HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン 作:GAME OF ZABYS
1.バーナムの森の崩落
暁の蜂起。
──ジオン士官学校の学生たちが、連邦軍駐屯地を攻撃した事変。
作戦は中盤まで完璧だった。
私は崖の上に立って戦場を俯瞰し、視覚信号(合図)を送った。
その合図に合わせて、士官学校と駐屯地を結ぶ唯一のルート──森林演習場の林道が、先頭と最後尾で同時に爆破された。
地響きと共に崩落した巨岩と廃墟の残骸が、連邦軍の長い列をいくつもの断片へと無残に切り裂いていく。
(……ああ、燃えている、あの林道が)
見せしめに吊るされた亡命者の遺体──
ローテ・グリュッツェの優しい友、その両親の遺体。
私が放った火薬の炎で、真っ赤な灰となり宇宙(そら)へと吹き飛んでいく。
「友よ、私からの手向けだ。……あの世で、父上、母上と仲良く暮らすがよい」
あの日、言えなかった弔辞を呟く。
さぁ、逝け。
もう『奇妙な果実』ではない。
ザビ家と門閥の歪んだ檻から、自由になって、逝くがいい。
しかし、最後尾の連邦軍の分断された兵力──ここを爆破して退路を断つ瞬間のことだ。
連邦軍の殿の指揮官が野生の意地を見せ、パニックのままバックで突っ込んできたのだ。
遮断を担当していた学生たち──下層クラスの仲間の旧式機が、連邦の重装甲の強行突破に押し潰されかけた。
──作戦のなかで、最も大変で命の危険が高いのは『最後尾(退路)の遮断・急襲任務』だ。
ここには、アッパークラスの学生ではなく、下層クラスの学生が配置されていた。
(…… 爆破の威力が足りない……! このままではあいつらが踏み潰される!)
そして、最悪なことに。
(…… ガルマの、旧式機!)
ガルマは、アッパークラスの学生たちと安全な場所にいるはずだった。
だが、そのガルマの旧式機が、下層クラスの仲間たちの盾になろうと、連邦の重装甲の前に立ちはだかった。
──Fuckin' prince!
あの時の囮。
──身代わりの、礼のつもりか。
ガルマが死ねば、それは他の仲間たちの責任になる。
デギンは狂い、ドズルは激怒し、士官学校の生徒たちへの責任追及のみならず、連邦軍の駐屯地を焼き尽くすまで戦いは終わらないだろう。
そして──。
──駄目だ、生きられない。
私は気が付くと、自分の旧式機で崖を滑り降り、ガルマを突き飛ばしていた。ガルマの身代わりとなり、連邦の重装甲車の突撃をもろに食らう。
砲火の爆風が、コックピットを貫き、私の身を喰いつくす。
凄まじい衝撃に肋骨を叩き折られ、全身血まみれとなった。
死に物狂いで手元のレバーを引き、事前に制圧しておいた演習場の地下給電・排熱ラインのバルブを完全に遮断した。
連邦の最新鋭の重戦車は、その大出力ゆえに、莫大な熱を外に放出する必要がある。
排熱システムを停止され、周辺の熱循環をブち切られた連邦軍の兵器は、自らが生み出す莫大なエネルギーの熱に内側から焼かれ、完全に機能停止(フリーズ)した。
意識が薄れる。
私の前に、父の、母の亡霊がやってくる。
復讐しろ。
復讐しろ。
早く早く、お願いよ。
キャスバル、復讐しておくれ。
──復讐は、もはや私の一部だ。
やらなければ、私は死ぬ。
だが、仲間たちと啜った、まずいスープの味。
他愛もない雑談。
共にした訓練やフットボール。
それが、私の心をどれだけ穏やかにしたか。
──生きられない。
復讐をしなければ、私は死ぬ。
だがそのために、あいつらを死なせたら、
私はもはや、生きられない。
泥のような眠りが私を包み込んでいった。
2.レディ・マクベスの奇跡
目が覚めると、白い天井が見えた。
頭部に巻かれた包帯の隙間から、わずかに光が差し込む。
規則的な機械音が、鼓膜を刻んだ。
──顔を、見られた、だろうか。
意識が混濁していた。
そして、身体の感覚が、まるでない。
「シャア!シャアッ!……目が覚めたのかい?
しっかりしてくれ!僕が分かるか?シャア!!
…暁の蜂起は成功した!連邦軍の駐屯地は壊滅状態だ」
──ガルマの、声。
私は、目の視線だけをガルマに向けた。
肺の奥から絞り出すように声を出す。
「損害は…」
「死者ゼロ、ザクの損壊5機。国中が『暁の奇跡』だって大騒ぎだ!
……だが、シャア。君が、僕を庇ったせいで……っ。君が身代わりにならなければ、僕は、僕は……死んでいた。
……シャア、君は、僕を恨んで、いるかい」
ガルマの瞳から、大粒の涙がシーツに落ちる。
痛ましいほどの罪悪感。
だが、今の私に必要なのは、仇の息子の無垢な謝罪などではない。
「あいつら、は」
──下層クラスの仲間たち。
共に訓練し、飯を食い、フットボールをした。
くそったれな世界で、互いの肩を寄せ合うように生きてきた。
あいつらは、どうしているのか。
私は、ただ、あの仲間たちの安否だけを肺の奥から絞り出した。
「ああ、ああ!心配ない!
皆『奇跡の勝利を収めた英雄』になったんだ!
連邦の手前、みな謹慎を受けているけど……、ジオン軍本部は彼らの戦術を大絶賛してね。
卒業を待たずに『少尉』の階級と、実戦部隊への配属が決まったんだ!
軍も国民も、みな熱狂的に彼らを迎えているよ!
