイロットの目前で、旧式機の無骨なマニピュレーターが、訓練用ナイフを最新鋭機の関節駆動部──その唯一の『継ぎ目』へと深々と突き立てた。

 

 

──バーナムの森が、ついにダンシネインの丘を登り切ったのだ。

 

 

最新鋭機は、もはや最新鋭の兵器ではなかった。通信を断たれ、手足を奪われ、ただエネルギーを垂れ流して凍りついていく『動けない棺桶』。

 

広大な演習場には、沈黙した鉄の骸が点在していた。

 

 

 

私は、最後の獲物が機能停止するのを確認し、バイザーの中で小さく息を吐いた。

 

 

──終わった。

 

 

あとは、まずいスープを啜り、『マクベス』の続きを読むだけだ。

 

 

 

 

 

3.レディ・マクベスの憂鬱

 

 

演習場に、静寂が戻る。

 

 

泥を被った旧式機のハッチを開け、地上に降り立った私たちの前に、ジオン公国の最高権威──ギレン・ザビがその長身を現した。

 

 

「実戦部隊、沈黙しました! ギレン兄上、我々の勝利ですッ!」

 

 

ガルマが、高揚した声で報告し、誇らしげに胸を張る。

その無垢な笑顔は、これでかつての兄や姉たち──首席の兄姉と同等だ、という達成感で満ちていた。

 

ギレンは、そんな末弟の頭を一瞥だけで撫でるようにやり過ごすと、迷いのない足取りで、私の前へと歩み寄ってきた。

ガルマが不満そうに口を尖らせる。

 

 

私は思わず身構えた。

 

 

 

バイザー越しに見る独裁者の瞳は、無機質で冷たく乾いていた。

 

 

「シャア・アズナブル、だったね。……素晴らしい戦闘指揮だった。

先日のカーラルの内乱では、弟を助けてくれたそうだね。……ありがとう」

 

 

ギレンの声は、弟の身を案じる感謝の言葉でありながらも、低く、鼓膜を直接揺さぶるような威圧感に満ちていた。

 

 

「そうだ、君の小論文を読んだよ。『カラー革命がサイド3に及ぼした影響と対策』。非常に、興味深い内容だった。

特に、ダイクンの選民的なニュータイプ思想を逆手に取るという着眼点。

連邦やコロニーの富裕層に対し、『君たちは進化した新人類の種子である』と吹き込んで懐柔し、内側から瓦解させる……。

フフ、ダイクンの理想を、毒薬として使いこなせるとはね」

 

 

「はッ、恐れ入ります」

 

 

心臓が、嫌な音を立てた。

 

 

この男は、私の内面を見通すような物言いをする。

私がダイクンの息子であることすら、薄々と感づいているのではないか──そんな疑念が背筋を伝う。

 

 

「君は、私の参謀本部・情報局を志望しているね。

君のような、戦場の熱狂に浮かされず、着実に勝利を掴める若手を迎えるのは、私にとっても大きな悦びだ」

 

 

そこで、ギレンは、遠くから私たちを心配そうに、だが誇らしそうに眺めているガルマ、そして、鋭い目で腕組みをしたドズルに一瞥を投げた。

 

 

「……ドズル校長と、弟のガルマが、君は是が非でも、宇宙攻撃軍にと言って聞かなくてね……。

そこで、君は、情報局にこそふさわしいと証明するために、簡単な頼みがある」

 

 

ギレンが、僅かに顎をしゃくり、演習場の外──

そこにある、連邦軍駐屯地の冷たい防壁を指し示した。

 

 

「君たちの士官学校の喉元を締め上げる、あの無粋な重力。

……あれをどう思う? 君たちの若い力で、あの駐屯地に一撃を加えてみないか。この間の内乱の返礼だよ。

サイド3が、真の独立を宣言するための……『物語』のプロローグとして」

 

 

 

 

私は耳を疑った。

 

連邦の正規軍駐屯地に一撃。

事実上の宣戦布告だ。

 

それを旧式機を並べた学生にやらせるだと?

 

 

 

──つまり、この男は『勝利』を求めていない。

 

おそらくは、この無謀な特攻によって流される『学生たちの血』。

人質を自ら連邦に虐殺させ、その凄惨な映像をサイド3の全モニターに流す。

 

このプロパガンダこそが、この男の欲しがっている戦利品だ。

 

 

 

 

震えそうになる膝を、私は理性で押さえつけた。

 

──こいつは、実の弟の命すらも、使い潰すのだろうか。

 

おそらくそうするだろう。

それも最も効率的なタイミングで。

 

 

 

 

 

 

 

頭の中で、マクベスの本のページが音を立ててめくれた。

 

魔女の予言──

 

私のチャンスは、最悪の形で成就した。

この男は、本気で、この士官学校という『人質』を、自ら連邦に虐殺させることで開戦の大義名分にしようとしている。

 

 

 

 

 

 

 

私に、仲間を売れというのか。

 

彼らを私の手で、死せるダンカン王にしろというのか。

 

私を、手を血に染めて狂いゆく、レディ・マクベスに仕立て上げるつもりか。

 

 

 

 

 

 

 

「……配属の、内定通知と考えてよろしいので?」

 

 

私は、震える声を自分の大義で包み込み、短く問うた。

 

 

復讐のためだ。

情報局の深淵にある、父を売った者の名を手に入れるためだ。

 

 

 

 

──マクダフ(復讐代行者)は現れなかった。

 

──結局、マルコム(王の遺児)が悪魔の前で踊るしかないのだ。

 

 

 

 

 

ギレンは、満足げに口角を上げた。

 

「ああ。君なら、素晴らしい舞台を演出してくれると信じているよ。……シャア・アズナブル」

 

 

 

 

私は直立不動の敬礼を捧げた。

 

 

 

 

 

──こいつが、ザビ家の『最高指揮官』、頭だ。

 

連邦相手に開戦して、勝算があるかは知らないが、学生を特攻させるなど愚の骨頂だ。

だが、人に汚れ仕事を押し付け、自分は優雅に高見の見物。

他人の犠牲で、最大の戦果を得る。……まさに『有能な怠け者』、だ。

 

 

 

 

 

 

あの、まずいスープ。二度と温もりを感じることはないだろう。

 

レディ・マクベスの呪い。

 

だが、進み続けるしかない。そうするしかないのだ。

 

 

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