HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン 作:GAME OF ZABYS
1.帰って、飯を食い、本を読む
ジオン士官学校。
先日のカーラル家の内乱が鎮圧されて半年余り。
ようやく校内は落ち着きを取り戻しつつあった。
「……諸君!1週間後に、我が自慢の宇宙攻撃軍MS部隊の兵士たちがこの学び舎に来訪する!
この実戦部隊と諸君らで、校内の演習場で対戦訓練を行う。
なお、この模擬戦には、ギレン総帥が直々に視察に来られる!」
校長のドズルが、士官全員を集めて唸るように叫んだ。
『ギレン総帥の視察』という、ドズルの言葉に教室がどよめく。
「模擬戦に出場する者の名前を呼ぶ!前へ!……ガルマ・ザビ!」
ドズルが息をついで、私の方を見やった。
「……そして、シャア・アズナブル!」
ドズルは私の耳元で、この前(カーラル家の内乱)の手柄で大抜擢だ、頑張れよ、と囁き、私の肩を叩いた。
ドズルは、何名かの成績上位者──いずれも下層クラス、内乱鎮圧に貢献した学生たちの名前を次々と挙げていった。
──ギレン・ザビ。
ズム・シティの参謀本部・情報局を統括する男。
その男がここに来る。
チャンスだ。
ここであの男に実力を見せつければ、参謀本部・情報局への配属に手が届く。
私は、ガルマや選抜メンバーと作戦会議を行った。
ガルマ達がモビルスーツの調整や戦闘訓練に時間を割こうとするのに、私は断固反対した。
勝利は、モビルスーツが銃を撃つ前の準備で決まるものだ。
私はあえて、装甲は薄いが、機動力が高く、エネルギー消費が少ない旧式機を選んだ。
「旧式機じゃ新型の攻撃に一度でも当たれば即死だ!」
「当たらなければ、どうということはない!」
私は断言して、なおも続けた。
「最新鋭機のセンサーは、少しの熱源やノイズにも反応する超高精度だ。
そこに、時代遅れの低周波を出す我々の旧式機が混じれば、奴らの目には『ただのノイズ』にしか映らない。
高性能な目を持っている奴ほど、ゴミの山から私たちが放つ『一撃』を見失うのだよ」
「だが、パワーで競り負ける!どうやって勝つ?」
「学校の隣の連邦軍駐屯地が、年中無休で電波を垂れ流している。
この『ノイズ』を隠れ蓑にしよう。奴らが最新鋭機の感度を上げれば上げるほど、連邦のノイズに目が眩むはずだ。
その状態で、私たちは機動力を活かして、演習場の給電ポイントと中継基地を先制制圧する。あとは、奴らを分断して、各個撃破だ」
私は、模擬戦場の地図を広げて、最新鋭機の巨躯が通りやすいスペースに線を引いた。
「待て、僕たちも通信ができなくなるぞ、どうする?」
「センサーや電波に頼らない通信手段を予め決めておこう。
残りの1週間で、一撃をいれて離脱する戦闘と視覚信号(合図)の送り方を、全員でマスターするぞ!
いいか!戦闘の絶対法律は『一撃離脱(ヒットアンドラン)』だ。
一発撃ったら、戦果がどうあれ秒単位で泥の中に消えろ!
ガルマ、君が指揮をとってくれ」
「ああ、了解だ!」
作戦会議を終え、なおも不安げな表情を浮かべる仲間たちの視線が、一斉に私に集まった。
彼らは、私の中に『勝利の確信』という拠り所を探しているのだ。
その視線を浴びた瞬間、私の脳裏に、幼い頃に耳にした『父親の演説』が忌々しいほどの鮮明さで蘇った。
『私はあなた方を「選ばれし新人類」と呼ぶ!
あなた方は重力という名の古い衣を脱ぎ捨て、真の自由を手に入れるために選ばれたのだ!』
私は父のようになりたいわけではない。
『選ばれし新人類』など知ったことか。
私は、ただこの泥臭い戦場から生きて帰り、彼らとまずいスープを啜りたいだけだ。
不安そうな仲間たちを、私は励ました。
ドズル校長ならば「ジオン士官学校に勝利と栄光を!」と言うのだろうが。
しかし、勝利で腹は膨れないし、栄光は一瞬で過ぎ去る。
「私の作戦の目的はただ一つ。被害を最小限に、最短で終わらせる!