配属先は、ルウム宙域の最前線や、ドズル兄上のソロモンの要塞、グラナダの機動拠点で……」
──ルウム。ソロモン。
……連邦との戦争が始まれば、真っ先に戦禍に包まれる激戦区だ。
何故だ。
普通の訓練を積んだ軍人たちを差し置いて、
何故、18歳の少年兵である彼らが真っ先に将校として最前線──死地へ引きずり出されていく?
「彼ら自ら、君に感化されて最前線に志願したんだ!
君に……、シャアに続け、あいつの言うとおりにすれば勝てる!
あいつのために、家族を、僕たちの宇宙(いえ)を守るんだって!」
──違う。
私が言いたかったのは、そうじゃない。
生きて帰って、飯を食って、好きな本を読め、と言いたかったのだ。
何故、おまえらは自ら進んでまた戦場に行くんだ。
何故、真っ先に地獄へ堕ちていく。
『英雄』のレッテルを貼られたせいか。
──いや、違う。
私は、あいつらに、何を言ったか。
日に日に連邦軍の圧力が増し、
食料の配給が減り、肉のない薄いスープを啜る仲間たち。
飢えた獣のように自尊心を削られ、
連邦軍憎しと特攻までも願う仲間たちに、
何を言ったか。
『……肉が欲しいか!自由が欲しいか!』
『ならば、私のこの勝ち筋に君たちの命を賭けてみろ!
1秒の狂いもなく私の指揮に従えば、一人の死傷者も出さずに、あの連邦の物量を完封無力化して勝ってみせる!』
『……若者を飢えさせ、人質に差し出し、同胞を守れない国の言うことなど、連邦は聞きはしない!
我々は、自らの手で未来を切り拓かなくてはならないのだ! 』
『我々は戦う、家族のため、信義のため、我々の宇宙(いえ)を守るために!」
──私は、レディ・マクベスに、なりたくなかった。
──白い将軍。
──マンネルヘイムに、なりたかったのだ。
国を、仲間を生きて帰した、あの白い軍神に。
なのに。
私の言葉が、あいつらを死地に追いやったのか。
自ら進んで激戦地へ幽閉される運命にしたのか──
私は、目を閉じ、ガルマから顔をそむけ、指先で遮った。
指先を動かすのがやっとの精一杯の拒絶の姿勢だった。
ガルマは目を見開いて苦悶の表情を浮かべた。
そのまま顔を伏せ、私の肩に額を押し当てた。
「……シャア。お願いだ、何か、言ってくれ。
僕を憎むでも恨むでも何でもいい。何か言ってくれッ!」
ガルマが微かに顔を上げる。涙が頬をつたい、嗚咽が漏れる。
「君が……君が……こんなふうになってしまって、僕も……死んで、しまいたい。死んで、しまいそうだよ……」
私に繋がれた医療機器から、けたたましいアラーム音が流れた。
病室に医師と看護師がバタバタと入ってきて処置をはじめた。看護師がガルマの肩にそっと手を置いた。
「……ガルマ様、アズナブル士官は絶対安静です。ここは私たちに任せて、どうかお引き取りを」
「…………」
ガルマは、私の肩に顔を当てたまま、しばらく動こうとしなかった。
しかし、泣き腫らした顔で立ち上がる。
「また、来るよ」
看護師が、私に問いかける。
「アズナブル士官、痛みますか?どこが痛みますか?」
遠い。
雪の中にいるようだ。
傷が痛むのではない。全ての感覚が遠い。
私は動かぬ身体に閉じ込められ、声もあげずに、泣いていた。
──たった1人だ。私は、世界で、1人きりだ。
──私は、二度と『白い将軍』にはなれない。
3.誰も知らない男の夢
私は、暁の蜂起に関与した参考人──
つまりは罪人として、一切の面会を遮断され、特別病棟に隔離されていた。
──味が、しない。
食事は、士官学校で支給されていたものよりも栄養価は高く、味も良いはずだった。
だが、味がしない。
私はバターの香る白パンを、冷たいミルクで無理矢理流し込んだ。
医師の指示に従い、淡々とリハビリをこなす日々。
リハビリには時に激痛が伴ったが、私はまるで夢を見ているかのように現実感がなかった。
時折、医師に許されてテレビをつけると、そこにはガルマを含め、かつての仲間たちが『暁の英雄』として祭り上げられ、凱旋する様子が映し出されていた。
しかし、私には──それはまるで遠い世界で起こっている白昼夢のように感じていた。
特別病棟の引き出しには、ガルマから何度も届いた手紙が、封も切られないまま重なっている。
『シャア、怪我の具合はどうだい』
『君の分まで、僕がザビ家の男として英雄の務めを果たしてみせる』──。
看護師が気を利かせて置いていったそれらを、私は一通たりとも読まなかった。
──復讐を、果たす。
私の冬の空のような瞳が求めるのは、仇の息子の無垢な言葉などではない。
父を売った下手人の名──真実だけだ。
父の、母の復讐を果たし、亡命して、ただの名もない男になる。
その1点だけが、今の私をかろうじて生かしていた。
ギレン・ザビから、参謀本部・情報局への辞令を受け取ったのは、ちょうどその頃だ。
ザビ家側の下手人とされる、『親ザビ家派の門閥貴族』を何としても探し出す。
そいつを社会的に抹殺し、私は再び名前を変え、サイド6に亡命する。
──もう、私は『白い将軍』にはなれない。
だが、ただの誰も知らない男になって──白い軍神と雪、氷の森と湖の夢を見ることならできるはずだ。
私は、そう信じていた。
そんな折、私の病室を、ドズル・ザビが訪ねてきた。