HOUSE OF DEIKUN ハウス・オブ・ダイクン   作:GAME OF ZABYS

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17.バーナムの森が動く(Side:シャア)

1.バーナムの森の崩落

 

 

暁の蜂起。

 

──ジオン士官学校の学生たちが、連邦軍駐屯地を攻撃した事変。

 

 

 

作戦は中盤まで完璧だった。

 

私は崖の上に立って戦場を俯瞰し、視覚信号(合図)を送った。

その合図に合わせて、士官学校と駐屯地を結ぶ唯一のルート──森林演習場の林道が、先頭と最後尾で同時に爆破された。

地響きと共に崩落した巨岩と廃墟の残骸が、連邦軍の長い列をいくつもの断片へと無残に切り裂いていく。

 

 

(……ああ、燃えている、あの林道が)

 

 

見せしめに吊るされた亡命者の遺体──

ローテ・グリュッツェの優しい友、その両親の遺体。

 

私が放った火薬の炎で、真っ赤な灰となり宇宙(そら)へと吹き飛んでいく。

 

 

「友よ、私からの手向けだ。……あの世で、父上、母上と仲良く暮らすがよい」

 

 

あの日、言えなかった弔辞を呟く。

 

さぁ、逝け。

もう『奇妙な果実』ではない。

 

ザビ家と門閥の歪んだ檻から、自由になって、逝くがいい。

 

 

 

 

 

しかし、最後尾の連邦軍の分断された兵力──ここを爆破して退路を断つ瞬間のことだ。

 

連邦軍の殿の指揮官が野生の意地を見せ、パニックのままバックで突っ込んできたのだ。

 

遮断を担当していた学生たち──下層クラスの仲間の旧式機が、連邦の重装甲の強行突破に押し潰されかけた。

 

──作戦のなかで、最も大変で命の危険が高いのは『最後尾(退路)の遮断・急襲任務』だ。

ここには、アッパークラスの学生ではなく、下層クラスの学生が配置されていた。

 

 

(…… 爆破の威力が足りない……! このままではあいつらが踏み潰される!)

 

 

そして、最悪なことに。

 

 

(…… ガルマの、旧式機!)

 

 

ガルマは、アッパークラスの学生たちと安全な場所にいるはずだった。

だが、そのガルマの旧式機が、下層クラスの仲間たちの盾になろうと、連邦の重装甲の前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

──Fuckin' prince!

 

 

あの時の囮。

 

──身代わりの、礼のつもりか。

 

 

 

 

 

ガルマが死ねば、それは他の仲間たちの責任になる。

デギンは狂い、ドズルは激怒し、士官学校の生徒たちへの責任追及のみならず、連邦軍の駐屯地を焼き尽くすまで戦いは終わらないだろう。

 

そして──。

 

 

 

 

──駄目だ、生きられない。

 

 

 

 

私は気が付くと、自分の旧式機で崖を滑り降り、ガルマを突き飛ばしていた。ガルマの身代わりとなり、連邦の重装甲車の突撃をもろに食らう。

 

砲火の爆風が、コックピットを貫き、私の身を喰いつくす。

凄まじい衝撃に肋骨を叩き折られ、全身血まみれとなった。

 

死に物狂いで手元のレバーを引き、事前に制圧しておいた演習場の地下給電・排熱ラインのバルブを完全に遮断した。

 

連邦の最新鋭の重戦車は、その大出力ゆえに、莫大な熱を外に放出する必要がある。

排熱システムを停止され、周辺の熱循環をブち切られた連邦軍の兵器は、自らが生み出す莫大なエネルギーの熱に内側から焼かれ、完全に機能停止(フリーズ)した。

 

 

 

 

意識が薄れる。

 

私の前に、父の、母の亡霊がやってくる。

 

 

 

 

復讐しろ。

復讐しろ。

 

早く早く、お願いよ。

キャスバル、復讐しておくれ。

 

 

 

──復讐は、もはや私の一部だ。

 

やらなければ、私は死ぬ。

 

 

 

だが、仲間たちと啜った、まずいスープの味。

他愛もない雑談。

共にした訓練やフットボール。

 

それが、私の心をどれだけ穏やかにしたか。

 

 

 

 

 

──生きられない。

 

 

 

 

復讐をしなければ、私は死ぬ。

 

だがそのために、あいつらを死なせたら、

私はもはや、生きられない。

 

 

 

 

 

 

泥のような眠りが私を包み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.レディ・マクベスの奇跡

 

 

目が覚めると、白い天井が見えた。

 

頭部に巻かれた包帯の隙間から、わずかに光が差し込む。

規則的な機械音が、鼓膜を刻んだ。

 

 

──顔を、見られた、だろうか。

 

 

意識が混濁していた。

そして、身体の感覚が、まるでない。

 

 

「シャア!シャアッ!……目が覚めたのかい?