早く帰って、飯を食い、好きな本を読もう。
……君たちの将来、私の勝ち筋に賭けてみてくれないか。以上だ」
2.バーナムの森の葬列
演習場の森林地帯は、不気味なほどの静寂に包まれていた。
放課後のベンチで読んだ『マクベス』の戦場と重なった。
魔女の予言に踊らされ『森が動かなければ勝てる』と信じた王の悲劇。
──まさか、自分があの戯曲の戦場をこの手で演出することになろうとは。
最新鋭機『プロトタイプ・ザク』を駆る実戦部隊のパイロットは、コクピットで焦燥に焼かれているはずだ。
メインモニターは連邦軍駐屯地が発する強烈な電波ノイズで砂嵐のように霞み、高性能を誇るレーダーには、実体のない無数のゴーストが踊っているだろう。
「ええい、どこに隠れている! 堂々と出てきて戦え、学生どもめッ!」
外部スピーカーから放たれる叫びに、応える声はない。
ただ、鬱蒼と茂る樹々の向こう側から、旧式機特有の、低く、湿った駆動音だけが重なって聞こえているはずだ。
まるで、主を呪い殺しに来た亡霊の囁きのように。
私は、崖の上の死角から、バイザーの奥でその光景を俯瞰していた。
手元のモニターには、事前に取得した演習場の電力ログと地形データが重なり、実戦部隊の『孤立』が鮮やかに表示されている。
「……まずは、目を潰したな」
私は独白と共に、手旗信号を模した視覚信号(合図)を仲間たちに送った。
次の瞬間、森が『動いた』。
爆破された廃墟の残骸が林道を塞ぎ、実戦部隊の長い列をいくつもの断片へと切り裂いていく。
方向転換すらままならない狭路に押し込められた最新鋭機は、その自慢の重装甲と大出力ゆえに、自らが生み出した瓦礫の中に足を取られ、もがいていた。
「各個撃破、殲滅だ。……性能の差を誇る前に、自分の機体の『重さ』を呪うがいい」
──重力に魂を引かれた者たちの、これが末路だ。
通信を切断し、視覚信号だけで繋がった私たちの旧式機が、森や岩影から音もなく躍り出た。
高性能センサーが『ノイズ』として切り捨てた死角から、最短距離で肉薄する。
驚愕に固まるパイロットの目前で、旧式機の無骨なマニピュレーターが、訓練用ナイフを最新鋭機の関節駆動部──その唯一の『継ぎ目』へと深々と突き立てた。
──バーナムの森が、ついにダンシネインの丘を登り切ったのだ。
最新鋭機は、もはや最新鋭の兵器ではなかった。通信を断たれ、手足を奪われ、ただエネルギーを垂れ流して凍りついていく『動けない棺桶』。
広大な演習場には、沈黙した鉄の骸が点在していた。
私は、最後の獲物が機能停止するのを確認し、バイザーの中で小さく息を吐いた。
──終わった。
あとは、まずいスープを啜り、『マクベス』の続きを読むだけだ。
3.レディ・マクベスの憂鬱
演習場に、静寂が戻る。
泥を被った旧式機のハッチを開け、地上に降り立った私たちの前に、ジオン公国の最高権威──ギレン・ザビがその長身を現した。
「実戦部隊、沈黙しました! ギレン兄上、我々の勝利ですッ!」
ガルマが、高揚した声で報告し、誇らしげに胸を張る。
その無垢な笑顔は、これでかつての兄や姉たち──首席の兄姉と同等だ、という達成感で満ちていた。
ギレンは、そんな末弟の頭を一瞥だけで撫でるようにやり過ごすと、迷いのない足取りで、私の前へと歩み寄ってきた。
ガルマが不満そうに口を尖らせる。
私は思わず身構えた。
バイザー越しに見る独裁者の瞳は、無機質で冷たく乾いていた。
「シャア・アズナブル、だったね。……素晴らしい戦闘指揮だった。
先日のカーラルの内乱では、弟を助けてくれたそうだね。……ありがとう」
ギレンの声は、弟の身を案じる感謝の言葉でありながらも、低く、鼓膜を直接揺さぶるような威圧感に満ちていた。
「そうだ、君の小論文を読んだよ。『カラー革命がサイド3に及ぼした影響と対策』。非常に、興味深い内容だった。
特に、ダイクンの選民的なニュータイプ思想を逆手に取るという着眼点。
連邦やコロニーの富裕層に対し、『君たちは進化した新人類の種子である』と吹き込んで懐柔し、内側から瓦解させる……。
フフ、ダイクンの理想を、毒薬として使いこなせるとはね」
「はッ、恐れ入ります」
心臓が、嫌な音を立てた。
この男は、私の内面を見通すような物言いをする。
私がダイクンの息子であることすら、薄々と感づいているのではないか──そんな疑念が背筋を伝う。
「君は、私の参謀本部・情報局を志望しているね。
君のような、戦場の熱狂に浮かされず、着実に勝利を掴める若手を迎えるのは、私にとっても大きな悦びだ」
そこで、ギレンは、遠くから私たちを心配そうに、だが誇らしそうに眺めているガルマ、そして、鋭い目で腕組みをしたドズルに一瞥を投げた。
「……ドズル校長と、弟のガルマが、君は是が非でも、宇宙攻撃軍にと言って聞かなくてね……。
そこで、君は、情報局にこそふさわしいと証明するために、簡単な頼みがある」
ギレンが、僅かに顎をしゃくり、演習場の外──
そこにある、連邦軍駐屯地の冷たい防壁を指し示した。
「君たちの士官学校の喉元を締め上げる、あの無粋な重力。
……あれをどう思う? 君たちの若い力で、あの駐屯地に一撃を加えてみないか。この間の内乱の返礼だよ。
サイド3が、真の独立を宣言するための……『物語』のプロローグとして」
私は耳を疑った。
連邦の正規軍駐屯地に一撃。
事実上の宣戦布告だ。
それを旧式機を並べた学生にやらせるだと?
──つまり、この男は『勝利』を求めていない。
おそらくは、この無謀な特攻によって流される『学生たちの血』。
人質を自ら連邦に虐殺させ、その凄惨な映像をサイド3の全モニターに流す。
このプロパガンダこそが、この男の欲しがっている戦利品だ。
震えそうになる膝を、私は理性で押さえつけた。
──こいつは、実の弟の命すらも、使い潰すのだろうか。
おそらくそうするだろう。
それも最も効率的なタイミングで。
頭の中で、マクベスの本のページが音を立ててめくれた。
魔女の予言──
私のチャンスは、最悪の形で成就した。
この男は、本気で、この士官学校という『人質』を、自ら連邦に虐殺させることで開戦の大義名分にしようとしている。
私に、仲間を売れというのか。
彼らを私の手で、死せるダンカン王にしろというのか。
私を、手を血に染めて狂いゆく、レディ・マクベスに仕立て上げるつもりか。
「……配属の、内定通知と考えてよろしいので?」
私は、震える声を自分の大義で包み込み、短く問うた。
復讐のためだ。
情報局の深淵にある、父を売った者の名を手に入れるためだ。
──マクダフ(復讐代行者)は現れなかった。
──結局、マルコム(王の遺児)が悪魔の前で踊るしかないのだ。
ギレンは、満足げに口角を上げた。
「ああ。君なら、素晴らしい舞台を演出してくれると信じているよ。……シャア・アズナブル」
私は直立不動の敬礼を捧げた。
──こいつが、ザビ家の『最高指揮官』、頭だ。
連邦相手に開戦して、勝算があるかは知らないが、学生を特攻させるなど愚の骨頂だ。
だが、人に汚れ仕事を押し付け、自分は優雅に高見の見物。
他人の犠牲で、最大の戦果を得る。……まさに『有能な怠け者』、だ。
あの、まずいスープ。二度と温もりを感じることはないだろう。
レディ・マクベスの呪い。
だが、進み続けるしかない。そうするしかないのだ。