しっかりしてくれ!僕が分かるか?シャア!!

…暁の蜂起は成功した!連邦軍の駐屯地は壊滅状態だ」

 

 

──ガルマの、声。

 

 

私は、目の視線だけをガルマに向けた。

肺の奥から絞り出すように声を出す。

 

 

「損害は…」

 

 

「死者ゼロ、ザクの損壊5機。国中が『暁の奇跡』だって大騒ぎだ!

……だが、シャア。君が、僕を庇ったせいで……っ。君が身代わりにならなければ、僕は、僕は……死んでいた。

……シャア、君は、僕を恨んで、いるかい」

 

 

ガルマの瞳から、大粒の涙がシーツに落ちる。

痛ましいほどの罪悪感。

 

だが、今の私に必要なのは、仇の息子の無垢な謝罪などではない。

 

 

「あいつら、は」

 

 

──下層クラスの仲間たち。

 

 

共に訓練し、飯を食い、フットボールをした。

 

くそったれな世界で、互いの肩を寄せ合うように生きてきた。

 

 

 

 

あいつらは、どうしているのか。

 

 

私は、ただ、あの仲間たちの安否だけを肺の奥から絞り出した。

 

 

 

「ああ、ああ!心配ない!

皆『奇跡の勝利を収めた英雄』になったんだ!

連邦の手前、みな謹慎を受けているけど……、ジオン軍本部は彼らの戦術を大絶賛してね。

卒業を待たずに『少尉』の階級と、実戦部隊への配属が決まったんだ!

 

軍も国民も、みな熱狂的に彼らを迎えているよ!

配属先は、ルウム宙域の最前線や、ドズル兄上のソロモンの要塞、グラナダの機動拠点で……」

 

 

 

──ルウム。ソロモン。

 

……連邦との戦争が始まれば、真っ先に戦禍に包まれる激戦区だ。

 

 

 

何故だ。

 

普通の訓練を積んだ軍人たちを差し置いて、

何故、18歳の少年兵である彼らが真っ先に将校として最前線──死地へ引きずり出されていく?

 

 

 

 

 

「彼ら自ら、君に感化されて最前線に志願したんだ!

君に……、シャアに続け、あいつの言うとおりにすれば勝てる!

 

あいつのために、家族を、僕たちの宇宙(いえ)を守るんだって!」

 

 

 

 

 

──違う。

 

私が言いたかったのは、そうじゃない。

生きて帰って、飯を食って、好きな本を読め、と言いたかったのだ。

 

何故、おまえらは自ら進んでまた戦場に行くんだ。

何故、真っ先に地獄へ堕ちていく。

 

 

『英雄』のレッテルを貼られたせいか。

 

 

 

 

 

──いや、違う。

 

私は、あいつらに、何を言ったか。

 

日に日に連邦軍の圧力が増し、

食料の配給が減り、肉のない薄いスープを啜る仲間たち。

 

飢えた獣のように自尊心を削られ、

連邦軍憎しと特攻までも願う仲間たちに、

何を言ったか。

 

 

 

『……肉が欲しいか!自由が欲しいか!』

 

 

『ならば、私のこの勝ち筋に君たちの命を賭けてみろ!

1秒の狂いもなく私の指揮に従えば、一人の死傷者も出さずに、あの連邦の物量を完封無力化して勝ってみせる!』

 

 

『……若者を飢えさせ、人質に差し出し、同胞を守れない国の言うことなど、連邦は聞きはしない!

我々は、自らの手で未来を切り拓かなくてはならないのだ! 』

 

 

『我々は戦う、家族のため、信義のため、我々の宇宙(いえ)を守るために!」

 

 

 

 

 

 

 

 

──私は、レディ・マクベスに、なりたくなかった。

 

 

 

 

 

 

──白い将軍。

 

 

──マンネルヘイムに、なりたかったのだ。

 

 

国を、仲間を生きて帰した、あの白い軍神に。

 

 

 

 

 

なのに。

 

私の言葉が、あいつらを死地に追いやったのか。

 

自ら進んで激戦地へ幽閉される運命にしたのか──

 

 

 

 

 

 

私は、目を閉じ、ガルマから顔をそむけ、指先で遮った。

指先を動かすのがやっとの精一杯の拒絶の姿勢だった。

 

 

ガルマは目を見開いて苦悶の表情を浮かべた。

そのまま顔を伏せ、私の肩に額を押し当てた。

 

 

「……シャア。お願いだ、何か、言ってくれ。

僕を憎むでも恨むでも何でもいい。何か言ってくれッ!」

 

 

ガルマが微かに顔を上げる。涙が頬をつたい、嗚咽が漏れる。

 

 

「君が……君が……こんなふうになってしまって、僕も……死んで、しまいたい。死んで、しまいそうだよ……」

 

 

 

 

 

 

 

私に繋がれた医療機器から、けたたましいアラーム音が流れた。

病室に医師と看護師がバタバタと入ってきて処置をはじめた。看護師がガルマの肩にそっと手を置いた。

 

 

「……ガルマ様、アズナブル士官は絶対安静です。ここは私たちに任せて、どうかお引き取りを」

 

 

「…………」

 

 

ガルマは、私の肩に顔を当てたまま、しばらく動こうとしなかった。

 

しかし、泣き腫らした顔で立ち上がる。

 

 

 

「また、来るよ」

 

 

 

 

 

 

看護師が、私に問いかける。

 

「アズナブル士官、痛みますか?どこが痛みますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

遠い。

 

雪の中にいるようだ。

 

傷が痛むのではない。全ての感覚が遠い。

 

 

 

 

 

私は動かぬ身体に閉じ込められ、声もあげずに、泣いていた。

 

 

 

 

 

──たった1人だ。私は、世界で、1人きりだ。

 

 

 

 

──私は、二度と『白い将軍』にはなれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3.誰も知らない男の夢

 

私は、暁の蜂起に関与した参考人──

つまりは罪人として、一切の面会を遮断され、特別病棟に隔離されていた。

 

 

──味が、しない。

 

 

食事は、士官学校で支給されていたものよりも栄養価は高く、味も良いはずだった。

だが、味がしない。

私はバターの香る白パンを、冷たいミルクで無理矢理流し込んだ。

 

 

医師の指示に従い、淡々とリハビリをこなす日々。

リハビリには時に激痛が伴ったが、私はまるで夢を見ているかのように現実感がなかった。

 

 

時折、医師に許されてテレビをつけると、そこにはガルマを含め、かつての仲間たちが『暁の英雄』として祭り上げられ、凱旋する様子が映し出されていた。

 

しかし、私には──それはまるで遠い世界で起こっている白昼夢のように感じていた。

 

 

 

 

特別病棟の引き出しには、ガルマから何度も届いた手紙が、封も切られないまま重なっている。

 

『シャア、怪我の具合はどうだい』

 

『君の分まで、僕がザビ家の男として英雄の務めを果たしてみせる』──。

 

看護師が気を利かせて置いていったそれらを、私は一通たりとも読まなかった。

 

 

 

 

──復讐を、果たす。

 

私の冬の空のような瞳が求めるのは、仇の息子の無垢な言葉などではない。

 

 

 

父を売った下手人の名──真実だけだ。

 

父の、母の復讐を果たし、亡命して、ただの名もない男になる。

 

その1点だけが、今の私をかろうじて生かしていた。

 

 

 

 

 

 

ギレン・ザビから、参謀本部・情報局への辞令を受け取ったのは、ちょうどその頃だ。

 

ザビ家側の下手人とされる、『親ザビ家派の門閥貴族』を何としても探し出す。

そいつを社会的に抹殺し、私は再び名前を変え、サイド6に亡命する。

 

 

 

──もう、私は『白い将軍』にはなれない。

 

だが、ただの誰も知らない男になって──白い軍神と雪、氷の森と湖の夢を見ることならできるはずだ。

 

 

私は、そう信じていた。

 

 

そんな折、私の病室を、ドズル・ザビが訪ねてきた。

 

 

 

 

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